【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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36.少女、裏の世界。

 

 目蓋の裏に光を感じて、揺蕩っていた意識が浮上する。ぴちち、ちゅんちゅんと井戸端会議する雀の声が聞こえて、ああ、朝が来たんだとわかった。朝日が眩しいな、もうちょっと寝ていたいなあ、とそんなことをぼんやり思いながら寝返りを打つ。

 ……ちょっと待って、朝? ──朝!?

 

「……っ!」

「あ、起きた。オハヨー」

「っえ、おは、……えっ?」

 

 いきなり上体を起こしたからか、視界が揺れてくらくらする。混乱する頭を振って、目を何度か瞬かせて、やっとクリアになった視界の中で、彼はひらひらと手を振っていた。

 

「ほ、ホークス……!」

 

 昨夜、あの混乱の中で街に飛んでいった彼は、何でもないように、いつものようにへらりと笑っている。

 

「そんな慌てて飛び起きることないのに」

「ぇ、あの、でもわたし、治癒を、」

「だいじょーぶ。治癒が必要な患者はもういない」

 

 ホークス曰く、昨夜あれから他のヒーローたちと協力して街の後処理をしていたけれど、逃げ遅れた市民はおらず、ヒーロー含め新しい怪我人も出なかったらしい。それにほっと胸を撫で下ろす。

 

「よかった……。……あれ? わたしいつの間にベッドで寝てたんだろ」

「さあ? 看護士さんが運んでくれたんじゃない?」

「えええ申し訳ない……重かっただろうな……」

「気にすることないって。ホラ、シャワー使えるみたいだしさっぱりしてきな。髪ぼさぼさだよ」

「!」

 

 そう指摘されて、やっと自分が昨日お風呂に入らないまま寝てしまったことに気づいた。顔も少し汗ばんでる感じがするし、髪も言われたようにぼさぼさだと。……そしてそれを、ホークスに見られたと!

 慌てて備え付けの脱衣所に入って扉を閉めると、くすくすとおかしげに笑うホークスの声が聞こえてきた。かあっと頬に熱がのぼる。

 

「っもう、もーっ……わたしの馬鹿……」

 

 別にこんなことでホークスがわたしを馬鹿にするなんて思ってない。でもやっぱり、だらしないわたしは見せたくない。少しでもきちんと、というか……格好いい姿を見せたいのに。

 今後寝落ちには気を付けないとと決意して、わたしはシャワーを浴び始めた。

 

 

 

 

 それからシャワールームを出たわたしは、髪を乾かしつつホークスが買ってきてくれたサンドイッチで朝ごはんを済まし、院長さんへの挨拶を済ました。治癒が必要な患者さんはもういないこと、命を落とした人はいないこと、要請はきちんと果たせたことを確認し、そのことについてお礼を言ってもらった。しわくちゃの顔が優しく微笑んでいるのを見て、わたしは改めて安堵したのだ。

 そうして博多に帰る前に緑谷くんたちへも挨拶しておこうと、彼らの病室へ向かった。コンコン、とドアをノックしようとして、その手が止まってしまう。

 

「資格未取得者が、保護管理者の指示なく“個性”で危害を加えたこと──たとえ相手がヒーロー殺しであろうと、これは立派な規則違反だワン」

 

 その声の主が「保州警察署署長の面構さん」だということはホークスが小声で教えてくれた。それに頷きつつ、署長さんが緑谷くんたちを訪ねてきたこと、会話の内容に、思わず拳を握ってしまう。

 昨夜、ヒーロー殺しがあるヒーローを殺害しようとする場面に飯田くんが居合わせ、戦闘を開始。そのピンチに緑谷くんが、轟くんが駆け付ける形で、3人は“個性”を駆使してヒーロー殺しと戦った。……保護管理者にあたる、職場体験先のヒーローたちの許しもなく。

 

「君たち3名及びプロヒーロー エンデヴァー、マニュアル、グラントリノ。この6名には厳正な処分が下さなければならない」

 

 ……職場体験初日、あの博多駅前での騒動の後、ホークスから言われた言葉が頭をよぎる。『まだ仮免も取っていない君たちは、監督者もなしに公の場で“個性”を使うことは許されない』と。それに食って掛かった常闇くんに対し、『“個性”の種類で特別扱いをしては、社会を乱すよ』と。

 

「──待ってくださいよ」

 

 特別扱いは許されない。……わかっている。

 それでもあの日の常闇くんのように思うところがあったのだろう、声を上げたのは轟くんだった。

 

「飯田が動いてなきゃネイティブさんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ2人が殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気づいてなかったんですよ」

 

 轟くんは、自分を庇おうとしていない。ただただ、緑谷くんと飯田くんの──友達の行動を咎められるのはおかしいと、声を張り上げる。

 

「規則守って見殺しにするべきだったって!?」

「結果オーライであれば規則などウヤムヤでいいと?」

 

「……人をっ……救けるのが、ヒーローの仕事だろ」

 

「……ふーん、」

 

 なんだか彼、雰囲気変わったねぇ。

 署長と言い合う轟くんの言葉に、ホークスは目を細めて微笑んだ。わたしはというと、一触即発な空気にハラハラして笑うどころではない。胸元を握り締め、どうしたらいいのとホークスに視線を投げ掛けると、

 

「大丈夫だって。しばらく静かに聞いてて」

「な、なんでそんな余裕なの……」

「……大人(・・)ってのは、ズルいもんなんだよ」

 

 そう囁くホークスの顔が、少し苦しげだったのは、わたしの見間違いだったのだろうか。苦いコーヒーを飲んだ後のような、何かが喉につっかえたような……。

 その真意はわからなかったけれど、少なくともホークスは、これから続く面構さんの台詞を予想していたに違いない。

 

「以上が──警察としての意見。で、処分云々はあくまで公表すれば(・・・・・)の話だワン」

 

 面構さんは言う。世に真実を公表すれば緑谷くんたちは世間から褒め称えられる代わりに、処罰は免れない。けれど、公表しない場合──ヒーロー殺しが火傷を負っていることから、エンデヴァーさんを功績者として擁立してしまえるのだと。

 

「幸い目撃者は極めて限られている。ここでの違反はここで握り潰せるんだワン。しかしそうすれば……君たちの英断(・・)功績(・・)も、誰にも知られることはない」

 

 署長さんは、規則を守るべきだと強く主張した。けれど一方で、こうした汚い話(・・・)を提案する。

 

「どっちがいい!? 1人の人間としては……前途ある若者の“偉大なる過ち”に、ケチ(・・)をつけさせたくないんだワン!?」

 

 少し間違えれば、誰もが誰かを殺せる“個性”社会。そんな“個性”社会を維持するためには、厳正なルールが必要だ。

 でもそれは、社会に生きる人々を守るためであって、誰かを無意味に罰するためではない。──面構さんだって、ただ3人を罰したいだけじゃないんだ。ルールだけじゃなく、3人を守りたいと思ったからこそ、汚い話(・・・)をしたのだろう。

 そのことを、緑谷くんたちも……轟くんも、きっとわかっている。

 

「……よろしく、お願いします……」

 

 3人の声が重なった。頭を、下げているのだろうか。少し掠れた声に、署長さんが少しの沈黙の後、応える。

 

「……大人のズル(・・・・・)で君たちが受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが……

 せめて、共に平和を守る人間として……ありがとう!」

 

 もう大丈夫だろう、とホークスが静かに扉を開ける。そこでは犬の異形型“個性”の持ち主なのだろうか、面構さんと思われるスーツの男性が、深々と緑谷くんたちに頭を下げていた。

 彼は顔を上げると、部屋を後にしようと踵を返した。そこで入り口に立っていたわたしたちに目を留める。

 

「治癒要請を受けて来てくれた子だワンね」

「はっ、はい」

「聞いての通りだワン、申し訳ないが君たちにも黙っていてほしい。ホークスも」

「わかり、ました」

「りょーかいでーす」

 

 カチコチになって頷くわたしと、飄々と笑うホークス。対照的なわたしたちに笑って頷き、署長さんは病室を出ていった。そんな会話が聞こえていたのか、緑谷くんがふっとこちらを見る。

 

「あ、空中(そらなか)さ、ンッ!?  ホッ、ホホホホークス!?」

「や。確か緑谷くんだったっけ。指破壊する子」

「うンぐっ、」

 

 自他共に認める(らしい)ヒーローオタクの緑谷くんだ。ホークスの登場に声を裏返していたけれど、ホークスのあんまりな認識に口許をギュッとさせていた。

 “指破壊する子”……確かにあんまりだけど、体育祭の時の試合がそうした印象を与えたのは仕方ないだろう。……あれ、でも、緑谷くん……、

 

「でも今回はそんなに怪我してなかったね、いつもの爆竹が弾けたみたいな壊れ方してなかったし……」

「あの、全然まだまだだけど……グラントリノとの組手で、少し“個性”のコントロールが効くようになったんだ」

「! そうなんだ、すごい、よかった……」

 

 職場体験が始まって4日しか経っていないのに、大きな進歩があったみたいだ。それが嬉しくて緑谷くんと笑っていると、ホークスが轟くんに話し掛けていた。

 

「君は焦凍くんだよね。職場体験、エンデヴァーさんの事務所に行ったんだって?」

「? ……そうですが」

「えっ……そ、そうなの?」

 

 聞こえてきた話題に驚いて、思わず口を挟んでしまった。まずい、と口許を手で覆ったけど、轟くんは気にした様子もない。ああ、と俯きがちに、それでも穏やかに話し始めた。

 

「あいつが死ぬほどクソ親父でクズなことに変わりはないが、No.2と呼ばれるだけある判断力と勘の良さは確かなものだった。……それを、この目で確かめられてよかった」

「……、……そっ、か」

 

 轟くんの心の整理がついたことは、嬉しい。喜ばしい、……けれど同時に、エンデヴァーさんが“クソ親父”、“クズ”と称されたのを聞いてホークスがどう思ったのか気になった。そろり、視線を持ち上げる。見上げた先でホークスはいつもの──いつも以上に飄々とした笑みを浮かべていた。目が、静かだ。

 

(……ああ、)

 

 その顔をされてしまうと、わたしはわからなくなる。

 この人は、一体何を思っているんだろう。

 本気で隠されると、こんな一瞬の内に遠くなってしまう。……遠ざけられて、しまう。

 

「……ホークス、さん、」

 

 こちらを向いてほしくて、名前を呼んだ。彼はひとつ瞬きの後、ああ、と笑った。……いつもの顔だ。

 

「そうだね、俺らもそろそろ博多へ戻らんと。空中さん、準備はいい?」

「っはい、大丈夫です」

「え? ……ま、まさか空を飛んで?!」

「900kmはあるだろうに!」

 

 ホークスは軽く手を振って、窓枠に足を掛けた。そのまま空に飛び出した。青い空に、ばさりと広がる赤い翼が輝く。それに着いて飛ぶのだ。わたしは、彼と飛ぶ。

 心配してくれた緑谷くんと飯田くん、案じるような眼差しを投げ掛ける轟くんに、わたしは振り返って微笑んだ。

 

「わたしも少しは、飛ぶの上手になったんだ。……頑張ってくるね」

 

 

 

 

 

 びゅうびゅうと風が耳許で吹き荒ぶ。この保州市に来るまでにホークスから学んだ飛び方をなぞりながら、彼の少し後ろを飛んでいく。そう、少し後ろだから、ホークスの表情は見えない。今どんな顔で見ているのか、わたしにはわからない。

 悶々と考えているのが伝わったのか、ホークスがこちらを向いた。びくりと肩を揺らしたわたしに、きっと気付かぬふりをして、彼は柔らかく笑う。

 

「心配してくれる、いい友達ができたね」

「! ……うんっ」

 

 たぶん、わたしを気遣ってそう言ってくれたのだろう。それはわかったけれど、やっぱり嬉しくて、わたしは頬が緩むのを止められない。

 

「嬉しそうな顔。……こんな時に水を差すのは忍びないんだけど──ちょっと聞いておいてほしいことがある」

 

 ホークスの声の調子が、固くなる。真剣な話だと判断して、わたしも眉目を引き締めた。

 

「……脳無の……(ヴィラン)連合のこと?」

「そ。それとヒーロー殺し……ステインも関わってくる」

「ホークスも、その2つが繋がってるって思ってるの?」

 

 今朝の朝刊で見た記事を思い出す。どの新聞も、どのテレビ番組もこぞって保州の襲撃事件を扱っていて、そのどれもが保州に同時に現れた“脳無と(ヴィラン)連合とステインが共謀している”可能性が高いと報道していた。ホークスは、厳しい眼差しで頷く。

 

「そうだね、既に繋がっているのか、これから(・・・・)繋がるのか。どちらかだと思ってる」

「これから……? ステインはもう捕まったでしょう?」

「今ネットに、ヒーロー殺しについてやたらと動画が上がってるんだよ。奴の生い立ちとか、思想とか、そういうのがまとめられてる動画がアップされては消されて、またアップされてる。いたちごっこみたいに」

 

 英雄回帰。ヒーローとは、見返りを求めるものであってはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。

 

「“現代のヒーローは英雄を騙るニセモノ。粛清を繰り返すことで、世間にそのことを気付かせる”──だって」

「……そんなのおかしい。何をもってニセモノとするかなんて、あの人個人が決められることじゃない」

「うん、俺もそう思うよ。……けどまァ、何をもって正しいとするかも、1人1人が決めることだ。俺らがとやかく言えることじゃない」

 

 ホークスは皮肉げに笑って、続ける。

 

「だから、ステインに感化されて、思想に共感する者がきっと現れる。“ヒーローを粛清する”……今の“個性”社会を壊す。そんな考えを持つ者たちが──(ヴィラン)連合の元に集うかもしれない」

 

 息を、飲む。ホークスの言葉を咀嚼して、飲み込んで、ようやくわかった。わたしは保州の事件が昨日で終息したと思っていた。でも違う、本当は終わってなんかなかった。──始まりの狼煙(・・・・・・)だったのだ。

 

「これから裏の世界が騒がしくなる。……今の博多も、その影響かもしれないね」

「、え?」

 

 まさか博多の名前が出てくるとは思ってなくて、思わず聞き返す。目を丸くするわたしに、ホークスは目を細めた。

 

愛依(あい)と常闇くんが博多に来た初日、駅前で暴れたヤクザがいたでしょ」

「う、ん……。他にも仲間だろう人がいて、逃げた可能性が高いって……」

「あれから探りを入れてわかったんだけど、ヤクザの間で何件か失踪事件が起きてた」

 

 目を焼くようなあの【光】の“個性”の持ち主は未だ捕まっていない。そのことを思い出すと同時に、ホークスが夜遅くまで何かをしていたことを思い出した。あれはこのことを調べていたのだと、今更ながらに気付く。

 

「失踪……? その人たちはまだ見つかってないの?」

「そうらしい。警察は組同士の抗争だと思って決定的ないざこざを掴むまで泳がせているんだけど……それにしてはどうも様子がおかしい」

 

 何故泳がせているのと問い掛けそうになって、止めた。そうだ、ヤクザは指定(ヴィラン)団体として、(ヴィラン)になるかもしれないグレーの存在として監視を受けていて、もし非社会的な行動が確認された場合、そのまま逮捕されることとなっている。

 そんなグレーの世界について、ホークスは淡々と話し続ける。

 

「極道の世界では面子が大事とされる。組員がいなくなったとわかれば……それが敵対する組の仕業だとわかれば、彼らは黙っちゃいない。いくら昔に比べて弱体化したとはいえ、カチコミかけるくらいするだろう」

「……それなのに、何も動きがない」

「動きがないのは、下手人が誰かわからないってことだと俺は見てる。おまえが遭遇したヤクザは、その下手人を追っていたか、追われていたのか……」

 

 思案に伏せられていたホークスの目が、こちらを向いた。真剣な眼差しの中に、心配の色がある。

 

「昨日の夜にエスパースさんから報告もらった。大きな動きはないけど、やっぱりピリピリしてるみたい」

 

 得体の知れない“何か”が忍び寄ってきているような気がして、わたしは息を飲み込む。ひゅ、と音がした。

 

「脅かすわけじゃないけど、十分、気をつけて」

「……はい」

 

 

 そうしてホークスに忠告を受けていたから、わたしはわたしなりに気をつけていた。注意を払っていた。

 

 ──けれど“何か”は、そんなわたしを嘲笑うかのように、足元を掬っていったのだ。

 

 

36.少女、裏の世界。

 

 


 

 本当はもっと続きのイベントまで書きたかったけど長くなりすぎるのでここで切ります。もっとサクサク端的にわかりやすく書けるようになりたいなあ!!!!

 あとオリ主以外の視点の話を「○○.5」と表記していたのをやめ、全部まとめました。番外編というわけでもなく、オリ主以外の視点でも話は進んでいくので。

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