機動戦士ガンダム -烈火のジャブロー-   作:オリーブドラブ

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第25話 皇帝の父君 -ノートンVII世-

 激しい戦闘による爆音と轟音。

 その喧騒を背に、正面発進口からガウの艦内に突入したレイン機が目にしたのは――力尽きたかのように片膝を着いた陸戦型ガンダムと、その傍らで死に瀕している1人の男の姿だった。

 

 腹部から大量の血を噴き出しながらも、最後の力を振り絞って脱出したのだろうか。

 蒼い髑髏のような鉄仮面を被った大男は、陸戦型ガンダムの足元に背を預け、ただ静かに「最期」を待ち続けている。

 

『……っ!』

 

 あの重傷では、もう助からない。戦時中からの経験則でそこまで分かっていながらも、レインは飛び出さずにはいられなかった。

 

 彼はデザートジムのコクピットからワイヤーで降下すると、一目散に大男のそばへと駆け寄っていく。つい先ほどまでMSで殺し合っていた者達は、今初めて、生身のままで顔を突き合わせたのだった。

 

「あなたは……!? あなたがあの『双天獅』……ブルース・ゲイボルグなのですか!?」

「……ふっ、予想通りの若者だったか。だが俺を屠った猛者にしては、随分と覇気のない優男だな」

 

 掠れた声で軽口を叩くブルース・ゲイボルグの貌は、仮面で隠されていても雰囲気で分かってしまうほどにまで憔悴していた。

 それはレイン自身も何度も見てきた、傷の苦しみの果てに逝く兵士の姿だったのだ。

 

「とにかく今は手当てです! 傷を塞いだら、すぐに戦闘を止めさせてください! あなたの言葉なら、彼らの無謀な特攻だって止められるはずでしょう!?」

「止まるだろうな。だが、それは無理な相談というものだ。……分かるだろう?」

「……っ」

 

 腰部の簡易医療キットに手を伸ばすレインに対し、ブルースは諦念を込めた声色で呟く。今まさに死期を迎えている本人が言うように、彼の傷はもはや、ここが病院だったとしても助からないほどの深さなのだ。

 キットを握る手を震わせ、唇を噛み締めているレインにも、それは分かっている。

 

 独りよがりに過ぎないのは承知していた。あの反撃にも後悔はない。

 

 それでも出来ることなら。お互いに生き延びたまま、この戦いを終わらせたかった。

 フロンレシアと、自分に愛娘の夢を託したノートン家の現当主――ノートンVII世のためにも。

 

 そんなレインの胸中をその表情から察したブルースは。彼が見せた青臭いほどの「甘さ」に、教え子達の1人(ガリウス・ブリゼイド)の面影を見出していた。

 

(ガリウス……皆……)

 

 ふと、血塗れの手を見遣る。死など遥か昔から覚悟していたというのに、いざその時を迎えようとしている彼の手は、捨て去ったはずの恐怖に震えていた。

 

 ――何が死に様だ……! かけがえのない教え子達を失った悲しみに耐え切れず、自暴自棄に陥っているだけの男が! さも矜持であるかのように、己の破滅を正当化するんじゃあないッ! お前は滅びたいのではないッ! ただただ、悲しいだけなのだろうがッ!

 

 そこへ、ジェイムズ・キャラウェイの言葉が蘇ってくる。あの時は感情に任せて拒絶していたが、今なら彼の言葉が正しかったのだと分かる。

 

(ジェイムズ……!)

 

 否、正しいということは言われた瞬間に分かっていた。正しいと分かっていたから、今さら引き返すことなど出来ないのだと、拒絶したかったに過ぎないのだ。

 

(このデザートキングダムの、子供達(・・・)よ……!)

 

 自分自身ですら知らなかった己の正体に辿り着いたブルースは自嘲の笑みを溢し、仮面の下で目を細めている。脳裏を過ぎるのは、突撃命令に従い散って行った部下達の、最期の姿だった。

 

「……あぁ、情け無い話だ。今なら、ジェイムズが言っていた通りだったのだと分かる。俺は……俺はただ、ガリウス達がこうして死んでいったのだという事実を、受け止められなかっただけなのだな」

「ジェイムズ大尉は……あなたのことだって救いたいのだと、いつも仰っていました。オレも同じ気持ちなんです。例え、どれほど無理であったとしても……!」

「そうか……君も、ああいう馬鹿と同じ手合いか。だから、そんな無駄なことにも……」

 

 レインの顔を初めて目にした瞬間から、どことなく懐かしさを覚えていたのは。ガリウスだけでなく、ジェイムズにも通じるものを感じていたからなのだろう。

 己の中でそう結論付けたブルースは初めて、憎しみや怒り、悲しさといった負の感情を捨てた眼で、レインと向き合っていた。

 

「……君、名前は」

「レインです。レイン・ウォーミング伍長であります」

「そうか……レイン。君は俺のことも、俺の部下達のことも救いたいのだな」

「オレは、最初からそのつもりです」

 

 今初めて顔を突き合わせたばかりだが。彼の顔と行動を見ていれば、どんな人物なのかはすぐに分かった。こんなことにも、長年の勘というものは役立つのだなと、ブルースは独りほくそ笑む。

 

「……君は見事に俺を打ち倒した、勇敢で賢い子だ。なら、もう分かっているはずだな? その両方を叶える、唯一の方法が」

「……」

 

 己という人間の正体を知った今、ブルースにはやらなければならないことがある。

 

 自分を「父」のように慕いながらも、「十指」のような「息子達」にはなれないことに苦しみ。今となっては戦いの果てにある「死」にしか拠り所がない、デザートキングダムの兵士達。

 

 あまりに長過ぎる戦いに疲れ果て、正常な判断力も失い、生きることへの希望すら諦めてしまい。怒りと悲しみだけを原動力に、破滅へ向かわんとしている彼らもまた、ブルースにとっては間違いなく「息子達」であるはずだったのだ。

 にも拘らず、彼はそのかけがえのない家族を、自らの声で死地に誘ってしまったのである。それは今のブルース自身にとっても、決して許されない所業であった。

 

 せめて今からでも、自分のために死のうとしている「子供達」を救わねばならない。だが自分にはもう、それを実行に移せるだけの時間も力も残っていない。

 だが、彼なら。レイン・ウォーミングなら、それが出来るはず。そう確信したブルースは、初めて連邦兵の前で――鉄仮面を脱ぐ。

 

「……」

 

 やがて露わになったのは、凄惨なまでに焼け爛れた1人のジオン軍人の素顔であった。

 

 「地獄」というテーマを人間の顔面で表現したかのようなその貌は、並みの人間には直視することすら堪えられないほどの醜さとなっている。

 

 だが、レインは眉一つ動かすことなくその素顔と向き合っていた。

 例えどれほど顔が無惨に焼け爛れていようとも、彼の真摯な双眸から目を逸らすわけには行かなかったのである。

 

 そんな彼の精悍な佇まいに微笑を浮かべるブルースは、蒼い髑髏の鉄仮面をレインに手渡すと。静かに瞼を閉じ、顔を伏せていく。

 

「済まないが、これを頼む。『息子達』に会いに行こうという時くらい、ありのままの俺でいたいのだ」

「……はい。少しの間、お預かりします」

「皆に伝えてくれ。我が子(・・・)らよ、今日までよく生き延びたと。よくやったと……もう、いいのだと」

 

 それが、レインが耳にした最期の言葉であった。力尽きていくブルースの前で敬礼を送った後、鋭い顔付きで陸戦型ガンダムを仰いだレインは、素早くその場から駆け出していく。

 

 その足音を耳にしたブルースは死の間際に、安堵の笑みを溢していた。

 彼ならきっと、()生きている「子供達」を救ってくれる。この戦いを、最善の手段で終わらせてくれるのだと。

 

(……レゾルグ。ジルベルト。サナル。ニコラ。マデラス。ヴィレッツ。ヴァルタル。アドラス。ディートハルト……ガリウス。皆、随分と待たせてしまったな。今こそ、共に逝こう。かつて俺達が想い描いた、理想の未来に)

 

 やがて彼の魂もまた、ジョウのように。重力に縛られた肉体から、解放されていく。

 その瞬間に彼が視た夢は、ブルース・ゲイボルグという男の理想そのものであった――。

 




 これにて「双天獅」は全滅。しかしまだ戦いは終わっていません。レインにはまだ、ブルースの遺言を兵士達に伝えるというお仕事が残っていますからねー(´-ω-`)
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