【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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79.少女、落涙。

 

「聞いたかい空中(そらなか)さん!!!

 A組のほぼ全員が除籍処分されるところだった話を!!」

 

 彼が、どのような経緯でこれをわたしに話すに至ったのか。それを語るには少し時間を遡らなければいけない。

 

 

 

 

 爆豪くんと組み手をしたあの日から、放課後の体育館は賑やかになった。常闇くんや緑谷くん、切島くんをはじめとしたA組のみんなが、一緒に組み手をしようと訪れるようになったのだ。

 

「空中、今度は俺といいか」

「うん……! よろしくお願いします、常闇くん」

「ソラ! ソラ、オレモ! 忘レンジャネーゾ!」

「! ふふ、そうだった。ごめんね黒影(ダークシャドウ)、よろしくね」

「アイヨ!」

 

 空中戦では常闇くんが相手してくれることが多くなった。空中での移動速度や攻撃の手数はわたしが一歩リードしているものの、攻撃力や防御力は圧倒的に常闇くんと黒影(ダークシャドウ)が上回る。空中での攻防、そのための身のこなし、間合い──戦闘スタイルの違う常闇くんから、学ばせてもらうことは山ほどある。

 

「飯田くん、シュートスタイルの確認をしたいんだ。もしよかったら一手お願いしていいかな?」

「もちろんだとも! こちらこそ頼む緑谷くん!!」

 

 パンチャーの印象が強かった緑谷くんは、最近蹴り技主体に移行したらしい。“個性”【エンジン】による脚力を武器にする飯田くんに、フォームや立ち回りなどを教授してもらう場面をよく見かける。こんな風に、それぞれがそれぞれの先生として、互いに切磋琢磨し合って──

 

「ッでてめェらここに集まってくんだよ散 っ て 死 ね !!」

「色んな体育館を占拠しちゃ他の人らに悪いだろ? それに一緒に修行できんならそっちのが強くなれそうだしな!」

「──チッ……オイ切島、てめェ爆破させろや……」

「おう! 頼むぜ!!」

 

 ……時折凶悪な舌打ちが聞こえるけれど、まあそれはそれとして。こうしてA組のみんなが集まって、さまざまな“個性”と戦闘スタイルがぶつかり合って切磋琢磨し合う中で、ひとつの話題が上がった。

 

「……必殺技?」

「そ。空中はさ、なんか考えてる?」

 

 体育館の端で水分補給をしていた際、同じくスポドリを口にしていた耳郎さんが首を傾げる。その動きに合わせて耳たぶのイヤホンジャックがゆらりと揺れた。

 耳郎さんの【イヤホンジャック】は聴力を増幅させて索敵に役立てるだけでなく、自身の心音を増幅させて放つことで音波攻撃を可能にする。耳郎さんはその音波攻撃に磨きを掛け、イヤホンジャックをサポートアイテムのグローブに接続することにより、更に強力な“ハートビート・ファズ”という必殺技を手に入れたのだという。

 

「必殺技かぁ……」

「あれ、その顔はない感じ?」

「子どもの時にひとつやふたつ考えたろ?」

「実用性度外視の超夢見がちなやつ」

「うーん……」

 

 “個性”【依存】によって後天的に生えたわたしの【翼】。はじめは身体を作り替えたことによる負荷との戦いで、兎に角【翼】を身体に馴染ませることが急務だった。少しずつ枚数を増やしながら、複数の羽根を並行操作する。攻撃に、移動に、防御に、諜報に──そうした基本的な動作を磨くことで精いっぱいだったから、必殺技を作ろうなんて発想すらなかった。

 そんな公安時代を思い出しながら、曖昧に笑う。

 

「わたしは、そうだね、あまり考えてなかっ、」

「確かに空中さんの【翼】は自由自在で応用が効くからね!」

 

 曖昧に笑おうとした、その表情のまま硬直してしまう。ずずいと進み出た緑谷くんは眩しい笑顔で目をキラキラさせていた。

 

「空中さんの【翼】1枚1枚の羽根を自在に動かせるその性質は前にも話した気がするけどホークスの【剛翼】に似てるよねホークスの【剛翼】もそうだけどただ羽根そのものを操作することに留まらなくて固く鋭くするみたいな形状変化できることも大きいよ大量の羽根を精密に同時操作するのは難しそうだけどその変化も合わせて使いこなせば攻撃も移動も防御も拘束もできる!本当に何でもできる“個性”だブツブツブツブツ……」

「え、と、」

「今日も今日とて絶好調やねえデクくん」

「クソナードうぜェの間違いだろーが」

「え? ……あっごめん空中さん! ついベラベラと……!」

「う、ううん」

 

 大丈夫だよ、と笑えば緑谷くんもほっとしたように笑った。少し呼吸を整えて、ぽりぽりと頬を掻きながら、口許を和らげる。

 

「柔軟で、自由度が高い、何でもできる力だからこそ──これぞ!って定めた型があると、何をすべきかがわかりやすくなると思ったんだ」

 

 何をすべきか。わたしのこの【翼】で何ができるか。

 必殺技を作るということは、力に名前をつけてかたちどることなのだと。今まで無かった発想や視点を前に、わたしは口許に指を添えて考え込む。

 

「何を、すべきか……」

「ああ。技は必ずしも攻撃技である必要はないとエクトプラズム先生が仰有っていた。俺の“レシプロバースト”もまた必殺技として数えていいんだそうだ」

「シンリンカムイが使う“ウルシ鎖牢”もだな」

「まァ要するに、自分の中に【これさえやれば有利・勝てる】って型をつくろうってこったな」

 

 飯田くんの移動技や、シンリンカムイの捕縛技みたいに。自分が窮地に陥った時、誰かのピンチを救うため動かなきゃいけない時。

 “これ”があったら大丈夫っていう、命綱。

 

「ちょっと前に必殺技を作る授業があってさ、ホラ見て! あたしの“アシッドベール”!」

「わあ……!」

 

 ぴょこん、と立ち上がって踊るように腕を振った芦戸さんから、酸の滝がゆっくりと流れ落ちる。それはさながら、盾のようで。

 

「これは……防御技だよね?」

「そう、酸の粘度と溶解度をMAXにして壁を貼るんだー! 何が来てもドロッドロだよ!」

「かっけェけどよくよく考えたら怖いなこの技」

 

 峰田くんの呟きを聞きながら、わたしも意識を集中させた。誰かを守るための技を、盾を、わたしも編みたいと思ったから。

 硬度を高めた羽根を、円形状に展開させて──!

 

「こ、……こんな感じ?」

「いーじゃんいーじゃん!」

 

 作り上げた羽根の盾を見て、芦戸さんの声が華やぐ。それを皮切りにみんなもそれぞれに声を上げた。ある人はにぱっと笑顔で、ある人は渋面を作って、またある人は至極真面目な顔で。

 

「せっかくだし攻撃技も作ろうぜ! 格好いいやつ!」

「上鳴あんたね、自分の攻撃技以外も考えたら?」

「ヴっ、いやまあそれはそうなんだけどさー」

「羽根の盾……攻撃を受け止める部分は硬く、その周囲を柔らかく変形させることができれば、衝撃を逃しやすい構造になるのでは?」

愛依(あい)ちゃんの攻撃技やったらあの羽根の弾丸! あれ綺麗で強いしで必殺技にしたらぴったりやと思うんよ」

 

 上鳴くんと耳郎さんの軽快なやり取りに笑って、八百万さんの流石の解析力になるほどと頷いて、お茶子ちゃんの満面の笑みに頬が熱くなって。

 みんなの声と笑顔に、囲まれて──わたしは、ふやける口許を誤魔化すように、へらりと笑った。

 

(あったかい、なあ)

 

 まるで嘘みたいに、光に溢れてる。

 

 

 

 

 そんなことが3日続いて、ある日のこと。いつものように午前の通常授業を終えて、学食でみんなとご飯を食べて。午後からのヒーロー基礎学の時間を迎えたわたしは、ヒーロースーツに着替えてグラウンドにいた。

 ただし今日はA組のみんなとではなく、B組のみんなとだ。

 

「お、空中!」

「拳藤さん」

 

 少し早めに集まっていたらしいB組のみんなの中から、拳藤さんがこちらに手を振ってくれた。近接戦闘を得意とする彼女にぴったりな、青緑のチャイナ風のヒーロースーツ。その広がった裾が軽やかに揺れる。

 そちらに小走りで駆け寄ると、拳藤さんはいつもの爽やかなそれから、微かに笑みの色を変えた。目を伏せる。オレンジブロンドの長い睫毛が、静かに影を落とした。

 

「……大変だったね、大丈夫?」

「……うん、わたしは大丈夫だよ」

 

 少しだけ低められた声に、にこりと笑って返す。すると拳藤さんもそっか、と柔らかく笑ってくれた。いつものように接してくれることが、ほっと心を軽くしてくれる。

 

「ありがとう。でもわたしより、拳藤さんや、B組のみんなこそ……、」

 

 周囲を見渡して、わたしは瞬きひとつ。先ほどB組の“みんな”と言ったけれど、それは誤りだった。あの特徴的で可愛い赤い帽子が、フレアスカートを纏った彼女の姿が見当たらない。

 

「ああ、小森なら今日風邪引いて休みだよ」

「取蔭さん、……そうなんだ。大丈夫かな」

 

 わたしの視線に気付いたのか、取蔭さんがわたしの肩をぽんと叩きながらそう答えた。彼女が緩く首をかしげると、波打つ彼女の黒髪が艶めく。

 

「ちょっとした夏風邪らしいけど……ねェ、心配だねぇ黒色」

「なっ、そっ……、…………に……」

「? 黒色くん?」

 

 何故かにんまりと笑った取蔭さんに、何故か不自然に声を詰まらせる黒色くん。不思議に思って問い掛けても、黒色くんは視線を移ろわせて逸らしてしまう。

 

「黒色はきのこにお熱だからな~」

「ねっ……ち、が…………」

「お熱?」

「お熱は好きってこと……待ってヤバいこれ死語なのかな」

「おネツ……ah, Kinoko caught a cold……I hope her get well! エート……おだいじん?」

「御大尽って何だっけ!?」

「金持ち」

「遊郭で豪遊する客」

「この前のアニメ鑑賞会の影響じゃんね」

「ん」

「混ざっちゃったか~~」

 

 吹出くんは「アチャー!」と文字を変化させながら頭を抱えて、その向こうで骨抜くんが「Pony, “Odaizin” means rich. When you say "take care" in Japanese, "Odaizini".」と角取さんに話している。そんなわいわいと賑やかな中、わたしは小さく息を溢した。

 

「……好き、かあ」

「どうかされましたか、空中さん」

「塩崎さん、……いや、その、……」

 

 たおやかに微笑む塩崎さんを前に、あの夏の日の夜が脳裏に甦った。林間合宿2日目の夜。A組とB組の女子で集まって、恋の話をした時のこと。……いや結局途中から「男になった拳藤さんと付き合いたい」とか「男子の中で1日入れ替わるなら誰を選ぶ」とか「黒影(ダークシャドウ)は可愛い」とかそういう話題で盛り上がっていたけれど。

 

「本当に、何でもないんだけど……ちょっと思い出しちゃって」

 

 それでもほんの少しだけ、恋の話を、愛の話をしたのだ。

 その時のやりきれない気持ちまで甦ってくるようで、わたしは誤魔化すように笑みを作った。大丈夫。何でもない。何でもないって顔で、笑え。

 遠くの星明かりを見上げるような、そんな気持ちはしまっておくの。

 

「オイお前たち!! 随分と元気そうだ、扱き甲斐があるようで大変結構!!!」

 

 と、その時。グラウンド全域に響き渡りそうな大声が轟く。これも何だか久しぶりだなあと感じながら振り返ると、予想通り、ブラドキング先生が筋骨隆々な腕を組んで立っていた。

 B組の面々とわたしを見渡し、彼は宣言する。──今日のヒーロー基礎学では、一対一の戦闘訓練を行うと。

 

「“個性”の使用は自由。相手を拘束、もしくは行動不能にするのが勝利条件となる。しかし戦闘訓練といえどお前たちはヒーローを志し、仮免許を取得した者! 市街地や相手……(ヴィラン)への被害は必要最小限に留めること! いいな!!」

「「「はい!」」」

 

 声を揃えて頷いたB組のみんなにヨシ、と頷き、次いでブラド先生はわたしを見た。

 

「今日は【治癒個性教育プログラム】の関係で、空中が組手を終えたお前たちの怪我を治癒する。他、質問あるか」

「よろしいですかな」

「何だ宍田」

「今日は小森氏が欠席ですぞ。19人という半端な人数ですが、組み合わせはどうなさるのでしょう?」

「フム……」

 

 顎に手を当てて唸るブラド先生。その様子を見て幾つかの手が上がる。

 

「ハイ!!!! 俺!!!! 俺が2回戦う!!!!」

「うるせェぞ鉄哲……俺が切り刻んでやるってンだよォ!」

「あっ挙手制な感じ? じゃあ俺も」

 

 順番に鉄哲くんが、鎌切くんが、回原くんが手を上げる。彼らの目はきらきら燃えていて、それだけ戦闘訓練に意欲的なんだとわかる。わかる、けれど、……わたしは意を決して声を振り絞った。

 

「あ、の!」

 

 二十対の瞳が、一気にこちらを向く。その勢いに気圧されないようにと、努めて声を張った。

 

「その、すみません。……わたしも組手、混ざりたいです」

「空中?」

「ブラドキング先生、みんなの治癒は勿論行います。けれど……もしよければ、わたしも戦闘訓練を受けたい。今よりずっと、ちゃんと、動けるようになりたいんです」

 

 ブラドキング先生はこう言い募るわたしに、さまざまなことを思い出したのだろう。鋭い目の奥が揺れたのを、確かに見つけた。彼は熱血漢であり、人情家のようだから。

 けれど悲嘆に暮れることなく、同情に揺らぐことなく、ブラド先生は眉目を引き締めて声を轟かせた。

 

「わかった。その意気やよし!! とくとぶつかってみるといい!!」

「あ……! ありがとうございます!」

 

 ブラド先生の許可を得て、わたしはB組の戦闘訓練に混ぜてもらうことになった。一対一で10分の制限時間内で戦い、他の待機組はその戦いをモニター越しに観戦するというもの。その後講評、準備を挟んでまた次の組……といったサイクルで行うという。

 誰と戦うことになるのかは、くじで決めることになった。いつか使った気がするブラックボックスの中に手を差し込んで、ボールを掴み取る。それに書かれたアルファベットはJだった。

 

「やあ、空中さん」

「! 物間く……」

 

 そんな時、背後から現れた物間くんの手に握られていたのはJの文字が大きく書かれたボール。つまり、

 

「物間くんと、だね。よろしく」

「こちらこそよろしく。あァそうそう! 空中さん、」

「?」

 

 何だろう、と首を傾げたわたしに、物間くんは口角を吊り上げる。

 

「訓練前のコピーは、まさか卑怯とは言うまいね?」

「? うん、もちろん。言わないよ」

 

 物間くんの“個性”【コピー】が真価を発揮するのは、さまざまな“個性”を複数コピーして使い分けるところにある。せっかくの戦闘訓練なのだから、全力の物間くんと戦いたい。

 わたしはただ、そう思っていた。

 

「……、有り難いことだね」

 

 そう思って、何も考えず頷いたけれど。

 物間くんはくしゃりと歪めた笑顔で、そう言った。

 

「……? 物間く、」

「さァ始めるぞ第一試合!! 皆準備に着け!!」

 

 その表情の意味を問おうとしたけれど、それより早く“試合開始”の号令が響き渡って。踵を返して翻る彼の燕尾服の裾を、ただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 そうして、今日の授業の最終戦。運動場γ──工場地帯を模した訓練場の一角で、わたしと物間くんは向かい合っていた。ここは大小さまざまな無数の配管が上に下にと敷き詰められているため、開けた場所が少なく、足場や視界の悪さに定評がある。

 

(狭所で戦うのは避けたい。距離も、付かず離れず詰められないようにしないと。だから……)

 

 わたしが考えを纏めている時、フ、と小さな笑声が聞こえた。顔を上げる。燦々と降り注ぐ陽光はここには届かず、配管に遮られた薄暗い影の中で、物間くんが目をすがめているのが見えた。

 

「索敵、攻撃、防御に移動、救助まで! 相変わらずなんとまァ、何でもできるいい“個性”だね」

 

 “いい個性”──物間くんはきっと、深い意味で言っているわけじゃない。だからわたしも、さらりとかわして、当たり障りなく返すべきだった。

 

「……、そんなこと、ないよ」

「──へえ?」

 

 それなのに、声を詰まらせてしまう。

 物間くんもまた、何か含んだ声色で小さく呟いて。

 

 そして──ブラド先生の合図ともに、同時に動いた。物間くんがその場を跳び退って物陰に隠れようとしたのと同時に、腕を下から上へ鋭く振り上げる。

 

「“雲雀(アルエット)”!」

 

 【揚げ雲雀】という言葉がある。それは雲雀が地上から天に向かって垂直に飛び上がり囀ずる様を表した言葉だ。その軌道を模して、硬化させた羽根を物間くんのヒーロースーツに引っ掛け、空高く運んでいく。

 福岡でホークスもよく使っていた、飛行能力の有無を以て相手の動きを封じる技。並の(ヴィラン)ならこれで終わるけれど──物間くんはわたしを見下ろし、鼻で笑う。

 

「これで終わったとでも!?」

「まさか!」

 

 そう、あの物間くんだ。こんな程度は想定内だろう。彼はきっとわたしと戦うに当たって、飛行能力の差を埋める“個性”をコピーしてきているはず!

 そう予想して身構えたわたしは、物間くんの頭部からにょきりと二対の角が生えてくるのに気づいた。折れ曲がりながら天を向いたそれには見覚えがある──角取さんの【角砲(ホーンホウ)】だ。彼は射ち出したそれに乗って宙を滑るように移動し、配管の裏に姿を消そうとする。追撃しようとしたわたしに、新たに2本の角が差し向けられた。

 

「っ、く……!」

「へーぇ、これも防ぐかァ」

 

 角砲(ホーンホウ)は見た目の細さに反してパワフルで、展開した翼の盾をも突き抜けんとする勢いだ。羽根の硬度を高めて、いなして弾いたわたしに、声が降ってくる。

 

「空中さん、今君はこう考えているんじゃないかな?

 “物間くんは、翼の飛行能力や遠距離攻撃に対して、同じく遠距離攻撃で対抗しようとしている”──って」

 

 角砲(ホーンホウ)に追われ、追う間に、わたしはより配管が複雑に入り組んだ地点に入り込んでいた。薄暗い中で声が反響して、出所が掴めない。ならば、とわたしは羽根を四方に飛ばした。ヘッドフォンに手を当てて、さまざまに伝わる羽根の振動に耳を澄ませる。

 

「だから今、君は僕と距離を詰めようとやって来た。その羽根で僕の居場所を探ろうとしている。

 でもそれは浅はかな真似かもしれない。何故って?」

 

 一際大きく響いたその地点に目を向ける。日が差さない、真っ暗な路地裏のような場所。その片隅から声がする。羽根が震える。捉えた振動が、けれど何故か──するり(・・・)と溶けるように移動して、わたしの真上に移動した。

 まさか。確信に至るより先に、それ(・・)は降ってくる。

 

「だって僕は一言も、“遠距離攻撃に徹する”なんて言ってないじゃないか!!」

 

「──! “甲羅(リュッケンシルト)”!!」

 

 手元にある羽根を総動員させて、自分の身体をくるんで硬化させる。亀の“甲羅”を模した、今のわたしにできる最大限の防御技。けれどそれが、ボゴン!!!、と衝突に悲鳴を上げて散っていく。浮力が弱まり、地面に向けて落ちながら反撃の羽根を向かわせるけれど、今の彼の肌はそれをいとも容易くはね除ける。

 

「効かないなァ、パワーが足りてないのかな?」

 

 首元を掴まれ、抑え込まれる。その手は元の色ではない、鈍色の光沢を放っていた。

 

「……っ、鉄哲くんの」

「そう、【スティール】。君には天敵かと思ってね」

 

 残った羽根で背中を浮かせて落下の衝撃を緩和することはできたものの、それが精いっぱいだった。鋼鉄と化した身体はちゃちな攻撃じゃびくともしない。仰向けに倒れたわたしの首元を押さえ、見下ろす物間くんは笑っていた。

 角取さんの【角砲(ホーンホウ)】で影の多い裏路地に追い込み、黒色くんの【黒】で影に溶け込み合間を詰めて、鉄哲くんの【スティール】で落下の衝撃・重量を武器にわたしを押さえ込む。……これを物間くんは、始めから狙っていたんだ。そうしてまんまとわたしは窮地に陥っている。

 

(……っでも……!)

 

 まだ試合は終わってない。このまま本当に行動不能にさせられる前に、何とか隙を作って、もう一度空に……!

 

「──とでも考えてるんだろA組!!」

 

 視界の端で集結させていた羽根が、彼の裏拳を受けて霧散する。その拳がわたしの顔に迫るのを見て、慌てて羽根をかき集めて防いだ。

 

「やっと間合いを詰めることができたんだ、みすみす逃すわけないだろ?」

 

 2発、3発と降ってくる拳に対して、わたしは防戦一方。このままじゃダメージを負って使える羽根がどんどん減っていく。治癒で羽根を再生させようとすれば、今より大きな隙が生じる。

 このままじゃいけない。ジリ貧だ。

 だからもっともっと、──速く!!

 

「“突風(ブラスク・リーゼ)”!!」

 

 全てを置き去りにして吹き抜ける風のように。そんなイメージの元編み出されたこの技は、数多の羽根を相手に向かって掃射する。身体中に浴びせられた羽根の弾丸に、物間くんは少しだけ顔を庇った。

 

「ッハ! この程度……!」

「そうだね、今のあなたには効かない」

 

 ダメージが入らないのは織り込み済み。これは撹乱。一瞬でいい、虚を突き目を眩ませて時を稼ぐ。

 この一瞬が勝負だ。研ぎ澄ませ。鋭く、硬く、速く──

 

 

 

 

『空中ってさ、たくさんの羽根を使うと頭痛くなんだろ?』

『うん、そう……まだまだ訓練不足で……』

 

 いつかの時が脳裏に甦る。あれは体育館での自主練中、休憩を取っていた時のことだ。上鳴くんにそう言われて、わたしはずきずき痛む頭を押さえながらへらりと笑う。

 こんな有り様じゃ目標(ホークス)は遠いなあ、なんて、そんなことを思って俯いた時。

 

『フーン、じゃああれよ、いっそのこと減らしたら?』

『……へっ?』

 

 思いがけない言葉に顔を上げると、そこに目をきらきらさせた上鳴くんがいた。彼はばちんとウインクして笑う。

 

『たくさん動かそーって考えると大変そうだしさ、少しに絞って動かすんだよ! そうアレ、イッキョクシューチューってやつ!』

『ごめん空中、多分こいつ最近覚えた言葉を使いたいだけだから』

『幼児か』

『幼児じゃねーし!!』

 

 耳郎さんや障子くんのツッコミに憤慨する上鳴くんに、思わず笑ってしまって。そんなわたしの隣から、くすくすと控えめな笑声が重なった。

 

『ふふ、でもそうね。視点を変えてみるのはいいことだと思うわ』

『梅雨ちゃん』

『一緒に考えて、練習して、……そうして一緒に、強くなりましょう』

 

 梅雨ちゃんは柔らかに笑う。その顔は、声はまるで、“ひとりじゃないわ”って、わたしに言ってくれてるみたいで。

 

『……っうん!』

 

 わたしはただ、嬉しくて。ぺかぺか笑って頷いた。

 

 

 

 

 そうして新たに創り上げたこの技は、ある意味ホークスの真逆を行く。数多の羽根を精密に捌き、あらゆることを成し遂げる彼とは違い、これは一極集中(イッキョクシューチュー)の技。

 数多の羽根に意識を割くのではなく、1枚の羽根に限定して操作する。硬度を、速度を、限界まで高めて──放つ!

 

「──“一陣の風(ラファル)”!!」

 

 銃を模した指から放たれたその弾丸は、真っ直ぐ空を裂いて物間くんの額にぶち当たる。さしもの鋼鉄の肌も、至近距離での射撃を受けて僅かに傾ぐ。その僅かな隙さえあれば十分──わたしは残った羽根に指令を出して物間くんの身体を宙吊りにした。

 そうして目を見開く。物間くんの肌が鋼の色から元のそれへと変化していっているのが見てとれた。……そう、そうだ。物間くんのコピーの制限時間は5分間。その時が来たんだとわたしは彼を地上へ下ろした。

 

「……拘束、させてもらうね」

 

 両手を後ろ手で羽根でくるみ、硬化させて縛る。後はブラド先生のコールを待つだけだと、張り詰めていた息をほどいた。

 

「……随分と余裕ぶってくれたじゃないか」

「え?」

 

 その時。物間くんは俯いた顔をゆらりと上げてわたしを見た。……“見る”なんて、そんな生易しい言葉では表現できないほどに、鋭く暗い、眼差しで。

 

「僕のコピーの制限時間、どうせ知ってたんだろう。ならなんでそこを突かなかった? 一対一、タイマンの組み手、……5分経てば僕は【無個性】と変わらなくなる。そうなれば、君が降すのはさぞ楽だっただろうに」

「物間く、」

「ああそれとも!? そんな作戦を立てずともキミなら僕を一捻りできるって!? 確かにその“個性”なら、ひとりで何でもかんでもやってしまえるからねえ!」

 

 確かに物間くんの“個性”のデメリットを考えれば、初めの5分を逃げに徹すれば確実に勝てただろう。でもそうじゃなくて、嘗めてたとかでもなくて──わたしがもっと強くなるために全力の物間くんと戦いたかっただけ。けれどわたしが何かを言う隙を与えず、物間くんは続ける。

 

「自分が“主人公”だとでも思っているのかな」

 

 まるで氷のような声色だった。冷たくて熱くて、痛い。

 その奇妙な温度に縫い止められたように、舌が上手く、動いてくれない。

 

「っちが、」

「その気がないというのなら、なんなんだい? ……ああ! “悲劇のヒロイン”のつもりかな!?」

 

 氷柱が鼓膜に突き刺さったような、そんな錯覚を覚えた。じんとするほど冷たくて、ぐらぐらするほど熱くて、呼吸が浅くなる。ひゅ、と喉奥で歪な音が鳴った。

 

 

 

『君はこんなにも“ヒロイン”だ』

 

 揺れる視界があの日を映し出す。あの夏の夜。瓦礫と化した神野の街。たくさんの人が戦った。たくさんの人が、──傷ついた。

 

『君を救うために、たくさんの人が動いた。

 君を救うために、たくさんの人が──ほら、』

 

 乱れ散らばった金糸の髪。胸部から腹部にかけて大きく切り裂かれた傷跡。流れ出た血の赤黒さ。

 

『──死んでしまったね、可哀想に』

 

 AFO(オールフォーワン)の愉悦に染まった声とともに、その光景はいつだって甦る。倒れ伏したベストジーニストが、ぼろぼろになりながら戦い疲れたオールマイトが、瓦礫から投げ出された白い腕が、泣き声すら出せなくなった赤ちゃんが。目蓋の裏に、今も、いつでも──

 

 

 

「……っ、」

 

 手の震えをどうにかしなくちゃと、胸元を握り締めた。落ち着け、落ち着け、と自分を宥めるので精いっぱいで、物間くんの手から羽根が外れたことにも気付かない。彼は自由になった肩を竦めて、わたしに向かって一歩踏み出した。

 

「悲劇のヒロイン、物語には欠かせないポジションだよねぇ? 羨ましいよ。B組にはいないからね」

「わたしは、わたしはそんなんじゃない!!」

 

 込み上げる激情を吐き出すと、足元に落ちた影に目が行った。ちっぽけな、頼りなさげに揺れる影。頭に昇った熱がひんやりと落ちていく。静かに冷えきった胸の奥から声がした。

 

 “わたしに、この人を、怒る資格があるの?”

 “あるとでも、思ってる?”

 

 

 

「……そんなんじゃ、ない、けど、」

 

 声の震えは収まった。けれど何故か、喉に蟠る感覚があって。辿々しく言葉を紡ぐ。

 

「……でもある意味、物間くんの言う通りなのかもしれない」

「……は?」

「悲劇のヒロインって、嫌だよね。みんなにたくさん、たくさん迷惑を掛けて、困らせる」

 

「ごめんなさい。本当に、……ごめんなさい」

 

 目を瞑って、深く頭を下げる。

 だからわたしは、物間くんがどんな表情をしていたのかわからなかった。彼の表情を、その瞳の揺らぎを、何も知ろうとしていなかったから、

 

「──君はどこまで僕ら(・・)を馬鹿にすれば気が済むんだ?」

 

 そんな声が聞こえて、驚いてしまった。

 

「……え……」

「その口振り、まるで林間合宿や神野が全部自分のせいみたいじゃないか? ……君がもっと上手く動いていればあれは起こらなかったって? 林間合宿に来た(ヴィラン)も全部やっつけて、誘拐なんて起こらなくて、親玉も神野を破壊しなかった。そう言いたいのかい」

 

 のろのろと首を持ち上げる。そこでようやく、わたしと物間くんの青い目がかち合った。彼の前髪から覗く切れ長の目に、呆けたわたしの顔が映り込む。それが起爆剤となったのか。

 

「自惚れるのも大概にしてほしいものだね!!」

 

 いつも涼やかな彼の青い目が、燃え上がる。そこに溢れている感情が怒りだということは、わたしにもわかった。

 

「君ひとりにそんな力も影響力も、有るわけないだろう!! 驚いたよ、君はビックリするぐらい自意識過剰なようだ」

「……ち、力とか影響力とか、そういう話をしてるんじゃ」

「同じことだろ? ……ねえ空中さん」

 

 物間くんは荒立っていた語調を鎮めて続ける。

 林間合宿には、神野には、さまざまな人が関わっていたのだと。わたしひとりじゃなく、A組だけじゃなく。B組や相澤先生にブラド先生、プッシーキャッツ、……他にも数えきれないくらい、たくさんのプロヒーローたち。

 

「彼らみんながそれぞれ動いたが故の、この結果さ。君がどう思って動いたところで、どれほどの影響があったっていうのかな」

 

 思い上がるなよ、と。酷く歪んだ顔で、彼は言う。

 

「……君程度が背負える責任なんて、どれぐらいの重さだっていうんだ」

 

 彼の右手がわたしの肩を掴む。その手が震えている。ぶるぶると、力と思いを込めて震えている。じんわりと感じる痛みが、そのまま彼の心を表しているようで。

 わたしは、……暫くの沈黙の中で、考えを巡らせて。

 

「……ごめんなさい、……でも、物間くん、」

 

 物間くんの言うことにも一理ある。それは、わかる。

 それでもわたしは、わたしの“責任”を手放すことはできなかった。

 ターニングポイントとなった林間合宿での出来事は、何度も何度も反芻した。あの日から、ずっと。どうすればよかったのか。どうすれば神野は崩壊しなかったのか。ずっとずっと、何度も。

 その度に、思った。

 わたしがホークスぐらい速ければ。公安で訓練を受けていたわたしがもっと優秀で、強くて、(ヴィラン)に遅れを取らなければ。そうすれば──

 

「……わたしがちゃんと逃げ切っていれば、あんなことにはきっと、ならなかったんだよ」

「……へェ、そう。あれもこれも自分が自分がって背負ってしまえる。御立派なことだ」

 

 物間くんは苛立たしげにわたしの肩を放し、その勢いのまま大袈裟に肩を竦めた。一度伏せられた目が、ぎらりと燃えてわたしを見据える。

 

「じゃあこれも君のせいってわけかな」

 

 そうして彼は歪に口角を持ち上げて、叫ぶ。

 

 

「聞いたかい空中(そらなか)さん!!!

 A組のほぼ全員が除籍処分されるところだった話を!!」

 

「──え」

 

 

 それを聞いた瞬間、まるで時が止まったようだった。ぐるぐる巡らせていた思考が止まって、耳の奥でざあっと血の気が引く音がした。は、と。中途半端に開いた口から掠れた息が漏れた。

 

「……どうして、そんな、除籍なんて……」

「知らないのかい? A組の一部が君と爆豪くんを救けに神野に行ったそうじゃないか」

 

 ──知らない。そんなの、知らない。

 A組のみんな、誰も、何も、言わなかった。

 

「A組の間でも揉めたそうだけど、結局止められずに飛び出す奴が出たんだからA組の程度が知れるね」

「……」

「僕らはまだ学生の身。真面目に研鑽を積むべき時だっていうのにノコノコプロの現場に突っ込んでいく。無鉄砲かつ浅はかな真似だ」

「……、」

 

「だからイレイザーヘッド先生は、“見込みなし”って……」

 

 物間くんの言葉が途切れる。ふつりと途切れて、訪れた沈黙の中で、微かに息を飲む気配がした。

 

「……君はなんで、今、その顔を……」

 

 ……顔。

 今わたし、どんな顔をしているんだろう?

 

 答えられずに、問い返すこともできずに黙り込むわたしに、物間くんが手を伸ばす。それをぼうっと見つめていたその時。

 

 

 

「物間ァ!!!!!」

「ぅぐ……ッ!!??」

 

 目の前で赤い何か(・・・・)が降ってきた。驚いて瞬きひとつ。クリアになっていく視界の中で、拳を力強く握るブラドキング先生と、頭を押さえて踞る物間くんが見えた。……鉄拳制裁とか、そういうやつだろうか。

 

「まったくお前は! 毎度毎度A組に突っ掛かって……! いやお前の気持ちもわからんでもないがしかしだな……!」

「えっと、その、ブラド先生!」

 

 何だかお説教が始まりそうな気配がして止めに入ると、ちょうどいいタイミングで授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。それに安堵の息をつきながら、わたしは続ける。

 

「チャイムも鳴りましたし、その……戻りませんか? 他のB組のみんなも、あまり待たせては悪いですし」

「ウム……しかしだな、きちんと謝罪を、」

「いりません」

 

 ブラド先生の表情が強張る。……ああ、言葉を遮ってしまったなと反省しながら、わたしは笑みを整えた。

 眉を下げて、口角を品よく持ち上げて、にこやかに。

 何でもないのだから、そうやって笑え。

 

「必要ないですから、大丈夫です。それではわたしは先に」

「……空中さん!」

 

 距離を取って歩き出そうとしたわたしの手を、大きな、とても大きな手が包み込む。拳藤さんの“個性”【大拳】を発動させた物間くんの手を、わたしは、……反射的に振り払っていた。

 目を見開いた彼の表情に、ああまた失敗したなと反省を心に刻んで、わたしは微笑む。

 

「……ごめん物間くん。わたし、先に行くね」

 

 

 

 

 組み手の様子は所々に設置されていたカメラによってスクリーンに映し出されていたものの、他の組と同じく音声は入っていなかったらしい。「物間と何かあったのか」と眉をしかめる拳藤さんに「大丈夫だよ」と笑って返して、わたしは更衣室を出た。

 ヒーロースーツを返却しにA組教室に訪れると、そこはしぃんと静まり返っていて、残照が無人の教室を茜色に染め上げていた。棚にケースを返却して、一息つく。ふと思い至って携帯端末を覗くと、幾つかのメッセージが届いていた。

 

《今日も同じ体育館でいいか》

《B組との訓練お疲れ様》

《おつー! 体育館で先に集まってるねー!》

《逃げんなよクソ羽根女》

 

 そんな言葉の羅列を、画面越しに指でなぞる。いつもなら笑って体育館に急ぐのに、何故だか足が動かなかった。夕焼けの中に俯いて、長く伸びる影をぼんやり見つめる。

 

(……行かない、と……)

 

 きっとみんな、また温かくわたしを迎えてくれる。一緒に組み手して、必殺技について話して、考えて、一緒に強くなろうとしてくれる。

 わたしが、……わたし、が、

 みんなの夢を奪うところだった(・・・・・・・・・・・・・・)ことに、触れもせずに。

 

「……っ、」

 

 込み上げてきた何かを押さえ込もうと、口許を押さえた。これは泥だ。心の、泥だ。わたしのぐちゃぐちゃで汚い感情が煮凝りになって、ぼとぼと溢れてくる。

 

「……駄目だ、駄目。……ちゃんと笑え。笑え……!」

 

 除籍処分未遂について物間くんが知っていたのだから、当然A組のみんなも知っているはずだ。けれどそれをわたしに言わず、あんなに明るく笑っていたというのなら、もう飲み下した後なんだ。後悔も苦しさも乗り越えてみんなは笑っているのに、それを今からわたしが蒸し返してどうする。

 

 だからわたしは笑わなくちゃ。

 ちゃんと、ちゃんと、……何でもないように、

 

 そう心の中で唱えて、わたしは真っ暗になった携帯端末の画面を覗き込んだ。きっとそこには、いつものように、何でもないように笑ってる、そんなわたしの顔が映ってるはずだった。

 

 はずだった、のに。

 

「……あ、れ……」

 

 ──“なんでもないような顔”って、どんなだっけ。

 

 

 

 

 

 そこからは、あまり覚えていないけれど。

 教室を飛び出したわたしは非常階段から降り、そのまま羽根をはためかせて雄英高校の端へ向かって飛んだ。端へ、端へ。広大な森林地帯の、その端へ。

 ……誰もいない、場所へ。

 

「……ッはあ、は……っ」

 

 羽根が疲労でがくがくと震えている。荒い息を吐き出して、わたしは木の幹に背中を預けて座り込んだ。膝小僧に額をつけて俯く。膝がやたら冷たく感じるのは、額に熱が籠っているからだろうか。ぼんやりする頭でそんなことを考えながら溜め息を吐いた。

 

「……あー、あ……」

 

 “逃げんなよ”って、爆豪くんに言われてたのになあ。また怒られるかもしれないなあ。でも“今日はちょっと行けなくなった。ごめんね”ってメッセージは残しておいたし、わたしひとりいないぐらいきっと大丈夫。

 大丈夫、と。それだけ呟いて、わたしは思考を止めた。

 今はきっともう、ぐちゃぐちゃで。まともなことを考えられない。

 

(……少しだけ。今、少しだけで、いいから……)

 

 このままひとり、こうして、ぼんやりしていよう。ぐらぐら茹だる頭と心を冷まして、落ち着かせよう。

 そうすればきっと、夜にはきちんと笑っていられる。

 みんなと一緒に、笑って過ごしていられるから。

 

 だから、熱い目をきつく瞑った。その時だった。

 

 

「やあ!!!!」

 

 

 はじめは元気な幻聴かと思ったの。だって誰も、こんなところに来るはずがないって思ってたから。

 

「……あれ? 何だろうねこれ、スベり倒しちゃった感じかな!!?」

「……!?」

 

 けれどその幻聴は続けてわたしに話し掛けてきた。何故か、──本当に何故か、地面の中から顔を覗かせて(・・・・・・・・・・・・)

 

「……え、な、ん……?」

「アハハびっくりするよね!? だよね!! ビックリすると思ってやってるんだけどね!!」

「なっ……だ、え……?」

「オーイ通が……あれー? 女の子だ!」

 

 何なのか。誰なのか。何一つ疑問は解消しないまま混乱は続く。ふわりと木陰から現れた女性──恐らく先輩だ──は、わたしを見てパッと目を光らせたかと思うと、ずいっと顔を近付けてきた。綺麗で端正なその顔が、緩やかに首を傾げる。

 

「ねぇねぇなんで? なんでこんなとこにいるの? かくれんぼ?」

「……あ、えっ、と、」

「? 不思議! どうして泣いているの?」

「……え、」

 

 そこでようやく、わたしは目の端に滲む熱の正体に気付いた。指先に触れる濡れた感触に、さあっと血の気が引く。

 泣いていい理由なんて、わたしには無いのに。

 誰にも見られてはいけないのに。

 

「ご、ごめんなさ……お邪魔して。すぐに、離れるので、」

「? なんで?」

「な、なんで、って……」

 

 わたしは慌てて立ち上がってその場を離れようとしたけれど、何故か女性はわたしの腕をしっかり掴んでいた。彼女は首を傾げる。さらりと流れる長髪も、真っ直ぐこちらを見つめる大きな目も、透き通るような水色をしていた。

 

「ねえ、どうして? なんで? 不思議なの!」

 

 真っ透明な目が、真っ直ぐにこちらを見つめる。

 

 

「どうしてあなた、何も悪くないのに謝るの?」 

 

 

 真っ直ぐな言葉が矢のように、突き刺さる。そんな錯覚を覚えた。心がぐわんと揺れる。その衝撃が頭を、目の奥をひどく揺るがした。

 

「……っ、」

 

 泣いていい理由なんて、わたしには無いのに。

 透明な血が、心の泥が、ぼろぼろと溢れてくる。

 

「わっ、わた……し、」

「うん?」

「ちが、わたしが、悪くて、……わたし、わたしが、」

「んー?」

 

「は、波動さん、やめた方が……」

 

 潤んで霞んだ視界の端で、もう1人の声がした。それは小さく、自信なさげに掠れているけれど、どこか思いの籠った男の人の声。

 

「誰だって、ひとりになりたい時もあるだろう……む、無理に、前を向く必要なんて……」

「確かに環の言うことにも一理あるよね!!」

 

 ニュッ、と地面から生えてきた(・・・・・)その人は、けどね!と朗らかに笑ってわたしの前に膝をついた。そしてそのまま、手に持っていた体操服の上着をわたしの肩に被せる。

 

「やっぱり俺は、泣いてる女の子を放っておきたくはないかな!」

 

 にっこり笑うその笑顔は、真昼の太陽みたいに眩しくて。わたしは思わず呆けてしまう。あんまり驚いていたものだから、いつの間にか、頬に流れる涙は止まっていた。

 

 

79.少女、落涙。

 

 


 

▽今回出てきたオリ主の必殺技の紹介

▼【雲雀(アルエット)

・硬化させた羽根を上空に向かって急上昇させる。対象の服を引っ掛けて上空に持っていくのもアリ。

・『揚げ雲雀』と呼ばれる雲雀が天に向かって垂直に飛び上がる性質から。アルエットはフランス語で『雲雀』。

 

▼【突風(ブラスク・リーゼ)

・羽根を多数動かし突風の如く対象に向かわせ攻撃する。攻撃用。攻撃に意識を割くので自身の守りはやや疎かになる。

・ブラスク、リーゼはフランス語で『突風』。

 

▼【一陣の風(ラファル)

・羽根を一枚だけに絞って意識的に操作し、スピードや威力、飛距離を上乗せする。長距離狙撃用。

・ラファルはフランス語で『突風・一陣の風』。

 

▼【甲羅(リュッケンシルト)

・最大限に硬化させた最大枚数の羽根で自身をくるんで身を守る。より強固な防御用。

・リュッケンシルトはドイツ語で『甲羅』。

・この名称は将国のアルタイルからお借りしてます。漫画内の陣形内容も大盾を多数構えた防御陣形。

 

 他の必殺技については活動報告の方に上げています。

 

 

▽懺悔

 めっっっちゃくちゃ更新遅くなってすみませんでした……(小声)かつてないほど時間が空いたかと思うのですが、お待ちいただけた方、すみませんありがとうございました!!ただただ長編の書き方を忘れただけでヒロアカ熱が冷めたわけではありませんので、これからもマイペースに書き続けていこうと思います。

 今回は物間くんを如何に一方的な悪者にしないか、でも彼らしいイヤミが書けるかの匙加減で永遠に唸っていました。本当にめちゃくちゃ難しかったんですが、また今後の物間くんターンで彼の格好いいところはめいっぱい書こうと思ってるのでお許しください。

 

 ※今回書きづまっている際に物間くんの台詞を考えてアイディアをくださった某ちゃん様、オリ主の必殺技を考える際に素敵語彙を教えてくださった某鳥様、本当に助かりました。ありがとうございました!!

 

 次回はトップ3や色んな人と会話させてオリ主を前向きにさせていこうと思っています。また次回も読んでくだされば嬉しいです。

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