【翼】──ホークスに【依存】することによって背中に生やしたこの羽根は、彼の【剛翼】とは違って色が無く、弱く、柔い。だから同じ名前を名乗ることはできなかったけれど、それでもわたしは彼のようになりたくて、彼の後を追うようにこの羽根を鍛え続けてきた。
羽根が、周囲の振動を拾ってビリビリと震える。その振動幅と振動数が、声となってわたしの脳を震わせる。つきりと痛む頭を片手で押さえて、わたしは目を閉じた。深く呼吸をして、全神経をそこに落とし込む。
『神野区は半壊、死傷者多数──未だ行方不明者も……』
『ヒーロービルボードチャートJP!』
『不動のNo.1がまさかの!! 日本のみならずヒーローの本場アメリカでも騒然!』
『──オールマイト、本当の姿!!』
病院から程近い、電気屋さん。その店頭に置かれた大きなテレビから流れるワイドショーで、声高に叫ばれていた、
『体力の限界!! 事実上のヒーロー活動引退を表明!!』
……
コメンテーターは平静を装いながらも、熱を帯びた声で続ける。オールマイトは既に限界を迎えた身体を引き摺りながらも、あの巨悪に立ち向かい、打ち倒したのだと。痩せ衰えた身体でなお、最後の力を振り絞って、正義の拳を振るったのだと。
悲劇的で勇壮な英雄の姿は、たくさんの人の心を惹き付けたのだろう。惹き付けるのだろう。どのテレビ番組でも同じようなことが語られていた。
……ああ、羽根が、震えている。それに連動するわけではないけれど、窓についたわたしの左手も、震えた。
(彼はボロボロの身体で、あの
あの夜に一度根本からむしりとられて、失って、……【治癒】によって新たに生え換わった羽根は、前よりずっと鋭敏になっているようだった。たくさんの音を、声を、わたしに届かせる。
『オールマイトやっぱすげェよ!! あの人こそ本物のヒーローだ!!』
『でももうヒーローやれないんでしょ? これから大丈夫なのかなあ』
『結局
『オールマイトの他のヒーローは何してたんだよ』
『オールマイトがいなかったら、今頃……』
『おかあさん……オールマイト、いなくなっちゃうの?』
『No.1ヒーローがいなくなって、これからどうなるんでしょう』
『彼がいなくなったら、これから、どうしたら……』
テレビ越しの声が、通りを行き交う人々の声が、不安と悲しみで揺れている。そうさせて、しまったのは──
『そもそもの話、雄英生が拐われてなけりゃ、こんなことにはなってなかったんだ!』
(……ああ、)
耳の奥で、胸の奥で、
何かがわんわんと、木霊している。
「──
ぐいっと肩を掴まれて、わたしは目を瞬かせた。その衝撃で羽根の振動に集中していた感覚が戻ってきた。わたしの足は病室の窓辺に立っていて、手は窓から離れて宙を掴んで、目は、わたしの肩を掴む彼を見ている。
「……相澤、先生……?」
いつもは伸ばしっぱなしのぼさぼさ頭なのに、今は櫛で梳かされてハーフアップにまとめられている。無精髭も幾らか綺麗に整えられていて、極めつけは首もとまでボタンを留めたワイシャツにネクタイ。ヒーロースーツとは違う、かっちりしたフォーマルな装いを見るのは初めてだった。けれど疑問符がついてしまったのはそれだけが理由ではない。相澤先生の表情に疑問を覚えたからだ。どうしてそんなに、焦ったような目をして……
「あ、」
さっきまでのわたしって、眉をしかめて目を閉じて、窓に向かって項垂れていて、右手は頭を押さえていて──うん、なんというかその、思い詰めたような背中をしていたのかもしれない。
そう思い至って、わたしは眉を下げて微笑んだ。相澤先生の誤解を解くべく、努めて柔らかに声を紡ぐ。
「すみません、ちょっとだけ外の空気吸いたいなって、ぼうっとしてただけなんです」
「……それだけか」
「はい。ですからだいじょ、……」
大丈夫。平気。だから気にしないで。
そう伝えたかっただけなのに、気付いた時には、わたしは相澤先生のつむじを見下ろしていた。
「──すまん、空中」
一瞬、言葉と呼吸を忘れる。歪にひゅっと喉が鳴る。目の前にある事実をやっとのことで飲み込んで、わたしは慌てて声を上げた。
「あ、いざわ先生!? なにを、」
「今回の件で、おまえに甚大な負担を強いた」
いつも気怠げな声が、硬い。まるで氷のようだ。あまりに暗く、冷えきっていて、わたしまで凍りついたように言葉を失ってしまう。
「USJの後、“守られるべき立場”と説いておいてこのザマだ。神野のことといい、会見のことといい、おまえに要らん気を遣わせた。……何も守って、やれなかった」
「いっ、いいんです! ちが……わ、わたしは、」
USJ襲撃後、車で送ってくれた相澤先生の表情と声を思い出した。あの夜よりずっと、ずっと、後悔が色濃く刻まれている。
わたしなんかよりずっと、……苦しそうで。
「……頭を下げてほしいわけじゃ、なくて……」
わたしが
「はァい、そこまで」
痛いほどの沈黙を、朗らかな声が破った。驚いて俯いていた顔を上げる。そうしてわたしは目を見開いた。目の前にはべちんっ、と──おでこを扇子で叩かれた、相澤先生。
「……何するんです、ミッドナイトさん」
「もうそこまででいいでしょ、ホラ顔上げてホラ」
ほんのり赤くなったおでこを、うりうりと閉じた扇子でぐりぐりする。そうして彼女は軽やかな手捌きで扇子を広げた。そっと、静かに耳打ちした囁きを、羽根が拾う。
「俯いてばかりだと、肝心の相手の顔が見えないでしょうが」
相澤先生の沈んでいた目が、僅かながらも開かれる。そこに光が差したのを見届けて、ミッドナイト先生は満足げに頷いた。彼女は黒髪を靡かせてわたしを見た。深い青色の目がゆっくりと瞬く。
「ミッドナイト先生……」
「ごめんなさいね、空中さん。かえってあなたに気疲れさせちゃったわね」
「! い、え、謝らないでください。わたしは本当に、大丈夫なので……」
「……優しい子」
ミッドナイト先生が目を細めて微笑んだと同時に、ふわりと、優しい香りが漂った。ぐるぐる考え込んでいた心が、緩やかに凪いでいく。彼女の“個性”は【眠り香】。身体から放つ香りによって他人の行動や生理状態を支配すると聞いたことがある。眠らせるだけじゃ、なくて……、
(……なんだか、ほっとする……)
何に例えるのが一番近いのだろうか。爽やかな花にも、甘やかなミルクにも似た、……優しい香り。
「身体の具合は、どうかしら?」
「だ、大丈夫です。ゆっくり眠れましたし、もう万全です」
……普段は“18禁ヒーロー”だなんて言っているのに。授業中でも鞭とか振り回して、まるで女王様みたいな振る舞いをしているのに。
「そう。……よかったわ、本当に」
わたしを見つめる眼差しが、こんなにも優しい。
(…………ああ、)
駄目。駄目だ、……緩んでは、駄目。
この優しさに甘えてはいけない。駄目、……だめ。
わたしは数秒、目を閉じた。その間に呼吸を整えて、目の奥の熱を散らす。そうして口角を吊り上げれば──ほら、もう、笑える。
「……お気遣いくださって、ありがとうございます、先生」
わたしは十分過ぎるくらい守られてる。だからもう、しゃんとしないと。背筋を伸ばして、羽根のざわめきに耳を澄ませて、……確信を胸に口を開く。
「……どなたか、いらっしゃってますよね? 部屋の外に、お二人」
わたしの声が聞こえていたのだろうか、戸惑うような微かな布ずれの音がする。部屋に入る機を窺っていたということは、医療従事者ではない。恐らくヒーローか警察の方……事情聴取のため、だろう。
「お待たせしてすみません。入ってください」
「空中、」
「先生。今は皆さん、お忙しいはずです」
嗜めるような口調の相澤先生に、にこりと微笑む。そうして再度入室を促すと、少しの間を開けて静かな革靴の音がした。病室のドアを開けたのは2人。白シャツにネクタイを締めたスーツ姿の男性と、黄色を基調としたヒーロースーツの小柄なおじいさん。
「……すまないね、空中さん」
「少しだけ時間を貰えるかね?」
申し訳なさそうに頭を下げて、彼らは名乗った。ネクタイの男性は塚内警部で、ヒーロースーツのおじいさんはグラントリノというらしい。そこでわたしは、はた、と瞬きをひとつ。
「グラントリノさんって、緑谷くんの、職場体験先の?」
「おう、そうだ。あの坊主がなんか言ってたか?」
「はい、あなたとの組手で、“個性”の制御ができるようになったって」
嬉しそうに話してくれた、あの時の緑谷くんの顔を思い出す。それで頬が緩みそうになったのを、ああいけないと眉目を引き締めて、向き直った。
「……
「……すまない、頼めるかい?」
「はい」
わたしはベッドに腰掛ける。塚内さんやグラントリノさん、先生たちがパイプ椅子に腰を下ろして、それぞれの視線を向けてくるのを認めて話し始めた。
「わたしは、林間合宿で拐われた時に気絶して……目を覚ました時には四方をコンクリートで囲まれた部屋の中にいました」
扉も窓も、パソコン以外の光源も無かったから、そこがどこにあるのかはわからなかったけれど、と、あの時のことを脳裏に浮かばせる。
「そこに、
ざあ、と夏の風がカーテンを揺らす。みんみんとさざめく蝉の歌も相俟って外はとても賑やかだというのに、この部屋だけ酷く、静かだ。
こくり。唾を飲み込む音が聞こえていませんようにと、心中で祈り、続ける。
「……わたしは、その要求を拒みました。
それで……、」
口ごもるつもりはなかった。何でもないようにすらすら答える筈だったのに、呼吸が一瞬、ひきつる。
たった瞬きほどの僅かな沈黙に、けれどミッドナイト先生は立ち上がった。わたしの傍に歩み寄り、そっと背中に手を添える。ふわりと漂う甘やかな香りは、わたしを落ち着かせようとする彼女の
(……ああ、失敗しちゃった、な)
そんなつもりじゃないのに、うまくいかない。
もどかしさと情けなさをへらりと笑って誤魔化した。そうして「ありがとうございます」とお礼を告げて、わたしは気を取り直して続ける。
「要求を飲むようにと、
先生たちの頬が強張った。けれどそれは動揺ではなく、想定していた事実を受け止める仕草に似ていた。……あの夜、あのバーに突入してくれたヒーローたちはわたしの負傷した姿を見ているから、報告がいっていたんだろうな。
塚内警部は硬い表情で、重たげに口を開く。
「……やはり、あれはトゥワイスの【二倍】による複製ではなかった、ということだね」
「はい」
「何故、メディアにはあのように言ったんだい?」
「……今回の件で、ヒーローや雄英を責めてほしくありませんでした」
わたしがみんなを責められるわけない。だってわたしのせいだっていうのは純然たる事実だ。本当なら、公安で訓練を受けていたわたしが
謝るべきは、頭を下げるべきは、わたしなのに。
(言えない、な)
わたしの身柄が公安にあることを言ってはならない。それは昔からの約束事でもあるけれど、わたしの保身でもあった。公安会長からの指示をいいことに、わたしは自分の汚い部分を押し隠す。
わたしの本当の“個性”。大好きな人に【依存】して、彼らの
(……汚い、なあ)
やっぱりわたしの“だいすき”は汚い。
それに比べて、先生たちはなんて優しいんだろう。こんなわたしを慮り、守ろうとしてくれている。もし“わたしのせい”って溢したら、“そんなことはない”、“気にしないで”って、そんな慰めが返ってくるのだろう。
だから、駄目だ。言えない。……しまっておく。
「……それに、わたしが失った指や目を治した時は、とにかく無我夢中で……他の人も同じように治せるかどうか、まだわからないんです。ちゃんと治せるっていう確証もないまま、“怪我したけど治せました”って体で人前に出ると……混乱させてしまうと思って」
怖くて公表できなかったのだと、“多少利己的な理由をちらつかせる方が信用される”。いつかの交渉術の訓練で学んだことだ。どくどく跳ねる心臓が痛い。そんな痛みなんか、罪悪感なんか無いって顔で──
「この【治癒】を公表するのは、“救けて”って伸ばされる手を、ちゃんと取れるようになってからにしたいんです」
そうしたら、ほら。相澤先生は静かに目を伏せた。さまざまな考えを巡らせながら、静かに、頷くように。
「……そうだな」
「ごめんなさい、相澤先生、わたしの勝手で……」
「気にするな。その方が、合理的だ」
「ええ。だから落ち込まないで、顔を上げて」
「ミッドナイト先生……」
……先生たちは、やっぱり優しい。いっそ甘いくらいに。
信じてくれたことへの安堵と、騙した自分に対する嫌悪感。優しい相澤先生たちへの罪悪感が、どろりと胸で渦を巻いた。その泥に呼吸を一瞬奪われて、それを誤魔化すように小さく息を溢した。
「……少し聞きたいんだが、いいか?」
そんな時だった。今まで沈黙を貫いていたグラントリノさんが、真っ直ぐにわたしを見る。
「
「──、」
鋭い眼差しに、肩が揺れそうになるのを必死で抑えた。
駄目。……動揺を、悟られるな。隠せ。押し殺せ。
「そう、だったんですね……、あの人の考えは、わたしにはよくわからないですけど……」
さも“何もわからない”って顔で、真実混じりの嘘を吐け。
「恐らく、は……わたしを
グラントリノさんが嘘を吐く必要はない。彼の言う“個性”が
(……多分、どちらも奴にとっては芳しくない成果だったんだ)
トゥワイスの【二倍】による複製は“個性”をもコピーできるのに、わたしの複製には【翼】も【自己再生】も【治癒】も発現しなかった。【二倍】も、“個性”の強制発動も、“個性”の奪取も──恐らくわたしの本来の“個性”である【依存】に関与したのだろう。
【自己再生】ならまだしも、【依存】なんて
そうやって、わたしは納得できる。理解した。
……でもこのことを、グラントリノさんには言えない。説明するにはわたしの本当の“個性”のことを話さなくちゃいけない。どうする、どうしたら、と考えを巡らせて──結局わたしは、狡い手を使わざるを得ない。
「あと、わたしはその時、欠損を治せるほどの力は持っていませんでした。……もしかしたら
「空中、」
声を小さくして、喉を固くして、俯きがちに話す。すると相澤先生が口を挟んだ。顔を上げたわたしを真っ直ぐに見ている。切れ長の黒い目に、焦燥と労りを乗せて。
「やめろ、もういい……もう十分でしょう?」
「あァ、悪かったな。……辛いことを話させた」
「……いえ、大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさい。わたしにわかることは話した通りで、あまり役立つ情報は……」
「いいや。充分すぎるほどだよ。協力感謝する」
“情に訴えて、話を有耶無耶にする”。……可哀想な弱い子どもの取った姑息な手は、大人に通用したらしい。
幾つもの思いを込めて謝罪するわたしに、けれど塚内警部は追及せず、ぽんと優しく肩を叩いた。
「どうか、あまり気に病まないように」
「はい。……ありがとう、ございます」
穏やかに微笑んだ塚内警部とグラントリノさんは、そのまま病室を後にした。ぱたん、と静かに閉じられたドアの音とともに、小さく息を溢す。
「先生方も、ありがとうございました。すみません、お忙しい時に……」
「塚内さんも言ってたが、おまえが気にする必要は無い。……別件もあるしな」
「別件、ですか?」
部屋に残った先生たちは、椅子に座り直してわたしに向き直った。相澤先生は手にした鞄から、ある一枚のプリントを取り出し、わたしに手渡す。
「……雄英高校の全寮化?」
そこに書かれていた文書にざっと目を通す。今年度の度重なる
(……多分、それだけじゃ、ないんだろうな)
薄暗い推測は、今は飲み込む。
プリントから顔を上げると、相澤先生が話を再開させた。
「寮制に移行するにあたって、全家庭に許可を伺ってるんだ」
「そうなんですね、……あの、その、親戚の叔父さんたちに連絡を取ってもいいですか?」
「おまえが昏睡している時、俺の方からも連絡を入れた。その結果、“
“親戚の叔父さんたち”というのは、勿論実在しない。戸籍は公安の方で細工してくださっているそうだけれど、わたしが学校に届け出た緊急連絡先は公安のとある職員さんに繋がるようになっている。元より円満な親族関係を演出する必要はないし、何かあっても必要最低限に対応するとは聞いていたのだけれど、
「……面談もできないほど忙しいのか?」
「……わたしのことにお時間を取らせたら、申し訳ないので」
気遣わしげでありつつ、どこか不服そうな相澤先生は、わたしの“叔父さんたち”への不満もあるのだろう。ああ、と苦笑が浮かぶ。林間合宿での嘘も相俟って、わたしの親族関係は相当こじれていると思われてるんだろうなあ。本当は、そんな仲すら無いのだけれど。
とりあえず重苦しくなった空気を変えようと、口角を持ち上げる。
「今はみんな、寮に引っ越したんですか?」
「ああ。元気だよ。仮免取得に向けて動いて、──」
「!」
しまった、という顔を相澤先生がする。……ああそうか、わたしには黙っておきたかったんだろう。一応は病み上がりの身体なのだから、無理をさせたくないのかもしれない。
彼は渋面をつくる。途端に険しくなった表情は、優しさのため。それがわかっているから、わたしは自然と頬がほころんだ。
「……相澤先生、わたし、何度か検査を受けましたけど、全て“健康”と診断されました。もう問題なく動けます」
優しい人だ。冷たいようで、素っ気ないようでいて、そのくせ甘いくらいに優しい人。きっとわたしたち生徒のために、見えないところでたくさん心を砕いてくれているんだろう。
「わたしたちが仮免を取るのは、自衛のため、ですよね」
そんな優しい人たちを、もう心配させないためにも。
「わたしも、ちゃんと、前に進みたいです」
それから暫くして先生方が帰って行った後、わたしはピアスを使って公安会長に連絡を取った。会長も雄英の全寮制化について事前に知っていたらしく、すぐさま許可が下りた。
「寮に入るとなると、公安での訓練が出来なくなってしまいますが……」
『そのデメリットはあるけれど、仕方ないわ。ここで入寮を渋ると疑われかねない』
「……内通者、ですか」
わたしの言葉を、会長は事も無げに肯定した。わたしの薄暗い推測は、彼女も想定していたらしい。
誰も行き先を知らされずにいた林間合宿の場所を、どうやって
そんな風に思考を巡らせるわたしの鼓膜を、会長の淡々とした声が揺らす。
『とりあえず、あなたは入寮するように。ああ、それと、』
「、なんでしょう」
『そちらに来客があるわ。病室で待ちなさい』
「え……、は、はい」
そんな言葉とともに通信を終えて、首を傾げる。わざわざ会長が言う“来客”とは誰なのだろう。うんうん頭を捻っても思い当たる節がない。
そうして1時間ほど経って、窓の外が橙に染まってきた頃。ふいにノックの音がして、扉を開けて現れたその人に、わたしは驚きの声を上げた。
「……
「久しぶりだな」
その声。黒髪。眼鏡を掛けた涼しげな顔。間違いない、この夏に行ったI・アイランドでお世話になった最上
「報道を見た。……大変だったようだな」
「……いえ、わたしは、そんな。……それよりI・アイランドはどうですか? ニュースを見るかぎり、そちらもお忙しかったのでは……」
I・アイランドで起きた事件後、暫くしてからデヴィット・シールド博士と助手のサムさんが警察に出頭したというニュースが報道された。世界随一の技術者が集まると誉れ高いI・アイランドの科学者であり、あのオールマイトの親友でもあったデヴィット博士が
その内容に思うところがあるのか、最上博士ははっと鼻で笑った。面白くなさげに目が細められる。
「だったらおまえも見ただろ? 『袂を分かったかつての親友に、オールマイトが正義の心で立ち向かった』のなんだの、ドラマチックに演出されていたのを」
「……はい」
「I・アイランドの不祥事を大事にはしたくなかったんだろ。だから大きな英雄の光を影に、有耶無耶にした。
……まァそのお蔭で、I・アイランドに対するバッシングもほぼ無かったからな。研究活動はすぐに再開できたさ」
最上博士は、続ける。静かに目を伏せて。
「だがしかし、あのクソ真面目野郎はそれをよしとしない。きっちり罪を償ってくるんだと」
「博士……」
「だから!!!」
静かに──目を伏せていたはずが、突然くわっと目を剥いた。
「だから、あいつが戻ってくる頃には階級も下がってるだろう! そこを僕が助手としてこき使ってやるのさ!! あいつを! 見下ろしながらな!!」
「相変わらずふり幅が大きい人だなあ……」
これまでシリアスだった雰囲気が瞬く間に霧消したのがわかる。けたけましく響く高笑いに隠れて、わたしも微笑んだ。
こんな悪の親玉みたいな笑い声だけれど、その実、彼はデヴィット博士が戻ってくると信じているし、その未来を待ち望んでいる。今回の事件では対立してしまったけれど、きっと彼の実力や研究成果を誰よりも認めているのは最上博士だ。きっとずっと、待ってくれる。
暫くテンションが振り切れていた最上博士だったけれど、途中で看護士さんから「病室ではお静かに!」と叱られていた。それで我に返ったのか、咳払いをひとつ。冷静さを取り戻して話を再開させる。
「いいニュースもある。メリッサはうちの研究室に入った。今も元気にサポートアイテムを開発しまくってる」
「! そうなんですか、よかった……」
「ああ。で、そろそろ本題に入るぞ。そら──おまえの御所望の品だ」
彼は重そうなアタッシュケースを開いて見せた。そこに収納されていた品に、わたしは瞬きをひとつ。
「ヘッド、フォン?」
「ああ。これがおまえの頭痛を軽減するサポートアイテムだ」
わたしと常闇くんがホークスに連れられて最上博士に会った際、自分たちの弱みを補えるサポートアイテムを依頼した。それが目の前のヘッドフォンなのだと、最上博士は説明を続ける。
「こいつはおまえの羽根の振動を感知、増幅して聞こえやすくする。また、逆に脳の負担になるような音量は自動的に調節し、“聞こえすぎ”を緩和する。おまけに頭痛を軽減するツボ押し付きだ」
黒を基調に、青の差し色が入ったデザインはシンプルなものだ。……あの人のものとは違うけれど、もしかして、
「これって、ホークスのものと……」
「ほぼ同じだな。ノウハウは奴のもので得ていたから、それの改良版となる」
やっぱり、と小さな呟きがこぼれた。ホークスも最上博士にお世話になってるって言っていたもの、と過去の会話を思い出しながら目を伏せる。
思い出す。思い出す、──神野でのあの夜を。
「……やっぱりホークスも、たくさん、聞こえてるんですね」
きっとわたしだけじゃない。わたしよりも強く、鋭敏な【剛翼】を持つホークスのことだから、たくさんの声を聞いてきたんだろう。
期待、羨望、声援。それだけじゃない。
悲鳴に、怒声。痛みに呻く声、救けを乞う声、泣きじゃくる声、──命の責任を問う声、が。
「だからこそ、だ。選べ」
ふと、暗闇に光が射した。
そう錯覚させるような声色が、病室に響く。
「……最上博士……?」
「聞くべき声と、聞こえなくていい声を、選別するんだ。耳障りなノイズに頭を悩ませる必要はない」
いつもの気だるげな半眼ではない。彼は真っ直ぐ、真っ直ぐな眼差しを、わたしに向ける。
「──おまえが、おまえたちが、選んでいいんだ」
そうして告げられた言葉に、目を見開く。そんなことを言われるなんて、思っていなくて、……なんと返せばいいかわからないわたしに、今度は溜め息混じりの声が続く。
「空中、おまえはクソ真面目過ぎる」
「く、クソ真面目って、」
「自己犠牲はヒーローの常とはいえ、行き過ぎると潰れるだけだ。何でもかんでも抱え込んで解決したって、結局……」
「違うんです!」
話を遮るなんて失礼な真似をしてしまった。その自覚はあるけれど、それでも口を出さずにはいられなかった。
だってわたしは、何ひとつ、成せていない。
「……違うんです。わたし、もっともっと、頑張らなきゃいけなかった。まだ全然、何もかも、足りてないんです」
わたしの【翼】がもっと速く強かったなら、
わたしの【自己再生】と【譲渡】がもっと強力だったなら、あの神野で苦しんでた人をもっと救えたはずだ。
もっと、もっと、──あの日からずっと、後悔の声が頭の奥で鳴り響いている。
「……重症だな」
暫くの沈黙の後、最上博士はそう呟くように言った。どこかもどかしそうに髪をかき混ぜて、深い溜め息を吐く。
「あの人ほどとは言わんが、もっと自由になれんものかね」
「あの人?」
「……“ただの善意の一市民”だと宣って、好き勝手に悪人殴ったりスナイパーライフルぶっぱなしたりする人だ」
「そ、そんなヒーローもいるんですね……」
「……まァ
「、えっ?」
“ヒーローじゃないのに、武力で悪人を退治する”?
虚を突かれたわたしは混乱していて、それが何を指すのかわからずただ目を瞬かせた。
「昔、僕がとある街に住んでた時に世話になったことがある。……いや訂正だ! 誰が世話になるか! 僕が世話をしてやっていたんだ!!」
「も、最上博士、落ち着いて……!」
最上博士が唐突に怒り出したこともあって、余計に何がなんだかわからない。あの人が誰なのか。どうして博士はこんなに怒っているのか。本当に彼の言う破天荒な人物が実在したのか。実在したのならば、──彼らの過去に何があったのか。
「あの人には本当に、……本ッッッッ当に手を焼かされたが……でもあの人は選んでた。自分に後悔の無いように」
何もかもわからない中で、けれどひとつだけ、わかったことがある。
「選べよ、空中。おまえにとっての、
最上博士は、わたしにそれを伝えたかった。
わたしに“選ぶ”ようにと、そう訴えかけたのだ。
その真意を理解し、わたしが“選ぶ”のはもう少し後のことなのだけれど──でも彼の言葉は、じんわりとわたしの中に広がっていった。窓から射し込む夕日のように、どこか寂しく、悲しく、それでもあたたかな想いが、心の奥底を微かに染めて。
「……はい、博士」
きっと下手くそだったけれど、ちゃんと、笑えたんだ。
67.少女、聞こえる。
更新遅くなりました!!書きたいものがあるのに思ったように書けなくてのたうち回ってました。次回は徐々に原作に沿っていくのでまだ書きやすくなると……信じたい……。
今回のお話では①聞こえるオリ主、②相澤先生とミッドナイト先生のお見舞い、③事情聴取、④最上博士とヘッドフォンと色んなことを盛り込んでみました。どれも書きたかったところではあるんですが特にミッドナイト先生の大人な女性の包容力を書きたかったので嬉しいです。ヴィジランテでミッドナイト先生の魅力がいっぱい描かれていて、読んでいてすごく好きになったんですよね。もっといっぱいオリ主と絡ませたい。
そして最後はヴィジランテの某キャラのフラグを立てました。後々の展開を今改めて固めているのですが、その中でクロスオーバーとして登場するかもしれません。その時は悪しからずご了承いただければ幸いです。
最後になりましたがいつも閲覧、お気に入り、感想、評価等々ありがとうございます!!こんなぐだぐだssですが皆様のお蔭でなんとか更新できています。本当に本当にありがとうございます!