フラナガン機関に身を置いていた頃の友人だった、シュヴァルとヴァイス。彼女達と戦う道を選んだラウラのジムドミナンスは、旧友を乗せたガルバルディと真っ向から対峙している。
『俗物共に良いように言いくるめられて、すっかり腑抜けてしまったようですね……! ならばそのまま、天に召されなさいッ!』
一方、機関を去っても友達だと思っていたラウラと敵対することになったヴァイスは、裏切られた悲しみと怒りを剥き出しにしていた。そんな彼女への罪悪感に顔を歪めながらも、ラウラは躊躇うことなく射撃を再開する。
『……ごめんね、ヴァイス。私……まだ死ねない。生きて終戦を迎えようって……義姉さんと、約束したから!』
マグネットコーティングによって強化された彼女のジムドミナンスは、ヴァイス機のガルバルディにも負けない反応速度で、右腕の2連装ビームライフルを構えていた。瞬時に大型ビームライフルを構えたヴァイス機も、躊躇いなくラウラ機を狙う。
次の瞬間、双方のビームが互いの機体を容赦なく撃ち抜いた。ヴァイス機の片腕が撃ち抜かれ、ラウラ機の片脚が破壊される。そのダメージにも構うことなく、双方は第2射を繰り出そうとしていた。
『くッ……! ラウラァアァッ!』
『あうッ……!?』
しかし、フィーネほどの技量を持たないラウラではヴァイス機には追い付けなかったようだ。ラウラ機のジムドミナンスが右腕の2連装ビームライフルを撃つ前に、ヴァイス機がその右腕を撃ち抜いてしまう。ガルバルディを撃破出来る決定打を失い、ラウラ機は極めて不利な状況に陥っていた。
(ヴァイス、代わって! この裏切り者だけは、ボクの手で始末してやる!)
(シュヴァル……そうですね、あなたがそう仰るなら……!)
するとそこへ、シュヴァルの人格が割り込んで来る。先ほどの撃ち合いで片脚を失い、機動力を失っているジムドミナンスでは逃げることも出来ない。そんな「裏切り者」を己の手で粛清するべく、シュヴァルは激情を胸にラウラを始末しようとしていた。
ラウラを倒すなら、このまま大型ビームライフルでジムドミナンスのコクピットを撃つ方が遥かに早く確実なのだが。主人格であるシュヴァルを第1に考えているヴァイスが、それに反対することはない。迷いなく主導権を明け渡したヴァイスに代わり、シュヴァルが再びガルバルディを支配する。
『ラウラァアァッ! このっ……裏切り者ぉぉおぉおッ!』
『シュ……シュヴァルッ……!』
そして、勢いよくスラスターを噴かしてラウラ機に迫るシュヴァル機が、ビームベイオネットを振り上げた――の、だが。
『これで終わっ――!?』
『――ったな』
次の瞬間。ガルバルディの頭部が、宙を舞った。ラウラ機の窮地に割り込んで来たフィーネ機が、ビームサーベルの一閃でシュヴァル機の首を刎ね飛ばしたのである。メインカメラを破壊されたガルバルディは体勢を崩し、思わず立ち止まってしまう。
『そ、そん、なッ……!』
『射撃戦特化の人格を保ったまま攻撃を続けていれば、ラウラはやられていたのだろうな。だが、そいつはお前という人格を愛するあまり、確実な勝利よりもお前個人のエゴを優先した。そんな危険行為を諌めてくれる仲間は、頭の中にすら居なかったということだ』
『……ッ!』
目の前の「現象」から、シュヴァル機に起きていた出来事の全貌を推察していたフィーネは、淡々とした口調でシュヴァル達の「敗因」を告げている。一方、これまで侮り続けていた連邦軍の
如何なる場面でも的確に、冷静沈着に判断して行動するには、シュヴァルという少女はあまりに若過ぎた。そんなシュヴァルから生まれたヴァイスの人格では、彼女の暴走を止められるはずもない。当然だろう。彼女達は元々一つの人格だったのだから。
『ラウラはお前達の元を去ったことで外の世界を知り、強くなった。もはや、お前達の機関が思うような失敗作などではない。私達を落としたければ、ジルベルト・ロードボルト……「十指」の2位でも連れて来るのだな』
『シュヴァル、ヴァイス……お願い、降伏して。こんな形で戦うことにはなってしまったけど……私だって、友達を撃ちたいわけじゃない……! もちろん、ルティラのことだって……!』
『……ッ!』
頭部と片腕を失った今のガルバルディでは、五体満足のフィーネ機と渡り合えるはずもない。片足と右腕を破壊されたラウラ機も、まだ左手にはブルパップマシンガンを装備している。
(くそっ……! 「十指」の2位だって……!? ボク達じゃ相手にならないって言いたいのっ……!? バカにしてぇっ……!)
(く、悔しいっ……! シュヴァルを愚弄されているのに、何も出来ないなんてぇっ……!)
このまま戦い続けても、シュヴァル達の敗北は避けられない。その事実を受け止められないほど、彼女達は子供ではない。しかし、だからといってこの場で降伏を選べるほど、大人でもなかった。
『冗談じゃないッ! ボク達は……ボク達は、まだ負けてないッ!』
『あうッ!?』
『くぅッ……!?』
メインカメラを破壊されたと言っても、完全に視界を失ったわけではない。絶えずノイズが走っている不明瞭な視界のまま、シュヴァル機は強引に動き出していた。スラスターを噴かして林に突っ込んだ彼女の機体は、牽制として大型ビームライフルを連射しながら森の奥へと消え去ってしまう。
『逃げたか。頭部と片腕を失っても、まだあれほど動けたとはな。敵ながら空恐ろしい奴だ……』
思わぬ反撃に遭い、追撃の機会を逸して彼女を見逃してしまったフィーネは、悔しげに森の奥を見つめていた。アイアングース隊の救出には成功したが、ガルバルディの撃破には失敗してしまったらしい。
『……シュヴァル、ヴァイス……』
一方。闇の彼方へと消えてしまった友人達の行先を憂いているように、ラウラは神妙な面持ちで細い指を絡め合わせている。形の良い美乳をぷるんっと揺らしている彼女の瞳は、不安の色を湛えていた。
――何故なら。シュヴァル機が咄嗟に飛び込んだ森の奥は、すでにアイアングース隊によって制圧された地域だったのである。
◇
メインカメラを破壊されたために正確に周囲を視認出来ず、ルーク達とは真逆の方向に進んでしまっていたシュヴァル達。彼女達を乗せたガルバルディは森の中を突き進み、どうにかこの状況から脱しようとしていた。
(シュヴァル、ごめんなさい……! あの時、私が確実にラウラを仕留めていれば……!)
(いいんだよ、ヴァイス! それより、何とかこの森を抜けて連邦の追撃をかわさないと! さすがにこの状態で戦闘を続けるのはキツいし……!)
いくらこのガルバルディが並外れた高性能機と言っても、ここまで損傷した上に援護も無い状況では、これ以上の継戦は困難と言わざるを得ない。今はなんとしても、敵の追撃を避けてこの密林から生還しなくては。
(……!? 前方に機影が……! くそっ、こんな森の奥にまでMSを配置しているなんて……!)
その一心で森の中を進むガルバルディの前に、やがて1機のMSが現れる。強化された「直感」で機影を察知したシュヴァル達の表情が、一気に強張った。
この状況でフィーネのような猛者に遭遇してしまったら、さすがに勝ち目は薄い。これまで数多の連邦兵を嘲笑混じりに葬って来たシュヴァルとヴァイスにも、緊張が走る。
(いえ、違いますわシュヴァル! あれは……我が軍のMS、グフカスタムです!)
(そうか、グフカスタムか……! いや、でも……あんな色のグフ、ボク達の周りでは見たことないような……?)
しかし、視界不良の中でも辛うじて視認出来たそのMSは――なんと、グフカスタムであった。闇夜の中で静かに佇んでいた
一方、ガルバルディを操縦しているシュヴァルは、見慣れない色の機体に眉を顰めていた。それでも彼女のガルバルディは、藁にも縋る思いで血紅色のグフカスタムに手を伸ばそうとする。
『そこのグフカスタム、少し手を貸してくれないかな!? 見ての通り、メインカメラをやられてしまって……!』
――「森夜叉」の所属機を含めて、自分達の周囲にこんな色のグフカスタムは居なかった。彼女達はその違和感を信じて、即座に逃げるべきだったのだろう。
しかし、目の前すらまともに視認出来ないこの状況では、うら若い少女達にこのグフカスタムの危険性を見抜くことなど不可能であった。
この機体のパイロットが、あまりにも穏やかで、淑やかな心の持ち主だったために。シュヴァル達は、「手遅れ」の間合いに入るまで気付けなかったのである。その奥底に隠されていた、獰猛な殺人衝動に。
『え……?』
救いを求めて伸ばされたガルバルディの腕が、グフカスタムに掴まれる。その手には間違いなく、相手のことを想う慈悲の心が込められていた。
ニュータイプの感覚によって、その温もりに満ちた優しさを感じ取っていたからこそ。シュヴァルはヴァイスと共に、瞠目している。
そんな慈愛の心を持ったパイロットの乗機であるはずのグフカスタムが――もう片方の手で、ヒートソードを振り上げていたのだから。
『……うふふっ。ご機嫌よう、ジオンのお嬢様』
聖女のような慈悲深さと、悪鬼のような冷酷さを併せ持つ「血紅の聖女」――スキキル・ラインオーバ。彼女は慈愛に満ちた笑顔を浮かべながらも、その双眸に妖艶な殺気を纏わせていた。
救いの手を差し伸べるように、左手でガルバルディの腕を掴みながら。血を求める悪魔のように、右手でヒートソードを振り上げている。そんな彼女の理解し難い思考回路を感じ取ってしまったシュヴァルとヴァイスは、言葉にならない絶叫を上げていた。
この女の心だけは、読んではならなかった。そこに隠された深過ぎる闇を受け止めるには、シュヴァルとヴァイスの精神はあまりにも若い。
『降伏……して頂けますよね?』
その一言に込められた常軌を逸する狂気に触れ、恐れ慄く少女達の悲鳴が天を衝く。しかし、その叫びが友軍に届くことはない。助けを求めるには、あまりにも遠いところに来てしまっていた彼女達は、為す術もなく聖女の凶刃を浴びせられた――。
視界不良に陥って「たかがメインカメラをやられただけだ!」で済むのはアムロだけだと思うんです……。次回からはルーク戦のクライマックスを描いて行きます。本章も残り僅か。最後まで見届けて頂ければ幸いですm(_ _)m