「! 痛た……」
林間合宿3日目。昼に差し掛かり陽光眩しい空の中、わたしの羽根がそんな呟きを拾う。翼を傾けて方向転換、下降してその人の元に降り立った。彼女は火傷したような手のひらを庇い、顔をしかめている。
「芦戸さん、ちょっと待って」
その手に軽く触れて、エネルギーを送り込む。酸の影響で薄く焼けた皮膚が元に戻っていくにつれて、芦戸さんの表情も晴れていった。
「ありがとー
「どういたしまして、……なんか疲れてる?」
「うぐ……わかる? やっぱ眠くて……」
聞くところによると、補習はわたしたちが10時に就寝してから始まるらしく、芦戸さんが昨夜眠ったのは夜中の2時だったらしい。昨日の訓練での疲労の上に寝不足もあって、彼女の足元は若干ふらついていた。それは切島くんや瀬呂くん、砂藤くんに上鳴くんといった面々も同じで。
「だから言ったろ、キツイって」
そんな補習組の面々に向かい、相澤先生は口を開く。
「砂藤、上鳴は
その後も相澤先生は各自の訓練目的を述べていった。
瀬呂くんは容量に加えテープの強度・射出速度の強化。
芦戸さんは溶解液に対する皮膚の耐久力強化。
切島くんは筋力と硬度を上げることで相乗効果を狙う──と、一通り口にした先生はぎろりとまなじりを吊り上げた。
「そして何より期末試験で露呈した立ち回りの脆弱さ!! お前らが何故他より疲れているか、その意味をしっかり考えて動け」
気を抜くなよ、と。ダラダラやるな、と。彼らだけでなくわたしたちにも檄を飛ばす。
「何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗かいて何の為にこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけ」
原点──その言葉を聞いて、脳裏に浮かぶのは赤い羽根。空をゆく彼の背中。わたしの、揺るぎない憧れ。
彼のようになりたいと、彼の力になりたいと、ホークスを救けたいと、そんな願いは職場体験を経てより強固な目標となった。夢は朧気でも儚くもなく、目指すべき光なのだと。
(……わたし、ホークスに少しは、近付けてるかな……?)
彼の剛翼は、どんなに小さな泣き声も聞き逃さない。悲鳴をキャッチして、直ぐ様飛んで駆けつけて、多くの人を救う。そんな彼のようになりたくてわたしはこの訓練に取り組んでいた。羽根を各地に飛ばして、誰の苦しみも取り零さないように……まだまだあの人のようにはいかないけれど、微々たる一歩でも、近付いていきたい。踏み出していきたい。
「そういえば相澤先生もう3日目ですが……今回オールマイト……あ、いや、他の先生方って来ないんですか?」
そんなことを思っていたら、そんな緑谷くんの声が聞こえて、わたしはそちらに視線をやる。緑谷くんにそう問い掛けられた相澤先生は、淡々と答えを返した。
「合宿前に言った通り、
……良くも悪くも目立つからこうなるんだあの人は……」
はあ、と吐き出した溜め息が重い。オールマイトとイレイザーヘッドのスタイルは真逆といっていいほど違うから、何か思うところがあるのかもしれない。オールマイトがメディアに露出するのにも、イレイザーヘッドがメディアに出ないのにも、それぞれ意味があるからなおのこと。
と、その時。どこか神妙になりつつあった空気を、明るい笑い声が吹き飛ばす。
「ねこねこねこ……それよりみんな! 今日の晩はねぇ……クラス対抗肝試しを決行するよ!」
しっかり訓練した後はしっかり楽しいことがある! ザ! 飴と鞭! と歌うように楽しげにピクシーボブが言う。それに対するみんなの反応はさまざまで。
「ああ……忘れてた!」
「怖いのマジやだぁ……」
「闇の饗宴……」
「ちゃんとイベントっぽいこともやってくれるんだ」
「フフ……対抗ってところが気に入った」
きょとんとした顔の拳藤さん。項垂れる耳郎さん。クールながら目を輝かせる常闇くん。意外そうな鱗くんに、青ざめた顔でそれでも笑う物間くん。
他にもそれぞれの表情でざわめくわたしたちを見渡し、虎さんが吼える。猛々しく。
「と、いうわけで……今は全力で励むのだあ!!!」
「「「イエッサァ!!!」」」
虎さんによる“我ーズブートキャンプ”が異様な盛り上がりを見せているのを横目に、わたしは項垂れたままの彼女の元に近付いた。肩を叩くと、耳郎さんは力なくこちらを見やる。
「耳郎さん……えと、大丈夫?」
「……空中はさ、怖いの平気なの」
「怖いの……うーん、わたしも幽霊とか虫とかあんまり得意じゃないけど、今はそれより、楽しみが勝ってるかな」
「楽しみ?」
「うん! だって、肝試しってやったことなかったから」
驚かして、驚かされて、きっと怖いしびっくりしちゃうんだろうなとは思うけど、それでもみんなでわいわいしてるのは楽しそうで。テレビとか本とかでしか見たことがなかったその輪の中に、まさかわたしが入れるなんて、今もまだ慣れない。どうしようもなくどきどきして、わくわくしてしまう。
そう話すわたしをじっと見つめていた、耳郎さんの口許がほころんだ。ふっと噴き出して、目がやわらかに細められる。
「なんか、あんたのへにゃっとした顔見てたら力抜けるなあ」
そういう耳郎さんだって、眉を下げて、ふにゃりと笑っているのに。でもそれは指摘せずに、わたしは両手で頬を押さえた。じわりと伝わる熱は、頬が赤くなっている証だろう。
「へ、へにゃって、そんな顔してた?」
「してた。いいじゃん、褒めてんだし」
「本当に褒めてる……?」
「褒めてる褒めてる」
どこかてきとうにあしらわれてる感じは否めないけれど、耳郎さんに笑顔が戻ってきたのは嬉しい。だからわたしは気を取り直して、気になっていたことを口にした。
「そういえば、耳郎さんは何の訓練してたの? イヤホンジャックを岩にぶつけまくってたけど……」
耳郎さんの“個性”は【イヤホンジャック】。耳朶の先がその名の通りイヤホンジャックになっていて、それを接続することで微かな音を聞き取ったり、逆に自分の心音を爆音で流して攻撃したりと、音を使いこなす“個性”だ。今までの訓練の中でもイヤホンジャックそのものを鞭のように振り回して攻撃することはなかったから、どうしてそうしているのか気になっていた。
わたしの疑問を受けて、耳郎さんはああ、と頷く。
「ウチの【イヤホンジャック】は鍛えれば鍛えるほど音質が良くなるんだよね。だからこれ」
「岩に打ち付けて、強くしてるってこと?」
「そ。音質が良くなれば、聞き取る精度も上がるだろうし、こっちから流す心音も通りがよくなるだろうしね」
「なるほど……」
納得とともに頷きながら、考える。
わたしにも、同じことが言えないだろうかと。
(わたしの羽根が、もっと強く、もっと鋭敏だったら……そしたらきっと、もっと多くの音を聞き取れるようになるはず)
利点はそれだけじゃない。わたしの羽根のパワーが上げれば、戦闘や救助の場面でもできることが増える。選択肢が広がる。
(『まずは手札を増やそう、強くしよう』……だものね、)
ホークス、と。心の中で呼び掛けて、意を決する。決まったら後は行動するだけ。わたしは耳郎さんと手を振り合ってその場を後にし、ピクシーボブの元を目指した。訓練の場を形成してもらいたかった──のだけど、タイミングが悪かったのか彼女の周りに人だかりができていた。これは暫く待たないといけないかな、と息を溢した、そんな時。
「どうした? 空中」
「拳藤さん!」
背後から声を掛けられて振り向くと、拳藤さんがわたしを見ていた。小首を傾げる彼女のサイドテールが揺れる。
「ピクシーボブに用事?」
「そうだよ。えっと、土壁を作ってもらいたくて」
「土壁? 訓練に必要なの?」
「うん、羽根を打ちつけて強化すれば、もっと羽根の攻撃力や耐久力が上がるんじゃないかって」
わたしが説明すると、拳藤さんはほー、と頷いた。その明るい緑色の目が、きらりと閃く。
「ならさ、空中。私と組み手しない?」
「……えっ?」
その申し出は突然のもので、わたしは呆気に取られてしまう。そんなわたしに拳藤さんは人差し指を立てた。
「私も硬いもの相手に拳を打ちつけて強化してたんだけど、動かない的相手じゃ体さばきは訓練できない。空中の羽根って、固くできるんだろ? それを捌けば対人格闘訓練も“個性”伸長訓練もこなせる。それはきっと空中も同じで、一石二鳥……と思ったんだけど、」
そこで言葉を切って、彼女はすうっと目を細めた。
「どうする? ──やめておく?」
その眼差しに気圧された自分がいたことは事実だ。雄英に入学するまでの自分だったら、そこで諦めていただろう。……でも今は、違う。負けたくない。退いてたまるか、と拳を握る。
「ううん……! お願いするね、拳藤さん」
「そうこなくっちゃ!」
拳藤さんは嬉しそうに笑って、すっと右半身を引いて構えた。わたしも体勢を低くして意識を集中させる。……拳藤さんの“個性”は【大拳】。拳を巨大化させることによって攻撃や防御に応用することができる。巨大化した分拳の攻撃力も耐久力も上がる上に、彼女は近接戦闘が得意──間合いを詰められた時点でわたしに為す術はないだろう。それを、きっと拳藤さんもわかってる。
「じゃあ、行くよ!」
拳藤さんが駆け寄って来ると同時に、地を蹴って飛び上がる。そうして上空から羽根の弾丸を撃った。拳藤さんは巨大化させた拳で難なくそれを打ち払う。……元より期待はしていなかったけれど、やっぱりまともなダメージは通らない。気持ちを切り替え、わたしは彼女の背後を取った。さっきの羽根の弾丸は目眩まし──本命はこっち。
「っさせ、るか!」
「!」
完全に裏を突いたはずなのに、さすが、というべきか。拳藤さんは驚異の反射神経でもって振り向き、攻撃を防いでみせた。そのまま勢いを殺さないどころか、更なる加速を以て突進。一息の間だ。そのたった一瞬の間に、わたしの眼前に拳が迫る。
「もらった!」
眼前に拳が迫る──だなんて、それだけじゃだめだ! ここで呆けている暇なんかないと鋭く息を飲む。そうして翼に意識を集中させた。
──硬く、もっともっと硬く! 強固な盾に!
「……ったあ……!?」
「う、く……っ!」
硬化させた翼で身をくるんで攻撃を防ぐ。これは期末試験の時にも使った手だけれど、その時よりもっとずっと羽根を強く固く硬化させている。ガン!!、とおよそ羽根を殴ったとは思えない衝撃音と、痛みと驚きに声を上げる拳藤さんがその証拠だ。羽根の隙間から、インパクトの反動で微かに、だけど確かによろける彼女の姿が見える。
(……間合いを詰められた時点でわたしに為す術はない。それを、きっと拳藤さんもわかってる)
だからこそ、彼女はそれを狙って接近するだろう。
わたしは拳を握り締めた。その手に握った風切羽根を硬化させ、真っ直ぐ突き出す。拳藤さんの首筋を狙ったその一撃で一本取るつもりだった。
……そう、つもり
「……一旦ここまで、かな?」
「そう、だね……」
互いにへらりと笑い合って、同時に腕を下ろした。風切羽根や他の羽根を背中に戻すと、その様子を見ていた拳藤さんの目が輝いた。
「すごいじゃん空中、あの羽根の盾! 羽根だと思えないくらい硬くてびっくりしたよ」
「そうでもしないと、わたし一撃で吹っ飛ばされてたしね……拳藤さんの【大拳】こそすごい威力だよ」
「でも、負けるつもりはなかったんだろ?」
にやりと口角を上げて、拳藤さんは面白そうに微笑んだ。その緑の目に、わたしの思いは筒抜けだったようで。わたしが頷くと彼女は口許に指を当てた。
「最後の羽根の剣は、ホークスの影響?」
「……うん。でも、付け焼き刃はやっぱり駄目だね」
近接戦闘をカバーする、と考えて、思い浮かんだのはやっぱり彼の姿だった。今まで腕力が心許ないからと剣術の訓練はしてこなかったから、本当に、付け焼き刃にすらなっていないけれど。自嘲の笑みを何とか飲み込み、顔を上げる。そんなわたしに、
「今は付け焼き刃でも、鍛練を重ねれば立派な刃になるよ」
鍛練は裏切らないと、必ず実を結ぶと、真っ直ぐな声が降ってくる。それはわたしの心に落ちて、じわりとあたたかく広がっていく。
「……うん、ありがとう、拳藤さん」
「どういたしまして。と、いうわけで……もう一本お願いしたいんだけど、いいかな?」
小首を傾げる。サイドに結ったオレンジブロンドが揺れる。そんな拳藤さんが眩しくて、わたしは微笑みながら頷いた。
「……うん! こちらこそ、よろしくお願いします!」
そうして夕方。本日分の訓練が終了し、わたしたちは夕食作りに取り掛かった。今日の献立は肉じゃがということで、わたしは梅雨ちゃんたちと野菜の下拵えをすることになった。
「なんだかこうしてると、お泊まり会の時を思い出すね」
「けろ、そうね。みんなで夕食作りをしたものね」
あの時はお茶子ちゃんのリクエストでお餅パーティだった。トースターでどんどんお餅を焼いて、きな粉や砂糖醤油、チョコなどをつけて食べる他、『それだけじゃ喉に詰まっちゃうわ』と梅雨ちゃんがお吸い物を作ってくれたのだ。それは後々お雑煮にリメイクされたんだけど、本当に美味しかったし、楽しかったなあ。思い出すだけで頬が緩む。
「けろろ、」
「? 梅雨ちゃん、どうかした?」
「いいえ、
「……そんなに笑ってた?」
耳郎さん曰く、へにゃりとした顔になっているのかもしれない。今はじゃがいもと包丁を持っているから確かめられないけど、と顔に力を込める。
「あら、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「……でも絶対、だらしない顔してる」
「そんなことないわ」
「うう、そうかな……?」
「……ねえ、愛依ちゃん」
「なあに?」
梅雨ちゃんはゆっくりと、目を瞬かせて。
「今、楽しいかしら?」
彼女がそう尋ねた意図はわからない。
けれど、答えはひとつだ。
「……楽しいよ、すごく。顔がだらしなく緩んじゃうくらい!」
雄英は、ヒーロー育成の最高峰。だから大変なことだっていっぱいあった。今年は特に
それでもこうして学校に通って、みんなと一緒に勉強して、一緒に訓練して、時には一緒にご飯を食べたり、寝たり──誰かにとっては当たり前のことは、わたしにとっては当たり前じゃない。まるで奇跡みたいに、心が光に満ちていく。
(……また、顔、だらしなくなってるんだろうな)
それでもいいや、とわたしは笑う。そんなわたしの考えなんか見透かして、梅雨ちゃんも微笑む。
「それならやっぱり、だらしなくなんてないわ」
……なんだろうな、梅雨ちゃんがそんな風に言ってくれるから、わたしの顔だけじゃなくて心まで緩んでしまう。何だかむず痒くて、目頭が熱くなってしまうようで。それを笑って誤魔化して、別の話題を口にした。
「そ、そういえば、肉じゃがに枝豆入れるの初めてだ」
「そうなの。確かに絹さややいんげんが多いかもしれないわね。うちは妹が枝豆の方が好きだし、よく入れていたのだけど」
「そっか。そうだね、妹さんいるって言ってたもんね」
梅雨ちゃんはええ、と頷く。そうして、じゃがいもの芽を取りながら続けた。
「愛依ちゃんって、ご兄弟はいるの?」
「わたし? ──、」
ただの、世間話だ。何でもないように、「いないよ」って笑えばいい。ただそれだけなのに、……嘘を吐くことなんて、いっぱいしてきたはずなのに、
「……空中、」
言葉に詰まったわたしの背中に、声が掛かった。
「轟、くん?」
「悪ぃが、ちょっと向こう手伝ってくんねえか? 俺は今手が塞がってて」
「えっ……と、」
「こっちはもう終わりそうだから大丈夫よ、愛依ちゃん。行ってきてあげて」
「うん、わかった」
お鍋を両手で持ってる轟くんの後に続いて、その場を後にする。轟くんは釜戸の辺りで立ち止まった。ここでお鍋を火にかけに来たのかな、わたしは薪の用意を手伝えばいいのかな、なんて考えていたら轟くんがこちらを振り返った。何故か、微妙な表情をしている。
「……手伝ってもらいたいってのは嘘だ。悪ぃ」
「え? でも、だったらなんで、……」
そこまで言ってはた、と気づいた。体育祭でのあの時のことが、脳裏によぎる。
『……わたし、親、いなくて。だからきょうだいのことも、わからないけど……多分いないと、思う』
そうだ、わたしはあの時、こうして轟くんに嘘を吐いた。それを聞いた轟くんが、はっと目を見開いていたことも覚えている。……じくりと痛む、罪悪感と一緒に。
「……あの時は、無神経なことを言った。……ごめん」
「そんな! ……ほんとに気にしてないから、謝らないで」
嘘なのだ。親は、いる。今だって生きてる。わたしの保身のために吐いた嘘でしかないのに、そんな風に謝らないでほしい。わたしなんかに、謝る必要なんてない。
「本当に、いいんだよ。……むしろ助けられちゃったから、わたしがお礼を言わなきゃ。ありがとうね、轟くん」
「……、いや……」
まだ釈然としない表情だけれど、轟くんは下げていた頭を上げてくれたから、ほっとして頷く。彼はわたしから視線を反らして、……そうして目を見張る。
「……緑谷だ」
「え? ……あ、本当だ」
彼の視線を追うと、釜戸に薪を入れている緑谷くんを見つけた。緑谷くんは遠目にもわかるほど、その眉をしょんぼりと下げている。微かに開いた口からは、恐らく、
「……溜め息吐いてる?」
「なんかあったのかもしれねえな」
「うん……、轟くん?」
轟くんは歩みを進めて、緑谷くんに向かって口を開いた。
「緑谷、オールマイトになんか用があったのか? 相澤先生に聞いてたろ」
「ああ……っと、うん、洸汰くんのことで……」
「洸汰? 誰だ?」
「ええ!? ほ、ホラあの子だよ」
「マンダレイの従甥って紹介されてた……」
緑谷くんに続いて補足すると、轟くんはああ、と頷いた。やっと名前と顔が脳内で結び付いたらしい。それを確認して、緑谷くんは悲しげな顔で話を再開させる。
「その子がさ、ヒーロー……いや、“個性”ありきの超人社会そのものを嫌ってて……僕は何もその子の為になること言えなくてさ」
「超人社会、そのものを?」
「うん……オールマイトなら、何て返したんだろって思って」
マンダレイの従甥……いとこの息子さん。確かマンダレイのいとこはウォーターホースというヒーローで、……そうだ、数年前
洸汰くんは、両親を亡くしている。そのために
「……轟くんなら、何て言う?」
そんな小さな男の子に、何て言うのか。
轟くんは黙考に黙考を重ねた数秒後、重々しく答えた。
「……場合による」
「っ……そりゃ場合によるけど……!」
そりゃそうだけど、と緑谷くんがツッコむのもわかるくらい、身も蓋もない正論だった。でもそれは、轟くんが投げやりだったわけじゃない。轟くんはしっかり考えた上で、そう答えたのだ。
「素性もわかんねえ通りすがりに正論吐かれても煩わしいだけだろ。大事なのは、“何をした・何をしている人間に”言われるか……だ」
言葉単体で動くようならそれだけの重さだったってだけで、と、目を伏せながら彼は言う。
「……言葉には常に行動が伴う……と思う」
轟くんがそう言うのは、きっと、体育祭での出来事が関係しているんだろう。あの緑谷くんとの対戦で、たくさんぶつかり合って、たくさん言葉をぶつけ合って、それでようやく気づけたことなんだろう。
そんな轟くんの言葉に、緑谷くんはハッと目を見開いた後、静かに頷いた。
「……そうだね、確かに……通りすがりが何言ってんだって感じだ」
「お前がそいつをどうしてぇのか知らねえけど、デリケートな話にあんまズケズケ首突っ込むのもアレだぞ。……そういうの気にせずブッ壊してくるからなお前、意外と」
「……でもそれがあったから、変わったこともある、よね」
思わず口を挟んでしまったのは、どうしても伝えたかったからだ。今にも「ごめんなさい」と言いそうな緑谷くんに、ひとつ、言いたいことがあったから。
「確かに、良かれと思って言ったことが、誰かを傷ついてしまうことだってあるけれど……」
ありとあらゆるすべての人を救うなんて、できないかもしれない。それでも誰かが誰かを思いやって差し伸べた手が、すべて無駄に終わるなんて──そんなことは絶対ないはずだ。
「誰かに慰めてもらったことや、思いやってもらったことは……失くならないよ。思い出したらほっと安心するような……心強くなるような、そんな思い出に、きっとなる」
わたしはそう信じている。いつかホークスがわたしにそうしてくれたように、きっと緑谷くんの言葉も、いつかは洸汰くんの心に届くと。
「……ありがとう、空中さん」
途切れ途切れになって上手く話せなかったわたしに、それでも緑谷くんはにこやかに笑ってくれた。落ち込んでいた目元が、柔らかくなっている。それが嬉しくてわたしも笑った、そんな時。
「君たち手が止まってるぞ! 最高の肉じゃがを作るんだ!!」
「お」
「「わわ、ごめんなさい……!」」
遠くから響き渡った飯田くんの号令に、わたしと緑谷くんは背筋を伸ばした。轟くんも僅かに目を丸くしていて、……そんな顔を見合わせて、わたしたちはふっと笑みをこぼす。
「肉じゃが、楽しみだね。いい匂いがしてきた」
「うん……! お腹すいてきちゃったね」
「その後は肝試しか。……俺、肝試しって初めてだな」
「そうなんだ! あの、実は僕もで……」
「緑谷くんも? わたしもだよ」
話しながら、みんなの元へ戻るべく歩き出す。わいわいと賑やかな声が大きくなってきて、わたしはほう、と息をついた。
「楽しみ、だね」
みんなと一緒に過ごすことは、わたしにとって幸福なこと。楽しくて嬉しくて、思い出すだけで心があたたかくなるような、幸せな思い出。……みんながみんな同じような気持ちになるわけじゃないけど、少しでもいいから、あの子の苦しみもほどけたらいいなって、そんなことを思っていた。
そうしてわたしたちは、肝試しの夜を迎える。
54.少女、思い出。
前回の後書きで『次回は肝試しに突入する』と言ったのは何だったのか……実際に書くと色々付け足したくなってしまって肝試しまで入りきりませんでした。楽しみにしていた方、申し訳ないです。次回こそは必ず肝試しなので……!
今回は嵐の前の静けさ回。耳郎ちゃんとの会話や拳藤さんとの組手は書く予定なかったのにいつの間にか出てきました。ヒロアカの女の子たちみんな可愛いから仕方ないですね。本当はもっといろんな子たちと関わりたかったですが、筆者の力ではこれが限界でした。
最後になりましたが閲覧並びにお気に入り登録などなど、本当にありがとうございます!次回もまた見ていただければ嬉しいです。