林間合宿の
クラスメイトが
「
「八百万!」
鋭く名前を呼ばれて腕を引かれて、そこでようやく、私の頭上に瓦礫が迫っていたことに気付いた。頬を掠めるように落下した瓦礫やガラスが割れる音に、は、と息を漏らす。
「す、みません、轟さん……」
林間合宿で
『せっかく弔が自身で考え、自身で導き始めたんだ。
出来れば邪魔はよして欲しかったな』
いっそ穏やかな口振りだからこそ、背筋に悪寒が走った。一瞬の轟音と衝撃。……その後に訪れた、息をするのも痛いほどの静寂。それが“死”そのものなのかもしれないと、恐怖に支配された頭で考えた。
動けないまま、男の為したことをただ聞いていた。聞いていることしかできなかった。刹那の内に神野区を半壊せしめたこと、数多のプロヒーローたちを戦闘不能に追い込んだこと。そして。
『それにしても空中くん! 君のその姿はどういうことだい? すっかり元通りじゃあないか!』
そして。──空中さんへの、仕打ちも。
『剥いだ爪も、削いだ指も、毟った羽根も、抉った左目も。すべて治っている。君の【治癒】は人間が自然治癒できる範囲しか治せないのかと思っていたけれど……』
嬉々として語るには、あまりにおぞましい所業だった。そのアンバランスさに目眩を覚えながら、悲鳴を上げる鼓動の音を聞きながら、震える口許を引き結ぶ。
空中さんは。彼女は林間合宿で拐われてからの数日間、ずっと、ずっと──
「八百万。……本当に、大丈夫か」
思考から意識が引き戻される。こちらを心配そうに窺う轟さんの顔を見て、拳を握り直した。……何をしているのです、私は。今はそんなことをしている場合ではないでしょう。
「怪我は」
「いえ、……ありませんわ」
私のことなど、今は構わない。爆豪さんが切島さんたちに救われた今、一刻も早く、
パンプスを少し動かせば、地に散らばる硝子片が刺々しく輝いた。どこもかしこも、今にも崩れ落ちてしまいそうな、こんなところで。
(……こんな危険なところで、空中さんは……っ)
傷つきながらも気丈に振る舞っていた彼女は、どこに。
焦燥で顔を歪めた、その時。
「あれ? 焦凍くんと……雄英の創る子だよね」
「「!」」
頭上から降ってきたその声に、ハッとして振り仰ぎ、目を見開く。どこまでも暗い夜空を背景に、赤い翼がはためいた。
「ホークス、……!」
突如現れたNo.3ヒーローに驚いたのも確かだ。けれどそれ以上に、彼に横抱きにされているのは──
「っ、空中さん!!」
探し求めていた彼女の姿に叫び、駆け寄る。地上に降り立ったホークスの腕の中で、空中さんは固く目を閉じていた。いつも以上に白い顔色ではあるが、微かに胸部が上下している。呼吸している……生きている!
「空中、さん……、」
けれど安堵するにはまだ早い。素足のまま投げ出された彼女の足裏は、硝子や瓦礫を踏んだのかずたずたに傷ついている。その痛ましい傷痕と同時に、気付く。──何故裸足にされていたのか。手足と頬にこびりついた夥しい血の跡が何を意味するのか──その予想が胸に迫って、私の声を奪う。
「プロヒーロー・ホークスの名において、“個性”の使用を許可する」
そんな時、そんな言葉が鼓膜を打った。顔を上げる。視線が絡んだその先で、ホークスは眉を下げ、申し訳なさそうに微笑んだ。
「悪いけど、消毒液と包帯、作ってくれる?」
「っもちろんです!」
“個性”で依頼の品を創造し、それを用いて空中さんの足の応急処置を始める。彼女は、消毒の刺激に微かに顔を歪めるものの、目を覚ます気配がない。未だにぐったりと横たわったままだ。
「……空中は、どうしたんですか。どうして、」
「治癒の使いすぎが原因だろうね。目を覚ますにはエネルギーが足りないんだ」
「治癒のしすぎ、って……」
「ここ周辺の被災者を、治癒して回っていたみたいでね」
ホークスはすらすらと、冷静に言を継ぐ。それは拳をきつく握る轟さんを、手の震えが止まらない私を宥めるような、そんな落ち着きに満ちていた。こんな時だからこそ、冷静でいなければならない。流石はトップヒーローだと尊敬の念を覚えると同時に、心を掠める違和感。
淀みなく紡がれる声。揺らぐことなく静かな面差し。
……でも、何故でしょう。どうして、
(──苦しそ、う?)
彼の目が翳りを帯びている。そう、錯覚してしまった。
きっと、そう。この永遠に続くかのような、重苦しい夜の中にいるからかもしれない。そうに違いない。
「さて。俺は空中さんを病院に連れていくから、君たちは自分たちで帰れるかな」
「はい」
思い違いを振り払って、ホークスの言葉に肯定を返す。彼に任せておけば、この騒動の中でも空を行き直ぐさま病院に辿り着けるだろうと、安堵を滲ませて。そんな私たちにホークスは改めて視線を向けた。その目が、面白げに細められる。
「ところで君ら、無断でここに来たんだね?」
「うっ……」
「ハハ、わっかいな。……大人としては、諌めなきゃいけないんだろうなァ」
咎められても、雄英に通告されても仕方ない。私たちが今ここにいることは、れっきとしたルール違反なのだから。始めからわかってはいた。それでも身体が緊張で強張ってしまう。
けれどホークスは、そんな私たちに何も言わなかった。ただ「これオフレコで頼むね、」だなんて、へらりと笑ってから。
「……ありがとね」
その一言だけを残して、そうして彼は空中さんを連れて飛び立っていった。赤い剛翼がビルの合間に消えていったのを見送って、轟さんが私の方に振り返る。
「八百万、俺らも緑谷たちのとこに……、どうした?」
「……いえ、……」
先程振り払ったはずの
(今、……どうしてですの)
“泣きそう”だ、なんて。
そんな筈はないのに、どうしてか私は、この時の彼の言葉を、表情を、忘れられそうになかった。
それから、色んなことが起きた。
神野区の悪夢の終わり。
「何だかテレビの方が騒がしいわね」
「何かあったのでしょうか……?」
部屋が同じ階にある蛙吹さんと挨拶を交わし、ともに1階へとやって来た私の耳に届いたのは、常ならぬざわめきだった。それはどうやらテレビがあるリビングスペースから聞こえてきているようで、私たちは首を傾げながら歩みを進める。
と、その時。走り寄ってきたのは麗日さんだった。彼女は息を切らし、焦燥に目を見開いている。
「あっ、八百万さん! 梅雨ちゃん!!」
「お茶子ちゃん? どうしたの、落ち着いて……」
「落ち着いてなんかいられんよ!!」
ぶんぶんと首を振って、彼女は私を、蛙吹さんを見た。その円らな目の縁に、涙が浮かんでいる。
「……っあ、
麗日さんに連れられて、私たちはテレビに映る空中さんを見た。セントラル病院前に詰め寄る記者を前に、凛と受け答えをしている。画面の左上にある“LIVE”の文字が、これがリアルタイムでの出来事なのだと知らせていた。
彼女は微笑み、時に目を伏せながらも、気丈に言葉を継いでいく。雄英の記者会見に割り込んだ暴行の音声は、彼女本人のものではなく
その言葉を置いて記者の前から姿を消した彼女に、固唾を飲んで見守っていたクラスメイトたちの反応はさまざまだった。
「ん、だよ……心配させんなよって話だよなぁ!?」
「よかっ……た、よかったぁ、うええん愛依ちゃん……!」
「バカ葉隠泣くなよ、……つ、つられちゃうだろぉ」
まず笑顔。空中さんが無事だったことに安堵し、涙を滲ませながら頬をほころばせる方々。
「……、」
そして沈黙。クラスメイトの喜ぶ様を邪魔しないよう、柔らかく微笑みながらも、口元を引き結んでいる。“手放しでは喜べない”という疑念と戦っている、そんな表情。
「……っ」
「つ、梅雨ちゃん!? 待って、どこに、」
蛙吹さんはいつものポーカーフェイスを強張らせながらどこかへ走り去り、そんな彼女を麗日さんが追った。
「……ッ、──」
名状しがたい怒りを浮かべたのは爆豪さんだ。喚き散らすことはなかったけれど、その灼眼がぎらつき、揺れて、──叫ぼうとした何かを飲み込む代わりに、酷く苦しそうな舌打ちが漏れた。
そんなクラスメイトたちの様子を見ていて、気付く。
「あの……耳郎さん?」
「……ん、どったのヤオモモ」
「……少しお時間よろしいでしょうか。こちらへ」
「え、」
ひとり、じっと黙り込んで俯く彼女のことが気に掛かった。顔を上げた耳郎さんの顔色は、常の色白も通り越すほどに色がなかった。それでも、きっと、私を心配させまいとしているのだろう。微笑みを作る彼女を連れて、キッチンの端へ。
「お紅茶を淹れます。どの銘柄がよろしいですか?」
「ほ、ほんとにどしたの、ヤオモモ、いきなり……」
「……確かに性急すぎましたわね、申し訳ありません」
こういった時、スムーズに励ますことができるような、そんな話術の1つでもあればよかったのですけど。自嘲めいた苦笑を押し込めて、私は耳郎さんの手を取った。願いと祈りを込めて、視線を合わせる。
「何か、思い詰めたような表情をしておられたので、少しでもお力になれればと……そう思ったのです」
耳郎さんは、クールでさっぱりとした言動をする人だ。けれどそれが彼女の全てではないと、私はもう知っている。時に照れ屋で、恥ずかしがり屋で、繊細な感受性を持っている人。中性的な可愛さの底に、女性らしい柔らかな優しさを秘めてながらも、それを隠そうとする人だ。
だから、そう。今やっと溢してくれた涙を、ずっと我慢していたのでしょう。
「ヤオモモ、……やおもも、」
「はい、耳郎さん」
「ウチ、うち、は……」
ぽろぽろ、とこぼれ落ちる涙とともに、彼女はフローリングに膝をついた。私も彼女の肩を支えながら、一緒になって膝をつく。こうしてしまえばクラスメイトからは私の姿はキッチンの影になって見えない。そこでようやく、耳郎さんの唇が震えた。
「神野の、記者会見の時、……聞こえた。すごく小さくて……空中も我慢してたから、集中しないと、聞き取れなかったけど……」
ぽろぽろ、と。彼女は言う。まるで今まで押し殺して溜め込んでいた悲鳴が、溢れてしまったみたいに。
「空中が、──酷い目に遭ってる、音が、……聞こえたの」
彼女は言う。
「でも空中は、黙ってる。“自分は何もされてないから大丈夫”って、“雄英やヒーローの責任じゃない”って。……きっとこのまま、黙り込むつもりだよ」
「……そう、ですね」
「そんなの駄目じゃん。なんで、……なんで辛い目に遭った空中が、“苦しい”って溢しちゃ駄目なわけ……!?」
納得できない、と怒りに駆られながらも、耳郎さんは気付いている。低めたその声が証拠だ。……このことを秘めておかなければ、また別の人が悲しむことになると、気付いているのだ。
きつく噛んだ歯の隙間から、でも、と唸るように続ける。
「でも空中が黙ってることで、安心したって、よかったって喜んでる人がいる。それがほ、ほんとに、嬉しそうでさ……!」
彼女は唇を噛み締めた。痛みによって、嗚咽を噛み殺そうとしている。……せめて今はそんなことをしてほしくなくて、私は耳郎さんの握り締めた拳をほどいた。手のひらについた爪の痕に、目を伏せる。
「……私に打ち明けてくださって、ありがとうございます。ひとりで抱え込むのは、お辛かったでしょう。ごめんなさい、気付くのが遅れて……」
「っヤオモモが謝ること、ない。ごめん、ウチがちゃんと、我慢できてれ、ば、」
「……そんなこと、仰有らないでください」
ヒーローは人々を守る存在だ。時に自分の身を盾にしながらも、人々の命と笑顔を守るため困難立ち向かう。その憧れを志して、私たちは
けれど、思う。
友人たちの我慢は、
「お願いです。どうか、……そんなこと、仰有らないで……」
その日の夕方。あの中継を見た蛙吹さんが相澤先生に懇願したことにより、A組の女子と相澤先生で空中さんのお見舞いに行けることになった。神野事件に端を発する騒動はまだ収まってはおらず、雄英にもセントラル病院にも数多の記者が詰め掛ける中──こうしてお見舞いに行くことが、どれほど大変なことか。私たちをカメラの前に出さないために、どれほどの根回しが必要なのか。相澤先生は何も語らないけれど、きっと多くの人々に頭を下げたに違いない。
「こちらです」
特別な場合に用いられるという地下のルートを辿って訪れたセントラル病院。その一室。私たちはベッドに駆け寄り、口々に呼び掛けた。
「愛依ちゃん……!」
「空中!」
白を基調とした部屋の中で、白いベッドに寝かせられた空中さんは、まるでそのまま“白”の中に消えてしまいそうな儚さを感じさせた。血の気の失せた頬も、力なく横たわる翼も、枕に散らばる髪も白い。そんな白の中よく映えていた彼女の瞳の色は、今は固く閉じられていて見えない。彼女の目の青空は、まだ、遠い。
「空中は今朝目を覚ましたが、それからまた眠ったようだ。まだエネルギー不足で熱が高い。しばらく安静にしている必要があるが……命に別状は無いとのことだ」
「そっか! よかった、うん、うん……すぐよくなるよね!」
相澤先生の言葉に、芦戸さんがにぱっと笑う。それは心からの笑顔というよりも、周りを元気付けるべく浮かべた明るさだった。彼女は黒目がちの目に涙を滲ませながらも、微笑み、汗で貼りついた空中さんの前髪を梳いてあげている。
大丈夫だよ、早く元気になってね、待ってるよ、
そうした囁き声が夕日射し込む病室を満たす。そんな中、
「……ほら、梅雨ちゃん」
無言だったのは蛙吹さんだった。彼女は病室の入り口に立ち尽くしたままだったけれど、麗日さんに肩を支えられながらゆっくりベッドに歩み寄る。静かな、いつものポーカーフェイス。彼女の大きな手が、空中さんの手を取った。壊れ物を扱うみたいに、そうっと、柔く、握られる。
「……冷たいわ。氷みたい……」
常に冷静さを湛えた、黒くて丸い、大きな湖のような目。それがゆっくりと決壊した。大きな目が涙を湛えて潤んで、ぽろり、ぽろり、と大粒の涙を溢れさせて。
「……っ、づゆ、ちゃ、~~ぅ、ヴーーっ……」
とうとう堪えきれずに、麗日さんが落涙する。それにつられるように芦戸さんが、葉隠さんが嗚咽を漏らした。俯いて肩を震わせる耳郎さんを抱き締めながら、私も、ぎゅっと目を細める。
霞む視界の中、目を凝らす。皆さんがそれぞれ俯いたり目を覆ったりする中、蛙吹さんだけはその目を閉じることなく開いていた。ぼろぼろ涙を溢しながら、じっと、眠る空中さんを見つめていた。
深い悲しみと後悔を沈ませた、湖のような瞳。その黒い湖面に、私はあの夜を見た。
『私思ったことは何でも言っちゃうの。……でも何て言ったらいいかわからない時もあるの』
入寮初日の夜。寮の外で蛙吹さんはこう切り出した。
『ルールを破るのなら、その行為は
『心を鬼にして、辛い言い方をしたわ。
それでも皆が行ってしまったと今朝聞いて、とてもショックだったの。止めたつもりになってた不甲斐なさや、色んな嫌な気持ちが、溢れて……』
いつも冷静で物怖じしない蛙吹さんの、俯きがちの視線は珍しい。戸惑うように掠れる語彙も、苦しげな息遣いも。そこに彼女の想いが痛いほどに込められている。
『私はヒーローになりたいわ。正しく“個性”を使って、人々を守りたい。そのために、ヒーローがヒーローでいるために、守らなきゃならないルールも守りたい。
わかっている。わかって、いるわ。……でも、』
蛙吹さんが胸元を握り締める。奇しくもそれは、空中さんの癖と同じだった。
『あの記者会見を見て、私は、何度──“このまま飛び出してしまえたら”って、そう思ったかわからない』
そこてようやく、彼女は顔を上げた。
夜の湖が、黒い瞳が、ゆらゆら揺れて、溢れる。
『私だって、──救けに、行きたかった……』
林間合宿の
幾つもの嗚咽を聞いた。幾つもの涙を見た。
あの夜、あの森で、
だから今、私が成すべきことは──
「──空中の声がした」
ついに訪れた仮免取得試験。その試験が始まって間もなく、大規模な【振動】の“個性”によって高台が割れ、崩落に巻き込まれた私たち雄英1年A組は分断された。辛うじて集まれたのは私と耳郎さん、障子さんに蛙吹さんの4人。ボールが飛び交う中身を隠し、これからどうするか話し合おうと顔を見合わせて、開口一番に発言したのが障子さんだった。
空中さんは入院生活を経て順調に元の体調を取り戻していると、けれど仮免試験に間に合うかどうかはわからないと、相澤先生から聞かされていた。その彼女が、
「仮免試験に、間に合ったのですね……!」
「障子ちゃん、それはどこから聞こえたのかしら」
「先程いた部屋の後方からだ。方角は……」
「! いた、あそこ!」
耳郎さんが指差す先で、空高く翻る、白い翼。彼女は工業地帯エリアから舞い上がった竜巻から逃れるように羽ばたき、森の上空に差し掛かったところで──突如伸びてきた枝葉に絡め取られ、鬱蒼とした森に落ちていく。
「愛依ちゃん!」
蛙吹さんが悲鳴のように叫ぶのを聞きながら、私は立ち上がっていた。先程言葉を交わした飯田さんの声が脳裏に甦る。
彼は言った。“俺は委員長として皆を導く”と。
断絶された地を隔てて、彼は私に、託した。
『そちらの皆を、頼むぞ! 八百万くん!!』
耳の奥に。頭の奥に。胸の奥に。使命感が燃え上がる。
──だって私は、A組の副委員長ですもの!
「……参りましょう、皆さん!」
突然の号令に、戸惑う人も拒否する人もいなかった。皆さん一斉に駆け出し、森へ向かう。
「皆、下がれ!」
それを6本腕で受け止めたのは障子さんだった。時に受け止め、時に拳で殴り抜きながら、根の鞭を打ち払う。その隙を縫うように脇から伸びてきた根は、耳郎さんの“ハートビート・ファズ”で薙ぎ倒されていった。
「──!」
耳郎さんを始点とし、扇状に広がっていく音波攻撃。先程障子さん目掛けて襲い掛かってきた木の根も、その音につられるように攻撃の先を変えるのが見えた。
「“個性”【樹木】といったところか」
「枝葉や草花の葉擦れの振動を捉えて攻撃してくるようね」
「ええ。それも、より大きい音……大きな振動に反応するようですわ」
障子さんや蛙吹さんの考察に頷き、知り得た情報を元にオペレーションを組み立てる。考えろ、考えろ、……
『“時間さえあれば、私たちの勝ち”』
思考を巡らせる最中、ふと、そんな声が脳裏を掠めた。
『あの時の八百万さん、とっても頼もしくて格好よかったもの。最善策を考えて、【創造】して、突破口を開く──そのための準備とか時間稼ぎなら、わたしにもできるから』
わたしも頑張るから、お願いね。
そう言って笑ってくれた彼女を思い出した。私を信じて力を貸してくれた彼女を、共に魔獣の森を突破したあの時を。
あの時、胸に込み上げてきた熱を──覚えている。
「……“ええ、お任せください!”」
もう無力に俯かない。しかと前を、
「耳郎さん、引き続き広域に音波攻撃を。私たちへの攻撃と索敵の矛先を散らしてください!」
「了解!」
まずは耳郎さんに指示を飛ばす。幸いにも相手の“個性”に対し耳郎さんの“個性”は相性がいい。振動を捉えるという草葉は厄介だけれど、彼女の音波攻撃はその矛先を鈍らせ、防ぐことができる。
時間を稼ぐことに成功したなら、次は最善策を考える。ここから木の根の妨害を押し退けて、空中さんの元へ辿り着くには。
「草原を歩めば振動を辿って妨害が来ます。ならば、」
「宙に浮いて、
私の言葉を継いだ蛙吹さんは、全て心得たという眼差しで強く頷いた。その目の光に後押しされ、私もまた強く頷き返す。やるべきことは、オペレーションは定まった!
「障子さんはこちらへ。蛙吹さん! 耳郎さんの援護をお願いします」
「了解よ」
蛙吹さんを耳郎さんの援護に回ってもらうのと入れ替わりに、障子さんを後衛に呼び寄せる。彼の【複製腕】の先に目を創ってもらい、前方を窺ってもらう。
「障子さん、空中さんの姿は見えますか?」
「……木の根に捕らわれかけている。すんでのところで逃れているが、木々で空を覆われて飛行を活かせず、かなり不利な状況だ」
「対象までの距離を、目測でいいので教えてください」
「約、300メートル!」
それならば、と【創造】を開始した。頭の中で脂質から必要な物質を生み出し、創り変え、組み立てていく。
私たちは空中さんのような翼を持たない。彼女のように空は飛べない。けれど、だからといって歩みを止めるなんてできっこありませんの。足踏みなんてしていられない。諦めるつもりは毛頭ない!
翼がなければ、
「……っ、できた!!」
太ももから伸びるように射出された長大なゴムの帯と、その端に繋げられた鉄製の巨大な支柱に、障子さんは私の意図を理解してくれたらしい。直ぐ様支柱を抱え、走り、
「フンッ!!」
ここぞというべき場所に、深く深く打ち立てた。そうして設置した2本の支柱の中央──繋がれたゴムの帯の中央部分を背に、障子さんと共にぎりぎりと後退する。そうすれば、
人間をも飛ばせる巨大スリングショットの、完成!
「蛙吹さん、耳郎さん!」
「ケロッ!」
装置の完成を2人に呼び掛けると、蛙吹さんは舌を伸ばして耳郎さんを回収しながら駆け戻った。彼女は私同様障子さんの腕に収まると、ふと、声の調子を変えて。
「百ちゃん、」
前を見据えながら、静かに私の名を呼んだ。
「あの夜。私は、こうして空を行けなかったの」
淡々と冷静な声音に、後悔の色が滲んでいる。けれど、そこで嘆いて終わる蛙吹さんではない。涙を幾つも溢して、それで視界を濁らせることなく、強い眼差しで困難を射る。
「だから今度こそは、……必ず、あの子の手を掴むわ」
彼女は強く、決意を目に閃かせた。ならばと、私は口を開く。
「でしたら私は、それを必ずや届かせます」
そうして始まるカウント。0、と唱えると同時に障子さんが大地を蹴る。瞬間、物凄い勢いとともに私たちは真っ直ぐ前方へと射出された。強烈な風圧で息さえも苦しい。霞む視界の中、私は必死になって目を凝らした。
傍らの蛙吹さんは、目を閉じることなく開いていた。
その目が、真っ直ぐ、──白い翼に向けられて。
「っ、愛依ちゃん!! ──こっち!!」
呼び掛けと共に、伸ばされる手。
振り返った空中さんの目が、大きく見開かれた。
「……つゆ、ちゃん」
青空の目が、“いつかの時”を映したように瞬いて。
そうしてあの夜に別たれた2つの手が、今ようやく──繋がれた。
70.創り手、届かせる。
頭がいい人の台詞は難しいって前回も言ったような気がするんですが、私にとっては永遠の難題ですので何回も言います。
今回のヤオモモ視点は、自分なりにではありますが満足がいくように書けました!オリ主が神野事件でああなった後のA組の様子や心情を書きたくてうずうずしていたのです。
あとアニメ版での仮免一次試験では、ヤオモモチームと印照さんとの戦いが描かれていて、そちらも本当に好きなのですが、今回は違った展開にしてみました。
【森という環境でオリ主に追い付く】【オリ主の窮地を救う】【梅雨ちゃんがオリ主の手を取る】という展開を入れたくてだいぶ捏造しましたが、ご了承いただけると有り難いです。
最後になりましたがいつも閲覧、お気に入り登録、評価、感想等々ありがとうございます!これこそ何回も言っていますが本当に毎回励みになっております!
次回は一次試験とオリ主と爆豪くんの何やかんやを書いていけたらと思います。またよければお読みください。