【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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42.蛙、甘やかに。

 

 今でもはっきりと覚えているの。

 小さな頃から目指していた雄英高校。その入試試験を迎え、ロボットを蹴り倒しながらポイントを重ねていた最中、現れた0ポイントのお邪魔虫ロボ。瓦礫に足を挟まれて動けなくなった男の子。「救けよう」と思った瞬間に舌を伸ばしていた。ぐんと首を回して、男の子を瓦礫から引き上げて、そうして立ち止まっていたから巨大なロボは私のすぐ傍まで近付いていた。降り仰ぐ私を影が覆う。あと数秒後には、私は踏み潰されていたかもしれない。……でもそうはならなかった。

 

『っ、そこの女の子! こっち!』

 

 必死な顔で、私に手を伸ばしてくれた。自分も巻き込まれてしまうかもしれないのに、真っ直ぐ飛んで救けに来てくれた。

 ねえ、今でもはっきり覚えているわ。

 手の傷を“個性”で治してくれたこと。試験が終わってからの帰り道、「ありがとう」とお礼を言えば、真っ赤な顔で、泣きそうに、嬉しそうに笑っていたこと。

 

『お友達になりたいわ。愛依(あい)ちゃんと呼んでもいい?』

『……っ、うん!』

 

 それからずっと、あの子は大切なお友達。

 

 

 

 

「えー……そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間1ヶ月休める道理はない。

 ──夏休み、林間合宿やるぞ」

「知ってたよー! やったあああ!!」

 

 夏も近付いてきたある日のHR。相澤先生の宣言に教室中が沸いた。かくいう私も、人差し指を口許に当てて、夏の楽しみを思い浮かべてしまう。

 

「肝試そー!」

「風呂!!」

「花火」

「風呂!!」

「カレーだな……!」

「行水!!」

「峰田ちゃんうるさいわよ」

 

 風呂だの行水だの、きっとやらしいことを考えてるに違いないわね。そんな峰田ちゃんから視線を逸らすと、愛依ちゃんが百ちゃんにひそひそと話し掛けているのが見えた。

 

「林間合宿……みんなでお泊まりするんだよね?」

「ええ、そうですよ。自然環境ですとまた活動条件が変わってきますし、宿泊となると昼夜といった時間帯も変わってくるでしょうね」

「いかなる環境でも正しき選択を……か。面白い」

「なるほど……」

 

 真面目な百ちゃんや常闇ちゃんの言葉に、真剣な顔をして頷いたかと思えば、 

 

「寝食皆と! ワクワクしてきたぁあ!!」

 

 “皆と!”、という声に目をきらきらとさせる。そんな愛依ちゃんが可愛くてこっそり微笑むけれど、それは長くは続かなかった。

 

「──ただし、」

 

 教室の浮わついた空気を、ぴしゃりと先生の声が打つ。

 

「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ。……ああ、空中(そらなか)

「っは、はい?」

「おまえは【治癒】“個性”教育プログラムを受けているから、リカバリーガール(バアさん)からの指導の分テストも多いが……それで条件を緩和することはできんからな」

 

 相澤先生がじっと愛依ちゃんを見据える。それにびくりと肩を揺らして、愛依ちゃんは表情を強張らせた。

 

「中間試験、医学系テストの学習に時間を割いたのかはしらんが、普通科目の点数落ちてるぞ」

「う、……はい」

「医学系テスト、普通科目、演習試験……すべてをこなしてみせろ。林間合宿に行きたければな」

「……わ、わかり、ました」

 

「空中! 頑張ろーな!!」

「そうだぜ! 女子頑張れよな!!」

「切島くんありがとう……峰田くんは、うん」

「おいオイラの扱い慣れてきてんなよ!」

 

 愛依ちゃんは先生に対し重々しく頷いて、切島ちゃんたちの声援に力なく苦笑を浮かべた。

 そんなことがあってから、時は流れに流れて、あっという間に6月最終週。期末テストまで1週間を切った頃、私は緑谷ちゃんと飯田ちゃん、轟ちゃんに、お茶子ちゃんと透ちゃん、そして愛依ちゃんと一緒にランチラッシュの食堂に来ていた。

 

「普通科目は授業範囲内からでまだ何とかなるけど……演習試験が不透明で怖いね……」

「突飛なことはしないと思うがなあ」

「普通科目はまだ何とかなるんやな……」

 

 いただきます、と合掌しながら、お茶子ちゃんは遠い目をして呟く。頼んだ焼き魚定食の鯖に箸をつけながら、ふるふると首を振った。

 

「私は不安だ……でも愛依ちゃんはもっと大変やもんね。弱音は吐かれへんわ」

「え?」

「あー! 相澤先生に名指しされてたもんねぇ。【治癒】“個性”教育プログラムのやつ!」

「リカバリーガールから指導を受けているのだろう? 流石だな!」

「入学当初に山ほど貸し出された医学書……あれを勉強してるんだよね、すごいよ……!」

「……ううん、まあ、すごいのはそれを他と両立できてからだね。あと1週間、頑張らないと」

 

 目を細めて愛依ちゃんは苦笑する。勉強が大変なのか、目元に疲れというか翳りが見えた。それを指摘しようとしたけれど、それより先に、彼女はにこりと微笑む。

 

「それより、演習試験ってどんなことするんだろうね」

 

 ……あからさまに話を逸らされてしまったけれど、愛依ちゃんの気持ちを無視して蒸し返す人はこの場にいない。透ちゃんも明るく声を上げる。

 

「あーね! 1学期でやったことの総合的内容」

「とだけしか教えてくれないんだもの相澤先生」

「戦闘訓練と救助訓練、あとはほぼ基礎トレだよね」

 

 透ちゃん、お茶子ちゃんと一緒に何だろうと首を傾げ合っていると、眉間に皺を寄せた緑谷ちゃんが言葉を継いだ。

 

「そうだよね、わからない以上は試験勉強に加えて体力面でも万全に……あイタ!!」

 

 ごつん、と鈍い音が響く。緑谷ちゃんが頭を押さえながら顔を上げると、ぶつかった人物はフッと口角を吊り上げてこちらを見下ろしていた。

 

「ああごめん、頭が大きいから当たってしまった」

「B組の! えっと……物間君! よくも!」

 

 1年B組の物間ちゃん。体育祭では先を見越した策を練り上げ、騎馬戦で活躍していた男の子。弁が立って頭の回転も速い子……なのだけれど、何故かA組に対して当たりが強いのよね。今も鬼気迫る表情であれこれ喋っている。

 

「君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね。

 体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えてくよねA組って。ただその注目って決して期待値とかじゃなくてトラブルを引き付ける的なものだよね」

「!?」

「え、と、」

「あー怖い! いつか君たちが引き寄せるトラブルに巻き込まれて僕らにまで被害が及ぶかもしれないなあ! ああ怖……ふっ!!」

 

「シャレにならん。飯田の件知らないの?」

 

 物間ちゃんの首筋に当て身を喰らわせて黙らせつつ、彼が持っていたトレーを支えてあげる。それを一瞬で流れるように為したのは、

 

「ごめんなA組、こいつ心がちょっとアレなんだよ」

「拳藤さん!」

 

 B組の委員長を務める一佳ちゃんだった。愛依ちゃんがほっとした顔で名前を呼ぶと、オレンジのサイドテールを揺らして、彼女は微笑み返した。

 

「空中たちさ、さっき期末の演習試験不透明とか言ってたね」

「? うん」

「それ、入試ん時みたいな、対ロボットの実践演習らしいよ」

「……えっ?」

 

 突然知らされた情報に、愛依ちゃんだけじゃなくて緑谷ちゃんも目を丸くする。

 

「え!? 本当!? 何で知ってるの!?」

「私先輩に知り合いいるからさ。ちょっとズルだけど聞いた」

「ズルじゃないよ! そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれてたんだそっか先輩に聞けばよかったんだ何で気づかなかったんだ……」

「……!? ……緑谷っていつもこんな感じ?」

「そうやねぇ、久々でもキレキレやねぇ」

 

 にこにこと、どこか嬉しそうにお茶子ちゃんが言う。そんな中意識を取り戻したらしい物間ちゃんが、ぐぎぎ、と歯軋りの音を溢した。

 

「馬鹿なのかい拳藤、せっかくの情報アドバンテージを!! こここそ憎きA組を出し抜くチャンスだったんだ……!」

「憎くはないっつーの」

「クッ……しかしまだ終わらないよ……!」

 

 バッと顔を上げた物間ちゃんは目を見開く。爛々と目を輝かせて、アレな笑顔のまま愛依ちゃんを見た。

 

「空中さん! 君は普通科目に加えて医学系テストも受けるそうじゃないか!」

「えっ、う、うん?」

「あれもこれもと手を伸ばしては抱えきれなくなってしまうかもしれないよ!? 自分のキャパシティより多くのものを望んだ結末は、さてさてどうなることだろうねぇ!?」

 

「いい加減にしろっつの」

 

 ドッ──とさっきよりも強めの当て身に、今度こそ物間ちゃんは沈黙した。意識を失った彼の首根っこを掴みながら、一佳ちゃんは頭を下げる。

 

「ごめんな空中、こいつがアレなだけだから、あんま気にすんなよ」

「う、うん……ありがとう拳藤さん、演習試験のことも」

「いいよ。お互いテスト頑張ろうな」

 

 さっぱりと爽やかに笑う、そんな一佳ちゃんに愛依ちゃんも笑みを浮かべる。それでもやっぱり物真ちゃんの捨て台詞に思うところはあるようで、ふとした瞬間に浮かぶ表情に翳りがあった。

 食堂を後にして、教室に向かう時。俯きがちの横顔が不安そうだった。だから私は口を開いたの。

 

「ねえ愛依ちゃん、普通科目はどれが心配なのかしら」

「へ、……えっと、数学とか……」

「私、少しは教えられそうだわ。放課後一緒に勉強会しない?」

 

 そう提案した途端、ぱっと彼女の青い目が明るくなった。けれどそれはすぐに萎んでしまう。遠慮とか、申し訳なさとか、そうしたものに押し潰されて。

 

「で、でも梅雨ちゃんに迷惑、」

「私思ったことは何でも言っちゃうのだけれど」

 

 遠慮とか、申し訳なさとか、そんなものは要らないのだと、伝わるように言葉を続ける。

 

「迷惑だって思ってたら、そもそもこんな提案しないわ」

「……! そっか、うん……」

 

 目を見開いて、それからぎゅっと、何かを噛み締めるような笑顔を浮かべて、愛依ちゃんは胸元を握り締めた。 

 

「……ありがと、梅雨ちゃん。お言葉に甘えるね」

「ええ、任せて」

「わっ、私もお願いしてよいですか……!」

「勿論よお茶子ちゃん。ね?」

「うん……! 頑張ろう、麗日さん」

「やったあ!」

 

 そんな会話があって、その日の放課後に勉強会を開くことになった。放課後の教室で机を合わせて、頭を突き合わせて問題を解き続ける。はじめこそ「点Pはなんで動くの? じっとしてて……」とか「古文も漢文もみんな関西弁になったらええのに……」とか言っていたけれど、青い空が夕焼けの橙に染まっていくにつれて、愛依ちゃんとお茶子ちゃん、2人の眉間の皺がほどけていった。うんうん唸っていた2人が「わかった!」と目を煌めかせるのが、まるで小さな妹のようで、可愛くて、

 

「……けろけろ」

 

 こっそり笑ってしまったのは、夕日と私だけの秘密。

 

 

 

 

「本当にありがとう、2人とも。すごく集中できた……」

 

 下校時刻を迎えて、学校を出た私たち。最寄り駅までの道を揃って歩きながら、愛依ちゃんがほっと息をつきながら呟いた。お茶子ちゃんが続いてにこっと笑う。

 

「私もすっごく助かった! 家やと家事してアレコレしてって気が散るんよね」

「そうそう、ご飯作らなきゃとか洗濯しなきゃとか……そっか、麗日さんも独り暮らしだったね」

「そやよー」

「2人ともすごいわ。家のこともしながら勉強もだなんて、大変でしょう?」

「そんなん梅雨ちゃんだって! 弟くんや妹ちゃんの面倒見とるやん」

 

 勉強のこと、家事のこと、今日の訓練のこと。話すことは尽きないまま、私たちは駅に辿り着いた。ここでそれぞれの路線に別れてそれぞれの帰路に着く……はずだったのだけれど、駅内は多くの人々で埋め尽くされていた。ホーム、改札前、券売機前、売店といったすべての場所から、困惑した人たちのざわめきが聞こえる。

 どうしたのかしら、と顔を見合わせていると、頭上からアナウンスの声が降ってきた。

 

『只今、16時30分に起きた(ヴィラン)災害により、○○線と△△線で運行を見合わせています。復興の目処は──』

 

「あら……困ったわね。家に帰る路線だわ」

「えっ、私の使っとる路線もあかん!」

 

 どうしよう、困ったわね、と再び顔を見合わせる。しばらく待てば電車も動き出すかもしれないけれど、明日も学校があるし、あまり夜遅くなるのは避けたい。両親が迎えに来るのは、私もだけど、独り暮らしのお茶子ちゃんも難しいだろう。

 うーん……と頭を悩ませる。そんな私たちを見て、愛依ちゃんがおずおずと口を開いた。

 

「……あ、あの、もし、よかったらでいいんだけど……」

 

 うちに、泊まらない?

 

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

「うん、どうぞ」

 

 お茶子ちゃんの楽しげな声に、愛依ちゃんが小さく笑う。電灯のスイッチを着けながら部屋に入り、ダイニングのテーブルに買い物袋を置いて振り返る。

 

「荷物てきとうに置いてね。狭くてごめんだけど」

「いや全然狭ないし! 豪邸やん……」

「いや全然豪邸とかじゃないよ、……物が少ないから、ちょっとだけ広く感じるのかもね」

 

 愛依ちゃんの言葉通り、一般的な1LDKの大きさの部屋だ。キッチンを見ても余計な物は置かれていないし綺麗に片付けられている。……だからなのかしらね、少し、がらんとしているように感じるのは。

 そんなことを考えていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。表示は“お母さん”から。さっき電話したから折り返してくれたのね。

 

「ごめんなさい、電話が掛かってきたから出るわね」

 

 ひらりと手を振ると、うん、はーい、とそれぞれに返事が返ってくる。電話に出ると母が大丈夫かと、今はどこにいるのかと心配してくれた。それに応えながら、もう片方の耳は愛依ちゃんたちの声を聞いていた。

 

「買い物したの、冷蔵庫に入れていい?」

「うん、お願い。お買い物手伝ってくれてありがとう」

「いいよいいよそんなん! 泊まる場所だけじゃなくご飯までお世話になるんやもん! こんくらいはせな!」

「そんな……元はと言えばわたしが勉強教えてもらってたせいなんだし、麗日さんは気にしなくても」

「あっ、そうだそれ!」

 

 キッチンでにこにこと、明るい声が弾む。

 

「“麗日さん”やなくて“お茶子”でいーよ」

「え……いいの?」

「うん! ずっとね、言おう言おうと思ってたんやけど遅なってしもた」

 

 たははと笑うお茶子ちゃんに、息を飲む愛依ちゃん。その丸くなった青い目が、ゆっくり、柔らかく細められる。白い頬が、ほんのりと赤くなる。

 

「……ありがと、お茶子、ちゃん」

「うん」

 

 照れ臭そうに、にひひ、と笑い合う。そんな2人を見ていると、私の頬もほころんだ。緩んだ口許から笑声が溢れる。

 

『梅雨、楽しそうね』

「え? ……ふふ、ええ、そうね」

 

 それが聞こえたのだろう。お母さんの声に笑って頷く。

 雄英に入って大変なことも多いけど、素敵なお友達もたくさんできた。毎日が充実してて、楽しい。その思いが声から伝わったのかしら。お母さんがうん、と優しく頷いて。

 

『愛依さん、だったかしら? 少し話したいわ』

 

 そう言ったものだから、私はひとつ瞬き。そうしてキッチンの愛依ちゃんに顔を向けた。

 

「ごめんなさい愛依ちゃん、少しいいかしら。母が電話代わってほしいって」

「えっ!? わ、わたし……?

 ……あの、もしもしお電話代わりました、梅雨さんのクラスメイトの空中といいます。……はい、急にすみませ、……いえそんな! こちらこそ……」

 

 はじめこそおっかなびっくりといった様子だったのだけど、話しているうちに声が落ち着いてきた。はい、いいえそんな、と相槌を打つその顔が微笑んでいる。

 しばらく話した後、通話を切った愛依ちゃんはわたしにスマホを返した。それを受け取りながら、わたしは首を傾げる。

 

「ごめんなさいね、いきなり」

「ううん、……優しいお母さんだね」

 

 愛依ちゃんは不思議な目をしていた。優しくて穏やかで、けれどどこか、寂しそうな目。

 思えば愛依ちゃんはそういう子だった。

 優しくて、楽しいことに目をきらきらさせて、“誰かと一緒”が嬉しくて、控えめににこにこと笑う。それでも光ばかりじゃない。その綺麗な青い目に、俯きがちな横顔に、翳りを滲ませていた。

 

 そう──この夜だって。

 

 

「……愛依ちゃん?」

「……えっ、あ、れ? 梅雨ちゃん」

 

 大きめのベッドに3人でわいわい言いながら横になって眠ったはずだった。けれど、深夜といっていい頃。ふと目を覚ますと隣に寝ていたはずの愛依ちゃんはいなかった。すうすうと眠っているお茶子ちゃんを起こさないよう、静かに身を起こす。微かな物音を辿ってダイニングへの扉を開けると、そこで愛依ちゃんが参考書を開いていた。

 

「ごめんね、起こした?」

「いいえ、自然と目が覚めただけ。愛依ちゃんこそまだ勉強していたのね」

「う……ん、もう少しだけ、やっておきたくて」

 

 歯切れ悪く俯くのを見る限り、本心ではないとわかる。

 

「愛依ちゃん、眠れなかったのね?」

「、……うん」

「人の気配がすると、眠りづらいのかしら」

「違うよ! っ、……ごめん」

 

 声を跳ね上げた愛依ちゃんは慌てて両手で口を塞いだ。彼女が視線をやる先は寝室、……お茶子ちゃんは眠っているようで、ほっと安堵の息をついた。それから、目を伏せて笑みを溢す。

 

「嫌じゃないんだよ、ただ……嬉しいだけ」

 

 柔らかな声が、滲むような熱を帯びる。

 

「今日、一緒にご飯作って食べたでしょ? チョコおもち」

「お茶子ちゃんが張り切っていたわね」

「うん、はじめはおもちとチョコってどうなのって思ってたけど、美味しかったよね。一緒にご飯作って、食べて、笑って……」

 

 そっと、大切な宝物に触れるような声だった。

 

「そんな風に友達と一緒にいろいろできるって、すごく、すごくすごく、嬉しいの。楽しくて、嬉しくて……胸がいっぱいになっただけ」

 

 だから眠れなかったの、と愛依ちゃんは教えてくれた。眠るのがもったいないと、そう思ったと。

 ……その気持ちはわかるから、私も微笑んだ。

 

「私も、楽しいわ。嬉しいわ」

「梅雨ちゃんも?」

「ええ、こういうのって、“当たり前”なんかじゃないのよね」

「! うん、そう、本当に……」

 

 “友達”は、“当たり前”なんかじゃない。

 私だって、羽生子ちゃんに出会うまで友達はいなかった。友達ができない寂しさも、友達を遠くから見つめるばかりの心細さも、友達ができたときの嬉しさも。よく、知っている。覚えてる。

 

「でも夜更かしはいけないわ」

「う、」

「私、あなたの隈を濃くするために来たんじゃないもの」

「それは梅雨ちゃんのせいじゃ、」

「愛依ちゃん?」

「はい……」

 

 嗜めると、しゅんと背中の羽根が垂れた。なんだか子犬が耳をぺたりとしているみたいで、可愛く思えちゃう。同い年なのに年下のように見えて、思わず頭を撫でた。きょとんと目を丸くする愛依ちゃんに、笑いかける。

 

「牛乳と蜂蜜あるかしら」

 

 不思議そうにしながらも頷いた愛依ちゃんを連れて、キッチンに向かう。小鍋に牛乳を注いで、火をかける。ふわりと甘い匂いが漂った。

 

「ホットミルク?」

「ええ。あったかくてよく眠れるわ、きっと」

「へえ……っえ、えと、梅雨ちゃん、そんなに砂糖と蜂蜜入れていいの? 夜中だよ……?」

「たまにはね。とびっきり甘くしちゃいましょ」

 

 キッチンに視線を走らせるとわかった。珈琲の袋ばかりへこんでいるのに、砂糖はあまり使った形跡がない。こんな夜をひとりで、ブラックコーヒーを飲みながら過ごしてきたんじゃないかしら。頑張るために苦味を飲み込んで、そうして、ひとりで。

 

 頑張ろうとする愛依ちゃんは確かに素敵よ。

 でもきっと、それだけじゃ駄目なの。

 

「愛依ちゃんはとびっきり、自分を甘やかさなくちゃ駄目」

 

 くつくつと煮える音に紛れるくらい、小さく微かに、息を飲む音。そちらに視線はやらなかった。そうしてほしくないだろうなと、わかっていたから。

 

「……もう十分すぎるくらい、甘やかされてるのになあ」

「あら、もう1匙お砂糖いるかしら?」

「えええ、……もう、大丈夫だってば」

 

「……ありがとね、梅雨ちゃん」

「どういたしまして」

 

 愛依ちゃんがマグカップに口をつけて、あちち、と舌を出す。それがおかしくってくすくす笑うと、愛依ちゃんも同じように噴き出して笑った。

 お砂糖とミルク、蜂蜜。そして隣り合う温度が、夜を優しく温めていく。

 

 

42.蛙、甘やかに。

 

 


 

 梅雨ちゃんがA組女子の中で一番小さくて一番年下(月齢)なのに一番お姉さんしてるところがめちゃくちゃ好きなので、そうした作者の趣味が爆発したような話になりましたね。梅雨ちゃんほんとすき。

 梅雨ちゃんとお茶子ちゃんときゃっきゃさせるのは楽しかったんですが如何せん遅筆で申し訳ないです。待っててくださった方、読んでくださった方、改めてありがとうございます!

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