前書きって、ほんとに何書けばいいのかわからない
水平線。その向こうに沈んでいく太陽。その上には、ひとつの小さな瞬き。
昔から自分は、一番星を見つけるのが得意で。隣にいる陽菜にも教えてあげたいけど、彼女はまだ、沈む夕日を眺めてる。
一番星見つけた……なんて言える雰囲気じゃないのはさすがにわかるから、陽菜と同じものを見ることにする。
真っ赤な太陽に、かげろう?が揺れる水平線。そこにある船は、陽が沈んだら明かりを失ってしまうのだろうか。そんなことを考えてみる。明かりがなくなったら、何が道しるべになるのだろう。
「きれいだね」
「うん」
会話が途切れる。気まずさはないけれど、ちょっとだけ寂しい。そんな、不思議な感覚。普段の自分なら嫌いだと思うけど、今は不思議とそうじゃない。
「むしろ好き……なのかな」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
「そっか」
うん、と一言。夕日はもう半分も見えなくなっていて、空は深い蒼に染まっていく。空を見上げてみると、小さな光が点々としている。
さっき見つけた星を指さして「一番星」と言うと、陽菜はそれに釣られたように見上げる。どれどれと聞かれたから、指を動かさずにこれと教える。
こうしてみると、陽菜は妹みたいに見える。だからなのか、気付いたら自分の左手は陽菜の頭の上に乗っていて。撫でたり軽く叩いたりしたらどんな顔するのかなとか、ちょっといたずらしてみたくなる。
だから、そっと撫でてみる。共用のシャンプーとリンス、トリートメントを使ってるはずなのに、自分の髪と触り心地が違う。
「そうやって触ってくるの、なんか珍しいかも」
いつもはいじわるするのに、と、一言足されて。その一言に申し訳なくなるけど、なんとなく陽菜は弄りがいがあるからやめられない気がする。
だからこそ、違うよとは言い切れなくて、中身のない謝罪をする。もう、と陽菜が行ってた気がするけど、それは聞こえないふり。
そうしていた間に、指さしていた場所は多くの瞬きが集まっていて。月のない空が、自分たちの頭上で輝く。
自分たちの周りで響くのは、小さな波の音と、かなかなと鳴くヒグラシ。そして、たまに通る車の音と、砂を踏む足音。ずっと東京育ちだったから、こんな自然に囲まれることは滅多になかった。それはきっと、陽菜も同じだと思う。
砂浜の適当なところで、寝転ぶ。汚れないかと心配する陽菜に、砂を払えば大丈夫と諭して、自分の隣に促す。
それじゃあ、と陽菜は言って、自分の隣に寝転ぶ。しばらく経たないうちに、わぁ、と歓声が隣から聞こえる。
「きれいだよね」
「うん、すっごく」
それ以上は、何も言葉が出なかった。それくらい、自分も陽菜も星空に魅了されて。普段はきれいな星空なんて、プラネタリウムでしか見ることができないから。
ふと、うろ覚えの知識で星をつなぐ。ベガ、デネブと、あとひとつ。名前の思い出せない、明るい星。
「ねえ、陽菜」
「なに?」
「あの星、何て名前だっけ?」
もう指をさしてもわからないくらい、星が多いから。「ベガとデネブと、あとひとつ」と付け足す。陽菜はピンときたようで、「アルタイル」と答えてくれた。
改めて、ベガとデネブ、アルタイルを繋ぐ。天の川をまたいだそれは、大きくて明るい三角形を作っていて。夏の大三角と呼ばれる理由が、なんとなくわかった気がした。
七夕はもう過ぎてしまったけれど、また織姫と彦星は会えるのかなとか、この2人がお互いのことを知らないままだったらとか。そう考えてしまうのは、どうしてだろう。
「舞花ちゃん?」
自分が手を下ろしたからなのか、陽菜が話しかけてくる。
「もしも、さ。自分たちが出会ってなかったら、どんなことをしてたんだろうね」
ぽつりとこぼした、小さな本音。人生は偶然の重なりだって、どこかで聞いた気がするから。もしも、点と点が繋がらなかったら。別々の星座を作っていたら。
少しの沈黙。聞こえてくるのは、相変わらずの音。さっきと違うのは、足音が鼓動に変わったことと、車が通る回数が少なくなったこと。
「ねえ、舞花ちゃん」
短いはずなのに、長く感じた沈黙を、陽菜が破る。
「わたし達は、同じ夢を持ってるから。だからきっと、どこかで必ず会うんじゃないかな」
「じゃあ、もし夢が違ったら?」
そう質問すると、陽菜は唸る。すこしいじわるな質問をしたかなと思ったけれど、その返答は案外早く来た。
「それでも、きっと……その先で、会うのかもしれない」
今度は陽菜が星と星を繋ぎながら、そう答える。適当に星を繋いで、まるでそれがもともとあった星座であるかのように。新しい星座を、作り出すように。
「星だって、一つひとつはすごく離れてて、明るさだって違う。でも、星座っていう形になって繋がってる。だから、きっと離れてても、どこかで繋がれるんじゃないかな」
世界はこんなに広いから、と。星空全てをなぞりながら、そう答えてくれた。
「どこかで繋がれる……」
陽菜の言葉を、繰り返す。適当に星を繋ぎながら。こうしていると、なんとなくだけど心まで繋がれるような、そんな感じがする。
今は2人だけの、この星空。繋いだ線を辿ったら、何が見えるのだろう。夢の始まりか、終わりか。それとも、別の何かなのかな。それとも、そこにも何もなくて、また繋いで、描いていかないといけないのかな。
でも、どの結末でも、きっと今やれることは変わらないんだと思う。明日を信じて、声を届ける。それが自分たちのあり方で、夢だから。
いつまでもこうしているわけにもいかないから、立ち上がって陽菜の手を取る。2人で背中や髪についた砂を払って、来た道を戻る。砂浜は足元が悪いから、一歩ずつ、ゆっくりと。転ばないように、手を取り合って。
目が慣れているのか、月明かりがないのになんとなく道がわかる。来た時のように、波の音に足音が混ざる。ヒグラシはもう、鳴いていない。
「静かだね」
「うん。多分、もう自分たち以外いないから」
「そっか」
暗がりだから、表情はよくわからないけれど。きっと君は笑ってくれている。それだけで、なんだか自分まで嬉しくなってきちゃう。これは、自分が姉だからなのか、それとも陽菜が特別なのか。その答えは、よくわからない。
「ありがとね。舞花ちゃん」
そっと告げられる、陽菜からの感謝の言葉。自分は「こちらこそ」と返すしかなくて。陽菜のおかげで、またひとつ気付けたことがあるのは、内緒にすることにする。
コンクリートが見えてきて、遠くにもオレンジ色の明かりが小さく見えてくる。少し明るくなっただけなのに、なんとなく目が慣れない。
街や星のほかに、海の上にもぼんやりと白い明かりが見える。夕暮れに抱いていた疑問は、どうやらこれが答えみたい。これを見るギリギリまで、忘れてたけれど。
なんとなく目が慣れてくると、夕暮れに来るときに降りたバス停が見えた。陽菜には気を付けて来るように伝えて、自分は時間を確かめるために走り出す。
バス停まで走りこんで、時刻表を見て。そのときに初めて今の時間を確認した。思ったよりも長くいたみたいで、ここを通るバスはあと一つだった。
「危なかった……」
今日一、深いため息。ギリギリ間に合ったから、ほっと胸をなでおろす。追いついた陽菜にそのことを伝えると、特に怒られるわけでもなく、よかったの一言。特に門限とかはないけれど、さすがにこの時間は遅すぎるかな。
どうしようかって聞いたら、どうしようかって返ってくる。しばらく悩んで、『今から帰ります』とだけ送る。特別な夜になったから、最後にちょっとだけ贅沢して、帰ろうかな。
やっぱり何書けばいいのかわからない