機動戦士ガンダム -烈火のジャブロー-   作:オリーブドラブ

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-番外編からの登場人物-

-レゾルグ・バルバ-
 33歳。サイド3出身。ザビ家への忠誠を絶対とする「五指」の1位であり、その性格は傲慢にして傍若無人。上官であるベルドド・デムスからも憎悪を向けられているが、それすらも意に介さないほどの胆力と実力の持ち主。黒と金を基調とする、専用のザクIIJ型に搭乗する。階級は大尉。

-ケンジロー・カブト-
 18歳。福島出身。リュータの同期であり、士官学校を出て間もない新任少尉の1人。候補生時代は落ちこぼれであり、卒業した今も無鉄砲なところは変わらない熱血漢。オデッサの戦場においては陸戦型ジムに搭乗する。階級は少尉。



番外編 裁定の魔王 -レゾルグ・バルバ-

 オデッサの敗走から一夜が明けた、宇宙世紀0079、11月10日。ボーン・アブストが艦長を務めるガウの艦内で、ガリウス・ブリゼイドは独り病室で眠り続けていた。

 

「中尉……」

 

 全身の至る所に包帯を巻かれ、静かに眠る銀髪の上官。その傷付いた手に己の掌を乗せ、アリア・ホプキスは神妙な面持ちで呼び掛けている。

 だが、その声にガリウスが応えることはなく。満身創痍の身体を癒すため、彼の意識は深い闇に沈み続けていた。

 

 それでもいつかは目覚めてくれると信じて、敬愛する上官の寝顔を見つめ続けていた彼女の脳裏に――戦争が始まる前の記憶が過ぎる。

 

 サイド3の片隅でひっそりと営まれていた、小さく貧しい修理屋。そこで両親を手伝い、10人兄妹の長女として弟や妹達を養っていたアリアは、いつも油と煤に汚れていた。

 年頃の少女らしい、化粧やお洒落の類とは無縁の生活だった彼女には、恋を知る機会もなく。日々高まる戦争への機運に目を向ける暇すらないまま、多忙な毎日を送っていた。

 

 ただただ貧しく、生きるだけでやっと。そんな環境でありながら、アリアが己の出自を呪うことがなかったのは、両親の愛情だけが理由ではない。

 貴族に限らず、周囲の誰からも軽んじられてきたホプキス家に対しても、親身に接していた唯一無二の名家。それが、ブリゼイド家だったのである。

 

 ダイクン派貴族の中においても一際庶民的で、変わり者揃いと言われていたブリゼイド家。その次期当主である長男・ガリウスもまた、貴族らしからぬお人好しな好青年であった。

 そんな彼はアリアにとって、最も身近な「白馬の王子様」だったのである。その想いは、戦争の動乱に巻き込まれ、同じ戦場で共に戦うことになった今でも変わらない。

 

「……また、ウチに遊びに来てくださいね。弟達も、あなたに会いたいって……いつも、言ってるんですから」

 

 傷付いた頬を労わるように撫で、今にも溢れ出しそうな涙を堪えながら。アリアはガリウスの手に絡めた指先を震わせ、声を絞り出していた。

 そんな自分の背を、静かに見守っている者の存在に気づくことなく。

 

「なんだ、ディートハルトじゃねぇか。お前も見舞いか?」

「……アドラス少尉、お静かに」

 

 付きっきりでガリウスを看病しているアリアの様子を、廊下の壁越しに案じていたディートハルト・クリーガーは。通りがかったアドラス・センに厳しい眼差しを向け、沈黙を要求していた。

 そんな彼の言い草に眉を潜めたアドラスも、何事かと病室を覗き込み、全てを察すると。幾度か頷き、ディートハルトの傍らに足を運ぶ。

 

「……行っても良いんじゃねぇのか、別に」

「あれを見て、本気でそう思えるなら少尉は大物ですね」

「心外だな。本気かどうかはともかく、オレは紛れもなく大物だぜ?」

「オデッサが落ちても少尉は平常運転のようですね。安心しました」

 

 低いトーンで軽口を叩き合う2人はアリアの背を一瞥した後、その場を後にしていく。やがてアドラスはディートハルトの肩に手を回し、彼の頭をポンポンと叩いていた。

 

 ――どんな時も溌剌とした笑顔を絶やさず。パイロット達を死なせまいと毎晩遅くまで整備に執心し、疲れた顔を見せまいと気丈に振る舞う。

 ディートハルトはそんなアリアのことを、1人のパイロットとして、男として気に掛けていた。その胸中を知るが故のアドラスの不器用な気遣いに、ディートハルトは複雑な視線を向けている。

 

「……ちょうどこれから、ジェイコブ達と飲むところだったんだ。お前も来い」

「遠慮します、未成年なので」

「ノンアルもあるぞ」

「……じゃあ、ちょっとだけ。言っておきますけど、ほんのちょっとだけですからね」

「わぁーってるよ」

 

 それでも、明確に拒絶する気にもならない温もりが、確かにあった。それ故にディートハルトは仕方ないとばかりに、アドラスに促されるまま病室を立ち去っていく。

 

「……宇宙(そら)に上がらなくて、本当に良かった」

「あん? なんか言ったか」

「なんでもないです」

 

 その前に一度だけ振り返り、病室に華やかな微笑を向けていたのだが。反応したアドラスと目が合った瞬間、ディートハルトは再び仏頂面に戻ってしまうのだった――。

 

 ◇

 

「そういえばアドラス少尉はこの後、宇宙に上がられるのでしたね」

「おう、ドズル閣下の御命令でな。それがどうした」

「……気をつけてください。次のHLVの打ち上げには……レゾルグ・バルバ大尉も同行されるそうですから」

「ハッ……なるほど。あの『魔王』も来るってか」

「実力だけは折り紙付きですが、ろくな噂を聞かない御仁ですからね。敵からも味方からも畏怖されるが故に、『魔王』の異名が常に付き纏う曰く付きの武人……らしいので」

「構わねぇさ。……曰く付きは、お互い様だ」

 

 ◇

 

 ――その頃。オデッサを制圧した連邦軍のとある部隊は、逃げ遅れたジオン軍残党を掃討するべく、陸戦型ジムの小隊を差し向けていたのだが。

 

『な、なんなんだ奴はッ……! 撤退し損ねた残党なんて、雑魚しかいないんじゃなかったのかッ!?』

『ちくしょう、たった1機のザクに……ぎゃあぁあぁあッ!?』

 

 残党部隊の殿を務めていた、黒と金を基調とするザクIIJ型。その1機によって、壊滅に追い込まれていたのだ。

 鋭利に研ぎ澄まされ、練り上げられた切っ先の如き殺意。その気迫を宿したヒートホークが唸り、ザクマシンガンが火を噴くだけで、慢心していた連邦軍は己の愚かさを突き付けられてしまったのである。

 

「――我が裁定を以て、貴様らに死罰を下す」

 

 重くのし掛かるような声色で、そう宣言した屈強な武人は。コクピットの視界に映る陸戦型ジムを次々と蹂躙し、その成れの果てを踏み付け、墓標としていく。

 

 逆らうことなど許されない、魔王の裁き。そうとしか形容できないほどに、この戦闘はあまりにも一方的な内容となっていた。

 

「逃げ遅れた挙句、この我輩の手を煩わせるとは惰弱な奴らよ。……生きて会った暁には、一から鍛え直してやらねばな」

 

 彼にとっては、撃退の成功など予定調和でしかない。陸戦型ジムの残骸など全く眼中に入れず、ザクのパイロットはむしろ、自分に殿を任せた同胞達に苛立っているようだった。

 あまりに傲慢。あまりに傍若無人。しかしそれがまかり通るだけの力を、この男は――「魔王」の異名を取るレゾルグ・バルバ大尉は、有していたのである。

 

 黒と金に塗装された彼の専用機は、宇宙より来たる魔王として。地球の産物である連邦製MSを、ゴミ同然に踏み付けていた。「十指」、そして「五指」の頂点に君臨する1位(・・)の真価を証明するかの如く。

 

『レゾルグゥ……貴様ァ、なぜ死なんのだッ! あれほどの敵MS部隊に包囲されていながら、なぜ死なんのだァッ!』

「全てはキシリア様の御命令ですからなぁ。仕方がない、仕方がない……そうでしょう? ベルドド少佐」

『ぬぅうぅうッ……!』

 

 そんな彼の耳に入ってきた上官からの通信は、戦績を称えるものではなく、まるで死を願うかのような罵声であった。だがレゾルグ自身も、たじろぐことなく挑発的な笑みを返している。

 ――ベルドド・デムスにとって、レゾルグという男はなんとしても排除しなければならない存在だったのだ。その理由を知るレゾルグは、モニターに映る彼に冷ややかな視線を向けている。

 

「……あなたが愛人にしたがっていたという、ガリウス・ブリゼイドの妹は。学徒動員兵として、このレゾルグ・バルバの管理下に入ると決まったのですから」

『レゾルグゥウッ……! 貴様、いつか必ず殺してやる! ジャブローを落とし、地上の勢力圏を取り戻した暁には……必ず殺してやるからなァッ!』

「やれるものなら、どうぞご自由に。……ザビ家の決定に背く覚悟が、あなたにおありならば」

『貴様ッ――!』

 

 ザビ家の命令という錦の御旗を持つレゾルグに、血走った眼で忌々しげに睨み付けるベルドド。そんな彼との通信を一方的に切りながら――レゾルグは、間もなく徴兵される学徒動員兵のリストから、その名(・・・)を見付けていた。

 

「ダイクン派のブリゼイド家でも、少しは役に立つかどうか。この我輩が直々に裁定してくれようぞ……クーディア・ブリゼイド」

 

 戦争などとは無縁の世界で生きてきた、深窓の令嬢。そんな少女に待ち受けている運命を、嘲笑うかのように――。

 

 ◇

 

 ――だが。彼は、知らなかった。

 

 鉄塊と化した陸戦型ジムの山の中に、ただ1人生き延びた者がいたことを。乗機を完全に破壊されながらも、その心と眼に不屈の闘志を宿した者が、燻っていたことを。

 

「この、ままじゃッ……終わらない! 俺が……終わらせるかァッ……!」

 

 黒髪から伝う血に濡れながらも。ひしゃげたコクピットの中で、唸るように声を絞り出している、その者は――隙間から見えるレゾルグ機を、文字通りの血眼で見据えていた。

 

 男の名は、ケンジロー・カブト。

 リュータ・バーニングと同じく、士官学校を卒業したばかりの新任少尉であり。やがてブリゼイド兄妹の運命を揺るがすことになる、「勇者(イレギュラー)」であった――。

 




 今回は、第2部から第3部へと繋がっていく「前日談」としてのお話になります(о´∀`о)
 このお話に登場したキャラのチョイスにつきましては、完全に作者の趣味にのみ極振りしております。男同士の不器用な友情とか、悪VS悪の構図とか大好物なのですよ。ちなみに「裁定」は「最低」とかけた小ネタでもありますね。レゾルグって、本当に最低の屑だわ!( ゚д゚)
 来週は第3部のキャラで何か一つ小話を書けたらなーって思います。ではではっ!٩( 'ω' )و



Ps
 最近、旧キットのザクでレゾルグ専用機を捏造したから。このお話を書き上げた背景には、そんなしょーもない経緯があったりなかったり(´Д` )

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