機動戦士ガンダム -烈火のジャブロー-   作:オリーブドラブ

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最終話 理想の士官 -クレイ・ハルパニア-

 ――その頃。

 機体の制御を失いながらも辛うじてガウへの着艦に成功していたサナル・アキトは、艦橋(ブリッジ)にてレゾルグ・バルバからの「通告」を受けていた。

 

「な、なんだと……!? レゾルグ、貴様今何と言ったッ!」

「この我輩に同じことを2度も言わせる気か? サナル。……南米には我輩とニコラ少佐が向かう。貴様は北米のキャリフォルニアベースに戻れと言ったのだ」

 

 「魔王」とも呼ばれている屈強な巨漢から告げられたその言葉は、事実上の戦力外通告であった。狼狽えるサナルを冷たく見下ろすレゾルグの眼は、有無を言わさぬ殺意すら纏っている。

 

 「赤い彗星」ことシャア・アズナブル大佐から齎された情報によれば、連邦軍本部「ジャブロー」の正確な位置が間も無く判明するらしい。彼の情報通りに事が進めば、ジオン地上軍はオデッサの敗走を挽回し得る最大の好機を得ることになる。

 

 その決戦の地となる南米には派遣しない、という通告なのだ。「五指」の3位とも呼ばれた男が、そこから外されたのである。

 

「『赤い彗星』の見立て通りにジャブローの場所が明らかになれば、ジオン地上軍の命運を左右する戦いが始まることになるだろう。決して失敗は許されぬ、正念場となる」

「そんなことは今さら言われるまでもないッ! なぜこの俺がッ! 『五指』の3位たるこのサナル・アキトがッ! この土壇場でそこから外されねばなら――あがッ!?」

 

 その判断に異を唱える暇もなく。サナルの頭はレゾルグに掴み上げられ、頭蓋骨の軋みを報せる鈍い音を立て始めていた。

 指3本で人間の首を容易くへし折る「魔王」の握力ならば、サナルの頭を握り潰すことなど造作もない。相手が「五指」の3位でなければ、このまま「介錯」していたのだろう。

 

 この「通告」の直前に起きていた事がなければ、サナルの言い分にも一理はあったのだろう。実力が保証されているエースを最前線から外すなど、戦力不足のジオン軍としてはあり得ない判断だ。

 その信頼を著しく欠くような醜態さえなければ。

 

「……我々『十指』がそう呼ばれているのは、ただ他の連中よりも撃墜数(スコア)が多いというだけのことだ。未来においては何の価値もない、過去の数字に過ぎん」

「あ、あが、がッ……!」

「ならば我々が、そんな無価値な数字を後生大事に誇っているのは何のためだ? 何のための誇りだ。何のための『十指』だ」

 

 レゾルグの腕から、貌から、みるみる血管が浮き上がって行く。サナルの頭蓋が、さらに軋む。苦悶の声が艦橋に響き渡り、周囲の乗組員達が恐怖に凍り付いていく。

 

 獰猛な眼光でサナルを射抜く「魔王」の形相は、もはや人間のものとは思えないほどの気迫を放っていた。「十指」の頂点に立つ1位としてのプライドが、そうさせているのだ。

 

「……それは『鼓舞』だ。30倍もの大敵に挑まねばならん将兵達が、その現実に直面してもなお絶望することなく立ち上がるための『鼓舞』。我々のような精鋭が10人も居るという希望を与える、それが『十指』の存在意義だ」

「が、ぁ……ッ!」

「そしてその『十指』の中においても、上位に位置する我々『五指』は常に精強であらねばならんというのに……ソノ・カルマとやらに辛酸を舐めさせられた挙句、勝って当然の戦いで新兵如きに足元を掬われるとは。……貴様、一体どれほど我々の名を汚せば気が済むというのだ」

 

 どれほど士気の高い兵士でも、戦力の差という現実から目を逸らすことは出来ない。だからこそ、その差すらも跳ね除ける一騎当千のエース達には、現実に立ち向かわねばならない兵士達に勇気を授ける義務がある。

 

 オデッサが落ちた今もなお「十指」の名が残っているのは、その義務を遂行するためだ……というのが、レゾルグの見解であった。そんな彼にとって、サナルが今回犯した失態は万死に値し得るものだったのである。

 

 精強なエースであることを誇示せねばならない立場にある人間が、よりによって新兵に敗れるなど、前代未聞の醜態なのだ。故にレゾルグは、サナルを殺すことによる損失を理解していながらも、掴む力を緩められずにいた。

 

「そこまでだ、レゾルグ。……それ以上は死ぬぞ」

「……」

 

 そんな彼の浅黒い剛腕に、白くか細い女性の手が触れる。紫紺の髪をショートに切り揃えた絶世の美女は、鋭い切れ目の眼差しでレゾルグを射抜いていた。

 「魔王」すら息を呑むその気高き美貌に、周囲の乗組員達が思わず見惚れる中。レゾルグは暫しの沈黙を経て、ようやくサナルから手を離す。

 

「がッ……はぁッ! はぁ、はぁッ……!」

「……ふん、ニコラ少佐の温情に感謝するのだな。本来ならばこの場で『介錯』してやってもいいのだが……貴様の力と才覚は確かに惜しい。せいぜい、イモータルのように容易くは死なぬことだ」

 

 ――「五指」の4位こと、ニコラ・バルヒェット少佐。これまでレゾルグとサナルのやり取りを静観していた彼女がようやく動いたことにより、「魔王」の制裁はようやく終わったのである。

 

 だが、サナルをジャブロー攻略部隊から外すという判断に変更はない。一通りの制裁を終えたレゾルグはニコラと共に、膝を付いて息を荒げるサナルを一瞥すると、踵を返して艦橋から立ち去っていく。

 

「ま、待てレゾルグ、ニコラ少佐ッ……! 俺は、俺はまだッ……!」

「……『五指』の3位が、聞いて呆れる。我輩は今日ほど、貴様を殺してやりたいと思った日は無いぞ」

「6位のマデラス准尉を連れて行くことは許可してやる。……しばらくは、北米で頭を冷やしておくのだな」

 

 両膝を着いたまま立ち上がれずにいるサナルは、それでも最後の力を振り絞るように2人の背に手を伸ばすが。そんな彼の姿を見ようともせず、「魔王」達は非情な一言と共に艦橋を後にしていた。

 

 だが、2人が艦橋を立ち去ってからも、乗組員達は凍り付いたような表情でモニターと向き合い続けていた。決して、サナルの方を振り向こうとはしていない。

 

 無言で唇を噛み締めながら、屈辱と憤怒に打ち震えている彼の貌にも――はちきれんばかりの血管が浮き上がっていたのだ。己を顧みることなど知らぬ男は、ただ憎悪ばかりを募らせていたのである。

 

 目が合ったというだけで、この場にいる誰かを殺しかねないほどに。

 

(おのれぇえッ……! どいつもこいつも、俺の力を侮りおってッ! 今に見ていろッ……! このサナル・アキトの雷名、必ずや地上全てに知らしめてくれるわァッ……!)

 

 敵味方問わず、自分を崇めない者全てを否定する。そんな傲慢の極みを胸中に宿したサナル・アキトという男は、羅刹の如き表情で床を見下ろしていた。

 

 ――この後。キャリフォルニアベースへと渡った彼は煮詰められた憎悪を糧に、己の勝利のみを得るべく非道な手段の数々に手を染めて行ったのだが。

 それこそが彼を破滅に導いていたのだという皮肉な事実は、シンジ・ミュラーとソノ・カルマに敗れたという「末路」が証明している。

 

 狂気に堕ち、人間としての矜持を犠牲にすることで、並外れた強さに至る者達は確かに存在する。しかしその邪道は、相応の器があって初めて成り立つのだ。

 

 器無きサナル・アキトの「最狂(ザク)」など、その程度が関の山だったのである。

 

 ◇

 

 そして――宇宙世紀0079、12月31日。

 

 ジオン軍の最後の砦とも言うべき、宇宙要塞「ア・バオア・クー」を舞台とするこの最終決戦において。

 「五指」の1位たるレゾルグ・バルバもまた、最期の瞬間を迎えようとしていた。

 

『リリ先輩、お願いしますッ!』

『……オッケー! お姉さんに任せてッ!』

 

 リリアーヌ・ガブリエル大尉が搭乗するRX-78Opt.「ガンダムGダッシュ」のボディに掴まり、その加速を得た1機のジムが――レゾルグ専用機のMA-04X「ザクレロ」を、すれ違いざまにビームサーベルで斬り裂いたのである。

 

『ぐぉおぉおぉッ!?』

『貴様の思い通りには、俺が……俺達がッ! 絶対にさせて、たまるかぁあぁあッ!』

 

 そのジムを駆るケンジロー・カブト少尉が振るった光刃は、「十指」の頂点に立つ「魔王」すらも打ち破ったのである。

 クーディア・ブリゼイドを運命から救ったその一閃は、ザクレロのボディを真っ二つに両断している。その巨体を飲み込む爆炎の中で、完膚なきまでの敗北を突き付けられた「魔王」は、己を破滅に追いやった「敗因」の一つに辿り着いていた。

 

(あの新兵共が、まさかこれほどまでに我輩を命運を狂わせるとはッ……! 小娘共に足元を掬われたのは、サナルだけではなかったとでも言うのかッ……!?)

 

 ――レゾルグが専用機のザクレロで、クーディアを保護したケンジロー機に襲い掛かる数分前。彼のザクレロを搭載していた当時の母艦であるグワジン級戦艦が、サラミス級巡洋艦「キョートフラワーズ」から出撃して来たMS隊によって撃沈されていたのである。

 ジム3機、ボール3機の計6機。たったそれだけの戦力で彼らは「魔王」の母艦を撃破し、その宙域の戦局を覆していたのである。彼らがグワジン級を沈めたことで、後方支援を絶たれたレゾルグ機は一時的に孤立し、ケンジロー達に追い詰められてしまったのだ。

 

 そして。その荒唐無稽な戦果を実現したのが、リューコ・タカスギと共に京都基地の死線を潜り抜けた、6人の新任少尉達だったのである。

 

 ユキノ・カツキ。

 

 パッチワーク・ビギナーズ。

 

 リーサ・ヴァレンタイン。

 

 クレイ・ハルパニア。

 

 クラム・プレスタン。

 

 アーデルトラウト・ブライトクロイツ。

 

 もはや彼らは、「繰り上げ」の急場凌ぎで用意されたパイロットではない。今や誰もが認める、エースの1人なのだ。

 京都を焼き払われた無念を糧に成長し続けていた若獅子達は――ついに、諸悪の根源たる「魔王」に一矢報いて見せたのである。

 

『ぐぅおおぉッ! ち、く、しょおおおおぉがぁあぁあッ!』

 

 かくして。彼らの活躍により母艦からの支援を失ったレゾルグ・バルバは、自らの慢心によって招かれた最期を迎えるのだった。

 運命を断ち切る、「勇者」の光刃を以て。

 

『ケンジロー、先輩っ……!』

 

 そんな想い人(・・・)の勇姿に高鳴る胸を押さえながら、因縁と戦争の終わりを告げる光景に、感極まった表情を浮かべているリューコは。

 溢れ出す涙を拭うことも忘れ、同期達への思いを馳せていた。彼女を乗せた隻腕のジムコマンドは、その視界に「魔王」を飲み込む爆炎を映している。

 

(……皆、きっとどこかで生きてるよね。やったんだよ、私達。私達が……終わらせたんだ、この戦争を! 見ていてくれましたか……? ヤマダ教官ッ……!)

 

 恩師を奪い、故郷を焼いた戦争の終結。その瞬間を見届けているのは、きっと自分だけではない。そう信じる戦乙女は豊かな胸を弾ませ、涙を堪えるように天を仰ぐのだった。

 

 ――やがて、この戦いの翌日。宇宙世紀0080、1月1日。地球連邦政府とジオン共和国の間に、終戦協定が結ばれた。

 

 ◇

 

 その終戦からしばらくの月日を経た、宇宙世紀0080、4月6日。

 華やかな春の桜が、戦火を生き延びた人々を包み込むように咲き乱れるこの季節。見事な復興を遂げた京都の中心部にある名門・タカスギ家は、次期当主たるリューコの心を射止めたという男を広大な屋敷に招待していた。

 

「タカスギ家って言えば名門中の名門ってことで昔から有名だし、さぞかしデカい屋敷なんだろうなぁとは思ってたけど……これは想像以上だぜ。本当に俺なんかが入っちゃって良いのか? リューコ」

「は、はい……父上も、ケンジロー先輩とは是非とも御手合わせ……じゃなくて、御話がしたいと何度も仰っておりましたし」

「なんか今すっごい不穏なワードを聞いたような気がしたぞ……!? 俺今から何させられるの!? なぁリューコ! 3歩後ろに下がってないで、もう少し詳細に説明してくれない!?」

「……大丈夫です。先輩なら大丈夫だって、私は……リューコは信じてお慕いしております」

「いやだから大丈夫って何が!?」

 

 何も知らないままタカスギ家に招かれ、荘厳な屋敷を仰ぎ嘆息している男――ケンジロー・カブトの3歩後ろには。茹蛸のように赤らんだ貌で、愛する男に見惚れている次期当主(リューコ)の姿がある。

 

 艶やかな黒の長髪をポニーテールに纏めた彼女は、淑やかにケンジローの後ろを歩いていた。一方、不安を煽るような単語を耳にしたケンジローは、この広大な屋敷の中で一体何が始まるのかと慌てふためいている。

 タカスギ家の敷地内にある剣道場にはすでに、「鷹杉流子(たかすぎりゅうこ)」と「兜剣児郎(かぶとけんじろう)」の名札が用意されているのだが、彼にはまだ知る由もない。

 

 ――エリート士官を輩出してきた、タカスギ家の名声。リューコ自身の健康的な美貌と、抜群のプロポーション。Iカップに達してもなお、成長中のたわわな果実。

 それらに魅入られた多くの有力者達は、これまで幾度となく彼女を手に入れようと「縁談」を持ち掛けて来たのだが、そういった手合いは全てリューコ自身によって何度も跳ね除けられてきた。欲望だけの男には心も身体も決して許さない、鉄の戦乙女。そんな彼女が生まれて初めて、自ら「縁談」に乗り出したのである。

 それはリューコ・タカスギという女性の気高さを知る者達にとっては、晴天の霹靂であった。

 

「はわわ……! リュ、リューコさんの『縁談』がとうとう始まってしまうのですね……! な、なんだか私までどきどきしてしまいますっ……!」

「アレが『魔王』を倒したっていう『勇者』……ケンジロー・カブトなのか? なーんか、思ってたよりもずっと優男だなァ」

「ちょっと退きなよパッチワーク、私が見えないだろーがッ! ……け、結構カッコいい顔じゃないか、ケンジロー・カブト……」

「ついにお前も自分の心に従う時が来たんだな……! 頑張れよ、リューコ! 俺達が付いているからなッ!」

「ふふんッ! 栄光ある我が同期を射止められる気概があの男にあるか否か……このアーデルトラウト・ブライトクロイツが見定めてくれようぞッ!」

「……騒々しいにも程があるぞ、お前達。特にアーデ、お前はもう一言たりとも喋るな。神経が苛立つ」

 

 そんな同期の様子を、6人の若者達が屋敷の外から生暖かく見守る中で。淡い桜吹雪に彩られたタカスギ家を舞台に、「魔王」を討ち果たした「勇者」を巡る「縁談」が始まるのだった――。

 




 今話を以て、外伝「キョート・フラワーズ」はめでたく完結となりました! 最後まで本章を見届けてくださった読者の皆様、キャラ募集企画にご協力頂いた参加者の皆様、応援誠にありがとうございますー! おかげさまで、本章も無事に完走となりました!(*≧∀≦*)

 本章は第3部「フルメタリック・メテオシャワーズ」で初登場した、リューコ・タカスギを主人公とするお話でした。星一号作戦を題材とする第3部はシリーズ全体の一区切りとなる重要な章でもあるので、本章はそこにさらなる肉付けを加えたお話となりました。
 第3部をベースとする外伝の案は他にもあることですし、近いうちに次の企画も始められたらいいなぁ……と思っております。来月には本作も連載2周年を迎えることになりますし。リューコの「縁談」がどうなったのかは……ご想像にお任せしますぞ_(┐「ε:)_

 また、第1話公開時にお知らせした通り、本章は後ほど第3部「フルメタリック・メテオシャワーズ」と外伝「ダーティー・ウルフ」の中間辺りに移動させる予定です。ご了承くださいm(_ _)m
 ではではっ、本章を最後まで楽しんで頂き、誠にありがとうございましたー! いつかまた、どこかでお会いしましょうー!٩( 'ω' )و


【挿絵表示】


Ps
 サラミスの1/1200旧キットには縮尺を合わせたジム3機とボール3機がおまけで付いており、今回の採用枠6人という上限はそこに合わせる形で構成しておりました。サラミスのプラモ一つで、グワジン級を沈めた同期6人のMS隊が再現可能ということでもありますな!(*´Д`*)
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