初めて会った時から、彼はマスターに相応しくないと感じていた。
軟弱な体に低すぎる物腰。
こんな下賤な者とキラーズが共鳴したことに当時は嘆いた。
隊の皆は彼を「優しい」と口を揃えて評価していたが、私には到底認めることが出来なかった。
自分がのし上がる為に周りへ媚びへつらう豚共と同じだと、そう決めつけていたのだ。
彼の隊に入って一月が経った頃に、その評価はひっくり返る。
キラーズの影響で毒舌となっている私は、思ってもいない台詞を吐き、隊で孤立していった。
その辛さに堪えられなかった私は、人目につかない場所へ逃げ込みしゃがみ込んだ。
ーーーどうしたの?
マスターに声を掛けられる。
立場上は主人にあたるとはいえ、下に見ていた者に同情されたことが悔しくて差し伸べられた手を拒んでしまう。
ーーーあなたの様な下賤な者と交わす言葉など、わたくしは持ち合わせていません。
ーーーそっか。
彼はそれきり、私に話かけなかった。でも、
私の手を握り、ずっと傍に居てくれた。
マスターの隊に入って数ヶ月。
今では隊にすっかり馴染めている。
マスターの様子を見に行くと、隊の子と楽しそうに談笑していた。
自分も混ざろうと輪の中に入り、彼に微笑む。
「アナタは盛りのついた犬か何かなの?いえ、それでは犬に失礼かしら?残念ながらアナタと並び立つ罵詈雑言をわたくしは知らないわ」
女の子とイチャつくマスターの姿に、反射で毒舌を吐いていた。
「あ、うん……、犬と比べられるなんて、中々ないよね」
「あらあら、どうしてニヤけているのかしら?……あぁ、変態さんにはこの評価ですらご褒美なのですね」
私の罵詈雑言にマスターは平然としているが、周りは唖然としている。
……いけない。皆に引かれている。
コホンと咳払いをし、持ち直そうとして……
「こうして君と話せるなら、確かにご褒美かな」
「ぁ、なっ……!?」
マスターは人前でも平気でこんなことを言う。
羞恥で頬が紅く染まっていくのを感じた。
「これは躾け直す必要がありますね……。こっちへ来なさい」
彼の手を取り、他所へと引っ張っていく。
周りの皆は、苦笑いをしながら私達をその場で見送った。
二人きりになり、周りの目がなくなった所で、彼を冷ややかに蔑む。
「アナタの辞書に恥という言葉はないのですか?分かりきったことを聞くわたくしの方が失礼だったかしら?」
違う、本当はそんなことがいいたいわけじゃない。
他の娘達じゃなくて、もっと私を見てほしい。
傍に居てほしい。
「恥、かぁ……。君とこうしていられるなら、恥知らずでも構わないよ」
繋いだままの私の手を、彼は少しだけ強く握ってくる。
「いつまで触れているつもりですか。さっさと離しなさい、イヤらしい……」
「僕からは離すつもりはないよ」
私の手を握る強さが緩められる。
「でも、まだこうしていたいな」
「汚らわしい。さっさと離して、己の罪を悔いなさい」
「うん……」
素直になれない自分に嫌気が差す。
でも、私が彼の手を振り解くことはなくて、
彼もまた繫いだ手を離さなかった。
その心地良さに、今日もまた溺れてしまう。
「好き」というたった2文字の言葉さえ伝えられないまま。
日が沈みきる前に、私達の隊はなんとか街に着いた。
今夜はこの街で宿をとることになる。
就寝までの間の自由行動、展望台で星を眺める。
「中々、難しいですわね……」
ここ数ヶ月の自分は、ずっと彼に感情を振り回されている。
「いや、違いますね……、勝手にわたくしが空回っているだけ」
彼はいつだって私を受け入れてくれた。
どんなに突き放しても。
どんなに心無い言葉を浴びせようとも。
そんな彼を気づけば好きになり……。
「……」
好きになれたのに。
「素直、ですか……」
ポツリと呟いた言葉は虚空に消えていく。
「やっぱりここにいた」
「なっ…」
思いもしなかったマスターの登場にトクンと胸が跳ねた。
「あらマスター、ストーキングですか?せっかくの星空が台無しですね」
急いで平静を装ったけど、マスターは大して気にもせず私の隣に座った。
「隣に座ってもいいと許可した覚えはありませんよ」
「はは…、それじゃ改めて、隣に座ってもいいかな?」
「ダメです」
ん、そっかぁ……と彼は残念そうに呟き、私の目の前で膝をついた。
真っ直ぐな視線が私の瞳を捉える。
少しずつ顔が熱くなってきた。
「……マスター、目が穢れます。どいてください」
「先に僕の話を聞いてくれたらね」
その話が真剣なものだと、彼の目が訴えている。
心臓が早鐘を打つ。
応えないと、と思って。
思っているのに。
「聞く義理はありません」
口から出た言葉は真逆のものだった。
どこまでも変われない自分が堪らなく悔しくて、唇を噛んで俯いた。
「フラベルム」
優しい手付きで、マスターに頭を撫でられる。
「あなたは、馬鹿なんですか……?」
「ううん、見ての通りだよ。僕は、君に何を言われても嬉しい……。いや、君の傍に居られるのが幸せなんだ」
こんな私でも彼は受け入れてくれる。
それが例え、誰であろうと。
この心地良さが私をダメにする。
「知りませんでした……。マスターはマゾヒストだったんですね」
「誰にでもって訳ではないよ。こうしてなじられても嬉しいと思えるのは君だけだ」
聞き間違いかと、思った。
「え?わたくし、だけ?」
顔を上げると、笑顔の彼と目が合った。
「フラベルムが何に悩んでるか分かってるつもりだから、そのままで聞いてほしい。……別に今のままでいいんじゃないかな?」
「良く、ありません。何を言って……」
「入ったばかりの頃と違って、皆がありのままの君を受け入れてる。表面上の言葉だけじゃなくて、本当の君自身を」
卑怯だ。
マスターはいつも私を甘やかす。
「それでも伝えたい言葉があったとして、マスターがわたくしの立場だったらどうするつもりですか?」
「言葉じゃなくても想いはきっと伝わるよ。それでも君の気がすまないなら……。君が素直に気持ちを伝えられない分は、僕が言葉をつくすよ」
本当に。
「フラベルム、好きだよ」
本当に、ズルい人だ。
告白の返事は出来なかった。
思ってもいない罵詈雑言が出てしまうかもしれないし、
何よりもあなたがそのままの私でいてもいいと言ってくれたから。
ーーー言葉じゃなくても想いはきっと伝わるよ。
彼の唇にソッと自分の唇を重ねる。
こんなにも簡単なことだったんだ。
「ふふっ、責任を取って貰いますからね」
頬が緩み、笑みが零れる。
星空はどこまでも澄んでいた。
宿までの帰り道を彼と共にする。
「あらあら、猿でも分かるようなことが何で分からないのか、理解に苦しみますね」
「そ、そうかな?そんなに僕はダメかな?」
「嬉しそうにして…、変態マゾヒストは手に負えませんね」
彼と街を歩いていると破局寸前だとか変態カップルだとか、色んなことを囁かれた。
でも、構わない。
交わす言葉に正直あまり意味なんてなくて、想い合っていることは互いに理解しているから。
「マスター(主人)というなら、せめて淑女のエスコートくらい覚えるべきですよ」
「うん、僕で良ければ」
辛辣な言葉とは裏腹に、寄り添い合う2人の手はしっかりと繋がれていた。
fin