人類史上最悪の惨劇となった「コロニー落とし」は、数多の未来を瞬く間に奪い去った。その爪痕の深さは筆舌に尽くし難く、日々流転する状況の中にあっても、多くの人々の心身に癒えぬ傷を残している。
故郷も家族も友人も、何もかも失ったカイニス・グランバルもその1人だ。穏やかな物腰の中に秘められた憎悪の炎は、その発露が許された戦場の中でここぞとばかりに燃え盛っている。
だが、その激情で為すべきことを見失うほど未熟な男ではない。憎しみはそのままに、ただ粛々と「報復」を遂行する。その凍て付く炎は、密林の影から仇敵を焼き尽くそうとしていた。
『……チッ。これ見よがしなガンダム顔なんて乗っけておきながら、やってることは隠れんぼかよ。ドムのジャイアントバズがありゃあ、片っ端から邪魔な木を吹っ飛ばしてたところなんだがなァ……』
リュウジ機からの追跡を振り切り、闇夜の密林に身を潜めていたカイニス機。その行方を追うプロトタイプケンプファーは、
その視界に、こちらを狙う狩人の影が僅かに映り込んだ瞬間。ガンダムヘッドのツインアイが闇の中から眩い輝きを放ち、その機体がリュウジ機目掛けて容赦なく襲い掛かって来る。
(軍人の端くれとして、降伏の申し出があれば受け入れましょう。そんな暇があなたにあればの話ですがねッ!)
カイニス機は最大出力のビームサーベルを振り上げ、憎きジオン兵を一刀両断するべく急接近する。この至近距離ならば、マシンガンもショットガンも間に合わない。しかしリュウジ機のプロトタイプケンプファーは、その奇襲にも追い付くほどの速度で「迎撃」に動いていた。
『なにッ……!?』
『……ところがぎっちょぉんッ!』
射撃武器での対処は不可能。そう判断したリュウジ機は咄嗟に両手の銃器を放り捨てると、左手でビームサーベルを握るカイニス機の手首を掴み、間一髪で斬撃を食い止めたのである。さらにリュウジ機は残る右手で、背部からヒートサーベルを引き抜いていた。
『エース様よぉ……せっかくの大チャンスだったってぇのに、そんなことで良いのかァ?』
『……ぐッ……!』
本来なら地上で充分な検証試験を行う予定だったこのプロトタイプケンプファーは、ジャブロー攻略のために各種試験を省略し急遽実戦投入する事となった。そのためビームサーベルが使用出来ず、ヒートサーベルを装備している。
しかしカイニス機の手首を掴み、ビームサーベルとの鍔迫り合いを回避した今の状況ならば、その弱点も無効となる。かつての乗機であるドムから「流用」した、一振りのヒートサーベル。灼熱を帯びたその青い光刃が、闇夜の密林で妖しく輝いていた。
『お前が気張らねぇと……ここの連中、全員死んじまうぜぇぇえッ!?』
『うぐぁあッ!?』
次の瞬間、ビームサーベルを握っていたカイニス機の手首が一気に切り落とされてしまう。さらに間髪入れず、リュウジ機はスラスターを噴かして体当たりを仕掛けて来た。
その衝撃をまともに食らったカイニス機は、そのまま木々を薙ぎ倒して後方に押し込まれて行く。あまりの勢いに、カイニス機は為す術もない。
(やはり……ガンダムタイプのようには行きませんかッ……!)
もしカイニスの乗機が陸戦型ガンダムだったなら、胸部バルカンでの牽制射撃で後退させることも出来ただろう。しかし所詮は、頭部を偽装しただけの陸戦型ジムに過ぎない。単純なスペックという面において、カイニス機には勝ち目などないのだ。
『ハッハハハ、散々粋がっておいてザマァないぜ! お前もコロニーに潰された連中に会わせてやるってんだよッ!』
『……ッ!』
だが、それでもカイニスの「殺意」は常に「恐怖」を上回っている。コロニー落としを揶揄するかのようなリュウジの発言を耳にした彼は、怜悧な双眸を鋭く細めて行く。
例え相討ちになるとしても、この男だけは許すわけには行かない。その殺気を帯びた陸戦型ジムは、逃げるどころか敢えて自ら組み付くように、残った左手でリュウジ機の肩を掴んで引き寄せた。
『あァ……!?』
『愛しい家族たちを返せ……親しき友たちを返せ。美しい自然を返せ……!』
呪詛の言葉を連ねてリュウジ機を掴んでいるカイニス機は、スラスターを全力で噴かし始めて行く。しかしそのエネルギーはリュウジ機の体当たりを止めるためではなく、むしろこの勢いを加速させる方向に噴射されていた。
その意図が読めないリュウジが眉を顰めた瞬間――陸戦型ジムとプロトタイプケンプファーは互いに組み合ったまま、暗黒の密林を突き破るように河川へと飛び出してしまった。しかも林を抜けた先は崖となっており、かなりの高度だ。
『……!?』
暗闇を抜けた先に突然現れた、何もない夜空。その遥か下に流れている河川。そんな光景を目にした瞬間、リュウジは咄嗟にカイニスの狙いを理解する。
彼は陸戦型ジムのパワーでは、プロトタイプケンプファーとの競り合いには勝てないと分かっていた。そのため、敢えて体当たりを喰らってその勢いを利用し、リュウジ機を崖下に突き落とそうとしていたのだ。
『……ッ! こ、この死に損ないがァッ!』
『出来ないというのなら……無意味に死ねぇえッ!』
リュウジ機は咄嗟にスラスターを噴かして落下の衝撃を低減しようとする。だが、組み付いているカイニス機の重量がそれを許さない。しかもカイニス機は空中に飛び出た瞬間にスラスターの噴射方向を変えて姿勢を制御し、リュウジ機よりも上の位置に回っていた。
ジャブローの地理を熟知していた彼は、この大地そのものを「武器」として利用していたのである。小細工でもなんでも、有効と思えば使う。その宣言通り、リュウジ機にのし掛かったカイニス機はスラスターを噴かし、河川目掛けて急降下して行った。
『……このクソッタレがぁあぁあーッ!』
この速度と質量で河川に激突すれば、プロトタイプケンプファーの装甲といえどタダでは済まない。とにかく一刻も早く、この邪魔者を振り解かねば。
その一心で出力を全開にしたリュウジ機は、ついにカイニス機を力任せに振り解いてしまう。ようやく邪魔者の手から解放されたリュウジ機は安堵したように、スラスターを噴かし始めていた。
『……ありがとうございます。ジオン兵からその言葉を賜れるのであれば……これ以上の名誉はありませんよ』
だが、力無く吹っ飛ばされた陸戦型ジムのコクピット内で――カイニスは嗤っている。彼の愛機は背中から地表に墜落しながらも、腰部にマウントしていた100mmマシンガンを引き抜いていた。
『この大自然の土に還れることを……誇るのですね』
『……てめぇえぇえッ!』
崖への突き落としでさえ、カイニスにとってはブラフでしかなかったのだろう。先ほどの奇襲でマシンガンとショットガンを捨てさせていた彼は、この場で気兼ねなくプロトタイプケンプファーを料理しようとしていた。
(不味い……! ガトリングガンじゃあ、射撃開始までの隙が大き過ぎてッ……!)
対するリュウジ機もシールドのガトリングガンで応射しようとするのだが、その大きな銃身では100mmマシンガンより先に発砲することなど不可能。ならば防御に専念せねばと、盾を構えようとするよりも速く――カイニス機の銃口が火を噴いていた。
『ぐぉあぁあーッ!』
増設された胸部装甲でも、立て続けに攻撃を浴び続ければ長くは持たない。チェーンマインの誘爆を浴びたプロトタイプケンプファーの機体には、すでにかなりのダメージが蓄積されていたようだ。
『ぐぅうッ……!』
空中で蜂の巣にされたリュウジ機は黒煙を上げながら澱んだ河川に墜落し、激しい水飛沫を上げて行く。背中から密林に墜落したカイニス機も、衝撃により駆動系統が故障してしまったのか、その場から動けなくなっていた。
リュウジ機は河川に落ちたまま、上がって来る気配が無い。しかし先ほどの水飛沫の程度を見る限り、水中で爆散したわけでもないようだ。濁った川の中に身を隠し、この機に乗じて退却した可能性が高い。
『……柄にも無く、熱くなり過ぎてしまいましたね。私もまだまだ……甘い』
しかしそうと分かっていても、カイニス機はこれ以上戦える状態ではない。先のジャブロー防衛戦を終えて間もない連戦ということもあり、カイニスは疲労困憊と言った様子で、コクピットのシートに背を預けていた。
『あとは……頼みましたよ、皆さん』
彼が仰ぐ夜空も。その下に広がっている密林も。今は激戦の大火に照らされ、深夜とは思えぬほどの輝きを放っている。プラチナファルコン隊とアイアングース隊が増援として合流して来たことにより、戦いはますます激しさを増しているようだ。
(あれはプラチナファルコン隊とアイアングース隊……。「腕は立つが曲者揃い」と評判の彼らがわざわざここに来たということは……やはり、彼らの手を借りねばならないほどの相手だったということですか)
先のジャブロー防衛戦で戦ったジオン兵達よりも、遥かに手強い「森夜叉」。その脅威度を改めて実感したカイニスは、怜悧に目を細めて数機のミデアを見上げている。その輸送機から舞い降りたMS隊は、我先にと言わんばかりの勢いでジオンの敗残兵達に襲い掛かっていた。
(……覚えていやがれよ、連邦のクソ野郎共が……!)
一方。カイニスの読み通り、濁った河川の中を潜行して追撃を逃れていたケンプファーは、辛くもこの戦線からの離脱を果たしていた。そのコクピット内で歯を食いしばっているリュウジは、怒りを込めて操縦桿を握り締めている。
東南アジア戦線でズゴックを乗り回していた頃は、このような屈辱を胸に水中を泳ぐことなどなかった。しかし今後は水辺を目にする度に、今日の敗北を思い出すことになるのだろう。
◇
戦争というものが如何に虚しいか。無意味であるか。それは、ガイア・エプタガテスという女はよく理解している。その上で、酔い痴れている。
ジオンと連邦の罪など些事。機体を掠める弾雨。己を狩らんとする敵。共に立つ仲間。そして傷付き、傷付ける自分。それだけが、彼女の全てであった。
闘いの狂熱は己を焼き、死闘は己を打ち、戦友の死は冷水となり降り掛かり、日に日に悪くなる戦況は我が身を削り研ぎ澄ます。罪悪感が入る隙は無し。ただ高揚が我が身を満たす。
――見たまえ。我こそが剣たるぞ。その一言こそが、エプタガテスの生き様そのものであった。
『……見事なものよ。この私を相手に、ここまで長く生き延びて見せるとは。戦場で生き残れるのは強者か臆病者……とはよく云うが、お前はそのどちらにも見えるな』
自身が狙いを定めたカナデ機の陸戦型ジムは、すでに満身創痍となっている。ザクマシンガンの弾雨を浴びた装甲は見るも無惨な姿となっており、機体の各部からは火花も飛び散っている。
しかしその機体から滲み出る闘志は、未だ衰える気配を見せない。そればかりか、ますます熱く燃え滾っているようにすら見える。
その一方で、接近戦を忌避しているのか。彼女の機体はスラスターで後退しながら100mmマシンガンでの牽制射撃を繰り返しているばかりであり、自分の方から積極的に攻めに転じようとはしていない。
本物の殺意を纏っていながら、決して突っ込んでは来ない奇妙な相手。そんなカナデ機を前にしているエプタガテス機は、品定めするかのような粘ついた視線で、カナデ機のボディを舐め回すように観察していた。
(あぁもう……キモいキモいキモいぃっ……! こっちはカメラ周りを強化した狙撃戦仕様だっていうのに、コイツと来たらしつこく接近戦ばかり仕掛けて来やがってぇえっ……!)
一方。エプタガテス機と対峙しているカナデは操縦桿を握り締めたまま、嫌悪感を露わにした貌で唇をわなわなと震わせている。彼女の乗機である陸戦型ジムは、高倍率化されたカメラで相手のザクIQ型を観察しつつジリジリと後退し続けていた。
――コロニー落としによって故郷も家族も勤め先も失い、生活のために連邦軍へ志願せざるを得なくなり。家族の仇と吼える余力すらも、生きて行くための重労働に消耗させられる日々。かつては平凡なメカニックだったカナデ・タカミザワという女の不幸は、そこから始まっていたのだろう。
MSパイロットとしての適性も決して高い方ではなく。それでも人手不足である以上、乗らないわけにも行かず。機体の方を改造することで、そのハンデを補うしかない。
そんな苦境に立たされているカナデにとっては、所属部隊の仲間達に恵まれたことだけが数少ない救いであった。パイロット適性の低さを乗機の調整で辛うじて乗り切っている自分が今日まで生き残れているのは、紛れもなくエース級が集まっている環境のおかげだ。
だが、この部隊にまともな整備士は自分を含めて数人程度しか居ない。故に彼女はパイロットでありながら、結局は整備士としての仕事も続けなければならないのだ。
(全部全部全部……あんた達ジオンのせいだっ……! 絶対に許すもんか、絶対にぃいっ……!)
整備士でありながらパイロットも兼任せねばならない過密スケジュールの日々。その中で過労に苦しみながらも、彼女を支え続けていたのは――ジオンへの憎しみ。その切実な狂気こそが、彼女を最も強く支えている精神的な柱なのである。
だが、掩蔽体を利用した「待ち伏せ」が基本戦術である彼女にとって、今の状況はかなり厳しい。MS適性の都合上、機動戦が苦手である彼女では、近接戦闘を得意とするエプタガテスは最悪の相手だ。
おまけに掩蔽体として使える木々は全て、相手のザクバズーカで薙ぎ倒されてしまっている。パイロットとしての適性も、当然ながらエプタガテスの方が遥かに上。まさに絶体絶命だ。
『しかし……願わくば、前者……即ち「強者」であって欲しいものだな。「臆病者」をいたぶっていただけとあっては、私の乾きは満たされん。元より戦など、虚しいものではあるがな……』
『……さっきから虚しいだの無意味だの、ずっと意味分かんないんだけど。何もかも全部、そっちから始めた戦争でしょうが! 散々やりたい放題やっておいて……この期に及んで悟ったようなセリフ抜かしてんじゃないわよっ! あんた頭おかしいんじゃないの!?』
しかしこの窮地の中にあっても、闘志だけは折れない。戦場のスリルに酔い、恍惚の表情を浮かべているエプタガテスに対して、カナデは憤怒を露わに声を荒げている。スレンダーな身体付きであるエプタガテスとは対照的に、瑞々しく実っている彼女の乳房がぷるんっと弾んでいた。
『如何にも、私は狂人よ。お前の言う通り、元々ジオンが始めた戦争だ。だからこそ、負ける訳にはいかんのよ。例えどれほど虚しくとも、そうするしか道が無い故な』
『……っ! そう言う風に哀愁に浸ってる言い草が、意味分かんないって言ってんだよっ!』
全く話が通じない、狂気の極み。その片鱗を目の当たりにしたカナデは、嫌悪感と憎悪を露わにして操縦桿を握り締める。彼女を乗せた陸戦型ジムは再び、100mmマシンガンでの牽制射撃を繰り出そうとしていた。
『あぐぅうっ!?』
『分からずとも結構! 元より理解など期待しておらぬ故ッ!』
だが、スラスターを噴かしたエプタガテス機はそれよりも疾く、肩部アーマーでの体当たりを仕掛けて来る。満身創痍のカナデ機では到底かわし切れず、彼女の機体は衝撃のあまり尻餅をついてしまった。
『くぅっ、ぁっ……!』
『闘争を好まぬ只人の精神を持ちながら、ここまで食らい付いて来たことは賞賛に値する。だが……そんなお前といえども、
大破寸前の機体では、どれほど威勢が良くとも限界がある。これ以上、この機体とは胸踊る殺し合いは楽しめない。
そう結論付けたエプタガテス機は名残り惜しむかのような素振りを見せながらも、悠々とヒートホークを取り出して来た。赤熱するその刃で、カナデの生命を断ち切るために――。