ごうごうと青い炎が夜空を舐める。森が、命が次々に燃えていく。その中に息を潜めて僕は縮こまっていた。キラメいていないって? ……確かにその通りさ。灰に埋もれるように、ただ座り込んでいるだけなんて。だけど今、僕を責められる人がどれほどいるだろう?
雄英高校ヒーロー科といっても、僕が高校1年生であることに変わりはない。雄英の先生たちは僕らを“有精卵”と呼ぶ。つまりまだ命としてあまりに弱く、柔く、脆いのだ。想定されていなかった
誰も、責めやしないのさ。だけど八百万さんは──
『私はB組の方々をお救いしなければなりません!』
ガスが有毒であると見抜き、すぐさま皆の分のガスマスクを【創造】し、他の皆を救けに行くと立ち上がった。逃げたっていいのに、逃げなかった。躊躇いすらしなかった。
『青山さんは、──』
“僕も行くよ☆”と、言えない僕に、
八百万さんはそっと手を取って、微笑んだ。
『……大丈夫。このガスマスクがあればガスの影響は受けません。施設まで走ってください。そこに相澤先生たちがいるはずです』
どうか、施設に戻って、救けを呼んでください。
そんな八百万さんに僕は何も言えないまま、僕たちは別れた。言われたままに施設に向かって走って、そして。
「おい荼毘、無線聞いたか!?」
聞こえてきた足音と話し声に、僕の繊細な心臓が嫌な音を立てた。そうして木陰に踞るに至ったのだ。
「テンション上がるぜMr.コンプレスが早くも成功だってよ! 遅えっつうんだよなあ!? 眠くなってきちゃったよ」
「そう言うな、よくやってくれている。後は
「──!」
目が、合った。
直ぐ様視線を逸らして、身体を小さく小さく屈める。ガタガタと震える音やのたうつ心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと怖かった。口を両手で塞いで、ぎゅっと目を瞑る。さく、と草を踏んで近付いてくる足音の度、僕の命が削り取られていくような気がした。
僕は、怯えて、震えて、何もできないまま──
「おい荼毘! そういやどうでもいいことだがよ!」
その呼び掛けとともに止まった足音に、心の底から安堵した。安堵してしまった。
「脳無ってヤツ呼ばなくていいのか!? お前の声にのみに反応するとか言ってたろ!? とても大事なことだろ!!」
「ああいけねぇ、何のために戦闘加わんねえで様子まで見に行ったって話だよな」
「感謝しな土下座しろ!」
2人組の
「死柄木から貰った、
淡々と、嗤う。
「1人くらいは殺してるかな」
命を奪う話を、あまりにも淡白にする。
その声色の冷淡さに背筋が凍りつくかのようだった。震えて身動きできない僕に気付かなかったのか、放っておくことにしたのか、継ぎ接ぎの男はマスク面の男との会話に戻った。
「だがよお、そいつラグドールを仕留められなかったんだろ? 案外ヨワヨワなのか? 最強だけどな!」
「ガスで動きを鈍らせてる間に脳無で仕留めるって算段だったんだけどな。【治癒】の“個性”持ちが麻痺毒を治しちまって、計画はおじゃんだ」
【治癒】の“個性”持ち……空中さんだ。彼女がラグドールを治癒して、
「だからわざわざ出向いて、焼いてやったんだよ」
安堵しかけた喉がひきつる。そんな僕をよそに、
「しゅっちょーご苦労さんだったな!」
「まぁな……しかし本当に、予定通りにはいかねぇもんだな」
「そりゃそうさ! 予定通りだぜ」
「俺のことも労ってもらいたいもんだね。なんだかんだ俺が1番の功労者でしょ」
その会話にまた1人加わった。ロングコートにシルクハットを着込んでいる。奇妙な仮面をつけているから顔はわからないけど、その背格好や声色から男だと推測できる。
「おうコンプレス! お疲れ! くたばれ!」
「トゥワイスは今日も絶好調なことで」
「おいMr.、成果は?」
「抜かりなく、ここに」
コンプレスと呼ばれた男は右ポケットから何かを取り出し、継ぎ接ぎの男に差し出した。手袋で覆われた手の上に、ビー玉のようなものが2つある。それを手に取って覗き込みながら継ぎ接ぎの男は口を開いた。
「これってこっちからの声は聞こえてんのか?」
「聞こえてるよ」
「ふぅん、」
無感動に頷いたその口許が歪む。笑みの形に。
「残念だったな、でも安心しろよ。従順なイイコでいたら、おまえたちに危害は加えない」
何故、そのビー玉に向かって話すのか。
まるで人であるかのように呼び掛けるのか。
嫌な予感が、ひたひたと僕に這い寄ってくる。
「わあっ! それがバクゴーくんと愛依ちゃんですか? トガにも見せてください!」
嫌な予感は加速していく。ぴょこっと跳ねるように現れた女の子は信じられないことを宣った。信じられない、──信じたくないことを。
あのビー玉に、
「んー……思ったよりボロボロじゃないです。もっと血ィ出てたらよかったのに」
「相変わらずのイカれっぷりだな……帰投まであと何分だ?」
「あと1分半ってとこ!」
どうすればいいのか。
どう、すれば、いいのか。
あと1分半の間に、
「もう少しの辛抱だな」
どう、すれば、なんて。……考える余地が僕にあるのか?
僕1人がこの
命欲しさに踞っていたところで、誰も僕を責めやしない。
だってそうだろう?
ここには僕以外誰もいない。僕以外は、誰も、
誰も、──いない。
この僕以外は。
(……ああ、なんて、ナンセンス)
死すら恐れずなんて、ナンセンス極まりない。苦しいことだけに向かい合ってちゃ、輝きなんて訪れない。
けれど、……けれども。
ここで動かない僕はナンセンス以下だ。
他の誰も僕を責めやしなくても、馬鹿にしなくても、
僕は、僕に、一生──輝きを見出だせなくなる。
「羽根のお嬢さんは【治癒】の“個性”持ちだからね。さっきまで火傷でボロボロだったけど、あらかた治しちゃったよ」
「! ……そうなんですか」
僕の【ネビルレーザー】は一点突破のレーザーだ。あらゆる方向に同時に射出することはできない。
だから、狙うのは、ひとつ。
「ボロボロでも、死なない……」
ぼうっと、夢見るように、熱に浮かされたようにビー玉を掲げる女の子。その手に向かって──射出。
「「「!!」」」
空を裂き、手のひらからビー玉を弾き落とす。女の子から遠く離れて宙を舞うビー玉に、ふっと笑う。
その瞬間、
「なんっだコイツ!!」
「、ぐ……っ!」
マスク面の男が僕の頬を殴り飛ばす。確かトゥワイスと呼ばれてたっけと、馬乗りになられながらぼんやり思った。
「てんめぇ! トガちゃんが傷ついたらどーしてくれんだあ!?」
「が、っぐ、……」
「手のひらちょっと火傷したぐらいですし、だいじょぶですよ」
「ホラなあ!? 火傷したんだってよ! 無傷!」
激昂した男が僕の顔を殴り続ける。別に殴られたって僕のキラメきは損なわないけど、痛みはある。それでも僕は心で微笑んでいた。仰向けに倒されたこの状態は、
「トゥワイス、どけ」
「いいやどかないね! 許せねえ! すぐどく!」
「そいつ、腹からビーム出してた。その位置は危ねぇ」
継ぎ接ぎの男がトゥワイスを押し退けると同時に、
きっと、きっと──誰かの目にも輝くだろう。
「! ひ、ぐ」
「危ねぇ危ねぇ。……でももうおまえ、終わりだな」
僕の首を押さえて、にぃっと嗤う。その継ぎ接ぎ男の手から、じわりと青い炎が立ち上った。まだそこまで熱くはない。けれど僕の命が文字通りこいつに握られているのだと、そうわからされた。
「何かできるとでも思ったのか? おめでたいな」
その歪んだ口が、呪いのような言葉を降らせる。
「おまえは何もできず、何も救えず、ここで死ぬんだ」
……間違ってはいないのかもしれない。僕が何もできなかったのは事実だ。でも、僕じゃなくても、
「おまえの全部、無駄だったなァ」
僕の輝きを見てくれた
そんなことを思いながら目を閉じた。
「──無駄なんかじゃ、ない!!!」
その声は空から降ってきた。え、と思って目を開けると、緑谷くんと麗日さんが空から降ってきたところだった。突然のことで呆然としている僕の前で、緑谷くんは継ぎ接ぎ男に頭突きを喰らわせて、そうして僕を振り返った。
「ちゃんと、見えたよ! わかったよ! 青山くん!!」
その言葉で、……ああ、報われたんだとわかった。
とびきりのサプライズに、ゆっくりと微笑む。切れた唇が痛んだけれど、それでも、いい。
「大丈夫、青山くん!?」
「こんな……ボロボロになってまで……!」
麗日さんが駆け寄って、緑谷くんが涙ぐむ。
変なの。緑谷くんの方がボロボロじゃないか。なんで泣いたりするのかな。
「ありがとう……! 君のお蔭だよ!!」
ああ……やっぱり、変なの。
僕はまた笑って、そのまま意識を手放した。
「青山くん! 青山くん!」
「大丈夫、息ある! 気を失ってるだけ」
「……麗日さん、青山くんをお願い」
頷いてくれた麗日さんに青山くんを預けて、僕は一歩踏み出す。視線の先で、継ぎ接ぎの男が頭を押さえながらゆらりと立ち上がっていた。
「ったく、あのレーザー、そういうことか。面倒なことをしてくれる」
「てめぇらにとっては、そうだろな」
こちらに向けられた青い炎。それを丸ごと飲み込む大氷結を放った彼は、僕の隣に並ぶ。
「俺らにとっては、この上ない道しるべだ」
「轟くん……!」
「……へぇ」
心強い援軍の到着に、僕は笑って、
「炎と氷、ね。なるほど、お強いこった」
「ッなんだてめぇ……!」
「ちょっとぐらい遊んでくれてもいいだろ? なァ」
「チッ……!」
轟くんに向かって青い炎が殺到する。それを氷で相殺する轟くんに、継ぎ接ぎの頬を歪めて笑いかける。そんな
「っ轟く、!!」
助太刀に入ろうとした直前、僕の前をメジャーが横切る。咄嗟に避けてそちらを振り向くと、メジャーを構えて僕に駆け寄る、マスク頭の男。
「死柄木の殺せリストにあった顔だな! そこの地味ボロくん! ……っておわ!?」
「うわっ!?」
「出久くん出久くん! トガです! さっきぶりです!」
マスク頭……を、押し退けるようにしてやって来たのは、麗日さんたちを襲っていた女の子の
「会えて嬉し、……!」
その切っ先は僕に突き刺さることなく、途中で止まる。僕の目の前に背中が広がる。それは決して大きくはなくて、むしろ僕より小さいくらいで。それでもとても、頼もしい。
「させないから!」
「! うふふ、お茶子ちゃんも!」
邪魔されたってのにトガは嬉しそうに声を弾ませる。にんまりと、頬を真っ赤にして。
轟くんと継ぎ接ぎ男。麗日さんとトガ。僕と再度やって来たトゥワイス──あっという間に混戦にもつれ込んでしまった。かっちゃんと空中さんを、早く救けないといけないのに……!
「まったく……飛んで追ってくるとは、発想がトんでる」
そんな中、呆れたような溜め息が聞こえた。視線をやる。シルクハットを被り直す仮面の男。その指先がビー玉を軽く投げたり、転がしたりしている。
「てかみんなして熱くなっちゃってどうすんの。もう帰投時間だってのに……、」
愚痴をこぼすその姿に、突然、影が覆い被さった。
思わず目を見開く僕の目に映る、──頼もしい6本の腕。
「ぬん!!」
「!? っぶね!」
仰け反って、右側の腕を束ねた打撃からかわす。その身体の胸ぐらを掴み、地面に押し倒したのは、
「障子くん!!」
その広い背中を間違えようがない。障子くんはシルクハットの男を逃がさないよう押さえつけてくれていたけれど、仰向けに倒れていたその姿が
「いてて……あんな図体して奇襲とは、おっそろしいねぇ」
「Mr.、爆豪と空中は?」
「だーいじょうぶ、……!?」
シルクハットの“個性”だろうか。ビー玉の中に自身を入れて障子くんの腕から逃れた
「みんな、逃げるぞ!」
それより前に、障子くんが鋭く声を上げる。
「今の行為でハッキリした……! “個性”はわからんがさっきおまえが散々見せびらかした──右ポケットに入っていた
「……ホホウあの短時間でよく……! さすが6本腕! まさぐり上手め!」
シルクハットを捕まえていたのはほんの一瞬だった。けれどその一瞬で障子くんは成し得てくれたんだ。
「っし、でかした!」
「うん、逃げよう!」
轟くん、麗日さん。そして障子くんの手の中にはかっちゃんと空中さん。僕らは成し遂げた! 救けることができた! だから後はここから離れなくちゃと、そう思って駆け出した。
すべて上手く行った。前途は明るく思われた。
そんな僕らの前に、──暗闇が広がった。
「……これ、は、」
僕の脳裏に、
じわりと虚空に滲む黒い渦も、そこに怪しく光る金色の目も、全部、全部、あの時と同じだ。
「ワープの……」
僕らの前に立ち塞がった影の
「合図から5分経ちました。行きますよ荼毘」
「トゥっ!」
「ごめんね出久くんまたね」
幾つも広がっていくワープゲートに、
「さぁて荼毘、俺らも行こう」
「待て、まだ目標が……」
「ああ……アレは走り出すほど嬉しかったみたいだからプレゼントしよう」
その最中そんな会話が聞こえて、僕は立ち止まる。ばくばくと心臓が跳ねる。つ、と冷たい汗が流れて、顎を伝って落ちた。
「悪い癖だよ、マジックの基本でね。モノを見せびらかす時ってのは……、」
シルクハットの男が、仮面を、外してみせた。
「……
べ、と出された奴の舌の上に、ビー玉が2つ。
その中にいるかっちゃんと空中さんの姿が、何故か、やけに鮮明に見えた。
はっと息が零れた瞬間、障子くんの手に握られていたビー玉が弾けた。そこから現れたのは2人じゃない──氷の、塊。
「ぬうっ!?」
「! くっそ!!」
モノを圧縮して閉じ込める系の“個性”。今までの攻防からある程度の“個性”の概要はわかっていたのに、まんまと騙されてしまった! 慌てて駆け出すけど、奴との距離が、遠い……!
「そんじゃーお後がよろしいようで……」
わざとらしくお辞儀する奴の身体は、もうほとんどワープゲートに呑まれてる。行ってしまう、2人が、連れて行かれてしまう!
歯噛みしながらそれでも走る僕らを、
──ひとすじの光線が追い抜いていく。
「あ……!」
振り返ることはできなかった。けれどわかる。青山くんだ。あんなに傷ついていたのに、最後の力を振り絞って【ネビルレーザー】を撃ってくれたんだ!
彼のレーザーは真っ直ぐ宙を走り、シルクハットの男に向かう。
「っとお!?」
それをまともに受ければ、奴の動きを止めることができるだろう。その隙に2人を救け出すんだ、絶対に!
走る足に力を込める。もっと早く、もっと強く地を蹴れと命令する。もっと、もっとだ! もっと早く──
「──なぁんて、な」
何が起きたのか、一瞬理解が追い付かなかった。
光線は男の直前でヒュッと掻き消えた。目を見開く僕らの前で、男は手の中のビー玉を弄ぶ。光線すら閉じ込めたその球体を、見せつけるように。
「惜しかったなあ、でも残念。二番煎じで客は沸かない」
そんな言葉に、諦めたわけじゃなかった。
でも同時に、僕の身体が突然痛みを思い出した。雷に撃たれたような衝撃に、声も出せずに崩れ落ちる。地べたに這いずる僕は、唯一自由になる首をもたげて、そうして見た。
「哀しいなあ、轟焦凍」
走り続ける轟くんの背中と、
そんな彼に
「おまえの手のひらから、どんどん零れ落ちていく」
まるで歌うようにそんなことを言う、その顔は歪んでいた。継ぎ接ぎの肌のせいじゃない。哀れむような、蔑むような、楽しむような……相反する感情がぐちゃぐちゃになって滲んでいるような、そんな表情で。
「最後に別れの挨拶をさせてやろうな」
そんな台詞とともにビー玉が弾ける。シルクハットの男の手に空中さんが、継ぎ接ぎ男の手にかっちゃんが拘束されていた。身体のほとんどが、もう、暗い渦の中に呑まれている。
「空中!!」
「……だめ、だめ……みんな、逃げて……!」
空中さんは、ふるりと首を横に振って声を震わせた。
「かっちゃん!!」
行かせてたまるかと最後の力を振り絞って立ち上がり、駆ける。そうして目の前に来た僕に、かっちゃんは目を血走らせた。赤い目が、僕を見て。
「──来んな、デク」
隔絶。断絶。そうした声色と一緒に、空間まで切り離された。ワープゲートは小さくなってついに掻き消えてしまった。飛び込もうとした僕は勢い余って、ただ地べたに叩きつけられる。
「……っあ、」
見上げる。そこではただ木々がごうごうと燃える音だけが響いていた。焦げ臭い臭い。目に染みる煙。
──目を凝らしても、かっちゃんたちの姿は、無い。
「──ッあああ”……!!!」
残されたのは、徹底的に敗北したという、事実だけ。
58.卵たち、苦闘の果て。
Q.ラグドールどこ?
A.中間地点から帰投ポイントに行く道中で生徒たちを救助しつつ、轟、障子組の後を追っていました。ヤオモモたちを守る時に再起動した脳無に怪我を負わせられましたが、ほぼ無事です。連れ去られていません。
ラグドールのことも書きたかったんですが力尽きましたね……今回は後書きで説明することになってしまいすみません。精進します。
あと今回は青山くんを活躍させることができて個人的にめっちゃ嬉しかったです。筆者はダイの大冒険を履修してから、普段はちょっと情けないというか、臆病な人間が勇気を振り絞って頑張る姿が大好きでして、青山くんも大好きなんです。
これにて林間合宿編は終了し、ついに神野事件編!突入です!このssが第二部構成だとするなら神野編で第一部が終了するというイメージで書いてます。残酷表現、R15的な表現が入りますが、ひとつの大切な区切りでもありますので自分なりに気合いを入れて書いていきます。また読んでいただければ嬉しいです!
最後になりましたが閲覧、お気に入り登録、評価などなど、本当にありがとうございます!とてもとても励みになっております。今後も頑張ります。