ヒーロー仮免試験、第二次試験は大規模な被災現場を想定した救助演習だった。わたしたち受験者はこの場において、仮免取得者として、どれだけ適切に救助できるかをテストされる。
そう、どれだけ
『
「っ、八百万さん!」
ヘッドフォンの内側に装着していたインカムから、八百万さんがわたしに呼び掛ける。各地で轟いた爆発音による状況の変化を確認しておきたいと、八百万さんに続いて耳郎さんに障子くん、常闇くんに口田くんがそれぞれに状況を話し合う。
「そっか、みんなの方でも爆発は起きたけど
『ええ』
『どーする?
「……いや、大丈夫。それより各場所の救助を優先した方がいいと思う」
爆発物がフィールド各地に用意されていたのなら、
だからそう判断を伝えると、みんなも了解してくれた。今後の動きを確認しあってインカムを切ろうとした時、慌てたような小声が飛び込んでくる。
『あの、その、空中さん……!』
「口田くん?」
『轟くんは、そっちに行ってる……?
口田くんのまろやかな優しげな声が、心配そうに揺れている。そうだ、口田くんは轟くんや梅雨ちゃんたちと一緒に滝付近に向かってくれていたから……。
「……う、ん。来てくれたよ」
口田くんを安心させるべく、わたしは
「今こっちには、轟くんと爆豪くん、緑谷くんと……士傑の夜嵐くんが前線にいる。今後の状況次第ではわからないけれど、ひとまずは問題ないと思う」
『ウワえげつな……何その過剰戦力』
『“頼もしい”の一言に尽きるな』
耳郎さんと障子くんの声に頷こうとしたその時、氷壁が暴風によって吹き飛ばされた。砕かれた氷が、きらきらと光を弾きながら宙に舞う。それはとても綺麗な光景だったからこそ──頭が痛い。
(……全部がマイナスとは言えない。現に夜嵐くんの風は、
けれど、彼の意思が吹かせる風は何故か、何故か──致命的までに轟くんと噛み合わない。
けれどこのことをそのまま伝えても、みんなに余計な心配を与えてしまうだけだろう。じわじわと胸に広がる嫌な予感を飲み込んで、努めて声を明るくする。
「……うん! だから大丈夫。みんなも気をつけて……」
『──本当に、大丈夫なのか』
一瞬、よりも短い間だけ、息を詰める。
「、大丈夫だよ」
心の片隅にある不安を気取られてしまったのだろうか、念を押してきた常闇くんに“大丈夫”を返す。
わたしも早く動かなければと急いでインカムを切って、羽根を飛ばして要救助者の避難を手伝う。その傍ら、横目で氷片舞う空を振り仰ぐ。渦巻く風の中央で、ぐっと強く拳を握る夜嵐くんが見えた。
「あんたと同着とは……!!」
「……? なんだ?」
険しい眼差しで見下ろす夜嵐くんに対し、轟くんは不可解そうに眉をひそめた。けれどそれも束の間、砕かれた氷壁を越えて
ごう、びゅう、と吹き抜けていく熱風に髪を煽られながら、わたしは自分の背を冷や汗が伝っていくのを感じていた。ギャングオルカたちも目をすがめている。……この痛い沈黙に気付いていないのか否か、上空では夜嵐くんがグワッと目を剥き叫んだ。
「何で炎だ!! 熱で風が浮くんだよ!!」
「さっき氷結をおまえに吹き飛ばされたからだ」
「いや! あんたが手柄を渡さないよう合わせたんだ!!」
「は? 誰がそんなことするかよ」
ギャングオルカに向き合おうとしていた轟くんは、困惑に目を細めながら夜嵐くんを見上げた。怪訝そうに首を傾げる。
「……何なんだよ、おまえ。俺が何かしたか?」
「ッ、……だって、あんたは!!」
「!? ちょっと、ちょっと2人とも待っ……」
だから止めようと声を上げたけれど、わたしの声より先に、もっとずっと苛烈に、この場に響く声があった。
「う る せ ェ !!!!」
爆音が空を裂く。キィンと耳奥で鳴った耳鳴りを飲み込んで顔を上げると、そこに、凶悪な笑顔が浮かんでいた。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうっせンだよ」
爆豪くんは轟くんたちを一瞥して、ハッと鼻で嗤う。
「互いに潰し合いしたきゃ勝手にやれや。俺のいねーとこでな!!」
そう吐き捨てて即座に、彼の両腕が唸りを上げる。掌から生じたニトログリセリンが爆発を起こし、光と爆音、衝撃波を放ちながら真っ直ぐギャングオルカに向かっていく。それはまるで、一筋の閃光のように。
「ギャングオルカつったら、【シャチ】の超音波攻撃だよなァ」
けれどそのまま愚直に突っ込む爆豪くんではない。彼は空中で器用に爆破を撃ち分け、ギャングオルカの頭上を飛び越えるようにして背後を取った。
「爆音で散らしゃあ、どうなんのか気になってたンだ。試させてくれよ!!」
「フン……随分と吼えるじゃないか」
超音波と爆破がぶつかり合い、彼らを中心に衝撃波が生じる。辺りの空気をビリビリと震わせながら両者が間近で対峙した。爆豪くんの蹴りがオルカの右側頭部目掛けて放たれる。それはギャングオルカの掲げた右腕に防がれてしまったけれど、爆豪くんの横顔はニヤリと笑っていた。彼は空中で上下逆さまになりながらも姿勢を整え、開いた右掌に左手を添える。まるで銃口のように丸められた指の間が、凝縮された爆破の光で満たされた。
「──
Armor-piercing shot。その名の通り装甲を突き通すような鋭い爆破が、がら空きの背中に向けて放たれる。爆豪くんのことだから対人用に威力を落としているだろうけれど、それでもその威力は推して知るべし、だ。ギャングオルカその攻撃を無視できない。攻撃を受けるか、ガードするなり避けるなり、どちらにせよ何らかの隙が生まれるはず!
ギャングオルカのその隙に連撃を加えようと、わたしは羽根を備えて待機。硬化させて、飛ばそうと構えて──
「まだ、だ!!」
「ッ、ぐぅ!!」
「!? い……ッ!」
ギャングオルカが高威力・高密度で放った超音波が、地表を穿ち、わたしたちの鼓膜を貫いて揺るがした。ぐわん、と。地面と空が揺れる。まるで世界ごと振動しているかのようで、わたしは立っていられず片膝をついた。
「蹴りはブラフ。本命はガードを避けて叩き込む爆破……なかなか考えて動いているが……この程度じゃまだ、倒れてやれないな」
ふらつく頭を押さえながら視線を向けると、地面に踞った爆豪くんにギャングオルカが手を伸ばしているところだった。咄嗟に治癒力を込めた羽根を飛ばし、爆豪くんに届かせる。脳震盪から復活した爆豪くんは、ギャングオルカの追撃を転がって避け、身を起こして構えた。そんな彼を、彼の表情を見て、オルカは目を細める。
「フフ……ギラついた良い目だ。まだ、楽しませてくれるんだろう?」
「……上等!!」
再びギャングオルカに向かっていく爆豪くんの背中を見届けて、わたしも治癒しながら立ち上がった。ふらつく足取りに、誰かが肩を支えてくれる。振り返ると肩口に緑の髪が見えた。
「大丈夫、空中さん!?」
「緑谷くん……うん、大丈夫。ちょっと音波を羽根が拾いすぎただけ」
至近距離にいた爆豪くんに比べて、わたしもまあまあのダメージを負ってしまったのは、音の振動を増幅して拾い上げる【翼】の特徴も相俟ってのことだろう。この特性を考えると、わたしとギャングオルカの相性はとても悪い。それを緑谷くんも考えたんだろう、思慮が窺える緑の目で、真っ直ぐにわたしを射た。
「空中さんは、避難を手伝いに行ってくれるかな?」
「うん、緑谷くんたちは?」
「僕はかっちゃんの方に行って援護、……ウン、援護する! 轟くんはもう一度大氷壁を撃って、
「、ああ……わかった」
どこか所在なさげに立っていた轟くんは、緑谷くんの声に頷き、大きく右腕を振るった。彼の右足から迸った氷は瞬く間に大きく形成され、天を衝く大氷壁となる。
この精製速度と範囲の凄まじさに、慣れつつはあるわたしたちだけれど、それでも口からは感嘆の息がこぼれる。
「……
大氷壁を見上げていた緑谷くんが、轟くんに視線を戻す。
「やっぱりすごく頼りになるよ、轟くん! ありがとう!」
「……、」
パッと輝いた笑顔と声とに、轟くんは瞬きひとつ。何かを言おうとして開閉した口元をふやかせて、彼は目を伏せて笑った。照れたように、しょうがないなと言いたげなそれは淡く、けれど確かにあたたかい。
「……おまえってやつは、気が抜けるな」
「エッ、ご、ごめん……?」
「謝る必要はねえだろ」
ふるりと首を振って顔を上げた轟くんは、もう
(……うん、もう大丈夫)
轟くんは緑谷くんと一緒なら、もう大丈夫だろう。元々冷静かつ判断力と行動力のある人だから、もう、何をすべきか間違えることなんてない。そう確信できる。
「任せたよ。その代わり避難は、わたしたちに任せて」
だからわたしが、すべきことは。
「夜嵐くん! ……こっちに手を貸して!」
先ほどのギャングオルカの一撃を受けて空から地面に降り立っていた夜嵐くんの肩を叩き、治癒のエネルギーを注ぐ。夜嵐くんは何か言いたげに目と声を大きく開けたけれど、苦虫を噛み潰したような顔で口元を引き結んだ。士傑の制帽の鍔をつまんで、固く頷く。
「……他の受験者の人たちは、トリアージにおいて赤Ⅰ、黄Ⅱと判断されているHUCの皆さんから先に救助しているみたい。わたしは黄Ⅱの方たちから羽根で運んでいくから、夜嵐くんはその風で、多くの緑Ⅲの方たちを……」
「了解ッス」
わたしが言い終わるより先に、夜嵐くんは両腕を広げた。彼から巻き起こる風は人を複数人持ち上げられるほどのパワーはあるけれど、それで誰かを傷つけることはない。彼のおおらかそうな人柄とは裏腹に、繊細かつ精密なコントロールでもって、無数の風を操作している。
「……すごい、ね」
一次試験でも垣間見たように、夜嵐くんの“個性”は卓越している。威力も精密さも自在に操って、
「……わざわざ俺をアイツから引き離して、庇うんスね」
──この、ほの暗く燃えているような感情が爆発しなければ、きっと。
「……アイツっていうのは、轟くんのことだね?」
「アイツは! ……アイツはヒーローになんかなれない!」
「……、どうして?」
夜嵐くんは風を操作しながら、話し続ける。そうして彼が叫ぶ横顔を見上げて、わたしは問い掛けた。
「わたしには、そうは思えないけれど……そう思う理由が、夜嵐くんにはあるんだね?」
試験開始前、あんなにもおおらかにわたしを気遣ってくれた夜嵐くんだから、それが嘘だとは思えなかったから、だからずっと気掛かりだった。
どうしてこんなにも、憎々しげに、苦しそうに、轟くんを見やるのか。
「……だって、」
「うん」
「だってアイツは、あのエンデヴァーの息子だ……!!」
それから夜嵐くんは色んなことを話してくれた。
幼い頃にヒーローに“熱さ”を感じ、それこそ熱狂的に憧れたこと。ヒーローの熱い心こそ人に希望や感動を与えること。そう信じてやまないこと。そして、
『──邪魔だ』
いつかの幼い日、ヒーロー活動をしていたエンデヴァーに出会い、サインを求めた夜嵐くんは、その差し出した色紙ごと振り払われた。尻餅をついた少年を顧みることなく、エンデヴァーさんは前を見ていた。
『俺の邪魔をするな』
全てを振り切るように
“個性”とは裏腹に、酷く冷えきったその眼差しは、
「雄英の推薦入試の時に出会った轟を見て、すぐ息子だってわかった。だってあの時のエンデヴァーと、全く同じ目をしていたんだから!!」
轟くんと、
でもきっと、ただ許しがたいから顔を歪めているのではないのだろうとわかった。彼がこんなにも苦しそうに話すのは、きっと──
「……でもそれを、轟くんに言わないでいてくれたんだね」
轟くんに『あんたはエンデヴァーと同じ』だと正面から言ってのけたのなら、彼は今みたいに冷静ではいられなかっただろう。夜嵐くんの言葉に反発して、心乱されて、……今よりもっとマズい状況に陥っていたかもしれない。
でもそうはならなかった。
「……一次試験が終わって、あんたと轟が控え室で話しているのを見た」
「うん、そうだったね」
あの時の、刺すような彼の視線を思い出す。今ならわかる。あれは敵意だけが理由ではなかった。
「その時の轟くんは、入試の時の轟くんと
わたしの問い掛けに、夜嵐くんはグッと声を詰まらせた。見開かれた目が揺らいで、眉間に皺が刻まれる。それは、と溢れた声は小さく、彼の迷いを表していた。
「……確かに、体育祭までの轟くんは他の人を寄せ付けない感じだったよ。きっと入試の時もそうだったんだろうなって、夜嵐くんの話を聞いて思った」
「……っ、なら、」
「でも今の轟くんは、あの時とは
とうとう夜嵐くんは沈黙した。引き結んだ口元の奥から、ギリッと歯軋りの音がする。
「……ね、夜嵐くん。訊いてもいい?」
葛藤に苛まれる彼を、追い詰めたいわけではない。
「人は、一度間違えたら、もう駄目なの?」
けれどこのままで迷ったまま足を止めて欲しくなかったから、わたしは問いを重ねる。これが痛みを伴おうとも、考えてほしかった。
「もう、おしまい? ……ヒーローを志しては、いけない?」
わたし自身も、考えなければならないことだったから。
「……だったらわたしは、もう何にもなれないね」
両親の
「でもそうじゃないのなら、間違えても、もう一度歩いていけるのなら、……」
“大丈夫だよ”と、“いいんだよ”と。
そう笑ってわたしの手を引いてくれた人がいるから。
「轟くんを、もう一度ちゃんと見て。
今、あなたの目の前にいる轟くんは──ヒーローになるために、戦っているよ」
だからわたしもまだ、諦めずに前に歩いていける。
だから夜嵐くんも、見捨てずに受け入れてほしい。
「夜嵐くんは、どうする?」
そんな自分勝手な理由でけしかけてしまったけれど、夜嵐くんは真剣に聞いてくれたようだ。いつの間にか、眉間の皺がほどかれている。彼は真っ直ぐな目で氷と炎を繰り出しながら
ゴギン、とおおよそ人体から出てはいけない音が轟いて、わたしはぎょっとして声を裏返す。
「夜嵐くんっ!? い、痛くない? 治……」
「治さなくていいッス!!!」
「ウワ大声復活だね……」
彼の頬に伸ばしかけた手を引っ込めて、わたしは笑った。ぐわんと鳴る耳鳴りでさえ嬉しくなってしまう。
だって復活したのは大声だけじゃない。彼の目が、表情が、初めて会った時のように輝いているのがわかったから。
「こっちは夜嵐くんの助けもあって、ほぼ避難は終わってる。前線の助けに向かってくれる?」
「了解ッス!!!」
赤黒くなった頬で、それでも爽やかに笑って、彼は風に乗って前線に戻っていった。その頼もしい背中を見送って、さてわたしも要救助者の元に戻って治癒を再開しようかと、そう思って踵を返した。
その時だった。
「ねぇ」
背中に掛かった声に振り返ると、いつの間にそこにいたのか、亜麻色の長髪が揺れていた。士傑の制帽を被った、ボディスーツの女性だ。彼女はすっと、瓦礫の向こう側を指差した。
「あっちの方に、動かしづらい怪我人がいるの。手伝ってくれる?」
「! わかりました、今行きます!」
先導する彼女を追ってやってきたのは、爆発で崩れたのだろうビルの中だった。倒れた柱と柱が不安定なバランスで支え合っているだけで、天井は今にも崩れ落ちてきそうだ。灯りもなく、僅かに開いた入り口の他は瓦礫で埋もれているから、中は薄暗く視界も悪い。
こんな場所に長らく留まっては、じきに倒壊する建物の下敷きになりかねない。一刻も早く救助しなければと、わたしはボディスーツの背中に呼び掛ける。
「怪我人は、どちらに──」
「うふふ、」
彼女はゆっくりと振り返ってわたしを見た。
その顔が、
「ッ!? な──」
溶けていく。その髪も目も、鼻も口も、輪郭さえも。
信じられない光景に思考と動きが止まる。目を見開き硬直するわたしを捉えて、溶けた肌の向こうから覗いた蜂蜜色の目が、にんまりと弧を描いた。
「会えてうれしいです!
「……トガ、ヒミコ……!?」
あの神野の夜、あのバーで出会った
彼女は白い頬を赤く染めて、わたしに向かって心底幸せそうに笑いかけた。
73.少女、問い掛ける。
本当はこの後のトガちゃんとの問答も入れたかったんですが、長くなりすぎるので分けます。
ちょっと最近リアル仕事と本誌のアレコレに心臓をぶっ叩かれているので更新速度が死んでますね。皆様にはご迷惑おかけしています……読んでくださるだけで本当に嬉しいのに、あたたかなお言葉や評価をいただき大変幸せに思っております。いつもありがとうございます。
次回はオリ主視点、次々回は女の子視点、そのまた次の公安組視点回で仮免試験編は終了予定です。原作バイバイが近付いてきている。またお暇な時にでも読んでいただければ嬉しいです。