――この事件から、約1ヶ月前。
ブリゼイドタウンから遠く離れた森林地帯にある、第8部隊のキャンプに足を運んでいたニアは。V作戦にも参加していた元テストパイロットであるミックの「意見」を聞き取るべく、彼の元を訪れていた。
「MS戦において、最も重要なもの……か。『勇気』かな、やっぱり」
だが、当の本人から得られた回答は、精神論にも近しい抽象的なものであり。彼の話を直接聞くためにズムシティから赴いていたニアは、じっとりと目を細めて落胆していた。
「はぁ……心底失望しましたよ、ミック少尉。あのV作戦にも携わっていた元テストパイロットのあなたなら、もう少し具体的かつ科学的な回答を得られると期待していましたのに。『勇気』? よくそんな歯の浮くようなセリフが出て来ましたね」
「そ、それだけでそこまで言う……? そんなこと言われたって、技術的なことなら君の方が分かってるだろうしなぁ」
「技術者の視点だけでは分からないこともあるから、あなたに聞いてるんです。少しは真面目に考えてください。だいたいあなたといい周りの連中といい、私が大尉だってこと忘れてないですか?」
「あはは……ごめんごめん、イマイチ実感がなくてさ」
15歳という年齢や、その瑞々しく可憐な容姿は、技術大尉という階級に見合う威厳からは程遠いものであり。共にジムキャノンを仰いでいる彼女の膨れっ面に対しても、ミックは苦笑を浮かべるばかりであった。
「……ニア大尉はさ。ホワイトベース隊のカイ・シデンのことは知ってる?」
「バカにしてるんですか? その名前なら新聞も読まないお子様でも知ってますよ。かのアムロ・レイと共に先の戦争を戦い抜いた、ガンキャノンのパイロットでしょう。……彼が、どうしたと言うのですか」
ふと、遠い目で空の彼方へと視線を移したミックの言葉に、ニアはさらに文句を言おうとするのだが。その横顔の凛々しさに、思わず見惚れてしまっていた。
そんな彼女を他所に。かつてホワイトベース隊の一員として活躍していた、カイ・シデンの戦歴に思いを馳せるミックは、元テストパイロットだからこそ見えてくる「真理」の存在を語り始めていく。
「彼の戦闘記録を読んでいて、思うんだよ。MSが有人式の機動兵器である限り、やっぱり最後はパイロットの『勇気』に懸かってるんだって」
「何をどう思ったらその結論に至るのか、理解不能なんですけど?」
「ガンキャノンの最終テストにも参加していた俺に言わせれば……あんな状況で、あそこまでの戦果を挙げられるとは想定されていなかったはずなんだ。皆、ガンダムにばかり気を取られているけれど……彼のガンキャノンだって、十分化け物染みていたんだよ」
「……想定以上のスペックを引き出せた要因が、カイ・シデンの『勇気』であると?」
「俺はそう思ってる。これでも、ガンキャノンの性能限界だけはよく知ってるつもりだからね。それを見極めるのが仕事だったんだから」
「私には……理解出来ません。確かにMSが原則として有人式である以上、パイロットのメンタルも重要にはなるでしょう。ですが、いくらなんでもそれが最後の命運を左右するだなんて……」
ガンキャノンという機体の限界を知っているからこそ理解できる、極限状態でモノを言う最も重要な部分。それがカイ・シデンにはあったのだと、ミックは語る。
そんな彼の言葉を理解しつつも、認めたくはないという複雑な感情が、ニアの胸中に渦巻いていた。その葛藤に由来する「優しさ」を看破していたミックは、ニアの横顔に微笑を送っている。
「君は……優しいんだね、ニア大尉」
「は、はぁ? 何を言い出すんですか、いきなり。天才の頭脳を以てしても意味不明なんですけど」
「パイロットの素養に依存するようなクオリティの兵器では、彼らの命を守り切れない。兵士達の命を預かる以上、不確定な要素などあってはならない。だから、『勇気』だなんて抽象的な言葉を嫌うんだろう?」
「……し、知った風な口を利かないでください。だいたい、あなたに私の何が分かるっていうんですか!」
ミックの言葉に顔を赤らめ、慌てふためきながらも。捲し立てるように反論するニアの表情には、「女」としての悦びが芽生えていた。
「分かるさ、俺だって本来は
「……そんなの、分かりたくもありません! ていうか、私は前線に出る気なんてこれっぽっちもありませんからっ! 勝手にあなたの理屈に巻き込まないでくださいっ!」
「俺の意見を聞きに来たんじゃなかったのかよ……」
やがて、彼女はぷりぷりと怒りながら立ち去ってしまったのだが。この日のやり取りで得た知識と感情は、今もなおニア・アイマンという少女の心身に深く染み渡っているのである。
――ダンテ・ヴォルフルクとの死闘の最中であっても。まるで昨日のことのように、思い出せてしまうほどに。
◇
決定打になり得る武装の殆どを失ったミック機では、もはやダンテ機を倒すことはできないだろう。そこに丸腰同然のニア機が加わったところで、この劣勢が覆るとは考えにくい。
『これでいい、これでいいの……! 勇気なんて、そんな非効率なものに私はっ……!』
だから、ここは逃げるべきなのだろう。最後にモノを言うのは勇気なのだと語っていた、ミックを置き去りにして。
――今この瞬間も。彼は独りで、戦っているというのに。
『……私は、私はぁあぁあっ!』
その事実が、天才であるはずのニアの思考回路に「エラー」を齎していた。気が付けば彼女の乗機は踵を返し、スラスターを噴かした全速力の突進で、ダンテ機目掛けて突っ込んでいたのである。
それは、彼女自身が嫌っていたはずの「非効率な行為」そのものであった。ビームサーベルを引き抜くニア機の挙動を察知したゲルググは、咄嗟に振り返りビームライフルを撃ち込んでいく。
『てめぇッ! 水差してぇのか差したくねぇのか、どっちなんだァッ!』
『きゃあぁあっ!』
だが、もはやマニピュレーターが正常に機能していないのか。狙いが乱れたビームはニア機のコクピットではなく、片脚に命中してしまう。
敢えなく転倒するガンダムヘッドは、その姿には不似合いな敗北を喫したのだが――そんな彼女の献身は、千載一遇の「勝機」を齎していた。
『ちッ……!?』
『お前達の戦争も、俺達の戦争も……とっくに終わってるんだよッ! それでもまだ、諦めないのならッ!』
肩部のキャノン砲のみならず、ビームスプレーガンや頭部のバルカン砲まで失い、丸腰になっていた……かに見えていたミック機の右手には。
腰部の裏に隠されていた、対MS用のハンドグレネードが握られていたのである。これも本来は「牽制」を目的とする武装であり、MS戦における決定打にはなり得ないとされてきた。
『これで……終われぇぇえッ!』
が、そんな常識が通用しない戦場もあるのだ。その事実を突き付けるかの如く、ミック機は残された力の全てを振り絞るように。
『てめぇッ――!』
『うぉおおおおおぉおーッ!』
ハンドグレネードを握る鉄拳を、ダンテ機のコクピットに叩き付けるのだった。刹那、ゲルググの胴体がミック機の右腕を巻き込み、爆炎に飲まれていく。
その炎はやがてコクピットの装甲を突き破り、ダンテの肉体を焼き尽くしていった。しかし、痛みを感じる暇もなく消え去っていくダンテの貌に、苦しみの色はない。
『やぁ……っと、死ねたぜ』
そこに在ったのは。戦うことでしか生を実感することすら叶わなかった男にとっての、安らぎ。
感性を共有することが出来た、数少ない仲間達の元へと還れるのだという、安堵の色であった。
――そして。ピンポイントでコクピットを爆破されたゲルググが、ついに沈黙して倒れた後。
『……お疲れさん。皆、よくやってくれたよ……本当に、さ』
サワイ・キサミンが指揮を取るザンジバルが、ようやく視認できる距離にまで到着する。サワイの要請に応じて焼け野原を目指していた他部隊が、ルゥトゥ達の救援に駆け付けて来たのはその直後であった。
やがて何十機ものジムがこの地に集まると、満身創痍の戦士達を救うべく、慌ただしく動き始めていく。混濁する意識の中で、そんな「事後処理」の光景を見つめていたルゥトゥは、か細い声色で戦友に問い掛けていた。
『……終わった、のか。サワイ』
『えぇ……やっと、終わったのです。ルゥトゥ大佐』
『そうか……。後は、任せてもいいのだな』
その「答え」に安堵し、苛烈な死闘に身を投じて来た男は、静かに意識を手放していく。モニター越しに、そんな彼に頷いて見せたサワイも、頬を緩ませていた。
『安心してくださいよ、大佐。今ぐらい……眠ったって、誰も文句は言いません』
――宇宙世紀0080、2月6日未明。いつしか日を跨ぐまで戦い続けていた彼らは、ようやく「三獣鬼」との決着を果たしたのである。
これで今度こそ決着でございます! 次回は事件後の一幕を描く最終話となりますので、どうぞ最後までお楽しみに!٩( 'ω' )و