【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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45.少女、買い物に行く。

 

 期末試験の最後を飾った演習試験。さまざまな組が先生たちに挑んだのだけれど、その内容も結果もさまざまだった。

 

 まず轟くんと八百万さんのチーム。“個性”を【抹消】する相澤先生との対戦は、如何に【抹消】を回避して立ち回れるかが鍵だった。轟くんの大氷壁で身を隠した後、八百万さんが【創造】したものはマネキン、暗幕、カタパルト。そしてニチノール合金という、加熱によって元の形状に変化する形状記憶合金を混ぜ込んだ捕縛布。一度創り出した物は【抹消】でも消せないことや、轟くんの【炎熱】と【氷結】の“個性”──手札のカードをすべて上手く噛み合わせた作戦によって、相澤先生を捕縛してみせた。

 この作戦は八百万さんによるものだった。試験後に轟くんがそう説明している傍ら、八百万さんは照れたように目を伏せつつ、その瞳に光を宿していた。

 

(なんだか、吹っ切れたのかな)

 

 体育祭が終わってからというもの、どこか落ち込んでいた様子だったから、そんな八百万さんの嬉しそうな笑顔が見られてよかった。

 

 吹っ切れたというのは、口田くんにも当てはまるだろう。彼は耳郎さんと組んでプレゼント・マイク先生との試験に臨んだ。【生き物ボイス】に【イヤホンジャック】という、2人とも音に纏わる“個性”を持っているからこその、マイク先生。“個性”【ヴォイス】の凄まじい音量、音圧に“個性”をかき消され、為す術なく劣勢に追い込まれていた。

 それを打破したのが口田くんだった。耳郎さんの身を呈した励ましに覚悟を決め、大の苦手だったという虫たちに声を届かせてマイク先生を奇襲。泡を噴いて倒れたマイク先生を突破し、耳郎さんを抱えてゲートを潜り抜けたのだという。

 

「……マイク先生が泡噴いたって、何があったの?」

「……ええと、それは……」

 

 ちょっと躊躇いつつも教えてくれた緑谷くん。彼が顔をひきつらせていた理由がわかって、わたしも小さく悲鳴を飲み込んだ。口田くんほどじゃなくても虫はあまり好きじゃないから、もしわたしがそれ(・・)を受けていたら悲鳴のひとつぐらいは上げていたに違いない。

 

「口田くん、本当にすごいね……」

「そ、そんなことないよ……」

 

 口田くんは照れたように謙遜するけれど、本当に、万能な“個性”だ。USJでは数多のネズミに指令を出して索敵、陽動、奇襲を担ってもらったのだけど、虫にも声が届くのであれば、その可能性は大きく広がる。

 だって彼は、生き物と意志疎通ができる。それはつまり、虫たちが得た情報をそのまま知り得るということ。……やろうと思えばいくらでも、どこへでも、自分の目と耳を飛ばせるということ。

 

「“すごい”だぁ? すごいってんならオイラだってそうだぜ! なあ……来いよ空中(そらなか)ァ……!」

「そろそろ予鈴が鳴りそうね愛依(あい)ちゃん」

「そうだね梅雨ちゃん、席についとこっか」

「おうおう! なんかオイラの扱い手慣れたって感じを出すなよな!! 雑になってんぞ!!」

 

 吼える峰田くんに、わたしは笑って振り返る。

 

「冗談だよ……本当にすごかったんだってね、峰田くん」

 

 峰田くんは瀬呂くんとペアだった。対戦相手は18禁ヒーロー・ミッドナイト。何だかにやけた顔でバスに乗った峰田くんだったけど、その後が大変だったらしい。

 試験のフィールドは荒野。狭い屋内よりはましだったのかもしれないけど、遮蔽物もほとんどなくただ風が吹き抜けるその場所で、彼女の【眠り香】を相手取るのは至難の技だった。【眠り香】──その身体から放たれる香りは、強制的に相手を眠らせる。実際ただミッドナイト先生が近付いただけで瀬呂くんは深い眠りに落ちてしまった。彼が咄嗟にテープで峰田くんを後方に庇わなければ、2人の試験はそこで終わっていただろう。

 

『やってられっかこんなクソ試験~~~~!!!!』

『ファッ○だ!! 圧倒的ファッ○!!』

『こんな理不尽試験やってられるかーーー!!!』

 

 ……その後の峰田くんは、まあ、色々と喚きながら逃げ回っていたらしい。リカバリーガールが溜め息を吐きながら話していたのを思い出す。

 でも彼女はその後、峰田くんのことを“しょうがない子だね”と称したのと同じ唇で、微笑んだ。

 

『器用な子だね、すっかり騙されちまったよ……!』

 

 そう、峰田くんはただトンデモ難易度の試験を呪って逃げ回っていたのではなかった。ミッドナイトがゲート前に鎮座したままなら、近付いただけで【眠り香】によって行動不能・不合格になってしまう。だから彼はミッドナイトを誘き寄せることにした。弱音を吐いて、涙をばら蒔いて、18禁ヒーローの嗜虐心を煽った。鞭を片手に舌舐めずりしながら一歩一歩と足を進めるミッドナイトに、──不敵に笑ってみせたのだ。

 

『奥まで逃げたのも、ぶちまけた弱音も! あんたの“嗜虐心”煽ってここまで引っ張ってきたのも!!

 全っっ部かっけえ男になる為なんだよなあ!!!』

 

 瀬呂くんのテープで口と鼻を覆い【眠り香】を防いだ峰田くんは、【もぎもぎ】で鞭ごとミッドナイトの身体を地に縫いつけた。彼女の動きを封じて走り、ゲート前で眠っていた瀬呂くんを担いで共にゲートを潜る。……その時の峰田くんは格好よかったんだよ、と緑谷くんも太鼓判を押した。

 緑谷くんは試験後、リカバリーガールの出張所で彼女と一緒に試験の様子をモニタリングしていたとのことで、今わたしは彼から試験の色んなあれこれを教えてもらっている。誰々がこんな活躍をしたんだよ!と目をキラキラさせる緑谷くんは、けれど、自分のことを話そうとしない。

 

「緑谷くんはどうだったの? 条件はクリアしたって聞いたんだけど……爆豪くんと何かあった?」

「んっ!? う、うーん……」

 

 試験前から色んな思いがぐちゃぐちゃにぶつかっていた2人だ。試験中も、何かあったに違いない。緑谷くんの図星を突かれたような、何とも言い難い表情がその証拠だろう。彼は眉間に深い皺を刻んでいたけれど、……それでも、

 

「言語化は、難しいんだけど……」

 

 へにゃりと浮かべた微笑みは、明るかった。

 

「でもクリアしたよ! 終わってみると……よくもまああのオールマイトを相手に粘れたなあって気が遠くなっちゃうや。とんでもなかったよね……」

「わかる」

「わかるわ」

「心から同意する」

 

 思わず頷くと、同じように梅雨ちゃんが、常闇くんが深く頷いた。あの時のオールマイトの圧倒的な強さや容赦のない腹パンを思い出すと今もゾッとするくらいだけれど、でもそんな高い壁を乗り越えたという記憶が小さな笑みをかたちづくる。

 

 

 ──その一方で、

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 沈鬱な表情で沈黙していたのは、切島くん、芦戸さん、砂藤くん、上鳴くんの4人だった。ふいに、芦戸さんがその目に涙を浮かべる。

 

「みんな……土産話、っひぐ……楽しみにうう……してるっ……から……!」

「まっまだわかんないよどんでん返しがあるかもしれないよ……!」

「緑谷それ口にしたら無くなるパターンだ……」

 

 しゃくり上げる芦戸さんを気にかけたんだろう、緑谷くんが明るい声で励ますも、一部の人には逆効果だったようだ。上鳴くんが白眼を剥きながら緑谷くんに迫る。

 

「試験で赤点を取ったら林間合宿に行けずに補習地獄! そして俺らは実技クリアならず! これでまだわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」

「落ち着けよ長え。……わかんねえのは俺もさ。峰田のおかげでクリアはしたけど寝てただけだ」

 

 キエエエとなってる上鳴くん、まだ涙を滲ませる芦戸さんに、硬い表情のまま俯いている切島くん、砂藤くんは、実技試験をクリアできなかったという。荒れ狂う上鳴くんを宥める瀬呂くんも、その目は憂慮に沈んでいる。

 

「とにかく採点基準が明かされてない以上は……」

「同情するならもう何か色々くれ!!!」

 

「──予鈴が鳴ったら席につけ」

 

 とうとう収集がつかなくなってきたかと思いきや、スパン!とドアを開け放って相澤先生がやって来た途端、みんな席についていた。しぃんと静まり返る教室内に、先生の淡々とした声が響く。

 

「おはよう。今回の期末試験だが……残念ながら赤点が出た。したがって……」

 

 眠たげな目のまま、口許が弧を描いた。

 

「林間合宿は全員行きます」

「「「どんでん返しだあああああ!!!!」」」

 

 うおおお、と歓喜で教室が沸いた。特に切島くん、砂藤くん、芦戸さんの喜びようはすごかった。ある人は目を見開き、ある人は明るい未来を噛み締めるようにぎゅっと目を瞑る。ただ1人、上鳴くんは驚きすぎてキャパオーバーを起こしたのか、ヒョッ──とした顔をしていたけれど。

 

「筆記の方はゼロ。実技で切島・上鳴・芦戸・砂藤……あと瀬呂が赤点だ」

 

 相澤先生は続ける。曰く、今回の試験ではわたしたち生徒に勝ち筋(・・・)を残しつつ、どう課題と向き合うのかを見たと。……確かにオールマイトの腹パンを受けて意識を飛ばさずにいられるってことは、そうだ。そういう風に手加減されていたのだと、今更ながらに思い返される。もっと無情に、本気だったら──あんなものでは済まなかっただろう。

 

「“本気で叩き潰す”と仰っていたのは……」

「追い込むためさ。そもそも林間合宿は強化合宿。赤点取った奴こそここで力をつけてもらわなきゃならん。

 ま、合理的虚偽ってやつだ」

「ゴーリテキキョギィーー!!」

 

「クッ……またしてやられた……! さすが雄英だ! ……しかし! 二度も虚偽を重ねると信頼に揺らぎが生じるかと!!」

 

 “みんなで林間合宿に行ける!”という喜びの中、席を立ちながら真っ直ぐ挙手して発言したのは飯田くんだった。確かに彼の言う通り、“個性”把握テストの時も相澤先生は嘘をついてわたしたち生徒を追い込んだ。それを思ってか、相澤先生も頷いた。

 

「確かにな、省みるよ。ただ全部嘘ってわけじゃない」

 

 彼はニヒルな笑みを消して、じろり、と教室を見渡す。

 

「赤点は赤点だ。補習組には別途に補習時間を設けてる。……ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツいからな」

 

 せいぜい頑張るようにと言い含めて、先生は合宿のしおりを配っていく。それを手に取って表紙を撫でると、……色々大変そうではあるけれど、それでも確かに林間合宿に行けるんだとわかって、頬が緩むのを抑えきれない。

 

(楽しみ、だなぁ)

 

 顔を上げると、窓から射し込む夏の日差しが眩しかった。それすら嬉しくって、真っ青な空を見上げて微笑む。

 

 

 

 

 そんなことが昨日あって、今日は日曜日。わたしは東京のビル街に買い物に来ていた。……今頃みんなも買い物してるんだろうなと、静岡県へ思いを馳せる。

 

『林間合宿に必要なものもたくさんあるし、いい機会だからみんなで買い物に行こう!』

 

 そう提案したのは透ちゃんだった。同じクラスになって初めてのイベントに、みんな概ね同意して顔を輝かせていたのだけれど、例外が3人。1人は爆豪くん。切島くんが誘っていたけれど、かったるいの一言で断っていた。もう1人は轟くん。彼は休日はお見舞いがあるそうで、こちらもきっぱりと断っていた。……あの体育祭以降、お母さんといろんな言葉を交わせているようでよかった、と安堵でわたしは目を細めた。同時に、心に寂しさがよぎる。

 

『あの……ごめん。わたしも日曜は家の用事があって……』

『ええーっ! 愛依ちゃん来れないの!?』

『ノリ悪ぃぞ! 空気読めよなぁ空中!』

『う、うん、ごめんね。行きたかったんだけど……』

 

 わたしは土曜日の夜から東京にある公安所属のビルに戻って、公安からの訓練を受けなければいけない。……でもそれを正直に言うことはできないから、曖昧に笑って断った。透ちゃんも、何だかんだ言って峰田くんも、わたしが来ないのを残念がってくれているようで、嬉しい反面申し訳なさや寂しさが込み上げてくる。

 

『用事があるのは仕方ないわ』

『……梅雨ちゃん』

 

 俯きそうになったわたしの肩を、ぽん、と優しく梅雨ちゃんが叩く。

 

『また今度、予定を合わせて行きましょう』

『……、うん、ありがと……』

 

 “また今度”があるかはわからないけど、そう言ってもらえるのは嬉しくて、わたしは笑った。

 

 

 

「それで僕と一緒、だなんて、君も災難ですね」

「! なんでですか、そんなことないです……!」

 

 訓練の昼休憩の時、変装してなら買い物してきていいか尋ねたわたしに、会長は少し思案した後に許可をくれた。“変装して雄英生徒だとバレないように”という条件の他にもうひとつ、“監視員と一緒に”という条件を付け加えて。

 

「お昼休みが潰れちゃって、目良さんにとってはそれこそ災難でしょうけど……、……わたしは、嬉しいんです」

 

 そう、会長が“監視員”としてわたしに付けたのは目良さんだったのだ。目良さんはわたしが公安に来たばかりの頃からの付き合いで、よく気にかけてくれていた。公安にはたくさんの職員さんがいるけど、わたしは彼の名前しか知らない。知らされなかった。そう望んだのはわたし(・・・・・・・・・・)なのだけれど、……名前を呼んで、とりとめのないことを話していいというのは、やっぱり嬉しい。

 

「物好きですねえ」

「そうでしょうか?」

「ええ」

「じゃあ……その物好きに、少しだけお付き合いください」

 

 にへら、と、我ながらふやけた笑顔がこぼれる。それを見た目良さんは、いつもの眠たげな半眼を丸くした。その珍しい表情の理由を問い掛ける前に、彼は静かに微笑んで。

 

「……仕方ありませんねえ」

 

 その声色が、あまりに優しかったから。

 だからわたしは問い掛けることも忘れて、また笑った。

 

 それからわたしはビル街を見て回って、必要なものを買い求めた。合宿は1週間ということで結構な大荷物となる。大きめのキャリーバッグに、アウトドア用の靴、動きやすい衣服。わたしは【翼】があるからなあと服を手に取って選んでいると、隣の目良さんが渋面をつくった。

 

「それ、背中が開きすぎてませんか?」

「え……? でもわたし【翼】がありますし、こういったデザインの方が便利ですから」

「店員に言って羽根用の穴を開けてもらえばいいでしょう」

 

 目良さんが言う通り、服屋さんには異形型の“個性”に合わせて服を整えてくれるサービスがある。熟練の職人さんがその場で採寸、仕上げまでやってくれるのだけど、それでも普通に買うより時間が掛かってしまう。

 

「で、でも時間が掛かっちゃいますし……」

「構いませんよ」

「わたしは、このままで困ったりしませんよ?」

「ダメです」

「う、……なんでそんなに頑ななんですか」

「年頃の女の子が、みだりに肌を見せないの」

 

 わたしはびっくりして、しばらく固まった。……いや目良さんはただ注意してくれてるだけで他意はなくて、……でもその言い方は、まるで……。

 

「あらあら。可愛らしい“娘さん”ですから、“お父さん”は心配ですね」

 

 不意に飛び込んできた声は店員さんのものだった。お姉さんはにこにこと微笑ましいものを見るかのような笑顔でそう話す。わたしは二重にびっくりして、固まって、……我に返った時には遅かった。

 

「っちが、」

「そうなんですよ、“個性”も外見も母親に似て。心配なので幾つか見繕った服に羽根用の穴を開けてください」

「!? ちょっ」

「かしこまりました。加工したお洋服は後日郵送もできますが」

「いえ、今日中に持ち帰りたいので。なるべく早くだと有り難いです」

「では今から1時間半ほど掛かりますがよろしいですか?」

「よっよろしくないです……!」

 

 そんなに時間を掛けたら目良さんの昼休みだけじゃなく、就業時間まで潰してしまう!とわたしは慌てて口を挟んだ。だって目良さんは過去に『仕事が終わらない? そんなことは無いですよ。時間はどこまでも続いてるんですから』なんて言っていた人だ! 仕事が終わらなければ絶対に残業する人だと確信している。だから流されてはいけないと、わたしは顔を上げた。

 

「いいんですよ、……大丈夫」

 

 顔を上げた先で、視線が絡んで、肩を優しく叩かれた。

 

「今日僕、実は午後に年休もらってるんです」

「……えっ? ……え!? うそ……」

「嘘じゃありません。ですから今日くらい、甘えなさい」

 

 宥めるように微笑まれて、わたしは言葉を失ってしまった。その隙にあれもこれもと服を積み上げられて、にこやかながら押しの強い店員さんに採寸されている間にお会計を済ませられてしまい、待ったをかける暇もない。

 更には「服を待つ間に昼御飯を済ませましょう」とあれよあれよという間にレストランに連れて来られた。ウエイトレスさんが運んできたお冷やを喉に流し込んで、ようやく呆然としていた意識がしゃっきりする。向かいに座った目良さんを、じっと見つめた。

 

「……年休って本当ですか」

「まず気にするのそこなんですね」

「いや他にも色々と話したいことはあるんですけど……」

 

 服のお会計なら後で払えば済むことだし、ともごもご言いながら、今一番の心配事を口にする。

 

「……あなたのお邪魔になってないかなって、心配で……」

 

 両手で持ったコップの結露が、涙のように流れる。そのひんやりとした感覚に目を伏せると、頭上で溜め息がこぼれた。

 

「また、遠慮しいだ」

「……だって、」

「僕ね、嬉しかったんですよ? ……久しぶりに会った君が、“ごめんなさい”と言わなかったこと」

 

 以前の君なら、“お時間を取らせてすみません”と、顔を強張らせて恐縮しきっていたでしょうに、

 

「それが今日は、“嬉しい”ときましたからね。……まァ相手が僕ってのは物好きとしか言いようがありませんが」

 

 眉を下げて、仕方ないなと言いたげな表情で、微笑む。そんな目良さんの笑顔にわたしも嬉しくなってしまう。笑ってしまう。

 

「笑ってる場合じゃ、ないのにな……折角目良さんが年休使ってるのに、その時間を取っちゃってるのに」

「また気にしいですか。そちらがそのつもりなら僕にも考えがありますよ」

「、えっ?」

「そうですね……お子様ランチにベリーワッフルパフェなんてどうです?」

「わっ、わたしもう子どもじゃありませんから!」

 

 店員さんを呼ぶボタンに伸びる手を慌てて止めると、目良さんは冗談です、といけしゃあしゃあと宣った。

 

「何でも好きなものを頼みなさい。これは遅くなった高校の入学祝いですけど、お詫びのつもりでもあるので」

「お詫び?」

「正体を欺くためとはいえ、こんな僕と親子扱いされるのは嫌だったでしょう」

 

 そう、言われて。わたしは言葉に詰まった。

 さまざまな感情が胸の内に巡って、……しばらくして、わたしは首を横に振る。

 

「……そんなこと、ないです」

 

 そう、そんなことなかった。嫌じゃなかったのだ。

 わたしがそんな風に感じるのはあまりに浅ましいし馬鹿馬鹿しいこと。ちゃんとわかっている。……それでも、

 

「目良さんにとっては災難だったでしょうけど、わたしは、……嬉しかったんです」

 

 ざわざわと賑やかなお店の中で、ここだけ音を無くしたかのようだった。しぃんと、静かに、目良さんはわたしの言葉に耳を傾けて。

 

「やっぱり君は、物好きですねえ」

 

 そうして、穏やかに微笑んでくれた。

 

「……なら僕も、同じように物好きなんでしょう」

 

 君と同じように、嬉しいのですから。

 

 ……そんな返事が返ってくるとは思ってなくて、わたしはびっくりして固まってしまう。じわりと目に熱が込み上げるのを、なんとか笑ってやり過ごした。

 

 

 この時、A組のみんなの方では大変なことが起きていた。賑やかで平和な街の裏で大きな闇が蠢いていることを、それが間もなく牙を剥こうとしていることを、この時のわたしは知る由もない。

 でもいつか、どうしようもなく辛くて苦しくて悲しくなっても、この時の記憶はきっと忘れない。この瞬間に感じた“しあわせ”は、決して消せやしないのだ。

 

 

45.少女、買い物に行く。

 

 


 

 「どんでん返しだああああ!!!」の上鳴くんの顔がすごい好きなんですけど、作者の語彙力ではヒョッーーとしか表せませんでした。

 あと目良さんとのショッピングが書けて個人的に大満足なんですが、これ自分の他に需要があるのか……?は毎回思います。こんな風に趣味に突っ走るSSですが、お付き合いいただければ嬉しいです。

 

 【早く神野編を書きたい自分】を【今後のあれこれのためにI・アイランドに行っておきたい自分】が殴り倒したので、次回からは二人の英雄編です。

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