【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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03.寝ぼけ眼、見守る。

 

 眠い。眠たい。寝たい。そんな気持ちが目蓋を重くする。コーヒーという名のカフェインで無理やり眠気を散らすも、身体のじんわりとした疲労感は抜けきらない。瞬きほどの一瞬の気の緩みで、フッと意識が飛ぶ。重力に従ってパイプ椅子の背もたれに身体を預けると、ぎしり、軋む音がやけに大きく響いた。

 

「め、目良さん、目良さん、」

 

 控えめな呼び掛けとともに、肩を揺すられる。

 

「寝るならちゃんと、仮眠室で寝た方が……」

 

 ここはヒーロー公安委員会の事務仕事をするためのデスク。今日も今日とて同僚たちはみな血眼になりながらデータの集計、分析、報告書の作成をしている。誰かの淹れたコーヒーの匂い。古びたコピー機のガガガという悲鳴。激情を叩き付けるかのようなキーボードのタップ音。その中で聞こえる小さな少女の声は、かえって、なかなかに異質だ。

 

「……ああ、君ですか……」

 

 重い目蓋を抉じ開けると、思った通り、あの少女の姿があった。白い髪に白い肌、白い翼。こちらを心配そうに窺う目だけ、空を映したような青色だ。秘密裏に育てられ、訓練や勉学に追われている彼女が、こうしてこの場にやって来るのは珍しい。何かあるのだろうと視線をやれば、そっと後ろ手に何かを隠すのが見えた。

 なるほど、と思う。この子はまた、遠慮しいになっている。

 

「手に隠したメモを見せなさい。なにか頼むものがあったのでしょう?」

「! ……えと、でも、目良さん寝なきゃ」

「今寝たら一生起きられないような気がするので」

「……目良さんも冗談言うんですね」

「冗談じゃありませんよ」

「なお悪いじゃないですか!」

「冗談です」

「……どっちですか、もう」

 

 苦笑も笑顔の一つだ。少し気が緩んだのか、彼女は手にしたメモをおずおずと差し出した。昔からこうして、気軽に外に出られない彼女の代わりに必要なものを買いに行っていたのだから、少しくらいは慣れてくれてもよいものを。いつも彼女は、こうして遠慮がちに目を伏せてしまう。

 

「子どもが変な気を回さないの」

「……、はい、目良さん」

 

 お願いします、と小さな声で言った彼女に、いいですよ、と返す。メモを見てみると、“雄英高校の入学試験の過去問題集”とあった。

 

「……ははあ、なるほど。そういえば君、雄英高校を受験することになったんでしたね」

「は、はい」

「僕なんぞを心配している場合ですか。君だって受験勉強大変なんでしょう。目に隈ができてますよ」

「だ、大丈夫です。それに隈っていったら、目良さんのがすごいことになってますし」

「僕は大人だからいいんです」

「へ、屁理屈だ……」

 

 そうです、大人は屁理屈を言う狡い生き物。そして子どもは、我が儘を言ってもいい生き物なのです。

 それを今、僕が伝えたところで、この子どもは納得しないでしょう。眉を下げて笑って、「そんなことないです」と言うのでしょう。昔からそうなのだから。そうさせたのは、僕たちなのだから。

 

「……受験勉強のおともにでもどうぞ」

「わっ、……ふふ、じゃあ、わたしからも、どうぞ」

 

 ころんと飴玉を手のひらに転がしてやれば、少女もお返しとばかりに僕に飴玉を渡してくる。飴玉の交換。昔からの約束事に、この子どもは本当に嬉しそうな顔をする。

 

「……じゃあ、過去の問題集を買ったら君の部屋に届けに行きますね。不在だったらドアノブのところに袋ごと掛けておくので」

「え、だ、駄目ですよ。手間になっちゃうじゃないですか。わたしが取りに行きますし……そんな時間があるなら少しでも寝てください」

「言ったでしょう。子どもが変な気を回さない」

「……、ごめんなさい」

 

 ふふ、と唇が笑っている。それを見てほっとしてしまう自分がいる。子どもが心配されて嬉しくなって笑う──ただそれだけのことが、かつては、当たり前ではなかったのだから。

 

 

 

 

 あれから2日ほど経って、ようやく本屋に買いに行けた僕は、問題集の入った手提げ袋を片手に少女の部屋へ向かっていた。どのオフィスもないからかあまり人の立ち入らない階の、奥まった廊下の先、そこに彼女や彼の──いないはずの子どもたちの部屋がある。

 

「……、」

 

 目を丸くする。古くなってきたのか少しぼやけた光を放つ自動販売機。その横に置かれたソファーに、鮮明な赤が陣取っていた。……より正しく言うなら、赤い剛翼を備えた青年、ホークスが座っていた。

 

「ホークス、こちらに来て、……」

 

 来ていたんですね、と言いかけた時、ホークスが唇の前に人差し指を立てた。静かに、のポーズに自然と口をつぐむ。視線はホークスの隣に注がれた。そこに、青年の肩に寄り掛かって、微かな寝息を立てる少女の姿があった。

 

「……寝てます?」

「話してたら、ついさっき。寝不足みたいですね」

 

 まあ目良さんほどじゃないでしょうけど、と。ホークスは静かな声で笑う。彼はソファーの空席を指してどうぞと僕に促したけれど、僕は固辞し、手に持っていた袋を渡した。

 

「彼女に頼まれていたものです。この子が起きたら渡してあげてください」

「了解ですけど、目良さんは?」

「僕は仕事があるので」

「真面目だなァ、少しくらい休んでいったらいいのに」

「寝るために仕事するんです」

「……それほんとヤバい考えになってますよ。マジでほどほどにしといてくださいね」

 

 ホークスがわりと真剣な顔で言うけれど、僕だってワーカホリックではない。……いやその気は多少あるものの、それだけじゃない。

 

「僕だって、少しは気を使えるというだけですよ」

 

 この子たちの邪魔をしたくないという、それぐらいの気は使えるだけ。だって、そうだろう。そうでしょう、ホークス。

 

(なんとまァ、大切そうに見つめるものだ)

 

 眠る彼女が風邪を引かないようにと、赤い翼で覆ってやっている青年の顔は、この上なく穏やかで。No.3ヒーローとして広く顔が知られている彼の、こんな表情を知っている者が、一体どれほどいるというのか。

 

「では、また。ホークス、あなたも風邪を引かないように」

「はは、はい。目良さんこそ気をつけて」

 

 ひらりと手を振って、僕はその場から離れた。静かな廊下だ。革靴の足音でさえ、こんなに響いてしまうほどに。

 こんなに静かな場所で、息を潜めるように生きてきた。悲しいことも苦しいことも、僕たち大人には見せずに、彼らは互いを拠り所として生きてきた。……そんな彼らが、片方はプロヒーローとして飛び立ち、そしてもう片方も、広い世界へ飛び立とうとしている。

 

「……子どもは巣立つべき、ですね」

 

 そして大人は、それを見守り、支えてやるべきだ。

 ひとりごちるこの声が彼らに届くはずもないけれど、そうあってほしいと願いを込めて、静かに静かに目を伏せた。

 

 

 

03.寝ぼけ眼、見守る。

 

 


 

 目良さんが好きなので身勝手に絡ませます。口調やキャラが迷子ですが独自設定ということでひとつお許しを。

 

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