【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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雄英高校入試編
01.少女、日常を送る。


 

 救助、避難、撃退とは、ヒーローに求められる基本三項である。災害から人々を避難させ、救助すること。ヴィランから人々を避難させ、ヴィランを撃退すること。ヒーローの活動とは基本的にそうしたものが主だと言われている。

 けれど多種多様な“個性”の存在、それに伴う社会情勢の複雑化を前に、ヒーローもそれだけではいられなくなった。“やろうと思えば誰だって何だってやれる”超人社会であるからこそ、表沙汰にできない、水面下での悪巧みが絶えない。そうした悪事を暴くために、ヒーローにも潜伏、諜報といったスキルが求められるようになった。

 

 【特別なヒーローになるためのプログラム】とは、基本三項に加え、諜報活動にも特化したヒーローを育てるために公安委員会が組んだものだ。

 かつてホークスが受けたそれを、わたしも受けている途中で、日々訓練を続けているのだけれど……。

 

「……っ」

「疲労に気を取られるな。集中しなさい」

「、はい」

 

 注意を促され、深く息を吸い込んだ。弾む呼吸を無理やり整えて、飛ばした羽根の動きに意識を集中させる。

 わたしの保持する“個性”【翼】は、その羽根の1枚1枚を射出したり形状変化したりできる。また、羽根は身体から離れてもある程度は感知でき、その振動から遠く離れた音を聞き取ることも可能だ。──“個性”を上手く使うことさえできれば。

 

「……ぅ、く……!」

 

 隣室にいる密やかな話し声を聞き取ろうと羽根の感度を上げれば、他の音まで拾ってしまう。一階上のフロアーを歩く人の足音、エアコンの室外機の音──そして何より、この部屋で妨害用にと鳴らされているラジオの音が鼓膜を破りそうな大音量で、頭が、がんがん揺れる。

 

「──そこまで」

 

 ピ、とラジオの電源を切りながら、今日の訓練の担当官がそう告げた。その瞬間、張り詰めていた気が緩んでどっと汗が吹き出た。は、は、と、整わない息が、恥ずかしい。

 

「隣室での会話内容は? 要点のみ報告を」

「っ……指定ヴィラン団体である“い組”と“ろ組”による麻薬取引の段取り。“い組”からはハヤマという人物が、“ろ組”からはニイミという人物が現場に来るとのこと、で……取引現場は横浜市の◯◯地区の港にて行う」

「取引の日時は」

「……聞き取れません、でした」

 

 単なる世間話や腹の探り合いもあって、計1時間ほどの会話を盗聴していたのだけれど、最後の最後に話していた取引決行の日時は聞き取れなかった。集中力や体力の低下による感知能力の低下、……まだまだ未熟だ、と歯噛みする。

 

「課題は、自分でわかっているね」

「はい、……今回のミスは、わたしの集中力や体力が足りないために羽根の感知能力が最後まで働かず、起こったものです」

「その集中力や体力の低下は、次回はどう防ぐ?」

「……え、と……トレーニングによって、体力を強化する、とか……」

 

 思い浮かぶ打開策がそれしかなく、自信のなさから声が萎んでいく。なんとなく担当官の顔が見られなくて、俯いた時だった。

 

「そもそも羽根の使い方が下手くそだよ。そこから見直さなきゃね」

 

 背中に掛けられた声にバッと振り返ると、そこには扉を開けて部屋に入ってくるホークスの姿があった。どうしてここに、とか、いつから訓練見てたの、とか。いろんな疑問は一旦置いておいて、彼に向き直る。

 

「ホークス、下手くそっていうのは……」

「盗聴するために羽根に意識を集中させたでしょ?」

「? ……はい、して、ましたけど」

「隣室に忍ばせた羽根のみに限定しては、なかったよね」

「……!」

 

 ホークスの指摘通り、わたしは羽根全てに意識を集中させていた。だからあんなにも広範囲の音を拾ってしまっていた。大音量の無数の音に囲まれて、必要な情報を聞こうとすればするほど雑音のボリュームを上げてしまっていたのだ。理屈はわかった。

 ……でも、理屈がわかっても実践できるかどうかは、また別の話だ。わたしが露骨に眉を下げたのがわかったのか、ホークスが肩を竦める。

 

「羽根を限定しての精密動作は、まだ慣れない?」

「……はい」

「じゃあ次はその訓練だね。……できる?」

「っ、やります!」

「いい返事」

 

 口の端を吊り上げて、面白そうに目を細めて、ホークスが笑う。……きっとホークスがわたしの年の頃には、もうこんなことで躓かないくらい“個性”を使いこなしていたんだろうな、なんて、ぼんやり思う。いくらこの【翼】が生まれ持ったものではない(・・・・・・・・・・・・)とはいえ、こんなに手こずるなんて、……情けない。

 

「今日の訓練はここまでとする。ホークスの指摘通りに明日の訓練は進めるよう、次の担当官に伝えておく。課題は確かに多いが、……着実に以前より聞き取れるようになっている。今後も励むように」

「……はい。ありがとう、ございました」

 

 あまりに酷い顔をしていたのかもしれない。担当官のフォローを申し訳なく思いながら一礼する。彼が部屋を出ていって、パタン、とドアが閉じる音がしてから、……はあ、と大きな息を吐き出した。

 

「随分お疲れのようで」

「うう……返す言葉もない……」

 

 訓練時に座っていたパイプ椅子にもう一度腰掛ける。前に向かって上体を倒して項垂れると、ぎし、と軋む音がした。

 

「……ラジオうるさかった……まだ耳の奥でガンガン鳴ってる気がする……」

「あー、わかるわかる。【剛翼】で音を聞き取るの、俺も最初苦労したし」

「ええ……ホークスも?」

「うわ、あからさまに信じてなさそうな顔」

「だって……、」

 

 だって、担当官の人たちは言葉に出してわたしとホークスを比較するようなことはしないけれど、この訓練をしたらこう成長する、といったような見込みが明らかに高い水準に設定されているのだ。それは同じプログラムを受けてきたホークスが、わたしより速く、優秀な成績を修めてきたということに他ならない。

 わたしよりずっと飲み込みも早くて優秀で、そんなホークスにも苦労する時期があったのだと聞かされても、現実味がないというか……。

 

「……そんな子には、こうだ」

「っわ!?」

 

 ひた、と項に押し当てられた冷たい感覚に声が裏返る。慌てて顔を上げると、ペットボトル片手にホークスが笑っていた。いたずらに成功した子どものような、気の抜けた笑顔で。

 

「も……っもう、ホークス! びっくりした……っ」

「相変わらず驚かせ甲斐があるなァ」

「にやにやにこにこしないで!」

「ハイハイ」

 

 こっちが怒ってもどこ吹く風とばかりに、ホークスは笑う。余裕だ。微笑ましいものを見るかのような視線に、わたしばかり心が動く。わたしばっかり、怒るし、恥ずかしいし、嬉しい。

 

「……お水、もらうね。ありがと」

「どーいたしまして」

「ホークスの分は?」

「俺はさっき飲んだからいいよ」

 

 ペットボトルに口をつけて、ひんやりした水を飲みながら、隣のホークスを窺う。その横顔は涼しげで、確かに、疲労をおして無理をしているようには見えない。

 

「こっちにはいつ着いたの?」

「3時くらいかな。それから事務所に連絡とか色々して、おまえが訓練中って聞いたから見学に来た」

「そう、……今日ここに泊まる?」

「そのつもり」

「……そっか」

 

 九州で事務所を構え、本拠地を中心に文字通り全国を飛び回って活躍しているホークスは、それはもう多忙を極めている。そんな中でここに来て、わたしに会って、話をしてくれる。それがなにかのついでだったとしても、嬉しい気持ちが止められない。

 今日はここに泊まるってことだし、もう少し話せるかな、とか、夕御飯は一緒に食べられるかな、とか、口許がにやけそうになるけれど、いやホークスは忙しいんだからゆっくり休んでもらわないと、という気持ちがせめぎあいになって、わたしは素知らぬ顔をして頷いた。

 

「……愛依(あい)、」

 

 わがままを言ってはだめ。

 ……ちゃんとわかっているのに、そんな優しい声で、名前を呼ばないでほしい。

 

「な、に?」

「お腹すいたでしょ。着替えたら一緒に飯食お」

「っ、い、いいの?」

「なァに遠慮しちゃってんの。そんな遠慮しいには……そーだ、訓練頑張ってたし、デザートは好きなの買ってきてやろっかな」

「え、あ、ほー、くす、」

「うん?」

 

 なに?、と向けられる眼差しまで優しいから、本当にこの人は、ずるい。

 

「……啓悟くん、ありが、とう」

「ふは、どーいたしまして」

 

 ……本当にこの人は、わたしを甘やかすのが上手だ。

 ずっとずっと昔から、そうだった。

 

「んじゃ、上に上がりますか。俺も着替えてきたいし」

「う、ん。わかった」

 

 頷いて立ち上がる。部屋を出た後はカードキーで施錠して、上へと繋がるエレベーターを、これもカードキーで起動した。一つ一つ面倒ではあるけれど、ここの存在は機密事項に当たるから仕方ない。

 ここはヒーロー公安委員会が所属するビル。公安の人だけじゃなく、ヒーローや警察の人もたくさん出入りするけれど、この地下の施設を知っているのは一部に限られる。地下1階から5階までのフロアーはさまざまな訓練を想定してつくられており、吹き抜けの高さのある部屋や、市街地みたいに入り組んだ部屋などがたくさんあって、わたしやホークスはそこでさまざまな訓練を受けてきた。公安の言う、【特別なヒーロー】になるために。

 【特別なヒーロー】とは、基本三項に加えて諜報活動に特化したヒーローを指す。そのためなのかは知らないけれど、ホークスやわたしは本名を捨てた。役所にある戸籍を確認しても、“鷹見啓悟”という人間も、“癒月(ゆづき)愛依(あい)”という人間もいないだろう。そうして存在しないはずのわたしたちは、公安によって秘密裏に育てられた。

 

「んじゃ、着替えたらまたここで集合で」

「うん。またあとで」

 

 ビルの奥まった廊下の、そのまた奥。普段はあまり誰も通りかからない廊下の隅の、“仮眠室”とプレートの提げられた部屋。それがわたしとホークス、それぞれの部屋だった。斜向かいの部屋に入って行ったホークスに手を振って、わたしもわたしの部屋に戻る。

 だいたい10畳ほどの1LDK。ユニットバス付き。もう目を閉じていたってだいたいどこに何があるかわかる。なにせ、3歳の頃から使ってきた部屋だ。もう11年ほどになる。それだけ長い間、わたしはここで、公安の庇護の下に暮らしてきた。

 この自室と訓練所とを往復するような毎日だけど、外には滅多に出られない日々だけど、それでもそこまで苦じゃなかったのはホークスが傍にいてくれたからだろう。彼がヒーローになってからはあまり会えなくなったけれど、それでもこうして、多忙な日々の隙間を見つけて会いに来てくれる。

 

「……早く行こう」

 

 脱ぎ捨てた服を洗濯機に押し込んで、軽く顔を洗って汗を吹いて、……汗臭いのは嫌だから制汗剤を使って。そうしてクローゼットから取り出したワンピースに袖を通した。翼を出して、姿見で確認する。前髪を手櫛で整えて、小走りでドアを開けた。

 

「お、来た来た。急ぐことなかったのに……そんなに楽しみだった?」

「い、急いでないよ」

「ほんとに?」

「ほんとに!」

 

 けらけらと面白そうに笑うホークスは、わたしの意地っ張りも全部全部見透かしているんだろうな。ずるいけど、面白くないけど、それでもいい。そんなことよりずっとずっと、一緒にいられることが嬉しい。

 わたしは笑って、今日は何食べる?とホークスに尋ねる。いつも美味しい食堂のごはんが、今日はよりいっそう美味しいだろうな、なんて思いながら。

 

 

01.少女、日常を送る。

 

 


 

 本編では【特別なヒーロー】=諜報活動に特化したヒーローであるという描写はありませんし、公安委員会のビルの地下に訓練施設はありませんし、戸籍がどうのビルから出ないで暮らしていただのは全て独自設定です。

 これからもこんな風に息をするように独自設定が盛り込まれていきます。ご注意ください。

 

 

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