ジーンの不意打ちを受けたマッチ機のガンキャノンは、引火した燃料による猛炎に飲み込まれている。堅牢な装甲がみるみる溶け落ちていくその光景が、火炎の威力を物語っていた。
『うぐおぉおぉおッ! ま、さか……あんな羽虫にこの俺のガンキャノンがッ……!』
『へっ、ざまァねェな。それだけの火炎放射が撃てる燃料があるってことは、てめぇら自身にも相応のリスクがあるんだろう? 楽に勝てる相手だと思って、舐め腐りやがった代償は……高くつくぜェ?』
無反動砲による砲撃そのものは、大した威力ではない。が、その攻撃がランドセルから左手に伸びていたコードに命中したことで、そこから補給していた燃料に引火してしまったのである。
これまで、このガダルカナル島を焼き尽くして来た狂気の炎が。その根源たる男に、牙を剥いたのだ。
『パッキー……! まさか、ワッパで奴の背後を取るとは……!』
『凄いッ……! ランドセルから出た火が、奴自身を焼き尽くしているッ!』
火だるまになったガンキャノンは片膝を着いており、今にも力尽きそうになっている。その光景にウルガ達も希望を見出していたのだが――マッチは灼熱の炎に炙られながらも、憤怒の形相でジーンの方へと振り返っていた。
『ぬぐぁあッ……! はたき落としてやるッ! このゴミムシがァーッ!』
『げッ……!? こ、こいつまだッ……!?』
『……! いかん、逃げろパッキーッ!』
『パッキーさんッ!』
これほどまで追い詰められてもなお、マッチのガンキャノンは継戦能力を維持していたのである。振り向き様に左手の火炎放射器をワッパに向けたマッチ機は、消し炭すら残さないと言わんばかりの殺意を纏っていた。
当然、ワッパの機動力では本気で殺しに来るガンキャノンから逃げ切れるはずもない。形勢逆転を確信していたジーンは、頬を引き攣らせて離脱しようとするのだが――間に合うはずもなかった。
彼が助かる道は、もうない。このまま、骨すら残らず消し飛ばされるしかない。
――そんな未来を変えたのは、ガンキャノンの足元に炸裂した「新手」の砲撃であった。大きく体勢を揺るがされたマッチ機は、思わず照準をワッパから外してしまう。
『ぐぉあッ……!? 新手だとッ!?』
『……どんな相手だろうと躊躇せず潰しに掛かる。こういう手合いは実に好みだよ、私も同じ類だからなッ!』
『メルダース少佐……!』
その砲撃を撃ち込んで来たのは――この戦域の近くで
ダリウス・フォン・メルダース少佐の愛機こと、MS-09G「ドワッジ」。ライトグレーに塗装されている、その新型機が放ったシュツルムファウストの一撃が、マッチ機の足元を吹き飛ばしていたのである。
さらにその後方からは、2機のドムタイプが追随していた。炎の海の中を疾走する重MSは、我々こそが真打だと言わんばかりの存在感を放っている。
『おいおい、随分と不格好なファイアーダンスじゃねえか? ふっ、火吹き芸人のほうがまだマシだ。そんなんじゃあ、ローストポークの一つも作れねえぞ』
『ギレン閣下のためにも……スペースノイドの独立を懸けた聖戦を穢す輩は、決して許さん。このロギー・グラーツがなッ!』
YMS-09D「ドムトロピカルテストタイプ」。真紅のカラーリングに加え、右肩にコミカルなブタのパーソナルマークを刻んでいるその機体は――フィルト・ファッツィ大尉の愛機であった。
ロギー・グラーツ中尉が駆るMS-09「ドム」も、フィルト機と共に燃え盛る密林の中を駆け抜けている。そんな頼もしい「増援」を目の当たりにしたジーンは、陽気に口笛を吹いていた。
『ヒューッ、ドムタイプの大将達が来てくれたぜッ! あとは任せちまっても良いッスよねェッ!?』
『無論だパチョレック、後は我々に任せておけッ! ……フィトル、ロギー! 今こそ戦術研究の成果を発揮する時だ、
『ふふっ……
『了解しました……! 目にモノを見せてやりましょう、ジオンの誇りに賭けてッ!』
一目散に退避していくワッパの機影を見送り――メルダースが声を上げた瞬間。フィルトとロギーは不敵に頬を吊り上げ、愛機をメルダース機の「真後ろ」へと移動させていく。
ライトグレーのドワッジの影に隠れた2機のドムタイプが、マッチ機の視界から消えたのはその直後だった。その光景に既視感を覚えたマッチは、驚愕の表情を浮かべて身構える。
『……!? 3機のドムが一列に……まさかッ!?』
『行くぞ皆ッ! あのMSに「ジェットストリームアタック」を掛けるッ!』
伝説のエースパイロット集団「黒い三連星」が編み出した、3機同時の連続攻撃。その戦術を研究してきたメルダース隊の挙動は、対峙しているマッチが「本家」を想起させるほどにまで、精巧に統率されていた。
真っ向からMMP-78マシンガンを連射し、胸部の拡散ビーム砲を放つメルダース機の初撃は、機動力が落ちていたマッチ機の両脚に直撃してしまう。
『三位一体の同時攻撃ッ……! 確かに脅威だが……その技を研究してるのは、てめぇらだけじゃあないんだぜッ!』
だが、このまま一方的にやられるマッチ・シュッポーではない。かつて、ルウム戦役で「ジェットストリームアタック」を目撃したことがある彼は、その経験を活かした「反撃」に移ろうとしていた。
肩部のキャノン砲、右手のビームライフル、そして左手の火炎放射器。この三つの砲火をそれぞれ別の方向に向け、同時に撃ち放ったのである。彼は、後続の2機がどの位置に飛び出して来るのかをすでに予測していたのだ。
その見越し射撃は、見事にフィルト機とロギー機を捉えていたのである。
キャノン砲を受けてしまったメルダース機の影から飛び出した2機は、ジャイアントバズを撃ち込むことは出来たが――刺し違えるかのように、ビームライフルと火炎放射器による「迎撃」を浴びせられたのだ。
『ぐぁあッ! 俺達の同時攻撃に……たった1機で対抗して来るとはッ……!』
『うぐぅッ……!』
『おぉお……ぉおおッ!』
まさに、一瞬。その一瞬の中でメルダース隊は、マッチ機の弾幕によって撃ち落とされていた。パイロットこそ無事だが、木々を薙ぎ倒しながら転倒していく3機のドムタイプは、たちどころに戦闘不能に陥ってしまう。
だが、彼らのジェットストリームアタックは完全に破られたわけではない。迎撃こそ成功したものの、マッチ機は彼らが放った全ての攻撃を浴びてしまったのだ。黒の白銀のガンキャノンはもはや、大破寸前となっている。
加えて、ジーン機の不意打ちによって発生した「火事」は、今もなおガンキャノンの装甲を溶かし続けているのである。このままでは、コアファイターでの脱出も困難となる危険な状況なのだ。
『ぬぐぅうッ……! まさか、こいつら如きにここまで手こずることになるとは思わなかったぜ……! さっさと機体から脱出しねぇとッ――!?』
どれほど乗機が傷付こうとも、コアファイターで離脱してしまえば自分だけは炎の海から助かる。その慢心故の余裕が崩れかけていたマッチは、即座にコアブロックシステムでの脱出を図ろうとしていた。
だが、コクピット内に走る強烈な衝撃が、それを許さなかったのである。
すでに大破しているメルダース隊の機体ではない。死に瀕していたウルガ隊の機体が、最後の力を振り絞っての攻撃を仕掛けていたのだ。
『……残念ですが、そこまでです。私達は決して、あなたを許さない。アースノイドとしても、ジオン軍人としても……あなたの所業を見過ごすわけにはいきません』
『謝ったって、もう遅いんだからっ……!』
大破したホウカ機の脚部にある、ミサイルポッド。そこに残されていた最後の1発が、マッチ機の頭部を吹き飛ばしていた。
さらに――身動きが取れないグフ複合試験型の胸部から脱出した、小型戦闘機「リトルドップ」。その小さなボディに搭載されている2発のミサイルも、マッチ機の胴体に炸裂していたのである。
万全の状態のマッチ機なら、大したダメージにはならなかった攻撃だが。装甲のほとんどを失い、コアブロックそのものが露出し始めていた今のガンキャノンにとっては、致命傷にもなり得る一撃であった。
その往生際の悪さに、最高潮の怒りを露わにするマッチ機は、今度こそ彼女達にとどめを刺そうとビームライフルの銃口を向ける。だが、その引き金が引かれることはなかった。
『こ、このメスガキ共がッ……ハッ!?』
『そいつらの言う通り……おっさん達としては、お前を逃すわけにはいかないのよ。お前らに焼き尽くされた、仲間達のためにもね』
ドムキャノンの右肩に搭載された、ロングキャノン。
鉄屑となりかけているウルガ機に残された、その最後の武器から放たれた一撃が――マッチ機のビームライフルよりも疾く。コアブロック付近の胸部へと、叩き込まれたのである。
『ち……畜生ッ! 俺は……俺は芸術家だぞ! 芸術という名の炎を、燃やす側なんだぞッ! なのに……なのに俺が燃やされてるなんて、そんな馬鹿なことがあるかよォオォォオッ!』
『……思い知れ。お前が最後の「音源」だ』
その被弾によって内部の機構が歪んだことで、マッチ機のコアブロックは脱出不能に陥ってしまった。だからと言って生身のまま外に出ても、炎の海から逃げることなど不可能。
そんな絶望的な状況に立たされてしまったマッチに対し、ウルガは冷たく「最期」の到来を告げる。お前自身の断末魔が、最後の「音源」になるのだと。
『俺のッ……俺の作曲がッ! てめぇら如きにィイーッ!』
当然彼は、それを粛々と受け入れるような人間ではない。己自身の手によって生み出された業火に焼き尽くされていく、ガンキャノンの中で。
マッチ・シュッポーは最期の瞬間まで、恨み言ばかりを吐き散らしていたのだった。黒の白銀のガンキャノンと共に、消し炭になるまで。
『その「音声」……しっかり地獄に持って行け』
「決着」の瞬間を見届けたウルガは脱力したようにシートに背を預け、深々とため息をつく。他の増援がこの場に駆けつけて来たのは、それから間も無くのことであった。
『皆さん、大丈夫ですか!? マーリィア・マリアドネス2等衛生兵、ただいま到着しました!』
マーリィア・マリアドネス2等衛生兵が搭乗する、MS-06V「ザクタンク」。衛生兵仕様として救命用コンテナ等を搭載しているその機体には、ジオン十字勲章を想起させる赤十字のエンブレムが刻まれていた。
戦闘後の応急処置等に秀でた彼女なら、部下達やメルダース隊を助けてくれるだろう。そう安堵したウルガは、ようやく少しは「兆し」が見えて来たと笑みを溢している。
『あぁ……悪いな、マリア。さすがの俺達も、これ以上戦える状態じゃあない。負傷者達の手当を頼めるか?』
『はいっ!』
そんな彼に希望を託されたマーリィアは、その期待に応えたいと想う一心で、快活に声を張り上げる。彼女のザクタンクはウルガが見送る中、倒れているメルダース隊の方へと動き出していた。
『やっと、「頭」の一つを仕留めましたね……隊長』
『ああ。……だが、これで終わりじゃあない。1番厄介な奴が、まだ残っているようだからな』
隊長と共にその様子を見届けているホウカも、ようやく勝機が見えてきたと頬を緩めている。だがその時には、すでにウルガの表情は険しいものとなっていた。
「炎葬隊」を束ねる巨頭の一つは倒れた。だが、まだ終わりではない。最後の巨頭を倒さない限り、この戦いに終止符を打つことは出来ないのだ。
『あいつらならやってくれると、信じるしかねぇ。……頼んだぜ』
恐らく、その最後の巨頭と対峙しているのは――島の南部から急行している部隊なのだろう。バウムアイン隊、そしてこの戦いの犠牲となった全ての同胞達に報いることが出来るか否かは、彼らに懸かっている。
その思いを馳せるウルガの眼は、決戦の地となるのであろう、島の南東部へと向けられていた――。
マッチ戦もこれにてようやく決着! 次回からはいよいよ、本章のラスボスを務めるエリムスとの戦いへと移っていきます。お楽しみに!٩( 'ω' )و