ホークスに仮免試験場まで送ってもらったのは、マスコミを含めた人目を避けるため。そのためか、わたしが着いたのは受付終了間際のぎりぎりだった。会場前にも受付にも更衣室にも人影は無く、慌ててヒーロースーツに着替え終わったわたしは小走りで試験会場に駆け込んだ。
スタジアム中央には大きなグラウンドがあるはずなのだけれど、通されたそこは四方を壁で囲んだ白い部屋だった。窓は無く、前方に大きなモニターと演壇がある。こんなところで試験が出来るのか、何をするのか、と不思議に思って周囲を見渡すと、幾つもの視線とぶつかった。そこそこに広いこの部屋を埋め尽くさんばかりの、数多の、何人もの受験生たち。
(思ってたより多い。……それに、)
視線が痛い。そっと視線を持ち上げて辺りを窺えば、たくさんの人たちがさまざまな目をしてこちらを見ているのがわかった。驚きに目を見張る人もいれば、気遣わしげに眉を下げる人も、興味深そうにしげしげと眺めてくる人もいる。それ以外の感情を以てわたしを見やる人も、きっといるのだろう。向けられる視線の雨は色とりどりで、一緒くたに混ぜられたそれが、重苦しい灰色の雲になって心の中に垂れ込めた。
……こうなることは、わかっていたはずだ。元々雄英生は体育祭の関係で衆目を浴びやすい。名前や外見はもちろん、戦闘スタイルや“個性”すら割れているのだから、こうした試験では格好の的だと聞いたことがある。それにわたしは神野の一件でマスコミに報道されたのだから、人目を集めるのも仕方ないこと。
だから、大丈夫。気持ちをちゃんと、落ち着けて。
そう胸中で繰り返して深く息を吸い込んだ──その時。
「あっ!! アンタ雄英の……
「!?」
突然大声で名前を呼ばれて、驚きとその声量に肩をすくませる。恐る恐る振り返ると、小走りでこちらに駆け寄って来る1人の受験生がいた。
パイプとチューブといった機構と、ファーの着いたレザー生地のヒーローコスチュームは、スチームパンクの世界観を模しているようだった。のしのしと近付いて目の前で立ち止まった彼は、見上げるほどに背が高い。
「……はい。確かにわたしは空中ですけど、あなたは?」
「ああしまった! どうも大変失礼致しましたァ!!!」
「ひぇ……!?」
名前を尋ねただけで咎めてはいないのに、彼はグオン!ガシッ!と風圧さえ感じる機敏さで気を付けをした後、思いっきり床に頭を打ち付けた。ガァン!!と轟く音はおよそ人の頭が出していい音ではない。案の定、顔を上げたその人は額からどくどくと血を流している……!
「ちょっ、ちょっとあなた、」
「俺は士傑高校1年!! 夜嵐イナサっス!!!」
「名前!? ええとはい、どうも、いやそれより血が、」
「血スか!? 平気っス!! 好きっス血!!」
「好きとかそういうのは関係なく頭部からの出血は駄目です!!」
外出血はまだしも内出血や脳の損傷に繋がっていたらどうするつもりなんだ、とこちらも思わず大声が出てしまう。軽く飛び上がって視線を同じにして、彼の頭部に触れた。そうして【自己再生】のエネルギーを【譲渡】する。治癒の感じからして内側は損傷していないようで、ほうっと胸を撫で下ろしながら手を離した。床に降り立って、夜嵐と名乗った彼を見上げる。
「その、夜嵐くん。とりあえず治癒は問題なく終わりましたけど、あまり頭部に強い衝撃を与えることは避けて、」
「すっげー! もう治ってる!!」
「わっ、わかってますか? 聞いてますかわたしの話!?」
「聞いてるっス! ありがとうございまっス!!」
「……う、えっと、……はい……」
会って1分で治癒することになるなんて驚きの連続だけれど、多分、悪い人ではないんだろうな。ただこちらがたじたじになるほどに元気で、熱血で、素直な人なんだ。それがわかったからくどくど説教する気にもなれず、溜め息と一緒に言葉を飲み込む。
「空中サン、他の雄英の人らと一緒にいなくていいんスか!?」
「その、わたしは諸事情で遅れてしまって。今来たばかりなんです」
「そうなんスね!! 一緒に探しましょうか!?」
「あ……、いえ、大丈夫です。これだけたくさんの人がすし詰めになってるんです。あまり動き回っては他の受験生さんたちに迷惑かもしれませんし」
「なるほど!!」
すごく元気に受け答えをする人だなあと思いながら、フムフム頷く夜嵐くんを眺める。彼は勢い良く首肯した後、一転、ぐぐぐと首を傾げた。
「けど空中サン、やっぱ雄英の皆さんと合流した方がいいんじゃないスかね!?」
「え?」
「ホラ、“雄英潰し”っていうじゃないスか! 色々情報がバレてる雄英が、こういう試験でマークされて脱落することが多いって!!」
「……えっと、それここで言っちゃ駄目なやつなんじゃないでしょうか……」
“雄英潰し”の単語を耳にして、周囲の何人かが気まずそうに視線を逸らしたのがわかった。恐らく雄英生でありながら1人でいるわたしに狙いをつけた人たちだったのだろう。暗黙の了解で行われるはずだったそれを、こうも堂々と本人に言ってのけるとは。思わず苦笑が溢れてしまったけれど、
「だって俺、あんたに落ちてほしくないっスから!」
「……? ありがとうございます、でもどうして?」
「
──頬が強張るのを、内頬を噛んで誤魔化した。わたしが返答を選んでいる間にも、夜嵐くんは次々に捲し立てる。
「相手は
「……そんな、褒められるようなことじゃ、」
「謙遜しなくてもいいじゃないスか!! あんたがしたのは
「──すごくなんか、ないです」
胸の奥からせりあがる激情を、無理やり押さえ付けたような、そんな酷い声色だった。はっと我に返った時にはもう遅く、言葉は放たれた後。口許を手で覆って重い首を持ち上げると、ぽかんと目と口を大きく開けた夜嵐くんがいて、わたしは謝罪とともに話し出す。
「……ごめんなさい、いきなり。
ただ、その……“すごい”っていうのは、本当に違うんです。わたしはあの時、何も出来なかったから」
じわじわと後悔が押し寄せて、語尾を掠れさせる。こんなのただの八つ当たりだ。夜嵐くんは善意で言ってくれただけなのに。その気持ちを汲んで、「ありがとうございます」って柔らかく応えるべきだったのに。こちらの余裕の無さを、何も知らない相手にぶつけてしまった。
もう一度謝罪を重ねようとして、顔を上げる。──そうしてわたしは目を見開いた。大柄な夜嵐くんの頭が、わたしの目線の下にある。そしてそれを押さえ付けている、もふもふとした……毛?
「……えっ?」
「うちのが大変失礼した。空中くん」
「え、……いえ、そんなことない、です」
先程わたしが“毛”と称したのは、長毛に覆われた腕だった。全身を覆う毛はきっと彼の“個性”なのだろう。頭に乗っている士傑の校章が入った制帽は、夜嵐くんのものと同じだった。困惑しきったわたしを案じてか、目の前の彼は穏やかな声で話し始める。
「イナサは良くも悪くも真っ直ぐな男でな。悪気があったわけではないが、デリケートな問題に口を挟みすぎた。許してくれ」
「本ッッッ当に、失礼致しました!!」
「大丈夫です。こちらこそすみませんでし、夜嵐くん! また頭を強打したらそれこそ怒りますからね!」
「ウッス!!」
グアッ!と床スレスレを掠めた頭が勢いよく元の場所に戻るのを確認して、溜め息とも安堵ともつかない息を溢す。そんなわたしの前に手が差し出された。特徴的な指抜きグローブを辿っていくと、鋭い切れ長の目とかち合う。
「私は肉倉精児という」
「あ……初めまして、わたしは空中といいます」
「委細承知している。君の、神野における言動も」
軽く握手して、離れた手。その指先に僅かに痺れが走った。彼の鋭い眼差しに、静かに静かに、唾を飲み込む。
「緊急時であったことも理解している。尊き人命が懸かっていたことも。……しかし肝に銘じるべきである。──我等は未だ、ヒーローに非ずと」
「……、はい」
彼の注ぐ視線に、忠告の色がはっきりと刻まれている。それから目を逸らすことだけはしたくなくて、わたしは殊更深く、頷いた。
神野事件の日。あの夜の中。わたしは無免許であるにも関わらず治癒して回っていた。『緊急時であったから』『人命を救ける為だから』──だから“仕方ない”と見て見ぬふりをする方が楽だというのに、肉倉さんはそうしない。……きっと、いい加減にはできない人なのだろう。良くも悪くも、時に苛烈になろうとも、それで批判を受けることがあっても、自分の信じる正しさに真っ直ぐなのだろう。
……その苛烈さが心地いい。自然と背筋が、伸びる。
「わかっています。わたしは規則を破りました。そのことは、揺るぎのない事実です」
「……努々、忘れぬように願う」
「はい」
重ねて首肯すると、そこでようやく肉倉さんの眼差しが緩んだ。……“緩んだ”とはいっても僅かなもので、未だその表情は険しい。きゅっと、眉間に皺が寄っている。
「皆、君のように謙虚かつ、品位ある者であれば良いのだが」
「……わたしはそのように、褒められるべき人間ではありません」
「否。少なくとも、爆豪とは雲泥の差である」
「……、」
彼の、硬い口調や睨むような眼差しの先に、爆豪くんがいる。それがわかってわたしは言葉に迷い、沈黙とともに思考に沈んだ。
爆豪くん。A組のクラスメイトで、間違いなくヒーロー科の一員ではあるのだけれど、表情や目つき、果ては舌鋒まで鋭く、立ち振舞いも結構荒れ狂っている。体育祭での宣誓や表彰式での様子を見て、色んな人が彼に
粗暴で、ふてぶてしくて。ヒーローより
「爆豪くんは──」
でも、決して、それだけの人じゃない。
「彼は確かに、荒く、攻撃的な言動が目立ちますが、……でもそれだけではなく、ひたむきに上を目指す強さを持った人です。
わたしは神野で、彼にたくさん……励まされました」
わたしが死柄木や
そんな彼の姿にわたしがどんなに勇気をもらったか、直接目にしていない肉倉さんにはわからないのかもしれない。それでも、少しでも伝わってほしくて。わたしは彼から視線を逸らさない。
「……俄には信じがたい。それだけ彼奴の挙止は目に余る」
「そうかもしれません。けれど、わたしが言ったことにも嘘はありません」
見据えるわたしの視線と、目を細める彼の視線が交錯する。真っ直ぐぶつかり、まるで火花が散ったかのような錯覚さえちらつく。そんな沈黙が数秒続いた後、肉倉さんはふいに踵を返した。振り向きざま、わたしを睥睨する。
「やはり納得しかねる。
なればこそ──此度の試験で、見定めるとしよう」
そんな言葉を残して、彼は歩き去って行く。その背に夜嵐くんたちが足早に続いて行くけれど、戸惑うわたしは呼び止めることさえできず、ただ立ち尽くしていた。
「……見定める?」
肉倉さんは。彼は一体、何をしようとして──
「あんまり気にしなくていいですよ」
困惑の只中にいたわたしの肩を、ぽん、とその人は叩いた。士傑高校の制帽を被った、黒いボディスーツの女の人。
「……、ありがとう、ございます」
「フフ」
わたしより少し年上だろうか、大人っぽい唇が印象的な綺麗な人だ。彼女はひっそり微笑んで、少しだけその長身を屈める。緩く波打つ亜麻色の長髪が、さらり、流れ落ちた。
「
耳元で囁く彼女の顔が、逆光でよく見えない。
彼女はそのまま、音もなくわたしとすれ違って──人混みの中に消えていった。
「えー……ではアレ、仮免のやつを、やります」
士傑の人たちとの邂逅から間もなく、部屋の前方から声がした。はっとしてそちらに顔を向けると、壇上に彼の姿。
「あー……僕ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく」
目良さん、と。声なく呟く。生成色の少しボサボサの髪と草臥れたスーツはデフォルトではあるのだけれど、壇上に立つ……というより、もたれ掛かった彼は、いつも以上に疲れが染み着いているように感じる。
「仕事が忙しくてロクに寝れない……! 人手が足りてない……眠たい!」
わたしが公安のビルに住んでいた頃だって、年中『人手と時間と経費が足りない。……全部か!』とヤケクソ気味に嘆いていたけれど、こんな大勢の前で、こんなにもぐったりしている目良さんを見るのは初めてだ。
そんななのに、目の縁に濃い隈をつけた彼は、へらりと笑う。
「とと。──いやまァこの程度へっちゃらなんですけどね」
(……うそつき)
そんなはずない。きっと、いつもよりずっと疲れてる。
そしてそれは間違いなく神野事件のせいだとわかっているから、わたしはぎゅっと、拳を握り締める。たくさんの人に迷惑を掛けてしまっているのだと、わたしはきちんと、自覚しなければ。
「ずばりこの場にいる受験者1541人一斉に、勝ち抜けの演習を行ってもらいます」
わたしが自戒している間にも、話は進んでいく。項垂れがちに、俯きがちに。声だけは淡々と、目良さんは続ける。
「現代はヒーロー飽和社会といわれ、ステイン逮捕以降ヒーローの在り方に疑問を呈する向きも少なくありません」
“ヒーローとは見返りを求めてはならない。”
“自己犠牲の果てに得うる称号でなくてはならない。”
職場体験の時、ヒーロー殺しステインが唱えた英雄論だ。彼の掲げる理想から逸れればヒーローに非ずと、独断的な裁判によって幾つもの未来が絶たれた、あの事件。
「まァ……一個人としては……動機がどうあれ命懸けで人助けをしている人間に“何も求めるな”は……現代社会において無慈悲な話だと思うワケですが……」
目良さんの脳裏にも、あの時の出来事がよぎっているのだろうか。疲れたように笑う目元に、やりきれない感情の色が滲んでいる。
「とにかく、義勇にしろ対価にしろ……多くのヒーローが救助・
君たちは仮免許を取得しいよいよその激流に身を投じる。そのスピードについていけない者はハッキリ言って厳しい」
“速さは力に勝る”。ホークスがそう言ったのはいつだったか、なんて、そんなことを考え込んでいたわたしは次の瞬間、目を見開いた。
「よって試されるはスピード!
条件達成者
「「「!??」」」
会場内が一気にどよめいた。例年の仮免取得者は全体の5割だったはずなのに、それと比べてたった100名とは。あまりに狭くなった門に、思わずといった様子で驚愕と抗議の声も上がっている。わたしも──言葉は無くとも、信じられない気持ちは同じだ。
No.1ヒーロー・オールマイトが引退した今、抑止力が消えて
(──篩に、掛けられている?)
選りすぐりの精鋭をヒーローにする。
……それだけ、
「で。その条件というのが、コレです」
目良さんの落ち着いた声が、わたしを思考から引き戻す。彼は円盤状のターゲットとボールを掲げていた。
「受験者はこのターゲットを3つ、身体の好きな場所──ただし常に晒されている場所に取り着けてください。足裏や脇などはダメです。そしてこのボールを6つ携帯します。ターゲットはこのボールが当たった場所のみ発光する仕組みで、3つ発光した時点で脱落とします。
3つ目のターゲットにボールを当てた人が“倒した”こととします。そして
ボールを当てた回数ではなく、
確実に相手の動きを封じて、確実に倒さなければ。それも迅速に──わたしならばどうする。わたしには何ができる。どれが最善策か、考えなくちゃ。
わたしが、持っている手札は──
「えー……じゃ、
……
不可解な言葉に俯いていた顔を上げると、頭上の天井が動いた。わたしたちのいた部屋が、まるで箱を開くようにバタンバタンと
「各々苦手な地形、好きな地形があると思います」
背の高いビル群。市街地。山に森まで。もっと探せば水辺もあるかもしれない。さまざまな地形が広大なコロシアム内に広がっていた。そして頭上には、どこまでも広がる──青い空。
「……自分を活かして、頑張ってください」
……目良さんは別に、わたしに対して言ったんじゃない。
それでも激励に聞こえてしまうのは、やっぱり自惚れているんだろうな。そんな自分の両頬を叩いて、わたしは顔を上げた。
「……、よし!」
翼を広げて、打ち鳴らす。そうして大きく羽ばたいて、一気に上空に駆け昇った。他の受験生たちを眼下に見下ろして、視線を巡らせて──観客席のある一点が目に留まる。
「! 相澤先生、に……」
あの黒ずくめのヒーロースーツは相澤先生だろう。緑髪の女性ヒーローも隣に座っているようだと、遠目にわかる。
そして、その隣にいる、あの赤い翼は──
「……ホークス……!」
ここまで送ってきてくれただけじゃなく、試験も見てくれるんだと、驚きと喜びで声が上擦る。緩みそうになった涙腺を、けれどきつく引き締めて、わたしは唇を結んだ。
空を行くこの翼は、わたしの【依存】の証。わたしがあの人の剛翼を奪うかもしれなかったという、証。そのことを悔いて謝る幼いわたしの頭を撫でて、ホークスは言った。
『いーんだよ、謝んなくって』
『……っでも、』
『謝るよりも、そうだなァ』
俯くわたしに膝をついて、視線を合わせて。
『俺はおまえにも、空を好きになってほしいな』
そうして笑ってくれたあの日を、ずっと覚えている。
そうして託してくれた力で、翼で、わたしは空を行く。
「……頑張るから。見ていてね、啓悟くん」
この高い壁だって──必ず、超えてみせるから。
決意を込めて、わたしは翼を再び打ち鳴らした。
69.少女、引き締める。
やっっっと更新できました!その割に話は進んでいませんが、どうしても士傑の面々と会話させておきたくてこうなりました。イナサくんはするする会話が弾んでくれたのですが肉倉先輩が大変でしたね……頭のいい人は言葉遣いが難しい。
次回は仮免試験一次試験です!ちょっと考えていることがあるのでオリ主以外の視点で進むかもしれません。
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そしてこの度なんと!修羅イム様からオリ主のイラストを頂きました!重ね重ね本当に嬉しいです、ありがとうございます……!私も更新頑張ります!