「──おかしい」
緊急事態を知らせるサイレン。道という道を埋めつくすかのように展開する警備ロボの駆動音。戸惑いにざわめく人々の声。それらを背景に、
「博士? おかしいって何が、」
「住民や観光客を建物内に押し込め、外出者は警告なしに身柄を拘束する──これはこのI・アイランドにおける最高厳戒モードだ。たかが爆弾が設置されただけで移行されるわけがない」
「……爆弾が設置されたって、“たかが”で済む話じゃないと思うんですけど」
「ここをどこだと思ってる? ありとあらゆる“個性”の研究・サポートアイテムの発明を行う学術研究都市だぞ。爆発なんぞ日常茶飯事に決まってるだろうが」
「決まってるのだろうか……?」
わたしと常闇くんはピンと来ないけれど、ここに住んでる博士が言うのだから間違いではないのだろう。
「まあ今はI・エキスポの関係で招待客も滞在しているからな、多少お上品に振る舞いはしてるが……それでもこの警戒は度が過ぎている」
この島に何より詳しいであろう彼が、おかしいと、そう断言するのだ。
「じゃあ、爆弾の設置ではない……もっと大変な何かが起こっているってことですか?」
「……一番可能性が高いのは、そもそもこの警備システムを乗っ取られた、ということだ」
「え……!?」
その説はまさに寝耳に水だった。“何らかの事件が起きたから警備システムが過剰反応している”のではなく、“警備システムを掌握した者が厳戒モードに引き上げた”というのだから。
……でもそれは、単に事件が起きた以上にとんでもないことが起きているということなのではと、そう思ったのはわたしだけではなかった。常闇くんが緊張の面持ちで口を開く。
「博士、お待ちを。このI・アイランドの警備システムはタルタロスと同等の堅牢さを誇ると聞く。その警備を掻い潜りシステムを掌握するなぞ、ただの
「そうだな、ただの
「じゃあ……」
システムの不具合とか、誰かの操作ミスとか、……そんな可能性を思い浮かべたわたしは根本的な考えが甘いのかもしれない。
「十中八九──研究者の中に、内通者がいる」
そいつが
「そんな……だってこの島は、ヒーローや世の中のためになる研究をしている人が集まってるんじゃ、」
「僕は倫理やら道徳やらの話をしていない。現実の話をしている」
最上博士は何でもないことのように、涼やかな顔だ。
「それに僕は研究者という職に誇りを持っているが、それをやっている人間を聖人とは考えていないからな。腹に一物抱えているやつなんて、吐いて捨てるほどいるだろうさ」
涼やかな顔のまま、割り切ったことを口にする。……大人というのは、こういうものなのだろうか。“こう”でなきゃいけないのだろうか。当たり前のように隣り合う人が、次の日には裏切るかもしれないと、そう思って生きているのだろうか。
(……、いや違う。こんなこと考えてる暇はない)
頭を振って、ネガティブばかりの考えを振り払う。今考えるべきは、
「……内通者の誰かが
「その可能性は高いな。この島にいる研究者の皆殺しを目論むなら、警備システムで警告など出すまい」
「警備システム、……その警備システムを操作できるのはどこですか?」
「セントラルタワーの最上階」
「! じゃあ……!」
そして──ホークスは、無事なのか。
「じゃあ
行き着いた最悪の展開に、声が震えてしまう。どうしよう、どうしたらと視線を移ろわせるわたしの肩を、常闇くんが掴む。
「落ち着け
「でも! ……でもホークスさんが何ともないのなら、きっともう
被害拡大を防ぐために、より多くの人を救うために、ホークスが何より速さを信条としているのは常闇くんだって知っている。わたしを宥めようとした彼の表情が、厳しくなる。
「それに、ホークスさんだけじゃなく他にもたくさんのヒーローがパーティに招待されているはず。その人たちがいて、……それでもまだ、警備システムは解除されてない。
わたしが重ねて言えば、最上博士が口許を手で覆い目を伏せながら、それを補足する。
「……招待客の中には、オールマイトもいたはずだ」
「オールマイトが……!?」
「……じゃあやっぱり、彼らに何かあったんだ……!」
ホークスとオールマイトが揃って
それがわかっていて、じっとなんかしていられない。わたしは立ち上がってこの場を後にしようとして──
「どこへ行く」
背中に鋭く声を投げ掛けられて、振り返ることなく、立ち止まった。
「……セントラルタワーの、最上階に」
「無謀だな。オールマイトすら敵わなかった
「……確かにヒーローではないわたしに、戦闘は許可されていません。ですが
わたしには
(それでも、できることはゼロじゃない……!)
わたしは振り返り、最上博士を見つめ返した。虚勢でもいい。怯えず、真っ直ぐ、背筋を伸ばして。
「ですからわたしも、
枷さえ無ければ、ホークスはどこへだって飛んでいける。
わたしのやるべきことは、その羽ばたきを少しでも自由にさせること。……そのためならわたしは、何だってできる。
「わたしは1人でだって行きます。だから、」
「──1人ではない」
決意とともに拳を握る。痛いほどに。
けれどその手にもうひとつの手が重なった。宥めるように、同意するように、……“傍にいる”と、伝えるように。
「俺も共に行くぞ、空中」
「! 常闇くん……!」
「我らが空を行くは、きっとこのような時の為だろう」
「ソレニ今ハ夜ダゾ! オレラのドクダンジョーだ!!」
「……っうん!」
常闇くんがフッと微笑み、
「……はーーー……」
そんなわたしたちに、最上博士は深く、長く、溜め息を吐いた。自身の黒髪をがしがしと掻いて、呟く。
「……【
俯いているその黒い目が、どこか遠くの誰かを映しているかのように、ぼんやりと揺らめいた。
「あの人ならきっと、迷わずセントラルタワーを指差すんだろうな」
「あの人?」
「……何でもない」
最上博士は首を振って、顔を上げる。目の前のわたしたちを何とも言えない渋面で見つめた後、さっと踵を返す。
「着いて来い。屋上のガレージに飛行移動用のモービルがある。僕はそれで行く」
「えっ?」
ぽかん、と呆けている間にも、博士は早足でエレベーターへ向かう。その背中を、わたしたちは慌てて追いかけた。
「は、博士も着いて来てくださるんですか!? でも、」
「タワーには
「じゃあ聞くが、おまえたちに警備システムの解除ができるのか?」
「それは……」
……確かに、肝心のシステムを操作できなければ意味がない。押し黙ったわたしたちに、博士は歩き続けながら溜め息を吐いた。
「空中、常闇……おまえたちは無理に無謀に無鉄砲を重ねたアホだ。見るに見かねない」
けれどその溜め息は、先程より柔らかく聞こえた。
仕方ないな、と言いたげな、響き。
「だが、……裏切り者や
エレベーターの扉が開く。この状況を打破するべく、道が開く。その前に立った最上博士はこちらを振り向いて、
「馬鹿どもの鼻を明かしてやる。これは僕の、
ニヤリと強く、──ほんの少し悪どく──笑った。
見た目は少し大きなオートバイといった感じで、サイドカーがついている。特徴的なのは、地上に向けて光の粒子を噴射しているホイールに、車体を覆うように展開している半透明のシールド。まるでいつか見たSF映画に出てくるような、近未来的な空飛ぶバイク。……それに乗ることになるなんて、思いもしなかった。
「……ほんとに空飛んでる……」
「ああ? なんだその発言は。僕の発明が疑わしいとでも?」
「いやそんなこと言ってないです……」
小さく言い合うわたしたちの前を、すい、と飛行ユニットを積んだ警備ロボットが行く。思わず口を押さえるも、その飛行ユニットは目のようなカメラを巡らせて──何事もなかったかのように飛んでいった。
「……光学迷彩は問題なく機能しているようだな」
「防音機能もな。まあこの僕が作ったものだ! 当たり前だがな!」
「ちょっ、でもこの状況で大声出さないでください……!」
研究所を出たわたしたちが見たのは、今や警備ロボが跋扈する街と成り果てたI・アイランドの姿だった。警告に従って人々はみんな建物内に避難しているのだろう。カメラを巡らし、センサーを照らして回るロボの群れの他には、ひとっこひとり見当たらない。
この無数に蠢くロボに見つかってはいけない。捕まってはいけない。そんな緊張感を持っているのはわたしだけなのか、博士は喜び勇んで声をあげている。もう、と漏らした溜め息は強い夜風にさらわれていった。顔を前方に向けると、それはもう間近に迫っていて。
「! これが、セントラルタワー……」
目の前に聳え立つセントラルタワー、その大きさに小さく息を飲む。世界中の知識技術の粋を集めて造られた塔は、普段はガラス張りだったはずだけれど、今はその全てに頑丈そうなシャッターが下ろされている。
……確かセントラルタワーは、タルタロス並みの強固さを誇ってるんだっ、け?
「……あの塔に、そもそもわたしたち入れるんでしょうか……?」
「おまえそれ考えてなかったのか」
わたしを呆れたように見てから、最上博士はモービルを操縦してタワー周りを旋回し始めた。シャッターに閉ざされ、沈黙を守っているセントラルタワーを見下ろしながら。
「I・アイランドの心臓ともいえるセントラルタワーは、この島において最も重要な施設だ。最上部には警備システムを司るシステムルームに加え、世に出すことができない発明品や研究成果を保護する保管室もある」
「……じゃあ、
「間違いなくそうだろう。……まったく、だから重要な施設をひとまとめにするのは愚策中の愚策と言ったんだ!」
「わわっ、だから声……!」
諌めるも博士は聞く耳を持たない。何かを、“誰か”を睨み付けるように、鋭く目を細める。
「……僕はかつて、重要施設がセントラルタワーに集中することへの危険性を説き、新たに都市建設計画を立案、提案した。……それは諸々の関係で残念ながら、実に残念ながら叶わなかったが……折衷案ということで非常口を取り付けることに成功した」
過去の無念さに歯軋りをしながらも、当時もぎ取ったのだろう功績にアレな笑みを浮かべている。……うん、本当にアレな笑顔だけれど、それは紛れもなく彼の功績だ。現に今、それがわたしたちの唯一の突破口となる。
「じゃあ、その非常口を使って中に入れるということなんですね」
「そうだ。今から向かうぞ」
「しかし博士、その非常口も
「ふむ。……まあ、そうだな。可能性はゼロではない」
常闇くんが危惧を口にすると、博士は懐からカードキーを取り出した。それを横目で見ながら、話し続ける。
「この非常口の存在を知る者は、ごく僅かだ。このI・アイランドにいる研究者のほんの一握りが、このカードキーを所持し、パスコードを知っている」
「じゃあ……」
じゃあ安心ですね、と言いかけて、やめた。
今博士は、“
(……博士は、想定しているんだ)
セントラルタワー上層部に降り立ち、隠されていたカードキーの認証装置を軽やかに操作する。現れたタッチパネルを打つ指先に淀みはない。やるべきことを迷わずやる、その背中に揺らぎはない。
(自分も知っている“誰か”が、
……そんなこと、あってほしくはなかった。最上博士はわたしよりずっと冷静な大人で、きっと色んな覚悟を決めている。それでも何も思わないはずがない。心が揺れないはずがないだろう。
あってほしくない。違っていてほしい。どうか、どうかと願う気持ちが、わたしの握り拳を固くする。
──そんなわたしの願いを嘲笑うかのように、無情に、機械音声は告げた。
『パスコード・エラー。不正なアクセスを確認。
入力者を侵入者と想定し、捕捉します』
ビーーー!!とけたけましく鳴り響く警告音に、息を飲む。博士は数秒沈黙した後、小さく溜め息を吐いた。
「……、……なるほどな。僕が来るのを見越していた……」
「博士……」
わたしは、博士が落ち込んでいるんじゃないかと気掛かりだった。漏れ出た吐息が悲嘆によるものなのかもしれないと、そう思っていた。……そう、
項垂れていた博士の肩が震えた。目を見開くわたしの前で彼は、……笑っている。
「……博士?」
「……上等だ。この程度で僕が止まると思うなよ……!」
低く唸るような笑い声とともに、最上博士は顔を上げる。彼は白衣の内ポケットから端末を取り出し、カードキー認証装置に繋いで何事かを打ち出した。そのタップの鬼気迫る勢いのまま、彼は叫ぶ。
「僕がここを抉じ開けるまで、ロボの足留めをしておけ!」
「こっ、抉じ開けるって、……っわ!」
「簡単に宣ってくれるものだ……!」
先ほどの警告音に伴い、空からロボの群れが現れた。わたしたちを捕らえようとしているのだろう、伸びてくるアームを羽根で打ち払う。それでも、次から次へとロボは無数に飛んでくるのだから、どう考えたってきりがない……!
「おや、できないか? ヒーロー候補生!?」
……それでも、そんな風に煽られてしまっては、わたしも常闇くんも黙っていられない。
「っできます!」「笑止!!」
若干ヤケクソ気味に答えたわたしたちに、博士はフッと笑って端末に向き直った。ロボの方は、見ない。わたしたちに背中を預けている。……ならばわたしたちは、やるべきことをやるしかない!
「空中、俺と
「お願い。わたしは討ち漏らしをサポートする」
短い言葉で確認し合って、頷き合う。刹那、常闇くんは駆け出した。グッと強く拳を握って、大きく振るう──その動きに合わせて、彼の半身も大きく腕を薙いだ。
「墜とせ!
「オラァァ!!」
夜空を埋め尽くさんばかりに犇めいていた飛行ロボを、夜より暗い巨大な腕が叩き落とす。その圧倒的な攻撃力に惚れ惚れしてる暇はない。視界の端に、
「目標捕捉、捕縛銃ノ照準ヲセット──」
「……させない!」
常闇くんに向けて何かを撃ち出そうとしていたロボを、羽根の弾丸で撃ち落とす。そうして何度も何度も、押し寄せてくるロボを薙ぎ払い、撃ち、落とす。繰り返して何分経っただろうか、じわじわと頭痛の影が忍び寄ってくる頃、端末を操作していた最上博士がバッとこちらを振り向いた。
「解除! ──来い!」
その声が聞こえた瞬間に羽根を広げた。最上博士が扉の中に駆け込んだのを確認して、常闇くんを羽根で中に運ぶ。その後ろをついて飛びながら、追い掛けてくるロボを羽根で弾いて転倒させた。わたしが扉の中に飛び込んだ瞬間、ピ、という短い音とともに扉が閉じる。突っ込んできたロボが激突したのだろう、分厚い壁越しに微かな振動が伝わってきた。
(……なんとか、なった……)
安堵の息が掠れている。それを整わせながら、わたしは辺りを見渡した。200F、と表示されたフロアは幾つかの区画に分かれているらしい。壁に沿って歩いていると、ガラス張りになった一室に辿り着いた。
「ここは……」
「静かに」
すっと博士が声を低めて、指を指す。その先を見て目を見開いた。──誰かが、いる。
「……やりましたね博士、すべて揃っています」
「ああ……ついに取り戻した。この装置と研究データだけは誰にも渡さない。……渡すものか」
彼らはガラス張りになった一室──保管室とネームプレートが提げられているーーの中にいた。端末を操作した後、取り出したアタッシュケースを抱き締め、何事かを話している。
「プラン通りですね、
「ありがとう、彼らを手配してくれた君のお蔭だ……」
呟きは、羽根がなくても届いていた。けれどその会話の内容に驚いて、わたしは声も無く息を詰める。
彼らは“プラン通り”と口にした。
「……そんな、」
わたしも知っている人だった。それぐらい著名な、偉業を成した人だった。こんな時に、こんな場所で、あんな会話をしているべき人ではなかった。
呆然と声を失うわたしと常闇くんの隣で、深く、息を吐く音がした。
「……ああ……」
やっぱり、と続きそうな響きだった。
そして、それだけではない感情の渦が、そのたった一言に泥となって蟠っていた。
「あの、馬鹿が」
どす黒い声で唸って、最上博士はふいに駆け出した。わたしたちが止める間もなく、懐から何物かを取り出す。
「──
緊迫した声が、沈黙を切り裂く。最上博士は駆け寄りざまに拳銃を突きつけ、銃口を向けられた2人の人物は固い表情で両手を挙げた。銃を境に、それぞれの視線が、絡む。
「まさかおまえたち相手に、これを言うことになるとはな」
「……“まさか”とは、心にも無いことを言うね、最上博士。最上部へ繋がる非常用のパスコード、変更されていたのには気付いただろう?」
「ああ。まったく、厄介なことをしてくれる」
軽やかに会話を交わす2人の口許には、この場にそぐわない笑みが浮かんでいる。けれどその銃口は揺らがず、真っ直ぐに彼の人を捉えていた。
「何故、こんな馬鹿をしでかしたのか。……後学のため教えてくれないか? デヴィット・シールド博士」
氷の声と、眼差し。それを以て最上博士は詰問した。
それを受ける彼の博士は、“個性”研究の第一人者は、オールマイトのアメリカ留学時代の相棒は──ただ、その碧眼に暗い色を灯している。
48.少女、乗り込む。
長くなりすぎて無理やり区切りました。オリ展開は何でもできて楽しいですけど描写とか展開とか考えるのが難しすぎる……よくわからない部分があれば補足しますので仰ってください。
閲覧、評価、お気に入り登録などなど本当にありがとうございます!こんなssが続いているのは誇張なく読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます!次回は2人の英雄編終結に向けて動きますので、また見ていただければ嬉しいです。