【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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61.少女:オリジン

 

▽前回の簡単なあらすじ

・【自己再生】の“個性”を持つヒーローの父と、【譲渡】の“個性”を持つ母の間に生まれたオリ主。

・どこか抜けているが朗らかな父と、そんな父と家族を深く愛する母の間で愛されながらすくすく育つ。

・3月の3歳の誕生日、両親に「だいすき!」と言った瞬間にオリ主の【依存】の“個性”が発現。意図せず両親の“個性”を奪ってしまう。

・“個性”を失いヒーローを辞めざるを得なくなった父と、そんな父を愛する母から虐待を受け続ける。

・季節が巡ってクリスマスの日。ベランダに閉め出されていたオリ主をホークスが救けに来た。

 

 


 

 

 赤い羽根の男の子──ホークスと出会ったわたしは、あのベランダから連れ出された。ぎゅっと抱き抱えられて空を飛んで、初めて感じる浮遊感とぬくもりに包まれて、……どうしようもなく安堵してしまった。今まで張り詰めていた気が緩んで、そのまま意識を手放してしまったのだ。

 元々まともな暮らしをしていなかったのもあって、深く、深く、眠りに落ちた。今にして思えば数日間は眠り続けていただろう。夢も見ず、泥のように、ただ、ただ。

 

 そんな眠りを経て目覚めたわたしが見たのは、知らない天井だった。

 

『……、……?』

 

 言葉にならない呟きは、吐息として漏れた。瞬きを繰り返して、ぼんやりする視界をクリアにしていく。白を基調とした部屋だ。わたしは大きなベッドに寝かされていて、その傍らには心電図モニターをはじめとした医療機器が並んでいて、ピッ、ピッ、と定期的な機械音を響かせていた。

 

(わたし、どうして、ここに……?)

 

 わけもわからないまま視線を巡らせる。自分に繋がれた点滴、ぽたりと落ちてくる雫、薄緑のカーテンが見えて、そして、

 

『……目が覚めたのね』

 

 ベッドサイドの椅子に腰掛けていた女性と目があった。静かなアイスブルーの目は少し冷ややかに感じるけれど、彼女に敵意はない。わたしを害そうなどという悪意は無かった。今ならわかる。ゆっくりと戸惑いがちに伸ばされた手が、わたしの顔に掛かった髪を払おうとしてくれたのだということも。今ならわかる、わかるけれど、

 

『!? や……っ!』

 

 幼いわたしには、わからなかった。当時その人はわたしの両親よりおよそ10歳ほど年上で、ひとつひとつ年齢を確かに積み上げてきた落ち着きと思慮深さを感じさせた。

 それでも、どうしようもなく大人(・・)だったから。

 伸ばされた手が、大きくて怖かったから。

 怖い記憶を、思い出させたから。

 

『っぁ……、』

 

 だからわたしはその手を弾いてしまった。ばちん、と乾いた音がする。力任せにした結果、爪で引っ掻いてしまったのだろう、その白い手に赤い線が走った。

 わたしが、傷つけてしまったのだと、知らしめるように。

 

『ご、ごめん、な、さ……っ』

『……謝らなくてもいいわ。大した傷では、』

『やだ、や……』

『? 何を』

 

 傷つけられるのは怖いけれど、傷つけることも怖かった。だって本当に、(ヴィラン)になってしまうと思ったから。

 恐怖と混乱で声が震えて、頭がぐちゃぐちゃだ。それでもやらなきゃいけないことに手を伸ばす。女性の手を自分の両手で包み込んで、そうっと心の中で唱えた。

 いたいのいたいの、とんでいけ。

 

『……! これは、【治癒】の“個性”?』

 

 驚きに目を見張る女性に、わたしははっとして頭を振った。ベッドの上で上体を起こして、ずりずりと後退りながら。

 

『ごめん、なさい、……ちがうの、ちゆじゃ、ない……』

『違う、とは?』

『わたしの、“こせい”は……わるいの、だめなの』

 

 ずりずりと後ずさって、壁にぶつかる。そのひやりとした感覚に目を見開いた。身体の芯から凍えるようで。

 

『わたし、わたし……ひとりでいなきゃ、だめ……』

『……それは何故?』

『だ……だれかの、“こせい”、とっちゃうから……』

 

 こんなに温いところにいちゃいけないって、思い出した。

 

『だから“ヴィランだね”って、おとうさんと、おかあさん、が……』

 

 ただ息を吸って吐く。それだけのことがうまくいかない。ヒュッと歪に喉が鳴る。熱い。目蓋の奥からじりじりと焼かれような熱。目の前がくらくら、して、暗く……。

 

『どうしたんです、その子』

『目良、医療スタッフに連絡を。それと……』

 

 ベッドにうつ伏せに倒れ込む直前、そんな会話が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 次にわたしが目を覚ましたのは、またも知らない部屋の中。けれどそれは点滴で繋がれていたところとは違う場所だった。医療機器や薄緑のカーテンは無い。けれど、壁も天井も床もオフホワイトでまとめられているといったところは似通っていた。大きなベッドに大きなテーブル、椅子。必要最低限の調度品がきちんと調えられている。

 どうして、わたしはここに。

 ひとりきりの部屋を所在無げに見渡していた、そんな時。

 

《聞こえますか》

 

 部屋に響いた声。それにわたしは飛び上がって掛け布団の中に潜り込む。誰にも見つからないように、見られないようにと姿を隠す。

 だってわたしは、誰にも、会ってはいけないから。

 そうして沈黙がしばらく続いて、次に聞こえたのはスピーカー越しのゆっくりした声。ゆっくりと、ひとつひとつ紡がれる、男の人かも女の人かもわからない声。

 

《……怖がらせて、すみません。ですが、大丈夫。スピーカーから音を出しているだけですよ》

『……このへやに、は、……いない……?』

《はい、いません。……怖い、ですか?》

 

 恐る恐ると訊いてくるその声こそ、怖がっているように聞こえて、わたしはひとつ息を吐き出す。そっと、布団から顔を覗かせて、ふるりと首を横に振った。

 

『だ、いじょう、ぶ』

《……ならよかった。じゃあ……これからの君について、説明しますね》

 

 布団にくるまったまま、わたしはスピーカーから流れ続ける音声を聞いていた。わたしはしばらく、この人たちと一緒に暮らすこと……つまり、保護されたということ。

 

《そこは君に与えられた部屋です。好きに使ってください》

 

 “誰かと一緒”が怖いならその部屋を出なくて構わないこと。トイレとお風呂もついてるから自由に使っていいこと。食事は毎日届けること。

 

《ああそうだ、君、アレルギーはありますか?》

『あれるぎ……?』

《ええと……そうですね、何かを食べて、しんどくなったことは?》

『ない、です』

 

 それから幾つかの質問に答えていったわたしに、なるほど、と相槌を打ったその声は、最後にこう尋ねた。

 

《君から質問……そうですね、訊きたいことはある?》

『ききたい、こと……』

 

 ぎゅうと胸元を握り締める。震える口から、溢れ落ちる。

 

『……わたし、ここに、いてもいいの?』

《はい》

『ほんとにだれも、こない? あわなくて、いい?』

 

 ずっとひとりで、いられる?

 

《……、……はい》

 

 きっとこの声の主は、色んな事情を知っていただろう。わたしのこれまでを踏まえて、これから辿るだろう道を予想していただろう。だから複雑な声色をしていたけれど、しっかりと、頷いてくれた。

 

《……とにかく君はゆっくり寝て、しっかりと食べなさい。身体を休めなくちゃあ、駄目です》

 

 声は変声機で変えられていたから、この人が男性か女性かもわからない。それでも、声に込められた悲しさや優しさがあることはわかった。……今思えば、きっと、あの人だったんだろうなぁ。

 

(目良さん……)

 

 たくさん、たくさん迷惑をかけてきた。こんな昔から。

 そうした優しい人たちに支えられて、わたしの“誰もいない部屋”での生活は快適に過ぎていった。はじめこそ本当に誰も部屋に入って来ないか警戒して、一日中ドアを見つめて過ごすこともあったけれど、数日繰り返すうちにそうした不安も溶けていった。

 暑くも寒くもない丁度いい空調。ふわふわのベッドで眠っている間に置かれている綺麗な着替えや温かな食事。スピーカー越しに時折降ってくるあの人の声は、わたしに《何か欲しいものはないか》しきりに尋ねてくれた。まごついてうまく話せないわたしに苛立つことなく《大丈夫ですよ》と言ってくれた。その数日後に食事と一緒に置かれていた絵本は──当時のわたしは文字が読めなかったから、内容はよくわからなかったけど──あたたかい色合いの絵が優しくて、何度も読んだ。恒例になっていた絵本の他に、ふわふわのぬいぐるみが置かれていたこともあったなぁ。3歳のわたしが抱えるには少し大きい、白いうさぎのぬいぐるみ。

 

『あの、こえ、さん』

《はい、何でしょう》

『すみ、ません。えほんだけじゃなく、うさちゃん、も』

《……うさちゃん?》

『? は、い』

 

 “声さん”は不思議そうな抑揚をしていて、幼いわたしも一緒になって首を傾げたっけ。

 それにしてもあの時、どうして目良さんまで不思議そうにしていたんだろう。目良さんはうさぎのこと“うさちゃん”っていうの、慣れてなかったのかな。

 

《その、うさちゃんが、部屋に置いてあったんですか?》

『はい……あ……あの、だめ……だった……?』

《え、いえ。……そんなことありません。大丈夫ですよ》

『! ……ふふ、』

 

 小さく芽生えた疑問は、嬉しさに流されてしまった。抱えたぬいぐるみに頬ずりして、そのふわふわな感触に目元を僅かにほころばせる。このぬいぐるみも、絵本も、わたしの宝物。殺風景な部屋が少しずつ彩られていくたび、わたしの凍りついた表情も緩んでいった。

 

 

 そんな日々が続いた、ある日。

 沈黙を保っていたドアが、突然、コンコンと叩かれた。

 

 

『……っ!!』

 

 その瞬間。わたしは悲鳴を押し殺して駆け出し、ベッドの中に潜り込んだ。頭から掛け布団を被って、暗闇の中でうさちゃんをぎゅっと抱き締める。

 しばらく誰とも会わずに過ごせていたからか、誰かの来訪というのが、それを知らせる音が、どうしようもなく怖かった。わたしが黙り込んでいることを知ってか知らずか、コンコン、という音は絶えず聞こえてくる。

 

『……あの、……聞こえる?』

 

 自信なさげに潜められた声に、わたしははっとした。震える唇から言葉が溢れる。

 

『……あ、なた……』

『うん、俺だよ、……覚えてる、かな』

『……!』

 

 覚えてる。覚えてた。だからわたしは布団をはね飛ばしてドアに駆け寄った。勢い余ってベッドから転がり落ちたけど、そんなこと眼中になかった。手を伸ばす。ひんやりしたドア。その向こうに、震えた声を投げ掛けた。

 

『あかいはねの、おとこのこ、だよね?』

『うん』

『! あの、あのとき……たすけてくれてありがとう』

『……、』

 

 あの寒空の下では言えなかったお礼を、ずっと伝えたかった。ありがとうと、あなたのおかげで今がある(・・・・・・・・・・・・)のだと、伝えたかったんだ。わたしはただ、それだけで。

 

『あれが、本当に救けたことになるのかは、わからない』

『……え?』

 

 だから、男の子の声が暗くなった理由も、わからなかった。“ありがとう”と伝えたら、“どういたしまして”が返ってくると思っていた。

 

『よく、聞いて。……君がこのままここにいたら、ずっと、ここから出られなくなる』

 

 戸惑うわたしに、声は続く。ひどく強張った、彼の声が。

 

『君がここから出たいと思っても、外に行きたいと思っても、……もう、どこにも行けなくなっちゃうんだよ』

 

 この時の男の子……ホークスは、わたしのこと“可哀想”って思ってたのかな。だからこんなに、悲しそうな、苦しそうな声をしていたのかな。

 

『でも今なら、俺が出してあげられる』

『……そと、へ……』

『そう。君をここから、自由にしてあげられる』

 

 ホークスの声が急いているのがわかる。静かな声が、次第に足早になっていく。

 

『……あまりいい手とは思わないけど、君のお父さんとお母さんの元に戻ってもいい。もちろんそこじゃなくても、君が自由に、安全に生きていける場所は他にもある。そこに連れていく』

 

 早口で差し出された提案に、けれどわたしは、動けなかった。

 

『どうしたい? 君は、どこに行きたい?』

 

 ……違う。本当は動けなかった、じゃなくて、

 

『……、わたし……』

 

 ──動きたくなかった(・・・・・・・・)

 

『……わたし、もう、どこにもいけないよ……』

 

 扉に触れていた手を、ぎゅっと握り締める。少しでも外へ──“誰か”に向かおうとしていた心を、殺す。

 

『どこにも、いけない。だれにも、あえない』

 

 “誰かと一緒”が、誰かの“個性”を奪うのなら、

 

『ここがいい。ここで、ひとりで、いたい……』

 

 わたしはずっと、ひとりでいい。

 そう、呟くようにわたしが言った数秒後、痛いくらいの沈黙が続く。そして、──それを引き裂く大きな音がドアを叩いた。びくりと肩を弾ませるわたしの目の前、扉の向こうで、ホークスが声を荒げている。

 

『……君は! あの時、“一緒にいたい”って思ったはずだ!』

 

 目の前には扉。そのはずなのに、頭の中であの日のベランダが浮かび上がった。雪の降ったクリスマスの夜。ひとりでいたわたしの元に、彼がやって来てくれた。

 

『“ひとりでいたい”だなんて、君の願いじゃないだろう!』

『……っち、ちがう。だって……っ』

 

 あの日、来てくれて嬉しかった。救けてもらえて嬉しかった。だからこそわたしは、もう、これ以上すがってはいけない。心がじわじわ熱を持つ。熱い。あつい。この感覚は──あの時(・・・)と同じ!

 

(あの、たんじょうびのときと、おなじ……!)

 

 さあっと、血の気が引く音がした。頭の天辺から冷や水を浴びせられたみたいに、身体中が冷えきっていく。

 あの時と同じに、この人の“個性”を奪ってしまう。

 この人の未来をぐちゃぐちゃに壊してしまう。

 わたし、わたし、わたしは──!

 

『だって君は、あの時、俺の手を……!』

『いや! いやだっ、いやあぁっ!』

 

 ごめんなさい。やっぱり間違いだったの。

 あの日、あなたの手を取ったのは。

 

『ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい……っ!

 あやまります、あやまり、ます、からぁ……っ!』

 

 わたしはひとりきりでいいから。

 わたしの全部を、失くしていいから。

 だから、だから、お願い、だから!

 

『でたくない、こないで、……こわい、いやだ……っ』

 

 もうわたしに、誰かの未来を、奪わせないで……!

 

 

 

 

『……きみ、は……』

 

 散々喚き散らしたわたしは、耳を塞いでしゃがみこんでいた。扉の向こうでホークスも、躊躇うように口ごもって。沈黙が続いた、その時。

 

『やめなさい。……もういいでしょう』

 

 新たな声が聞こえた。氷のように凛とした、冷ややかな女性の声。……あの薄緑のカーテンの部屋で会った、あの人の。

 

『雛鳥を飛ばせてあげようと、無理に空に放り投げたら……どうなるかはわかるでしょう』

 

 彼女はホークスに、言い聞かせているようだった。

 

『自由が必ずしも、幸せに繋がるとは限らない。

 自由を幸福に感じるのは、……強いものだけよ』

 

 諦めるよう、諭していた。

 

『あなたは強くて賢い子。だから、理解できるわね?』

『……、』

 

 本当に、微かな、歯軋りの音がした。

 それからこつ、こつ、とハイヒールの音が扉に近付いてきて、わたしははっとして胸元を握り締めた。足音はわたしの直前で立ち止まって、そうして沈黙が破られる。

 

『あなたは、“個性”をうまく使えないのが怖いのね』

 

 声は、比較的近い場所から降ってきた。彼女は扉の前で、膝を屈めていたのだろうか。

 

『その“個性”の使い方、学んでみる気はないかしら』

 

 扉を隔てて、近しい場所から、声が真っ直ぐわたしに届く。

 

『まな、ぶ? わたし、が……?』

『ええ。扱い方さえわかれば、あなたの力は人を救うことができる』

 

 その言葉は、寝耳に水だった。青天の霹靂だった。

 だって、奪うしかできなかった。壊すしかできなかった。そんな“個性”で、本当に──?

 

『あなたのその“個性”は、人の痛みを治せる。人を、救けることができる。その力を、世のために役立ててほしいの』

 

『っ駄目だ、それは──』

 

 止める声が、聞こえた。

 でもわたしは、この思いを止められなかった。

 

『……わか、り、ました』

 

 この選択が、どんな未来を招くのか。当時のわたしはちゃんとわかってなかった。ホークスがどうしてわたしを止めたのか──扉の向こうでどんな表情をしていたのか──何もわかっていなかった。

 この時のわたしは、ただ、差し出された言葉に心を奪われていたから。

 

『がん、ばる。わたし、がんばり、ますから……』

 

 女性の──後に公安委員会の会長となる女性の提案は、わたしにとって天啓だった。暗い世界に垂らさされた、光の糸のように思えたんだ。

 こんなわたしでも、誰かを救うことができるなら、

 

『だからわたし、ここで……まなばせて、ください……』 

 

 

 

 

 そうわたしが願い出て、会長が了承したあの日。その翌日からわたしの“個性”調査が始まった。わたしの“個性”は相手の“個性”を奪って自分のものにする──当時はそれだけしか判明していなかったから、まず始めに、それがどんな条件で発動するのか探る作業が始まった。

 “個性”発動のトリガーは何か。それは時間か、距離か。あの誕生日の夜、お父さんたちの“個性”を奪った時、わたしは何をしていたか。それらを明らかにするための問答はさまざまな形式で行われた。今まで通り変声機で変えられた声で問われることもあったし、扉越しとはいえ肉声で行われたこともあった。

 

『……あ、の……』

『どうしました?』

『……こんなに、はなして、だいじょうぶなんですか……? わたしがもし、あなたの“こせい”をとっちゃったら……』

 

 調査とはいえ不安になって、問い掛けたこともあった。わたしと会話……もとい、接触実験を行っていたのはただ一人。その人はもちろん、自分が“個性”を失う可能性を承知の上で来ていただろう。それでも“個性”が──自分の可能性や未来が無くなってしまって本当にいいのだろうかと、疑問が尽きなかった。

 

『……僕は構いませんよ、大丈夫。君は気にしないで』

『……、』

 

 彼……目良さんは、優しい声で『大丈夫』と言ってくれた。お父さんのように、怒ったり悲しんだりしなかった。

 

『……ごめんな、さい……』

 

 それでも、怖かった。どうしても怖かった。

 こんな“個性”を持つわたしを助けてくれた。“居場所”をつくってくれた。『人を救うことができる』と、糸を垂らしてくれた。その恩に早く報いなくてはいけない。早く、早く、役立たなくてはいけない(・・・・・・・・・・・)のに。

 

『わたし、ちゃんと……できなく、て……ごめんなさい……』

 

 怖い。怖い。……ずっとずっと怖かった。

 この“個性”も。こんな“個性”を持つわたし自身も。

 こんな“個性”で、また(・・)、誰かを傷つけてしまうかもって、怖がって、怯えて、閉じ籠って──どうしようもなく、俯いてばかりで。

 

 

 

 

『……聞こえる?』

『!』

 

 そんな、どうしようもないわたしなのに、彼は飽きもせず訪ねてきてくれた。呆れもせず、扉越しに、優しい声を掛けてくれた。

 

『また、きてくれたの……?』

『うん』

『ここにきちゃだめって、いわれてるのでしょ?』

『……うん、まァでも、大丈夫』

 

 後できちんと知ったのだけど、この時既にホークスは“特別なヒーローになるためのプログラム”を受けていた。『万が一にも“個性”を失ってはいけない』と、わたしに近付くことは禁じられていたはずなのに、ホークスはやんわりと笑っていた。

 

『“個性”調査で何度もやってたでしょ。扉越しに普通に話しても、“個性”を奪うことはなかった』

『……そう、だけど……』

『うん。だから、気にしないで』

 

 この頃のホークスはよく笑っていた。沈んでばかりのわたしに向けて、『大丈夫』だと軽やかに。初めて会った時の静かな眼差しとは真逆なその表情。……もしかしたら、無理して笑っていたのかもしれない。公安の職員さんたちの目を掻い潜って、何度もこの部屋を訪れては、彼は明るい笑声をくれた。

 

『ねえ、そういえばさ、最近この部屋にポストがついたんでしょ。君が眠っている間じゃなくても、物が渡せるように』

『う、うん』

 

 それまでわたしの食事や着替えなど必要なものは、わたしが眠っている間……つまり相手を視認しない間に部屋に置かれていた。けれどこの日、接触実験を兼ねてポストが導入されたんだ。部屋の壁を貫通するように備え付けられたポストを通して、ホークスはわたしにあるものを渡した。

 

『これ、は?』

『コンポタだよ。……ごめん、ジュースの方がよかったかな。今日も寒いし、あったかいの美味しいかと思ったんだけど』

『あった、かい……』

 

 ポストに置かれた缶に手を伸ばすと、その熱さにびっくりしてしまった。一度手を引っ込めてから、恐る恐るその缶を両手で掴む。包み込んだ手のひらが、じわりと熱を持った。

 

『……ほんと、だ』

 

 熱を持ったのは、きっと、手のひらだけじゃなかった。

 

『……あったかい、ね……』

 

 目蓋の裏の熱を誤魔化そうと、ぎゅっと目を瞑った。だから、わたしは気付くのが遅れた。ポストを通って音もなく部屋に訪れた“それ”に、わたしは驚いて目を見開く。

 

『! あかい、はね……?』

『開け方はわかんなかったか。ごめんね』

 

 羽根は意思を持ったかのように宙を泳ぎ、わたしが手に握っていた缶のプルタブを器用に開けた。まるで魔法のように動く羽根に、幼いわたしは瞬きを繰り返す。

 

『な、なんで、あけてないってわかったの……?』

『プルタブを開ける音、聞こえなかったし』

『……どうしてそんなにおみみがいいの……?』

『なーいしょ』

 

 扉越しの微かな音も聞き逃さなかったのは、ひとえにホークスの【剛翼】のお蔭だろう。けれど彼はそれを言わず、ただイタズラっぽく笑った。

 

『あなたのみみ、おおきくなかったのに』

『どうだったかな? このドアを開けて確かめてみる?』

『……もう。また、そんなこと……』

『駄目?』

 

 イタズラっぽく笑いながら、こうしてたまに、問い掛けてきた。扉を開けないのか。外に出ないのか。──傍に、来ないのか。

 

『……意地悪言ったね、ごめん』

 

 ずっとこうして救けようとしてくれていたのに、わたしは黙り込むばかりだった。伸ばしてくれた手を、振り払ってばかりで。「救けよう」としてくれる気持ちを、何度も、何度も、裏切ってきた。

 もう付き合いきれないって、見限って当然だった。呆れて、放り投げたって、おかしくなかったのに。

 

『ほら、それ飲んでみて』

『……あまいにおいが、する……』

『うん、甘くてあったかくて、美味しいよ』

 

 ホークスに促されて、そっと口をつける。とうもろこしの素朴な甘さが優しくて、心がほっとほどけていく。

 

『は、ふ……、ほんとだ』

『でしょ』

『うん……、!』

 

 そんな風に、何でもないように笑いながら、赤い羽根はわたしの涙を拭ってくれた。ふわりと触れる柔らかさに、何度も何度も救われた。

 

『……おいしい、ね……』

 

 “美味しい”も“あったかい”も、ここにあった。ぎゅうっと胸が締め付けられる。痛いくらい、あたたかかった。

 

 

 

 

『……あの、あなた、けが、してるの……?』

『……え?』

 

 “個性”調査が続き、ホークスが部屋に訪れることも日常になってきたある日。今日も寒いからとコンポタの缶を届けてくれた羽根を見やって、わたしは口を開いた。

 

『きょうのあなたのはね、げんきないきが、して……』

 

 いつも機敏に、時にはおどけたように動き回る羽根が、どこかしんなりしているように見えたんだ。扉越しのホークスの声も小さく、掠れているような気がして、わたしは慌てて問いを重ねた。

 

『だっ、だいじょうぶ? いたいとこ、ある?』

『……ああ、うん。痛くないよ』

『しんどくない? あっ、おなかいたい? おねつある?』

『しんどくない』

『そう? ──つらく、ない?』

 

 その問い掛けに、ホークスは一瞬、息を飲んだ。扉越しでは確かなことはわからないけれど、でもそう思ったんだ。

 

『……辛くないよ。俺は、大丈夫』

 

 きっと色々なものを飲み込んで、堪えて、そうして柔らかく笑ってくれているんだって。

 

『……ごめんなさい、わたし、なにもできなくて……』

 

 わたしが“個性”を上手く使ってホークスの怪我を治すことができたら、少なくとも痛みを消すことはできただろう。それなのにわたしは、触れることはおろか、近付くことすらできない。

 

『はやく、はやく……やくにたちたい、なあ……』

 

 何もできない自分が嫌だった。役立たずな上に、怖がってばかりの自分が嫌いだった。大嫌い、で……、

 

『本当に、大丈夫だよ。……ありがとね』

 

 それなのに彼は、『ありがとう』と、言ってくれた。

 

『……そうして心配してくれて、俺は、嬉しいから』

 

 彼にとっては何でもない言葉だったのかもしれない。それでもわたしの胸を揺さぶるには充分だった。堪えきれないほどの感情が込み上げて、心を染め上げていく。

 

 嬉しかった。

 きっと、『嬉しい』って言ってくれた彼よりずっと。

 じわりと心が熱くなる。熱くなる(・・・・)

 『ありがとう』って言葉は、当たり前にあるものじゃない。少なくともわたしにとっては、奇跡みたいな言葉だ。誰かの役に立てたという証明で、誰かに喜んでもらえた証明で、誰かに──“わたしでいいんだ”って、言ってもらえたみたいで。

 

『……ぁ、り、が……』

 

 わたしこそお礼を言うべきだと思って、声を震わせた。じわりと滲む涙を拭って、熱い胸を押さえて。

 そう、熱い。胸が熱い(・・・・)

 わたしは気付くべきだったのに、熱に浮かされた頭では気付けなかった。警鐘の音を、忘れてはいけなかったのに。

 

 手を伸ばす。額をドアにつける。彼に出来るだけ一番近い場所でお礼を言いたかった。目を閉じて、そうっと口を開こうとして、

 

 そうして、──ばりっと、破れる音。

 

 

『……、……え?』

 

 呆けたわたしの口から、ぽたりと赤い何かが零れた。今ならそれを“血”だと瞬時に判断できただろうけど、当時のわたしには、ただ目を見開くことしかできなかった。

 

『な、に……?』

 

 呆然としている間にも、ばり、ばり、と何かが破れる音は止まない。胸が、身体が、焼けるように熱くなる。わけがわからないまま視線を巡らせて、わたしはそれ(・・)を見た。

 

『──ぁ……』

 

 それ(・・)は白い羽根だった。振り向き様に白い羽根を視界に映して、気付く。

 

『……ぁ、あ”、あ……』

 

 白い羽根が、(・・・・・・)わたしの背中を突き破って生えてきていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。わたしは気付く。気付いた時には遅かった。状況を理解しても、それは最悪でしかなかった。

 身体を覆う熱が痛みであること。破れる音は肉を裂いた音だということ。生えてきた羽根は色こそ抜け落ちているものの、ホークスのものと同じだということ。それは、つまり──

 

(このむねが、あついのは……!)

 

 わたしの“個性”が、発動してしまったということ──!

 

『? 今なにか、』

『ぁ、ああああああ”っ!!』

『!? 待って、どうしたの!?』

 

 扉越しにホークスがわたしを案じる声がする。それに、応えることなどできなかった。

 あんなによくしてもらったのに、優しくしてもらったのに、『ありがとう』って、言ってもらったのに……!

 

(どうして……!?)

 

 どうして彼の“個性”を奪ってしまったのか。そんなこと望んでなんかなかったのにって、悲しくて苦しくて仕方なかった。身体の痛みなんてどうでもいいと思えるくらい、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 お父さんも、お母さんも、ホークスも、みんな、みんな、だいすきな人たちだったのにって、そう、思って、

 

『……ぁ、』

 

 ──だいすきだから奪ったんだ(・・・・・・・・・・・・)って、気付いたんだ。

 

『あ、ぁ、ぁああ……っ』

『返事をして、何があったんだ、ねえ!』

『ごめ、んなさっ、ごめんなさい、ごめんなさい……!』

 

 立っていられなくて、その場に膝をついた。ぼろぼろと零れる嗚咽を押し殺そうとして、できなかった。

 

『“こせい”、とっちゃ……とっちゃっ、たぁ……!』

『な、ん、……何を言って、』

『そんなつもり、なかっ……なかった、のに!』

 

 悲しくて、苦しくて、頭の中はぐちゃぐちゃで。それでもただひとつのことだけは確かだった。何もかもわからなくなる絶望の中で、その選択だけが鮮明だった。

 

『──かえさなきゃ』

 

 採るべき選択がわかった。やるべきことがわかった。だからわたしはふらりと立ち上がった。行くべきところに行くために、震える足に力を込めて。

 

『ごめん、なさい……すぐ、かえす、から』

『……? 何、を、』

『あなたの、“こせい”……かえす、から、』

 

 ぐしゃぐしゃに泣きながら、笑った。彼がいつもしてくれたようにと、扉の向こうに明るい声を投げ掛ける。

 

『すこしだけ、まってて、ね』

 

 “だいじょうぶだから”と言い添えて、“さようなら”は飲み込んで。そうしてわたしは、駆け出した。

 

『──ッ待って! ……待て!!』

 

 背中に制止の声が掛かるも、わたしは立ち止まらなかった。目指すはトイレの中にある、小さな窓。この部屋には他に窓はない。トイレのだって天井近くの高い位置にあるから、幼いわたしの手には届かなかった。

 けれど今は別だ。翼がある今なら、届く。

 背中の激痛に歯噛みしながら、何とか羽ばたこうと未熟な羽根を動かした。初めての飛行は下手くそで、何度も身体をトイレの壁にぶつけることになったけれど、それでも、届いた。震える手で鍵を開けて、窓から上体を外へ乗り出す。

 

『……っ』

 

 びゅうびゅうと吹き荒ぶ風が、眼下で叫んでいた。地上は遥か下で、夜闇のせいか涙のせいか、霞んで見えるくらい遠かった。こんな高所から飛び降りればどうなるかは、幼いわたしでも知っていた。

 

《本日未明、マンションの4階にあるベランダから幼児が転落し、病院に搬送されましたが死亡が確認されました》

 

 いつかの日、お父さんが見ていたテレビ。お父さんがベランダを見て、それからわたしを見た理由。その眼差しの意味。──もっと早くこうしていればよかったんだと、わたしは拳を握り締めた。

 

『こんなわたし、ここにいちゃ、だめ……』

 

 こんなことになる前に、消えなくちゃいけなかった。

 

『……っ、いきてちゃ、だめ……』

 

 ふわりと落ちる、白い光。見上げれば雪が降ってきているのだとわかった。あのクリスマスの夜によく似た真っ暗な空を仰いで、わたしは、祈った。

 

『おねがい、します……かみさま……』

 

 わたしはひとりきりでいいから。

 わたしの全部を失くしていいから。

 ──命だって、いらないから、

 

『わたしが、いなくなったら……わたしがとっちゃった“こせい”、みんなに、かえしてください……』

 

 身体を、前に、傾ける。ゾッとするほどの恐怖は、幼いわたしにも根付いていた生存本能。それを、“わがまま言うな”と黙らせて。かちかちと鳴る歯を噛み締めて。ぎゅっと目を瞑って。

 

 そうして、身体を窓の外へと投げ出した。

 

 身体を包む浮遊感。落ちていく感覚に、きつくきつく目を瞑った。“わたしはこうしなければならない”と頭ではわかっていたのに、身体は恐怖を訴え続けていた。相反する思いを受けて、心はただ痛かった。

 怖い。うるさい。痛い。

 死にたくない。死ななきゃいけない。苦しい。

 嫌だ。これでいい。迷い。

 誰か、誰か、──誰か、

 

 ぐちゃぐちゃに渦を巻く思いが、空に向かって手を伸ばした。目を開ける。ぼろりと涙が宙に落ちていく。それ以外に見えるものと言えば、真っ暗な空ぐらい。

 

 ──ただそれだけだと、思って、いたのに、

 

 

『……ッ愛依(あい)!!』

 

 

 真っ暗な空に、光が灯った。

 それは藤黄色の髪をして、赤い羽根を背中に負う、小さなヒーローの姿をしていた。

 

『ぁ……』

 

 空中で受け止められて、抱き抱えられて、驚きに息が詰まる。身体を包み込む温もりに、ぼろりと大粒の涙が溢れた。

 

『怪我は!? 痛いところは!? 背中!?』

『……かった』

『何!?』

『……よ……かっ、た……』

 

 涙で滲んだ視界にも、その赤い色は鮮明に映ったから。

 

『よかった、あなたの、はね……ちゃんと、ある……』

 

 あなたの羽根を、奪わずにすんだ。

 そのことが何より嬉しくて、ほっとして、わたしは泣きじゃくりながら笑った。そんな下手くそな笑顔に、ホークスはきつく目を細めていた。

 

『……馬鹿』

 

 やりきれない感情を、たった一言吐き出して、ホークスはわたしを抱えて飛び上がった。ビルの屋上に降り立って、座り込んだわたしを片膝をついて覗き込む。

 

『背中の怪我が……まずは医療スタッフに知らせな、きゃ』

 

 そのままビルに駆け戻ろうとしたホークスの裾を、きゅっと掴んで引き留める。ホークスはしばらく躊躇して沈黙したけれど、足を止めて、またわたしの前に膝をついてくれた。

 『どうしたの』と問われて、わたしは顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃで、みっともない。けれど訊かなくてはいけなかった。

 

『……どうして、たすけてくれたの?』

 

 わたしの背中を見て、生えてきた翼を見て、ホークスも気付いていただろう。奇跡的にホークスの【剛翼】を奪わなかっただけで、わたしは“個性”を発動させてしまった。彼の“個性”を、可能性を、未来を、奪うところだったんだ。

 

『わたし、こんな、“こせい”で……めいわくかけて、ばっかりで……いないほうが、いいのに……っ』

 

 だから“消えて”、“個性”を元に戻そうとしたんだと、たどたどしく話すわたしの言葉を、彼は静かに聞いていた。うん、うん、と相槌を打ってくれた。その声がわたしに優しく降ってくる。雪のように、けれど優しく、あったかく。

 

『自分のせいで、誰かを困らせたくなかったんだね』

『う、ん、』

『誰かに、……俺に、笑っていてほしかった?』

『……っうん、……うん……!』

 

『……馬鹿だなあ、』

 

 ぼろぼろと泣くわたしの頬に、手が添えられる。その指先が涙を拭っていった。目の前を見つめる。目の前の、彼を見つめる。

 

『君は、いつもそうやって、“誰かを救けたい”って、必死だ』

 

 鷹のような鋭い目を泣きそうに細めて、彼は笑っていた。

 

『それは君が、愛依が、優しいって証拠だよ』

『っ、そんなことない! わたし、いつも、いつもみんなをおこらせて、かなしませて、ばかりで、』

『それでも諦めずに、君は誰かを思っていたよ。もっと自分のことを考えていいはずなのに、俺なんかの心配までしてくれた』

 

 頬を撫でた手が動き、わたしの頭に乗せられる。そっと、壊れ物に触れるかのような柔い手つきで、撫でてくれた。

 

『誰かのために頑張れるんだ、君は。……どんな時でも』

 

 それは、“よく頑張ったね”って、褒めてもらえてるみたいで。わたしを、認めてもらえている、みたいで。

 

『そんな君だから、俺は救けたかったんだ。死なせたくなかった。……生きていて、ほしいんだよ』

 

 夢を見ているのかと思ったの。

 だってこの人が、欲しかった言葉を、全部くれたから。

 

『一緒に、生きよう』

 

 ずっと、寒くて痛かった。悲しかった。寂しかった。

 

『ひとりじゃなくて、……一緒に』

 

 ──でも全部、救われたの。

 

『──っ、ぅ、ああああああっ……!!』

 

 我慢の糸がぷつんと切れて、堰を切って泣き出したわたしに、ホークスはびっくりしたように目を丸くした後、くしゃりと笑った。そうしてわたしの身体を抱き寄せてくれた。そうっと、優しく、あったかく。

 寒くて痛かった心が、その温もりで溶けていくのがわかった。心の氷は溶けて、涙になって、悲しさや寂しさを流していく。嬉しかった。嬉しかったの。一度無くした幸せを、彼はもう一度わたしの手に握らせてくれたのだ。

 

 

 こんな“個性”を持つわたしでも、生きてていいって言ってくれた。一緒に生きていこうって、傍にいてくれた。

 こんな幸運、きっともう二度と無い。二度と無くっていいぐらい、わたしはもう、全部全部救われた。

 

 ──だから、もう、いい。大丈夫。

 

 

 

 

 

「おやおや、随分と我慢強いんだね」

 

 揶揄する声に、意識を引き戻される。コンクリートの床に投げ出された身体が痛みを叫んで、わたしはぎゅっと奥歯を噛み締めた。悲鳴は上げない。大丈夫、……大丈夫。

 

「痛いだろうに、苦しいだろうに……どうしてそこまで頑張るんだい?」

 

 こんな身体の痛みなんて、何ともない。

 

「身体を削られていくことは……命を失うことは、恐ろしくはないのかい?」

 

 AFO(オールフォーワン)なんか、怖くない。

 だってもっと痛くて苦しくて怖い、“自分なんか生きてちゃ駄目だ”って思ったあの瞬間から、救い出してくれた人が、いるから。 

 

「……それが、わたしの、原点だから」

 

 だから、もう、いい。大丈夫。

 もうわたしは、誰にも救われなくていい。

 

「今度、は……わたしが、頑張るの……」

 

 あの人みたいになりたい。

 あの人の力になりたい。

 あの人を、救けたい。

 

 そう心に刻んできた。これまでも、これからも。

 

「そうかい、……救えないね、君は」

 

 低く嘲笑ったAFO(オールフォーワン)が、再びわたしに手を伸ばす。その手がわたしを如何に傷つけようと、もう折れない。心は、折れない。大丈夫、

 

(ホークス、ホークス、……)

 

 心に呼ぶ名前があるだけで、全部全部、頑張れるよ。

 

(啓悟、くん……)

 

 あの救われた瞬間を、今も鮮明に覚えている。

 わたしの原点は、色褪せず、この胸に。

 

 

61.少女:オリジン

 

 


 

 更新3週間ぶりですね!!!!すみません!!!!思った以上に筆が進まないのに書きたいことは多すぎてこんがらがっていました。お待たせして申し訳ありません。

 今回は、前回の過去編でホークスに命を救われてから心を救われるまでのお話でした。切りどころが見つからなくてぐだぐだな長文になってしまいましたね……もっと書きたいところはあったのですが、それはまた別の機会にします。次回からは現実軸の物語を進めていきたいと思っております。

 

 最後になりましたが、閲覧ならびにお気に入り登録、評価等々、いつもありがとうございます!遅筆過ぎて心が折れかけた時など本当に励みにさせていただいています。また次回も読んでいただければ嬉しいです。ありがとうございました!

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