【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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53.少女、コイバナをする。

 

「お早う諸君」

 

 山際から朝日が昇り始めるAM5:30。髪のセットが間に合わなかったのかいつもと違う感じの青山くんに、目がしょぼしょぼしてる梅雨ちゃん、寝癖をつけたお茶子ちゃんに、欠伸を漏らしている耳郎さん。常闇くんは普段通りしゃきっとしているけれど、みんな寝起きでどこかぼうっとしていて、わたしもまだ開けきらない目を擦っている。

 

「本日から本格的に強化合宿を始める」

 

 そんなわたしたちを見渡して、相澤先生は淡々と告げた。

 

「今合宿の目的は全員の強化及びそれによる“仮免”の取得。

 ──具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように」

 

 “具体的になりつつある敵意”……(ヴィラン)連合のことを、彼らが蠢いている現実をストレートに突きつけられて、わたしはハッとして拳を握り締めた。眠気はもう吹き飛んでいる。他のみんなも顔を引き締めて、ごくりと唾を飲んでいた。

 

(立ち向かわないと、いけない……)

 

 わたしだけじゃなく、みんなそう思ってるんだろう。相澤先生を見るその眼差しに、緊張と決意が窺えた。

 

「と、いうわけで爆豪、こいつを投げてみろ」

 

 そんな空気を知ってか知らずか、相澤先生は普段通りだ。淡々とした仕草で爆豪くんにボールを放る。

 

「これ……体力テストの」

「入学直後の記録は705.2m……どんだけ伸びてるかな」

 

 入学式に出ずに行われた“個性”把握テスト。その時のハンドボール投げに使われたボールだった。“あの時”からどう変わっているか──その期待にみんなが声を弾ませる。

 

「おお! 成長具合か!」

「この3ヶ月色々濃かったからな! 1kmとかいくんじゃねえの!?」

「いったれバクゴー!!」

「……んじゃよっこら、」

 

 わいわいと賑やかな歓声を受けながら、爆豪くんはぐるぐる腕を回してストレッチ。そうして思いきり振りかぶった。ちらりと見えた口許は、口角がつり上がっていて。

 

「くたばれ!!!」

 

 ……うん、まあ、なんというか、掛け声も爆豪くんなのは相変わらずというか。確か前回の時もそうだったような気がするなあと、隣の梅雨ちゃんと苦笑を交わす。

 前回の時も、デモンストレーションは爆豪くんだった。前回と同じシチュエーションに、同じような掛け声。……けれどまさか、記録まで同じようになる(・・・・・・・・・・・)なんて、わたしは思いもしなかった。

 

「──709.6m」

 

「!?」

「……あれ? 思ったより……」

 

 相澤先生が読み上げた記録に、みんな驚きや困惑の色を隠しきれない。かくいうわたしもそうだ。前回から僅か4mほどしか伸びていないなんて信じられないけれど、先生が示して見せた計測器にはその数字が映し出されている。

 

「約3ヶ月間……様々な経験を経て、確かに君らは成長している」

 

 “個性”把握テストにUSJで起きた襲撃事件、体育祭、職場体験に、期末試験……そうしたイベント事に限らず、日々の戦闘訓練や救助訓練も重ねてきた。

 

「だがそれはあくまでも技術面や精神面、あとは多少の体力的な成長がメインで、“個性”そのものは今見た通りそこまで成長していない。

 だから──今日から君らの、“個性”を伸ばす」

 

 でもそれでは足りないのだと、先生はニヒルに微笑んだ。

 

「死ぬほどキツいがくれぐれも……死なないように」

 

 

 

 そんな不穏な言葉とともに始まったのは“個性”伸長訓練。……言ってしまえば“地獄絵図”だった。“個性”は身体機能の1つで、筋肉や脳と同じで使えば使うほど強くなる。だから使いまくれと、いっそヤケクソなほどシンプルな理論で掲げられた訓練は、シンプルなだけに、きつかった。

 爆破を、氷を、雷を、テープを、レーザーを、ひたすら射出する人もいれば、尾っぽやイヤホンジャックを硬いもの──硬化した切島くんに打ち付けている人もいる。常闇くんは『暗闇下の黒影(ダークシャドウ)を従える』と言って暗い洞窟に入っていったし、口田くんは崖の上で声を振り絞って発声練習をしている。八百万さんや砂藤くんは脂質や糖分といった食物エネルギーがそのまま“個性”の使用上限に関わってくるからか、山のようなお菓子を食べながら延々と“個性”を発動し続けていた。

 

「……まさに地獄絵図……」

 

 みんな苦しそうに顔を歪めながら訓練に取り組んでいる。そんな状況を眼下に見守りつつ、わたしは上空を飛んでいた。各地に羽根を飛ばしてあるから、「ぎゃあああ」「痛ぇええええ」「クソがぁぁあ」とひっきりなしに上がる悲鳴を聞きながら。

 羽根を同時に、複数枚をそれぞれ別に操作する──羽根が増えれば増えるほど多くの並行処理が発生し、それに耐えきれない脳が頭痛を訴え、ついにはシャットダウンしてしまう。それがわたしの弱点なのは夏休み当初から変わりない。I・アイランドで出会った最上(もがみ)博士がその負担を和らげるサポートアイテムを作ってくれているけれど、そもそもの許容量を増やしておくに越したことはないだろう。

 だからわたしは、上空を飛び続けて耐久力の向上を図り、みんなの元に羽根を飛ばして音で複数の状況を把握する──これを同時に行うことにした。もし何らかの異変を羽根がキャッチすれば、直ぐ様駆けつけて救助や治癒を施す……こうすればわたしの“個性”を満遍なく鍛えられると思ったのだ。

 

「うっぷ、……っわあ!」

 

 そして、今まさに悲鳴が聞こえてきた。振り返りざまに羽根を羽ばたかせ、そちらに急降下する。【土流】で形成された斜面を、人間大のボールが転がり落ちている。そのボールがぽんと跳ねてコースから外れた森へ落下していくのを、飛ばした羽根で受け止めた。

 

「だ、大丈夫お茶子ちゃん……?」

「あ~~……愛依(あい)ちゃんだあ……」

「うん、だいぶキてるね」

 

 人間大のボール……バンパーバブルボールのようなものにすっぽり入ったお茶子ちゃんは、顔色悪くへにゃりと笑った。彼女の“個性”は【無重力】。色んなものの重力を無くして浮かせることができるけれど、自分自身を浮かすとなると勝手が違うらしく、すぐに気持ち悪くなってしまうのだとか。その許容量を上げるべく酔っても酔っても“個性”を発動し続けているらしく……うん、見ただけでだいぶグロッキーなんだとわかる。

 でも「無理しないで」とは言えない。言わない。そういう訓練なのだし、頑張ると決めたのはお茶子ちゃんなのだから。だからわたしはボールの中に手を差し込んで彼女の手に触れた。少しでも力になれればと、エネルギーを送り込む。

 

「っはあ~~~……うん、元気でた! ありがとー」

「よかった、……お互い頑張ろうね」

「うんほんまにね……愛依ちゃんも頑張って」

 

 にこっと笑って、お茶子ちゃんは浮かしたボールを抱えながらまた坂の頂上に向かって登り始めた。その背中を見送って、わたしも気合いを入れ直す。ぱちん、と両頬を叩いて、翼を広げた。

 

 

 そうして飛び続けてふと見下ろすと、B組のみんなが訓練に参加し始めるところだった。拳藤さんが「私たち40人それぞれの“個性”を、たった6人で管理できるのか」という疑問を口にして、それに答えるべく彼女らは現れた。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「猫の手手助けやって来る!」

「どこからともなくやって来る……」

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」」」」

 

 前回はマンダレイとピクシーボブの2人バージョンだったけれど、今日は本来のメンバー全員が揃ったフルバージョンだった。揃いの猫を模した赤と青のヒーロースーツ。そこに更に、茶色と黄色が並んでいる。

 

(茶色のヒーロースーツが、虎さん。“個性”は【軟体】)

 

 今も緑谷くんたち増強型“個性”の面々を相手取りスパーリングしている、筋骨隆々でマッシブな方だ。そしてもう一人。黄色のフリルスカートと緑色のロングヘアを揺らしながら笑っている、彼女が──

 

(──ラグドール)

 

 昨日バスを降りて現れたのがマンダレイとピクシーボブだったから、わたしは安堵した反面、不安に駆られた。ラグドールがいなくてよかったと思う気持ちと、彼女のあの目(・・・)に見られたらどうしようと思う気持ちを抱えた。

 何故ならラグドールの“個性”は【サーチ】。その目で捉えた人物の情報を見通すという。居場所も、弱点も、

 

(きっと、その人の“個性”が何であるかも……)

 

 その精度の程はわからないし、何らかの制限があるかもしれない。こちらで打った手(・・・・・・・・)が通じるかもしれない。でも──わたしの隠してきた本当の“個性”を暴く可能性だって、十分にある。

 

 わたしは唇を噛み締めて、ラグドールに背を向けた。彼女から距離を取れば、なんて小細工が通用するかはわからなかったけど、それでも今のわたしにはそうするしかできなかった。

 

《……空中(そらなか)さん、ちょっといい?》

 

 だけどやっぱり、そんなわたしの子ども騙しで、プロヒーローの目を欺くことはできなかったみたいで。

 

《ラグドールとイレイザーヘッドから話があるそうよ。宿泊施設のロビーに向かってくれる?》

 

 マンダレイの【テレパス】が脳裏に響く。息を吸い込もうとして上手くできず、歪な音が鳴った。深く、長く息を吐き出して、胸元を握り締める。……こうなってしまえば、もう行くしかない。

 

 

「あ、来てくれてありがとにゃん!」

 

 意を決して、宿泊施設のドアを開けたわたしを、ラグドールは明るく笑って出迎えた。彼女が勧めるソファーの向かいには、相澤先生が腕を組んで座っている。会釈し、緊張しながら腰を下ろすと同時に、ラグドールは切り出した。

 

「早速で悪いけど、ちょっと聞かせてほしいことがあって」

 

 彼女は猫の手グローブで、テーブル上の書類を指し示した。それは紛れもなくわたしが雄英高校入学時に提出した“個性”届。猫の爪が、その一部を指差している。

 

「あなたの“個性”、届け出は【治癒】と【翼】になってる」

 

 でもね、と続けるラグドールの目が瞬いた。その目がきょろりと、わたしを見据える。見透かす。

 

「あちきの(サーチ)には、【自己再生】と【譲渡】と【翼】って映ってるにゃん」

 

 それを聞いた瞬間──身体の強張りがほどけた。ほっとして緩みそうになった口許を慌てて結ぶ。それでも心の中で「よかった」という言葉が鳴り止まない。

 

(……わたしの本来の“個性”は、上手く隠せているみたい)

 

 I・アイランドに行って、最上博士のメディカルチェックを受けた後、わたしは彼に本来の“個性”を深く眠らせてもらった。彼の専門分野は“個性”の鎮静化──その技術で本来の“個性”を停止させ、他の活性化してる“個性”で上書きし、隠してもらった。それが上手くいったとわかって、内心胸を撫で下ろす。

 

「何故隠していた、空中」

 

 ……それでも、“個性”届を偽っていたことには変わりない。厳しい表情でこちらを見る相澤先生に、気を取り直して向き直った。膝の上に置いた握り拳に力を込める。……嘘を吐かなければいけないことには、変わりないのだ。

 

「……両親には、“個性”が3つもあるなんて気味が悪いと、言われました」

 

 それを口にした途端、静かな相澤先生の目が僅かに、けれど確かに揺らいだ。それを認めて、畳み掛ける。

 

「だから今、遠縁の親戚にお世話になっていて……その人たちにお願いして、“個性”届には【治癒】と【翼】って書いてもらったんです」

 

 本当に隠したい嘘を隠しておくためには、別の嘘を重ねた上で、剥がす。そこに僅かな真実を含めれば尚信憑性が増すのだと、公安の訓練で教わった。

 両親に気味悪がられたことは事実だし、両親と一緒に暮らしていないことも事実。……その他のことはほぼ嘘なのだけれど、相澤先生は信じてくれているようだ。その目が、案じるような色を滲ませている。

 

(……ああ……)

 

 相澤先生は、優しい人だ。リカバリーガールはいつだったか『何だかんだいって甘いのだ』と言っていた。普段は冷徹に振る舞うのに、そのくせ甘いくらい、優しい人。

 

「すみません、公式書類を偽装するなんて真似……でもおじさんたちは悪くなくて、全部わたしの、我が儘です……」

 

 そんな人に嘘を吐いて、自分の保身のために騙すなんて。わざとらしく落ち込んでみせる自分が嫌になる。顔を上げていられなくて俯く。これは演技でもあるけれど、それ以上に、先生と顔を合わせることが辛かった。

 

「……込み入ったこと聞いちゃったにゃん、……ごめんね」

 

 そんなわたしなのに、頭を撫でないでほしい。ラグドールの手は優しかったけれど、だからこそ、泣きたくなった。

 

「……おまえの事情はわかった」

 

 相澤先生はしばらくの沈黙の後、そう言った。顔を上げると、先生は静かな声で続ける。

 

「だが、この夏合宿が終わったら“個性”届を変更しに行くぞ。雄英では絶えず“個性”を鍛え続ける。その時そもそもの“個性”の実情を教師が把握できなければ、時間の無駄だ。合理的じゃない。それに……」

 

 静かな声が、労るような優しさを含む。

 

「……あいつらに“個性”のことを話しても、問題ないと思うがな」

「問題、ない?」

「ああ。きっと、偏見なく受け入れてくれるだろう」

 

 受け入れてくれる? ……本当のわたしの“個性”でも?

 

「……はい。……ありがとうございます」

 

 そうとは思えなかった。だって先生はヒーローで、みんなはヒーローになるために頑張っている人たちで。

 

 “ヒーロー”だからこそ、

 わたしの本当の“個性”は、受け入れられない。

 

 そんなもやもやした気持ちを隠したくて、だからわたしは、綺麗に綺麗に笑みを整えた。

 

 

 

 

 それから、色んなことがあった。夕方までぶっ通しで訓練し続けて、わたしたちはくたくたになった身体でカレーを作った。昨日ピクシーボブが『世話を焼くのは今日だけだからね』と言っていたのはこういうことだったんだと、少し心が砂になりかけたけれど、みんなでわいわいしながら料理するのは楽しかった。

 爆豪くんの華麗な包丁さばきだったり、砂藤くん特製の隠し味だったりに、驚いて、笑って。そんなこんなで沈んでいた気持ちも浮上してきた。さっきの今で我ながらどうしようもない奴だなあと呆れるけれど、どうしても口許が緩んでしまう。

 それからお風呂にも入ったんだけど、

 

「奪衣婆のおっぱいでも揉むんだな!!!」

「ぎぃああああ……!!」

 

 ……そんな断末魔が上がったのは、うん、みんなで聞かなかったことにした。というか峰田くん、さっき女子のみんなであんなに覗きを妨害したのに、まだ諦めてなかったんだね……。

 

「ここまで来ると一種の執念だね……」

「ただのアホだろあんなの」

 

 耳郎さんがむすっと顔をしかめるのに、みんながそうだそうだと同意する。八百万さんが髪を乾かしながら、そっと頬に手を添えた。

 

「そして今回はB組の皆さんにまで被害が及ぶところでしたわ。同じA組として、恥ずかしい……」

「気にすんなよ、忠告してくれたお陰で大丈夫だったんだしさ」

「ん」

 

 そうやって拳藤さんは明るく笑ってくれて、小大さんも小さく頷く。柳さんや塩崎さんも大丈夫だよと言葉を添えてくれて、本当に申し訳ない反面、救われる気持ちだった。

 そう、今この部屋にはA組の女の子だけじゃなく、B組の拳藤さん、柳さんに小大さん、塩崎さんがいる。A組のみんなで峰田くんの覗きを止めたことに対するお礼だと、お菓子やジュースを持ってきてくれたのだ。はじめは申し訳なさから辞退しようとしたけれど、折角だしと、みんなで女子会なるものを始めることになって。取蔭さんに小森さん、角取さんはブラド先生に呼び出されて不在だけれど、こんな風にみんなと集まれたのは初めてでわくわくする。

 

(峰田くんが繋いでくれた縁……って、言っちゃっていいのかな)

 

 当の本人がやったことはアレだし、今は虎さん監修のもと簀巻きにされてるらしいけれど。なんてぼんやり考えていると、八百万さんが口を開いた。白い頬が淡く色づいて、目がきらきらしている。

 

「実は私、女子会初めてなんですけど、どういうことするのが女子会なんでしょうか?」

「女子が集まって、なんか食べながら話すのが女子会なんじゃないの?」

 

 真ん中に広げたお菓子をつまみながら、芦戸さんがそう答える。そこに待ったを掛けたのは透ちゃんだった。彼女はちっちっち、と見えない指を振る。

 

「女子会といえば~~……恋バナでしょうが!」

 

 コイバナ、……コイバナ?

 首を傾げるわたしとは裏腹に、みんなの反応はさまざまだった。

 

「そうだ! 恋バナだ! 女子会っぽい!」

「うわあ~」

「恋ねぇ」

 

 テンションをぶち上げる芦戸さんに、ほんのり頬っぺたを赤くするお茶子ちゃんに梅雨ちゃん。

 

「えー……」

「あー……そういうノリかあ」

 

 何とも言えない顔で眉をひそめる耳郎さんに、困ったように苦笑する拳藤さん。

 

「こ、恋っ!? そんな、婚前前ですのに……!」

「婚前前って、ヤオモモ真面目だなあ」

「いいえ、八百万さんの言う通りですわ。そもそも結婚というのは神の御前での約束で……」

 

「鯉バナナ?」

「んーん」

 

 ちょっと違う方面に盛り上がってる八百万さんと塩崎さんに、首を傾げる柳さんと首を横に振る小大さん。そんなみんなの反応を見渡して、ああ、とひとつ頷く。

 

「コイバナって、恋の話のことか……」

 

 正直ついさっきまで「コイバナって何?花?」って思ってたのは秘密だ。柳さんのことを笑えない。くぴっとジュースを口に運んで、みんなの話を見守る。

 

「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」

 

 言い出しっぺの法則というものがあるらしく、音頭は透ちゃんが取ることになった。まず手始めに、と明るく問い掛けたけれど、返ってきたのは沈黙だけ。

 

「……えっ、誰もいないの!? ほんとに!?」

「中学の時は受験でそれどころじゃなかったけど、雄英に入ったら入ったでそれどころじゃないもんな」

「ん」

 

 こくん、と深く頷く小大さんに、みんなもそうだよねえと頷き合う。雄英の、それもヒーロー科のカリキュラムはぎっしりみっちり詰まっている。誰かと恋愛する時間はなかなか取れないようだ。

 それをきっと芦戸さんもわかっているけれど、納得はできないらしい。ううう、と唸る、その目の端に涙すら浮かんでる。

 

「うわー、でも恋バナしたい! キュンキュンしたいよー! ね、ね、片想いでもいいから誰か好きな人いないのー?」

 

 補習を乗り切るために何とかひとつトキメキが欲しい!と芦戸さんが心から叫んだ、そんな時。

 

「好きな、人……」

 

 ぽつりと落ちた呟きに、みんなの視線が集中する。

 

「あら? どうかしたのかしらお茶子ちゃん」

「えっ? い、いやっ? なんでも、」

「えーなになに!? もしかして好きな人いるの!?」

「おっっっっおらんよ!? おるわけないしっ」

「お茶子ちゃん……」

 

 その可愛い反応は気になっちゃうよ、と苦笑する。ほら、もう透ちゃんと芦戸さんが詰め寄っていった。目が狩人のそれになってる。

 

「その焦り方は怪しいなあ~?」

「その頬っぺた赤いのも怪しいなあ~?」

「ち、違うしっ」

「緑谷か飯田!? よく一緒にいるもんねぇ」

「ほらほら、ゲロっちゃいなよぉ~」

「もっもうっ、ほんまに、そんなんと違うから!」

 

「容赦ないな」

「厳しい取り調べだね……」

 

 もぐもぐ、チョコレートを堪能しながら耳郎さんと話す。あ、これ美味しい、どれ?、だなんてのんびり会話を交わしていたから、透ちゃんがこっちの方を見ていたことに気づかなかった。

 

「むむむ! そこの2人! 対岸の火事だと思ってない?」

「えっ?」

「げ……飛び火した」

 

 呆けるわたしより一足先に、耳郎さんは状況を把握したらしい。そんな彼女をターゲットとして定めたのか、透ちゃんがずずいと詰め寄る。気分はまさにインタビュアーといった感じで。

 

「耳郎ちゃんさ、上鳴くんとはどうなのさ!」

「はぁ!?」

「ああ確かに、お隣の席ですし、よくお喋りしていらっしゃいますものね!」

「ちょっ、ヤオモモまでやめてよマジで! 上鳴は話しやすいっちゃ話しやすいけど、チャラいしやだ!」

「ええ~? そういうのから恋が始まるっていうじゃん?」

「漫画で見た」

「ん」

 

「ちょっ……と! もう!」

 

 善意100%な八百万さんの笑顔や、透ちゃんと芦戸さんのぐいぐい来る感じに、柳さんと小大さんの意外な援護射撃。それらにたじたじな耳郎さんは頬を赤くして慌てている。彼女は視線を移ろわせて、──静観していたわたしを見た。

 

「……そ、そういうことならさ、空中はどうなの」

「へ?」

「常闇とは職場体験一緒だったんだよね? 終わった後、よく喋るようになってたし」

 

 なんかあったんじゃないの、なんて、ちらりと微笑む耳郎さんを見て気づく。……耳郎さん、わたしを売ったな!

 

「耳郎さっ、」

「そうだよねそうだよねぇ! 愛依ちゃんにも話聞きたかったんだよー!」

「ぐえっ、と、透ちゃん……」

「なになになに~? ときめいちゃうやつ?」

 

 透ちゃんに抱きつかれながら、芦戸さんがインタビュアーよろしく手をマイクに見立てて差し出してくる。それに、わたしは苦笑いを浮かべた。

 

「ときめいちゃうやつじゃ、ないよ」

 

 恋は、きらきらしているもの。可愛いもの。綺麗なもの。

 

「……わたしには、そんなの無いから」

 

 それだけ言って、わたしは八百万さんを見た。視線と視線が絡んだ先で、彼女はきょとんとした顔をしている。さっき耳郎さんがやったみたく、わたしもしてみよう、とにっこり笑う。

 

「わたしとしては八百万さんと轟くんが気になるな。2人とも推薦入学者だし、この前の期末試験でも素敵だったし」

「えっ!!? そ、そんな、私は……!」

「おやおやぁ? これはインタビュー必要なやつっぽい!」

 

 ぽっと頬を赤らめた八百万さんに、透ちゃんは声を弾ませて近寄っていった。アワアワしている八百万さんには少し申し訳ないけれど、追及が止んでほっとしたのも事実。ふう、と安堵の息をつくと、

 

「……ねーぇ、空中」

 

 隣にいた芦戸さんが、難しい顔でわたしを見ていた。てっきり透ちゃんと一緒にあっちに行くと思っていたから、びっくりしてしまう。

 

「あ、芦戸さん? どうかした?」

「“どうかした?”は、こっちのセリフー」

「え? っわ、」

 

 芦戸さんの手が、わたしの額に触れた。それは少し下に行って、眉間の辺りをぐにぐにとほぐしていく。

 

「なんか、あった?」

 

 黒目がちな目が、じいっとこちらを見ている。そこに心配の色があることには、気づいていた。

 

「……何も、ないよ」

 

 だからこそ、何も言えない。言えることが、ない。

 言葉にできるような気持ちなんて、どこにも。

 

「いや、ね、大したことじゃないんだよ。恋とか、そういう気持ちになったことなくて、わからなくて……」

 

 へらりと笑って、何でもないように振る舞う。それでも芦戸さんは何か言いたげにしているから、どうしようかなと考えを巡らせる。そんなわたしの肩に、優しく手が置かれた。

 

「焦る必要などありませんよ、空中さん」

「塩崎さん、」

 

 振り返ると、塩崎さんは柔らかく微笑んでいた。木漏れ日のように穏やかで、慈愛に満ちた微笑み。

 

「いつかきっとその時が来たら、自然と誰かを愛する気持ちは生まれてくるものです。“愛は決して、絶えることはありません”から」

「……聖書のやつ?」

「ご存知だったのですか」

「昔、目を通したことがあって」

 

 わたしの“個性”が判明した時、名前を付けるなら何だろうと調べたことがあった。どんな気持ちが当てはまるのだろうと読み漁った本の中には聖書もあって、そこにはこう書かれていた。

 

 “愛は寛容であり、愛は親切です。”

 “すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。”

 “愛は決して絶えることがありません。”

 

 そう読んで、わたしは思ったんだ。──違うと。

 

(わたしのは、愛とか恋とか、そんな素敵なものじゃない)

 

 だってわたしの“これ”は、相手と分かち合うものでも、支え合うものでもない。一方的に相手に寄りかかって、すがって、寄生して、──未来を奪う。

 

(だからわたしの“これ”は、【依存】でしかない)

 

 ホークスの翼を奪わなかったのは、きっと運が良かっただけ。そんなわたしは寄生虫と何ら変わりない。そんな、取るに足らないどころか、足手まといでしかないのが、わたし。

 

(そんなわたしが、誰かを好きに、なんて……)

 

 そんなの無理だと、子どもの頃からわかってる。割り切ってるし、理解している。

 それなのに芦戸さんはそっと手を伸ばした。わたしの頭をくしゃりと撫でて、肩を組んで、ぐんっと身体を抱き寄せて。

 

「あっ、芦戸さん?」

「今がわかんなくても、未来だってわかんないよ!」

 

 そうして明るい声が、わたしのすぐ傍で弾けた。

 

「今が何にも無くたって、来年には変わってるかもしれない。もしかしたら来月とか、明日とか! ときめくきっかけがあるかもしんないじゃん!」

 

 弾けた声が、光が、わたしの心を照らしていく。

 

「だから、今から恋を諦めるってのは勿体ないって!」

 

 

 こんな“個性”があるから、みんなと同じようには生きられないとわかっていた。誰かを話すことや一緒に過ごすことすら難しいと思っていたから、学校なんて夢のまた夢で。……恋、だなんて、夢にすら見なくて。

 こんなわたしを、芦戸さんは知らない。知らないからそんなこと言えるんだろう。わかってる。割り切ってるし、理解している。……それでも、

 

 

「……う、ん、」

 

 “どうせ無理だ”と頑なになっていた心が、溶かされていくような気がした。頷きたく、なってしまった。

 

「……ありがと、芦戸さん」

 

 呟くようにしか言えなかったけれど、芦戸さんは嬉しそうに笑って、「どーいたしまして!」と抱き着いてきた。

 

 

53.少女、コイバナをする。

 

 


 

 更新遅くなってしまってすみません!そしてこれからも遅くなってしまいそうな予感がしてます。仕事とソシャゲが忙しくて時間が無い……このss全てスマホで打ってるのでソシャゲしてると小説書けないんですよね、申し訳ないです。

 

 実は林間合宿編で一番ネックだったのがラグドールの存在でして、彼女のサーチがどれぐらいの精度なのかいまいちわからず、今回は難産でした。ラグドールは緑谷のオールフォーワンについて気づいてなかったみたいですけど、死柄木が使った時はバッチリ捕捉してましたよね?どういう仕様なのかわからんすぎて、オリ主の個性を隠すために大分こじつけました。御了承ください。

 

 芦戸ちゃんとの恋の話は、前から書きたかったところだったのでとても楽しかったです。何でもないような言葉ですが、オリ主にとってはひとつの光となります。

 

 最後になりましたが、いつも閲覧並びにお気に入り登録、評価や感想等々本当にありがとうございます!こんなssですが、本当に皆様に支えられて何とか続けていられています。次回はいよいよ肝試しに突入します!また読んでいただければ嬉しいです。

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