【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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71.少女、飲み込む。

 

 とうとう始まった、ヒーロー仮免取得試験。開始の合図とともに空高く飛び立ったわたしはA組のみんなの姿を探していた。相澤先生から、A組のみんなもここ多古場で試験を受けると聞いていたし、

 

(……それに、)

 

 心の中で理由を並べて、口許を引き結ぶ。

 現代のオリンピックとも謳われる雄英体育祭。それが広く放映されたからこそ、わたしたち雄英生はプロヒーローたちの目に留まり彼らとの繋がりを得られる。雄英体育祭で、たくさんの人たちにわたしたちの力を見てもらえたからこそ──“個性”も戦闘スタイルも弱点も、広く露見してしまっている。

 だから、こうした学校対抗の体をなす試験では格好の的なのだと、いつだったか公安で聞いたことがあった。夜嵐くんが言っていたような“雄英潰し”は、現に今までにも起こっていたのだ。

 だから、……だからと。

 脳裏に理由を並べながらわたしは飛んで、

 

「、わ……ッ!?」

 

 突如、工場地帯から巻き起こった突風を前に慌てて翼を翻した。逆巻く暴風に巻き上げられていくボールと、それを右手に掲げる彼の姿に目を凝らし、瞬き。

 

「夜嵐くん、……の、“個性”?」

 

 スチームパンク風のヒーローコスチュームとマントを靡かせる、夜嵐くん。彼が右手を振り下ろすと同時に、滞空していたボールが地上に向けて殺到した。無数のボールがまるで意思をもって空を飛んでいるみたいに、他の受験生を蹴散らしていくのを目の当たりにして──は、と息を溢した。

 

「……近寄るのは危険すぎるなあ」

 

 微かな呼吸さえ引き摺られそうな空気のうねりが、安全圏(ここ)まで伝わってくる。広範囲に及ぶ暴風は凄まじい威力であると同時に、大量のボールを的確にポインターに当てる精密な操作性も兼ね揃えている。……基本的に翼を羽ばたかせて風を掴みながら空を飛ぶわたしにとって、彼の風を操る“個性”は天敵に近い。──共闘するならなにがしかの術や選択肢はあるだろうけれど──少なくとも今は近付くことすらできない。

 

「とにかくまず、高台からみんなの位置を探らないと……」

 

 工業地帯からの暴風の余波を避けるように浮上し、高地にある滝へと向かおうと大きく翼をはためかせた、その時──地上から空を穿つように伸びてきた木の枝が、わたしの翼を掴んだ。

 

「!? っあ……!」

 

 即座に翼をバラけさせて枝から逃れ、硬化させた羽根で切り払う。切って、切って、それでも木々は次々伸びてきた。ついには羽根を減らしすぎて動きが鈍くなった隙を突かれ、一際太い枝がわたしの胴に絡み付く。まずい、と思った一瞬のうちに、鬱蒼とした森に引き摺り落とされた。

 地面に叩き付けられる、……ことは無かったものの、地上に落ちる間に腕や足にも枝が絡み付き、拘束されてしまった。逃れなくてはと空を仰ぐも、張り巡らされた枝葉が蓋のようにわたしの頭上を覆ってしまっている。

 

「おーっと……君かァ」

 

 宙ぶらりんで木に吊るされたわたしに、足音が近づく。現れた男性が手を翳すと、後ろ手に切り落とした枝葉の部分に、新たな枝葉が巻き付いた。……樹木や植物を操作する“個性”、といったあたりか。わたしの背後の状況も見通していたのは、樹木の振動でも読み取っているのだろうか。

 

(まずい、このままじゃ……)

 

 受験生の身体に装着されたポインターにボールを当てる、というルール上、相手に動きを封じられるのはいただけない。焦りが汗となってわたしの頬を伝う。細かい枝葉で切ったのか、じんとした痛みが走った。

 こくりと固唾を飲むわたしに対し、樹木を操作する男性は右手で髪をかき混ぜた。少しだけばつが悪そうに、目を伏せる。

 

「悪いね。全く恨みはないんだけど。たまたまここを通り掛かったのが君だっただけだ」

「……いえ、気にしないでください」

 

 試験中とは思えないぐらい、穏やかな声色だった。きっと神野事件のことでわたしを気に掛けてくださっているのだろう。……それは有難いけれど、“申し訳ない”とは思わないでほしくて。わたしは首を横に振る。前を、見据える。

 

「わたしも全力で足掻き、頑張ります。どちらが落ちても、通っても、恨みっこなしということで」

「いいね」

 

 ふ、と片頬をつり上げて彼が笑ったと同時に、周囲の草むらから男性と同じ学校の生徒だろう、数人の受験生が飛び出してきた。強靭な脚力と跳躍力を以て一気に間合いを詰めてくる人もいれば、地中に身を沈めた人もいる。そうして迫り来るボールの雨を避けるべく、羽根を総動員させて木の拘束を切り捨てた。地に落ち、転がりながら、跳んできた蹴りを避ける。

 

(動きを止めちゃ駄目、集中を切らすな、速く、速く!)

 

 公安の訓練でも同じようなことがあったな、なんて、思い出に耽る猶予も余裕も無い。視覚も聴覚も羽根の振動もフルに知覚して、周囲の状況を把握しろ。わたしはわたしの持ち得る全てで戦うんだ。……そう、わたしがあの人(ホークス)から得た【翼】は、

 

(武器であり探知機であり、制空権であり──盾!)

 

 避けきれないボールは、翼で身体をくるんでガードする。そうして第一波は防ぎきれたけれど、息つく間もなく第二波がやってきて。いつもの癖で空に逃れようとした【翼】が、覆い繁る枝葉に絡め止められる。はっと息を飲むも遅かった。

 

「おおっしゃ、一個目ェ!!」

「! ぐ……っ」

 

 鳩尾に着けていたポインターに光が灯る。思わず顔をしかめたのは痛みが理由ではない。ミスした自分への不甲斐なさと、この戦況における旗色の悪さを再認識したからだ。飛行できるという折角のアドバンテージも、閉ざされた森の中では真価を発揮できない。

 兎にも角にも、この包囲網を抜けなければ。反撃どころか何もさせてもらえないまま脱落しかねない。

 ぎり、と歯噛みして気合いを入れ直し、翼を打ち鳴らす。速く、速く、もっと速くと念じながら飛び続けた。迫りくるボールや木の根、枝葉を払い除けて、防ぎ、攻撃の雨を避け続ける──それでも、なお。どんなにどんなに振り払っても、暗い森(彼ら)はわたしを逃さない。頭上から、地上から伸びてきた木の群れが、わたしの進路を塞ぐ。そうして、

 

「捕まえたァ!!」

 

 地中から飛び出してきた手が、わたしの足首に迫る。

 まずい、とか。またやってしまった、とか。焦燥と後悔ばかりが思考を埋め尽くしてしまう。黒く霞む頭で、短く、鋭く、息をした。

 

 ざあっと血の気が引く音以外、途絶えてしまったかのように静かだった。向けられる攻撃の気配も何故か遠く感じる。

 だから、なのか。

 

 ──ブオン、と。

 何か(・・)が素早く風を切る音だけが、やけに大きく羽根を震わせた。

 

 

「っ、愛依(あい)ちゃん!! ──こっち!!」

 

 

 その声が、目の前の黒い靄を晴らす。

 

 こんな時に、暢気なのかもしれない。こんなことをしている場合ではないことは百も承知だ。……それでもわたしの脳裏には、いつかの時の記憶が駆け巡っていた。

 雄英高校入試試験。ビルの群れを薙ぎ倒すほどに巨大なお邪魔虫ロボットを前に、動けなくなった受験生を救けようとした女の子がいた。みんながロボから逃げようとしている流れに逆らうように駆け抜けて、身を呈して彼を危険から遠ざけて。それで自分が取り残されてしまうことを気にもせずに。ただ、ただ。誰かを救けるために。

 

 そんな彼女だからこそ、わたしは救けたかった。

 必死になって翼をはためかせて、手を伸ばした時のことを──今でもはっきりと、覚えているの。

 

 

「……つゆ、ちゃん」

 

 

 考えるより先に、差し伸べられていた手を掴んでいた。

 弾丸のように飛んで(・・・)やってきた梅雨ちゃん──梅雨ちゃんたちに引っ張られて、その場から逃れる。さっきまでわたしがいた場所にボールが殺到したのを横目で捉えた。もう少し遅かったら、危なかっただろう。

 

空中(そらなか)!!」

「障子くん、耳郎さん、八百万さんも……!」

「ご無事ですか!?」

「怪我は!」

「無い、よ。大丈夫……っ、」

 

 救けに、来てくれた。きっと耳郎さんと障子くんの索敵能力なら、たくさんの受験生がいることもわかっていただろうに。こんな包囲網の中に、それでも、来てくれたのだ。

 ぐっと唇を噛み締める。泣くのはやめろ。しっかりお礼を言うのも後だ。今はわたしにできることを、わかったことを伝えなければ!

 

「みんな、樹木を操る“個性”と、何らかの異形型“個性”で跳躍力がすごい人がいる。あと、地中に潜れる“個性”! 他にも数人!」

「わかりましたわ。耳郎さん、下へ!」

「りょーかい!」

 

 八百万さんの短い指示に、けれど耳郎さんは“全て心得た”と言わんばかりの笑顔で頷いた。イヤホンジャックをグローブに繋ぎ、その拳を地面に向ける。グッと突き出した両手から放たれた音波が地表を抉り抜いた。

 

「ぅ、ぐううっ!」

 

 音波攻撃は不可視かつ、振動が伝わる限りどんな防壁も透過する。だから地面という防壁も意味を為さない。地中に潜り込んだ受験生もろとも、耳郎さんが吹き飛ばしていく。

 

「野郎ッ、!?」

 

 それを拒もうと跳んだ青年の蹴りと、迎え撃つ梅雨ちゃんの蹴りがぶつかり合う。鈍い打撃音の後、衝撃をいなすため互いに後方に跳んだ。その間に障子くんは土埃を上げながら着地。バックステップと共に再び森の影に隠れた受験生を探すべく、その複製腕を広げた。

 

「障子ちゃん」

「ああ、蛙吹──10時の方向!」

 

 そちらを視認するより早く、梅雨ちゃんは口を開いた。瞬時に伸びた舌が受験生を拘束する。ぎりっと悔しげに歯噛みする彼の音が聞こえたのだろうか、梅雨ちゃんは小さく「ごめんなさいね」と口にして。

 

「けれど。こちらも譲れないの」

 

 そのまま彼を舌で振り回し、他の受験生を牽制。耳郎さんも障子くんも索敵しながら攻撃してくれているから、先程までの一方的な攻勢は防げている。

 今が好機。今こそ、ボールを確実に当てるために彼らの動きを封じなければと、わたしは身構えながら思考を巡らせる。

 

「空中さん」

 

 どうすればと、打開策を探すわたしの隣に八百万さんが並び立った。ボリュームのあるポニーテールが、ふわりと揺れる。

 

「私が空を開けます(・・・・・・)! その後はあなたの【翼】で!」

 

 後は、空さえ開ければ(・・・・・・・)。わたしはそう口にしてはいなかったけれど、八百万さんの黒曜石の瞳にはお見通しだったらしい。

 その目に閃く輝きは、いつしか見たものと同じ。

 冷静でいて聡明で、かつ自信に溢れた──先を見据える眼差し。

 

「うん……! 八百万さん、お願い!」

「任されましたわ!」

 

 力強く応じた八百万さんの両腕から、ぽこぽこと黒い何か(・・)が現れた。彼女はそれを周辺の木々の根本に放っていく。何をしようとしているのか。警戒のため八百万さんに差し向けられた根っこの群れは、耳郎さんの音波によって薙ぎ倒されていった。

 地面ごと(・・・・)抉れていった攻撃の跡を見やって、八百万さんは微笑む。“計画通り”と言わんばかりの、強い笑み。

 

「行きますわよ、……“FIRE(点火)”!」

 

 そうして八百万さんが高らかに宣言した瞬間──彼女がばらまいた爆弾が一気に破裂した。爆発の衝撃。凄まじい光と音が炸裂して、わたしたちの知覚を揺るがす。

 手で庇いながら必死になって目を凝らすと、それが見えた。揺らぐ大地に、焼かれてのたうち回る根っこや枝葉。そうして傾いでいく樹木の向こうに──抜けるような青い空。

 

 みんなのお蔭でやっと取り戻した、わたしの、アドバンテージ!

 

「……やあッ!」

 

 気合いと共に羽根を飛ばす。爆弾の衝撃でふらついていた受験生たちの服を引っ掛けて、空に宙吊りにする。いつかの時、ホークスがやっていたように──飛行能力の有無を以て、彼らの動きを封じる。

 仲間が捕らえられていくのを見て、“個性”【樹木】の男性が手を翳そうとしたけれど、その前に、その周囲に硬化させた羽根を展開させた。

 

「動かないで、ください」

「……ああ、これは……やられたな」

 

 地上の木々は焼かれたり吹っ飛ばされたりしていて、最早この空まで届かないだろう。対抗手段も、身動きすら封じられて、彼は苦笑しながら両手を上げた。

 けれど、彼は。同じ位置まで浮かび上がったわたしを見て、その苦笑を和らげた。ふっと可笑しげに、優しく笑う。

 

「そんな顔しないでくれよ」

「、え?」

「どっちが落ちても通っても、恨みっこなし。だろ?」

「……はい。ありがとうございます」

 

 これは真剣勝負であって、手を抜く余裕なんて無い。望む未来を得るために必要な戦いであって、そのためにどちらかが試験に落ちることは必須。

 それでも、……きっといつか、優しいこの人はヒーローになれるだろうなと、そんなことを思いながらわたしはボールを押し当てた。他のみんなも拘束した相手にボールを当てていく。そうして、

 

「これで、クリア……!」

 

 1人につき2人分、指定された数のポインタにボールを当てた瞬間、わたしたちのポインタが3つとも光った。恐らく“一次試験通過”の証なのだろう、《通過者は控え室に移動してください》と目良さんの声がポインタから聞こえたし。

 ……一時はどうなることかと思ったけれど、何とかみんなのお陰で窮地を脱することができた。ほっと胸を撫で下ろし、地上に降り立つ。

 

「あの、みんな。本当にありが、……」

 

 改めてお礼を言おうとして、固まった。薄く開いた口が、踏み出そうとした足が、動かない。

 駆け寄ってきた梅雨ちゃんが、わたしをぎゅうっと抱き締めて──その腕はただただ優しかったけれど、だからこそ、わたしは胸が詰まって何もできなかった。

 

「……つ、ゆちゃ……」

 

 だって、気づいてしまった。彼女が震えていることに。

 

「……ごめん、ね。心配、させちゃったみたいで」

「“みたい”じゃ、ないわ」

 

 肩口に雨が降る。ほろほろと、やわく、ぬるく。

 

「……ごめん、なさい……」

 

 不甲斐ない。申し訳ない。……そんな後悔の中で、ひっそりと喜びの感情が首をもたげる。梅雨ちゃんを泣かせているくせに、どうして嬉しく思うのか。ぐちゃぐちゃになった感情をどうすべきかわからなくて、わたしはただ、ぎゅっと彼女の身体を抱き締め返した。

 震えるわたしの背中を、八百万さんが撫でる。耳郎さんがぽんぽんと頭を、障子くんが肩を叩いてくれた。それに“ありがとう”と返さなければならないのに、口を開けば何かがこぼれ落ちてしまいそうで、わたしは唇を噛み締めることしかできなかった。

 

《…………、》

 

 そうして暫く、わたしたちはそのままでいた。

 ポインタからはただ、沈黙が続いていた。

 

 

 

 

 

 

「……空中!」

 

 控え室に移動したわたしたちを出迎えたのは、轟くんだった。一足先に通過していたらしい彼は、腰掛けていた椅子から立ち上がり、足早にこちらに歩み寄ってきた。

 

「轟くん、」

「試験受けてたんだな、もう身体は大丈夫なのか?」

「うん、何ともないよ。……心配掛けてごめんなさい」

「謝る必要ねぇだろ」

 

 彼は窺うような固い眼差しから一転、ふ、と笑う。まるで雪解けのような、淡くて、柔らかな。

 

「元気になって、よかった」

「……ありがとう」

 

 それに微笑み返していると、……ふと、視線を感じた。

 右頬に突き刺さるその視線を辿ると、見覚えのある巨体に辿り着く。

 

「……夜嵐くん?」

 

 あの特徴的なコスチュームに長身、そして頭に被った士傑の制帽を見れば、見間違えることなどあり得ない。それでも疑問符がついてしまったのは、彼の表情が不自然だったからだ。

 ほんのついさっき会ったばかりで、彼の何を知っているのかと問われれば反応に困るのだけれど……それでもあのハイテンションな笑顔が一切消え失せた厳しい無表情に、疑問を覚えずにはいられなかった。そして夜嵐くんはぐっと唇を結び、無言で踵を返した。その反応も不自然で、わたしは胸元を握り締める。

 

「知り合いか?」

「えっと、うん。試験前に少し話したんだ。わたしのことを心配してくれて……士傑高校の人だよ」

「そうなのか」

「……あの、轟くんこそ、夜嵐くんと知り合いなの?」

「いや、俺も試験前にちょっと見かけただけだ。話したことは無ぇ」

 

 轟くんとは、知り合いではない、と。

 彼の言葉に頷きながら、わたしは目を伏せた。

 

「そう、なんだ」

 

 でも、あの表情は──“何も無い”人がするものじゃない。

 

 

 

「皆さんよく御無事で! 心配していましたわ」

「ヤオモモー! ゴブジよゴブジ! つーか早くねみんな!?」

 

 思考に耽っていたわたしを引き戻したのは、そうした明るい話し声だった。控え室の扉が開き、外から入ってきたのは上鳴くん、切島くん、爆豪くんに、緑谷くんと瀬呂くん、そしてお茶子ちゃんだった。

 

「俺たちもついさっきだ。轟が早かった」

「爆豪も絶対もういると思ったけど……なるほど! 上鳴が一緒だったからか」

「はァ!? おまえちょっとそこなおれ!」

 

 軽い足取りと明るい笑顔でやって来た上鳴くんは、耳郎さんのからかいに眉を吊り上げた。

 

「いい? オレすげー頑張ったから! 大活躍したか、ら……」

 

 身振り手振りで活躍を話そうとしたのだろう上鳴くんは、ぴたっとその口を止めた。じいっと注がれる視線を受け止めて、わたしは笑う。ひらひらと手を振って、暫く。パッと彼らの声と表情が輝いた。

 

「空中ァ!!?!! 空中いんじゃん!!」

「愛依ちゃんやーーー!!」

 

「わぷ、」

 

 飛び込んできたお茶子ちゃんを抱き止める。勢いでたたらを踏みそうになったけれど、傍にいた梅雨ちゃんが微笑みながら支えてくれた。バシバシと肩を叩かれ、もみくちゃにされて、少しだけ苦しかったけれど、それすら嬉しく感じてしまう。笑う上鳴くんと切島くん、お茶子ちゃんの目の端に涙が浮かんでいることに、気づいていたから。

 

「こーらそこまで。病み上がりに無茶させんなっての」

「だ、大丈夫だよ。でもありがとう、瀬呂くん」

 

 暫くしてから3人にストップを入れた瀬呂くんも、へへ、と破顔している。そんなこんなでわいわい騒いでいるみんなを眺めながら、乾いた喉を潤そうと置いてあったジュースに口をつけた時だった。

 

 

「──オイ、」

 

 低いその声に、ごくりと、やけに大きく喉が鳴った。

 

「ちょっとツラ貸せや」

 

 ポケットに手を突っ込んだまま、顎をしゃくってわたしを呼ぶ。そんな爆豪くんにわたしは一呼吸置いて頷き、彼の後を追った。

 

 

 

 

 

 控え室とは逆側の扉から出て、暫く。受験生のほとんどは控え室で飲食をして身体を休めているからだろう、静まり返ったこの廊下には人っ子ひとりいなかった。痛い程の沈黙の中、爆豪くんは足を止める。

 

「……爆豪くん、話って何?」

 

 意を決して問い掛けると、彼はゆっくり振り向いた。刺すような鋭い視線が、わたしを射抜く。

 

「てめェ、何のつもりだ」

「……神野のことだよね?」

「それしか無ェだろうが。……なんで、マスコミの前で、何も無かったみたいに振る舞いやがった」

「……、」

 

 思わず息を飲む。だって爆豪くんのその問いは不自然だ。

 

「理由はあなたなら、わかってるんじゃないの?」

 

 爆豪くんならそんなこと、わかっているはずなのに。

 

「わたしが真実をそっくりそのまま発言したら、林間合宿で(ヴィラン)に生徒を拐われた雄英高校や、間に合わなかったヒーローたちへ非難が押し寄せる」

「……一から十まで庇ってやらなきゃ、雄英やヒーローが心折れるとでも思ってんのか」

「そういうわけじゃないけど、必要ない事実や悪感情(ヘイト)は無い方がいいでしょう」

 

「──必要ない、だァ?」

 

 刺すような視線の中に、何か別の感情が滲んだような、そんな気がした。

 

「そうだよ、必要ない」

 

 けれどわたしは気づかない。

 気づかないまま、語調を強め、続ける。

 

「だってヒーローは神様じゃないよ。その力は万全じゃないし、誰をも打ち倒せるわけじゃない。(ヴィラン)の攻撃によって傷つくことも、……人々の心ない言葉に傷つくこともある」

 

 “個性”社会を統制するため、政府は“個性”を正しく使える者をヒーローとし、模範的な英雄として祭り上げてきた。まるでご都合主義の化身(デウス・エクス・マキナ)か何かのように、“ヒーローに任せていれば大丈夫”と信じきってしまった。

 ……そうしなければ氾濫する“個性”とそれによる混乱が収まらなかったのもわかる。他の代替案なんて、今のわたしには挙げられない。

 それでも、と、顔を上げる。

 このままじゃいけないことは、わかるから。

 

「雄英高校は、ヒーローは……いつだってわたしたちを守ってきてくれた。もう、十分過ぎるほどに」

 

 脳裏によぎる、優しい人たち。わたしたちを(ヴィラン)から守るべく必死に戦ってくれたプッシーキャッツ。限界に近い身体を引き摺りながらもみんなを守るために巨悪に立ち向かってくれたオールマイト。入院したわたしを気に掛けてくれた相澤先生にミッドナイト先生。

 そして、……苦しげに微笑んだ、ホークス。

 

「優しい人ほど、笑って傷を、隠してしまうから……」

 

 そんな優しい人たちが、誰かを救うために、身と心を削ってしまうことがないように。

 

「これ以上は傷つけさせない。今度はわたしが、頑張る番だ」

 

 

 ぎり、と歯軋りの音がした。それはぐしゃぐしゃになった感情を噛み潰しているような、そんな音だった。

 

 

「……てめェ1人で傷を覆い隠して、ってか?」

 

「……そうだよ。いけない?」

 

 

 爆豪くんの声色に、揶揄するような、呆れたような色を感じてしまったのは、わたしの余裕の無さが招いたことだったのだろう。だからわたしは、声を尖らせた。

 

「オールマイトだって、痛い時に“痛い”と言った? “もう無理だ”って、“苦しい”って泣いた?」

「……、うるせェな」

「違うって、わかってるでしょう」

 

 わざと、言葉に棘を潜ませた。

 

「悲しいことを、苦しいことを、後悔を──他人に当たり散らすなんてこと、しなかったでしょう」

 

 そうわたしが言い放って、やってしまった、と後悔が頭を埋め尽くすより先に、胸元を掴み上げられた。そのまま背後の壁に叩き付けられ、鈍い痛みが後頭部に走る。

 

「うるせェッつってンだろ!!!」

 

 けれど、こんなわたしの痛みなんて何てことない。

 それよりもずっとずっと、ずっと、……爆豪くんの方が、苦しそうに叫んでいた。

 

「“後悔”、だ? てめェに何がわかるってンだ!!」

「爆豪、くん」

「高みから見下ろして、なんもかんも分かったような顔しやがって……!!」

 

 見開かれた灼眼が、ぎらぎらと燃えている。……“当たり散らしている”だなんて皮肉を放ったわたしに対して、怒るのは当たり前だ。そうなるだろうなと、想定していた。

 けれど、……わたしはわかっていなかったんだ。

 

「……ごめん、なさい」

「ッ、だから! そうした“全部わかってます”って顔が癪に触るんだよ!!」

「違うよ。……爆豪くんのことなんて、わたしは何もわからない」

 

 爆豪くんが、神野を経て何を思っているのか。

 こんなに苦しく叫ぶほどに、何を“後悔”しているのか。

 

「わからないから、あなたの痛みを不用意に抉ってしまった。わからないから、あなたの苦しみを丸ごと“わかる”なんて、言えないけれど……それが辛いんだってことだけは、わかる。

 ……だって後悔なら、わたしの中にもあるから」

 

 わたしの言葉に、爆豪くんは不可解そうに目を細めた。それでも口をつぐんで、わたしの続きを待ってくれている。

 

「わたしはI・アイランドでの一件で、デヴィット博士がオールマイトの“個性”について言っていたのを聞いていた」

 

 その沈黙に促されてわたしは口を開いた。脳裏には、セントラルタワーでの騒動が甦る。デヴィット博士が助手のサムと共謀して偽の(ヴィラン)を雇い──その偽(ヴィラン)は本物の(ヴィラン)だったのだけれど──オールマイトに“個性”増幅装置を渡したいのだと、思いを訴えた時のこと。

 

「オールマイトの“個性”因子が衰えているって、彼の身体が悲鳴を上げているって、聞いていた。……でもその時は信じられなくて、“そんなことあるわけない”って、聞き流した」

 

 そんなの太陽が死にかけているのと同じことだと、大変だけど起こるわけがない事実だと決めつけていた。

 “オールマイトなら大丈夫”って、決めつけていた。

 ……わたしもまた、ヒーローに重荷を任せきりになっていたのだと、全てが終わった後になって気づいた。

 

「神野で、オールマイトはわたしを救けてくれたのに、……わたしは何も、できなかった……!」

 

 瓦礫の海と化したあの街で、傷ついた顔に笑みを浮かべ、AFO(オールフォーワン)に向かっていった大きな背中を思い出す。それからテレビで何度も繰り返された、あの夜の戦い──傷だらけの身体から血を幾つも流しながら拳を振り抜いていた、痩せ衰えたあの姿が、目蓋の裏に焼きついて離れない。

 そうしてわたしは後悔を刻んだ。そして同時に、怖くなった。

 

 もしも、ホークスが同じ状況に陥ったとして。

 彼がひとりきりでたくさんの重荷を背負って、

 苦しいことも痛いことも悲しいことも、全部へらりと笑って押し隠して──その果てに傷ついて、飛べなくなってしまったとしたら。

 

 

「“何もできなかった”悔しさに比べたら、これから、“何もできないかもしれない”という恐怖に比べたら──過ぎ去った自分の痛みなんて、もう、どうでもいいの(・・・・・・・)

 

 

 心の中で天秤を掲げる。

 どちらが大切なんて、もう決まりきっているから。

 

「うじうじしてる暇なんて無い。わたしはもっと、ずっと、強くならなきゃいけない」

 

 決意を口にして、わたしは爆豪くんの腕を掴んだ。彼のはっと見開かれた赤い目と、わたしの青い目が、かち合う。

 

「爆豪くんは、強い人だよ。……強い人のはずだ」

「アァ……? 今さらてめェ、何を、」

「そりゃ、普段からして怒って怒って怒ってばかりで、」

「オイ」

(ヴィラン)っぽいだなんてよく言われてるけど、」

「喧嘩売ってんのか?」

 

 違う。そうじゃない。ただわたしは事実を述べているだけだ。

 爆豪くんという人は、粗暴で、ふてぶてしくて。ヒーローより(ヴィラン)みたいだなって言われるくらい態度も口も悪い。……それでも、

 

「でもあなたは、爆豪くんは──やるべきことを、為すべきことを、ちゃんとわかってる人でしょう?」

 

 それでも、決して、それだけの人じゃない。

 当たり散らすだけじゃなく、強く自身を奮い立て、どんな強敵や苦難にも立ち向かっていける人だと、信じている。

 

「てめェは、……」

 

 爆豪くんは、何とも言い難い表情を浮かべた。

 それは苦虫を噛み潰したような、感情の煮凝りを飲み下せずに苦心しているような、浮上する心を無理やり押さえつけているような。

 険しい表情のまま、彼は何かを言おうとして、……それは喉の奥に消えた。

 

 

「──何をしている」

 

 低い、抑揚に乏しい声が廊下に響いて、わたしは爆豪くんと同時にそちらに視線をやった。コツ、コツ、と革靴を鳴らしながらこちらに近付いてきたのは、かっちりとしたスーツに身を包んだ……公安の、職員さん。

 

「合格者は二次試験の説明がある。早く控え室に戻りなさい」

「……チッ」

 

 爆豪くんは舌打ちをこぼしながら、わたしの手を振り払って足早に控え室に戻っていった。その後ろ姿を見つめてしばらく、わたしも呼吸を整えて、

 

「すみません、わたしもすぐ戻りま、……」

 

 その場を歩き去ろうとした、その進路を塞ぐような仕草で腕が差し出される。

 ……公安の職員さんに、こんなところで口論していたことを咎められるのだろうかと、そんな予想をしながら恐る恐る視線を持ち上げると、サングラス越しの視線とぶつかった。固唾を飲んで叱責の言葉を待つ。

 けれど、その時。不思議なことが起きた。

 

「……、……」

 

 職員さんは何故か、声なく口を開閉させていた。サングラスをしているから目元はよく見えないけれど、その仕草から戸惑いや躊躇いの感情が伝わってくる。

 ……何かを、言おうとして、迷っている?

 けれどわたしもまた困惑しきっていたから、何も言えず、できないまま沈黙を守った。そうして奇妙な沈黙が続いた後、ようやく職員さんが唇を震わせる。

 

「……大丈夫、なのか?」

 

 ──何を問われているのかわからなくて、一瞬呆けてしまった。息を飲んで、唾を飲んで、それからようやく赤べこのようにこくこく頷く。

 

「……は、はい。問題、ありません」

 

 そんなわたしに対し、彼は小さく頷きを返すのみだった。サングラスのブリッジを押し上げて、冷静さを取り戻した声で続ける。

 

「ならば、いい。……行きなさい」

「は、い。……失礼、します」

 

 ぎくしゃくと一礼し、背を向けて歩き出した。廊下の角を曲がると次第に駆け足になっていく。それは早く戻らなければという焦りと、よくわからない感情を置き去りにしたいという気持ちの表れだった。

 

(なん、だったんだろう、……いや、)

 

 駄目だ、と首を横に振る。脳裏を掠める靄を振り払う。

 今は、色んなもやもやは置いておいて──試験に集中しなければ。絶対に受かって、仮免許を取得して、もっと早く、強くならなきゃ。

 

 そんな決意を胸に足を早めた。

 微かに弾む呼吸と一緒に、心の凝りは飲み込んで。

 

 

71.少女、飲み込む。

 

 


 

 もう更新が遅いのはデフォルトになりつつあるんですが、それでも本当に間を空けてしまいましたね……申し訳ありません。書きたかった部分は書けたのですが、戦闘シーンをどうしていいかわからず、後半のかっちゃんとの問答をどうすればいいかわからず悩んで難産でした。

 遅筆になるたび「これ本当に面白いか???」と正気に戻りそうになったのですが、皆様から頂いた絵や感想、評価に支えられ何とか狂ったままで書ききることができました。本当に本当にいつもありがとうございます。皆様のお陰でこのssは命を繋いでいます。

 

 次回は仮免試験の二次試験!また頑張って楽しんで書けたらと思っております。またよろしければお読みくださると嬉しいです。

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