ーーー僕と付き合ってください。
ーーー……は?
数年前、マスターに告白された時のことを思い返す。
この頃のオイラは、隊の中で上手く折り合いをつけられず皆から敬遠されていた。
ーーーアンタ、オイラをおちょくってんのか?
他のヤツらは皆良い子ちゃんで、乱暴者のオイラは怖がられて、嫌われていた。
暴れることしか取り柄のない自分が、男から求められるなんて信じられなかったから。でも。
ーーー……そう、か。
マスターは寂しそうな表情を浮かべて、視線を反らした。
アイツは誰かを騙せるような器用なヤツじゃない。
だから、応えてやってもいいと思えた。
ーーーいいぜ、付き合ってやるよ。その間にオイラに釣り合う男になれよ。
ーーーうん。宜しく、ピナーカ。
腕っぷしが強いワケじゃないけど、アイツはアイツで男らしいところがあったんだ。
ずっと一緒にいる内に、アイツのいろんな一面を知っていって。
二年後には、アイツとの子を私は産んでいた。
昼ご飯に焼きそばを作っていると、匂いに惹かれて娘がとてとてとキッチンに顔を出した。
「お母さ〜ん、ご飯まだ〜?」
「まだだ。オイラは忙しいから父さんに構ってもらいな」
分かった〜、と娘はリビングにいる父のもとへ戻っていった。
「……珍しく聞き分けがいいな」
感心していると、今度はマスターが娘を抱っこしてキッチンに来た。
「ピナーカ、ご飯まだ?」
「まだ〜?」
「お前らぶっ飛ばすぞ!」
怒鳴りつけると、イラつく父娘が「きゃー」とわざとらしい悲鳴をあげて逃げ出していった。
「ったく……」
オイラの家庭は騒がしい。
父娘の仲が良すぎる上に、二人揃ってオイラに構ってもらおうとあれやこれやをしてくる。
その結果、オイラが二人を諌める(怒鳴る)ことが多くなるのだ。
「はぁ…、仕方ねぇか……」
オイラの娘だから跳ねっ返りなのは当然だ。
溢したため息とは裏腹に、胸いっぱいの幸せを感じていた。
家族の団欒を楽しむありふれた光景は、マスターと付き合う前の私からは考えられないものだったから。
「お母さん、一緒に遊ぼ〜」
昼ご飯を食べ終え皿洗いをしていると、娘が服の裾を引っ張ってきた。
「はいはい、コレ(皿洗い)が終わったら構ってやるよ」
「え〜…、後じゃダメなの?」
「ダメだ。油汚れってのは放っておけば厄介になるんだ。それに何事もキレイにしておかないとオイラの気が済まない」
オイラの家庭には唯一にして絶対のルールがある。
「いいか、我が家の教訓は汚すな、片付けろ、掃除しろ!だ」
「汚すな、片付けろ、掃除しろー!」
娘は教訓を復唱しながらパタパタと庭へ駆けていった。
「怪我すんなよー」
娘の姿を見送り、皿洗いを終え、リビングを見渡して気づく。
今日はまだ家の掃除をしていない。
「……いや、でも構うって言ったしな」
約束は守るべきだが、気になるものは気になる。
ぁ〜〜と唸っていると、マスターが部屋から出てリビングに顔を出した。
「ピナーカ、なんで唸ってるの?」
「あぁ、それがよ……、」
事情を説明すると、マスターは苦笑した。
「そんな教訓が我が家にあったの……?」
「オイラが作った。文句あるか」
「我が家の教訓は『気に入らねぇヤツはぶっ飛ばせ』だって言ってなかった?」
「……」
「……」
以前、勢い任せにそんなことを言ったような気がする。
「宗旨替えしたんだよ!」
「そっか」
クスリと笑いながら、マスターは納得した。
やけに顔が熱く感じる。
全部アンタのせいだ。
「それじゃ掃除が終わるまでの間、僕が相手をしてくるよ」
「……おう」
旦那を尻に敷いてる筈なのに、ずっと振り回されている気がする。
幾つになってもマスターはオイラと一緒に過ごして幸せそうだ。
「オイラのどこがいいんだか…」
ポツリと呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、空気に溶けていった。
その晩、娘を寝かしつけた後でマスターに時間をくれと言われた。
庭に出ると、アイツが花火を用意していた。
「……なんで花火?」
「なんでって、燃えているものを見るのは好きでしょ?」
「いや、そうだけどさ」
分からないのは急に花火をしようと言い出した理由だ。
「暗い顔をしてたから」
「あん?」
「何か悩みがあるんじゃないの?」
「……はぁ」
マスターはオイラの心の機微に対して、妖怪並みに察しがいい。
諦めて白旗を降ることにし、手渡された花火に火をつけた。
「……どうしてオイラだったんだ?アンタを慕ってるヤツなら他にも山程いただろ」
色のついた火花を寂しく眺める。
なんだってそうだ。
美しいものには、限りがある。
自分を燃やして輝く花火と同じ。
「オイラと過ごしてても幸せなのは伝わってくる。でも、他のヤツとならもっとアンタが幸せになれたんじゃないかって…」
だから、いつか自分への気持ちが色褪せてしまうのではと、思ってしまって…、
「お互いの好きなところを言ってみようか」
当の本人は意味の分からないことを言い出した。
「いやいやいや、なんでそうなるんだよ!?」
「じゃあ僕から。男勝りなところ」
「ぶっ飛ばされてぇのか?」
マスターはここぞという時だけ強引だ。
溜息と共に、できる限りぶっきらぼうに答えた。
「……物怖じしないところ」
「誰よりも女の子らしいところ」
「ちょっと待て、やっぱりおちょくってんだろ?」
乱暴者の自分には全く当てはまらない言葉だ。
「……?」
「なんでアンタがキョトンとしてるんだよ。分かるだろ……」
「ピナーカより家事ができて、料理ができて、キレイ好きな子なんていたっけ……?」
「……本気だったのかよ」
毒気を抜かれてしまい、怒鳴る気にもなれない。
アンタにとっての一番は本当にオイラだったんだな……。
「やめだ、やめ!馬鹿らしくなってきた」
「えぇ〜、僕は二つ言ったから、ピナーカももう一つ言ってくれないと不公平だよ」
「あぁはいはい、そういうとこだよ、そういうとこ!」
いつも欲しい時に欲しい言葉をかけてくれる、アンタのそういう優しさに惹かれたんだよ。
分かれよ、バカ。
二人で軽口を叩き合い、儚くも必死で輝く花火を最後まで眺め続けた。
fin