【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

44 / 100
38.少女、天秤を掲げる。

 

「常闇くん、常闇くん……! わたしはもう大丈夫だから! 落ち着い、ッ──」

 

 常闇くんの黒影(ダークシャドウ)のおかげで男の拘束を逃れた。肩や耳たぶ、その周辺のヒーロースーツは赤く染まっているけれど、後でいくらでも治癒できる範囲だ。

 だから大丈夫、と張り上げた声は届かなかった。返答の代わりに返ってきたのは鉤爪の一撃。咄嗟に飛び上がって避けなければ直撃していただろう。先ほどまで立っていたコンクリートが、まるで砂のように粉々になっている。

 

「あ、っあ”ああ、あ”」

「! ARGHHH!!」

 

 その衝撃でベッドから転げ落ちた男性が声を上げた。その声に、黒影(ダークシャドウ)はぐるりと鎌首をもたげ、床を這う男性を赤い目で見下ろす。重々しい唸り声と共に、両腕が振り上げられた。

 

「! 危な、」

「駄目……!」

 

 プラチナブロンドの男が身を呈して庇いに行こうとするのを、突き飛ばして止める。その横をすり抜け、わたしは走った。床に倒れている男性を抱き留め、その場を離脱する──

 

「、う……っ」

 

 ──離脱するはずだったのだけど、少し遅かった。黒影(ダークシャドウ)の爪が背中を掠める。

 

「おまえは……」

 

 幾つか散った羽根が、影の腕に押し潰される。それを見た男は意外そうに目を見開いていた。その男に保護した男性を預け、口を開く。

 

「あなたはこの人たちを守りたい。そうですね?」

「……っ、ああ」

「あなたに託します。あなたは、彼らを守っていてください」

「は? ……ッオイ!」

 

 わけがわからない、といったような声で男はわたしを呼び止めた。それに振り返ると、男の顔にさまざまな感情が巡っていた。疑問、苛立ち、そしてそれだけじゃない──別の何か。

 

「……俺の“個性”は【光】だ。あいつを止めるなら、俺が要るんじゃないのか」

「いいえ。(ヴィラン)は、“個性”を使ってはいけません」

 

 きっぱり言い放てば、男は憮然とした顔になった。

 そんな顔をされたって、違反は違反だ。……だからこそ、

 

「……これ以上、罪を重ねないでください」

 

 それだけ言って、ふい、と視線を逸らす。そうしてわたしは駆け出し、大きな大きな闇の塊を見上げた。

 

「……常闇くん……」

 

 先ほどわたしの背を傷つけた後から、ひどく、苦しそうにもがいている。自分の制御を離れて好き勝手に伸びる影の腕を、何とか手繰り寄せようとしている。

 

「グッ……(そら)(なか)……!」

「常闇くん、」

「早、く……逃げろ……! 俺のことは、ッ捨て置け……!」

「……そんなの、できないよ」

 

 暴れまわる“個性”は、身体を苛むのだろう。額には脂汗が滲み、見開いた目は充血している。そんな状態だというのに、常闇くんは食い縛る歯の間から声を振り絞った。

 

「頼、む……ッおまえをこれ以上、傷つける、前に……ッ!」

 

 こんなになってまで、わたしを案じてくれている。

 

「鎮まれッ……黒影(ダークシャドウ)……!!」

 

 こんなに苦しんでまで、常闇くんは──

 

「常闇、くん……」

 

 (ヴィラン)が“個性”を使うのはいけないこと。でも、わたしがこれからしようとしていること──ホークスの傍を離れて“個性”を使うことも、いけないことになるのかもしれない。……いや武力に使うわけじゃないし、これがパトロール中の出来事として処理されたらまた違う扱いになるのかもしれないけれど、と考えを巡らせて、やめた。

 今考えなければならないのは“正しい”か“正しくない”かじゃない。……“正しくなくても”わたしは動くのか、どうか。……自分に問うのはそれだけだ。

 

 心の中に天秤を掲げる。両の秤に、“大切”を載せる。

 ひとつには、【許可無しに“個性”を使ってはならない】。

 もうひとつには、──【常闇くんを救けたい】。

 どちらも“大切”で、どちらも取りこぼしたくなくて、天秤がゆらゆら揺れるたびに、心が軋む。

 

(……ああ……)

 

 (ヴィラン)の、あの人の気持ちなんてわからない。「わかる」と言えるほどあの人のことを知らない。気持ちを察せるほどに人生経験を積んでいるわけでも、優しいわけでもない。……それでも、胸によぎるこの気持ちは同じなのかもしれない。

 

(痛い、辛い、申し訳ない、苦しい、……)

 

 “正しく”ありたいのにできないのって、こんなに心が痛むのか。

 選べない何かを捨てなければいけないのは、こんなに、……こんなに──

 

「……ごめんなさい、ホークス」

 

 天秤は傾いた。ひとつを取って、ひとつを捨てた。

 

 翼を広げる。これで直ぐ様飛び立って、ホークスを、応援を呼びに行くことがヒーローの卵として正しいのだろう。でもそれは、ここにあるすべてを置き去りにすることだ。

 まともに動けない人々を置き去りにするの?

 逃げるの?……苦しんでる常闇くんを置いて?

 

「……それは、できない……!」

 

 ダン!とコンクリートを蹴飛ばして、わたしは上空へ飛び上がった。音を立てた足場は、黒影(ダークシャドウ)の一撃で砕かれる。音もなく浮かび上がったまま羽根を飛ばし、倉庫の換気扇を撃つ。ガラガラと甲高い音を立てて地に落ちたプロペラは、翻る黒影(ダークシャドウ)の腕にぺしゃんこにされた。

 

(反応するのは、動くものと、音……!)

 

 それもどうも音を優先して攻撃しているらしい。あの赤い目は凶暴化の証のようだけれど、もしかしたら視力も落ちているのかもしれない。得られる情報は確かではないけれど、今この状況においてはすがるしかない。

 そしてもうひとつの、すがる情報は──

 

『俺の“個性”【黒影(ダークシャドウ)】は、闇が濃ければ濃いほど力を増す。その分獰猛になって制御が難しくなるが──逆に光の下だと弱くなる。御しやすくはなるがな』

 

 かつて、USJで共闘した時に教えてくれた彼の“個性”。──光があれば、制御しやすくなる!

 

 羽根を飛ばして倉庫の荷物を撃ち続ける。その物音目掛けて黒影(ダークシャドウ)が腕を薙いだのを確認して、倉庫の天井へ向けてゆっくりと飛び上がった。目指すは、搬送作業用に備えられていたのだろう大きな照明器具。焦る気持ちを抑えて、抑えつけて、手を伸ばす。

 

(あれをつけることができれば……!)

 

 黒影(ダークシャドウ)の標的がこちらに絞られないよう、絶えず羽根を射出していなければいけない。そして羽ばたきの音を捉えられてはいけないから、羽根によってわたしを引っ張り上げなければならない。同時に、複数枚の羽根を、さまざまな強度と速度で動かす──ずきずきと響く頭痛を、歯を噛み締めて堪えた。たった数十秒の間でも、頭で処理しきれない情報がエラーを吐き出し、目の前が霞んでいく。

 堪えて、堪えて、堪えて──張り詰めた緊張の糸。わたしの指先がスイッチに触れた時、それがとうとう、プツリと切れた。

 

「……っぁ……」

 

 がくりと崩れる体勢。身体を包む浮遊感。それに小さく声を上げて──自分の失態に気付いた時には遅かった。眼下の黒影(ダークシャドウ)が、その灼眼が、ぐるりと上を向く。

 

「GRAHHHHHH!!!」

 

 咆哮。そして轟音。振るわれた大腕が倉庫の天井をまとめて薙ぎ払った。そのついでとばかりに打ち払われて、わたしは為す術なく床に叩き付けられる。墜落の衝撃を覚悟し、ぎゅっときつく目を瞑った。

 

「っ──、……え?」

 

 けれど痛みはやってこない。ふわりと、柔らかい感触。

 恐る恐る目を開けて、わたしは一瞬、呼吸を忘れた。

 

 それは暗いトンネルの先に光を見たような、

 激しい嵐が去った後の虹のような、

 厳しく降り積もった氷雪を融かす春のような、

 ──こんなにも眩しく、あたたかな、光。

 

 

「っ……ホークス……!!」

 

 

 ただいてくれるだけで、不安を溶かす。未来へ向かう勇気をくれる。

 そんなわたしのヒーローが、そこにいた。

 

「……遅くなって、ごめん」

 

 剛翼でわたしを受け止めて地上に降ろすと同時に、ホークスもわたしの前に降り立った。こちらを見下ろす目が、辛そうに細められている。怪我を心配してくれているのだろう、でも今はその時間も惜しくて、わたしは首を横に振った。

 

「わたしは大丈夫です。でも常闇くんが……!」

 

 ガゴン、と響く破壊音が夜気を震わせた。少し離れたここからでも衝撃が伝わってくる。それほどに凄まじい力で、黒影(ダークシャドウ)が倉庫の残骸を打ちのめしていた。

 

「“個性”が、黒影(ダークシャドウ)が暴走してるんです、光を浴びなきゃきっと収まらない……!」

「なるほど、」

 

 頷きつつ、ホークスは剛翼を飛ばす。黒影(ダークシャドウ)の視界をちらちらと横切るように飛ぶ赤い羽根を、影の巨躯は煩わしそうに押し潰す。傷つき、制動権を失った羽根がひしゃげて地に落ちた。

 

「確かにすごいパワーだ。ちゃちな手は通用しないな」

「か、感心してる場合じゃ……っ」

「わかってるって」

「光……照明が必要なのに、さっき壊されちゃって……!」

「空中さん」

 

 おろおろするわたしを余所に、ホークスは人差し指を立てた。静かに、のジェスチャーとともに、軽やかに笑う。

 

「心配しなくていいよ。傷を治して、少し待ってて」

 

 そっとわたしを、柔らかな眼差しで見下ろして。

 顔を上げる頃には、もう強く鋭い目となっている。

 

 次の瞬きの後には既に地上にホークスの姿は無く、彼は空高く飛び上がっていた。星がちらつく夜空に、剛翼が大きく広がる。翼を翻し、上へ、下へ、右へ、左へ。大きく動いているのは黒影(ダークシャドウ)の狙いを自分へ引き付けるためだろう。その意図通り、影の鉤爪がホークスを狙う、けれど、

 

「速い……!」

 

 暴走した黒影(ダークシャドウ)の動きは激しく、力強く、速い。けれどそれをホークスは上回っていた。振りかぶる腕をかわし、噛みつこうと閉じた口許で急転換。急上昇と急下降を織り交ぜながら自分を捕らえさせない。

 

「常闇くん、聞こえるかい?」

「っ……ホ、クス……ッ!」

「うん。ごめんね、ひとりで頑張らせて」

 

 黒影(ダークシャドウ)の周辺を飛び回りながら、中心にいる常闇くんに呼び掛ける。歯を食い縛り、何とか黒影(ダークシャドウ)を制御しようとする常闇くんに、柔らかに笑った。

 

「もう大丈夫だから。安心して、無理に抗わずに……黒影(ダークシャドウ)に身を委ねて」

 

 制御しなくていい(・・・・・・・・)という言葉を意外に思ったのは、わたしだけではなかったようだ。遠目に微かに見える常闇くんも驚きに目を見張っている。それでも、穏やかながら有無を言わせないような、自信に満ちたホークスの声色に、ふっと眉間の皺がほどけた。

 

 ホークスなら、絶対に救けてくれると。

 きっと常闇くんも、わかったんだ。……信じたんだ。

 

 そう見守っていると、突然、黒影(ダークシャドウ)の身体が浮いた(・・・)。いつの間に飛ばしていたのか、数十枚の羽根が影の巨躯を持ち上げている。常闇くんの意思とは裏腹に、突如として身体の自由を奪われたことに怒っているのだろう、黒影(ダークシャドウ)が腕を振り回し、赤い翼を目掛けて手を伸ばす。

 危ない、と声を上げかけて、止めた。飲み込んだ悲鳴の変わりに、は、と息を吐き出す。だってホークスは微笑んでいたから。全部想定通り(・・・・・・)とばかりに、口角を吊り上げていたから。

 

「ホラ、もう──大丈夫」

 

 にこ、とホークスが笑ったその時、

 闇を裂くような光が、彼らに降り注いだ。

 

「ワ、ァァアァ……!」

 

 暴走時の低い声とは違う、いつもの声で可愛い悲鳴を上げて、黒影(ダークシャドウ)はみるみるうちに縮んでいった。それもそうだろう、だって常闇くんたちを照らしているのは、遠く暗い海まで届く光──灯台の光なのだから。

 

(一体、こんな、どうやって……)

 

 どうやって灯台の光を届かせたのか。……後で知ったことなのだけれど、ホークスは黒影(ダークシャドウ)を引き付けて飛んでいる間に海上保安庁に連絡し、いつもは自動運転になっている灯台を操作してもらい、それに合わせて黒影(ダークシャドウ)を誘導していたらしい。

 黒影(ダークシャドウ)の注意を自分に絞らせ、捕まらないよう素早く飛び続けつつ、灯台の操作許可を得るために連絡し、タイミングを合わせて羽根を飛ばし、操作する──これらすべてを完璧に為すために、どれほどの鍛練を重ねてきたのかと思うと、ただただ、胸が詰まる。

 

「すご、い……」

 

 強い。速い。すごい。その背中があまりに遠すぎて、ただ見上げるばかりだったのだ。憧れて、憧れに目を焼かれて、眩しく思うばかりだった。

 

(……いや、駄目。駄目でしょう、わたし)

 

 それだけでは駄目だと、言ってもらったばかりでしょう。

 そう自分に言い聞かせ、首を横に振る。そうして、常闇くんを抱えて地上に降り立ったホークスの元に駆け寄った。

 

「ホークスさん! 常闇くんは……?」

「気を失ってるだけだよ、大丈夫。──で、」

 

 その瞬間、さまざまなことが起きた。

 まずホークスがわたしの肩を引き寄せ、後ろに下がらせる。赤い剛翼がカーテンのように視界を覆う中、──ジュッ、と何かが焼ける音とともに、光の矢が走った。光の、矢。光線。……【光】。はっと息を飲むわたしを、ホークスが背に庇う。

 

「動かんでくださいね」

 

「……ックソが……!」

 

 淡々とホークスが制するのに対し、罵声が叩き付けられる。鋭く形状変化させた幾枚もの剛翼が、その切っ先が、プラチナブロンドの男を取り囲んでいた。

 

「今、うちのサイドキックが、警察と一緒にあなたのお宅にお邪魔してます。こっちにも応援呼んだんで、そう遠くないうちに到着するでしょう」

 

 淡々と、ホークスが告げる。

 

「……うちの子たちが、世話になったね」

 

 淡々と、……冷ややかな声で、最後通告を。

 わたしが向けられているわけじゃないのに、思わず胸元を握り締めていた。思わず──投げ掛けてしまった視線と、男の視線が、絡む。

 

「……なんだよ、その目は」

 

 ぎり、と歯軋りの音とともに、睨み付けられる。

 

「中途半端に救けておいて、肝心なところは放り投げるのか、テメェは。最悪の偽善者だな」

「……、」

 

 わかっていた。そう思われるだろうことも。実際わたしという人間はそんなものなのだ(・・・・・・・・)。オールマイトのように、完全無欠に、全部を救うことはできない。

 

「死ね。……オイ、死ねよ、おまえ」

 

 わたしは天秤を掲げた。

 選ばなかった方は、転がり落ちた。

 

「好き勝手に手ェ出して、高みから見下ろしてんじゃねぇ」

 

 だから、そう言われるのも当然だ。当然のこととして受け止め、ただ立ち尽くす。それだけしかできなかったけれど、それでも、耳を塞ぐことだけはしたくなくて。

 遠く、サイレンの波が近付いてくる。治したはずの耳が、じんじんと痛みを訴えていた。

 

 

 

 

 あれからパトカーで駆け付けた警察に(ヴィラン)を引き渡し、わたしは警察署で事情聴取を受けた。どういった経緯で拉致されたのか、どんな要求を受けたのか、どんなことをされたのか──話すうちに大丈夫だったか気遣われたり、よくぞ(ヴィラン)に屈さなかった!と称賛されたりするたびに、胃がしくしく痛んだ。

 そうして夜も更ける中、ホークスの事務所に帰ってきたわたしは、ふらつく足取りでコンポタのある自販機を目指した。あの程よい甘さとあたたかさで、ほっとしたいなと思って、

 

「よ、……お疲れさま」

 

 廊下の曲がり角の先。自販機の横に置かれたソファー。そこで腰掛けてひらりと手を振るその人の姿に、なんだか涙腺が緩みそうになった。

 

「ホー、クス……」

「ほら、座りなって」

 

 言われるままに彼の横に腰掛けると、ぽん、とコンポタの缶を手渡された。じわりと手のひらの中に熱が生まれる。同時に生まれた熱が、わたしの目蓋を熱くした。

 

「っ、ごめ、」

「“ごめんなさい”も、“すみませんでした”も要らないよ」

「……でも、」

「謝るのはこっち。……ごめん、危険な目に遭わせて」

「な、なんでホークスが謝るの……わたしが、油断してたから、こうなったのに……」

 

 俯くわたしの頭を、ホークスの大きな手が撫でる。わしゃわしゃと髪をかき混ぜられて、思わず顔を上げた先で、ホークスは眉を下げて微笑んでいた。

 

「おまえは謝る必要ないけど、俺が謝っちゃうと“そんなことない”って言って自分を責めちゃうんでしょ。……だったらもう、この話は終わり」

 

 乱れた髪を、そっと撫でながら。

 

「それよりも、話したいこと、あるんじゃない?」

 

 こちらを見透かしたような、それでも優しい眼差しで言うものだから、わたしは喉を震わせた。

 

「……今日のことで、難しいなって、思ったの」

 

 思い出す。(ヴィラン)となった男の叫び。正常な意識を失い、床を這うあの人たち。……(ヴィラン)病院に運ばれたあの人たちは治療を受けたけど、もう、元には戻れないだろうと、そう診断を受けたのだと。

 

「“正しく”いるって、誰かを救けるって、難しいね……」

「……そうだね」

 

 自分なりに頑張ってきた。頑張った。

 それでも取り溢してしまうものは、あまりに多い。

 

「なあ、愛依(あい)

「? なに……?」

 

 なんだろうと、俯いていた顔を上げる。

 

「……、」

 

 普段言い澱むことのないホークスが、口ごもっている。それが珍しくて、意外に思って、わたしは目を瞬かせた。

 

「ホークス? どうしたの?」

「……いや、」

 

 何かを飲み込んだような、少し切ない笑顔だった。

 

 

「愛依、おまえは──ヒーローに、なりたい?」

 

 

「……うん」

 

 迷ったのは、一瞬。その一瞬で迷いを掻き消して、わたしは頷く。

 

「わたし、ずっと、ヒーローになりたいって思ってたよ」

 

 幼い頃から抱えてきた夢を、こうして改めて話すのは初めてだった。どきどきと騒ぐ胸元を握り締めて、ホークスの目を見つめ直す。

 

「あなたのようなヒーローに、あなたの力になれるようなヒーローに、……啓悟くんを救けられるようなヒーローになりたいって、ずっと、夢見てた」

 

 夢を語るというのは、自分の胸のうちをさらけ出すことに似ていた。

 

「……でも、心のどこかで“なれるわけない”って思ってた。あなたに憧れながら……あなたを超えられない。あなたみたいには、天地がひっくり返ったってなれないって、諦めてたの」

 

 自分の弱さをさらすことだって、こんなにも怖い。

 それでもわたしが喋ることを止めないのは、あの人のおかげだ。

 

「……常闇くんに言ってもらって、初めてそれに気付けた」

「そうだったんだね」

「うん……それで、ね」

 

 あの人が、常闇くんがいてくれたから。

 わたしの弱さを、甘えを指摘してくれたから。

 わたしに、──

 

「わたしには力があるって、言ってくれたの。人々の元にいち早く駆けつけて、傷を治して……救う力があるって。それが、羨ましいって……」

 

 わたしの唇に、自嘲の笑みがこぼれる。

 

「【翼】も、【治癒】も、わたしの本当の“個性”じゃない。そんな風に言ってもらうなんて、おこがましいって、わかってる」

 

 彼の称賛は、わたしが受け取るべきではない。治してくれてありがとうと、救かったよと──そう聞くたびに喜んでしまうわたしは、どこまでも浅ましい。そんなわたしが嫌で、自信が持てなくて、“わたしなんて”ちっぽけな奴だと、そう思っていた。

 でも、駄目だ。“わたしなんて”と退いては駄目。

 それでは駄目だと、叱ってもらって気づいたんだ。

 

「わたしの“個性”じゃなくても、わたしが、どれだけ狡くて卑怯でも……、この力があることは事実だから。力の責任を取らなきゃいけないってのは確かだから、」

 

 だから、と拳を握る。決意を込めて。

 

「だから、もっともっと頑張りたい。この“個性”を使って、正しく人を救けてみせる」

 

 そうして頑張って、頑張り続けて、いつか。

 

「あなたみたいなヒーローに、なるよ。……ううん、あなたを、ホークスを飛び越えちゃうくらい、高く飛んでみせるから!」

 

 声が上ずる。頬が熱い。この決意表明くらいは格好よく決めたかったのに、ホークスはわたしのことをどこまでも見透かしているようだ。きょとんと丸かった目が、柔らかく弧を描いていく。

 

「うん、楽しみにしてる」

「ほ、本気なんだから。……見ててね、啓悟くん」

「わかってるって、……愛依」

 

 ふは、と楽しげに、優しく、ホークスは笑った。

 

 

38.少女、天秤を掲げる。

 

 


 

 ホークスは言いたかったことを飲み込みました。それを改めて口にするのは、またもっと後の話。

 

 戦闘?描写ってどうしたらいいの……とクソ難産でした。亀更新本当にすみません。それでも読んでくださる方には本当に無限大感謝です。

 次回は常闇くん回です!長かった……!今までたくさん葛藤してもらった分、思う存分プルスウルトラさせたいです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。