【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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72.少女、二次試験にて。

 

 控え室に戻ったわたしが見たのは、崩れ落ちていくフィールドだった。聳え立っていたビルが、建ち並んでいた街並みが、森が、滝が、数多の爆発によって破壊されていく。

 

《この被災現場で、君たちにはバイスタンダーとして、救助演習を行ってもらいます》

 

 今この場において、わたしたちは仮免を取得した者として──つまり自分の判断で“個性”を用いて、どれだけ適切な救助を行えるのか。フィールド全域に待機しているという傷病者に扮した【HUC(Help Us Company)】の皆さんを、どれだけ適切に救い出せるか。

 それをポイント形式で採点するという目良さんの説明を聞きながらも、わたしの視線はモニターに吸い寄せられていた。瓦礫と化した街並みと、怪我を負った数多の人々の姿に、あの夜(・・・)が脳裏に浮かび上がる。

 

愛依(あい)ちゃん、……大丈夫?」

 

 そんなわたしの肩に手を添えたのは梅雨ちゃんだった。彼女は大きな目をゆっくり瞬かせて、わたしを見つめている。

 

「……大丈夫。平気だよ、梅雨ちゃん」

 

 ありがとう、と小さく微笑むと同時に、彼女の後方からこちらを窺う2人にも目を向けた。眉根を寄せた案じるような眼差しに、ほんのりと苦笑を返す。

 

「緑谷くん、飯田くんも、心配しなくて大丈夫だよ」

「しかし、……いや、すまない」

「謝るのはこっちの方だよ、ごめんね」

空中(そらなか)さん……」

 

 何か言いたげな緑谷くんたちを、緩やかに笑って制する。そうして静かに、言葉を置いた。

 

「頑張りたいんだ、わたし。……この試験が神野区を模しているなら、尚更」

 

 あの夏の夜。悪夢のような強大な悪意に晒されて、ひとつの街が半壊した。日中の仕事を終えて、「今日も大変だったな」なんて思いながら夜ごはんを食べたりお風呂に入ったりと、それぞれに1日を終えようとしていただろう人たちが──何の前触れもなく突然に傷つけられたのだ。壊死した両足を切断せざるを得なかった女性、我が子だけでもと身を呈して庇ったお母さん、そんなお母さんの腕に抱かれて、ひとりで泣きながら死んでいった赤ちゃん……。

 

「……、」

 

 まだわたしは忘れない。忘れられない。

 あの泣き声が潰える瞬間が、耳にこびりついている。

 

「……1人でも多くの人を、救けたい。

 そのためには、みんなの力を束ねることが必要なんだ」

 

 梅雨ちゃんに緑谷くん、飯田くん。そしてわたしたちの話を聞いてこちらに注目していたA組のみんなの顔をぐるりと見渡して、わたしは続ける。

 

「“1人で全部何とかしよう”っていうのは、この演習には合ってないと思う。自分の“個性”が災害救助にどう使えるのか、他のヒーローたちと連携して、自分は何ができるのか……それを考えて動くべきだよ」

 

 自分は、何ができるのか。

 かつて何もできなかった自分を超えるために、頭を回せ。思考を回せ。

 為すべきことを、為すために。

 

「──お願い。わたしの提案を聞いてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 作戦会議を終えて、補給のために軽く飲み食いをしていたわたしたちは、突如鳴り響いたサイレンの音に肩を跳ねさせた。“非常事態”を知らせる剣呑とした響きに、静かに呼吸を整える。

 

(ヴィラン)による大規模破壊(テロ)が発生! 規模は◯◯市全域、建物倒壊により傷病者多数!》

 

「演習の想定内容(シナリオ)ね」

「うん、……」

 

 隣り合う梅雨ちゃんに頷きながら、思う。やっぱりこの試験は、神野事件を模している。あの夜を風化させないために、──あの夜を繰り返させないために。

 

「始まりね」

 

 あの夜を、超えるために。

 そのためにと、唇を引き結び、決意とともに頷く。

 

《道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!

 到着する迄の救助活動は、その場にいるヒーローたちが指揮を執り行う》

 

 そのアナウンスと同時に、控え室の天井や壁が開いていく。展開していくその動きは一次試験と同じだったけれど、違うのは見えてくる風景。……背の高いビル群はへし折られ、市街地はほぼ瓦礫と化している。山に森は爆発で焼け焦げて──まあこれは一次試験のわたしたちの影響もあるけれど──青く広がっていた空は、黒煙で濁って見えた。

 

《1人でも多くの命を救い出すこと!!!》

 

 灰色がかった空を裂くように、羽根を四方へ飛ばす。わたしの持つ【翼】のありったけを展開させて、探知を開始。

 ごうごうと何かが燃えている。重いコンクリートの塊が落下して、剥き出しの鉄筋をぶつけながら地に転がる。滝の流れる音、痛みに呻く声、不自然に水が跳ねる音、誰かが溺れている、足を引き摺る音、泣き声、痛いと泣く声、救けて、救けてと──流れ込んでくる音の奔流に、息を飲む。

 

「……ッ」

「空中、」

「っ、平気」

 

 これだけ多くの羽根を探知に回したら、これまでのわたしは頭での処理が間に合わずにブラックアウトを起こしていた。でも今は違う。最上(もがみ)博士に作ってもらったサポートアイテム(ヘッドフォン)もあるし、不思議と、【翼】の調子がいいのもある。一度全て失って、再び生え変わった【翼】は、スピードも、強度も、探知性能も、以前より明らかに向上している。

 

「都市部に80人強、高層ビル群にはそれ以上で恐らく100人以上……水辺には60人ほど、山岳部には50人弱。大まかな数は補足できたけど、やっぱり正確な位置はみんなに探してもらうことになる」

 

「空中さん! できましたわ!」

 

 八百万さんの声が明るく跳ねる。そちらに目を向けると、彼女が腕から【創造】した通信機を事前に話していた4人に渡しているところだった。障子くん、耳郎さん、口田くん、常闇くん──索敵ないし飛行による機動に長ける4人とわたしに、通信機が渡る。これ以上の【創造】は時間のロスになるし、審査員から「初動が遅い」と判断されるのもマズいから、きっとこれがベスト。

 

「ありがとう八百万さん! うん、じゃあ障子くん、耳郎さん、口田くん、常闇くん」

 

 事前の話し合いによって、A組の面々を4班に分けることを提案してある。

 高層ビル群には常闇くん、青山くん、峰田くん、透ちゃん、飯田くん、緑谷くん。倒壊した建物を補強・固定できる峰田くんに、暗がりを照らせる青山くんと透ちゃん、逆に暗闇に強く機動力のある常闇くんに頼んだ。高層ビル群には要救助者も多いと踏んでいたから、機動力とパワーを兼ね揃えた飯田くんと緑谷くんにも参加してもらっている。

 入り組んだ都市部では、音の聞き分けに長けた耳郎さんを中心に、倒壊した障害物を固定できる瀬呂くん、浮かせて除外できるお茶子ちゃん、パワーのある砂藤くんを組ませて、オールラウンダーな八百万さんを添えた。

 滝のある水辺には、水中では誰にも引けを取らない梅雨ちゃんに、氷による足場を作れる轟くんと、酸や尻尾によるロッククライミングが可能な芦戸さんに尾白くんに行ってもらう。ここは滝がある影響で音が伝わりづらく、高低差が激しい地形だから、鳩を始めとした動物との交信が行える口田くんにお願いした。

 

「みんなが要だよ。よろしくね」

 

 それぞれの場所に向かっていくみんなを見送って、さてわたしも行かなければと振り返ったところで、爆音が轟いた。弾ける音と熱に遅れて、強い風が目を見開くわたしの頬を打つ。

 両手から【爆破】で空中を裂くように進む──爆豪くん。

 

「っ爆豪くん、ちょっと……!」

「うるせェ!!」

 

 1人で突出するのは、と声をかけたけれど、取りつく島もない。まあ人の指示に素直に従う爆豪くんは想像できないけれど、それにしたって反応に刺があるような気がする。刺々しい怒りと、……焦燥感?

 

(……追い詰めて、しまった?)

 

 先程の問答が彼を追い詰めたという確証はないけれど、可能性がある以上、このまま放ってはおけなかった。

 

「っごめん障子くん、わたしが山岳部に向かうから、高層ビル群のほうに向かってもらっていい?」

「わかった」

 

 即座に了承して動いてもらった障子くんに感謝しながら、わたしも回収した羽根を背中に戻して飛翔した。各場所で救助が進んでいるのを視認しながら翼をはためかせる。するとそこに、影が並んだ。

 

「空中、」

「! 常闇くん」

「俺も行こう。お前は幾らか要救助者を見つけたら、避難所に戻って【治癒】を行いつつ、我ら通信機組に指示を飛ばす手筈だったろう。ならば俺も山岳部(こちら)に回るべきだと判断した」

「うん、本当に助かる……! ありがとう」

 

 隣に並んで飛行する常闇くんは、少しだけ口角を持ち上げて微笑んだ。それもつかの間、彼は赤い目を気遣わしげに細めて、わたしを見やる。

 

「爆豪と、何かあったのか?」

「……、うん、少し。でも大丈夫だよ」

 

 お見通しかあ、わたしってそんなにわかりやすいだろうかと、不甲斐なさと恥ずかしさから苦笑が零れる。

 でもわたしは大丈夫。大丈夫(・・・)

 

「無理はするな。お前は、孤独の道に在るのではない」

「……ありがとうね、常闇くん」

 

 そんな会話を交わしてすぐ、目的の人物を見つけた。ツンツンした爆発頭が、足場の悪い荒野に立ち、要救助者であろう2人の男女を見下ろしている。

 

「腕を怪我したの!」

「助けてくれ! 痛い!」

 

 そう訴えるHUCの男性と女性は、庇った腕から血糊を流している。腕を怪我しているという設定ではあるけれど、他に怪我は見当たらないし、話し方は明瞭だし、そんなに重態ではなさそうだと──うん、まあ、爆豪くんもわかってはいたんだろう。

 

「うるせえ!! 自分でッ、もごお!?」

「わあああそうだよねウンそうだねあまり酷い怪我はしてないから救助優先度は低いねそうだね……!」

 

 だからといってその対応はいただけない!!

 慌てて羽根を飛ばして爆豪くんの口を塞ぐ。モゴモゴ言いながら目尻を吊り上げている彼の後ろに降り立ち、そっと囁く。

 

「でも、ヒーローが救けるべき人たちだよ」

 

 爆豪くんの灼眼が、ゆらりと揺れる。それを認めて、わたしは彼の隣をすり抜けて踏み出した。要救助者の2人に向かい合い、微笑む。

 

「お怪我は腕のところだけですか?」

「ああ、痛い、痛いんだ……」

「大丈夫。少しだけじっとしてください」

 

 2人の腕に手を当てて、治癒のエネルギーを【譲渡】。HUCの皆さんは実際に怪我をしているわけではないけれど、流れ込んでくる再生のエネルギーを感じ取ることはできたのだろう、彼らの目が丸くなる。

 

「……これは、」

「治癒を施しました。痛みはどうですか?」

「ああ……ありがとう」

 

 よかった。一応【治癒】できたという判定にしてもらえるらしい。これなら今後の避難所でのわたしの動きもマイナスにはならないだろうと、胸を撫で下ろす。

 

「安全な場所までご案内します。ね?」

「お、おう!」

「任してください!」

 

 爆豪くんを心配して着いてきていた上鳴くんと切島が、にかっと笑って頷く。その2人に要救助者の対応を任せてわたしは爆豪くんの元に戻った。彼の口許から羽根を取り去ると、爆豪くんはギロリとこちらを睨む。

 

「……救助優先度が低い奴に人手割いていーんかよ」

「確かにそれも一理あるけど、ほら、試験の始めにアナウンスがあったでしょう」

 

 この状況は、(ヴィラン)大規模破壊(テロ)によるものだって。

 

「ただの災害救助じゃなくて、わざわざ(ヴィラン)の存在を匂わせた……十中八九、救助中に(ヴィラン)役が襲ってくるはず」

 

 わたしが説明を続けるにつれて、爆豪くんの目が冴えていくのがわかった。……やっぱり彼は賢い人だ。今は、自分でもどうしようもない怒りや焦燥感に駆られているようだけれど、ちょっとしたきっかけで冷静さを取り戻せる。

 やるべきことを、為すべきことを──ちゃんとわかっている人だ。

 

「その時、爆豪くんは、……ヒーローのあなたなら、どうする?」

 

 わたしでは、彼の心を晴らすことなどできないだろう。

 せいぜいできて、焚き付けることだけ。

 

「……決まってる。(ヴィラン)は、全員ぶちのめす」

 

 だから彼は、感情の諸々をそのプライドで押さえ付けた。獰猛に、笑う。

 

「全員勝つ。全部勝つ。……勝って救けンだよ、俺は!!」

 

 咆哮のような爆豪くんの決意に、わたしの口許には笑みが浮かんでいた。ああよかった、きっともう彼は、大丈夫。

 

「じゃあ爆豪くん、わたしと一緒に避難所まで行こう」

「アッ!? なんでだ!!」

「救助された人々が集まるところに、(ヴィラン)は出現しそうじゃない?」

「うンぐッ、~~クソが!!」

 

 苛立ちで人を刺しそうな目してるなあ、……でもなんだか不思議。安心してる……というより、気が楽だ。

 わたしがどんなことを言っても、どんなことがあっても、きっと爆豪くんは心折れずにいられるって──大丈夫だっていう不思議な確信がある。

 

「常闇くん、わたしは爆豪くんと一度避難所に戻るね。常闇くんは高所から要救助者を探して、切島くんと上鳴くんは高所から見えない、隠れた部分をお願い」

「了解した」

「うん。じゃあ行きましょう。わたしの羽根でお送りしますね」

「ケッ……っぐ!?」

 

 HUCの2人を羽根のカーペットに乗せると同時に、悪態を吐きそうだった爆豪くんの後頭部をやんわり硬化させた羽根でぶつ。

 

「オイ何しやがる!」

「表情と態度。これも減点されるよ」

 

 要救助者を先に向かわせ、その後方を爆豪くんを連れて飛ぶ。彼らに聞こえない程度の声量で、注意を促す。

 

「ヒーローとしてあるべき姿は、色々あるだろうけれど……少なくとも、人々に不安を与えるべきではないと思う」

 

 メディアに積極的に出て、犯罪の抑止力となっていたオールマイト。メディアへの露出は極力避けて、【抹消】の“個性”の強みを活かして活動する相澤先生。ヒーローとしてのスタイルはさまざまだけれど、その根本はひとつだろう。

 

「そりゃ、爆豪くんに素敵なスマイルを期待するほどわたしはトチ狂ってないつもりだけど……」

「マジでてめェ喧嘩売るの好きだな」

「でも、あなたはあなたなりのやり方で。救けるべき人たちを安心させるの」

 

 ヒーローは、みんなを守る存在。

 みんなに安心を届ける存在。

 “もう大丈夫”って言ってもらえる嬉しさを、心を救ってもらった瞬間を知っているから、わたしもそうありたいと願う。

 

 ……、爆豪くんは、

 

「どう? ……できない?」

 

 爆豪くんがヒーローを志した理由をわたしは知らない。

 けれど、この挑発を受け流せるような人じゃないってことは、知っている。

 

「……うるせぇな、散々煽りやがって。そんぐらいわーっとるわ」

「うん、……頑張ろうね」

「ケッ」

 

 舌打ちを溢す爆豪くんが、ふと目を瞬かせる。その眼下に避難所が見えてきた。元は控え室だったそこには、受験者が連れてきたと思われる要救助者がいた。意外だったのはその人数。

 

「……もうこんなにいやがんのか」

「結構ペース早いね」

 

 流石に救助に向けての行動が早いと、そう再認識しながらわたしたちも避難所に降り立った。入口付近で、要救助者に対しトリアージを行っているのだろう受験者の女性に向き合う。

 

「すみません、要救助者の方を連れてきました。腕を怪我されていましたが、治癒済みです」

「なるほど、では右のスペースにお連れして」

「緑Ⅲの方は右のスペースに、という認識で合っていますか?」

「そう、中央のスペースは黄Ⅱ、左のスペースは赤Ⅰということで振り分けてる」

「了解しました。ではわたしは、赤の方々から治癒を施してきます。

 爆豪くんはこの避難スペースの周囲で(ヴィラン)襲撃に対する迎撃体勢を取ってて。できる?」

「舐めんな! とっとと行けや!!」

「絶好調だね本当。頼んだよ!」

 

 視線だけ交わして、すぐにその場を離れて左のスペースに向かう。赤Ⅰというのは、気道確保しなくては呼吸できない、橈骨動脈で脈拍が確認できない等、非常に衰弱している等の状態のことだ。素早く処置を行わなければいけない──だからこのスペースにも、要救助者以外に受験者の姿も多かった。彼らに向けて、わたしは声を張る。

 

「【治癒】の“個性”持ちです! 救助隊が到着するまでの間、わたしが治癒を行います」

 

 そうしてわたしは横たわっているHUCの皆さんを治癒して回る。彼らはあくまで傷病者に扮しているのであって、実際に怪我をしているわけではない。それでも治癒のエネルギーを注ぎ込むというのを察知してか、彼らは“治った”という体で身を起こしてくれた。

 そうした彼らに微笑んで、声を掛けて、暫く。次の人を治そうとしたわたしは、ふと動きを止めた。ぐったりと目を閉じて横たわる女性、……ではなく、彼女に付き添うスーツ姿の男性に歩み寄る。

 

「すみません、少しだけよろしいですか」

「私は付き添いの者だ! 私より妻を先に」

「はい、……そういう設定なのは、承知しています。これが減点になっても構いません」

 

 わたしが彼の手を取ると、男性は大きく目を見開いた。彼の手にあったのは血糊ではなく、本当の血。数多の爆発で崩れたフィールドのどこかで傷付けてしまったのだろう、その傷は真新しかった。

 どこも傷を負っていない、救出優先度が低い被災者。そういう設定の人を赤Ⅰの患者を差し置いて治癒するなんて、減点ものだろうとは思う。……でも、いい。それでもいい。

 

「……ありがとう、すまないね」

「いいえ。……治せてよかった」

 

 ほっと、安堵と共に微笑む。

 その瞬間に轟いた、──大気をつんざくような衝撃音。

 

「うわあ!!」

「何だぁ!!?」

 

 各地で爆撃が起こっているのだろう、断続的な爆発音が至るところから聞こえる。中でも一際大きい爆発が避難所のすぐ傍で起きた。爆風に目を凝らすと、フィールドを覆う壁に大きな風穴が開けられてしまったのがわかる。

 

「皆さん! 演習のシナリオ……!」

 

 要救助者を連れてきていたのだろう、爆発の意図に気付いた緑谷くんが他の受験者に呼び掛けている。

 そんな彼の向こう側から、ゆらりと大きな影が覗いた。

 

「市井の人々を守るため、ヒーローには複合的な動きが求められる。すなわち救護、そして──対敵」

 

 200cmを超える立派な体躯は、白いスーツと黒いマントに覆われている。太く低い、豊かなバリトンボイスは、今は状況も相俟って、酷く威圧的に響いた。

 

「全てを並行処理……できるかな」

「ギャングオルカ!!」

 

 ヒーローランキングNo.10の実力者、ギャングオルカ。味方としては頼もしいばかりだけれど、(ヴィラン)役として現れたからには、とてつもなく高い壁だ。

 ……絶望せず、乗り越えなくてはならない!

 

(ヴィラン)が姿を現し追撃を開始! 現場のヒーロー候補生は(ヴィラン)を制圧しつつ、救助を続行してください》

 

「さァ、どう動く!? ヒーロー!」

 

 ギャングオルカは肩に掛けた黒いマントを翻しながら、悠々と足を進める。その背後からは彼のサイドキックたちが扮しているのだろうか、黒いラバースーツを纏った男性たちが現れた。

 (ヴィラン)の数が多い。腕に装備したサポートアイテムも得体が知れない。何より彼らを率いるギャングオルカの存在感が、下手に動くことを躊躇させる。下手に踏み込んでも退いても、即座にやられてしまうと──嫌な予感に蟀谷を汗が伝う。

 

 そんな時だった。

 身構えるわたしの隣を、誰か(・・)が追い越していく。

 

 

「──上等だわ」

 

 

 爆発音が空を裂く。まるでこの重苦しい空気を爆破するかのように、彼は強く、声を張った。

 

「俺が前に出る!! てめえは他の奴らを下がらせろ、空中!」

「! うん!」

 

 いの一番に飛び出していった爆豪くんだけれど、その背中を最早不安には思わない。信頼を込めて見送って、視線を外し、避難所にいた人々に呼び掛ける。

 

「ヒーローの皆さん、二手に分かれましょう。要救助者の皆さんを避難させるのと、(ヴィラン)の迎撃に。

 (ヴィラン)は複数人いますから、なるべく制圧能力の高い方が前衛に出た方が──」

 

 不意に冷気を感じ、言葉を止めた瞬間、ギャングオルカたちからこの避難所を隔てるように、巨大な氷の壁が打ち立てられた。その発生源を辿ると、右足で大地を踏み締める轟くんがいる。それにわたしは安堵した。

 轟くんの【氷結】なら、(ヴィラン)役の人たちの動きを止めるにも最適だろうと──そう考えたわたしの横っ面を、吹き抜ける暴風がひったたいた。

 

「ふぅうきィィイイ飛べぇえええっ!!!」

 

 そんな声と共に轟いた風は、轟くんの氷壁ごと(・・・・・・・・)(ヴィラン)を吹っ飛ばした。流石にギャングオルカを吹き飛ばすまではいかなかったけれど、彼も腕で顔を庇い、足を踏み締めて吹きつける風に耐えている。

 

(ヴィラン)乱入とか!!! なかなか熱い展開にしてくれるじゃないっスか!!」

 

「夜嵐くんも! よかった、これで……」

 

 空中から眼前の(ヴィラン)たちを見下ろしているのは夜嵐くんだった。彼の“個性”であろう【風】の威力と精密さは、一次試験の時に目にした通りだ。きっと複数人相手にも引けを取らない……むしろ多人数を相手取るには最適の戦力といえるだろう。

 

 【半冷半熱】と、【風】。

 どちらも効果範囲と威力に長けた、制圧向きの“個性”。

 緑谷くんや爆豪くんに加えて、そんな2人が揃ったなら、この危機的状況も何とかなるだろうと、わたしは期待と安堵を込めて彼らを見上げた。

 

 見上げた先で、わたしは見た。

 明るく笑んでいた夜嵐くんの目が、轟くんを捉えて──酷く鋭く細められたのを。

 

「…………え?」

 

 わたしは知らない。あの快活で熱血な夜嵐くんが何故、こんなにも冷ややかに轟くんを睨み付けるのか。

 何も知らないし、わからないけれど……だからこそ胸を襲う嫌な予感に、わたしは胸元を握り締めた。

 

 

72.少女、二次試験にて。

 

 


 

 やっとこさ更新できました!お待たせして申し訳ありません。待っていただいていた方たちに改めて御礼申し上げます。

 今回は爆豪くんとの関わりをメインに書きました。彼の心境を書くのはすごく難しくて難産でしたしどことなく似非感漂ってるんですが、かっちゃんなら焚き付ける勢いで挑発すれば意地とプライドでプルスウルトラしてくれるんじゃないかなと信じてみました。彼がここにいることで、また今後に影響を与えられたらいいなと思います。

 あとかっちゃんをキレさせるの書いててすごく面白いですね。ちょっとクセになりそうです。

 

 最後になりましたがいつも閲覧、お気に入り登録、評価、感想等々ありがとうございます!何度も何度も言うようですが本当に嬉しく元気が出ます!リアル生活が忙しくて仕事がある日は基本更新できないのですが、また頑張って楽しみつつ書いていこうと思います。また読んでいただければ幸いです。

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