日射しが無いにも関わらず、じわじわと染み入る暑さの名残がある。そんな夜だった。生温い夜風を剛翼で掻き分け、ネオンが照らす空を行く。
もうほとんどの人は眠りに就いている真夜中だ。こんな時間に起きている人といえば、夜を生業にしている人に、それを求めに来る人だろう。それだけじゃない。眠りたくなくて目を抉じ開けている人も──眠りたくても眠れない人もいる。常日頃「寝たい」「布団が僕を呼んでいる」「多分意識はもう寝てますこれ」とぼやいている彼なんかはその筆頭だろう。ゴーグル越しに目を凝らして、目当てのビルの屋上にいる彼の姿を捉える。そうして剛翼の浮力を切って、その元に降り立った。
「目良さん」
呼び掛けに、ベンチに深く腰掛けていた彼はゆらりと顔を上げた。相変わらず目の下の隈には疲労が色濃く滲んでいる。また寝てないんだろうなァ、と苦笑が浮かんだ。昔から何かと無理して抱え込んで、なまじ能力のある人だからこなせてしまって、結果どんどん自分の時間と健康を削っている。
草臥れたスーツ姿に頭を下げて、俺は目良さんの隣に腰を下ろした。
「やーすみませんホント、こんな時間に呼び出しちゃって」
「構いませんよ。それで、どうかしたんですか?」
ホークス、と窺うような目をしている一方で、目良さんは何かに気付いているみたいだった。声色の端にそうした気配がある。いつものように何でもない顔をしながら、注意深く、慎重に、俺を見ている。
やっぱりこの人は、気付くのか。
……気付かせた上で、俺は、こんな話をしようとしている。
「……すみません、目良さん」
こんな時間に、こんな人に対して、罪悪感が無いわけではない。
それでも今、この胸のつかえを取り払っておかなければ、きっと俺は上手く飛べないから。
「少しだけ、話しておきたいことがあるんです」
───
神野の事件が起きる前、俺は九州方面で頻発していた“個性”薬物の事件を追っていました。……ええ、そうです。
裏の世界が活発になっている。その出所が、大元がわかれば、
売人チームを警察に引き渡して、さァこれから報告書を作らんと、とか。警察での事情聴取に同席させてもらってもいいかもとか、でも腹も減ったしまずみんなでメシかなとか、そんなことをぼんやり考えていて、
──ふと、目線をやった電気屋に並ぶテレビで、あの子のニュースが流れていました。
《雄英、またも
《何故繰り返す!? 雄英の怠慢か 襲撃再び》
《林間合宿中の悲劇! 25名もの被害者、病院へ搬送》
《ヒーロー科生徒2名が行方不明
《爆豪勝己くん。彼は今年の雄英体育祭の1年優勝者ですね。そして彼は昨年4月に起きたヘドロ事件の被害者でもあり……》
剛翼が音を拾う。あからさまに憤慨したり、神妙な顔をしたりするニュースキャスターの声を拾う。数秒の間、立ち尽くしていた俺をビリビリと震わせて。
《
そんなコメントと一緒に、体育祭の映像が流れていたのを覚えています。傷ついた友人を治癒できて、ほっとしたように笑うあの子の笑顔と、画面にデカデカと映し出された【行方不明】【拉致】の文字が重なって。……気付いた時には上空に飛び上がっていました。
我を忘れて飛び出すなんて、笑っちゃいますよね。
……その後の展開も含めて、ホント、笑っちゃうんですけど……ああ、そっか、目良さんも知ってますよね。
そうですよ。
俺、あの子を救けに行けなかったんです。
『待ちなさい、ホークス』
耳朶に飾られたピアス型の通信機から、冷ややかな声。公安委員会会長のいつもの声が、しました。
『あなたは、神野に行ってはいけない。すぐに戻りなさい』
『ッ……、何故、ですか』
誰もいない上空だからか、俺は上手く取り繕えないでいたっけな。
『雄英の、あの子のニュースを見ました。きっと今多くのヒーローたちが捜索のために動いているんでしょう。その中に俺が紛れたって問題ないはずです。職場体験時の上司と部下だとか言っておけばみんな納得するでしょう基本的にヒーローってのは情に厚いですし、……こうして関わっても違和感を感じさせないために、あの子を俺の元に来させたんじゃないんですか』
努めて声を荒げずに、冷静でいようとしましたよ。でもどうしても、気が急いてしまって。矢継ぎ早に訴える俺に対して、彼女は声を重ねました。氷みたいに。
『そう、あなたの言う通り多くのヒーローが集結して被害者を取り戻すべく動いているわ。だからあなたの出る幕は無い』
『遅すぎる!! あの子たちが被害に遭ってもう1日経ってるんです。一刻も早く動かなければ……!』
『ホークス、』
『俺が神野に救けに行かないことに、何か意味があるっていうんですか!?』
『ええ』
あるわ、と。静かに会長は言いました。
『ホークス、あなたの出る幕は
そうして続いたのが、あなたも知ってるアレです。
“
『
『……だから俺に、奴らに取り入って情報を探れと。そのために今回は
『話が早くて助かるわ』
『貴女こそ、見通しが良くていらっしゃる。今回の神野で
『ホークス。あなたは時に、とても楽観的になるのね』
言外に“先のことばかり見ている”と皮肉った俺に対して、彼女も丁寧に皮肉を返した。
『私たちは
ええわかります。わかっていましたよ、あの時だって。そんなことは不可能だって。少なからず裏側の仕事に関わってきたんだから、俺だってわかっています。
でも、理解と納得は同義じゃないでしょう?
『……じゃあ、貴女は、』
いつかの未来のために、今に目を瞑れと、
『俺に、あの子を……見殺しにしろと、そう言うんですか』
ほんの少し、沈黙が続いたんです。でもそれは躊躇いとか迷いとかそんなんじゃなくて、むしろ真逆。
覚悟を研いでいるような、そんな沈黙でした。
『──それが、社会のために必要であるならば』
その声で、ぐわんと脳が揺れました。頭をぶっ叩かれたような衝撃は、多分、ショックだったんでしょうね。
無慈悲なことを言う会長に、ではなくて、
──それで
───
「俺が公安で保護される前のこと、目良さんも知ってますよね」
「……ええ」
徐に立ち上がって、自販機で缶コーヒーを2つ買う。ブラックの方を目良さんに手渡しながら、俺もプルタブを開けた。ぱきゃ、と能天気な音が鳴る。喉を通っていくぬくみは甘いはずなのに、何故かあまり味がしなかった。
「俺の両親は、生活力も思考力も倫理観もブッ壊れてた。……ブッ壊れていることに、気付いたんです」
この翼のお蔭で、と剛翼をはためかせる俺を、目良さんは何とも言えない眼差しで見つめていた。
───
父の“個性”の名は、知りません。両腕に翼を生やしているのは知っていたけど、それで何をするでもなかったから。俺に怒る時も使ってなかったから、多分然程役に立たない“個性”だったんでしょうね。
だからか、彼は俺の翼を疎んじていました。
『嘘をつくな』
『人と関わるな』
『家を出るな』
『何もするな』
いつもそう言って、俺が誰かに会うことを禁じていました。俺が外に出て、自由になることを禁じていました。
『背中向けるな』
多分、彼にとって。この背中の翼は自由の象徴だった。だからいつも目にするたびに蹴り飛ばしていた。羽根を散らすように、痛め付けるように、……いやまァ途中から我流ですけど受け身も取ってましたし大丈夫ですよ。すみません暗い話して。そんな顔しないでくださいってば。
で、話を戻しますけど。父の心配は過剰でしたけど、そう外れてはなかったんですよ。
この羽根はただ動き回るだけじゃなくて、遠くの振動を感じ取って、俺に伝えることもできました。これは母の“個性”【遠見】も関係していたんでしょうね。
遠くを見渡す母のように、俺はこの羽根を使って、遠くの音を拾いました。たくさんの声を聞きました。──たくさんの人々の姿を、知ったんです。
羽根を飛ばした先の街では、たくさんの人たちが行き来して生活していました。取引先に電話をしながら駅へ向かうサラリーマン、屋台の呼び込み、学校ではしゃぐ子どもたち、買い物帰りに子どもと手を繋ぐ母親……『今日の晩御飯はハンバーグにしようか』なんて笑う声だって聞こえた。こんなにもたくさんの人が、働いて、学んで、笑って、生きている。それがわかったんです。
目を開ければ俺は、電気さえ止められがちな、薄暗くて寂れたプレハブ小屋の中に踞っていたけれど。羽根の振動に耳を澄ましているうちは、目の前に光が射した気がしたんです。
真っ当に生きている人たちの姿は、眩しかった。
見えていなくても、眩しいってわかった。
これが正しい人の在り方だって、
……俺の両親が正しくないって、気付けたんです。
───
「だから俺、知ってるんですよ。
ひとりひとりの生活が本当に眩しくて、大切だってこと」
俺と会ったことない人だろうと、名前も顔も知らない人だろうと、その人は誰かにとっての大切な人で、その人の掛け替えのない人生がある。
その事実は小さい俺の正しさの拠り所だった。ヒーローになってからも、そうした人々を守っているんだと思えば誇りが胸を満たした。……嬉しかった。守りたいと、より強く思ったんだ。
「だから、……だからね、目良さん」
声が震えたのは、夜風が冷たかったせい。それだけ。
「……あの子ひとりのために、他のみんなを犠牲にすることはできない」
俺が今、あの子の元に駆け付けて、その場にいる
最速で
「結局俺は、会長に同意したんです。だから神野に行かなかった」
「でもそれは、違法薬物の取り締まりもあってのことです。君が君を責める必要は、」
「責める?」
思わず上げた笑声が、ひび割れた。目良さんの頬が微かに強張るのがわかって、ああ申し訳ないなと思いはしたけれど、止められなかった。
「多分、責めるとは違うんです。ただ
「……わかった、とは?」
口許には知らず知らずのうちに笑みが整っている。もう、随分前から癖になっていた。眉尻を下げて、目を細めて、口角を吊り上げて。嫌みなく、隙なく、完璧に──笑え。
「俺とあの子じゃ、あまりに違うってことですよ」
脳裏にあの子の、愛依の姿がよぎる。公安の訓練後、久しぶりに会えて嬉しそうに笑う顔。雄英入学が決まって初めての独り暮らし、不安と期待で揺らいだ瞳。電話越しの泣き声も、まだ忘れられずに覚えている。
ずっとそうして笑ってほしかった。泣いてほしかった。
心を磨り減らし過ぎて、疲れきって。空っぽの目で俯く愛依を見るのは、もう……。
「……俺はあの子を、二度見捨てました。一度目は神野で。そして二度目は今日、多古場試験場で」
そう思っていたはずだった。
確かにあの子を大切に思っていたはずだった。
でもその結果。俺に一体、何ができた?
「あの子がトガヒミコによって傷つけられたって知ったのに、俺は公安からの指令を優先した。……“
俺は、何も、してやれんかった。
「“ヒーローが暇をもて余す社会”っていう、先の目標を最速で達成するには、それが最善だって判断しました。俺は、……納得してしまったんです」
そうして廃ビルで邂逅した荼毘は、ピエロになった俺を見て嗤った。
『でもいいのか? ホークス』
『何が』
『お前、あいつの“保護者さん”じゃなかったっけか?』
……ああそう言えば、そんなことも言ったっけと懐かしさを覚えた。職場体験の時、あの博多の路地裏で、愛依を背に庇いながらそんなことを俺は宣った。守っているつもりだったんだ。
今にして思えば、なんて自惚れだったのか。
『──ンなわけないでしょ』
保護者を名乗る資格なんざ、最早俺にあるわけがない。
「俺はこんなだから、何もできない。でもせめて最後にひとつだけ。早く、速く──あいつを“ここ”から、逃がしてやらんと」
懐から取り出したケースを、強引に目良さんに握らせる。彼はいつもの半眼を一層険しくした。
「……このチップやUSBは何です」
「あの子が公安に引き取られてからのカルテ、生育記録等々のデータがまとめられています。……公安職員があの子に掛けた言葉とかも、色々とね」
試しに起動してみた投影装置からは、セントラル病院の映像が浮かび上がった。真夜中の廊下、疲労困憊で膝から崩れ落ちる愛依の腕を掴む、あの公安職員の姿。彼はぐったり目を伏せる愛依にがなり立てた。
『……このような時のために、育てられたのだろう! さっさと役に立て!!』
ピ、と無機質な機械音とともにあの日の映像は掻き消える。これもまた愛依の保護に役立ってくれるだろうと、願いと確信を込めて目良さんに託した。
「雄英の根津校長は、“個性”人権教育に多大な貢献をした世界的“偉人”です。公安の圧力にも簡単には握り潰されないハズ。このデータを上手く役立てて、あの子を守ってくれる」
「……これを、」
「はい?」
目良さんは、俯いていた。生成り色の髪から僅かに覗くその口許が、ぎゅっとひん曲がって。それから苦しげに言葉を絞り出す。
「これを手に入れるために、あなたは何を差し出したんですか」
……目良善見という人は、きっとめちゃくちゃ貧乏クジを引くタイプだ。今目の前にあるこの表情が、その声色が、これまで過ごしてきた数年間が俺にそう確信させる。
社会のために情を削ぎ落とさなければやっていけない、こんな公安という組織にいるには、彼は優しすぎた。削ぎきれない情のために、身を引き裂かれる思いをしたことだって、一度や二度ではないんだろう。それでもずっと、俺やあの子のために、多くの心を砕いてくれていた。
“ありがとうございます”という礼の代わりに、俺は肩を竦めて笑う。
「いーんすよ。俺のことは」
もう、本当にいいんです。だって俺はもう貰いすぎた。
クリスマスも誕生日も楽しかった。“生まれてきてくれてありがとう”なんて言われる日が来るとは思ってなかった。
あなたのお蔭で、あの子のお蔭で、俺は充分過ぎるほどの幸せを貰ったから。だから後はもう、ただあの子のために。
「あの子は
もっと広い世界で生きてほしいと送り出した雄英で、あの子はたくさんの人たちと出会った。
治癒の使い方を教えてくれている
叱咤激励して、共に高め合う
あの子の自己犠牲をきちんと咎めて、制止してくれる
『──それでも私は、愛依ちゃんが傷付くのは、嫌よ』
そう言って愛依のために泣いてくれた、
彼女らを見て、確信した。……愛依はもう大丈夫だって。
「雄英はあの子を、守ってくれる」
いつの間にか飲み終えていた缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れ、俺は立ち上がった。そろそろ行かなくちゃいけない。最近派手に探ったり交渉したりしたせいで厳しくなった監視の目を誤魔化すために色々と細工はしたけど、もう限界だろう。じきに睡眠薬の効果も切れて、現時刻の当番である職員さんの目も覚めるはず。
でももう言うべきこともやるべきことも託せた。
だからもう、大丈夫だと、足を踏み出したその時。
「……君だって、ずっとあの子を守ってきたでしょう!」
背中に掛かった大声が、剛翼をビリビリと震わせる。びっくりして振り返ると、目良さんが拳を握り締めながら立ち上がっていた。普段大声を出しなれていないせいか、声が少し裏返っている。……それだけ真剣に言葉を紡いでくれているのだと、わかった。
「あの子の命を救ったのは君だ。“個性”の関係で閉ざした心を開いたのも君だ。自殺しかけたあの子に、生きる意味を与えたのは……! 誰でもない、他ならぬ君でしょう、ホークス」
そう言う目良さんこそ、ずっと守ってきてくれたくせに。
“
そうやって、いつも。俺とあの子のことを気にかけ、一緒にいる時間を守ろうとしてくれた。
(……でも、もう)
もうそれに、甘えてはいけない。
「始めはそうだったかもしれませんね。あの子は、俺に【依存】して始まった。……でも今はそうじゃないでしょ」
「だから離れてもいいのだと?」
「そうするべきです」
「君がずっと遠くに離れたら、あの子は必ず、深く傷付く」
そうかもしれない、と頭の片隅で声がした。目を閉じる。目蓋の裏でいつかのあの子が笑っていた。
『ね、啓悟くん』
過去のいきさつもあって、愛依は色んなことを我慢してきた。公安の訓練や生活には辛いこと、痛いこと、寂しいこともたくさんあったろうに、それを丸ごと飲み込んで唇を引き結んでしまうような子だった。
そんな子が、俺が傍にいるだけで、ぽたぽた涙を流した。絵本を読んでほしいだなんて細やかな願いをおずおずと溢した。時にははにかんで、時にはきゃらきゃら声を上げて、頬を染めて笑った。
『生まれてきてくれて、いっぱい、いっぱい、ありがとう……!』
ずっと俺は、守っているつもりだったけど。
傍にいて救われていたのは、きっと。
「……ねえ、目良さん」
あの子が傷付くことのないよう、守ってあげたい。
「あの子、
「……、はい」
「その時こう考えてたんじゃないかなって思うんです。
俺を守るためなら、どんだけ傷付いても、歩けなくなっても、ヒーローになれなくなっても、……最悪死んでもいいって」
我ながら酷く自惚れた台詞だ。でもこれを自惚れではなく実際にそうだと思えるほど、あの子は俺を大切に思ってくれてる。そう確信するほどの時間を重ねた自負がある。
「俺はあの子のために命を懸けられないのに、あの子は俺のために命を落とすことを恐れない。
……フェアじゃないでしょ。真っ当じゃない」
時間を重ねて、一緒に過ごして、そうして確信した。
愛依は俺のためにと言って死を選ぶことができる。その過程で怖がったり躊躇ったりしてくれない。恨み言のひとつすら遺さず、ただ笑って消えていってしまうような、そんな予感があった。
「オールマイトが来た時に、やっと“生きられるんだ”って、“生きたい”って思ったんだって、あの子は言ってました」
打ちのめされるより、納得が先にやって来た。だってそうだ、あの夏のI・アイランドでも実感しただろう。
俺は、オールマイトやあの人みたいになれない。
……俺の背中じゃ、安心させてやれんって。
「俺じゃあ、駄目なんです。
俺じゃあの子に、……“死んでもいい”と思わせる。“生きたい”って思わせてあげることは、できない」
「っ違います! ホークス、それは、」
「俺はね、」
目良さんを制して、俺は続けた。知らず知らずのうちに声は上擦り、夜の空に反して陽気に響いた。
「あの子が泣くのは、まァ嫌だけど、もうちゃんと立ち直れるってわかってるから大丈夫です。心配なのはそれぐらいですかねー。後はもう、俺のこと嫌ったって恨んだって構いません」
「っあの子がまさか、そんなことするとでも、」
「わかんないですよ? 可愛さ余って、ってヤツかも」
愛依がそんな風に思えない子だってのは、俺だってよく知ってる。わかってる。だからこそ俺は笑って目を伏せた。“そうであればいい”と願って目を伏せた。
俺のことなんか、嫌ってしまえばいいのにって。
「たとえ嫌われたって、傍にいなくたって、あの子がどこかで笑って生きてくれるならそれでいい。……こういうのを“オヤゴコロ”っていうんでしょう?」
背中に掛かる声を振り切って歩き出す。大きく足を踏み出すと同時に跳躍し、フェンスの上に立った。
空を仰ぐ、──朝はまだ遠い。
目良さんを振り返って、ひとつ笑って一礼。そうして仰向けになるようにして屋上の空へ身を投げた。ひゅうひゅう吹き荒ぶ風と一緒に、暗い暗い夜の底へ。
「親は子のために、離れんといけん、ね」
───
「ホークス……!!」
慌てて駆け寄り、フェンスにしがみつくようにしながら、僕はホークスが落ちていったビル間を覗き込んだ。光がロクに射さない夜の中でも、この目ならその姿を捉えることができる。真っ逆さまに落ちていった赤い翼は、地上スレスレのところで浮上し、そのまま羽ばたいて彼方へ飛んでいってしまった。もう豆粒ほどの大きさになった彼の背を見送って、がくりと膝をつく。はあ、と深く息を吐き出した。
「……本当に、……」
本当に、心臓に悪い。退場の仕方も、残した言葉も。
本当に、本当に、……色んなことがやりきれない。
「君のその感情が、本当に親心なら、……そんな顔しないでしょうに」
ぽつりと呟く言葉はもう、彼に届かないのだろう。
──届かせるためには、どうすればいいのだろう?
「……僕は……」
手の中のケースは、重かった。託された願いの分だけ重かった。それを決して取りこぼすことのないよう両手で握り締めて、僕はまた眠れないまま、白み始めた空の端を見つめていた。
76.正義の味方、懺悔する。
更新遅くなりまして申し訳ありません……!あまりに遅筆で書けなさすぎて頭抱えてたんですが、皆様のあたたかいお言葉やお気に入り登録、評価等々にお力を頂いて何とかこぎ着けました。いつもいつもありがとうございます!!
今回の話はホークス独白回でしたね。場面転回がわかりづらくて大変申し訳ないのですが、書きたかった部分は書けたので個人的には楽しかったです。それにしても今更ながら弊ssのホークスも目良さんも魔改造が過ぎますね……特にホークスに関しては今回めちゃくちゃ私的な自己解釈が含まれてます。何でこうなったのかはまた余裕があるときについったか活動報告に書きます。
次回からはちょっとインターン前の雄英新生活編って感じで雄英でのアレコレを書いていこうと思います。【雄英新生活編】【インターン編】【解放戦線編】でラストまでいこうと考えているので、ちょっと広げた風呂敷を畳むのに更に時間が掛かりそうで恐縮ですが、またよろしければお読みくださると嬉しいです。