▽今回の注意点
オリ主が(描写不足でぬるいですが)拷問を受けます。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。次回に簡単なあらすじを用意しておきます。
「主義も価値観も違う、言葉も通じない……そうだね、獣と例えようか。獣を手懐けるためには、何が必要かわかるかい?」
『僕を、治してくれないかな』
『
──
「……獣にとって、よりよく生きていける環境……?」
「ふむ、半分正解というところかな。惜しいね」
まるで
「より正確に言うなら、“生”を強く実感するための痛みだ」
……ああ、なるほど、この会話は前振りなんだ。
だって
「……自分に痛みを与える人に、喜んで尻尾を振るとは思えませんが。いつか牙を剥くのでは?」
「そんな悪さをする牙なら、抜いてしまおうか」
バキ、ボコ、と。肉がねじ曲がる音がする。【肉体変化】か何かの“個性”を使っているんだろうか。スーツの先から見える右手が歪んで、ペンチのように形作られて、鈍い金属の光を弾いた。
「いきなり歯は可哀想だからね。オーソドックスに、爪から始めよう」
「……っ」
……わたしは、もう、逃れられない。
こつ、とコンクリートの床を革靴で鳴らしながら、彼はわたしの前に立った。ペンチがわたしの爪を挟む。本当に軽く、上に向かって力が込められる。たったそれだけで肌が粟立つのが悔しくて、情けなくて、せめてもとわたしは唇を噛み締めた。
そんなわたしの内心を知ってか知らずか、
「僕も心苦しいんだよ? できるなら、君にこんなことはしたくなかった」
「……そうですか」
「“やめて”とは、言わない?」
「……はい」
「残念だよ」
“残念”、だなんて、欠片も思ってないような口振りで。
「──ぎ、ッ……!」
みちち”、ぶち、ぐちり、
胸が悪くなるような音と、叫びだしたくなるような痛み。反射的に暴れるけれど、そんなわたしの抵抗を、
(い、っだ、いだい、いたいいだいいたい、ぃ……!!)
いっそ叫べば楽になるのだろうか。そんな誘惑を、唇を噛み締めて堪えた。まともに目を開けてはいられなかったけれど、すぐそばで嗤う気配がする。
わたしが痛みに屈するのを、悪魔が嗤って待っている。
「! ぅ”、~~~っ、……ッ!」
唇を、歯を噛み締める。
激痛や、吐き気、恐怖に──“助かりたい”という
それら全部を、押し殺す。
「はい、1枚目」
ぐちり、という湿った音とともに床に落ちたそれは、真っ赤に染まった1枚の爪。生理的な涙が、震える頬を伝う。痛みと吐き気に呼吸が整わないわたしに、
「よく悲鳴を我慢できたね。出血は然程無いけれど、痛かったろう?」
「──っ、あ、ぐ……っ」
彼の人差し指が、血に濡れたわたしの人差し指をぐい、と押した。爪を剥ぐに飽きたらず、その傷口を抉るように押し込んでくる。思わず睨み上げるわたしに、彼は首を傾げた。
「これ、“個性”で治さないのかい?」
「……爪を再生したら、どうせ、また……剥ぐのでしょう」
「君が頷いてくれさえすれば、そんなことせずにすむのにね」
わたしの指を痛め付けるのをやめたかと思えば、彼はわたしの頭を撫でた。その、丁寧な、まるで慈しむような手つきに、背筋がゾッとする。
「痛いのは、嫌だろう? ……可哀想に」
麻薬に砂糖をいくつもまぶしたような、そんな声。纏わりつくその手と声を振り払おうと、頭を振った。
「……我慢、でき、ます」
「本当に? この痛みが、ずっと、ずうっと続いたら?」
声が、どろりと鼓膜に染み入ってくる。それはわたしの脳裏に、嫌な想像を掻き立てていった。何時間も、何日も、何十日も、何ヵ月も──ずっとずっとこの部屋で、痛みに耐え続ける。そんな、訪れるかもしれない、未来を。
「僕ならそれを、止めてあげられる。そうしたら君はもう、何の痛みも苦しみも感じなくていいんだ」
くだらないマッチポンプだ。この痛みを与えているのは彼なのに、さも慈悲深い善人のように宣っている。……そう、冷静に、自分を見失わずに考えればすぐにわかる。なのに、
(……あたま、ぐるぐる、する……)
剥がされた爪。突き刺すような激痛。優しい手つきで撫でられる頭。甘ったるい声。……相反する感覚を一気に与えられて眩暈を覚える。身体は痛くて、違和感が気持ち悪くて、
きっと
手を取ってしまえばわたしは後悔する。わかっている。
わかっている、けれど。
……ああ、もし、もしも、 手を 取っ て、しまえ ば、
「ヒーローも、
僕だけが、君を“幸せ”にしてあげられるんだ」
「──、」
けれど彼はひとつのミスを犯した。
わたしにとっての“幸せ”を、思い出させてしまった。
(……わたしの、“しあわせ”、は……)
痛め付けられて、慈しまれて、ぐちゃぐちゃになりそうだったわたしの奥底で、それは変わらず輝いていた。太陽のように、月のように、星のように、標のように──わたしを導いてくれる、原点。
わたしの“幸せ”は、わたし自身じゃない。
それは、翼あるあの人の姿をしている。
(……ああ、わたし、馬鹿だなあ)
こんな程度の痛みに惑わされるなんて、と、自嘲の笑みがこぼれる。
「……おや、」
あの雪降るベランダで出会った時から、
ビルから落ちるわたしを受け止めてくれた時から、
「これは誤算だったな。君を優しく歪めてしまいたかったのに……」
ずっとずっとわかっていたでしょう。
ホークスと比べたら、わたしなんか
「
天秤を掲げよう。どちらが大切か、間違えないように。
ホークスは、重しだ。わたしが揺らがないための重し。
わたしがわたしを、擲つための重し。
爪が剥がれたら、指が削がれたら、何も掴めなくなる。歩くことも、ひとりで立つこともできなくなるだろう。爪だけならまだしも切断指を再接着させることは、わたしの“治癒”では叶わないかもしれない。
もう、きっと、治らない。──それでもいい。大丈夫。
(ヒーローが、……ホークスが、無事なら……)
掠れた意識の中で、ガンガンと鳴り響く痛みの中で、わたしの身体が少しずつ削れていくのがわかった。両手両足の爪、足の腱、指、……悲鳴を殺すべく噛み締めた奥歯が砕けそうだ。口の中には血の味がいっぱいに広がる。
……それでも、いい。いいの。
痛くても苦しくても、治らなくたって、構わない。
「っ、……!」
「うん?」
羽根に手を掛けられて、思わず声が漏れ掛ける。ああ駄目だ。悪魔に動揺を見せてはいけない。いけないのに。
「足と手が使いものにならなくなっても平気だったのに、翼だけは失くすのを嫌がるんだね」
「っ……やめ、」
「それほどに、
くんっ、と翼を鷲掴みにされ、無造作に引っ張られる。背中に走る痛みよりも、ただ胸が痛かった。
思い出が、軋んでいる。心が喪失を恐れている。
『……大丈夫?』
そのたった一言で、全部“大丈夫”になった。
【依存】の“個性”でホークスの“個性”因子を取り込んだわたしは、【剛翼】を身体に宿すために大幅に身体を創り変えることになった。背中から突き破るように飛び出た【翼】、ゴキゴキと軋み、折れて、砕けて、急速に組み上げられる骨格、……発熱と痛みとでベッドで魘されるわたしの元に、彼は来てくれた。
『……大丈夫、じゃないよね。ごめん、俺の、せいで……』
わたしなんかよりずっと苦しそうに目を細めて、眉を寄せながら、わたしの手を握ってくれた。寝乱れる髪をすいてくれた。傍にいて、くれた。
『……あ、やまらな、いで……』
それがどんなに嬉しかったか、きっと誰にもわからない。
『わたし、……“だいじょうぶ”、だから』
『怖がらないで。大丈夫だから』
そうだ。その言葉で、わたしは“大丈夫”になる。
翼を生やしてしばらく経ち、痛みは無くなったものの上手く動かせなかったわたしは、飛行訓練の時も失敗ばかりだった。いくら翼をはためかせても浮かばなくて、地上から浮上するのが無理でも飛び降りながらだったら上手くいくかもと、高台から飛び降りては落ちて転んで怪我をして、を繰り返していた。
『……ああ、もう、また無茶して』
一人きりで訓練していたのに、いつも、わたしの目が潤んだ頃にホークスはやって来てくれた。泣くまいと必死に堪えていたのに、彼が同じようにしゃがみこんで、ぽんぽんと頭を撫でてくれるから、ぼろりと大粒の涙が溢れてしまって。悔しくて情けなくて、それでもホークスは微笑んでくれた。
『痛い?』
『い……っいたく、ない』
『そ? じゃあ、怖い?』
『っこわく、ない!』
『意地っ張りだなあ』
ムキになるわたしは、きっと可愛くなかった。……でも、
『ほら、手』
それでも、諦めずに手を伸ばしてくれた。
『一緒に飛ぼう。そしたら、大丈夫だよ』
暗く、低い地の底にいるわたしを引っ張り上げてくれるような、そんな声と笑顔。わたしは吸い寄せられるように手を重ねた。それと同時にふわりと浮遊感が襲って、わたしは必死にホークスにしがみつく。
『ぅう、わっ』
『こら、怖がって下を見ない。背ぇ伸ばして前を向く!』
『は、はいっ……』
叱咤に俯いていた顔を上げる。習ってきたことを脳裏に並べながら、姿勢を正して前を向く。
『! わ……』
そうすれば、いろんなものが見えてきた。殺風景な訓練室。幼いわたしには大きすぎるトレーニングキット。それが遥か足元にあるのが不思議な気分だった。不思議な、視界。世界。
『ほら、大丈夫だったでしょ?』
そして目の前には、柔らかに目を細める、あなたの笑顔。
『……うんっ……!』
いつか飛び降りた空は、怖いばかりだったけれど。
あなたと飛んだ空になったから、好きになったんだよ。
(……ね、ホークス)
あのね、もう、“大丈夫”なんだよ。
あなたの言葉さえあれば、わたしは“大丈夫”。
「もう抵抗しないのかい? 翼が無くなってしまうよ?」
「……どうぞ、お好きに」
手が使えなくなっても、歩けなくなっても、立つことすらできなくなっても、飛べなくなっても。
あなたとの思い出の証が、引きちぎられても。
……あなたのようなヒーローに、なれなくなっても、
「
そうしてあなたが傷つくよりは、ずっといい。
「──ッ、……」
「おやおや、随分と我慢強いんだね」
みぢ、ぶちり、ぎち、
翼が、羽根が、引きちぎられていく。「やめて」と喉元まで出かかった悲鳴を無理やり飲み込んだ。
「痛いだろうに、苦しいだろうに……どうしてそこまで頑張るんだい?」
“助けて”、なんて、言わない。乞わない。
もうとっくに全部、救われたのだもの。
「……それが、わたしの、原点だから」
ホークスみたいになりたい。ホークスの力になりたい。
ホークスを、救けたい。だから、
……彼に救われるために、生きているのでは、ないから。
「今度、は……わたしが、頑張るの……」
未熟で無力なわたしには、この場で
けれど、
それがこの場における最善策なのだと、信じている。
「そうかい、……救えないね、君は」
そんな会話を交わしてから、どれぐらい経ったのだろう。この部屋は窓も扉も無く、ただつけっぱなしのパソコンが人工的な光を注いでいるだけだから、昼夜の感覚がわからなくなる。痛みと疲労に気絶しては、痛みによって起こされて、の繰り返し。一応死なないようにと食事は用意されていたけれど、何が盛られているかわからないものを口に運ぼうとは思えなかった。打ちっぱなしのコンクリートの床に身体を預けて、ぼんやりと息をする。ただそれだけで痛みを訴える身体の熱が、無機質な床の冷ややかさと混ざり合っていく。
そんな時だった。
《生徒の安全……と仰りましたが、イレイザーヘッドさん、事件の最中に生徒に戦うよう促したそうですね》
意図をお聞かせください、と問い詰めるその声は剣呑としていた。わたしは静かに瞬きをひとつ。ぼんやりとする意識の中で思い出した。悪魔に羽根をむしり取られる時、1枚だけ散るように見せかけて逃したことを。
《私共が状況を判断できなかったため、最悪の事態を避けるべくそう判断しました》
《“最悪の事態”とは? 25名もの被害者と2名の拉致は最悪とは言えませんか?》
その小さな小さな雨覆が、ビリビリと震えている。パソコンから流れる音声を──よく知る
《……私があの場で想定した“最悪”とは、生徒が為す術なく殺害されることでした》
相澤、先生。相澤先生の声がする。問答の様子から察するに、記者会見の一幕だろうか。彼の声に続いたのは、根津校長先生の静かな声だった。
《被害の大半を出したガス攻撃。敵の“個性”から催眠ガスの類いだと判明しております。拳藤さん、鉄哲くんの迅速な対応のおかげで全員命に別状はなく……また、生徒らのメンタルケアを行っておりますが、深刻な心的外傷は今のところ見受けられません》
《不幸中の幸いだとでも?》
《未来を侵されることが“最悪”だと考えております》
……よかった。あの
《拐われた爆豪くんや
質問ではなく詰問の語調で、その記者さんは言い募る。
《爆豪くんは体育祭における優勝者。ヘドロ事件では強力な
もしそこに目を付けた上での拉致だとしたら?
言葉巧みに彼を勾引かし、悪の道に染まってしまったら?
《未来があると言い切れる根拠を、お聞かせください》
ちらりと、静かに視線だけ動かして、パソコンの方を見る。先ほどまでわたしを痛め付けていた
愉しい、のだろう。納得はできないけど理解はできる。
(相澤、先生……)
ただでさえメディア嫌いの先生だ。自分だけでなく
《──行動については、私の不徳の致すところです》
謝罪。だけれどそれだけではない。強く芯の通った声。
《ただ……体育祭での
相澤先生の声音に迷いは無い。
迷い無く、爆豪くんの“強さ”を信じている。
《誰よりも“トップヒーロー”を追い求め……もがいている。
あれを見て“隙”と捉えたのなら、
そう、爆豪くんは、強い。……そりゃ言動は粗暴っていいぐらい乱暴だし、戦闘訓練の時なんかヒーローより
でも、それでも爆豪くんは──
《……根拠になっておりませんが? 感情の問題ではなく具体策があるのかと伺っております。……それに、爆豪くんだけではない。空中さんについてはどうなのですか》
わたしの名前が出てきて、思わずふっと息を飲む。
《体育祭で彼女が見せた“個性”は【治癒】。大変稀少かつ貴重な“個性”です。……
キィ、と、椅子のスプリングが軋む。その音とともに
《もし彼女が、
──嗤っている。
《「どうなるのだろうね、空中くん。君は、君がどう思うかは関係なく、
低く嗤う、その声が二重に聞こえた。この鼓膜を震わせる肉声と、羽根が捉える画面越しの声。……何の“個性”か、電波に干渉して会見会場に声を届けているらしい。
(……わたしとの会話をみんなに聞かせることで、より、ヒーローへの信頼を揺るがそうとしている)
……そうは、させない。わたしに出来ることはなくとも、思い通りになんか、なってやるものか。
革靴を鳴らしながら近付いてくる
「……随分、饒舌、なんですね」
「おや、そうかな」
「まるで、楽しくて仕方ない、みたい」
掠れて擦りきれた声帯を【自己再生】する。……わたしに残された体力はもうほとんど無い。ギリギリだ。何とか維持していた羽根も力尽きて床に落ちる。
「あなた方
それでも、わたしも相澤先生みたいに強い声で、伝えたいことがあった。
「おかしい、ですよね。だってわたしがあなたの元にいるのは、
「君を救えないのは、ヒーローの責任だろう?」
「もし仮に、ヒーローに責任を追求できる誰かがいるとしたら、わたしの件に関しては、わたしだけです」
震える舌を励まして、わたしは語調を強めた。
「……他の誰にも、とやかく言われたく、ありません」
無理やりなことを言っているという自覚はある。犯罪の責任を当人以外が追求するな、なんて、ただの我が儘だろう。この社会で到底受け入れられるものじゃない。
それでもわたしは言いたかった。
伝えたかった、──これで最期かもしれないから。
「ヒーローは、守ってくれてる。もう、十分過ぎるほどに」
どこかで聞いているだろう、あなたに、
「それで足りないというのなら、わたしの努力と献身が、足りないということ」
“どうか自分を責めたりしないで”、って。
「もうこれ以上、ヒーローに、……背負わせないでほしい」
わたしの個人的な“遺言”はここまで、と呼吸を整えた。後は、……少しでも、みんなの役に立たないと。
「……相澤、先生……爆豪くんはここにいません」
爆豪くんが
「わたしがここに来て数日経ちますが、一度も見ていません。他の
どうか、どうか。彼を救けてほしい。
もしもわたしの所在がわからないせいで救出に踏み込めないのなら、そんな
「わたしは、……わたしは、もう、喋りません」
わたしはもう、死んだものと想定してほしい。
その方がきっと、スムーズだから。
「お喋りをやめてしまうのかい? それはちょっとつれないじゃあないか」
「っ、~~~!」
じゅくじゅくに膿んだ右手を、思い切り踏みつけられる。指を切られて、甲を突き刺されて、溢れる血を止めようと雑に燃やされた右手。その傷口を抉られて、漏れ出そうな苦鳴を殺した。
「はは、これで声を上げないなんて、本当に黙り込むつもりなんだね。ふむ、面倒だけれど、これはこれで少し楽しくなってきたな」
そんなわたしを可笑しそうに嗤って、彼は顔を覗き込んでくる。
「君は何をしたら、悲鳴を上げてくれるのかな。
その意志を、心を、どうやったら壊せるんだろう?」
「だって君は、もう、たくさん失ったろう? 痛みに堪えるために床を掻いていた爪も、握り締める指すら。
……ああそうだ、翼だけは、嫌がっていたね。むしりとる僕に、『やめて』って言い掛けていただろう。またあの声を聞きたいけれど、どうしたものかな。もう全部、無くなってしまったし」
ねえ、と、柔らかに問い掛けられる。
「次は何を失えば、君は泣いてくれる?」
……そんな風につらつらと饒舌なのは、わたしを、“可哀想な被害者”にしたいからだ。わたしを救えないヒーローたちを、失望させ、失墜させたいからだ。
そんな悪魔に……一矢報いるまではいかなくとも、その愉悦に歪んだ笑顔に罅を入れてやりたいと、そう、思った。
「……あなたが、
わたしが悲鳴を上げない限り、“拷問に遭った可哀想な被害者”はいない。
きっと、ヒーローを守るために、わたしの足掻きを役立ててくれるはず。
「あなたは、わたしの何も、奪うことはできません」
「……そうかい」
……少し、笑みがこぼれる。わたしの足掻きは、
「じゃあ改めて、今度は、その綺麗な碧眼を削ごうか」
もう、死んだって、“大丈夫”。
ああ、
それ が、わた し の、 め、 に
あ あ”、あ” 、 いだ、痛いいたいいた、 い
ぐちゃ、ぐちゅ、っ て、おと、 が 、あたまの、
あたま、いた、 痛い苦し きもちわ、る い
あう”ぅ、や、ぁ 、 あ”あ”あ、ぁ い、た
──ぁ、あ、
……けいご、くん、……
「……驚いた。驚嘆に値するよ、君のイカれっぷりは」
ぼと、り、と。どろりと溶けた“何か”がわたしの左頬を伝って落ちる。それが何なのか、直視しなくてもわかる。痛みと吐き気を堪えて顔を上げる。
「何の意地を張っているのか知らないけれど、それだけ耐えられるのなら大したものだよ。大の男でもショック死しかねない痛みだというのにね」
「……っ、──っ」
返答はできない。ただ荒い息を吐いて、嗚咽を殺すのに必死だ。そんな有り様だけれど、相対する
「さてはて、困った。単純な痛みじゃあ、君は折れてくれなさそうだ」
そんなことを、軽い口調で宣って、
「それじゃあ、趣向を変えようか」
低く、暗く、嗤った。
それと同時に、パソコンから注がれる光が瞬いた。ここからははっきりとは見えないけれど、誰かの姿がディスプレイに映し出されている。
《──先生、力を貸せ》
「……ふふ、」
静かな部屋に響いた、ひび割れた声。どこかで聞いたような、と思考を巡らせるよりも早く、
「いい判断だよ、それに、」
ぱちん、と指を弾く。それと同時に
「実にいいタイミングだ。死柄木弔」
視界が、暗闇よりも暗い黒で塗り潰される。ぶわりと身体を包む浮遊感、【ワープ】の“個性”、黒霧、死柄木弔、USJ──さまざまなことが脳裏によぎって、そして、
「──ぇ」
一呼吸の後に、世界は塗り変わっていた。投げ出された床は古びたフローリング。煉瓦の壁。薄ぼんやりとした橙色のランプ。鈍い光を弾く瓶が、カウンター裏の棚にずらっと並んでいる、……どこかの寂れたバーという感じの、場所。そこに、
「……羽根!?」
「ば、……くご、く……?」
聞き覚えのある声に、ゆっくりと上体を起こす。そちらを振り返ると、赤い目を見開き、狼狽したような珍しい表情をした爆豪くんがいた。
……よかった、怪我はしてないみたい。無事でよかった。
そう声を掛けようとして、出来なかった。背後から伸ばされた手が、わたしの首元を掴む。
「ああ……なるほどなァ」
ひび割れた声が耳元で嗤う。彼の小指がわたしの肌に触れていないのは、慈悲のつもりか。……そうではないだろうと、唇を結び直す。
だって今の状況は、慈悲には程遠い。
「わああっ!
どこにでもいるような女子高生のようでいて、そうではないのだろう。今のわたしを見て頬を染めてはしゃぐ女の子がいた。そんな彼女を宥めるように肩に手を置く大男に、フルフェイスマスクの男、トカゲの異形型の男もいる。それだけじゃない。わたしを拐ったシルクハットの男に、青い炎の男に、黒霧。それに、
「じゃあ爆豪くんよ。もう一度、
わたしの首を4本指で掴む、死柄木弔。
──
62.少女、“大丈夫”。
3月の間1回も更新してないってマジですか?マジでした。すみません死んでたけど生きてました!!!時間が空いたわりにあんまり展開進んでいないという体たらく……あと1話で神野編終わると思うので許してください……。
そして今回はちょっとアレな展開でしたね。今回のオリ主の独白については「おや……?」と首を傾げて頂けていれば幸いです。作者は拷問を受けたことがないため詳しくはわかりませんが、多分ただ意志が強いだけで耐えられるものではないように思います。その人がイカれてるというか、予め変な方向に歪んでなければ、いくら清く正しくても耐えられないんじゃないかと思うんです。
次回は神野編ラストに向けて頑張っていきたいと思います!また読んでいただければこの上なく嬉しいです。
話は変わりますがヒロアカ本編、ヴィジランテ、チームアップミッションとヒロアカ関連の最新刊が出ましたね!みんなとっても面白かったです。特にチームアップミッションの尾白くんと葉隠ちゃんの話はめちゃんこ素敵で楽しかったので全人類読んでください(ダイマ)。