【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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47.少女、“個性”について。

 

 最上(もがみ)(かい)と名乗ったその男性は、わたしたちを自身の研究所に招き入れてくれた。外観は、目立った装飾もないシンプルなビル。1階部分は受付と応接間となっているらしく、わたしたちは受付のお姉さんに2階へと通された。エレベーターの扉が開いて辿り着いたそこは、壁を全て取り払った広大なワンルーム。それを埋め尽くさんばかりに敷き詰められたモニター、パソコン、それらを繋ぐ幾重ものケーブルに、何の用途かわからない機械……まさに研究所といった様相に、わたしはぽかんと口を開いた。

 

「すごい……」

「呆けるのは構わないが、ケーブルに足を取られてくれるなよ。引っこ抜かれてはかなわん」

「は、はい」

 

 視線をやらずに釘を刺しながら、最上さんはわたしたちを窓辺の休憩スペースへと案内した。それまで機械的な印象だったのが、ウッドパーテーションを境にがらりと変わる。木目調のシンプルながら品の良いローテーブルに、それを囲むように置かれたソファーはバニラに似た甘い色合い。赤や黄色、青やピンクなど、カラフルな鉢に植えられた多種多様な観葉植物は、高窓から射し込む陽光を浴びて瑞々しい緑の輝きを弾いていた。

 わたしたちにソファーを勧めて、最上さんは少しの間姿を消したかと思うと、お盆を手に戻ってきた。透明なグラスに注いだカフェオレをわたしたちの前に置いてくれる。仏頂面だけれど、恐縮するわたしに「気にするな」と、「アレルギーは無いか」と気遣ってくれた。深く頭を下げたわたしの向かいで、ホークスはありがとーございます、と笑っている。彼はちらりと研究所を見渡した。

 

「そういえば助手さんたちはみんな出払ってるんですね」

「皆I・エキスポに出展するパビリオンの準備に向かってる。大体どこの研究室も同じだろう。……本来なら僕も現地で調整してたんだがな」

「すっ、すみません、お忙しい時にお邪魔して……」

「御時間を頂き、感謝申し上げる」

 

「……おまえの弟子にしては礼儀正しいな」

「でしょー?」

 

 にんまり、とホークスは笑みを深める。そうして自身の隣に腰を下ろした最上さんを手で指し示した。

 

「んじゃ、改めて紹介するね。こちらは最上解博士。専門は“個性”の鎮静化。(ヴィラン)を収容する移動式牢(メイデン)を開発した人だよ。あのタルタロスの建築にも関わってる」

「え……!」

 

 びっくりして声を上げて、慌てて口をつぐむ。そうして彼の人を見上げた。移動式牢(メイデン)は身体を拘束するとともに“個性”の出力を弱めるという、(ヴィラン)を拘束し護送するために必要不可欠なものだ。タルタロスも、ギリシア神話にちなんだその名に恥じない堅牢さを誇る牢獄。その2つに、関わってるだなんて……。

 

(……改めて……すごい人なんだ)

 

 けれどそんな最上博士は、ホークスの紹介やわたしの驚きなんて意にも貸さず、黙々とアイスカフェオレを飲んでいる。クールな人なのかな、なんて──そう思っていたのだけど、

 

「鎮静化というと……相澤先生の【抹消】みたいなものか」

「イレイザーヘッドを知っているのか!」

「!? は、はい、」

「イレイザーヘッドは、我らの担任だが……」

「担任! そうだ彼は雄英の教師も兼任していたな……!」

 

 常闇くんの嘴から相澤先生の名前が出た途端、最上博士が目を剥いて立ち上がった。ついさっきまでの冷静さはどこへやら、興奮しきった声を弾ませて部屋を歩き回っている。

 

「彼ね、イレイザーヘッドのフォロワーなんだ」

 

 相当重度のね、とホークスが囁いた。その声は聞こえていないらしく、最上博士は足音高く歩きながら、両手を広げて叫んでいる。

 

「まったく【抹消】は素晴らしい! 多種多様な“個性”溢れるこの超人社会で、その力は真の意味で人をフラットにする!」

「フラット……?」

「そう!! 争いは同じレベルの者同士でしか発生しないとある人は言ったが、犯罪は格差によって生じる! 人脈、才覚、金銭、権力、そして何より“個性”! この世は空より高く地よりも低く、格差ばかり!」

 

 彼は吼える。世の鬱憤を晴らさんとばかりに。それからぴたりと立ち止まったかと思うと、ハッ、と鋭く息を吐いて、

 

「それが彼の前では真っ平らだ。瞬きの間とはいえ──痛快だろう?」

 

 にやりと口角を上げた。彼は間違いなく大人の男性であるのに、その笑みにはイタズラが成功した子どものような輝きがあった。こんな風に笑うんだ、とわたしが驚く暇もなく、その顔が怒りを思い出したかのように歪んだ。笑ったり怒ったり、……本当に百面相だなあ。

 

「それに引き換え……! 何でもかんでも“個性”を強化すればいいだなんてアホの考えることだ! 何故あいつはそれがわからない!」

 

「……“あいつ”って……?」

「デヴィット・シールド博士だよ。ライバル視してるんだって」

「……デヴィット・シールド博士って、あの?」

 

 “あの”と称されるほどに、彼の博士は有名人だった。

 デヴィット・シールド博士とは、ノーベル“個性”賞を受賞した“個性”研究の第一人者だ。オールマイトのアメリカ留学時代の相棒としても知られ、オールマイトの数々のコスチュームを手掛けた天才発明家。

 ……そんな人をライバル視するなんて、そういった意味でもすごい人なんだなあと視線を送る。最上博士は苛立ちのままに部屋を一周してからこちらに戻ってきた。ソファーにドカッと腰を下ろして、深く長く、息を吐く。

 

「はーーーーーー……すまんな。些か熱くなった」

「「些か」」

 

 ……本当に“些か”だったかな、と思ったのは常闇くんもだったようで、思わず呟いた声が重なった。ホークスはおかしそうに笑って、それを最上博士は煩わしそうに小突いている。そうして彼は咳払いをした後に口を開いた。

 

「さて、本題に入るぞ。おまえたちは何しにここへ?」

 

 眼鏡越しの瞳に問われて、わたしたちは姿勢を正した。ここに来た最大の目的に眉目を引き締める。

 わたしと常闇くん、梅雨ちゃんは期末の演習試験後、反省会を行った。オールマイトという大きすぎる壁を前にした自分の強み、弱み、どうすれば克服して強くなれるのか。さまざまなことを話し合って、見えてきたものがある。

 

「わたしは……、【翼】を使って1枚1枚の羽根を操ることができますが、それが大量になると並行処理に頭が追いつかず、頭痛を引き起こしてしまいます。それを何とかしたい、です」

 

 わたしの場合、もっと【翼】を自在に操れるようになれば攻防ともに隙が無くなるはず。それは公安での訓練でも露呈した、わたしの課題。弱さ。

 

「……なるほど」

 

 最上博士は何かを考え込むかのように目を伏せて、それから顔を上げた。視線で“次”を促された常闇くんは頷き、ハキハキと話し始める。

 

「俺の“個性”は【黒影(ダークシャドウ)】。今、この光の下ではこの様態だが、闇の下では獰猛になる。パワーもスピードも強大になりはするが、俺の制御を離れ暴走するおそれがある」

 

 彼の赤い目が黒影(ダークシャドウ)を見て少し細められた。……職場体験の、あの倉庫でのことを思い出していたのだろうかと、わたしは彼の横顔を見上げる。

 けれどそんな心配など無用だった。彼の目に浮かんだ僅かな翳りは、すぐに意志の強さで吹き飛ばされた。

 

「しかし闇とは己が糧。我が力。獰猛な黒影(半身)をも受け入れてこそ、俺は強くなれるだろう。

 そのために、サポートアイテムで“光”と“闇”を自在に操れないか、その知恵を、術を、貴殿に求めたい」

 

 彼はもう迷わない。迷わず上を目指すと決めている。

 環境に左右されがちな黒影(ダークシャドウ)の力をいつでもどこでも最大限に発揮するため、導き出された答えがそれだった。光と闇を操るだなんて、わたしたちにはどうしていいか考えすら浮かばない。それでもこのI・アイランドで研究を重ねている優秀な研究者ならばと、常闇くんは強い眼差しで博士を見据えた。

 そんな博士はというと──さすがに虚を突かれたのか、目を真ん丸に見開いて硬直していた。ぽかんと開いた口がしばらくして、……にやりと笑みの形をつくる。

 

「常闇とやら、おまえは太陽に喧嘩を売る気なのか?」

「それが必要であるならば」

「……面白い!」

 

 彼はローテーブルに置かれていたI・エキスポのパンフレットに何事か書き込んだ。幾つかの○を描かれたそれを、常闇くんに渡す。

 

「印を付けた場所が僕の研究所が開催しているパビリオンだ。僕たちが開発したサポートアイテムが展示されている。まずはそこで、おまえの願いに流用できそうなアイテムを見繕え。

 自分の現在の戦闘スタイル、目指すべき戦闘スタイル……さまざまを考慮して選べよ」

「御意」

「ホークス、おまえも師匠ならアドバイスぐらいしろ」

「了解でーす」

 

 常闇くんが固く、ホークスが柔く頷く。そんな2人をそれぞれ見てから、最上博士はわたしを見た。黒い目が、すうっと細められる。

 

空中(そらなか)、おまえはまず“個性”が身体に及ぼす影響を知ることからだ。これからメディカルチェックを受けてもらう」

「! ……はい」

 

 そうか、こういう流れならメディカルチェックも不自然じゃない。感心するとともに、わたしの胸の奥底で不安が顔を覗かせる。……その小さな靄を振り払うように、わたしは胸元を握り締めた。大丈夫、大丈夫、……だって、

 

(ホークスは、“傍にいる”って言ってくれた)

 

 そっと視線を向けると、……わたしがそうするのをわかっていたかのように、ホークスの微笑みが待っていた。彼は明るく笑う。『何でもないよ』『何ともないよ』と、そう告げるみたいに。

 

「じゃあ、また後でね」

「ああ、空中。後ほど」

 

 “またね”は、最後の言葉じゃない。当たり前のように“次”を信じる言葉だ。ホークスも常闇くんも、当たり前のように口にする。

 

「……うん。また」

 

 だからわたしも同じように信じたくて、彼らみたいに笑って、そう口にした。

 

 

 

 

「雄英高校に通っていたんだな」

「はい。……あの、“お久しぶり”、なんですよね?」

「そうだ」

 

 研究フロアの1階上には、診察室と銘打たれた部屋があった。奥に置かれた巨大なベッドには、半透明の殻のような形状の機械が連結されている。わたしが指示された通りインナー姿になってそこに横たわると、その機械がわたしの身体を覆った。

 

「今まで何回か検査を行ってきたが、僕はあのビルに赴いてもおまえに会ってはなかったからな。“個性”について問答の必要がある場合は会話もしたが、覚えているか?」

「……はい」

 

 ドクターからの問答に答える時は、わたしは部屋に1人で座って、スピーカーから流れる質問に対して答えて、……あれ?

 

「……その時聞こえていた声って、女性のものだったように思うんですが、」

「あれは変声機で声を変えていた。当時、“何”がおまえの“個性”の発動条件に当たるかわからなかったからな。おまえの前に姿を現さなかったのもそのためだ。

 視覚、聴覚、発言内容、名前──どれがおまえの認識に引っ掛かるか、それを探るためでもあった」

 

 ピピ、と甲高く鳴る機械音の向こうで、最上博士がそう話す。……そうだ。昔のわたしは、誰にも会えなかった(・・・・・・・・・)。面と向かってお喋りなんて、夢のまた夢で──

 

「……だってそうじゃなきゃ、わたしは……」

 

 

 わたしは、誰かの“個性”を奪ってしまう(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「……わたしのせいで、ご迷惑をお掛けして、すみません」

 

 笑おうとして、できなかった。いびつに歪んだそれを何とか笑みの形にして、わたしは声を繕う。

 

「以前のメディカルチェックの時、博士がわたしの“個性”の許容量を見極めて、念のためとして深く眠らせてくれたから、……だからわたし、こうして誰かと会って話すこともできますし、雄英に通うことだってできてます! 本当に、感謝しているんです。……でも、」

 

 取り繕った声が、揺れる。震える。いびつに。

 

「でも、もしこの数年の間で、気づかないうちに“個性”が強くなっていたら……」

 

 わたしが恐れているのはそれだった。もし仮定した通りに“個性”が強くなっていたとしたら、わたしは──

 

「少なくとも、学校に通うことはできないだろうな」

「……、……はい」

 

 脳裏にさまざまな人たちの姿がよぎる。お友達になりましょう、と微笑んでくれた梅雨ちゃん。こんなわたしなんかを好敵手と認めてくれた常闇くん。他にもたくさん、雄英で出会ったいろんな人たちがよぎって──消えていく。

 仕方ないことだと、諦めて目を閉じる。そのまなうらに、じわりと熱が滲んだ。

 

『僕ね、嬉しかったんですよ? ……久しぶりに会った君が、“ごめんなさい”と言わなかったこと』

 

 わたしの“個性”が、誰かの“個性”を奪うと知っても、

 

『大丈夫だよ、……ちゃんと、傍にいる』

 

 それでも傍にいると、そう言ってくれた人もいた。

 その記憶を思い出すだけで、身体の震えが止まった。冷えきった指先が、生きている熱を思い出す。

 

「……覚悟は、しています」

 

 雄英に通えなくなると思ったら、悲しいし、寂しい。……それでもきっと、あの人たちがいるなら、生きていける。

 ぎゅっと拳を握り締めて、わたしは診察結果(判決)を待った。それは何分か、何十分だったのか。よくわからなくなるほどに長く感じた。わたしを取り巻く機械音、キーボードのタップ音……それがやんで、沈黙を貫いていた最上博士が口を開く。

 

「診察の結果……おまえの“個性”数値に変動は無い。であるからして、おまえの言う“個性”の強化並びに許容量に変化は無い」

「! そうなんですね……!」

「話を早合点で完結させるな。まずは聞け」

「はっ、はい、すみません……」

 

 喜びに声が上擦るも、すぐに冷や水を浴びせられる。そんなわたしに小さく溜め息をついて、彼は話を再開させる。

 

「おまえが本来持つ“個性”に変動は無いが、おまえが取り込んだ“個性”はそれぞれの数値が高くなっている。

 おまえの本来の“個性”が器だとすると、取り込んだ“個性”は水……それが溢れそうになっていて、器が、身体が悲鳴を上げているんだ」

 

 彼はそう言って、3本の指を立てた。 

 

「おまえが取り込んだ“個性”は3つ。【自己再生】に、【譲渡】、そして【翼】」

 

 そのうち2つの指を揺らして、最上博士は目をすがめる。

 

「おまえの治癒のメカニズムは、【自己再生】で高めた治癒力を他人に【譲渡】している。これはわかるな?」

「は、い」

「それら2つの“個性”を同時に使っていても然程身体に負担が掛からない反面、【翼】の“個性”で頭痛を引き起こすのは何故か。……わかるか?」

 

 問い掛けられて、わたしは息を飲んだ。

 【自己再生】・【譲渡】と、【翼】。それらの“個性”の違いを考えて、……考えるまでもなく、すぐにわかった。

 

「……【自己再生】と【譲渡】の時、わたしは、あの人たちの“個性”を奪いました。でも【翼】の……ホークスの時は、わたしは奪わなかった。彼の“個性”を、コピーするに留まった」

 

 そう答えるわたしに、博士は頷いた。僕もそう考えている、と同意を口にしながら。

 

「おまえの“個性”は、取り込んだ“個性”因子に合わせておまえの身体を創り変える(・・・・・)。だが……ホークスが異形型の“個性”だったからか、あいつの“個性”因子をそのまま奪い、取り込むことはできなかった」

「それは、異形型の“個性”だからですか?」

「……、わからん。ただ、おまえも知っているだろう? 異形型の“個性”因子は身体に密接に結び付いている。だからかつてのおまえも身体を創り変える時、痛みに苦しんだ」

 

 ……そうだ。わたしがホークスの“個性”をコピーした時、わたしの背中に【翼】が生えた時、わたしは何日もの間ベッドから起き上がれなかった。背中の皮膚が破れ、中から翼が突き出てきて、神経が千切れ、新しく繋がれて……痛くて苦しくて仕方なかった。

 

「“個性”因子を取り込めなかったから、無理に“個性”を再現しようとして……身体が悲鳴を上げている」

 

 今のわたしの頭痛の原因は、そうなのだろう。それがわかって、……かえって安堵の気持ちが沸いてしまう。

 

「わたしがホークスの“個性”を根こそぎ奪わなかったから、この痛みがあるのなら……わたしはこれでいいです。……ううん、これがいい」

 

 だってこの痛みは、あの人の翼を奪わずに済んだ証。

 

「あの人が飛べなくなるくらいなら、……わたしはずっと、苦しいままでいい」

 

 知らず知らずのうちに、唇に笑みが灯る。

 そんなわたしを博士はじっと見つめて、──頭を叩いた。

 

「いっ……!? な、何をなさるんですか……!」

「やかましい! このアホめが!」

「あ、アホって……!」

「どうしようもない現状に、“仕方ない”と肩を落として諦める! これをアホと言わずに何という?」

 

 彼の不機嫌そうに細められた目が、ゆっくりと弧を描く。

 

「どうしようもない現状? 上等じゃないか。

 それを覆し、第3の解決策を拓くのが──研究者だ」

 

 獰猛といっていいほどの、強い笑み。それは自分の積み上げてきた技術、研鑽、それによる確かな実績から来ているのだろう。強かな自信は、わたしの不安をほどいていく。

 

「おまえの【翼】を用いる上で生じる身体への負担を軽減する、その術は既に思い付いている」

「え……! そ、そうなんですか……!」

「当たり前だ! ……あのホークスのことだ、それを見越しておまえをここにやったのだろう」

 

 あいつは嫌になるぐらい聡いからな、と憎まれ口を叩きながら、博士はぶっきらぼうに言った。

 

「だからおまえは、何も心配することはない」

 

 こちらに視線をやることはないけれど、特に柔らかな声色というわけではないけれど、……それでも、その言葉はどこまでも優しい。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 わたしは本当に、出会う人たちに恵まれてるなあと。

 そう実感して、微笑んだ。

 

 

 

 

 あれから、念のためとして改めて“個性”を深く眠らせてもらい、その処置を終えて診察室を出ると、外はもう夕闇迫る空模様だった。

 

(ホークスは……もう、出掛けたかな)

 

 夜には明日からのI・エキスポ開催を記念してレセプションパーティが開かれると言っていた。それに参加しなくちゃいけないのだと、げんなりした顔をしていたのを思い出す。接待は嫌いだ嫌だと、ちょっとした子どもみたいに駄々を捏ねていたなあと、口許が緩む。

 

「遅くなって悪かったな」

「え、いえ、そんな! こちらこそすみません、お手数お掛けして……」

「おまえが謝る必要はない。……ん?」

 

 研究フロアに戻ってきた最上博士は、部屋の灯りがついていることに気づき、目を瞬かせた。

 

「なんだおまえ、ここにいたのか」

「え、……!」

 

 昼間に話をした窓辺の休憩スペース。そこに、常闇くんが座っていた。彼はこちらに気づき、顔を上げる。

 

「常闇くん!」

「空中、メディカルチェックは終わったのか」

「うん、今。……常闇くん、ホークスとパーティに行かなかったの?」

 

 確かホークスは、常闇くんに礼装を用意していたはずだ。一緒に出席して、いろんな研究者やヒーローに話を聞けるチャンスだったのに……。

 

「あのような場は、いずれ俺がヒーローとして招かれて行くべきだと判断したまでだ」

 

 わたしの問い掛けにクールに返した常闇くん。その肩口から、ひょこっと影が覗く。

 

「フミカゲ言ってタ! 『ソラナカを待っテル』ッテ! 『置イテ行クノハ嫌ダ』ッテ!」

「……え?」

「っおい、黒影(ダークシャドウ)、」

「ホラ見ろヨソラナカ! リンゴ飴! デケー! ツヤツヤ!」

 

 常闇くんの制止も何のその、黒影(ダークシャドウ)は大きなリンゴ飴を手にご満悦だ。彼がはしゃいでいる傍ら、常闇くんは顔を手で覆って項垂れている。

 

「……常闇くん、待ってて、くれたの?」

「……、……まあ、なんだ。エキスポ開催に合わせて、さまざまな屋台が出ていたのでな」

 

 そっぽを向く彼が照れているのだということは、もう、わたしにもわかる。それだけの時間を一緒に過ごした。

 

「ありがとう、……嬉しい、本当に」

 

 友達がいてくれること。普通に顔を見合わせて、話ができて、笑い合える。この“当たり前”が“当たり前”じゃないことを、わたしはよく知っている。

 

「お、このケバブ旨いんだよな」

「よろしければ是非、ご一緒しましょう」

「助かる。もう腹と背中がくっつきそうだ」

「ふふ、わたしも」

 

 ローテーブルの上には、所狭しと世界中のさまざまな料理が並んでいる。博士が旨いと言ったケバブをはじめに、焼きそばやたこ焼き、ホットドッグや大きなバーガー、カップに入っているのはベトナムのフォーだろうか。ふわりといい匂いが漂って、胃がきゅうっと空腹を思い出す。

 みんなでわいわいしながら、さあ食べよう!と大口を開けてトルティーヤにかぶりついた。──その時。

 

 

『I・アイランド管理システムより、お知らせします。警備システムが、I・エキスポ会場内に爆発物が仕掛けられたという確定情報を入手。I・アイランドは現時刻をもって厳戒モードに移行します』

 

 固い機械音声で告げられた情報に、わたしは身体を固くした。え、と目を見開くわたしとは対照的に、博士は目を睨むように細める。

 

『今から十分以降の外出者は、警告なく身柄を拘束します。また、主な施設は警備システムによって強制的に封鎖します』

 

 状況が把握できないまま、事態は進んでいく。I・アイランドのセキュリティはさすがの一言で、瞬く間に警備システムが展開されていった。……それなのに、この胸に残る不安は何だろう。

 

(何が、起きている……?)

 

 研究所の外から聞こえる人々のざわめき。目の前に座る最上博士の固い表情。……どうしても拭えない不安に、わたしは胸元を握り締めた。

 

 

47.少女、“個性”について。

 

 


 

 どうしても事件勃発まで詰め込みたかったので、こんな長さになってしまいました。読みづらくてすみません!それでも読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

 今回はオリ主の“個性”を少しだけ明かしてみました。【翼】がホークスのものと性質は同じで、しかしスペックが下回るのはこれが理由です。“個性”の名称や詳細については、また神野編でということで。

 

 2人の雄英編、これまでほとんどオリジナル回でしたが、次は本編に少しだけ介入していきます!どうぞ次回も読んでいただければ嬉しいです。

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