人生とは、儚く、上手くいかないものである。
この男、
いっそのこと、この世の全てが反転しないものだろうかと考える。
───そう、このTSドライバーのように。
事の発端など記憶にない。
とうの昔、一時期の記憶を無くし、その時に持っていたのがコレである。
なんに関する記憶なのか、そもそもコレはなんなのか。わからないことは他のわからないことに結びつき、謎が謎を呼ぶ。
が、一つだけ、彼にわかることがあるとするならば。
彼は、TSヒーローである。
『ヒカル!三丁目の公園にトレイサーが現れた!すぐに向かって!』
「……わかったよ」
トレイサーとは、この世の基盤を全てひっくり返すような化け物の総称を言う。
……この世の物事は、不安定な基盤のもと成り立っている。
「ぐっあああ、助けてくれ!」
「さて、お前の大切なものはなにかなぁ??」
「やめろッ!」
ぐらぐらと揺れる世界は、いつ反転するかわからない。が、大抵はバランスを保って最善をキープするものだ。
だが、それを簡単に覆せるものがいるとするのならば話は別。
『TSドライバー!』
「ほう?キサマ、TSヒーローだな?」
「誠に不本意ながら、そうらしい」
天は地へ。
ヒカルはスマホの画面を叩き、アプリに表示された「シャッフル」のボタンを押す。
『内気な眼鏡ッ子』
『セーラー!』『夏服!』
生は死へ。
スマホをベルトのホルダーにしまい、強く強く、己を保つために精神を高める。
宣言した。
「変身!」
そして───男は、女へ。
『トランス・アップ!』
前面のバックルを勢いよく手で半回転させる。
描かれたマークは半回転に伴いその形を変え、中心の蒼く輝く宝珠は吸い込まれるような真紅色に光り輝いた。
TSドライバーから白煙が吹き出し、その姿を隠した。
ヒカルの全身からバキバキと骨格の変わる音が鳴る。
角ばった腕は柔らかくしなやかに。
筋肉はあくまで内面に秘め、華奢で凹凸のある姿に。
風に煽られた白煙がどこへと吹けば、既に『変身』された姿が太陽の元にさらされる。
そしてそこには、男らしい顔つきをしたヒカルはいない。
「女の子……?」
その場の誰かが言った。
そう。その声の通り、先ほどまでヒカルがいた位置にいるのは、少し根暗っぽくて夕方の図書室で細々とライトノベルを柔らかな微笑みを浮かべながら読んでいそうなセーラー眼鏡っ娘なのだ!!!!
「反転を司るTS持ちが相手かぁ?不足なしってやつだなァ!」
全身から手が生えたようなビジュアルのトレイサーに、ヒカルは……否、TSヒーロー
「なんだァ急に笑いやがって気味がわりィな!?」
「いや、たしかにアンタにとっては不足なしかもしれないけど、俺にとっては不足しかねえと思ってな」
「なんだと……?言わせるじゃねえか!芋っぽい顔しやがって!」
ハンドトレイサーが地中に手を突っ込む。
その瞬間、ヒカリの背後から浅黒い手が出現し、ヒカリの華奢な身体を粉砕しようとした。
とっさに身を翻し、半歩ズレでギリギリの回避をするヒカリ。
「っぶねぇ……」
「まだまだァ!」
尚も、ハンドトレイサーの拡張腕がヒカリを粉砕しようと地中より出で、その豪腕を振り回す。
「めんどくせぇな!」
カコッ。ローファーが響く。
少し足を上げて地面スレスレの薙ぎを回避、バックステップで後方へ飛べば、つい先ほどまでいた位置を別の腕が貫いた。
よろめくヒカリに、別の腕が真正面からその首を目掛けて伸びる。
が、ヒカリはこれに対して自身も腕を伸ばし、手を組み合わせて拮抗する形を取った。
「バカな……俺の豪腕が、おめえみてえな女風情に押し切れてない……!?TSヒーローとは言えど、そんな力どこから……!!」
「あれ、アンタ知らないの?」
ローファーが地面に食い込む。
「TSヒーローは"反転"を利用している……女なんて、どれも弱い。可愛くて強いなんていない。それが世間の一般常識」
「ぐっ……今度は、押されて……!!」
そして、ヒカリは自身の腕なぞ一息に潰してしまうであろう腕を。
握り潰した。
土が崩れるように腕だったものが辺りに散らばる。
ヒカリは握り締めたままの手を開き、中の土を地面に落としてから言った。
「覆すんだよ。『女が強い』、『可愛くて強い女の子がいる』ってふうにな」
「チッ……クショォ!!もう手加減しねぇ!」
ハンドトレイサーの身体から、無数の腕が突き出る。
ヒカリは返す拳で弾くも、今度は土人形のように崩れはしなかった。
「モノホンの腕だァ!言うなら俺は、アシュラマンだァ!」
ハンドトレイサーである。
「アシュラマン、ねえ……」
「防御力、筋力共に完璧な腕!土から作ったやつなら崩れたかもしれんがなァ!?」
「ま、たしかにこの腕を身体能力のみで突破するのは骨が折れそうだ」
「負けを認めたなァ!」
「……いんや?ただ、ひとつお前に言っておくことがある」
「メガネ女子は視野が広い」
ヒカリが一回転すると、真上の太陽光が反射し、一筋の光となって戦場を駆け巡る。
圧縮された閃光は計り知れない熱量を持って一直線に突き進み、周囲の腕を焼き切った。
「熱ィ!?」
「メガネ女子は、太陽光の下で直視すると厄介だぜ?」
「クソォ……なんなんだ、なんなんだお前ェ!」
ヒカリがTSドライバーを一回転させる。
『トランス・フュージョン!!』
「そうだな。ひとつ言うとしたら……とう!」
天高く跳躍したヒカリの程よい肉付きの脚を、紫電が取り囲む。
ヒカリとハンドトレイサーの一直線上に反転エネルギーによって生成された
「女の子は、ヤワじゃないってことだ!!」
クールビズに備えて丈が短くなり、動きやすくなった夏のセーラー服から音速の一撃が放たれる!
ローファーは手前のがびょうを蹴り、そのがびょうごと次のがびょうを蹴り、しかし勢いは収まるところを知らずに加速し続ける!
ついに、その針がハンドトレイサーの胸に突き刺さった。
『セーラー!!バンカーッ!!』
「ぐああああああ!!!!」
爆音。爆風。爆熱。
全てを突き切り、地面に芋っぽい少女が着地した。
「反転、完了」
静寂に、ぽつりと声が響いた。
それが波紋を呼ぶように、隠れて成り行きを見守っていた民間人がその活気を取り戻し始める。
「終わった……」「助かったんだ!!」
「TSヒーロー!」「やっぱりセーラーの夏服は最高だぜ!」「ピンク色じゃなかったか……?」
「ありがとー!!」
「「「「桃パン!桃パン!桃パン!」」」」
彼らが最後になにを見たのか。
あえて言うなら、丈の短くなったスカートに鉄板は仕込まれていなかった、ただそれだけのことである。
ヒカリは戻るに戻れなくなった雰囲気の中、自分の下着の色を連呼されてその頬が徐々に赤くなっていく。
そして、紐が切れた。……下着の、ではなく。
「だからTSはイヤなんだよおおおおおおお!!!!」