【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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80.少女、雨降って、

 

「あ、の。上着、ありがとうございました。お返しします」

「どういたしまして! もう大丈夫かい?」

「はい、わたしより先輩が……上着無かったら寒いかと」

「ああなるほど! でも俺は“個性”柄いつも服が落ちがち(・・・・)なもんだから、すっかり慣れちゃったんだよね!」

「お、落ちがち(・・・・)……?」

 

 涙と呼吸が落ち着いて、わたしは肩に掛けてもらった体操服の上着を先輩に返した。彼は気にした風もなく快活に笑ってくれたけれど、その言葉の意味まではわからない。服が落ちる(・・・・・)ってどういう“個性”なんだろうと脳裏に疑問符が浮かぶ。

 

「でもあれだよ通形なるべく着といた方がいいよー服! 知ってる? あのねあのね、服落ちるの一歩間違えばセクハラなの」

「セク……ッ波動さん待ってくれそれはあまりに無慈悲だ……!」

「? なんで天喰くんが白目剥いてるの? 不思議! 夏の終わりのセミみたいに震えてるの」

「死にかけのセミ……言い得て妙だ……俺なんか太陽に焼き焦がされて地面を這いつくばるだけ……心が無理だ……土に帰りたい……!」

「おまえが土に帰ったら他のセミもビックリだと思うんだよね!」

 

「……ええと……」

 

 けれど疑問は疑問のまま、わたしは目の前で繰り広げられる会話を見守っていた。見守るしかない、というのが正しいのかもしれない。口を挟む隙が見当たらないほどにテンポの良い会話とたまに容赦のない物言いは、きっと彼らがそれほどに仲が良い証拠だろう。

 “あのね”“不思議!”と無邪気に笑う綺麗な女性の先輩に、鋭い眼差しに反してどこか自信なさげに声を震わせている黒髪の先輩に、先程わたしに上着を掛けてくれた、くりっとした丸い目の先輩。彼は立ち尽くすわたしに気づくと、たはーっと頬を掻きながら快活に笑う。

 

「いやごめんね空中(そらなか)さん! 服が落ちるのわりとよくあることだからうっかりしてたよね。嫌な思いさせてたらごめんね」

「えっ、いや大丈夫です。全然気にしてな……、」

 

 謝らなくて大丈夫だと続けようとした言葉が、途切れる。

 

「……わたしの名前、ご存知なんですね」

 

 その言葉とともに笑みを整えた。穏やかで落ち着いた、柔らかい表情を、固く固く塗り固める。

 

「うん! 知ってるの私、空中さんセントラル病院で話してるのテレビで見てたの。だから知ってたんだよー」

「そうだね、俺たちばかり君のことを知ってるのはフェアじゃないよね!」

 

 “可哀想に”“大変だったね”、……そんな憐れみや奇異の混じった目で見られるかと思ったのに、彼らは先程までの笑顔を崩さない。「自己紹介してもいいかい?」と尋ねられて、わたしはその勢いに呑まれて頷いた。

 

「俺は通形ミリオ! ヒーロー科3年B組なんだ。よろしくね!」

「ね、ね、あのね、私ねじれ。波動ねじれっていうの。通形と同じでA組なんだよー」

「……俺は、……3年A組、天喰環」

「……先輩方、ありがとうございます。わたしも改めて……ヒーロー科1年A組、空中愛依(あい)です」

 

 にこにこと綺麗な笑顔の波動先輩。俯きがちだけど最後はわたしと目を合わせてくれた天喰先輩。そして明るい声で手を差し出してくれた通形先輩の手を握り返す。彼はにこりと笑ってから、笑みの色を静かに変えた。

 

「あのね空中さん。さっき環が“ひとりでいたい時もある”って言ってたよね。そういう気分の時もきっとあるだろうし、それで君の気持ちが落ち着くなら俺たちは黙って立ち去るよ」

 

 ざあ、と風が吹き抜けて、森の木々を揺らす。その葉の隙間から覗く橙色の木漏れ日が、まるで星のようにきらきら溢れて降り注ぐ。穏やかに、柔らかに。今の通形先輩の声はそれに似ていた。

 

「でもね、少しだけでも話してすっきりするなら、俺は君の話を聞きたいんだよね」

 

 そんな風にわたしに語りかける通形先輩も、彼の話にうんうん頷く波動先輩も、小さく微かに頷いた天喰先輩も。当たり前のようにそう(・・)するものだから、困惑は収まらない。

 

「そんな。……会ったばかりの先輩方に、ご迷惑をおかけするのは……」

「傘を持っていない人が雨に濡れていたら、君はどうする?」

「え……、傘を傾けてあげたい、です」

「それと同じさ!」

 

 「会ったばかりとか、そういうのは関係なくてさ」そう彼は笑って続ける。そんな通形先輩に促されて、わたしはその場に座り込んだ。先輩もまたわたしの前に膝をつき、視線を合わせる。

 

「雨に濡れた人には傘を。寒くて震えている子にはマントを。それぞれ分けてあげるのと同じように、俺は君の気持ちを軽くしたいんだ」

 

 こてん、と首を傾げると同時に、彼の金髪が夕日を受けてきらりと光る。

 

「何があって、泣いていたんだい?」

「……わ、わたし、……」

 

 優しい眼差しに射竦められて、わたしは胸元を握り締める。この優しい声に従ってもいいのだろうか、甘えてもいいのだろうかと、内側から声がする。わたしにそんな資格は無い。駄目だ、断らないと──そう口を開こうとしたわたしに、気付いていたのだろうか。

 

「……大丈夫だ。空中さん」

「、天喰先輩?」

「ミリオはいつだって太陽のようなヤツだから……きっと君の心も明るく照らしてくれる」

 

 だから、大丈夫だと。

 その言葉だけは今までになく流暢に紡がれた。天喰先輩は真っ直ぐ通形先輩を見て微笑んでいる。そこに芯の通った友情と敬愛、信頼を感じたのはわたしの見間違いなどではないだろう。鋭い彼の目元が、あたたかな感情を以て柔らかくなる。

 

(……救われた人の眼差し、みたい)

 

 その眼差しには、確かに覚えがあったから。

 わたしは躊躇う気持ちを何とか押し殺して、ゆっくりと口を開いた。

 

「……わたしは、……怖かったんです」

「何がだい?」

「この前の神野の件で、A組のみんなが除籍処分になるかもしれなかったって話を聞いて、……わたしのせいでみんながヒーローになる道を絶たれてしまうところだったんだって、怖くなって、しまって」

 

 訥々と溢すわたしの話を聞いてくれていた波動先輩が、ふとその柳眉をしかめる。首を傾げて唸って、ううんと唇を開く。

 

「んー? うん、うん、……ごめんね不思議なの、訊いてもいい?」

「は、い」

「空中さんは、まだ起きてないことを怖がってるの?」

「……、」

 

 そう真正面から問われて、ひとつ、気づいたことがある。

 わたしは何をこんなに怖がっているのか──それはきっと、わたしは、いつかの過去をなぞるのが怖いのだ。

 

 

『おまえのせいで、お父さんはヒーローを辞めなきゃいけなくなった!!』

 

 いつかの時。頭上から叩きつけられる怨嗟の雨に、わたしは何も言えなかった。“違う”と反論することも身を庇うことも烏滸がましい。だって本当にその通り(・・・・)なのだから、ただ打たれて、寒さに震え泣いていた。

 

『おまえが“個性”を使わなきゃ、』

『おまえがいなきゃ、』

『おまえが生まれて来なければ、』

 

 ──わたしさえいなければ、きっと何もかも、上手くいっていたんだと。

 

 

「それ、は、……」

 

 あの日のベランダの寒風が、ここに吹き込むわけがないのに。わたしの舌はまるで凍りついたみたいに固まってしまった。先輩方が聞いてくださっているのだから、ちゃんと話さなきゃいけないのに。焦って喋ろうとするたび、言葉になりきらない呼吸がひゅ、と掠れた音になっていく。

 

「大丈夫だよ」

 

 その時。握り締めすぎて震えるわたしの手を通形先輩が掴んだ。まるで太陽みたいな笑顔と手のひらの温度に、いつかの冷気が散らされていく。凍りついた舌の根が溶けていく。

 は、と張り詰めていた呼吸をほどくと、“ゆっくりでいいよ”と先輩が頷く。それに励まされるようにして、わたしは舌を動かした。

 

「……わたしたち1年A組は入学初日、“個性”による体力テストを受けました。相澤先生は“最下位は除籍にする”って言っていて……。

 その時わたしは、こんな風に怖いと思っていなかった。他の人を蹴落としているのと、同じなのに……」

 

 脳裏に過るのは緑谷くんの姿。何かを必死に考えるような顔をして、ずっと“個性”を使わずに──あるいは使えずに──いた彼が、他のクラスメイトの記録と自分の記録を見比べて顔を真っ青にしていく。そんな彼を見ていられず、わたしは俯いた。

 わたしにはどうしようもない、どうすることもできない。

 ……そんなことを思って緑谷くんの道を諦めたんだ。自分にはどうすることもできない──自分のせいではないから(・・・・・・・・・・・)って。

 

「結局わたしは、自分のせいで、誰かの道が絶たれるのが怖いんです」

 

 かつて家族だった人たちにしてしまったことを、繰り返さないように。奪うだけの自分にならないように頑張ってきた。わたしを救ってくれたホークスみたいに、わたしもまた誰かを救けられるようにって。与えられるようにって。

 自分のなりたい姿ばかり、追いかけていた。

 

「どこまでも、自分勝手で……」

 

 だからわたしは、わたしが機転で始まったことは、わたしの手の届く範囲は、どんな未来も傷ついてほしくないんです。わたしが頑張れば何とかなるのなら、自分が傷ついたってそっちの方がいい。だってわたしは“個性”で治るもの。取り返しがつかなくなることはない。

 後悔。憧れ。保身。恐怖。そんな感情が綯交ぜになって泥となる。それがあまりに心の端を重くするから、わたしは頭を振りながら吐き出した。喉が焼けるように痛むのは、罪悪感故か。

 

「……取り返しがつかなくなる、かあ」

 

 そんな風に心の泥を吐露して、荒い息をつくわたしの前に、波動先輩がしゃがみこんだ。綺麗な水色の髪が地面に着くことも厭わないで、うーんと首を傾げている。

 

「ね、ね、不思議なの。あなたはそう思わない?」

 

 そうして彼女はにこりと笑った。

 無邪気な好奇心を宿して、ペイルブルーの瞳が輝く。

 

「なんで除籍されたのに、2年A組のみんなはまだ雄英にいるのか、空中さんは知ってる?」

 

「──え、」

 

 

 

 

 

 

 答えられず固まったわたしを引っ張っ……連れて、波動さんが訪れたのは2年A組の教室だった。スライドドアを開くと、夕焼けに染まった教室がわたしたちの前に広がる。

 

「あっ、不和ちゃーん!」

「ねじれ先輩、どーも。そしてこんにちは。連絡もらったけど、空中さんやね?」

 

 その中にひとり、女性の先輩が立っていた。柔らかそうな淡い桃色のボブヘアーを耳に掛け、そこに白い綿型のピアスが揺れている。

 

「私は不和真綿。2年A組ヒーロー科」

「よろしく、お願いします……空中愛依です」

 

 彼女は垂れ目がちの目を緩めて笑って、“よろしくね”と握手を交わす。そこから波動先輩たちとアイコンタクトを交わしたかと思うと、不和先輩はわたしに空いている席を勧めてくれた。恐縮しながら腰かけているうちに、波動先輩たちは教室を出ていく。ふたりきりになった教室に、しんと沈黙が垂れ込めて。

 

「今年の1年A組も、除籍されそうになったと?」

 

 そんな不和先輩の言葉を皮切りに、わたしは訥々と事情を話した。入学初日の“個性”把握テスト、神野事件のこと……うんうんと静かに相槌を打っていた先輩は、ふと懐かしそうに目を細めた。

 

「ふふ、なるほど。イレ先がやりそうなことやね」

「イレ先?」

「イレイザー先生の略。うちのクラスの中では“イカレイザーヘッド”って言うやつもおるよ」

「えっ、な、なんで……」

「だって私らん時、みーんな除籍されたっちゃん!」

 

 “お蔭で2─A全員経歴傷入りばい”……なんて、笑って話すようなことではないはずなのに、不和先輩は懐かしそうに、可笑しそうに笑っている。そこに自暴自棄の気配はない。

 

「“マジでやりおった”とか、“除籍された瞬間まだ覚えてるうなされる”とか、そうやってみんなぶつくさ言うけど……だからってイレ先を嫌いになったりはできんっちゃん」

 

 ふわりと笑うその顔は穏やかだ。除籍という傷を痛みのままにしないで、過去に──過去より優しい“思い出”にしているのだと、わかった。わかったからこそ、疑問が溢れる。

 

「……どうしてですか?」

「何が?」

「除籍されて、ヒーロー科にいられなくなって、ヒーローになれなくなるかもって、……夢や未来や可能性が、絶たれるかもしれなかったのに」

「空中さんにとって、除籍はそうばいね。てか普通はそうか。字面が物騒すぎるっちゃんね……」

 

 不和先輩ははは、と苦笑して、目を伏せる。その目にいつかの記憶が巡ったのか、少しの間噛み締めるような沈黙が続いた。夕闇が帳を降ろすように色を濃くしていく。

 

「……でもねえ、空中さん」

 

 そんな暮明の中にあっても、彼女の目はきらりと優しく、星のように輝いていた。

 

「相澤先生が私らを除籍したのは、救助や(ヴィラン)退治を優先しすぎて、自分の身を守ることを疎かにしたときやけん」

「……!」

 

 はっと息を呑むわたしに不和先輩は微笑む。いつの間にか彼女の苦笑は色を変え、切ないような、“しょうがないな”と言いたげな、そんな眼差しでわたしを見据えていた。

 

「あんまイレ先は口に出さんばってん、一回だけ言いよったばい。“死んだらそこで終わり”だって。死んだら、何もできん。そこから先の未来で誰かを救けることも、ヒーローになることやってできんって」

 

 何かに語りかけるような優しい口調に、気付かされる。不和先輩はわたしを、そしてわたしを通して、相澤先生を見つめている。

 

「きっと相澤先生にとっての“取り返しのつかないこと”って、死んでしまうことなんよ」

 

 除籍という重い罰を下すことで、生徒に厳しく当たって、恨まれたとしても。それで生徒の命が守られるのならと相澤先生は選んできた。

 “そんな不器用な人なんよ”と、切なげに、“しょうがないな”と言いたげに先輩は目を細める。それは泣きそうなようで、微笑んでいるようにも見えた。

 

「……もしかしたら、大事な人を亡くしたことがあるんかもしれんね」

「、相澤先生が?」

「ただの勘よ、あん人絶対生徒にそげんこと言わんけん。吹聴はせんでね」

 

 唇に人差し指を当てて、静かに笑う。そんな先輩にこくこく頷き、わたしは俯き、これまでの話を胸中で反芻した。

 

「ありがとうございます、不和先輩。……少しだけ、わかったことがあります」

 

 不和先輩が、相澤先生が。わたしに何を伝えたいのか。

 

「……人の未来が本当に絶たれるのは、死ぬ時、なんですね」

 

 不和先輩はわたしに何も言わないけれど、にっこり笑うその顔が答えなのだと思う。確信を得てわたしは小さく息をついた。相澤先生が大切にしていたこと、想い、……気付かないまま、わたしはひとりで怖がって、逃げ出してしまったのだ。

 その後悔に眉を寄せているわたしに気づいて、不和先輩はふわりと笑った。宥めるように、肩を竦めるように。

 

「でもあれやね。やっぱ言葉が足りんのよねぇイレ先は」

「い、いえ今回の話は、わたしが先走って勘違いしてしまっただけで……」

 

 慌てるわたしの肩にぽんと手を置いて、不和先輩は口を開く。じっと、黒目がちの大きな目が、わたしを見つめている。

 

「やけん、一回腹割って話してみなよ」 

「腹を割る……?」

「きみがどう思ってるのか。何が怖いと思ってるのか」

 

 そして1─Aのみんなが、相澤先生が、何を思って動いたのか。どうして黙っていたのか。

 

「きっとA組のみんなも、意地悪したくてきみに除籍のことを黙ってたわけやなか。それはわかる?」

「──はい」

「ん、いいこやね」

「わ、っ?」

 

 ぽすぽすと頭を撫でられて視線を落とすわたしは気付かない。わたしの髪を撫でる右手とは反対の手で、ひらりとドアの方に手を振ったことに。

 

「さてさて、これ以上お迎えを待たせることはできんか」

「お迎え……?」

 

 そんな言葉に顔を上げた時だった。がらりとドアが開き、その人(・・・)が教室に足を踏み入れる。

 

「──空中、」

「! 相澤先生! ……え? どうしてここに、」

「……おまえケータイ見ろ」

「ケータイ……? ……!」

 

 不和先輩に断って端末の電源を入れると、ホーム画面に数多の着信とメッセージがあったことを知らせる通知が並ぶ。《どうしたの愛依ちゃん》《体調でも悪い?どこにいるの?》……A組のみんなからの、そんな言葉が並んでいて、わたしは思わず“どうして”と呟いた。

 どうしてこんなに、心配させてしまったのだろう。わたしの呟きに対して相澤先生がため息を返す理由もわからなくて、身体を縮こまらせて立ち尽くすしかできない。どうしよう、と視線を移ろわせたわたしが見たのは、相澤先生の後頭部に軽いチョップを叩き込む不和先輩の姿だった。

 

「イレ先! どーせさっき廊下から話聞いとったと?」

 

 後頭部を押さえて振り返る相澤先生に、むーっとした半眼を投げ掛けたかと思えば、ふっと笑ってみせる。くるくる変わる先輩の表情。だけれどどの瞳も、あたたかい敬愛が込められているのがわかった。

 

「腹割って話すんも、大切やと思うっちゃん。ね?」

「……わかったよ。肝に銘じとく」

「……あのさ。ついでに、耳貸して?」

「なんだ、……」

 

 2人がそんな会話をしている時だ。バタバタと急いた足音が近付いてきて、そのまま教室の中に飛び込んできた。焦燥に見開かれた目がわたしを捉え、その口が開く。

 

「……愛依ちゃん!」

「!? 梅雨ちゃん、お茶子ちゃん……?」

「……っ」

 

 走っていたからか、少し乱れた髪がふわりと揺れて。次の瞬間わたしは梅雨ちゃんの腕の中にいた。【蛙】の“個性”だからかいつもは少しひんやりしている梅雨ちゃんの身体は、今は熱が籠っている気がして。けれどその一方で、かたかたと震えていた。困惑のまま抱き返すわたしの背を、お茶子ちゃんの手が撫でる。

 

「あっ、よかったぁ、会えたね!」

 

 ひょこっ、と廊下から顔を覗かせたのは波動先輩だった。彼女は抱き合うわたしたちを見て、柔らかく目を細める。

 

「あのねあのね、寮に知らせたらすごくすごく心配して居場所を訊いてきたのこの子たち。だから連れてきたほうがいいのかなって思ったの」

 

 それから。何かを懐かしむように、滲むように微笑む。

 

「友達が自分を想ってくれるって、すごーく嬉しいの。私、知ってるんだから」

 

 そんな言葉ととびきりの微笑みを残して、波動先輩は通形先輩や天喰先輩と一緒にその場を去った。足音が聞こえなくなった頃、わたしは黙り込んだままの二人に向き直る。

 

「あ、の、その、2人とも……」

「……話したいことは、お互いにあるわね」

 

 ぽつりと呟いて梅雨ちゃんは顔を上げた。いつもの冷静で落ち着いた表情と声色。けれどその声の端が僅かに揺れているのが、わかった。

 

「でも今は、まず、一緒に寮に帰りましょう」

 

 

 

 

 

 

 そうしてわたしは梅雨ちゃん、お茶子ちゃん、相澤先生と共に寮に戻って、今一階の共有スペースであるリビングにいる。A組のみんながそれぞれ椅子やソファーに腰掛けていて、それぞれ何か言いたげな、同時に言えずにもどかしげな表情をして押し黙っている。

 どうしてこんな状況なのか──寮への帰り道にお茶子ちゃんたちから聞いた話によると、“今日は体育館に行けなくなった、ごめんね”と返信したわたしと連絡が取れなくなったことを不審に思ったところに、物間くんと拳藤さんが来たらしい。そうして今日の授業で起きたこと……物間くんとの会話を知ったのだという。除籍の件を知ったわたしが、誰にも知らせずひとりでどこに行ったのか──みんなは心配して、探してくれていたのだと。

 

「……ごめん。空中さん」

 

 心配と迷惑をかけた。だからわたしが第一に謝らなければいけないのに、口火を切ったのは緑谷くんだった。彼は真っ直ぐわたしを見つめてそう言ったかと思えば、深く深く頭を下げる。

 

「神野の一件について、みんなは“行くな”ってちゃんと止めてくれていたんだ。それを振り切って決行して……僕は結局、君を悲しませてしまった」

「そんなん言うなら俺だ!! 俺が緑谷に行こうっつったから……!!」

 

 切島くんが、轟くんが、飯田くんが、八百万さんが、それぞれの言葉で“自分が行くと決めたんだ”と、“すまない”“ごめん”と告げてくる。彼らが真剣に、真っ直ぐにわたしを思ってそう言ってくれるのが痛いほどわかった。真っ直ぐな言葉は矢のように、わたしの心に突き刺さる。

 

「違う。……違うんだよ、みんなが謝る必要ない」

 

 そんな優しい言葉を掛けてもらう資格は、わたしに無い。

 それにみんな、きっとここに至るまでにさまざまな葛藤があっただろう。他のA組のみんなは“止めた”と言っていたのだから、想いのぶつかり合いもあったはず。ぶつかって、互いに心を痛めて、後悔して、そうして乗り越えた傷だったはずなのに。

 

「みんなが乗り越えたことを、こうして蒸し返して、ごめんなさい」

 

 わたしの言葉に対して、何か言おうとしたみんなを視線で制して、わたしは深く頭を下げた。それは謝罪のためであったけれど、同時にわたしの保身でもあった。

 申し訳なくて、怖くて、……顔が上げられない。

 

「……わたし、みんなに合わす顔がないって思ってたの。だから体育館に行けなかった」

「そんなことッ、……」

 

 どこか怒ったような透ちゃんの声が、不自然に途切れる。

 

「……どうして、そう思ったの?」

 

 続いて聞こえてきたのは、梅雨ちゃんの静かな声だった。痛いほどの沈黙にぽつりと落ちて、波紋を生む雫のような声だった。柔らかで、穏やかで、……そうあろうとしてくれているんだとわかる声に、わたしはゆっくりと首をもたげる。視線が合ったその先で、彼女はひとつ、頷いた。

 

「……みんなが除籍になるところだったって、聞いて、」

 

 それに促されるように、わたしは口を開いた。鉛のような喉を押し開いて、震える舌を拙くも動かしていく。

 

「神野に救けに来させてしまったから、ヒーロー科から除籍になって、ヒーローになる道を絶たれてしまうところだったんじゃないかって、

 そう思うと、怖かった。……わたしのせいでみんなの夢や未来が絶たれることが、何より怖かったから」

 

「……なんでだよ、おかしいだろ」

「ちょっ……峰田、」

「神野のやつは、アレだろ。おまえが、……おまえが一番、おまえのために怖がっていい事件だったろ!」

 

 峰田くんを見ると、彼は怒りながらも目の端に涙を浮かべていた。“おまえのために怖がっていい”と、自分のために心を使っていいんだと、そんな義憤が燃えている。みんなの顔を見渡してみると、そんな眼差しを投げ掛けてくれている人がいることに気づいた。

 改めて、気付かされた。

 わたしはこんなにも、優しい人たちに囲まれて生きている。

 

(……でも、……)

 

 ──3歳のわたしだって、優しい人と一緒に生きていた。

 優しさにくるまれて、愛情を注がれて、ぬくぬくと。

 

 その末にわたしがやったことは、何だったのか。今も覚えている。決して忘れない。わたしは確かにあの人達に愛されていたのだと、その記憶は“個性”によって刻まれている。

 彼らの“個性”。過去の頑張り。明るい未来。そして想い──それら全てを根こそぎ奪って、わたしは今ここにいる。

 

(……このことを黙ったまま、優しさを甘受して、生きていくの?)

 

 自問がわんわんと頭の中で木霊する。こんなわたしなんかのために心を砕いて、心配して、怒って、泣いてくれるみんなと、何食わぬ顔をして隣に並んで生きていく。そんなわたしの姿を思い描いて酷い気持ちになった。ずるくて、浅ましくて、滑稽。どうしようもない劣等感を下手くそな笑みに隠して、そうしてヒーローになるつもりなのか。

 わたしがなりたいヒーローは、そんな姿だった?

 

「……わた、しは……」

 

 “大丈夫だよ”と、わたしが思いを吐露することを許してくれる人がいた。“腹割って話してみなよ”と、頭を撫でてくれた人がいた。そして今、わたしの前には、優しい人たちが待ってくれている。

 

 ……優しいなあ、眩しい、なあ、

 今は彼らの背中を追うばかりだけれど、いつかわたしも、みんなみたいになりたい。

 そんな憧憬が目蓋の奥を熱くさせる。奥歯を噛んで堪えて、ひそかに呼吸を整えた。胸元を握り締めて、決意を形に。

 

 大好きで、大切な人たち。

 当たり前のように誰かに手を差し伸べるヒーロー。

 ──彼らにたとえ、呆れられても。失望されても。

 話すべき時が来たのだと、わたしは唾を飲み込んだ。喉がカラカラだ。震える指先を隠したくて握り込む。食い込む爪の鈍い痛みが、ちょうどよかった。

 

 

「──昔、わたしは、大切な人の未来を奪ったことがある」

 

 

 “個性”の詳細は、【翼】からホークスに繋がる可能性がある以上話せない。それでも少しでも、過去について話すべきだと思った。自分の汚い部分を隠したまま、優しいみんなの傍にいるべきではないと、そう思ったから。

 

「ヒーローとして生きていきたいって、みんなのために頑張って働きたいって人たちの願いを、わたしは踏みにじって、奪って、取り返しのつかない間違いを犯した」

「空中……?」

「わたしのせいで彼らは、積み重ねてきた過去の頑張りを台無しにされて、未来の夢を潰されて、人生をぐちゃぐちゃにされた」

 

「……もう、繰り返したくなかった。同じことが起きないようにって、頑張ってきた、けれ ど、」

 

 いびつになった息を無理やり吸って、吐いて。わたしはみんなの顔を見渡した。困惑と驚きに歪んでいる、……当たり前だ。いきなりこんな話を聞かされて、戸惑うに決まってる。ごめんねと心の中で呟いて口角を持ち上げた。

 

「……そんな昔と、今回のことを、わたしは重ねたんだ」

 

 こんなに情けなくてみっともない笑顔、他にあるのかな。

 そんなことを他人事のように考えて、わたしは続けた。

 

「……“わたしのせい”でみんなの頑張りが、可能性が、未来が壊されてしまうのが怖かった。……だったらいっそ、救けに来なくてよかったって思ってしまったの。神野に、来てほしくなかった。わたしなら何度でもやり直せる。治癒で、元通りになる。なにも失わない。それでよかったのにって、」

「愛依ちゃ、」

「わたしは……ずっと、ずっと、自分のことばかり……っ」

 

 話せば話すほど、痛くて。口から溢れる泥に呑まれて足元から溶けていきそうな、そんな気がしていた。

 ぐらぐらと揺れる意識。感覚。震えはきっと、恐怖。

 

 

「──愛依ちゃん」

 

 ──その全てを掬い上げるように、抱き締められた。

 

 

「……つゆ、ちゃ……」

 

 緑がかった長い黒髪が、抱き着いた弾みでさらりと波打ち、揺れる。それを視界の端に捉えて、わたしはひゅッと息を飲んだ。心の中に色んな感情が雪崩れ込んで、上手く処理できない。

 

「……梅雨ちゃ、ん……駄目だよ、離して」

「嫌よ」

「梅雨ちゃん、」

 

 は、は、と浅い呼吸を飲み込んで、吐いて。頭を振って。わたしは梅雨ちゃんの身体を離そうと彼女の両肩に手を置いたけれど、びくともしない。

 

「……あのね、わたしは。さっき言ったとおり、ある人の人生をぐちゃぐちゃにした。そんな風に梅雨ちゃんに心配してもらう資格、ないんだよ」

「知らないわ。そんなこと、知らない」

 

 “私は思ったことははっきり言っちゃうの。”

 いつか聞いた台詞。いつもの落ち着いた声色。

 

「いつかのあなたは、確かに間違えてしまったのかもしれない。あなたが言うのなら、それは拭えない過去なのかもしれない」

 

 けれどその言の葉に滴るような、雨垂れの気配がして。

 

「それでもあなたは、そうした過去から立ち上がって、誰かを救おうと頑張ってる。心を砕いて、涙を流しながら、ずっとずっと、頑張って……」

 

 そこで梅雨ちゃんは、わたしの肩口に埋めていた顔を上げた。微笑みの形になった唇が、ゆっくりと開かれる。

 

 

「そんな愛依ちゃんが、わたしは大好きよ。大切で大好きな、お友達なの」

 

 

 大きくて丸い、夜の湖のような梅雨ちゃんの目が、ゆっくりと細められる。そこから溢れてしまったみたいに、大粒の涙が彼女の頬を伝った。ぽろり、ぽろり。紫陽花に落ちる雨粒みたいに、きらきらまあるく、光って、……

 

「……っぅ゛、う、ぅう……ッ」

 

 それがあんまり、綺麗だったから。わたしはひぐ、と不格好な嗚咽を漏らした。みっともない、情けない。それなのに梅雨ちゃんは、わたしを抱き寄せて離さない。

 

「……そ、そんな風に、思ってもらう資格、ないのに……」

「あなたがそう思っても、私はそう思わないわ。知ったこっちゃないのよ」

「し、知ったこっちゃない、って……」

 

 けんもほろろに言い放つ梅雨ちゃんの語調は揺らがない。それに戸惑いと、それ以外の感情を覚えて、わたしは彼女の肩口に顔を埋めた。

 

「……わたし、本当に、酷いやつなんだよ」

「あら、どこがかしら」

「だ、ってわたし、みんなに“救けに来なくてよかったのに”って、酷いことを思った。みんなはたくさん考えて悩んで、来てくれたのに、……」

 

 物間くんから神野の一件を聞いた時、わたしの胸に去来したのは過去をなぞる恐怖だった。みんなの未来を奪ってしまうところだったと怖くなって、……けれど同時に、別のことも思ってしまった。

 

「……救けに来てくれて嬉しいって、思ってしまったの」

「! 空中さん……」

「ごめん、本当に……おかしいよね、みんなの未来、奪うところだったのに」

 

 仮免試験の時と同じ。梅雨ちゃんを泣かせてしまったくせに、その涙を綺麗だと、嬉しいと感じてしまった。あの時の気持ちが心の奥底で輝いて、わたしはもっともっと、自分が嫌になった。

 

「怖くて、嬉しくて、……気持ちがずっと、ぐちゃぐちゃで。だからわたし、自分で自分がわからないほど、酷い、やつで……」

 

 だから見捨ててくれていいのに、と思う気持ちとは裏腹に、わたしは、梅雨ちゃんの大きな手がわたしの髪を撫でるのを、心地いいと感じている。

 

「……だったらやっぱり、あなたは酷くなんかないわ」

 

 その言葉を、嬉しいと感じてしまっている。

 その事実を受け止めざるを得なくて、わたしはとうとう目を開けていられず泣き出した。目も羽根もまともに機能していないけれど、わたしと梅雨ちゃんの周りにみんなが駆け寄って、肩を叩いたり、背中を擦ったり、頭を撫でたり、抱き締めたりしてくれていることがわかって。わたしは子どもに戻ったみたいに、ただわんわんと泣いていた。

 

 

 

 

 

 

「空中さん、よければハンカチ、どうぞ」

「うう……ご、ごめんなさい八百万さん……」

「こら、謝るのはナシだよ空中」

「そうそう、こういう時はなんて言うの?」

「え、と……ありがとう、八百万さん」

「! ええ、どういたしまして……!」

 

 暫くして泣き止んで、顔を上げると、女子のみんなして赤くなった鼻をすんすん鳴らしているものだから、誰とはなしに顔を見合わせて笑い合う。少し疲れた、けれど気の抜けた笑みに、梅雨ちゃんも頬を緩めるけれど、それから眉を下げた。

 

「でも私も、愛依ちゃんに謝らなくちゃいけないわね」

「え……?」

「神野のことを言ったら、あなたが気に病むと思ったの。あなたを傷つけるかもしれないと思ったら、怖くて、言えなかった」

「……! ううん、梅雨ちゃんたちは何も悪くない。……わたしを気遣ってくれたんだって、わかってる」

 

 頭を下げかけた梅雨ちゃんを制して、ありがとうと言葉を重ねる。そうしてわたしは、その言葉を言うべきもう一人に視線を合わせた。

 

「相澤先生も、ですよね。不和先輩から聞きました」

 

 わたしが話して、挙句の果てにわんわん泣いている間、じっと見守ってくれていた相澤先生。きっと色々忙しいだろうに、教室まで探しに来てくれて、今も一緒にいてくれている。

 

「掛け替えのない命を守るために、わたしたちに守らせるために、なんですよね。それなのに……ごめんなさい、勝手に勘違いして、取り乱して、わたし……」

「謝るな」

 

 ぴしゃりと断ち切るような声色は、今まで何度も聞いてきた。初日の台詞が【“個性”把握テストで最下位の者は除籍】だったものだから、厳しい方だという印象だった。

 

「──俺は、俺の生徒に、命を粗末にするような真似は許さない」

 

 けれどきっと、それだけの人ではなくて。

 

「……だがそれで、おまえを追い詰めたことまで許されるとは思ってない」

 

 冷淡そうな声色の底に確かなあたたかさがあることを、わたしは、……わたしたちはもう知っている。

 

「すまなかった、空中」

「いえ、いいえ……! だって、先生は……、」

 

 わたしの言葉を手を振って制して、相澤先生はわたしを見た。鋭い彼の目が、優しい温度を宿して見つめている。心配、労り。そうした感情を込めて、眼差しが柔らかに注がれる。

 きっと不和先輩は、こういう相澤先生を知っていたから。だからわたしに教えてくれたんだ。擦れ違って不理解のままでは、あまりに悲しいからと、向き合うことを勧めてくれた。

 “腹を割って、話せ”と──

 

(……わたしはきっと、ずっと、気付けずにいた)

 

 わたしは自分を守ることばかり必死すぎて、こういう人の想いに気付けずにいたのかもしれない。

 気付かないまま、誰かを傷つけていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……だから僕と話に来たって?」

「うん」

「いやいや……お人好しにも程があるんじゃないかなァ?」

「お人好しとは、違うよ。わたしが後悔したくないだけ」

 

 A組のみんなと解散して部屋に戻ってからも、わたしの中には凝りがあって。心配して連絡してくれた拳藤さんに無理を言って、この場を設定してもらった。

 グラウンド・γ。今日の授業で物間くんと戦ったこの場所で、また彼と2人向き合っている。配管の隙間を吹き抜ける夜の風が、わたしと彼の髪を揺らした。

 

「本当にお人好しなら、こんな時間に呼び出したりしないよ。どこまでもわたしのためだから、気にしないで」

「……いけしゃあしゃあとまァ……」

 

 いつもの彼らしくない、どこか歯切れの悪い様子に目を瞬かせながらも、わたしは小さく深呼吸をした。呼吸を整えて、気持ちを整えて。ちゃんと話せるように。

 

「……わたしは物間くんの“個性”の強みである、さまざまな“個性”をコピーして使い分けて戦うあなたと戦いたかった。もっともっと、わたし自身が後悔しないよう、強くなるために」

 

 その気持ちに嘘はない。悪気もない。

 でもそれはあくまでわたし視点の話だ。物間くんからしたら、わたしの行動は全く違うように映っていたのかもしれない。

 

「でもそれが、あなたの気持ちを傷つけてしまっていたのなら、……ごめんなさい」

 

 そうした違いを、気付かなかったからといって、放っておくことはしたくない。

 だからわたしは姿勢を正して深く頭を下げた。ここにはわたしと物間くんしかいないから、とても静かだ。吹き抜ける風の音の他には、彼が小さく息を飲む音しか聞こえない。

 

「……僕も、……ああくそ、なんで君から言うんだよ……!」

「……?」

 

 彼は躊躇うような沈黙の後、何かを言いかけて、それから右手で自身の髪をかき混ぜた。ぐしゃりと乱れた金糸と同じく、物間くんの表情も歪んでいる。眉間に皺を寄せて、口許を引き結んで。……でもそれが怒りだけの感情ではないことは、なんとなくわかった。

 

「……君がA組の奴らと話したみたいに、僕も拳藤たちと話したんだ。色々とね」

 

 俯きがちの彼の青い目が、揺らぐ。その時の会話を思い出しているのか。感情を呼び起こしているのか。彼はひとつ息をついてから顔を上げてわたしを見た。ひた、と真っ直ぐ見据えて、

 

「……悪かった。君に対して嫌なことを言った、……大人げなかったよ」

「……こんな時ですらトゲが抜けないなあ……」

 

 謝罪だけに終わらない彼は、もうここまでくると“らしい”と思えてしまう。それに何より、彼の眼差しや声色に嘘はなかったから。だからわたしはふっと軽くなった心のままに頬を綻ばせた。くすくす笑うわたしをジト目で見つめる物間くん。そんな奇妙な時間が少しの間続いた。

 

「……、」

「物間くん?」

 

 けれどそれもつかの間、物間くんはその眉目を引き締めてわたしに向き直った。その、わたしを皮肉るでも煽るでもない、今までにない雰囲気に、どうかしたのかと身構える。

 

「……僕も君に聞きたいことがあるんだ」

 

 そうして彼は口を開いた。ひどく神妙な声音でわたしに断りを入れて、わたしの腕を掴む。

 

「今日の夕方、僕はこうして、君の手を掴んで引き留めようとした」

「? うん、そうだね、拳藤さんの“個性”を使っ、……」

 

 ──言葉は形にならず、いびつな呼吸となって夜気に溶けた。は、と吐き出した震えた息は、瞬く間に風に浚われる。

 

「おかしいと、気付いたかな?」

 

 瞠目し、立ち尽くすことしかできないわたしを、依然として静かな青の目が見据えている。

 

「僕は君と対峙した時、鉄徹の【スティール】、角取の【角砲(ホーンホウ)】、黒色の【黒】。この3つを既にコピーしていたんだ。そして戦闘を経て時間切れが訪れた」

 

「そうして僕は君と話すに至ったけれど、その間、拳藤はもちろん他の誰にも僕は触れていない。──君以外は」

 

 

 “どうして君に触れることで、拳藤の“個性”が使えたのか。”

 物間くんの疑問は当然のものだ。当然のものではあるけれど──わたしにとっては最後通告に等しかった。

 

 

「聞かせてくれないか、空中さん。──君の“個性”の話を」

 

 

 

80.少女、雨降って、

 

 


 

 更新遅くなって申し訳ありません……(n度目)こんなに時間を開けたにも関わらず、ここまで読んでくださった方々には感謝しかありません。お気に入り登録や評価等々いつも励みになっております。ありがとうございます……。

 

 今回は作者のやりたい放題回でしたね!ハイ……不和先輩はまだ漫画で全然描写がないキャラなんですが、何となく相澤先生の理解者ポジションにいてほしいなと感じていて、今回絶対出そうと心に決めていました。過去のあれこれから【除籍=ヒーローとしての未来を断つ】と思い込んで怖がってしまったオリ主に、そうではないと誤解を解くポジションは、かつて相澤先生の元で育った彼女であってほしかったのです。博多弁は翻訳機能を使って何とか書きましたがおかしなところがあるかもしれません。すみません。でも博多弁女子可愛くてにこにこしながら書きました。もっと原作でも不和先輩出てくれ……。

 

 そうした先輩方の助けを得て少しだけ自分の過去を伝えることができ、梅雨ちゃんの寛容もあって一歩だけ前に進むことができたオリ主ですが、また次回も乗り越えるべき壁(?)が待っています。オリ主について重要なターニングポイントになるつもりです。オリ主とぶつかって、擦れ違って、また向き合って、“個性”の真実に気付くというこのポジションは、どうしても物間くんであってほしかった。というわけで彼のターンはまだちょっとだけ続くんじゃ。よければ次回もお付き合いくだされば幸いです。

 

 

 この度苗字ちゃんさんに弊オリ主愛依のイラストを描いていただきました……!めちゃくちゃ可愛くて素敵で見るたびに元気が出て創作意欲が湧きました!頂いたイラストは表紙または活動報告に掲載させていただきました。重ね重ねありがとうございました……!

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