【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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黄昏時にて

▽注意書

・これは弊hrakss【依存】から始まるヒーローアカデミアのif√です。

・公安ビルから飛び降りたオリ主愛依がホークスに救われる前に黒霧に浚われAFOの元で育って“おねむり君”と出会う話。

・ほぼ三人称視点。

・倫理観に乏しい描写や残酷な表現、原作生存キャラの死亡があります。

・どう頑張ってもメリーバッドエンドです。

 

 

───

 

 

 春めいてきた陽の下とは裏腹に、地下へと延びる階段は無機質かつ薄暗い。先導する男と殿を務める男に挟まれ歩く少女だが、その踏み出す足に恐れはない。こつん、と控えめな足音。清楚に揺れるエプロンドレス。静かに淡々と階段を下りきった彼女は、先導の男が開けた扉の先を、凪いだ青の目で見つめた。

 

「あァようこそ。待ってたよ」

 

 打ちっぱなしのコンクリートの壁際には、黒一色のロッカー風スチールラックが所狭しと敷き詰められていた。その部屋の奥には四つのベッドが並び、ベッドサイドには生体情報モニタや脳波スペクトル分析装置、パルスオキシメータに人工呼吸器など、手術室もかくやといった設備が備えられている。そしてその手前には草臥れたパイプ椅子がひとつ。そこに腰掛けた男がニヤリと笑えば、欠けた右前歯が覗いた。

 

「今日は三人だ。振り込みはいつもの口座に。確認してくれ」

「……はい、確かに。ではまず症状を確認させてもらいます」

 

 少女は手持ちの端末に目を通して頷くと、部屋の奥に足を踏み出した。四つ並んだ簡素なベッド。そのうちの三つに人が寝かせられている。ベッドサイドに歩み寄るとぶわりと血の匂いが強くなったが、彼女は顔色ひとつ変えず彼らを見下ろした。

 ──三人とも銃創を負っている。内一人は右側頭部を撃たれていて意識レベルは深昏睡。両目とも対光反射は消失しているが自発呼吸は保たれている。射入口は確認できるが反対側に射出口はなく、弾丸が頭骨に埋没していると見られた。

 そこまで見てとりながら少女は他二人にも視線を巡らせた後、小さく息を吐いた。じっとりとした地下室の空気を、僅かに揺らす。

 

「何か要り用か?」

「いえ、ここの器具と麻酔で処置できます。ただこの人は、頭部に埋没した弾丸の破片を摘出するために開頭し、除去手術をしなければなりません」

「頼む」

「はい」

 

 少女は壁際のスチールラックから迷うことなく麻酔用の器具を取り出し設置にかかる。人工呼吸器を患者に装着させると、男は痛みにか微かに呻いた。眉間に寄った皺を認め、少女は眦を決する。人の頭部を切り開くためのメスを手に、音を殺して深呼吸した。

 

(大丈夫、──治せる)

 

 頭部の切開は未だ慣れないが、少女は弱音と震えを飲み込む。今日もまた、自分のやるべきことを為すために。

 

「……治癒を始めます」

「ああ。今日も頼んだぜ、(くう)

 

 男──義爛は口角を持ち上げ、空となった少女は無表情で頷く。

 少女がこうして義爛に治癒の仕事を斡旋してもらうに至ったのは、今から5年程前の話だ。

 

 

 

 

 燈矢という名の少年が荼毘になって、少女に空と名付けた夏のある夜。2人はそれから路地を放浪し、裏社会のいざこざに遭遇しては怪我人を治癒して報酬を得ていた。

 きちんと話を通して報酬を渡す相手には然るべき【治癒】を。取引を無視してこちらに危害を加えようとする相手には【蒼炎】を。

 

『焼け死ぬのは嫌だよなァ? だからほんの少し、痛い目を見てもらうだけだ』

 

 そう言って嗤う荼毘に、空は何を思ったのか。ただ荼毘の言う通り、ほんの少し炙れば(・・・・・・・・)相手は素直になってくれたから、少女は彼らの火傷も含めて治癒を施し、多少色のついた報酬を受け取る荼毘を静かに見守っていた。

 そんな日々を積み重ねて暫く。【白い翼の少女と蒼い炎の青年】が裏の世界で話題になりつつあった頃のこと。

 

 

『やァ、いい夜だな』

 

 月など見えない暗い路地裏で、それでも男はそう言って口角を持ち上げた。ラウンド型サングラス越しの目が、暗闇に目を凝らすかのように弧を描く。

 

『お前らだな? 空って名前で、裏の奴らの怪我や病気を治して回っているって……、っ!?』

 

 男の言葉は不意に途切れた。暗がりを蹴飛ばすように放られた蒼炎が男の革靴の先を掠める。それはほんの瞬きの間だったが、この場を制するだけの熱を男に感じさせた。飲む息すら茹だるようで──人の肉がいとも簡単に焼ける臭いが漂う。じわりと蟀谷を伝う汗は、酷く熱くも冷たくもあった。

 

『……ハー……オイオイそう警戒しないでくれよ』

『生憎だけど、名乗りもしねェ奴は信用ならないんだよな』

『ああそれは、失礼した』

 

 男は荼毘の不遜な行動と物言いに気を悪くすることもなく、すんなりと居ずまいを正してみせた。それが空には意外で、彼女は黙したまま僅かに目を見張る。普通の相手なら驚くか悲鳴を上げるか、逆上して更に襲い掛かってくることだろうに、男は笑みすら浮かべてその場に立っていた。そしてついさっき、命を奪うほどの蒼炎を浴びせられたコンクリートを踏み、荼毘と空に歩み寄る。

 

『俺は義爛。所謂ブローカーだ』

『……ぶろーかー?』

 

 空の呟きに、義爛は僅かに目を細めた。“こんなことも知らないのか”という呆れと、“こんなことも知らない奴がこんな世界で生きてるのか”という、何とも言い難い思いがそうさせていた。

 

『ブローカーってのは取引の仲介を請け負っている者のことだ。……そうだな、もう少し噛み砕いて言うなら、』

 

 けれどそれも束の間、義爛は湿っぽさを拭い去り、油断なくシニカルな笑みを浮かべた。

 

『俺は、危なっかしいお前たちの後ろ楯になれる』

 

 

 

 

 それから義爛は空たちの仕事を仲介することとなった。それまでは客と直接やり取りしていた空たちだったが、まず義爛はそれをやめさせた。【治癒】の“個性”を狙う者たちからの接触を防ぐべく客を厳選し、義爛が空たちに代わって交渉する。そうして取引が成立した後の段取りも彼が請け負った。他の者に居場所を気取られない場所・そこまでの移動手段・治癒のために必要な器具の用意──彼が整えた環境によって、空はこれまでとは比べ物にならないほど安全かつスムーズに仕事ができるようになった。

 

 そうして今、彼女はまたひとり、死の淵からすくいあげる。

 

 空は患者の頭部に埋没した弾丸の破片を摘出するべく、麻酔で深く眠った男の頭部にメスを差し込んだ。皮膚を切開し、筋肉あるいは腱膜を剥離させ、露出した頭蓋骨を専用のドリルとカッターで切っていく。そうして骨窓から覗く硬膜とくも膜を顕微鏡を用いて開き、破片を探して除去する──そうした一連の作業を始めて暫く、全ての破片を摘出し終えた空は微かに息をついた。それから患者の頭部に手を当てる。本来ならばこれから閉頭手術を行わなければならないのだが、今回は必要ない。空の“個性”ならば、必要ない。

 

「……っ」

 

 どのように頭を切り開いたか、その手順を巻き戻す様を思い浮かべながら患部に意識を集中させる。くも膜、硬膜、頭蓋骨、腱膜、筋肉、皮膚──そして最後に頭皮や髪が元通りになったのを確認して、空は再び息をついた。細く長く、息を吐く。極度の緊張から解放された少女は、血にまみれた手を拭い、額に滲む汗を拭う。それから比較的軽傷だった残り二人の治癒にも取り掛かった。黙々と、淡々と、けれど丁寧に──懸命に。

 

「……、」

 

 そんな空の後ろ姿を眺めやり、義爛は僅かに目をすがめた。しかしそれもつかの間、空が振り返り義爛と目を合わせた時には、彼はいつもの笑みを浮かべていた。

 

「……今日の患者さんはこれで全員、ですね」

「あァそうだ、お疲れさん。車はもう寄越してある」

「わかりまし、……」

 

 空の目が驚きに丸くなる。地下室を後にしようとした彼女の隣に、義爛が並んだからだ。

 

「俺も途中までご一緒させてもらうぜ。別件があるんでな」

「は、い」

 

 “いつもの”とは違う展開に声を詰まらせながらも、空は首肯した。こつん、かつん、と2つの違う足音が狭い通路に木霊する。そうして地上に出た2人は待ち受けていた車に乗り込んだ。

 もうすっかり夜の帳は下りていて、春の霞がかった夜空をネオンの灯りが照らしている。ぼんやり灯る無数の光を何とはなしに眺める、空の表情は静かだった。街の喧騒や人々の営みを、悲喜交々を、窓越しに見つめる──まるで別の世界の出来事かのように。

 

「……なァ空、聞いていいか?」

 

 そんなひとりきりの静寂を、義爛が破った。空は伽藍堂の目を揺らして義爛を見上げる。白い髪や頬が、ネオンに照らされて鈍い光を弾いた。

 

「、何を……ですか?」

「そう構えンなよ。俺は本心からおまえに感謝してるんだぜ」

「……お金を、稼ぐから?」

「ハ、まァそりゃァ、否定できねぇわな」

 

 義爛は肩を竦めて喉を鳴らす。くつくつと低く笑う彼は、真っ透明な瞳で首を傾げる空に視線を合わせた。

 

「……【治癒】の“個性”なんざ、裏社会に限らず引く手数多だろうに」

 

 彼は目を、細める。微笑みではなかった。

 

「何だってこんな、裏で隠れ生きることを選んだんだ」

 

 ──もっと違う生き方だってあっただろ。

 言外にそう問われて、空は無言で息を飲んだ。だって少女にとっては意外だったのだ。

 

「……いいえ、」

 

 【依存】という“個性”を生まれ持ち、両親の“個性”(未来)を奪い取った。

 ……こんな自分に、他の未来があるなんて、願ったことすらなかったから。

 

「わたしには、この道しか、ありませんでした」

 

「……オーケー、」

 

 青色の目が弧を描く。滲むように、噛み締めるように微笑む空に、義爛は目を伏せて頷いた。“なるほどな”と呟いた声が北風のように宙に溶ける。北風のようにひんやりしていて、掠れて、乾いた声だった。

 義爛はそんな沈黙を埋めるべく、懐の煙草に手を伸ばした。とっ、と一本取り出そうとして、……やめる。行き場を無くした指先を誤魔化すように、後頭部に手をやった。

 

「……煙草、わたし、気にしません」

「あ?」

「副流煙の影響も、“個性”で消せます」

「うるせぇな。ガキが要らん気を回すんじゃねぇ」

 

 義爛がふいと視線を逸らした理由を、空は知らない。けれど問い返すほどに近い間柄でもなかったから、彼女はただ黙って彼に倣った。窓の外を流れる夜景をぼんやりと眺める。

 夜景と同じに、ただ静かに、時間は流れていった。

 

 

 

───

 

 

 

 街中にある、何の変哲もないビルの一角。そこが空に用意された今日のセーフハウスだった。細い螺旋階段を上がり、渡された鍵で部屋を開ける。

 

「……、」

 

 三和土に乱雑に脱ぎ捨てられた黒い靴。遠くから聞こえてくるシャワーの音。わかりやすい帰宅の痕を辿るように少女は部屋の奥へ進んだ。シャワールームから絶えず水音は響いているが、洗面所で服を脱いだ形跡は無い。それを確認して空は僅かに眉をひそめ、そっとシャワールームの戸を開けた。

 

「荼毘、あなたまた……、」

 

 続こうとした言葉は途切れ、音量を増したシャワーの音に呑まれた。踏み出した足先が冷水で濡れる。

 空が歩み寄ったバスタブに四肢を投げ出すようにして、荼毘は眠っていた。シャワーから降り注ぐのは冷水であり、服ごとずぶ濡れになっているにも関わらず、彼の表情はむしろ安らいでいるように見えた。

 

(……【蒼炎】を、使ったんだ)

 

 それで身体を冷やすために、冷水を浴びていた。荼毘のこの行動は初めてではないが、空は気遣わしげに、または苦しげに眉を寄せる。膝丈のエプロンドレスが濡れるのも構わず、彼女は膝をついて荼毘の額に触れた。

 

 この5年間で、荼毘は少年から青年へと成長した。まろい頬は固く、手も節榑立ち、男のそれへと変わっている。しかし彼の変化はそれだけではないと空は視線を巡らせた。

 荼毘は『自分の身元を割らせるわけにはいかない』と白い髪を黒く染めた。そして空が仕事をしている間、ふらりとどこかへ行ってはこうして炎の名残を残して帰ってくる。その度に負う酷い火傷を空は治癒していたが、ある日荼毘は言った。

 

 

 

『空、──もう治すな』

『……え』

 

 突き放すような声に、びくりと肩を震わせる。そんな空に荼毘は淡々と続けた。“皮膚やそこに通る神経が健在だと、“個性”の限界を超えられない”と。

 

『もっと炎の温度を上げなきゃいけねェ、……いや、上げられるんだ。俺なら』

『……これ以上、に?』

 

 その時荼毘は、Ⅲ度以上の火傷を負っていた。表皮や真皮にとどまらず、皮下組織にまで損傷が及び、肌は青黒く変色している。神経がやられているため痛覚は感じないだろうが、血管や他細胞まで焼け切れて、諸々の臓器が停止してしまえば、彼は──

 

『……このまま続ければ、あなたは、死んでしまうよ』

『構やしねェよ』

 

 ハ、と笑う。嗤う。

 にんまりと上げた口角も、ケロイドに覆われ痛々しく歪んでいた。

 

『なァ空、人っていつ死ぬと思う?』

『……今は、そんな話をしてるんじゃ、』

『いいから答えろよ』

『……、……勝手な、ひと』

 

 いつも無表情な空が、僅かながらでも表情を歪めている。それが何故だか酷く愉快で、荼毘はくつくつと喉の奥で笑った。そんな彼をじとりと見据え、少女は固く結んだ口許を開く。

 

『……死亡には、3つの判断基準がある』

 

 呼吸の停止。脈拍の停止。瞳孔の拡大。これらを確認して医師は死亡判断を行う。散々読み耽った医学書からの知識をすらすらと口にする空だったが、荼毘はつまらそうに目を半眼にさせた。

 

『そういうんじゃねェんだよな。相変わらず頭の固い奴』

『……、じゃあ……あなたの思う“死”って、何?』

 

 憮然とする空に荼毘は、わらった。

 いつか(・・・)を懐かしむように、目を細めて。

 

『誰もかもに、忘れられた時だ』

 

 誰もかもに、自分の存在を過去にされた時。人は死ぬ。

 その言の葉が凍りついて胸に突き刺さるような、そんな心地で空は荼毘を見ていた。彼は傷ついた素振りもなくうっすらと微笑んでいるが──心の底ではどうなのだろうと思いを馳せた。

 いつかの時、荼毘は、……荼毘となったかつての少年は、何を思っていたのだろうと。

 

『そういう意味で死なないために、生きてんだよ』

 

 その為ならば、如何に自身の身体が焼けて傷ついても良いのだという。そんな荼毘の言葉を頭から飲み下すことはできなかったが、それでも空にもわかることがあった。ひとつだけ、わかった。

 

(……きっとこのひとはもう、止まらない)

 

 どうあっても目的の為に、前に前にと突き進み続けるのだろう。どれだけ傷ついても、傷つけても──何もかもを呑む、炎の海のように。

 

『……ならひとつだけ、約束させてほしい』

 

 それでも空は、炎が燃え尽きていく様をただ見ているだけではいられなかった。震える拳を握り締めて、迷いや躊躇いを殺す。

 

『要は、あなたは……痛覚に邪魔されずに“個性”を使いたいんでしょう? だったら表皮や真皮、その付近の神経はそのままにしておくけれど、他の……例えば内臓とか、そうしたものは治癒させて』

『ハァ? 必要な、』

『お父さんに、見てもらいたいんでしょう? ……そのためにわたしを、利用したらいい』

 

 本来痛みとは生命活動を阻害するためにあるのではない。むしろ痛みによって身体の異常を報せる、生命を守る警告なのだ。

 

 ──それを、あなたが捨てるというのなら。

 ──命なんて前に進むための薪だと、思ってしまっているのなら。

 

『わたしが、あなたの痛みになる』

 

 ──警告を発して、生命を繋ぎ止める。

 そんな決意を空が言葉にすれば、荼毘は微かにその目を見開いた。夏の日の海に似た青色が、ほんの僅かに揺らめく。

 

『……ほんと、気味悪ィ奴だよな、おまえは』

 

 それから彼は、つと目をすがめた。ともすれば苛立っているような、そんな声色で吐き捨てる。

 

『んなことしたって、おまえに何のリターンも無ぇだろ』

『うん、……それで、いいの』

 

 鋭い眼差しと言葉に射られて、少女のやわい心にしくりと痛みが走る。それでも、……いや、だからこそ(・・・・・)空は微笑むのだ。

 荼毘と空。2人の間に横たわる隔絶が悲しくて、嬉しくて。辛く感じるのと同じくらいに安堵した。

 

 ──まだこのひとと、一緒にいられる。

 

『それでわたしも、生きていけるの』

 

 

 

 

 そうして笑ったあの日から、荼毘の肌は所々ケロイドに覆われたままだ。元の色を保つ肌との間に繋ぐように開けたピアスが、水滴を弾いて鈍く光っている。

 

(……痛く、ないのかな)

 

 もう、痛覚を正常に伝える神経は焼き切れている。そうとはわかっていても空は吸い寄せられるように手を伸ばした。伏せられた彼の目元。焼けて喪われた涙腺の辺りに、触れようとして──

 

「……っわ!?」

 

 不意に、伸ばした手首を掴まれて、引き寄せられる。バランスを崩して前のめりになった空の青い目と、ゆるゆると開かれた荼毘の碧い目が間近で交錯した。

 

「だっ……荼毘、」

「なァにしてんだ、空」

「そ、それはこっちの台詞……」

 

 驚きに見開かれた目に、シャワーの細い雨が降り注ぐ。それに目を細め、左手で拭う空の顔が、次第に驚きから不満へ塗り替えられていく。

 

「……服ごと濡れちゃった」

「そう睨むなよ。涼しくなったろ」

「……、……あなたは涼しくなったの?」

「まあな」

 

 不満そうに口を尖らせた空に、何故だか面白そうに荼毘は笑む。その表情に小さな苛立ちは感じつつも空はそっと安堵した。微かに息を吐く。荼毘の冷めたいつもの表情に、苦痛の色は無い。

 

「……そう」

 

 空は頷いて、掴まれたままの右手は放って、自身の左手を伸ばした。黒く染められた彼の髪に触れて、頭部の怪我はないことを確認。そうしてそのまま彼の頬を包んだ。

 ざらざらの肌は、いつから浴びていたのかわからないシャワーのせいですっかり冷えきっていた。けれどその奥に隠しきれない熱がある。彼の身を焼き、目を眩ませ、心を焦がした炎。彼が決して消さない──消せない炎が、燃えている。

 

「……、オイ」

「“内臓だけ治す”……わかってるよ」

「……ならいい」

 

 いつものやり取りを交わして、空は荼毘の内側に治癒を施していく。着実に死んでいく表側を通り越して、再生のエネルギーを注ぎ込む。

 ……それがいつも、やりきれなくて。

 けれどこの“いつもの”やり取りを破れば、それすらも無くなってしまうのがわかっていたから、空は何も言えず口を結んだ。ただ黙って、生命を繋ぐ。

 そんな空を見下ろしながら、荼毘は彼女の右手を離した。少女の白い肌を伝う水滴を拭おうとして、やめる。触れる代わりに、呆れたように目を細めた。

 

「相変わらずお優しいことで」

「……、怒るのも疲れたの」

「そりゃ大変だな」

 

 ハ、と喉の奥で震えた声が、降り注ぐ水音に紛れて聞こえた。空はそれにただ小さく息をついた。溜め息とするには、幾分かあたたかいそれを。

 

「……はい、終わり。わたしは行くから、冷水じゃなくてちゃんとお湯被って、お風呂入ってね」

 

 返事の代わりにひらりと手を振ったのを見届けて、空はバスルームを出た。脱衣場で濡れたエプロンドレス──義爛に「箔がつくように」と与えられたものだ──を脱ぐ。薄暗い路地裏の世界にあって、清潔かつ清楚。どこか神聖めいてさえいるスカートの下には、ガーターホルスターが隠されている。

 

『どんだけ用意周到にしてても、いざって時は来るもんさ』

 

 だから護身用に、と義爛が空に渡したそれは、手のひらに収まるほどの小型拳銃。隠匿性を高めるために小型化されたそれは、威力・装弾数ともに低い。積極的な交戦向きではなく、あくまで非常時の自衛用とするものだ。

 

「……、」

 

 それでも、拳銃を手にする空の顔は晴れない。軽いはずの拳銃は、少女の手の中でずっしりと重みを増したかに思えた。青い目が暗く翳って伏せられる。ホルスターごと拳銃を外したその時、ようやく幾分か瞳の色が和らいだ。

 

「……うん、よし」

 

 ふ、と息をついて、頬を叩いて。そうして気を取り直した空はバスタオルで簡単に髪や身体を拭い、簡素なパーカーとズボンに履き替えてダイニングに戻った。ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら冷蔵庫を開け、中身を見ながら献立について考え始める。

 

 【治癒】の“個性”を狙う奴らに、気取られぬように。義爛は仕事のスケジューリングに応じて荼毘と空に幾つものセーフハウスを日替わりで与えた。大抵2LDKの部屋にはその日の食事に困らない程度の食材やインスタント食品が用意されていたが、空は努めて料理するようになった。放っておくと破滅的な食生活を送る荼毘を見て自ずとそうなったのだ。

 

「……“どうでもいい”って、思ってるんだろうな」

 

 荼毘はきっと、長く生きる気はない。もっと炎を強く眩しく燃やして、その光と熱が“お父さん”に届けばいいと──それだけ叶えば後はどうでもいいと考えているような、そんな確信が空にはあった。

 彼女はそれでも、と。野菜を手に取り皮を剥いていく。人参を乱切りにして鍋に水とコンソメと一緒に投入して火に掛けた。そして手を止めずじゃがいや玉ねぎもざく切りにして共に煮て。野菜に充分火が通ったらソーセージを追加して、そうすればポトフの出来上がりだ。

 

「あとは…………うん、鮭がある」

 

 ムニエルにでもしようかな、と呟きながら、その口許には苦笑が滲む。数年前に魚料理を作ったとき、荼毘は『魚嫌いだからパス』といって口をつけようともしなかったのだ。当時の驚きや戸惑いはまだ鮮明に覚えている空だが、それから暫くしてひょんなことから大喧嘩した際、朝も昼も夕もなく食卓に魚料理を並べ続けたこともよくよく覚えている。空の無言の怒りと、荼毘の無視がぶつかり続けて──そうしていつかの日、荼毘が苦虫を噛み潰したような顔で魚料理を口に運んだのが可笑しくて、嬉しくて。

 

(……それでなんだか、喧嘩したこともどうでもよくなったんだっけ)

 

 そんなこともあったなあ、と吐息のように笑みを溢したその時、バスルームから物音がした。ぺたぺたとこちらに近付いてくる足音に彼女が顔を上げると、うんざりしたような半眼と目があった。

 

「……今日魚かよ」

「……ふふ、」

「あ? 何」

「予想してた通りの反応だなあ、って」

 

 白い頬が、ほんのり染まる。少女が浮かべた笑みは淡く、今にも潰えそうなものだったが、それでも確かに荼毘に向けられていた。荼毘はそれを認め僅かに目をすがめる。彼の凄むような表情が、ばつが悪くなったときにも浮かべるものだと空が知ったのはいつだったか。思い出すには少し遠い。

 それだけの時間を、過ごしてきた。

 

「もう少ししたらできるから、髪ちゃんと乾かして」

「あーハイハイ」

「わっ、……ドライヤーっていう文明の利器知ってる?」

「こっちのが早いんだよ」

 

 瞬間的に蒼炎を使って髪を乾かすという荒業も、初めてではない。だから空は小さく溜め息をついただけでそれ以上の追及はやめた。手元のフライパンに視線を戻す。

 じゅわ、じじじ、とバターを纏った鮭に焼き色がついていく。香ばしい匂いがキッチンを漂い、ふんわり空間を埋めていった。

 

 

 ひとは、食べなければ生きていけない。

 生きていくために、今日も彼らは食べる。野菜を、魚を、それ以外のものもたくさん、数えきれないくらい口に運んできた。

 

 命を繋ぎ、日々を繋ぎ、

 そして──荼毘と空は、その日を迎える。

 

 

 

───

 

 

 

 ──“ヒーロー殺し”。

 それは17人を殺害し、23人を再起不能に追いやった(ヴィラン)・ステインの通称。ヒーローや警察の必死の捜査にも関わらず犯行を重ねていた彼だったが、先日起きた保州での騒動を経て、とうとう捕まったとの報道が社会を騒がせた。

 

《偽者が蔓延るこの社会も》

《徒に“力”を振り撒く犯罪者も、粛清対象だ》

 

《──全ては》

《正しき社会のために》

 

 一般人が提供したのだろうその動画は、瞬く間に多くのメディアに取り上げられ、多くの民衆の目に留まった。ヒーローが凶悪(ヴィラン)を捕らえたという輝かしい意味合い──ではなく、

 

《贋物……》

 

 数多の打撲傷と火傷で、誰がどう見ても満身創痍なはずのステインは、その目を強く見開いていた。歯を剥き、痛みからか涎を垂らしながらも、その形相に揺らぎはない。現れたエンデヴァーを鋭い眼光で射る。

 

《正さねば……》

《誰かが、血に染まらねば……!》

 

 静かなその語調が、次第に大きくなっていく。埋み火が再び熱を帯びたかのように、煌々と、強く。

 

《“英雄(ヒーロー)”を取り戻さねば!!》

 

 (ヴィラン)の襲撃により炎に巻かれた保州の街で、数多のヒーローと対峙しながらも、彼は怯まず歩みを進めた。

 一歩。ただ一歩アスファルトに左足を踏み出しただけ。ただそれだけで不可視の怪物が両手を上げて襲い掛かってくるような、そんな圧が画面越しにも伝わってくる。

 

《来い。来てみろ、贋物ども》

 

 直接相対しているヒーローは尚更だったのだろう。ひとりは浅い呼吸を繰り返し、ひとりは身動ぎもできず、ひとりは尻餅までついてしまった。

 誰もがまともに動けない中、相手に立ち向かっていたのはただひとり。

 

《俺を殺していいのは、“本物の英雄(オールマイト)”だけだ!!》

 

「……ハッ」

 

 くく、と低く喉が鳴る音が響いて、そこでようやく空の意識がパソコンの画面から戻ってきた。はっとして視線を戻すと、荼毘はソファーに肘をつき腰掛けて、肩を震わせている。

 

「……どうしたの」

「いや、なァ、こんな痛快なことがあるか?」

「痛快?」

「見ろよ、あのNo.2でさえたじろいでやがる」

 

 “なっさけねェの”とうっそり目を細めて、荼毘は口角を上げた。ヒーロー殺しの気迫に押されて一歩退いたエンデヴァー。その姿を、強張る表情を、指先でなぞる。

 

「この動画が消されてもアップされ続けてんのは、それだけ“見たい”誰かがいるってことだ。

 影響された、……火をつけられた誰かが、何人も」

 

 ──ダン、と、拳がディスプレイに叩き付けられた。その握られた手の内に一瞬だけ【蒼炎】が灯る。それは薄暗い黄昏時の部屋を、俯いた荼毘の顔を僅かに照らした。

 

「一人の人間の、たった一つの執念で、世界は変えられる」

 

 彼はわらっていた。目を剥き、口の端を吊り上げ、歪めて。

 

「……だ、び」

「あァ、だけど俺は……こうも思うよ、ステイン」

 

 歓喜の感情に笑い、いつかの誰かを思い嗤っていた。

 

「──この世界に本物の英雄なんていやしねえ」

 

 “表でどんだけ正義面しようと、裏では何してるかわかったもんじゃねえからな”。……そんなことを歌うように口にして、荼毘はソファーの背凭れに身体を預けた。灯りを落とした天井を仰ぎ、目を瞑っている。

 手を伸ばせば触れられる距離だった。空がその手を少しでも伸ばせば、荼毘の額に触れられたことだろう。そっと、触れて。“どうしたの”と訊ねる──いつもならばできたことが、その時は酷く難しかった。

 

「……荼毘、……」

 

 酷く遠く、隔てられていた。

 

 

 

───

 

 

 

「空。……あんたに会いたいと言っている奴がいる」

 

 とある夏の日、日暮の鳴く夕方のことだった。仕事終わりの空にそう切り出した義爛が彼女を連れて向かったのは、関東某県に位置する神野市。

 

「……いつもの場所ではないんですね」

「あァ、今日はもっと上客(・・)だからな」

 

 オフィス街にあるビルの前、路上の片隅に停まった車から空が降りようとすると、義爛が手で制した。

 

「少し、煙草を吸っていいか」

「え、……はい、どうぞ」

 

 義爛が懐から箱を取り出し、とっ、と指先で煙草を挟む。ピストル型のライターで火を灯すと、独特な匂いが車内に広がった。紫煙を燻らせながら、彼は目を伏せる。

 

「……そうだ、上客。とてもじゃねェがあちらの要求を簡単に突っぱねるわけにはいかねェ」

 

 だがなァ、と呟くように言った声が、夕暮れの闇に溶けていく。

 

「空。俺ァ前も言ったように、お前に感謝してる。これでも割りと買ってるんだ」

「それは……、そう、なんですか」

「ああ、だから……お前が望むなら、このまま帰ってもいいんだ」

 

 空にとってその言葉は意外だった。義爛の意図がわからず彼を見つめる、その青い目が揺れる。その反応に義爛は口許だけで笑った。すい、と視線を窓の外に向ける。

 

「あのビルの、階段上ったとこ、見えるか?」

「……っえ、は、はい」

「あそこに件の客がいる」

 

 ──あのドアを開ければ、お前はもう戻れない。

 

「ちゃちなピストルさえ重荷に感じるようなお前には、オススメできねェ話だ」

 

 義爛の言葉は断定だった。しん、と静寂が訪れる。

 義爛は空が辿るだろうこれから(・・・・)を思い、紫煙を肺いっぱいに吸い込んだ。どこか苦い味がしたから、そのままほろ苦い笑みを浮かべる。

 

「……それでも。その人はあのドアの向こうで、わたしを待っているんです、よね」

 

 けれど空は違った。戸惑いに揺らいでいた目はもう、静かに静かに凪いでいる。

 

「ならわたしは、行きます」

「脳死で飛び込むのは虫でもできる。お前は、まだ、行き先を選べるんだ」

「……いいえ。それは違います、義爛さん」

 

 【依存】という“個性”を生まれ持ち、両親の“個性”(未来)を奪い取った。

 ……こんな自分に他の未来があるなんて、思ったことも、願ったことすらなかったけれど。

 

 

『ねぇ、君』

 

 あの運命の夜。ごうごうと青い炎が吼え立てる中。画面越しの声が、確かに少女の鼓膜を震わせた。

 

『また彼ら(・・)を、救けてくれるかい?』

 

 ──ヒーローに救われなかった子どもたちを、君が救ってあげてほしい。

 そうして空っぽの心に、生きていていい理由を注いでくれたのだ。ヒーローに救われない人を救うのだと、それだけが道標となり、彼女の心と命を繋いできた。だから。

 

 

「わたしには、はじめからずっと、この道しかありません」

 

「……オーケー、」

 

 

 青色の目が弧を描く。滲むように、噛み締めるように微笑む空に、義爛は目を伏せて頷いた。“なるほどな”と呟いた声が北風のように宙に溶ける。いつかと同じに、北風のようにひんやりしていて、掠れて、乾いた声だった。

 

 

 

───

 

 

 

 空はひとつ義爛に頭を下げて、車を降りた。傾斜のきつい螺旋階段を上り、スチール製のドアの前に立つ。

 ドアノブを握る手は、微かに震えていたけれど。それをドアノブの冷たさのせいにして、空はドアを押し開いた。

 

「ようこそ、お待ちしていました」

 

 そうして空の視界に広がったのは古びたフローリング。煉瓦の壁。薄ぼんやりとした橙色のランプ。鈍い光を弾く酒瓶が、カウンター裏の棚にずらっと並んでいる。客足が遠退き寂れたバーといった様子だがそこに客はいなかった。バーカウンターにひとり、……身体が暗く揺らぐ靄のような人物が立っている。

 彼は空に向かって恭しく一礼し、金色の目を微笑むように歪ませた。

 

「私は黒霧と申します。早速ですが、あなたをとある方の元へお連れします」

「……? 黒霧さんでは、ないのですか?」

「ええ。あなたを待っているのは……あなたもよく知る方ですよ」

「え……」

 

 それって、と問い返すより先に、黒霧から広がった黒い靄が少女を包んだ。まず視界が閉ざされ、次に聴覚、触覚──全ての感覚が途絶え、暗闇の中に放り出される。それは数瞬の間か、それとも数秒か、数分か。時間の感覚も曖昧になる頃、空の視界が開けた。

 

 そこは十畳ほどの異様な部屋だった。部屋の四方は打ちっぱなしのコンクリートに囲まれており、窓はない。冷ややかな威圧感に息を飲む空の顔を、コンピュータの電子的な光が照らした。

 

「やあ、……待ちかねていたよ」

 

 コンピュータのディスプレイ、ありとあらゆる機器の光を背にしたその男は、ゆらりと顔を上げて腕を広げた。均整のとれた立派な体躯に高級そうなスーツを纒っている。その豊かに響くバリトンボイスに、──は、と空は目を見開いた。

 

AFO(オールフォーワン)、先生……!?」

 

 忘れもしない声だった。それはあの暗い夜、児童養護施設で自分を保護してくれた恩人(・・)のものだったのだから。だから空ははじめ驚きと歓喜に声を上げたが、それがひきつるのに時間はかからなかった。

 

「……ッせ、先生、それは……」

「ああ、すまない。驚かせてしまったね……」

 

 AFO(オールフォーワン)は右手で顔を覆った。その顔に本来あるべき目も鼻も存在しない。焼け爛れたように潰れた傷跡を、彼はさも痛ましげにして声をひそめた。

 

「情けないことなんだけど、とある(てき)との戦いで後れを取ってしまってね……」

「そんな……こんな、深い傷を……」

 

 空はただ、恩人(・・)の凄惨な傷跡に悲しみを覚え声を詰まらせる。それで精いっぱいだったから、AFO(オールフォーワン)が【(ヴィラン)】と口にしなかった意味など気付くはずもない。

 そうして空は背伸びをして、上背の男の頬に手を伸ばす。一刻も早く治そうと、治癒を施そうとして──

 

「ああ、待って」

 

 しかしそれに待ったを掛けたのはAFO(オールフォーワン)本人だった。空はその行動の意図を理解できず、青い目を困惑に見開く。

 

「!? 先生……? どうしてですか、わたしならきっと、あなたの目も鼻も、全て元通りに治せます……!」

 

 空は胸元を握り締め必死に訴える。あの施設を出てから数年、自分は何人もの人を治癒してきたと。どんなに深い傷も病も治せるようになったのだと。

 そうして培った力で、AFO(あなた)の傷を癒し、未来を開きたいのだと。

 

「どうかわたしに、あなたを救けさせてください……!」

 

 そうして懇願する声が、あんまり懸命に輝いていたものだから、AFO(オールフォーワン)は微かに目の辺りを歪ませた。

 

「……そうか。君は本当に、誰かを救けたいと思い、行動できる子なんだね」

 

 まるで真昼の空のような青だった。両親に踏みにじられ、他者と隔てられ、何年も薄暗い所に身を置いてなお失われない光。

 それがどうにも、煩わしくて。巨悪はその脳裏にひとつの計画(・・)を思い描いた。

 

「先生……?」

「君の気持ちはとても嬉しいよ。僕としても、是非とも君に治してほしい」

「なら……!」

 

 言い募る空に、AFO(オールフォーワン)は口許の笑みを深めた。さも聖人のように穏やかに、優しく優しく微笑んだ。

 

「けどそれは今じゃない。君には然るべき時に……僕の言うタイミング(・・・・・・・・・)で治してほしいんだ」

「……? それは……」

 

 一体どういうことなのか。空の頭上に浮かぶ疑問を宥めんと、AFO(オールフォーワン)は彼女の白髪を撫でた。“これまでよく頑張ったね”、“やさしくて偉いね”と、労りと称賛のふりをすれば、簡単に少女の言葉など封殺できる。嬉しそうに、擽ったそうに目を閉じる空に、彼は微笑むように声を和らげた。

 

「それでももし、もっと僕のために力を貸してくれるというのなら……君にひとつ、頼み事をしたいんだ」

「! 頼み事……?」

 

 ぱっ、と青い目を期待と歓喜に輝かせる空は、まるで本当の犬のようだった。主人の言葉にぴんと耳を立て、ふるふると尻尾を振っている。“存外可愛らしいものだなァ”と、言葉なく悪魔は嗤った。

 

「君は(ヴィラン)連合を知っているかい?」

 

 夏の空が暮れ泥む。日暮の歌がゆっくりと潰えて、夜の帳が静かに降りゆく。陽の光はやがて、遠く遠くへ落ちるのだろう。

 

 

「そこに死柄木弔という僕の教え子がいてね。……君に彼を、救けてほしいんだ」

 

 

 “誰そ彼”と、誰かが問い掛ける時まで、あと。

 

 

if√ 03.黄昏時にて

 

 


 

 予定なら神野編終了まで行く予定だったのですがわりとキリが良いところまで来たので上げさせていただきました。個人的には付かず離れずな義爛や荼毘とのやり取りや、愉悦&悪巧みなafoおじが書けてたのしかったです。if敵√ということで、本編ではできないようなヴィラン側との会話や触れ合いや葛藤や決断を今後も書いていきたいと思っているので、また読んでいただければ幸いです。今回も読んでくださってありがとうございました!

 

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