林間合宿をかけた期末テスト。筆記試験の最終日である今日、わたしは保健室でリカバリーガールからの医学系テストを受けていた。トリアージの判断基準は何か、あらゆる症状に対してどんな処置を施すか──さまざまな問題を解き終わり、あらかたの見直しを終えたところで、ピピピ、とタイマーが鳴った。
「ハイ、そこまで」
「っ、はあぁあ……」
その瞬間、緊張の糸が切れて机に突っ伏してしまう。ぐにゃりと垂れたわたしの背中を、リカバリーガールがテストを回収がてらぱしんと叩く。
「なんだいだらしないね。そんなに自信がないのかい?」
「いえ! 我ながら結構良い感じだと……! 最近梅雨ちゃんとお茶子ちゃん……蛙吹さんや麗日さんと勉強会してて、昨日終わった普通科目のテストも、赤点はないって断言できます」
身体を起こしてそう答える。声は自然と弾んでいた。梅雨ちゃんに提案してもらって、お茶子ちゃんも一緒に始めた勉強会。あれから1週間ほど互いに励まし合いながら、うんうん唸りながら、一緒に頑張ってきた。その時のことが思い出されて、わたしの頬がほころんでいく。
そんなわたしを見て、リカバリーガールは目を丸くした。それからゆっくりと笑う。
「断言ねえ、……あんた変わったね」
「え……? ええと、それは……」
「早合点するんじゃないよ。すぐに悪い方に考える、その自信の無さはどうにかなんないのかい」
「す、すみません」
スパスパとした彼女の物言いにはじめはたじろいだものの、……いや今も少しは慌てるけど、それでもだいぶ慣れたものだ。思えば彼女に師事してから早3ヶ月。情けないわたしを叱り、激励し、さまざまなことを教えてくれた。医療の知識、技術、そして心意気……そんな風に“今まで”を思い出していたのは、わたしだけではなかったようで。
「……入学して、この保健室に初めて来た時のことを覚えているかい?」
「は、はい」
「あんたときたらおどおどして、びくびくして……別に取って食いやしないのにね」
「うぐ……」
リカバリーガールもまた、昔のわたしを思い出していたらしい。入学初日、“個性”把握テストを経て怪我をした緑谷くんと相澤先生と一緒に訪れたのが始まりだった。……うん、確かにあの時のわたしはそんな感じだったなあと、恥ずかしさから顔が熱くなる。
リカバリーガールはほほと笑って、柔らかく目を細めた。懐かしむようなあたたかい眼差しで。
「でもそれが今は、“自分は大丈夫”って断言できるんだ。たった3ヶ月ちょっとの間だけど、よく成長したね」
「……そう、でしょうか」
わたしは、さほど優秀でも勇敢でもなくて、臆病で卑怯で弱い。ホークスと比べたら月とすっぽん。……そんなわたしの根っこはあまり変わってはいないように思うけど、それでも、リカバリーガールがそう言ってくれるなら。その理由はひとつでしかない。
「わたしは、人に恵まれたんです」
雄英高校に来て、わたしはたくさんの人に出会った。
入試で知り合い、友達になってくれた梅雨ちゃん。
初めての戦闘訓練でチームとなった尾白くん、透ちゃん。
【治癒】の“個性”を扱う方法と責任を教えてくれたリカバリーガール。
“個性”の危うさを教えてくれた13号先生。
USJで
怪我をおしてわたしたちを守ってくれた相澤先生。
体育祭で、家族のためにと立ち向かったお茶子ちゃん。
誰よりも強くなりたいと死力を尽くした爆豪くん。
なりたい
そして、そんな彼に炎を目覚めさせた轟くん。
その後の職場体験では、辛い思いを乗り越えた飯田くん。
わたしの甘えを指摘し、叱咤激励してくれた常闇くん。
そして、──こんな出会いをくれた、ホークス。
「たくさんの人たちと出会えたから、今のわたしがあります」
わたしは人に恵まれた。出会いに、恵まれた。
こんなわたしには勿体ないくらい、素敵な人たちに。
「……そうかい」
微笑むわたしに、リカバリーガールも優しく微笑み返した。
「演習試験も、頑張りんさい」
「……はい!」
出会いに報いるためにも、わたしはもっと強くなりたい。強くなったと、成長の証を残したい。
そのためにも演習試験を頑張ろうと、決意を新たに頷いた。
「それじゃあ演習試験を始めてく」
筆記試験終了から数日後、ついに演習試験の日がやって来た。
「この試験でも赤点はある。林間合宿に行きたけりゃみっともねぇヘマすんなよ」
A組の面々は全員ヒーロースーツに着替え、意気込む。それを前にする相澤先生はいつも通り淡々としていた。そう、彼
「先生多いな……?」
耳郎さんが不思議そうに呟き、透ちゃんがひいふうみい……と先生の数を数えていく。相澤先生を中心に、パワーローダー先生、スナイプ先生、マイク先生、ミッドナイト先生、13号先生、セメントス先生……そうそうたる顔触れが揃っていた。
「諸君なら事前に情報を仕入れて、何するか薄々わかっていると思うが……」
「入試みてぇなロボ無双だろ!?」
「花火! カレー! 肝試しーー!!」
上鳴くんと芦戸さん。彼らは演習試験が対ロボの戦闘演習だとわかったとき、特に喜んでいた2人だ。確かに彼らの【帯電】や【酸】の“個性”ならロボなんて楽勝だろう。それがわかっているから、現実味を帯びてきた林間合宿を思い描いた2人は「FOOO!」とテンションを上げていた。笑顔が眩しい。
「残念! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」
ひょこん!と相澤先生の捕縛布から飛び出してきた校長先生、その言葉に──眩しい笑顔のまま、上鳴くんと芦戸さんは固まった。
校長先生曰く、昨今の
でも実際は違う。ヒーローが相手取る
「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実践に近い教えを重視するのさ!」
だからこその提案。だからこその変更。根津校長先生の、そのつぶらな黒い目が閃く。
「というわけで、諸君らにはこれから──
「!? 先……生、方と!?」
ざわめくわたしたち生徒とは違い、相対する先生たちは落ち着き払っていた。パワーローダー先生やマイク先生、ミッドナイト先生なんかは不敵な笑みを唇に乗せている。
「なおペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ。
まず、轟と八百万がチームで……俺とだ」
わたしたちのどよめきや戸惑いを他所に、相澤先生はいつもの静かな声で話を進めていく。轟くんと八百万さん、共に推薦入試の実力者──他にはどんな組み合わせがあるんだろうと考えを巡らせる前に、わたしは次の言葉に目を見開いた。
「そして緑谷と、──爆豪がチーム」
「デ……!?」
「かっ……!?」
「そして相手は……」
「私が、する!!」
ドン!!と普段の茶目っ気をかなぐり捨てて、威圧感たっぷりに現れたのはオールマイトだった。凄みのある笑顔で、緑谷くんたちを見下ろしている。
「協力して、勝ちに来いよお2人さん!!」
緑谷くんと爆豪くんがペア。そして相手はオールマイト先生。何かと一波乱ありそうな組み合わせに、わたしは心の中で合掌した。もちろん宛先は、緑谷くんへ。
(……緑谷くん、頑張って……)
親密度も踏まえてペアを決めたって言ってたけれど、これは仲が良いから組んだって感じじゃない。むしろ逆──どうしようもなく拗れてしまっているから、だろう。
最近も2人は衝突を起こしていた。衝突、といっていいのか、爆豪くんの一方的なものだったけれど。
『うるせぇな“個性”の調整なんか勝手に出来るもんだろアホだろ! ……なあ!? デク!』
緑谷くんは爆豪くんを『かっちゃん』と呼び、爆豪くんは緑谷くんを『デク』と呼ぶ。小さい頃からの幼馴染みなんだといつか緑谷くんは教えてくれた。2人の間にある空気が、ただの幼馴染みとは到底思えないほどドロドロしていることについて──踏み込んで尋ねる勇気は、わたしには無かったけれど。
『“個性”の使い方……ちょっとわかってきたか知らねえけどよ、てめェはつくづく俺の神経逆撫でするな』
救助訓練レースで緑谷くんが見せた動きは、爆豪くんに似たものだった。それを目の当たりにした日、爆豪くんは怒りを露にした。たじろぐ緑谷くんを睨み据えて、咆哮する。
『体育祭みたいなハンパな結果はいらねえ……! 次の期末なら個人成績で、否が応にも優劣つく……!
完膚なきまでに差ァつけて、てめェぶち殺してやる!!』
緑谷くんに宣言を叩き付けて、爆豪くんは次いで轟くんに視線をやった。血走った目は怒りを湛えている。
『轟ィ……!! てめェもなァ!!』
体育祭以降、……あの決勝戦での出来事がしこりとして残っているのだろう。爆豪くんはこうして轟くんに突っ掛かることが多くなった。けど今は、
『焦燥……? あるいは憎悪……』
スライドドアを荒々しく叩き付けるようにして出ていった爆豪くん。その後ろ姿を見つめて、常闇くんが落とした呟きが印象的だった。焦燥と、憎悪。ただの幼馴染みやクラスメイトに対して抱えるにしては、あまりに重々しい感情。それを向ける理由は……轟くんについては体育祭のアレだろう。……でも緑谷くんは?
(どうして、なんだろう……)
爆豪くんを侮ることも、馬鹿にすることもしなさそうなのに。温厚な緑谷くんの何がそんなに癪に触るのか。
そんなことをぼんやり考えていたわたしは、次の言葉で現実に引き戻された。
「……で、うちのクラスは21名なんで、当然ひとつは三人一組となる。
蛙吹、常闇、そして……
「──これまた、私だ!!」
え、と。一瞬時が止まったようだった。
それから数秒して、わたしはようやく事態を飲み込む。
「え、……ええっ!?」
「オールマイト……!? しかし何故、」
「緑谷ちゃんと爆豪ちゃんの相手をするのではないの?」
「そうだよ! 私だけダブルブッキングというわけさ!」
HAHAHA!!とオールマイトはアメリカンに笑ってみせるけど、わたしは笑うどころではない。はくはく、と金魚のように口を開いては閉じて、また開いて、うまく息が、できない。
「まずは緑谷少年と爆豪少年から試験を開始する。君らは別室で待機後、私と戦闘訓練だ!!」
刑の執行を待つ囚人、……気分はそんな感じだった。
「まずは落ち着きましょう、
「う、ん……ありがと、梅雨ちゃん……」
待機所として連れてこられたテントの中で、わたしは梅雨ちゃんに肩を叩かれた。それに少しほっと息を溢して、わたしは2人と同じくパイプ椅子に腰掛ける。ぎし、と軋む音が、やけに大きく響いた気がした。
「……試験内容を、確認しとかないとだね」
全体での説明が終わると、わたしたち以外の組はそれぞれバスに乗って用意されているという試験会場へ向かった。
校長先生
13号先生
マイク先生
ミッドナイト先生
スナイプ先生
セメントス先生
パワーローダー先生
そして、オールマイト先生
それぞれがどんな戦いをするのだろう、なんて感慨に耽る間もなく、わたしたちはエクトプラズム先生から試験の概要を聞かされた。
曰く、試験時間は30分。わたしたちチームの目的は【ハンドカフスを仮想
確かに“個性”の相性が悪かったり、あまりに強大すぎる相手に出会したりしたら、そこで自滅するよりも情報を持ち帰り、応援を呼ぶ方が賢明だろう。より実践を想定した訓練だと、より実践を想定した行動をしろと、先生は言った。
ちなみにこの状況だとプロヒーローである先生方があまりに有利なので、先生方はみんな自分の体重の約半分に相当する重りをつけるらしい。オールマイトなら、確か体重は250kgを越していたはずだから……大雑把に見積もっても125kg相当のハンデがあるということだ。
(……それでも勝てる気がしないって、何なんだろう……)
長くNo.1ヒーローとして君臨してきた、平和の象徴は伊達じゃない。授業中に見かける、まだ教師としては少し不慣れな、茶目っ気のある優しい顔はどこへやら。一瞬だけだったけど、先ほど相対した威圧感は凄まじかった。
思い出すだけで冷や汗が流れる。吐き出す息が揺れる。
……それでも、と。わたしは震える拳を握り締めた。
「……わたしたちだけ、こうして試験の概要を事前に伝えられたということは……
作戦を立てる。それを許可されたということ。もしくは作戦込みでオールマイトとかいう核弾頭をぶつけられたのかもしれない。3人で、それぞれの“個性”と強みを活かして、強大な敵に立ち向かえと──相澤先生の真意は不明だけど、そうなのかもしれない。……相変わらず大きな壁を用意してくれるものだと苦笑が浮かぶ。
「……でもそれを乗り越えるのが、雄英生、だよね?」
「ああ。空中、おまえの言う通りだ」
顔を上げると、常闇くんがニヒルな笑みを浮かべて頷いていた。その赤い目に、より高みを目指す意志と、挑める喜びとが込められている。
「高き壁を乗り越えてこそ、我らはより高く飛べる」
常闇くんの強い声色に、梅雨ちゃんはひとつ瞬き。
そうして、けろりと微笑んだ。
「PLUS ULTRA、しちゃいましょうか」
壁を前にして、笑う──それは簡単なことじゃない。わたしひとりだったらきっと緊張で縮こまってできなかっただろう。でも今は違う。雄英に入学して3ヶ月、わたしなりに頑張ってきた。たくさんの人に励まされ、支えられ、少しは成長できたはず。
それに何より、わたしを好敵手だと認めてくれた常闇くんが、友達だと励ましてくれた梅雨ちゃんがいる。2人がそれぞれの笑みを浮かべて、わたしを見てくれている──
「うん……! 頑張ろう、2人とも!」
だからわたしも、笑える。
虚勢じゃなくて、壁を前に、笑えるんだ!
43.少女、壁を前に。
試験突入直前までのあれこれ。オリ主追加や常闇くん強化に伴って試験相手をエクトプラズム先生からオールマイトへ変更しました。今からどうやって戦おうか白眼剥きながら考えています。
あと緑谷くんと爆豪くんの葛藤や衝突は本誌がめちゃくちゃ熱いのでなるべく丁寧にスポット当てていきたいなと考えています。大体そういう時はオリ主はナレーターしてるしかないのですが、あしからず御了承いただければ嬉しいです。