東南アジア戦線で猛威を振るい、ジオン地上軍に「森夜叉」ありと言わしめた猛者達。彼らは皆、自分達の勝利を心から信じていた。最も危険な「殿」という役割であっても、自分達が容易く倒されるわけがない。自分達は全員で、生きて帰るのだと。
そんな考えがどれほど甘い見立てであったか。それを彼らが理解した時にはすでに、「森夜叉」は甚大な損害を被っていた。エース達は悉く敗走を余儀なくされ、士気の柱となっていた「天使の死神」ボルド・リヒターやガイア・エプタガテス、アイゼナッハ・トトまで失ってしまった。
無論、彼らの足止めによって九死に一生を得たジオン兵達も大勢居る。すでにこの時点で、「森夜叉」は殿としての役目をほぼ果たし終えたと言っていいだろう。だからこそ今度は、自分達がこの戦場から生き延びねばならない。先に逝った同胞達に報いるためにも。
その一心で森の中を突き進む「森夜叉」の戦鬼達は、やがて一つの地点へと集合して行く。彼らが合流した先に待っていたのは、「森夜叉」の隊長であるルーク・アルフィスのザクだった。
『……皆、よくぞここまで辿り着いたな。斃れた仲間達の分まで、よくぞ……』
闇夜の森の中で
『……大佐。リュウジの奴はどうやら少し退却が遅れているらしい。慣れない水中に隠れて移動してるようだからねぇ』
『そうか……分かった、奴のことは俺に任せておけ。お前達は先にこの森を抜けて回収ポイントに向かうのだ。森を抜けた先には大河が広がっている。そこで待機している
シンダー機からの言葉に頷いたルーク機は肩越しに後方を一瞥し、部下達に退避を促している。その退路を確保するための囮を買って出ているのだ。彼の親友だったアイゼナッハが、そうしていたように。
『大佐、それならばこの俺も残らせてください! ボルドの無念に報いるためにも、このままおめおめと逃げ出すわけには……!』
『だったら俺も残りますぜ……! 俺達はこんな結果、勝利だなんて認められねぇ! 奴らに一泡吹かせておかなきゃあ、気が収まりませんッ!』
専用の高機動型ザクを駆り、高速のホバー移動で
『エプタガテス大尉は奴らに捕まり、ボルド大尉とアイゼナッハ中佐はッ……! 大佐、やはりここは我々もッ……!?』
「天使の死神」ボルド・リヒターを倒した猛者達の注意をたった独りで引き付け、他の友軍機に狙いが向かわぬようにと「囮」を引き受けていたレオンハルトの言葉は、血気盛んな戦鬼達を焚き付けている。しかし彼らの発言が終わる前にルーク機は片手を翳し、その言い分を制してしまう。有無を言わせぬその気迫に、レオンハルト達も押し黙るしかなかった。
『俺がお前達の立場でも、そう言っていただろうな。だが、お前達なら分かるはずだ。ボルドやアイゼナッハが、お前達に望んでいたことを。俺は「森夜叉」の隊長として、その望みを叶えなければならんのだよ』
『……ッ!』
『これより、最優先すべき命令を各機に伝達する。「生きろ」……以上だ』
フラナガン機関から送り込まれた2人の「切り札」。そんな秘蔵っ子まで戦場に送り出してしまった以上、自分がおめおめと逃げ出すわけには行かない。その責任感の強さが、ルーク機の雄々しさに顕れていた。
『……了解、しました……!』
『大佐……どうか、ご武運を……!』
『あぁ。お前達こそ、な』
彼から通達された「生きろ」という命令に目を伏せたまま、レオンハルトをはじめとする「森夜叉」の戦鬼達は、ルーク機の傍らを通り過ぎるように森の奥へと消えて行く。ホタル機やカンナギ機はルークの身を案じているのか、隊長機が見えなくなるまで何度も振り返っていた。続々とこの場から離脱して行く部下達の背中を、ルーク機は静かに見送っている。
すると、その最後尾を走っていた陸戦型ガンダムがふと足を止める。
『……』
『お前か、ベルノが言っていた例の脱走兵とやらは。名はなんという?』
『……ミランダ。ミランダ・ヴェルテ』
『ミランダか、良い名だ。俺は「森夜叉」の隊長を務めているルーク・アルフィス。経緯はどうあれ、我が軍に力を貸してくれるというのなら歓迎しよう。さぁ、先を急ぎなさい』
『……ありがとう、ございます』
ルークの言葉に促されるまま、ミランダ機の陸戦型ガンダムは「森夜叉」の戦鬼達に追従するように、森の奥へと走り去って行く。連邦軍に居た頃からは考えられない居心地の良さを感じているのか、彼女の頬は僅かに綻んでいた。
『……』
そんな彼女の機体を見送った後、ルークは鋭い表情で正面へと向き直る。全幅の信頼を寄せていた精鋭達を打倒し、ここに迫ろうとしている連邦軍の猛者達。彼らを少しでも足止めして部下達を生還させなければ、ボルドやアイゼナッハの犠牲も無駄となってしまうのだ。
(……この先の大河で待機している
不退転の決意を示すように、漆黒のザクは勇ましい足取りで敵方へと歩み出して行く。それから間も無く、連邦軍のMSが木々を抜けてこの場に現れた。ルーク機のザクを前にしたその機体――隻腕のジムスナイパーIIは、即座にブルパップマシンガンを構えている。
『……ッ! お前は……あの時仕留め損なった隊長機か!』
『俺のザクを傷モノにしてくれた狙撃手だな……覚えているぞ。やはり1番に現れたのはお前だったか』
ゴールドホーク隊の隊長である、ラゼル・バルカンク。彼の愛機と対峙したルークは、初めて遭遇した時の狙撃を思い出して不敵な笑みを浮かべている。この場に相応しい好敵手だと、その貌が語っていた。
さらに、森の上空を翔び続けていたGファイターもこの場に接近し、ルーク機を捕捉し始めている。そのGファイターの上に乗っているガンキャノンIIも、漆黒のザクに狙いを定めていた。
『カズサ、見えるか!? ほとんどの敵機は森の中に隠れてしまったが……1機だけ、開けた場所に残っているザクが居る!』
『なんだいありゃあ? 私達を相手に、たった1機で殿を引き受けようってのかい! 舐められたもんだねぇッ!』
Gファイターのパイロットであるカズサが苛立ちを露わにする一方、ガンキャノンIIに乗っているフランツは神妙な様子でルーク機を見下ろしている。プラチナファルコン隊の隊長は、一目見ただけでルーク機の底力を本能で察しているようだ。
そんな彼らの接近に気付いて夜空を仰いだルーク機も、フランツ達の「戦果」を即座に察していた。「天使の死神」と恐れられ、空中戦で無類の強さを発揮していたボルドが倒された理由が、ようやく視えたのだ。
『ビーム兵器を搭載した重戦闘機……なるほど、ボルドを倒したのは奴らのようだな。そして、さらにもう1機……』
『てめぇ、さっきの連中の
そして最後に現れたのは――アイアングース隊の隊長であるJ.J.のガンキャノンII。鬼気迫る勢いで木々を薙ぎ倒し、羅刹の如き覇気を纏ってこの場に現れた彼の機体は、ルーク機に対して獰猛な殺意を露わにしていた。しかしそんなJ.J.機を前にしても、ルーク機は全く動じることなく冷静に相手の動きを観察している。
『……彼女が居た
『てめぇ、何をゴチャゴチャとッ……!?』
『ふんッ!』
一刻も早くミランダに追い付き、彼女を連れ戻さねばならない。その焦りによるものなのか、J.J.機は即座に肩部のビームキャノンを発砲していた。だがルーク機のザクはそれよりも遥かに速く、スラスターを一気に噴かして猛烈なスピードで跳び上がって行く。
『は、速いッ!?』
『まずは最も危険なお前達からだッ!』
ラゼル機もブルパップマシンガンで撃ち落とそうとするが、その弾雨もかわしてルーク機はぐんぐんと夜空の彼方へ急上昇する。向かう先は、カズサ機のGファイターだ。
メガ粒子砲やミサイルで迎撃されないように、Gファイターの
『うぐわぁああッ!?』
『隊長ぉおーッ!』
ビームライフルの銃身を掴んでゼロ距離射撃を阻止しつつ、フランツ機の腹部に鋭い飛び蹴りを入れるルーク機。彼の不意打ちをまともに喰らったフランツ機は、衝撃に耐えられずGファイターの上から転落してしまう。
ようやくラスボスが戦い始めるところまで来ました……(´ω`)