尻餅をついている陸戦型ジムを見下ろし、
『では……さらばだッ!』
『……ッ!』
振り上げられた
『無駄だ……! 我が刃はこの一閃のために練り上げられた特別製! ビームサーベルと言えども、この刃を止めることは出来ぬぅ!』
しかしエプタガテス機のヒートホークは、接近戦を好む彼女のためにチューンナップされた特別製。
――そして、双方の光刃が激突した瞬間。
『……!?』
エプタガテスはこの戦いで、初めて瞠目した。絶対に押し負けるはずがない自機のヒートホークが、まるでただの棒切れのように切り落とされていたのだ。
『ぬが、ぁッ……!?』
彼女のヒートホークを破壊したビームサーベルの光刃は、そのまま一気に振り抜かれ――ザクIQ型の頭部を水平に焼き切って行く。メインカメラを破壊され視野を失ったエプタガテス機は、ふらふらと大きくよろめいていた。
『自分に酔って、自分だけが特別だと思い込んで……痛々しいったら、ありゃしない』
――「特別製」だったのは、エプタガテス機のヒートホークだけではなかった。カナデ機のビームサーベルもまた、パワー特化にチューンされたものだったのだ。
万が一、敵MSの接近を許し、相手との斬り合いになってしまった時に備えて。彼女はパワーで無理矢理押し切れるようにと、乗機の出力を「調整」していたのである。
『この戦争の虚しさに悲しんでるのは……苦しんでるのは、あんた独りじゃないってんだよッ!』
『ぐぉおぉおッ!?』
戦争は、心を満たすための遊びではない。熱いも冷たいもない。ただ粛々と、倒すべき敵と戦うだけの殺し合いでしかない。立ち上がったカナデ機は、その「現実」を突き付けるかのように、頭部を失ったエプタガテス機を蹴り倒してしまう。
『負け戦とて……それもまた戦。酸いも甘いも食らってこそ。聖戦とは……美味なるものよッ……!』
『……呆れた。ほんっと、最後の最後まで意味分かんない奴ね』
その際の衝撃を以て、自身の「完敗」を思い知らされたエプタガテスは、コクピットの中で感嘆の表情を浮かべていた。
戦場の狂気に囚われた彼女にとっては、己の敗北さえも愛おしいようだ。そんな彼女の様子を、カナデは心底軽蔑したように冷たく見下ろしていた。
◇
ダークブラウンを基調とするシンダー機の陸戦型ジムは、密林の隙間を縫うように闇夜の中を駆け抜けている。スラスターをほとんど使わず走行しているため、辺りには足音が響き渡っているのみであり、ラゼル機は彼女の機影をなかなか捕捉出来ずにいる。
『この機体は良いものだねぇ……ザクとは違ってビーム兵器も使える。私も東南アジアに居た頃は、J型のザクで随分と暴れさせて貰っていたが……あの時よりも随分と身体が軽くなったような気分だよ』
『くッ……!』
それでも発砲の瞬間には必ず、こちらを狙うシンダー機のバイザーが青い輝きを放っている。その光源とビームの熱源反応、そしてコクピットに響く警告音を頼りに、ラゼルは乗機のジムスナイパーIIを操っていた。
彼の乗機は密林の暗中から飛び出して来た熱線を紙一重でかわし、スナイパーライフルでの反撃を試みる。しかし彼が狙いを定めるよりも速く、射撃を終えたシンダー機は森の闇に消え去ってしまった。
『俺達連邦軍の機体を奪って、こんな真似に利用しやがって……! お前のような奴にだけは、絶対に負けられねぇッ! あのコロニー落としで全てを失ったカイニスとカナデの分まで……俺がお前達を叩きのめしてやるッ!』
『ふふっ……いちいち君に言われるまでもない。連邦の側に与していたとはいえ、同胞の郷を焼き、ゴミを捨てるかの如く地球に落とした時点で我々は気付いていようがいまいが……下劣な存在だとも』
コロニー落としの大罪を自覚してもなお、戦いを止めようとしないシンダー。彼女の乗機は鬱蒼と生い茂る密林に紛れながら、虎視眈々とラゼル機の急所を狙い続けていた。
ビームライフルの威力をまともに浴びれば、高性能機のジムスナイパーIIと言えどタダでは済まない。その緊張感に冷や汗をかきながらも、ラゼルは眼を細めて周囲を見渡している。
『だがね。理不尽からの脱却を賭けた勝負……それに私は乗る選択をした。シドニーや近辺の人々を粉微塵にしたとしてもね』
『なんだと……!』
機体の基本性能という面においては、陸戦型ジムよりもジムスナイパーIIの方が遥かに優れている。だが、ラゼル機の相棒とも言うべきスナイパーライフルには、取り回しの悪さという大きな弱点があった。どれほどパイロットが熱い義憤に駆られようとも、機体が追い付かなければ意味がない。
『下劣上等、これが私の答えさ。さて……「幽鬼」の異名の所以、それくらいは覚えて逝って貰おうか? 地球連邦軍のエース様!』
陸戦型ジムが運用するビームライフルの速射性は、そこから生まれる僅かな隙を的確に突いて来る。ラゼル機の背後を取ったシンダー機がビームライフルを向けた瞬間、ラゼル機も振り向きざまにスナイパーライフルを構えたのだが――シンダー機の方が、先にラゼル機の片腕を撃ち抜いてしまった。
『ぐぅッ……! や、やっぱ……ビームライフルは効くぜッ……!』
『殺しているのだから殺されもする。今回は君の番だっただけの話さ。いつか私も地獄に堕ちる。恨み言を考えながら先に逝っていたまえよ』
片腕を破壊されたラゼル機が大きくよろめく。その様子を目にしたシンダー機はビームライフルを構えたまま、畳み掛けるように追撃の第2射を撃ち放とうとしていた。
もはや隠れる意味もないと言わんばかりに、彼女の機体が密林の闇から飛び出して来る。とどめのビームをかわされないように、間合いを詰めようとしているのだろう。
『まだッ……俺の番なんかじゃ、ないさッ!』
『ぬッ……!?』
だが、その勝利への確信が命取りとなった。ジムスナイパーIIにとっての命とも言えるスナイパーライフルを、ラゼルは躊躇なく投げ捨てたのである。
その行動に瞠目したシンダーの隙を突き、ラゼル機は腰部にマウントしていたブルパップマシンガンを引き抜いた。ジムスナイパーIIならではの長所を咄嗟に捨て、近距離での射撃戦に適した武装へと切り替えたのだ。
『恨み言なんて考えもしない! 俺は……仲間達と共にこの戦争から生き残る! 考えることは……それだけだッ!』
『……眩しい動機だねぇ、まるで正義の味方じゃないか。だが……正しい戦いなんでもの、有史以来ありはしない。殺し合いなんて……正気じゃあ出来ないものだからねぇ!』
その思い切りの良さを目にしたシンダーは、自分の中に残っていた「慢心」と「侮り」を恥じ、素早く第2射を放とうとする。だが、彼女の陸戦型ジムが持つビームライフルが火を噴くよりも速く――ラゼル機のマシンガンが実弾の豪雨を降らせて来た。
(……速いッ!)
ビームが銃口に収束する速さを、さらに上回るブルパップマシンガンの速射性。先手を打つことに全てを賭けたラゼル機の速攻が、容赦なくシンダー機を襲う。弾雨を浴びせられたシンダー機の装甲はみるみる削られて行き、頼みの綱のビームライフルも破壊されてしまうのだった。
『ぐぅうッ……! どうやら……基本性能が違い過ぎているようだねぇッ……!』
『陸戦型ジムとジムスナイパーIIだぞ、当たり前だろッ! さぁ、そいつから降りて投降しろ……! 地獄に逝く日が今日じゃないのは……お前も同じだ! こんな無意味な戦いは、もう止めるんだッ!』
『……ッ!』
さながら西部劇のような早撃ち対決を制したのは、ラゼル機のジムスナイパーIIだった。その「結果」を己の機体で思い知らされたシンダーは、これ以上の継戦は不可能と判断する。このまま戦い続けるには、あまりにも機体のダメージが深過ぎるのだ。
『……こんなことに、もはや意味が無いなんて分かってはいるとも。で、ここで止めたとして何になるんだい?』
『なに……!?』
『止めたとしても私は、私達はただの殺戮者の戦犯で終わりじゃあないか。今更止まらないよ。あの時の親友がこれからも増え続けるかもしれないからねぇ……!』
『親友……!? うわッ!?』
それでも、ここで死ぬわけには行かない。シンダー機はその一心で100mmマシンガンを構えると、牽制の弾幕を張りながらスラスターを噴かして後方に飛び退いて行く。彼女が発した言葉に虚を突かれたラゼル機は数発の実弾を浴びてしまい、彼女を追撃する気を逸してしまっていた。
(……我ながらずっと、アコギなことをやっているねぇ。それでも……泥を被るのは私だけでいい。どうか……重力の井戸の底でのたうつ私を笑っておくれよ、グノーシス)
連邦政府と癒着していた地球の権力者に、故郷の親友――グノーシスを「玩具」にされ、廃人にされて以来。シンダー・ロンギスという女はスペースノイドの独立を目指し、ジオン軍の兵士として戦うことを決意した。
しかし、その先に待ち受けていたのはコロニー落としという非道の極致。ここからどのような決着を迎えることになろうとも、あのような蛮行を働いた自分達に正義などあるはずが無い。さりとて、今さらこの戦いから降りることも叶わない。
だからこそ、彼女には戦うしかないのだ。もはやここまで来て
『く、くそッ……!』
『隊長、行ってください……! 悔しいですが、我々の機体の状態では追い付けそうにありませんッ……!』
『このままジオンの連中を逃がすわけには行かないでしょう……!?』
『カイニス、カナデ……分かった、任せろッ!』
ダメージを負いながらも仲間達の激励を背に、スラスターを噴かして自分を捕まえようとしているラゼル機。そんな彼を見下ろしながら、シンダー機はスラスターを全開にして、彼の追撃を振り切ってしまう。
『……せいぜい正義という名の狂気で我々を討つといい。でも……屍山血河の上を歩くのだから、いつか屍に足を取られるかも知れないねぇ?』
かつての自分のような義憤を露わにしているラゼルの勇姿。その眩しさから眼を背けるように、彼女の愛機は闇の彼方へと飛び去って行くのだった。
◇
(たった1機のMSにエプタガテスがやられた、だと……!? しかも、あのシンダーとリュウジが撤退を強いられるとは、信じられん……!)
自身の護衛を務める3大精鋭の敗走。予想だにしなかったその「結果」を受けて、ルーク機は驚いた様子で踵を返していた。多数のMSに強襲されたのならともかく、一騎打ちという条件でシンダー達が敗れる事態など全くの想定外だったのだ。
(……かつてない強敵ということか。しかし……だからと言って、無闇に「彼女達」を戦わせるのは避けたい。大丈夫だ、我々にはまだ「あの男」が居る……!)
それでも、「森夜叉」にはまだ切り札と呼べる戦力が残っている。その勝機に望みを託し、ルーク機は遠方の夜空に舞う友軍機――MS-07H-8「グフフライトタイプ」を一瞥していた。
スノーホワイトとダークグレーのツートンカラーに塗装された、特別仕様のフライトタイプ。その機体は縦横無尽に夜空を駆け、「増援」として戦線に加わったプラチナファルコン隊と激戦を繰り広げている。
最新作「Gundam GQuuuuuuX」の放送日が近付いて来ましたねー! どんな物語になるのか私も楽しみであります(*^ω^*)