Anthology "Flower"   作:蒼星緋咲

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奇跡の流星群

 神瑞から、地下鉄を乗り継いで。半年前まではずっと乗り継いだ、事務所へのいわゆる通勤電車。いつもと違うのは、そこに陽菜が一緒にいること。

 時間的には夕方なのに、夕日も差し込まない真っ暗な車窓。白い電灯が過ぎるだけのそれは、なんとも風情がない。改めて、こんなつまらない風景を見ていたのかと思う。

 半年前はそんなことを思わなかったな、と。私の世界に彩を加えたのは、いったい何なのだろう。

『次は~』

 機械的なアナウンス音。もし、私がこのアナウンスをするなら……。

「志穂ちゃんのアナウンスする電車、ちょっと乗ってみたいかも」

「……不謹慎って笑われるぞ」

「今の志穂ちゃんなら、きっと笑わないよ」

 そんなことを言う陽菜は、変にニコニコしていて。何がうれしいのかわからないけれど、それが本心なのだとしたら、私は嬉しい。とは言っても、陽菜はそこまで嘘をつくのが得意じゃないから、きっとこれは本心。

 返す言葉がしばらく見つからなくて、しばらく考えて出てきた言葉が「そうか」の一言。どうも私は、褒められることに慣れてないらしい。つい、陽菜から顔をそらしてしまう。

 少しだけ流れる、気まずい空気。「可愛い」などと茶化してくれたほうが、まだマシだったかもしれない、とか。

 そんなことを考えていると、乗換駅に到着するアナウンス。普段は役に立たないと思っていたが、まさかこんなところでお世話になるとも思っていなかった。

「陽菜、行くぞ」と一声だけかけて、足早に電車を降りる。「待ってよ~」と陽菜が追いかけるが、私のこの顔を、見られるわけにはいかないから。

 

 駅構内について、一度深呼吸。陽菜が階段を下りてきたと同時に、電車がホームに入ってくる。陽菜にする言い訳ができたと、心の中でガッツポーズ。

 ついたばかりの陽菜を連れて、その電車に乗る。2人分の席を見つけて、そこに座る。

「志穂ちゃん、早いよ……」

 席に座って、お互いに一呼吸。陽菜が、そう告げてくる。ちょうど電車が来ただろと言い訳すると、一本後じゃだめなのと聞かれると、普段ならいいけれど、今日はダメ。恥ずかしかったとは、口が裂けても言えない。

 そっかと、陽菜は引き下がってくれた。心の中で、また一息。

「千葉って行ったことないから、楽しみだな」

「うちの周りは、何もないぞ」

「そんなことないと思うよ」

「まあ、楽しみにしておくといい」

 はーいと、間延びした返事。大きく瞬きをして、スマホを取り出す。チャットアプリを開いて、小さくため息。

「なに見てるの?」

 陽菜になら、見せてもいいかと思い、その画面を見せる。お盆だからと適当な理由を付けての帰省と、友達を連れていく旨。他にも何かあるけど、だいたいそんなところ。

「友達かー」

 そう呟いた陽菜は、なんだか嬉しそうだ。ふと、陽菜が前に言っていたことを思いだす。友達がいないだったか、少ないだったか。その中の一人として認めてくれたのなら、私としても嬉しい。もしかしたらそれ以上の関係だ、というのは果たして自惚れなのだろうか。

 頃合いを見計らって、画面を戻す。最近解禁された、私が出演するアニメの宣伝や、ジャーマネへの業務連絡。そういったことをして、スマホの画面を閉じる。

 やっと終わったと一息つくと、無機質な景色はなくなっていた。空は暗くなっていて、微かに地平線にオレンジ色の光が残っているくらい。その色も、きっとすぐに消えて、闇夜に飲まれるだろう。こんな風景を背景にしたら美しいだろうなと、ふと思う。

 

 そろそろ肩が凝りそうだから、スマホをカバンに戻し、伸びをしようとする。そこで初めて、肩に乗る重さに気付いた。微かに聞こえる、寝息。車内のデジタル掲示板を見ると、最寄り駅まですぐだった。伸びは後回しにして、陽菜をゆする。

「んん……ここは……?」

「起きたか。陽菜」

 もうすぐだぞと伝えると、寝起き声でそっかと。肩に乗る重さがなくなって、ぐっと伸びをする。正直なところ、私も気を抜いたら寝そうだった。

 

 次の駅を伝える、アナウンス音。今までも流れていたはずなのに、聞こえなかったのはどうしてだろうか。

 そう考えていると、車窓からは懐かしい光景が見えてくる。半年前はよく見ていた、この光景。それが思い出になったのは、寮の仲間たちのせい。

「言っただろ、何もないって」

 電車を降りてから見える景色に、私はこう言った。それでも、陽菜はそんな景色に目を輝かせている。

 どうしたと聞いてみると、素敵な風景だねと。

「わたしのところは、ごちゃごちゃしてるから。こういう景色を見てみたかったの」

 そうか……。そんな言葉しか、私からは出てこなかった。確かに、都会はごちゃごちゃしていて。この景色を見慣れない人にとっては、きれいに見えるのかもしれない。

 視点を変える。声優として心がけていたはずなのに、ふとした時にできないのは課題かもしれない。

 今はそんなこと考えても仕方がないから、陽菜を連れて目的の場所へ連れていく。駅から少し離れたところにある寺院で、私の実家。

 

 

 

[newpage]

 

「陽菜、起きろ」

 夜明け前、午前4時。予定通りに陽菜を起こす。

「んん……志穂ちゃん?」

「約束の時間だ。見せたいものがある」

 貸したパジャマから着替えさせて、ふたりで家を出る。まだまだ眠そうな陽菜のために、私なりにテンションが上がるナンバーを教えて。

 朝早くに冷たい水を飲むのは喉によくないから、コンビニで常温水を買って、連れていきたい場所まで陽菜を導く。今まで誰にも話したことのない、秘密の場所。

 どこに行くのと聞かれたら、私は「お楽しみだ」の一点張りで返す他ない。だって、誰も知らない場所なのだから。

 薄暗い夜道を、ふたりで歩いていく。歩いていくうちに、空が白みがかっていく。

 

 午前4時半。目的地についた私達は、その広場に立ち止まる。周りに何もない、見晴らしのいい広場。

「どうだ、陽菜」

 尋ねても、返事はない。陽菜のほうを向くと、目を輝かせて空を見上げている。しばらくして、「きれい……」とこぼすだけ。モノトーンの瞳には、空がそのまま映っていた。

 誰かに見せるなら、最初は陽菜が良かった。私を……私たちを導いてくれた、リーダー。去年の空と何ら変わらないはずなのに、違うように感じるのは、きっと隣にいる陽菜のせいで、陽菜が変えたこと。

「こんなきれいな空、絵本の中でしか見たことなかった」

 いつか見てみたかったんだ、と。陽菜は続ける。確かに、東京では滅多に見れない景色だろう。私も、寮に住まいを移してからは見たことなんてなかった。

「そうか……」

 

 ふと、空に一筋の光。時間が経つにつれて、空が明るくなるにつれて。その数は増えていく。この時間に、流星群は聞いたことがない。

「志穂ちゃん、すごい……!」

「私、知らない……」

 知らないことで褒められるのは、本意じゃないから。ふと、そう否定してしまう。

「じゃあ、きっと奇跡……なのかな」

 陽菜は、手を胸で組んで。そう言ってくれる。どこかで見たことがあるその恰好は、なんだか神秘的だ。奇跡なんて信じていなかった口だったが、それだけは信じてもいいかなって、そう思った。

「……そうかもな」

 どうやら日本には、1つの流れ星が消える前に3度願いを唱えると、その願いが叶うという迷信があるらしい。陽菜が必死に唱えているのを見て、ふと思い出す。

 でも、今日は奇跡の流星群だ。今日ばかりは、その迷信を信じてもいいのかもしれない。

 

 短い奇跡の時間も終わって、それと同時に空が朱色に染まっていく。本来見せたかったこの景色は、流星よりはインパクトが薄れてしまったが、負けず劣らずな景色だと思いたい。

「志穂ちゃんが見せたかったものって、これだったの?」

 その問いかけに、静かに頷く。予想外の出来事があったたがな、と。半ばふてくされたように返すと、そんなことないって言ってくれた。

 

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