保州襲撃事件。ヒーロー殺しの余波。
「や、皆さんお疲れさまでーす」
「おお、お帰りホークス、シエルちゃん!」
「! ……った、ただいま戻りました……!」
“お帰り”とあたたかく迎え入れてもらって、それでやっと、深く息ができた気がした。
「現状は?」
「いつもの時刻にパトロール開始。事件件数6件。すべて解決済み。備考としては……北港通りが
「了解です。ありがとうございます」
「ああ、あとね……」
ホークスが早速エスパースさんと伝達事項を確認している。それを横目で見ながら、わたしは「休憩だよ」と渡されたあたたかいココアをちびちび飲んでいた。温かさと甘さで、強張っていた身体が緩んでいく。ほ、と息を溢すと、シンセンスさんが声をかけてきた。
「それにしても、お疲れだったねシエルちゃん」
「へ……あ、いえ、そんな」
「被害の大きさはニュースで見たよ、怪我人も多かったろうに、よく頑張ったね」
「わたしなんか、全然です。でも……ありがとう、ございます」
わたしはいっぱいいっぱいで、必死だっただけ。結局昨夜だって疲労で看護士さんたちより先に眠ってしまったし。
そう思って苦笑いを浮かべると、常闇くんの嘴が開いた。
「謙遜する必要が、どこにある」
その声色の複雑さに、思わず目を丸くする。
「……さすがだ、
「……常闇くん……?」
彼はわたしを見て、目を細めた。それは微笑むようで、眩しい何かを見つめるようで、……見たくないものを見ているようでもあった。
「? どうかしたか」
「いや、わたしは……。……常闇くんこそ、どうかしたの?」
“何かあったの”。
そう問い掛けたわたしに、彼は繰り返した。
「何もない。──
だから気にするな。踏み込むなと、遠ざけられる。
本当は何もなくはなかったのに、見過ごしてはいけなかったのに、わたしは言葉のまま、頷くしかできないでいた。
「それじゃあ行こうか、いつも通りに」
エスパースさんと話し終えたホークスが、いつものように微笑んで、いつものように飛び立って。
そうしていつものように、幾つもの事件をホークスが解決していった。わたしたちはそれを追い掛け、後処理をし、また追い掛けていく。
「──くそッ……!」
わたしが憧れとともに見上げる空を、常闇くんは厳しい眼差しで見据える。ぎり、と聞こえてきた歯軋りの音が、耳にこびりつくかのようだった。
「ホークス、少し時間をいただけるか」
「うん? 何かな?」
「……尋ねたいことがある」
昼休憩も兼ねて帰ってきた事務所で、わたしたちは執務室のソファーに座っていた。エスパースさんは午前中の事件に関する書類を作成していて、シンセンスさんはホークスに届いていたのだろう取材依頼をまとめている。カタカタとノートパソコンのキーボードが軽やかに叩かれる音。その中で、学校に提出する用のレポートを書いていた常闇くんが、徐に鉛筆を置いた。
「……ホークスが雄英の体育祭指名に参加したのは、此度が初めてだと伺った」
「そうだよ」
「ならば、訊きたい。……自分は何故、声をかけられたのか」
その声には、すがるような響きがあった。それにホークスは気付いていなかったのか、それとも、気付いていて尚そう言ったのか。今となってはわからないけれど、ホークスは、何でもないかのような軽い口調で口にした。
「鳥仲間」
「──
声は静かで、冷静で、……それでもその底は燃え滾っているように思えた。或いは冷えきった氷のような、触れると火傷するような、そんな痛々しいまでの鋭さを孕んでいた。
「いーや2割本気。半分は1年A組の人から話を聞きたくて。君らを襲った
ホークスは既にUSJのことは粗方わたしからの報告で知っているはずだ。それでも常闇くんの話を聞きたがっているのは、保州でのこともあって、より多面的に情報を得ておきたいのだろう。
「んでどうせなら俺に着いて来られそうな優秀な人ってことで、上位から良さげな鳥人を」
「っあの、ホークスさ、」
それでも今、このタイミングでそう話すのはまずい気がして、わたしは喉を震わせる。話に割って入る、それより先に、
「……あの日。
USJに訪れた
「へえ、じゃあ2人は大雨・大風ゾーンに飛ばされたんだ」
「ああ、……だったな、空中」
「う、ん……」
わたしは時折振られる話に頷き、捕捉する。……それぐらいしかできなかった。
午後のパトロールに出て、ホークスの後を追いながら博多の街を駆け回る。それも終盤に差し掛かり、夕闇に包まれる頃、街灯がぽつぽつと明かりを灯し出した。その光に怯んだのだろうか、踏みつけ、跳躍しようとした常闇くんたちの体勢が崩れる。
「ヒョワッ」
「!
「ゴメェンフミカゲ……」
深淵暗躯で纏っていた
「わたしが行きます……! お2人は先にホークスの元へ!」
羽根を幾つか先に飛ばして常闇くんの落下を防ぐ。それでも人ひとりを持ち上げるにはパワーが足りず、彼はゆっくりと路地裏に降り立っていた。そこに向け、わたしも着地する。
「常闇くん……!」
「……空中、か」
「うん、……あの……常闇くん、大丈夫……?」
怪我はないか、心配した。昼の話の後から、いつも以上に
「──“大丈夫”?」
でもそれは、きっと、傲慢な言葉だったのだ。
「大丈夫に、見えるのか」
「……と、こやみ、くん?」
「空中は、悔しくは、ないのか?」
薄暗い路地裏にわたしたち以外の人気はなく、大通りの喧騒はひどく遠かった。しぃんと静まり返るこの場所で、常闇くんの声が響き渡る。然程大きく張り上げているわけではないのに、わたしに、突き刺さる。
「俺は悔しい。俺は、ヒーローになるためここに来た。……なのに俺がここに呼ばれたのは、
「っそんな! そんなこと、ホークスは、」
「現に言っていただろう!」
ホークスはたったそれだけのために誰かを呼ぶような人じゃない。常闇くんが呼ばれたのは、絶対に何か理由がある。
そう伝えたいのに、臆病なわたしはびくりと肩を揺らしてしまった。喉が、張り付く。
「……すまん。声を荒げてしまって」
そんなわたしに頭を下げて、常闇くんは再び顔を上げた。赤い目に先程の激情を何とか封じ込めて、ぐっと、堪えるように目を細めている。
「空中、おまえは、ホークスに憧れていると言っていたな」
「……、うん」
「俺は、おまえがホークスに向ける憧れまで否定しまい」
ふるりと首を横に振ってから、わたしを見た。
「だが、──憧れとは、理解から最も遠い感情だという」
真っ直ぐに見据える、その眼差しがあまりに強いから、わたしの弱い部分が暴かれていく。
「おまえの、憧れは、
“ただ見上げているだけで満足”と、足を止めてはいないか。
空を、見上げるばかりではないのか」
「……そんな、こと、……」
そんなことないと言い切れたらいいのに、できなかった。だって常闇くんの言葉は的を射ていた。
『ホークスと常闇くんを比べる必要なんて、ないと思う』
だってホークスと自分たちが違うのは
『サポート、するよ。大丈夫。焦らずいこう』
焦ったって、何したって、届くはずのない人だから。
(……ああ、わたし──)
ホークスみたいになりたい。ホークスの力になりたい。
ホークスを、救けたい。
そう思っていたのは嘘ではないけれど、根っこの部分で、一歩退いてしまっていたんだ。彼へ近付こうと飛び立ったつもりが、足を止めてしまっていた。あの眩しい空を、翼を──見上げるだけで嬉しがっていた。
「……俺は、空中、おまえが羨ましい」
「……え……?」
そんな情けないわたしに、何故か常闇くんは“羨ましい”と言った。わけがわからなくて、俯いていた顔を上げる。目と目が合ったその先で、常闇くんは力強く頷いた。
「空中、おまえには力がある。USJの時も、保州の時もそうだ。人々の元にいち早く駆け付け、癒し、……救う力がある」
そんな風に思ってもらえていたとは知らなくて、思わず、「そんなことない」と言おうとした。口を開きかけたわたしを、けれど常闇くんは、鋭い目で制する。
「学友の1人として、尊敬している。それと同時に──もどかしく、腹立たしい」
今、“わたしなんて”と、言おうとしたな?
そう確信をもって問われて、わたしは言葉にならずに頷いた。常闇くんは、ぎゅっと眉を寄せた。その表情が彼の羨みやもどかしさ、苛立ちから来ていたのだと、やっと気付く。
「おまえは力を持って尚、『わたしなんて』と一歩退いて、『焦らなくていい』と足を止めて、
それで、いいのか? ──本当に?」
常闇くんは拳を握った。それが、ぶるぶると震えている。
「俺はよくない。現状が許せない。未熟な我が身が呪わしい。だから──俺は足掻くと、この心に決めた」
だから“深淵暗躯”を編み出したのだと、彼は胸元を握り締めた。それが彼が何度も跳んで、何度も落ちても、挑み続けるのを止めない理由。
「焦っていると言われれば、そうなのだろう。泥を掻き、土を食むような、惨めな姿と映るだろうな。……だがこの焦燥を糧としなければ、俺は一生、あの背中に追いつけまい」
あの背中、と溢した声が、ふと柔らかくなる。
「この数日の間ではあるが、俺も理解した。ホークスは速い。強い。……あの背中は、あまりに遠い」
その声で、常闇くんもホークスに憧れたんだとわかった。
それでも彼の憧れとわたしの憧れは、あまりに違う。
「だが俺は諦めんぞ。焦燥し、足掻き……いつか必ずやあの背に追いつき、飛び越してみせる!」
彼は憧れを胸に進もうと決めた。空に向かっていってる。
それに比べて、わたしは──
「おまえはどうなんだ、……空中」
「……わ、たし、は……」
わたしは、と答えを探している。そんな時だった。
「なんだ喧嘩かぁ? 随分と──余裕なモンだな、雄英生」
軽いようで、冷え冷えとした声とともに、目を焼くような閃光が路地裏の暗闇を引き裂いた。
「っ!?」
「ヒャンッ!」
「ぅ、ぐッ……!」
思わず目を固く閉じると、どん、と誰かに身体を押された。そのまま尻餅をつきそうになって、何とかバックステップで体勢を建て直す。ーーでもそれは遅すぎた。目を開けると、知らない男性が常闇くんの首を片手で掴み、押さえ込んでいるのが見えて。
「! 常闇く、」
「おおっと、」
苦しげな常闇くんの表情に咄嗟に羽根を飛ばして救出しようとするも、それはできなかった。ごり、と常闇くんの頭に押し付けられた拳銃に、動きを封じられる。
「動いちゃくれるなよ、お嬢サン」
へらりと浮かぶ酷薄な笑みに、ひゅ、と喉が鳴った。
動けずにいるわたしに、常闇くんを引きずりながら、その男性は歩み寄る。
「、いかん、逃げろ、早く……!」
「卵とはいえ、ヒーローが人質見捨てて逃げんのか?」
ホークスたちに知らせなければ、常闇くんを救けなければ、この人の動きを封じなければと、やらなければならないことはたくさん浮かぶのに、そのどれもが今のわたしには不可能だった。じりじりと焼けつくような焦燥感の中、最後の一歩が詰められる。
「そうそう……イイコ、だ」
男が拳銃を持った手を振りかぶる。振り下ろす。
ガン、という音と頭を揺らす衝撃に、わたしは意識を手放した。
──そうして暗転していた意識は、腹部への衝撃と痛みと一緒に戻ってきた。
「……っ、ぐ……! げほ……っ」
「おはよーさん。いい夢は見られたか?」
どうやらお腹を蹴り飛ばされたらしい。革靴を目の前でぷらぷらさせた後、しゃがみこんでわたしの顔を覗き込んでくるのは、襟を開いて着崩したブラックスーツに、まるで場違いのように輝くプラチナブロンド──間違いない、あの路地裏でわたしたちを襲った男だ。
状況を把握しなければ、と視線を巡らせる。わたしは後ろ手に両腕を縛られ、床に転がされていた。ざり、と頬にはコンクリートの感触がある。どうやら港近くの倉庫の中にいるようだと、高く積み上げられた荷物やうっすらと聞こえてきた汽笛の音で判断する。男の仲間は、……見えるかぎりでは、いない。
「貴様……ッ乱暴はやめろ!!」
聞こえてきた声を頼りに顔を向けると、少し離れた柱の根本に常闇くんが縛られていた。怒りに震えてはいるものの、目立った怪我はしていないようで、わたしはひっそり安堵の息を吐いた。
「ピーチクパーチクうるせぇなぁ、連れてくるんじゃなかったか?」
男は煩わしそうに自身の金髪を掻いて、それからわたしを見下ろした。すっと、拳銃の先を向けられる。
「でもま、わかるだろ? ……互いが互いの命を握ってる」
その銃口が、常闇くんの方へ向く。その動作と言葉で、互いが互いの人質なのだとわからされた。……路地裏からこの倉庫まで搬送するリスクを犯してなお、人質を連れてきた。ということは、つまり、
「……わたしに、何をさせたいのですか」
「おっ、いいねぇ話が早い」
何らかの要望がある。そう踏んで尋ねると、男は気を良くしたのかパッと笑った。彼はその笑顔のまま、わたしの両腕を拘束するロープを掴んで立たせた。わたしを引っ立てるように、倉庫の隅へと引き摺っていく。
「【治癒】の“個性”持ち。その手で触れることで、相手の傷や病を治す」
その隅のスペースには、カーテンが掛かっていた。倉庫自体が暗闇に閉ざされている。それでも、より深く、暗い何かが、カーテンの向こうに踞っているような気がした。
「──
男はシャッ、と一気にカーテンを引いた。それと同時に、言葉にならない呻き声が上がる。
「あぅ、あ”、ああ”……」
「ああああああ”! あぁ”……」
そこには4つのベッドが並んでいて、そこに、4人の男性が寝かされていた。2人は目を閉じたままぐったりと横たわっていて、残る2人は、……光の灯らない目を見開いて、濁った叫び声を上げている。両腕をめちゃくちゃに振り回したり、上体を起こして壁に頭を打ち付けたり……その様子から、心神喪失をしていることは明らかだった。
思わず立ち竦むわたしを置いて、プラチナブロンドの男はベッドに歩み寄った。頭を打ち付ける男性の肩をそっと掴み、優しくベッドへと戻す。
「いきなりでびっくりしましたかね。すんません」
その声は、驚くほどに優しかった。掛け布団越しにとんとんと身体を宥めるように叩く、その手つきも。それを見て、この人たちは男にとって大切な人たちなのだとわかった。
ヤクザ、拳銃、閃光、失踪事件──いろいろな事柄が、頭の中で繋がっていく。
「この人たち、は……失踪事件の……?」
「……ま、
言外に肯定しながら、男は話を続ける。目を伏せて、目蓋の裏にさまざまなことを思い描きながら。
「この人たちは組でも有数の武闘派だった。……強かったよ。俺は一度も勝てなかった。
そんな人らが、1人、また1人と消えていって──帰ってきたのは腕一本、足一本や……この状態の、この人たちだけ」
淡々と話しながらも、その声の裏に憎悪がこびりついていた。カッと見開いた目に激情を宿して、彼はわたしを振り返る。
「というか知ってたんだな、事件のこと。やっぱホークスは耳が早ぇ」
ホークスの名前を聞いて、身体の震えが止まった。
……そうだ。ホークスなら、きっと異変に気付いてわたしたちを探してくれているはず。見つけて救けに来てくれると、信じている。
「ここも、いつ嗅ぎ付けられるかわかったもんじゃねぇし」
信じている。だから、
「だから、──わかるよな?」
だから、わたしにできることは──
「っ……」
乱暴に髪を掴まれて、ベッドに引き寄せられる。そのまま寝ている男性たちの方へ顔を向かせられた。後ろ手に縛られたロープは、いつの間にか焼き切れている。
「治せ」
頭を、回す。思考を巡らせる。
今のわたしにできるのは、ホークスが駆けつける時間を稼ぐこと。わたしが反抗すれば男は常闇くんを傷つけようとするだろう。今、常闇くんとわたしの位置は離れている。触れられない。治癒できない。
(常闇くんを、傷つけるわけにはいかない……!)
だったら、常闇くんに意識が向かないくらいに、
徹底的に、すべての
「……でき、ません」
「……気持ち悪いってか。触れるのも嫌ってか」
「違います」
「──
「──はい」
答えた瞬間、肩が焼けるように熱くなった。それは痛みに代わり、ぎりとわたしは歯噛みした。想定していた銃声よりうんと小さなそれは、サイレンサーを使用しているからだろう。銃声から位置を割り立たせる目論見は外れたなあと、痛みの中でぼんやり思う。
「空中!!」
わたしを案じる常闇くんの叫びが、遠く聞こえる。それに大丈夫だと返したかったけれど、男がぐっと左手で首を締めてくる。
「……勉強不足か? 雄英生。極道は
やっぱり“
「……わたしは、この人たちを
わたしと常闇くんを連れ去る時の、あの【閃光】。
あの時点で、彼は、もう、
「“個性”を用いて誰かを傷つけた時点で、
痛みに堪えてそう告げると、首に掛かる手に力がこもった。ぎりと気道が締められて、目の前が霞む。
「苦しんでる奴がいてもか? ……普通に歩いて、生活してたってのに、……話すことさえできなくなった奴を前にしても! てめぇは治さねぇっていうのか!!」
「じゃあどうして! 正しくあってくれなかったんですか!!」
ヘイトを向けろ、時間を稼げと理性的な部分が言う。
同時に感情的な部分が、叫び声を上げてしまう。
「正しく、救われようと、してくれさえすれば……!」
やりきれない思いが、胸の内に湧き上がる。目の前には落ち窪んだ目を見開き、大きく開けた口から意味のない呻きと唾液を垂らしている人たち。……わたしだってこの人たちを前に、何も思わないわけではない。治癒したいと、思っていても、できない。
「……“個性”の無断使用は、“個性”社会の崩壊を招く。それがわかっていて、ルールを破ることは……わたしには、できません」
それでも然るべき手段を取れば、治癒はできるだろう。わたしの治癒で治らなかったとしても、保護してもらえるだろう。こんな薄暗い倉庫で隠れ住まなくていい──ルールの、法律の枠組みの中にあれば。
「病院に、行きましょう」
「……できない」
「どうしてですか」
「わかってんだろうが! 問題を起こしたとわかれば、組は解散させられる」
「ヤクザじゃなければ、どうしていけないんですか」
どうして、正しくあってくれないの。
「……枠組みの中で、やり直すことは、できませんか……?」
そうすれば社会は、ヒーローは、きっと救けてくれる。
かつてわたしが、救けてもらったように。
「……小さなヒーロー様は、“正しい”ことが大好きらしい」
暫くの沈黙の後、男はぽつりとそう言った。首から左手が離れ、だらりと垂れ下がっている。わたしがゆっくりと身体の向きを変えて彼を見上げると、プラチナブロンドの間から、ぎろりと覗く目が見えた。
「けどなぁ……“正しい”だけじゃ、生きていけねぇ奴もいる」
その瞬間、首元を掴まれざま、ダンッと後ろの壁に叩き付けられた。右手に握られた拳銃が、その銃口が、わたしの顎を、輪郭をなぞり、耳たぶをつつく。
「ピアスホールすら開けてねぇじゃんか。開けちゃ駄目って校則も無いだろうに、真面目だねぇ」
へらりとわらう顔が、──すべての感情を殺ぎ落としたかのように、冷たい無表情になって、
「──記念に開けてやるよ」
鈍い銃声。燃え上がる痛み。飛び散る血痕。
ぎゅっと目を積むってそれに耐えていたから、だから、気がつかなかった。
「……ぁあ、あ、」
わたしを見る常闇くんが、どんな表情をしていたのか。
どんな思いで、いたのか。
「あぁ、ぐ、ぅ……ぐ、ぁあああああああッ!!!」
咆哮が轟く。驚いて顔を上げると、目の前の男が“暗闇”に薙ぎ倒されていった。いや、ただの暗闇じゃない。それは鋭い爪を持ち、意思を持っていた。──持っていた、はずだった。
「
月のような金色の目は、陽の元ではおどけたように煌めいて、夜の中ではちょっと悪そうに輝いていた。そのはずだ。けれど今、目の前に聳え立つほどに肥大化した闇の身体は、血のような赤い目を見開いていた。その赤い瞳でぐるりと辺りを見下ろして、咆哮と共に腕を薙ぐ。わたしの隣にあったベッドが、横たわっていた人ごと吹き飛んだ。
「常闇、くん……!?」
呼び掛けても返る声はない。常闇くんは依然として苦しげな叫びを上げていて、それに呼応するかのように、
“個性”の、暴走──思いもよらぬ展開に、わたしは息を飲み込んだ。
37.少女、憧れと正しさと。
クッソシリアスですが書きたかったところです。
オリ主と常闇くん。共にホークスに師事する2人とはいえ、憧れの在り方は違うだろうなと思って。オリ主が無意識に諦めていることは、はじめは期末試験で爆豪くんにキレながら指摘してもらおうと思ってたんですが、常闇くんに変更しました。彼の成長の糧にしていきます。
正しさについては、まだ清濁併せ呑むことができないオリ主の頑なさと傲慢さが出ています。まだまだ15歳の子ども。精神も未熟者です。