51.少女、合宿に行く。
『……そう、そんなことがあったのね』
『はい』
デヴィット博士作の“個性”増幅装置に端を発する騒動が終結し、それに関連する後処理も終えたわたしたちは、
『災難だったわね。ご苦労様』
『いえ、わたしはそんな』
『それにしても今年の雄英1年A組は、何かと
『それは……はい』
否定できないなあ、と遠い目になる。春から数えて何件になるだろう。まずはUSJ襲撃事件から始まり、職場体験では保州襲撃事件。飯田くんたちはヒーロー殺しステインに遭遇して戦闘したし、わたしと常闇くんは福岡でヤクザ者に拐われた。そして極めつけには、みんなで行った木椰区ショッピングモールで、緑谷くんが死柄木弔に遭遇──戦闘は無かったものの、緑谷くんの冷静な対応がなければ買い物客にも被害が及んでいたかもしれない。
『そして今回のI・アイランドでの一件を考えると……単なる偶然だけで片付けてはいけないわね』
『……と、いうと?』
『狙いはオールマイトか、雄英生徒か、雄英そのものか……また狙われる危険性がある』
会長は、冷徹な眼差しでわたしを射た。氷のようなそれに、わたしは固唾を飲む。
『あなたにも話しておくわ。
そうして会長は話してくれた。巨悪──
(“個性”の有無を、自分の思うままに……)
超常黎明期において、人々に突如として“個性”が発現し、そのあまりの多様さから既存の法が機能しなくなった。文明は歩みを止めて、人々は混乱のままに暴力が横行する、まさに混沌の時代だったと──それは歴史の教科書でも語られている。
『だから民衆から“個性”で悪に立ち向かおうとする自警団が──ヴィジランテが生まれて、そこから国が正式に認めたものが、ヒーローとなっていったんですよね』
『けれどそれは表向きの歴史。国の法整備が整うより先に、いち早く人々をまとめ上げた者がいた。それが、』
『……
まさか、という気持ちで呟く。けれど会長は揺らぐことなくそれを肯定した。
『彼は人々から“個性”を奪い、圧倒的な力をつけていった。同時に自分を信奉する者たちには望む“個性”を分け与え、勢力を拡大していった。それらはすべて計画的に行われ……瞬く間に彼は“悪”の支配者として君臨したのよ』
確かに
『その人が、今も生きて、
『成長を止める“個性”か、長寿の“個性”……そうした類いを使っていると思われているわ。確かなことは不明だけれど、可能性は高い』
そうして会長はわたしに尋ねる。
──脳無のことは記憶に新しいでしょう? と。
『……は、い』
USJ襲撃事件では、あのオールマイトを追い詰めるほどの強“個性”を幾つも備えていた。保州に現れた脳無はそれほどではなかったらしいけれど、それでも街に甚大な被害を及ぼした。……そしてその素体は、わたしが職場体験で遭遇したヤクザたちなどの──人間が使われていると聞かされた。それを知った日の夜はほとんど眠れなかったから、よく、よく覚えている。
当時を、脳無のことを思い返して、そうして気づいた。
『まさか、
そんなこと、あってはならないことだ。人の命や尊厳すべてを踏みにじるような、おぞましい行為。
『そう考えるのが自然でしょうね』
でもそれが実在しているのだと、そう考えるのが“自然”だと頷かれて、わたしは喉が乾くのを感じた。それは緊張か、恐怖か。握り締めた拳の中が、冷ややかな汗で濡れていく。
『気を付けなさい。常に注意を払い、想定するのよ』
静かな部屋で、静かな声で、忠告が行われた。
『──あなたが、狙われる可能性を』
「あれあれあれぇ!? 聞こえてないのかなァ? それとも聞こえていて無視してるのかなァ!? どっちにしろヒーローの所業じゃないよねぇ!!?」
きぃんと耳鳴りがしそうなくらいの大声に、わたしは瞬きをひとつ。ああ、と息を吐いて、目の前の彼を見つめた。
「……あれ、物間くんだ……」
「まさかホントに聞こえてなかったってのかい!! その聴力や注意不足はヒーローになる者として如何なものかなあ
「えっと、ごめんね……? ぼうっとしてたみたい」
「……いやあれ気づかないって『ぼうっとしてた』ですむ?」
「完全にガン無視の構えだったぜ……」
上鳴くんと峰田くんがひそひそと話す声は、物間くんにも聞こえてしまったらしい。ビキビキと青筋を立てたと思いきや、晴れやかな笑顔を浮かべてみせた。相変わらずの百面相だなあ、なんていっそ感心しながら、彼の演説を眺める。
「空中さんは期末試験どうだったんだい!? 一般試験に医学系試験、演習試験、どれか取りこぼすなんてことは、」
「あ、何とか大丈夫だったよ。梅雨ちゃんたちのおかげで」
「……へええ? あっっっそう、フーン……」
「露骨に残念そうね、物間ちゃん」
梅雨ちゃんの指摘を聞いているのか聞かないふりをしているのか、物間くんは無になった表情から一転、またも笑った。目は爛々と輝いていたけれど。
「じゃあ君以外のA組の中で4人も補修が出たの!? 補修ってつまり赤点取った人がいるってこと!? ええ!? おかしくないおかしくない!? A組はB組よりずっと優秀なハズなのに!!? アレェェェェェ!!?」
と、そこまで言って、物間くんは拳藤さんの手刀に意識を刈り取られた。いつもながら鮮やかなお手並みの拳藤さんは、緩い苦笑を浮かべている。
「毎度ごめんな、空中、A組」
「ううん、いいよ。拳藤さんもいつもありがとう」
「いやいや」
【治癒】“個性”教育プログラムの一貫でB組のみんなの怪我を治癒することもあったから、こうして物間くんに絡まれては拳藤さんに間に入ってもらうのも、何というか慣れてしまった。
「いやまァ確かに毎度のことなんだけど、悪いな空中」
「ちょっとな……物間は頭回るんだけど心がアレだから」
「本当に、大丈夫だよ」
心がアレなのは知ってるし……とはさすがに言えなかったけれど、泡瀬くんや円場くんもどこか遠い目をしていたから、言葉なく頷き合った。小森さんがわたしの背中をぽんと叩き、取蔭さんが肩を組んでくる。
「気にしないのがいちばんノコ!」
「そーそー。まぁ体育祭じゃなんやかんやあったけど、よろしくねA組」
「ん」
「うん……! よろしくね」
にこりと笑いあってわたしたちはそれぞれのバスに乗り込んだ。今日は林間合宿初日。1年ヒーロー科はA組B組合同で行われるらしく、一緒にこれから1週間、寝食をともにして強化訓練を敢行するそうだ。
「音楽流そうぜ! 夏っぽいの! チューブだチューブ!」
「バッカ夏といやキャロルの夏の終わりだぜ」
「終わるのかよ」
上鳴くんと切島くんがやいやい言いながらスマホでBGMを選んだり、
「“しりとり”の“り”!」
「“りそな銀行”!」
「“ウン十万円”!」
透ちゃんと芦戸さんが明るい声でしりとりをしたり、
「ヤオモモ、これ聴く? クラシックをアレンジしたバンドなんだ。最近ヘビロテ」
「まあ、興味深いですわ」
「ん。じゃあ一緒に聴こ」
耳郎さんと八百万さんが、ひとつのイヤホンを半分こして音楽を聴いたり、
「おおい皆! 静かに!! 林間合宿のしおりに書いてあっただろう! いつでも雄英生徒であることを忘れず、規律を重んじた行動をとるようにと……!」
「ま、まあまあ飯田くん。それより危ないから座った方がいいよ」
「ム! すまない、俺としたことが」
今日も絶好調な飯田くんを、優しい苦笑を浮かべながら緑谷くんが宥めたり、……そんなわいわいと賑やかな空間にいると、何だか心がふわふわ軽くなる。
(わたしって、単純だなあ……お気楽なのかも?)
公安会長からの忠告を忘れたわけじゃない。気を付けなければという思いは今もある。……それでも今、こうしてみんなと一緒にいて、これからも一緒に訓練したり、ご飯を食べたり、眠ったりすると思えば、口許が緩んでしまう。
「ケロ、
「梅雨ちゃん。……うん、すごくすごく、楽しみなんだ」
ふへへ、と我ながらだらしない笑みがこぼれる。それを笑うことなく、梅雨ちゃんとお茶子ちゃんは「私も!」と明るい声で頷いてくれた。
「そーんな愛依ちゃんに、はい! 飴玉をあげよう」
「わあ……! ありがとうお茶子ちゃん」
「私からはポッキーよ。みんなで食べましょ」
「梅雨ちゃんも……ありがとう。わたしもね、チョコレートとか持ってきてるんだ」
リュックからお菓子袋を取り出しながら、東京にいる目良さんに思いを馳せる。目良さんと買い物に行ったあの日、『こういうのも必要不可欠ですよ』と言ってくれた彼に感謝の念が絶えない。彼が教えてくれなければ、しおりに書いてないからとわたしは買うことを思いつきもしなかっただろう。
お菓子を分け合って、食べ合って、取り留めもないことを笑って話して。そうしてわたしは感慨深くなって、小さく息をついた。
「……何だか、遠足みたい」
学校に通えなかったわたしにとって、遠足なんて夢のまた夢だった。まさかわたしがこんな場所にいられるなんて、と何だか不思議な気持ちになってしまう。
「あっそうかも。みんなで一緒にどっか出掛けるって、テンション上がっちゃうよね。修学旅行とか! ず~っと起きて話そうっていって、結局はいつの間にか寝ちゃうんだよね」
「あるあるよね。お茶子ちゃんの修学旅行はどこだったの?」
「東京! 夢の国、楽しかったなあ……梅雨ちゃんは?」
「私は北海道よ。……ふふ、寒くて大変だったけど、今思えばそれも楽しい思い出だわ」
「ねー」
にこにこと会話を弾ませていた梅雨ちゃんとお茶子ちゃんが、こちらに顔を向ける。
「愛依ちゃんはどこだったの?」
「、わたし?」
話を向けられて、一瞬息を飲む。……少しだけびっくりした風を装って、何でもないように、そう、笑う。
「わたしは、修学旅行行けなかったんだ」
「えっ!? そうなん?」
「うん、熱出しちゃって……昔は少しだけ、“個性”の影響で体調を崩しやすかったから」
嘘の基本は、本当を織り交ぜること。リアリティを持たせること。公安で受けた交渉術の訓練で、初歩の初歩として教わったことだ。これぐらいならわたしにもできる。問題なく、染み着いている。
「そうだったの……今は、大丈夫なのよね?」
「うん、もちろん。今は身体も丈夫になったし」
……それでも、眉を下げて心配そうにわたしを見つめる梅雨ちゃんを見ていると、申し訳なさがじわじわと胸の底を焦がす。こんなわたしが言えた義理ではないけど、そんな顔しないで、笑ってほしくて、わたしは努めて明るく笑ってみせた。
「だからこそ、今回の林間合宿が楽しみだったんだ。訓練はまあ……雄英だしキツいんだろうけど、それでもみんなと一緒にご飯食べて、お風呂入ったり寝たりとか、きっと楽しいだろうなって」
そう言えば、梅雨ちゃんの頬もふわりとほころんだ。ケロリとした顔で、柔らかに頷いて。
「ケロ……そうね。この前のお泊まり会も楽しかったし」
「えー何!? 空中たちお泊まり会したのー!?」
「いいなあ、私たちも誘ってくれたらよかったのに!」
“お泊まり会”という言葉に、前の前の席にいた芦戸さんたちが反応して、羨ましがる2人にお茶子ちゃんがいいでしょうと胸を張って。そんなみんなの笑い声に包まれながら、わたしは梅雨ちゃんと顔を見合わせて、また笑みを交わした。
先日緑谷くんが死柄木に接触したことから、
「休憩だー……って何ここ、パーキングじゃなくね?」
「あれ? B組は?」
「お、おしっこ……」
わたしたちがいるのは、ちょっとした空き地程度の広さしかない崖の上。見るかぎりトイレも自販機も売店も何もない。何でこんなところでバスが停まったんだろう、B組がいないのは何故だろう、トイレはどこ……?、などなど、それぞれの思いでざわめくわたしたちに視線もくれず、相澤先生が呟くように言う。
「“何の目的もなく”では、意味が薄いからな」
「? それって、」
どういう意味なのか。そう尋ねる時間はなかった。
「よーーうイレイザー!」
「ご無沙汰してます」
ザッ──と現れたその人たちに、視線を奪われる。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
猫耳を模したヘッドセットに、肉球と爪を備えたモフモフのグローブ。フリルをふんだんに使ったミニスカートのベルトにも、猫の形のバックルが使われている。そんな“猫”を前面に押し出したヒーロースーツに身を包み、彼女たちはポップな口上とともにポーズを決めてみせた。そして、名乗る。
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
わ、と驚きに目を見張りながら、情報を整理する。プッシーキャッツ──彼女たちのことは昔資料で読んだし、メディアにも出てたから知っている。赤茶のボブカットの女性がマンダレイ、金髪のロングヘアの女性がピクシーボブだ。……確かあとお2人いたはずだけど、と不思議に思っていると、相澤先生が彼女らをわたしたちに紹介した。
「今回お世話になるプロヒーロー【プッシーキャッツ】の皆さんだ」
「ワイプシ! 連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団! 山岳救助等を得意とするベテランヒーローだよ! キャリアは今年でもう12年にもなる、」
「心は18!!」
「へぶ!」
緑谷くんの詳しい説明を聞いて、ああ間違ってなかったんだとひとり頷く。そうしてピクシーボブが緑谷くんに詰め寄っているのを苦笑混じりに眺めていると、……彼女らの後ろに立っている男の子に気づいた。
夏らしい薄手のシャツに半ズボンを履いた、まだ5、6歳に見える小さな男の子。2つのとんがり角が生えた帽子は年相応って感じで可愛いけれど、その目つきの鋭さが、どうにも気にかかって仕方なかった。
「……あの、こんにちは」
挨拶したわたしに一瞬びくりと肩を揺らして、それから強く睨み付けてきた。そんな男の子に掛ける言葉を見失って、わたしは口をつぐんでしまう。
「洸汰」
「……フン!」
洸汰、が名前だろうか。男の子は顔を思いきり背けてそっぽを向いてしまった。そんな男の子をマンダレイは目を細めて見つめた後、何事もなかったかのように笑みを浮かべる。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね」
彼女は崖際に歩み寄り、猫の手グローブで森の向こうを指差き。
「あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」
「「「遠っ!!」」」
障子くんの複製腕ならいざ知らず、わたしの目には豆粒程度も見えやしない。ここから何kmぐらいあるのだろう、などと考えているうちに、はた、と瞬きひとつ。
「……え? じゃあなんでこんな半端なとこに……?」
お茶子ちゃんの疑問に、クラス全体がざわついた。みんなはっとして顔色を悪くしたり、口許をひくつかせたりしている。
「いやいや……」
「まさかそんな、ねえ?」
「……バス……戻ろうか。な? 早く……」
「今はAM9:30。早ければぁ……12時前後かしらん?」
ぺろり、と舌なめずりするような声色で、マンダレイが微笑む。それはとっても綺麗ではあったけれど、嫌な予感は加速していく……!
「ダメだ……おい……!」
「戻ろう!」
「バスに戻れ! 速く!」
切島くんが叫ぶように言って、わたしもバスに向けて走り出そうとした。踵を返すその瞬間、ピクシーボブの姿が視界の端によぎる。彼女は青いフリルスカートをふわりと揺らしてしゃがみこむと、両手を地面に着けた。
「12時半まで辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
その言葉の意味を知るより早く、
「悪いね諸君」
相澤先生のニヒルな声が、やけに大きく聞こえた。
「合宿はもう──始まってる」
「「「ッウワアアアアア!!!??」」」
その言葉を最後に、わたしたちの身体を土砂が押し流した。視界と動きを制限される中でふわりと感じた浮遊感。崖から追い落とされる!とわたしは無我夢中で翼を動かして飛び上がった。
「げほっ……」
口の中に入った砂利を吐き出しながら、上空から辺りを見渡す。ピクシーボブを中心に発生した土石流に、わたしと、同じように
「みんな……!」
「おっ、そうだ」
「!? ぐえっ!」
「ぐっ!?」
みんなの元へ向かおうとしたわたしたちを、相澤先生の捕縛布が捕らえる。先生は『ああそういえば』といったような気軽な声色だけど、急ストップを掛けられた衝撃と捕縛布の巻きつきがきつくて、若干お腹の辺りがグロッキーです先生……。
「っな……何をするんですか相澤先生……」
「おまえらは飛べるからな。やろうと思えば森のトラップを飛び越して施設まであっという間に行けるだろう」
「トラップ……?」
「そうだ。選ぶといい」
相澤先生は問う。このまま飛んで楽に行くか。──トラップがあると知っていても、森を選び、苦難を乗り越えるか。
「
口の端を吊り上げるその笑みは、悪どい。ずるい。
……だってそんな風に訊かれたら、答えなんてひとつだ。
「~~やらせていただき、ます!」
「無論、苦難の道を選ぶ!」
若干ヤケクソ気味に答えたわたしたちに、相澤先生はどこか満足そうにひとつ頷く。そうして、
「
いつもの激励を淡々と口にして、捕縛布を解く。
それと同時に頭上から降ってきた土砂に押し流されて、わたしたちの林間合宿は幕を開けた。
51.少女、合宿へ行く。
物間くんの台詞と扱い楽しいんですけど難しい……物間くんはイヤミな奴ではありますが嫌な奴にはしたくないんですよね。ですが匙加減がどうもアレなので、もし違和感がありましたら仰ってください。
やっとここまで来ました林間合宿編!前半部分ではA組B組の面々との関わりをなるべく書いていけたらなあと思っています。また次回も読んでいただければ嬉しいです。