ジオン残党に対する一切の情けを持たず、残党狩りに執念を燃やし、文字通りの意味で数多の命を焼き払って来た「火葬」――エリムス・ナイドレイブン。
そのエリムスが、このデザートキングダムに向かおうとしているというのだ。もし彼がこの現場を取り仕切ろうものなら、間違いなく凄絶な殲滅戦へと発展することになるだろう。
もはや最小限の犠牲どころではない。今回の作戦に加わった連邦軍か、デザートキングダムの死兵達か。どちらかが1人残らず死に絶えるまで続く、泥沼の殺し合いが始まってしまう。
『……今回の作戦にエリムス大佐は加えない。その方針だったはずでは!?』
『あぁ、本来ならな。奴の暴走を危険視している上層部も、わざと奴が出払っているタイミングでこの作戦を発動させたっていうのに……!』
『そ、そんな……! あのエリムス大佐が来てしまったら、この戦場に居る兵士達はもう……!』
『上層部の予想よりも遥かに早く、エリムス大佐はご自身の任務をこなしてしまったということでしょう。……帰りついでに寄って行こうだなんて、まるでショッピング気分ですね』
険しい表情で言葉を交わすレインとショウの後ろでは、「天敵」の接近を知ったフロンレシアが青ざめた貌で小さな肩を震わせている。ブランはそんな彼女の様子を一瞥しつつ、冷たい表情で皮肉を溢していた。
エリムスがこの戦場で暴走する前に、なんとしても戦いを終わらせなくては。その焦りに駆られている彼らをさらに追い詰めるかのように、数機のドムがレイン達を見つけて群がって来る。
『くひひっ……少尉、お客さんが来ましたよぉ!』
『ちッ……! こちとら、こんな馬鹿げた戦闘に付き合ってる場合じゃないってのにッ!』
レイン機とフロンレシア機を庇うように、ドム達の前に立ちはだかったショウ機のジムドミナンスは、2本のビームサーベルを同時に構えていた。フロンレシア機に肩を貸しているブラン機の陸戦型ガンダムも、片手でビームライフルを構えている。
『ビッグトレーを守っている他の部隊も、かなり追い詰められてきている。この戦いを少しでも早く終わらせるには、奴らの首魁を抑えるしかない! それでも奴らが止まるかどうかは賭けに近いが……エリムス大佐の好きにさせようものなら、それこそ地獄だぞ!』
『そのためにも……レイン伍長。あなたには一刻も早く、「双天獅」最後の1人を捕まえてもらわねばなりません。フロンレシア少佐のことは、私達に任せてください』
『なっ!? お、お前達、何を勝手なことを言っておる! 朕は大丈夫だ、レインと共に行く!』
『……その機体でこれ以上、何が出来ると仰るのですか。ほぼ無傷でここまで到達出来ているレインでなければ、少佐の望みを叶えることは出来ないのですよ』
『少尉の言う通りです、少佐。……信じてあげましょう、レイン伍長を』
ショウとブランが言う通り、歩くことすらままならないフロンレシア機では、これ以上の作戦行動は不可能。ならば、最も傷が浅いレイン機に望みを託すしかない。
それはフロンレシア自身も、頭では理解していた。それでも心が、理解を拒んでいるのだ。1人でも多くの命を救いたい。そのエゴを始めたのは、フロンレシア個人なのだから。
『ダメだ……ダメだダメだっ、レインだけを行かせるわけにはいかんっ! 朕が始めたことなのだ、朕の手でやり抜かねばならんのだっ!』
『少佐……』
『……市井の人々もメディアも、連邦政府の高官達も……少なくとも言葉では、朕の理想を讃えてくれていた。応援してくれていた。けどっ……そんな言葉なんて届かない戦場の中でも! 朕の理想に本気で向き合って、付いて来てくれたのは……レインだけなのだっ!』
『……』
『言い出した朕が死ぬのは良い! その程度の覚悟はあるっ! でも、でもっ……朕の理想のために、レインが犠牲になるのだけは……それだけはダメなのだっ! そんなことになってしまったら……朕はもう、もう耐えられないっ!』
そこにあったのは、「地球皇帝」を自称するノートンVIII世の姿ではなかった。かけがえのない大切な人だけは死なせたくないと泣きじゃくる、フロンレシア・ノートンという1人の少女だった。
そんな彼女の涙声を耳にしたショウとブランは、やがて何も言わずレイン機へと視線を移す。2人の意図を察したレインは、真剣な声色でフロンレシアに呼び掛けていた。
『……少佐。オレは確かに、あなたに付き合う形でここまで来ました。けどそれは、逆らえなかったからではありません。オレは自分の意思でここに居るんです』
『レ、レイン……』
『戦いを終わらせたい。出来ることならもう、誰にも死んで欲しくない。この時代の前では誰も言葉には出来なかったその理想を……あなたは躊躇うことなく、訴えて見せた。行動で示そうとした。そんなあなたの理想の先を見てみたかったから……オレはここに来たんです』
『でもっ……お前はいつか、作家になるのだろう!? この戦争の悲惨さを伝える本を出すのだろう!? ならば、ならばこんなところで死んではならんだろうが! 死んだ人間に……ペンは握れんのだぞっ!』
『死にませんよ、オレは。オレ自身の夢のためにも、オレは死にません。このデザートキングダムの兵士達が、死にたいという思いで戦っているのなら……オレは、生きなきゃならないという思いで、戦い抜いて見せます』
啜り哭くフロンレシアの言葉に、優しげな口調で返しながら。レイン機はショウ機と頷き合うと、さらに先へと進むべく踵を返していく。
もはや、躊躇っている時間も立ち止まっている時間もないのだから。
『だから……少しだけ待っていてください。きっともうすぐ、全てが終わりますから』
『まっ……待て、待ってくれっ! 朕を置いて行くなっ! レィイィイーンッ!』
『ブラン、来るぞッ!』
『了解ッ……!』
やがて、スラスターを噴かしたレイン機はブルース機を捜索するべく、デザートキングダムの中央部へと飛び去ってしまい。涙ながらに手を伸ばしたフロンレシアの叫びが、虚しく響き渡るのだった。
そんな彼女を背にしたまま、ショウ機は迫り来る死兵達のドムを2本のビームサーベルで斬り捨てていく。ブラン機もフロンレシア機に肩を貸しながら、ビームライフルを連射して死兵達の機体を矢継ぎ早に撃ち抜いていた。
『レインっ……う、うぅっ……!』
『大丈夫ですよ少佐、レイン伍長なら必ず無事に帰って来ます! あぁっ、フィリップ様もどうかご無事で……!』
レインなしではもう、生きていけない。そんな愛する男を想うが故の涙に、共感するところがあったのか。ブランの方も、ビッグトレーの防衛に奔走しているフィリップ・D・ダイゴへの熱烈な恋心に身を焦がし、くびれた腰を扇情的にくねらせていた。
◇
『……ひっ!?』
『DD先輩、どうしました!?』
『い、いや……なんでもない……!』
そんな彼女の倒錯的な愛情を遠方から察したのか、当のフィリップは得体の知れない悪寒に襲われていたのだが――それはまた、別のお話である。
長きに渡る皆様の応援のおかげで、本作もとうとう100話に到達しましたー! 全2話で畳むつもりでいたこの作品が、まさかここまでの長期連載になろうとは! 本章も最後まで書き上げたいと思いますので、ラストまで応援よろしくお願いしまするー!( ゚д゚)