宇宙世紀0080、12月上旬。戦後も地球各地で抵抗を続けている、一部のジオン軍残党は――今日も連邦軍による激しい追撃に晒されていた。
キャリフォルニアベースの近辺を移動していたザクIIの1個小隊も、とある1機のガンキャノンに狙われ、未曾有の危機に瀕している。
『クソッ……なんなんだ、あのキャノンタイプッ! 執拗に俺達を……がぁあぁッ!』
『ち、ちくしょうッ! ここまで来て捕まってたまるかッ――ぐぉあぁああッ!』
彼らも戦時中を生き延びた古強者であり、MSパイロットとしての腕も確かな者達ばかりであったが。そんな彼らの力を以てしても――たった1機のガンキャノンに、翻弄されるばかりだったのである。
スプレーミサイルランチャーによる弾幕で陣形を乱され、回避のために散開したところを各個撃破されていく。
「――ふんッ!」
赤い鋼鉄の両手で振るわれる、鎖に繋がれた凶悪な鉄球――ガンダムハンマーが、一つ、また一つと、ザクの頭を叩き潰していくのだ。
その暴威から逃れる暇も与えられず。歴戦の猛者揃いであるはずの1個小隊は、接触から僅か2分足らずで、たった1機のガンキャノンによって壊滅したのであった。
「……任務完了。これより、帰投する」
だが、これほどの戦果を挙げたというのに。ガンキャノンを駆るパイロット――シンジ・ミュラー軍曹の表情には、全く浮かれた様子が見られない。
まるで、「やって当たり前」の作業をこなした後のように。何食わぬ顔でガンダムハンマーを手元に引き寄せ、彼は愛機と共にこの場を後にしていく。
その無骨な背中は、見掛けの力強さとは裏腹に――哀愁すら漂わせているかのようであった。
◇
「ガンダムハンマーを振るい、次々とジオンの残党を捻り潰していく無敵のガンキャノン。……今日もその伝説に、新たな1ページを加える結果になったようだけれど。一体あなた、いつになったら休暇を取るつもりなの」
「……この地上からジオンを完全に掃討できたら、嫌というほど休ませてもらうつもりです」
本来なら。多大な戦果を挙げて基地に帰って来たシンジは、整備士や同僚のパイロット達から歓声を以て迎えられるべきであり。彼の活躍を知る者達も、そのつもりでいたのだが。
そんなムードになる暇もなく、彼は上官による詰問を受けていた。格納庫に眠る愛機から降りたシンジを待っていたのは、剣呑な表情で自分を見上げる女上司――クーナ・フェニー中尉だったのである。
23歳という年齢からは想像もつかないほどに小柄な彼女だが、その怜悧な眼差しは紛れもなく、先の戦争を生き延びた猛者のそれであった。シンジとの体格差はかなりのものだというのに、気迫においては全く見劣りしていない。
「そう言って、あなたはこの1年近くの間……ほとんど休みを取っていない。戦後の軍縮と混乱で、一部の兵士が満足な休息も取れなくなるケースもなくはないけれど……これは、いくらなんでも異常。故に、放ってはおけない。私は上官として、あなたの士気を維持する義務がある」
「ならばなおのこと、心配には及ばないはずです。俺の士気なら戦争が終わってからも、衰えたことはありません。結果がそれを証明しているはずです」
シンジの戦果を讃えるために集まってきた仲間達は、双方の舌戦を固唾を飲んで見守っていた。相手が上官であろうと、一歩も引かない姿勢を見せるシンジの真剣な貌に――クーナは、やがて小さくため息をつく。
「……一度こうと決めたら、上官の命令でも覆せない。本当にあなたは、困った部下」
「……恐れ入ります」
「でも……そんなあなたの働きで、救われた兵達も大勢いる。だからこそ、これだけは私にも譲れない」
「……」
淡々としていた口調に、少しずつ熱が篭り始めていく。それだけクーナも真剣なのだということを、シンジは肌で感じ取っていた。
やがて彼女はやむを得ない、とばかりに懐へ手を伸ばすと――1枚の手紙を取り、シンジに突き出してきた。それを受け取った彼が、瞠目する瞬間。クーナは目を細め、自身の「勝利」を確信する。
「……これ、は」
「私の命令でも聞けないのなら……『彼』に言ってもらうしかない。これが、私の切り札」
その手紙の差出人として書かれていた名前は――デューク・ラングレイ。シンジの誘いによって連邦軍に入隊した、かつての「後輩」であった。
◇
――数日前。パリ基地でいつも通りの訓練を終えたデューク・ラングレイ准尉は、格納庫の片隅でかつての「恩師」に宛てるための手紙をしたためていた。
(シンジさん……クーナ中尉……)
きっかけは、シンジの「過去」を調べ上げたクーナからの連絡であり。彼女の「要請」を受けた彼は、恩師を救うためならばと真剣な貌で筆を取っている。
そして、あまりの集中故に背後からの気配に気付かなかったのか。
「デューク准尉っ!」
「おわわっ!? ラ、ラヴィエル少尉……なんですか、急に」
不意に声を掛けられたことで、思わずひっくり返ってしまうのだった。そんな彼を呆れ顔で見下ろしているラヴィエル・アリアドゥネス少尉は、透き通るようなブロンドの髪を艶やかに靡かせている。
誰もが思わず見惚れてしまう、妖精の如き美貌。10代半ばという若さが為せる瑞々しさも、彼女の見目麗しさに彩りを添えていた。
「なんでも何も、もうすぐ訓練後のミーティングじゃないですか。何度呼んでもなかなか返事がないし……どうしたんですか?」
「あ、あはは……すみません。ちょっと昔、僕を連邦軍に誘ってくれた人に手紙を書いてたところでして」
「デューク准尉を連邦軍に……へぇ……! どんな人なんですかっ?」
デュークの過去に纏わる話題であると知ったラヴィエルは、興味津々とばかりに可憐な瞳を輝かせている。彼女を密かに狙っていた周囲の男達は、嫉妬と羨望に塗れた眼差しでデュークを射抜いていた。
自分の美貌に対する自覚が希薄なまま、ぐいっと顔を寄せてくる彼女に、当のデュークは思わず顔を赤らめたじろいでしまう。やがて、暫し逡巡した後――彼はどこか懐かしむような表情で、ぽつりと呟くのだった。
「……強くて、優しい人ですよ。僕が出会ってきた人達の中で、多分……誰よりも」
◇
デューク・ラングレイは今でこそ連邦軍パイロットの一員だが、その出身はサイド3――つまりは、今のジオン共和国なのである。
生粋のスペースノイドである彼は、幼い頃に家族と共に地球へと移民して来たのだが、その人生には常に「差別」と「迫害」が付き纏っていた。
ジオニズムの台頭と共にスペースノイドを弾圧する機運も高まり、ジオンと連邦の衝突が予感されるようになるに連れて。ラングレイ家は地球そのものに拒絶されるかの如く、世界各地を転々とする日々を送っていたのだ。
そのような状況では、心を許せる友人など作れるはずもなく。デュークという少年の青春は絶えず、孤独という運命に縛られていたのである。
そんな彼の人生を一変させたのが、当時入隊したばかりの新兵だった、シンジ・ミュラーとの出会いであった。
街角で因縁を付けられ、暴行を受けていた自分の窮地に駆け付けて来た彼の勇姿は、今もデュークの脳裏に深く焼き付いている。
そして彼の誘いを受け、デュークは連邦軍への入隊を決意したのだ。自分達家族に降り掛かる敵意を払拭し、この地球という新たな故郷に「居場所」を築くために。
シンジも、それが彼のためになるのだと本気で信じていたからこそ、軍に誘ったのである。連邦軍パイロットという「花形」で一旗揚げることが出来れば、彼をジオンの手先と罵る者などいなくなるはずだと。
――それが、筆舌に尽くし難いほどに浅はかな考えだったのだと、彼が思い知ったのは。
ついに連邦軍とジオン軍の武力衝突が、現実のものとなった瞬間であった。
ブリティッシュ作戦。その惨劇の中でシンジが見た本物の戦場は、「一旗揚げる」ことが如何に無謀な夢物語であるかという事実を、これでもかと突き付けていたのである。
30倍もの戦力差がありながら、こんな結果になると分かっていたなら。
あの時、スペースノイドだからと虐められていた無垢な青年を、誘ったりなんかしなかった。
こんな地獄に巻き込むようなことなんて、しなかった。
しかし、すでにデュークが一人前の兵士として成長してしまった今となっては、取り返しなどつくはずもなく。
一介の兵士に過ぎないシンジに出来ることがあるとすれば、1分1秒でも早く、1機でも多くの敵機を撃破すること。ほんの僅かでも、デュークに迫る「敵」を減らすことだけであった。
ユウキ・ハルカゼ曹長の行為に伴う「責任」を取るため、残党狩りに没頭するゼファー・アルビオン中尉の戦いに追従するかの如く。
今の彼は、休むことすらも忘れた「修羅」に成り果てている。上官であるクーナの言葉にさえ、耳を貸さなくなるほどに。
そんなシンジの現状を今になって知ったからこそ、デュークは僅かな隙間時間も使って、彼のための手紙をしたためているのだ。
連邦軍に入ったことで、多くの心を許せる仲間達に出会えたこと。家族に石を投げる者達がいなくなったこと。
いずれも、シンジとの出会いがなければ叶わなかったことなのだから。
◇
――私はあなたと出会ってから今日に至るまで、己の運命を呪ったことはありません。かつてはこの心を支配していた悲しみも全て、過去のものとなりました。
それ故に、今もなおあなた自身が過去に囚われていることこそが、絶え難いのであります。私のことを慮ってくださるのであれば、今一度だけ、どうかご自愛くださいませ。
私達が初めて出会った、あの日のように。再び笑顔で再会できる日が来ることを、一日千秋の思いでお待ちしております。
――デューク・ラングレイ
◇
「……敵いませんね、クーナ中尉には」
「……当然。この私に勝とうなんて、10年早い」
デュークの手紙を読み終えたシンジは、衝き上がるような感情を噛み殺しながら、声を震わせて敗北を宣言する。クーナはそんな彼の様子に安堵しつつも、不遜に鼻を鳴らしていた。
だが、シンジの心が僅かでも癒やされたことへの嬉しさは、隠し切れるものではなく。犬耳のような彼女の癖っ毛は、喜びを表現しているかのようにふりふりと揺れていた。
「……ここまで言われては、俺も意地なんて張っていられませんね。来月には、長い休暇を頂こうと思います」
「そ、そう……良かった。でも、急に休暇を入れるとなっても予定なんてないはず。だ、だから、その、良かったら私と――」
「予定ならありますよ。次の休みには、デュークに会いに行きます。……今なら合わせる顔がなくても、会える気がしますから」
「――あぁ、うん。そう、そうだね。それが……いい」
だが、ほんのりと甘くなりかけていたムードも。力強く親友との再会を宣言するシンジによって、完膚なきまでにぶち壊されてしまうのだった。
事の成り行きを見守っていた周囲の同僚や整備士達も、クーナの撃沈に深々とため息を吐いている。本人が口にしている内容が内容だけに、クーナは何も言えずがっくりと肩を落とすのだった。
◇
その頃、パリ基地でもラヴィエルが懸命にデュークにアプローチを仕掛けていたのだが。
クーナと似たような結末を迎えたのか、とぼとぼと力無い足取りで格納庫を後にしていく姿が目撃されていた。
「あ〜ら、デューク准尉ったら乙女心が分かってないわねえ。ラヴィエルちゃんも可哀想に……。やっぱりここはアタシが一肌脱いじゃおうかしらんっ!」
「ラファエル少尉、これ以上話をややこしくしないで頂きたい……」
それを受けて、ラファエル・フロレンティーノ少尉がデュークに迫ろうとする度に。ダイト・アロン准尉がため息混じりに嗜める。
そんな光景も今となっては、このパリ基地における名物となっていた。
その名物も、シンジ・ミュラーとの出会いがなければ成し得なかった縁なのだろう。彼との巡り合わせが呼んだ奇跡は、今もなお連綿と続いているのである。
……それがデューク自身にとって喜ばしいものであるかどうかは、ひとまず別として。
読了ありがとうございました! 今回は「作中でガンキャノンに乗っていた主役」という繋がりで、デュークとシンジにスポットを当ててみました。前々からこのお話はどこかで書いておきたいなーとも思っておりましたので、作者的にもスッキリでございます(*´ω`*)
そして来月はいよいよ閃ハサ劇場公開! そして本作も連載開始から1周年! その節目にまた何か新しいお話ができたらいいなーとふわーっと考えておりますので、もしその機会がありましたら、お気軽に遊びに来て頂けると幸いであります(о´∀`о)
ではではっ!٩( 'ω' )و
Ps
鉄球ブンブンするのってかっこいいですよねー。悲鳴嶼さん然り(゚ω゚)