【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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50.少女、“ヒーロー”。

 

 夜の闇を、地上の灯りが照らしている。びゅうびゅうと吹き抜ける風を受けて、赤い翼がはためいた。

 

「遅くなってごめん。……って、これ前にも言ったね」

 

 苦しげに微笑むホークスに、わたしは首を横に振った。そんなことない。遅くなんてない。あなたが、そんな顔をする必要なんてない!

 

「……来てくれて、嬉しい……!」

 

 わたしの言葉に、ホークスは瞬きひとつ。それからふっと優しく笑った。彼の右手がわたしの頬を労るように撫でて、それから指先が離れていく。わたしとデヴィット博士を運ぶ羽根が、地上に向けて降下を始めていた。

 

「! ホークス……!」

「今から下へ降ろすから、博士と一緒にタワーで待ってて」

「ホークスは!?」

「お仕事」

 

 ひらりと手を振ったホークスは、そのまま飛んでヘリに向かっていく。(ヴィラン)に相対するのだろうその背中を、拘束されたままのわたしは見送るしかできない。

 

空中(そらなか)さん!」

「パパ!!」

 

 剛翼によってタワーに降ろされたわたしとデヴィット博士に、緑谷くんとメリッサさんが駆け寄る。

 

「空中さん大丈夫!? 今コレほどくね……!」

「あ……ありがとう、緑谷くん」

 

 緑色のエネルギー粒子が夜闇に輝く。あの【超パワー】を以て鞭を破ってくれた緑谷くんは、笑った。

 

「無事で、本当によかった……!」

 

 うっすらと涙さえ滲んでいる緑谷くんに、息を飲む。自分だって(ヴィラン)との戦闘で傷ついているのに、【超パワー】の使用で疲れているだろうに、彼は笑っている。くしゃくしゃになった笑顔で、心の底から無事を喜んでくれている。

 

(……ああ、“ヒーロー”、なんだなあ)

 

 なんだか眩しくなって、目を細める。そうしてわたしも笑った。自由になった手を緑谷くんに伸ばす。

 

「……救けてくれてありがとう。治癒するね」

「あっ……ありがとう!」

「『ありがとう』は、こっちの台詞なのに」

 

 緑谷くんの腕に触れる。【自己再生】のエネルギーを【譲渡】する。そこで少し意外だったのは、緑谷くんは細かい傷はあれど、体育祭などで見せたあの皮膚が染色してしまうほどの大怪我を負ってはいないということだ。あの拳の威力を見るに、全力で【超パワー】を振るっていたと思っていたのに、彼の手や腕は健在だ。

 

(……、ガントレット?)

 

 緑谷くんはレセプションパーティに参加する予定だったのだろう、そんな礼服に身を包んでいた。だからこそ、それに似合わないガントレットを右腕に着けているのが気にかかった。もしかしたらそれが、彼を守ってくれたのかもしれない。

 わたしはガントレットについて尋ねようとして、できなかった。聞こえてきた会話に、緑谷くんの視線を追う。

 

「パパ、パパ! ああ、よかった、パパ……!」

「……メリッサ……」

 

 メリッサさんはデヴィット博士の胸に顔を埋めて泣きじゃくっていた。安堵の涙が彼女の頬と、博士の白衣を濡らしていく。それはメリッサさんが、心から博士の安否を憂いていたからこそ。博士の無事を願っていたからこそだ。

 だけど──だからこそ、デヴィット博士の表情は曇っていた。

 

「……メリッサ、私は……」

 

 娘さんが自分を心配している。それが嬉しくないわけないだろう。だからこそ彼は、どんな顔をしていいかわからずにいる。自分が起こした事件、それを決意させたオールマイトのこと。きっと博士の中で、いろんな感情が渦を巻いているんだろう。

 でもそれはきっと、時間が解決してくれる。博士の蟠りはメリッサさんが解いてくれるはずだと、そう思って目を伏せる。でもこれは油断だった。またしてもわたしは、これで終わると勘違い(・・・)していたのだ。

 

 それをわからされたのは、びゅん、と何物かがわたしたちの前を横切った時。──金属の鞭が、博士の身体を巻き取った時。

 

「──な!?」

 

「博士!!」「パパ!!」

 

 わたしは驚きに声を上げることもできず、鞭に身体を拐われていく博士を見ていた。見上げた。そこにあったのは金属の鞭が群をなし、まるで触手のように蠢いている様だった。触手はヘリコプターまで取り込もうとしているようで、そのプロペラが、ドアが、ばきりべしゃりとへし折られ、触手の中へ埋もれていく。

 

「ホークス!?」

 

 ホークスはあのヘリに向かったはずだ。まさかあの触手に呑まれてしまったのかと声を上げた矢先、金属片の塊から赤い羽根が飛び出してきた。あの拘束から無理に逃れようとしたからだろう、羽根の多くを失っているし、黄土色のヒーロースーツに血が滲んでいる。腕に抱えているのはヘリを操縦していた(ヴィラン)だろうか。

 

「ッこの……!」

 

 そんな中でも、デヴィット博士が飲み込まれそうになっていることに気づいたホークスが背中の羽根を飛ばす。鋭く刃のように硬化させた剛翼の雨。けれどそれは、金属の表面を幾らか傷つけた後、事も無げに弾かれてしまった。

 

「日本のNo.3といっても、案外ヤワなんだな」

 

 そんな低い嗤い声が、微かに聞こえて。次の瞬間、大きくうねった金属の束がホークスに襲い掛かった。轟音。衝撃が瓦礫を巻き上げる。その向こうで、タワーに叩き付けられたホークスの姿が見えた。

 

「……ッ」

「! ホークス……!」

 

 駆けつけようとしたわたしの足元に、ガラン、と何かが落ちてきた。それは先ほどデヴィット博士が、サムさんが、そして(ヴィラン)が持っていたアタッシュケース。上空からタワーに落下してきたそれは、蓋が開いていた。中身が、無い(・・・・・・)

 

「さすがデヴィット・シールドの作品……“個性”が活性化していくのがわかる……ははは、いいぞこれは。いい装置だ!!」

 

 わたしたちに影が射す。それほどに、振り仰いだソレ(・・)は巨大だった。ソレ(・・)は数々の金属を取り込み、どんどん肥大していく。その中心で高笑いをしているのは、何らかの装置を身につけた仮面の(ヴィラン)。……『何らかの』っていっても、この状況で思い当たるのはひとつしかない。

 

「“個性”増幅装置……!」

 

 かの有名なデヴィット・シールド博士の作だ。(ヴィラン)がこうまでパワーアップしてしまうのだから、本当に『いい装置』なのだろう。

 

「さて、」

 

 だからこそわたしたちにとって、『最悪の装置』になりうる。

 

「邪魔者にはそろそろ、ご退場願おうか!」

 

 一瞬。今までとは比にならない金属の鞭が大挙して押し寄せてきた。わたしに見えたのはその一瞬の光景だけ。そしてその光景がブレる(・・・)。そこからは同時だった。え、とわたしが目を見開くのも、背中をクンッと引っ張られる感覚も、──身体を包む、ふわりとした浮遊感も。

 

「ぁ……」

 

 わたしだけじゃない。緑谷くんも、メリッサさんも、剛翼で身体を運ばれていく。金属の鞭が届かない、安全圏へ。……それを成したホークスは、まだダメージから立ち上がれていないのに!

 

「なんだ、“身を挺して”ってか? そういうタイプには見えなかったのに、しっかりヒーローじゃないか、No.3」

 

 ゆらりと顔を上げた(ヴィラン)が、口許を歪ませる。

 そうして手を翳した。金属の鞭の先が、まるで槍の穂先のように変形していく。

 

「──“ヒーロー”に殉じて、格好よく死んでいけ」

 

 “終わり”だと言わんばかりに、手を振る。その途端、槍が真っ直ぐホークスに向かう。その穂先がぎらりと光ったように見えて、喉の奥がひきつった。

 

「! だめ、嫌だやめて、ホークス……!」

「クソッ……ちくしょう、やめろ!!」

 

 どこかから緑谷くんの声がしたけれど、わたしの耳には届かない。指の先がびりびり痺れて、喉が渇く。身体中が寒くて熱くて震える。頭の中はぐちゃぐちゃで、言葉にならない悲鳴ばかりが耳鳴りのように木霊する。

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ! あの人を傷つけないで、殺さないで、奪わないで! お願いだから、わたしの全部を失くしたって構わないから、どうか! どうか……!

 

(あの人の未来を、奪わないで……!!)

 

 剛翼を打ち払って、翼をはためかせる。わたしにできる全速力で空を裂くと同時に羽根を射出した。頭が焼ききれそうに痛むけれど、そんなことどうでもよかった。届け、届いてと願う気持ちとは裏腹に、目の前をちらつく5文字がわたしの呼吸を奪う。

 

 ──とどかない(・・・・・)

 

「ッ……ホークス!!!」

 

 目から溢れた涙が、風に拐われて飛び散る。その小さな雫と同じに掻き消えてしまうのではないかと、怖くて怖くて仕方なかった。

 

 

「こういう時こそ!!」

 

 そんな恐怖を、絶望を、

 

「笑え! 緑谷少年!!」

 

 撃ち破るような、そんな声。

 

「そして! 泣かずとも大丈夫だ空中少女! 何故って!?」

 

 “彼”はまるで、閃光のように駆け抜けた。

 そして、世界中の光を集めたような笑顔で、宣言する。

 

 

「──私が、来た!!!」

 

 

「オールマイトォ!!」

 

 感極まったような緑谷くんの呼び掛けに、オールマイトは力強くサムズアップ。そしてホークスの前に庇い立った。グッと拳を握り、筋骨隆々なその腕を引いて、溜める。

 

T E X A S(テキサス) S M A S H(スマッシュ) !!」

 

 その渾身のひとふりで、ホークスに襲い掛かった金属片の波は粉々に砕けて霧散した。それにほっと安堵の息をこぼしながら、わたしはホークスたちの方へ向かう。

 

「……すみません、オールマイトさん」

「いいや! こちらこそ遅くなってすまなかった!」

 

 吹き荒ぶ風の向こうから、そんな会話が聞こえてくる。

 

「皆を、子どもたちをよくぞ守ってくれた! ホークス!

 後は私に任せてくれ!!」

 

 ニカッと力強くそう笑って、オールマイトは強靭な脚力をバネに高く跳躍。あの(ヴィラン)へと向かっていった。

 

「……ッは……」

 

 その背中を見送って、見上げて、ホークスが掠れた息を吐く。

 

「スッゴい、なァ」

「ホークス……!」

 

 無理に立ち上がろうとしたのだろう。ふらついたホークスを何とか支えて、座らせる。そうして治癒を始めたわたしを横目で見て、何か言いたげな表情をしたホークスは、けれど口をつぐんだ。気になりはするも今は治癒が最優先。わたしも治癒に集中していたから、しばらく沈黙が続いた。

 それを破ったのは、ぽつりと呟く、ホークスの声。

 

「……おかしい」

「え?」

「あの人なら、あんな(ヴィラン)にこれほど苦戦しないはずだ」

 

 ホークスの視線を追うと、あの(ヴィラン)に立ち向かうオールマイトの背中が見えた。“個性”増幅装置を用いて、さまざまな金属を取り込んでパワーアップしている(ヴィラン)と相対できるというだけですごいと思う。

 けれどオールマイトは、“あの”オールマイトだ。超人社会においても輪をかけて超人的な戦闘力を誇る、No.1ヒーロー。その強さとカリスマ性はただそこに存在するだけで犯罪を抑止するといわれる、平和の象徴。わたしもUSJでの一件で、その強さの一片を目の当たりにした。……確かにその時に比べて、どことなく動きに精彩を欠いている、気がする。わたしにとっては『気がする』程度の違和感だけれど、ホークスの目にははっきりと映っているのだろう。オールマイトの、異変が。

 

「……『“個性”が、消えかかってる』……」

 

 デヴィット博士が危惧していたオールマイトの異変。セントラルタワーでわたしは、『そんなはずない』と一蹴した。

 でもそれが、もしそれが、本当なら──

 

「装置の価値をつりあげるためにも、このままオールマイトをブッ倒すデモンストレーションといこうか!」

 

「! オールマイト……!」

 

 次第に防戦一方へと追い込まれていったNo.1に、最後の駄目押しをと(ヴィラン)が吼えた。その声に呼応して数多の金属の塊が押し寄せ、オールマイトを押し潰そうとする。危ない、と悲鳴を上げかけたその時、夜空に閃光が走った。

 閃光──それは炸裂する爆発の炎だった。鋭く伸びる氷槍でもあった。弧を描きながら宙を行くミサイルが、バチバチと弾ける雷撃が、オールマイトに迫る金属を退ける。

 

「あんなクソだせぇラスボスになにやられてんだよ! え!? オールマイト!!」

 

 その声は乱暴で、粗暴で、身も蓋もない。でもそれだけじゃない気がした。『オールマイトがこんな程度なわけがない』と、どこまでも信じきっているような、そんな響き。

 

「爆豪くん!」

「今のうちに(ヴィラン)を!」

「轟くんも、みんなも……!」

 

 爆豪くんの【爆破】が、轟くんの【氷結】が、八百万さんの【創造】で創られたミサイルが、飛来する金属の鞭を撃ち落とす。上鳴くんの【帯電】が真っ直ぐ飛んでいっているのは、八百万さんがサポートアイテムを創り出したんだろうか。不可視の爆撃は耳郎さんの音波攻撃で、あの紫のボールは峰田くんの【もぎもぎ】だとわかる。みんなに近寄ってきた金属による攻撃はお茶子ちゃんが【無重力】で無効化し、飯田くんが蹴り払っていた。

 みんな、みんな……自分にできることを、一生懸命頑張っている。戦っている。自分にできるせいいっぱいで、“ヒーロー”をしている。

 

「ヒーローの卵たちも、頑張ってるなあ」

 

 治癒し終えたホークスが、笑いながら立ち上がる。ゴーグル越しの目を眩しそうに細めて、

 

「……このまま、見てるだけじゃ立つ瀬がないね」

 

 ニヤリと、口角を吊り上げる。

 そんな笑顔に呆気にとられたわたしをよそに、ホークスはヒーロースーツの懐から通信機を取り出し、笑みを浮かべる口許に近づけた。

 

「ポインタは全て、所定の位置に行き渡らせました。準備はバッチリですよ、──最上(もがみ)博士」

 

『よし!!!』

 

 通信機から轟いたのは、待ちに待ったと言わんばかりの歓喜の声。それは淀みなく、次々と紡がれていく。

 

『ポインタα、ポインタβ、ポインタγ、──全システムオールグリーン。範囲固定──クリア。出力調整──セット』

 

 淀みなく続けられていた確認操作。その声が途絶え、息を吸い込む音がした。その時にハッと笑ったような声がしたのは、きっと、わたしの聞き間違いじゃない。

 

『広範囲“個性”鎮静化装置・《終幕》・起動!!』

 

 博士の朗々とした宣言とともに、この夜空を呑むような、巨大な青い光の壁が現れた。それは(ヴィラン)を囲むように、6角形状に展開されている。それぞれの頂点部分にはこの障壁を生み出す装置──きっとこれがホークスが言っていた“ポインタ”だろう──が置かれていて、遠目にひらりと赤い羽根が翻るのが見えた。

 

「な……ッ」

 

 ホークスが動けずにいたのはこのポインタを設置するためで、それを(ヴィラン)に悟られないようにするためだったのかもしれない。そう考え込んでいたわたしは、(ヴィラン)の呻き声に顔を上げた。その声に色濃く滲むのは、驚愕と狼狽、苛立ち。

 

「なんだ、クソッ、これは……!」

 

 腹立たしげな(ヴィラン)の身体から、ひとつ、またひとつと金属の塊が剥がれ落ちていく。金属を操るという(ヴィラン)の“個性”。装置によって増幅(ブースト)されたそれが、弱まってきているんだ……!

 

(そうだ、最上博士の専門は“個性”の鎮静化……!)

 

 この状況にはぴったりだ! さすがだ! と、……素直に称賛させてほしいのに、それを台無しにするかのような笑い声が通信機越しに響き渡った。

 

『アッハッハッハッハ!!! ざまぁみろ(ヴィラン)!! ついでにデヴィット・シールド!!』

 

「……今すごく格好よかったのに……」

『言動が暗黒面に堕ちているぞ……』

「! 常闇くん、そこにいるんだね」

『ああ。空中、無事で何より』

 

 常闇くん曰く、セントラルタワーの最上階でわたしが連れ去られた後、最上博士を連れて彼の研究室へ戻ったらしい。博士の護衛と助手を請け負い、ホークスにポインタを託して、今こうして、装置の発動に漕ぎ着けたのだと。

 

『さぁ空中、(ホークス)よ。今こそ好機』

『デバフは掛けてやったからな。ここで決めてみせろ』

 

 常闇くんの改まった声に、暗黒高笑いから戻ってきた最上博士が続く。

 

『今のうちにあのクソッタレな装置を、跡形もなくブッッッッッ壊せ』

 

 まるで親指を下に向けているような、そんな声。それでも激励には違いなくて、ホークスは「ホント面白い人だよね」と笑った。そのまま軽い声で了承を返し、彼は通信機を懐に戻す。わたしを、振り返って。

 

「じゃあ行こうか、準備はいい?」

「ホークス、身体はもう大丈夫……?」

「うん、おまえの治癒のおかげでね」

 

 ありがとね、と笑ったホークスは、その視線を前方へと投げ掛ける。

 

「クライマックスを飾る英雄(主役)を、救けにいこう」

 

 それだけ言って、ホークスは背中の剛翼を広げて飛び立ってしまうから、わたしは慌ててその後を追った。

 眼下には、最上博士による障壁の影響から逃れんともがく(ヴィラン)の姿。苦し紛れではあるけれど、ただただがむしゃらに振り回される触手は何の加減もされていないせいで、打ち下ろされるたびに空が、塔が引き裂かれていく。オールマイトは腕をクロスさせて受け止めようとしていたけれど、あんなものをまともに受けては、あのオールマイトといえど危なかっただろう。

 

 でもそうはならなかった。

 

「オール、マイト!!」

 

 飛び散ったのは血の赤ではなく、鮮烈な、緑の輝き。

 

D E T R O I T(デトロイト) S M A S H(スマッシュ) !!」

 

 間一髪。跳躍して駆けつけた緑谷くんの一撃が、オールマイトへ降りかかる苦難を打ち払う。オールマイトは驚いたように碧眼を見開いた。

 

「緑谷少年! なんて無茶を……! もう下がってくれ!」

「いいえ、……いいえ! 僕もいきます!」

 

 入学当初からそうだった。彼は穏やかで、控えめで。時々あまり人と接するのに慣れていないって顔をする。慌てて、どもって、顔を赤くして──ほんの少しだけ、わたしと似てるかもしれないって思った時もあった。

 でも彼は、緑谷くんはわたしとは違う。

 彼は持っている。もっと強靭な、“救ける”という意志を。

 

「だって……困ってる人を救けるのが、ヒーローだから……!」

 

 自分だってぼろぼろになってるのに、そんなのお構い無しって顔で笑ってみせる。それはまさしく“ヒーロー”の笑顔だった。……それにほんの少し、得体の知れない恐ろしさを感じてしまうなんて、きっとわたしがまだ“ヒーロー”ではない証拠なんだろう。でも、オールマイトは違った。

 

「HAHAHA、なるほど。確かに今の私はほんの少しだけ困っている」

 

 嬉しそうに、誇らしそうに、“同じ意志を持つ者”へと手を差し伸べる。

 

「手を貸してくれ! 緑谷少年!」

「っはい!」

 

 目線が交わされ、強く、頷き合って、

 

「──行くぞ!!」

 

 そして同時に、駆け出した。猛然と近づいてくる2人に気づいた(ヴィラン)が、怒りの叫びを上げながら金属片の雨を降らせる。

 

「ゴミの分際で往生際が悪ぃんだよ!」

「そりゃてめェだろうがァ!!」

 

 怒鳴り返した爆豪くんが、宙にある金属片を1つ残らず爆破させる。轟音と衝撃。花火のように闇夜を切り開く光を受けて、オールマイトは、緑谷くんは、止まらない。轟くんが築いた氷の橋を走り抜ける。道中襲い掛かってきた金属の群れは、八百万さんたちの援護射撃の前に沈んだ。

 その時、攻撃に弾かれた1つの金属片が宙を舞い、軌道を変え、後方にいた耳郎さんたちに向かっていく。猛スピードで突っ込んでくる瓦礫に、援護射撃に専念していた彼女たちは反応しきれずに息を飲む。激突する、危ない──と、オールマイトたちが前へと進む足を止めようとして、

 

「大丈夫」

 

 その声とともに、迫りくる金属片がふわりと浮いた。瓦礫を受け止めてみせた赤い剛翼が、はためく。

 

「後ろは守ります! 気にせんで進んでください!」

「ありがとう! ホークス!」

 

 オールマイトはニカッと笑って、更にスピードを上げて駆け抜けていく。それに緑谷くんも追い付こうと速度を上げるけれど、(ヴィラン)の“個性”の影響で歪みのたうつ足場では至難の技だ。

 

「、うわあっ!」

 

 前触れなく隆起した瓦礫に足を取られバランスを崩す──その前に、わたしは羽根を飛ばした。落っこちそうな身体を支え、走り出すその背中を押す。

 

「! 空中さ、」

「そのまま走って!」

 

 金属片の雨を避けながら、緑谷くんたちに並走して飛ぶ。今この状況下でわたしにできること。それを成すために、意識を集中させる。力を、込める。

 

「わたしには、こんなことぐらいしかできないけど……!」

 

 治癒の力を込めた羽根を、2人に向かって飛ばす。肩口に降り立ったそれが彼らの傷を治していくのを見てとって、わたしは叫んだ。祈るように。

 

「お願いです、頑張って……勝って!」

 

「……ああ!」「っうん!」

 

 たくさんの人の激励と祈りを受け取めて、彼らは疾走する。止まらない。いくら強大な壁が立ち塞がろうとも拳で撃ち抜き、踏み締める足場が揺れても意志は揺れない。

 そうやって大きく跳躍──眼前に迫った(ヴィラン)に向けて、その拳を振りかぶる。

 

DOUBLE(ダブル)!」

DETROIT(デトロイト)!」

 

「「S M A A A A S H(スマアァァッシュ)!!」」

 

 2人の拳を受けて、(ヴィラン)が仰け反る。その隙を逃すまいと手を伸ばした。事件の終結を、“平和”を掴むまで、あと少し──!

 

「「「行けぇぇぇぇ!!!」」」

 

 気づけば拳を握り締めていた。声を枯らして叫んでいた。

 わたしはあの場所には立てないけれど、それでも傍にいると、気持ちは同じだと、頑張ってと、願いを込めて。 

 

「「更に、向こうへ!!」」

 

 緑谷くんとオールマイトは、迷うことなく(ヴィラン)の中心部へと向かっていく。立ち向かう。何度も何度も口にしてきた、あの校訓を胸に。

 

「「 PLUS(プルス) ULTRA(ウルトラ)!!! 」」

 

 咆哮とともに叩きつけられた拳が、ついに金属の魔物を打ち砕いた。かき集められた金属片が、衝撃によってバラバラに宙に舞う。射し込んだ朝日が、それを眩しく煌めかせていた。

 

 

(……終わったん、だ……)

 

 やっと、この苦しく長い夜が明けた。そう安堵の息をつこうとして、できなかった。ふと視線をやった先で、わたしはヒュッと息を飲む。

 何かに気づいたらしいホークスが剛翼を幾つも飛ばしながら飛んでいって、その背中がガクリとバランスを崩して──塔の下へ落下していく。

 

「、ホークス!?」

 

 慌てて飛んでいき落下地点を覗き込む。そこはタワーの出っ張り部分で、ホークスは地上に叩き付けられることなく、器用にそこに着地していた。

 

「よかっ……わ、あっ!?」

 

 安堵した瞬間、横殴りの風に体勢を崩す。変な角度になった羽根で風を受け止めてしまったから、煽られて、空の中へ投げ出されてしまいそうになって──

 

「!? ちょ……っと!」

 

 そんなわたしの腕は掴まれ、引き戻された。その勢いのまま腕の中にしまい込まれて、わたしは目を見開く。耳元で、彼の深い溜め息が聞こえた。

 

「……何やってんの……」

「そっ、それはこっちの台詞、で……」

 

 ホークスから飛び退いて、赤くなった頬を誤魔化そうと視線を巡らせて、そこでようやく気づく。オールマイトたちの拳で意識を失った(ヴィラン)から、彼が取り込んでいた数多の金属片が崩れ落ち、ヘリポートからはみ出て地上に流れ落ちていた。中には建物を破壊しかねない大きな塊もあって──それを、ホークスの剛翼が受け止めていた。

 

(そうか、ホークスはこの雪崩による二次災害を防ごうと……)

 

 『羽根を使いすぎると飛行性能が落ちる』と言っていたのはホークスだ。でもそのリスクを犯してでも、みんなの安全を選んだ。みんなを守った──そんなホークスと比較すると、わたしはとてもちっぽけだと改めて思い知らされる。

 

「……ごめんなさい、かえって、足手まといだった……」

 

 これでもう安心だと、すべて終わったのだと安堵しきっていた。そうじゃないことはホークスみたいに注意深く見ていればわかったはずなのに、わたしはまだまだ、視野が狭い……。

 

愛依(あい)、」

 

 反省の気持ちが視線を俯かせる。そんなわたしの頭に、ぽん、と彼の手が乗った。

 

「そんなことないよ。……ありがとね」

 

 あたたかい手が、優しくわたしの髪を撫でる。何も言えずに喉を震わせるわたしに、ホークスは柔らかく微笑んでから、パッと笑みの色を変えた。

 

「てか、情けない姿を見せちゃったのは俺の方だしね」

「え?」

(ヴィラン)に拘束されて駆け付けるのが遅くなったし、(ヴィラン)を確保しきれずに装置を使わせた。それに、」

 

 飄々とした笑みが、声が、翳りを帯びる。

 

「……おまえを、泣かせた」

 

 そこにあるのが悔恨なのだと、自虐なのだと、今ならなんとなくわかる。

 

「いやー、やっぱ俺はパワー押しには無力だけども、その点オールマイトはすごいね!」

「ホークス、」

「“安心できる背中”って、あんな感じなんだろうなあ」

「……ホークス!」

 

 それ以上聞きたくなくて、わたしは声を荒げた。そんなことしなくたっていい。自分に厳しいのは彼の性質(たち)なのだろうけれど、これ以上あなたを貶めることを、わたしは許さない。

 自信満々で、いつも余裕ぶっておきながら、そのくせ根っこではあんまり自分を信じていない。そんなホークスがもどかしくて、わたしは首を横に振った。

 

「わたしは確かに泣いたし、あなたを心配した」

「うん、ごめ……」

「なんでそこで謝るの。馬鹿だよホークス。……ばか、」

「……愛依?」

「誰かを信頼することと、その人を心配しないことは、イコールじゃないよ」

 

 信じてるから、大切で。大切だから、無事でいてほしい。この気持ちに矛盾は無いはずだ。

 だからわたしは顔を上げる。わたしはありとあらゆるところで劣っていて、他に誇れることはあまり無い。けれどこの気持ちだけは、胸を張って言える。

 

「わたしにとっては、あなたが1番のヒーローだもの」

 

 『パワー押しに弱い』とあなたは言うけれど、その速い翼でみんなを庇ってくれた。『飛行性能が落ちる』と言いながらも、瓦礫の雨を受け止めるべく羽根を飛ばしてくれた。オールマイトのような完全無欠じゃなくても、英雄(主役)じゃなくても、……どんな時だってずっと、誰より格好いいヒーローだから。

 

「改めて、言うね。……救けてくれて、ありがとう!」

 

 だからわたしは笑う。この気持ちが伝わるように。

 

「あなたが来てくれて、わたしはとっても安心できた。嬉しかったんだよ、……啓悟くん」

 

 そう言えば、ホークスは切れ長の目を真ん丸にした。……普段は鷹のような目をしているのに、今はまるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。これを正直に言ってしまうとホークスは怒るかな。それとも照れてしまうかな。……あ、腕で顔を覆った。

 

「あれ、ホークス照れてる?」

「照れてないよ」

「じゃあ顔こっちに向けて」

「……ちょっと待って」

「! ふふ、」

「あー、もー! ……笑わんで」

 

 耳の端がちょっとだけ赤くなっているのを見つけて、嬉しくなって笑みをこぼす。ホークスはじろりと半眼になっているけれど、そのふて腐れた表情さえ嬉しくて、わたしはふふ、と息を吐き出した。

 朝が来る。新しい朝日に洗われて、世界がほんの少し綺麗に輝いた気がした。何だか前途まで明るく感じられて、わたしは未来のことを口にしてしまう。

 

「今度はわたしが、ちゃんとあなたを救けたいな」

 

 海の向こうに昇る朝日を眺めながら、そんなことを呟く。そうしてわたしはホークスの方を見ていなかったから、彼が口を開いたことに気づかなかった。吹き抜ける風が、彼の小さな声を拐っていく。

 

「? なにか言った? 風で聞こえなくて」

「いや、」

 

 ホークスは何かを飲み込むように口を瞑った。それが柔らかく弧を描く。

 

「俺を救けるかぁ、大きく出たね。十年早いよ、愛依」

「む……そ、そんなに余裕ぶっていられるのも今のうちなんだから!」

 

 今はホークスに救けられてばかりだけれど、いつかはわたしが彼の力になりたい。彼を救けられるようなヒーローになりたい。

 そんな夢を、このまま(・・・・)見ていられると思っていた。こんな風にホークスにからかわれながら、支えられながら、追い続けていけると思っていた。

 

 ──でも、そうはならなかった。

 わたしたちはこの夏、ある転機を迎える。

 

 

50.少女、“ヒーロー”。

 

 


 

 亀更新本当に申し訳ありません!しかも何とか2人の英雄編終了まで書いてしまいたくてこんなに長くなり……読みづらい中ここまで読んでくださった方、改めてありがとうございます。

 

 先週のヒロアカ本誌で胃を痛めながら書いてました。各キャラの過去などの情報開示はすごくワクワクして嬉しいんですが、如何せん一気に来すぎ……情報過多で吐き気がしましたね。でもこのssの着地点も少しずつ見えてきたというか、目標はできました。原作は原作で楽しむとして、当ssはあくまでホークス救済を掲げていきます。

 ところで話は変わりますがヴィジランテの方はミルコと乱波くんの掛け合いが最高に面白くて癒されたので本誌でメンタルやられた方は是非見てください(ダイマ)。

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