また新しい一日が始まった。緑の落ち切った木々の枝や電信柱に止まる小鳥の囀(さえず)り、それから、自宅のドアを開けて歩道に出る人々の生活音がそれを伝えた。その音は寒空を切った。
輝日東高校の生徒たちは各々の通学路を通って、校門の数十メートル前から始まる長い一本の上り坂に集まり、群れを成していた。その坂は緩やかな螺旋(らせん)を描きながら標高の高いところにある校門へと続いていた。右手にはコンクリートで舗装された白い壁。左手には連なる山々の奥深い緑。その濃く繁茂した緑の周辺には、民家の密集がたくさんに伺われる。生徒たちはつい先ほど出てきた家との距離がどんどん離れていくのを左側に見ながら登校することになる。
次第に冬の季節へと入りつつある時期とはいえ、この海に面した地域では乾燥らしい乾燥というものはなく、寒さも極寒というほどのものでもないので、生徒たちの頬を撫でつける風は滑らかだった。しかし、この地で生まれ、この地の気候しか知らない少年少女たちからすれば、冬という季節はもちろん避けられるならば避けたい、一年を通して最も寒い季節というものでしかなかった。
生徒たちが毎朝通る、この校門へ繋がる長い坂には、車通りはほとんどないと言ってよかった。朝の早い時間帯だからというわけでもなく、もともとこの周辺は車の通りが少ないのだ。だからこの道は、登校時には彼らが無事に学校まで行きつけるように敷かれた目の眩むような長さのレッドカーペットのようなものだった。
綺麗に手入れされ、光沢すら朝空に反射する艶やかな黒髪を垂らしながら登校する二年A組の学級委員長の朝は早く、彼女の他には数人がまばらに歩いているだけだった。
朝から部活で練習をするという日は、水泳部である彼女のように朝早くに家を出、一人で校門をくぐらなければならない。
一方、早くに登校しなくていい一般的な生徒は自分の好きな時間に出れるので、例えば彼女のように転入して間もない生徒であっても、途中で最近できた友達と鉢合わせすることができれば、安心して自分の下駄箱までたどり着くことができる。
さぁ、大体これくらいの時間帯になれば最も多くの生徒が下から坂を登ってくる。
時間にルーズな生徒でも、もし仮に、くせっ毛などがある生徒ならばそれを撫でつけて大きなあくびをしながら、長い生徒の列の後ろの方から悠長に歩いて来るだろう。
もしそれ以上にルーズな生徒がいるならば、もはやその時には周りに生徒は歩いておらず、その女子生徒はおそらくマイペースでおっとりした雰囲気で、そんなに焦っている風でもなく、何なら自作の歌でも歌いながら歩いて来ることだろう。
三階の教室では、朝の静かな喧騒の中で、一人の美少女が朝日に照り返す川の水のような髪の毛を指先で後ろに流し、前の席の友人と談笑しながら授業の開始を待っていた。
チャイムが鳴った。
こうして輝日東高校の朝は始まった。
1時間目の授業が終わり、せき止められた空気が解放されるように生徒たちは各々自由に喋り出した。
ただ、黒板側から見て教室の後方の、窓側の席に座っている一人の男子生徒は違った。明らかに常ではない陰気なオーラを放って、机にうつ伏せになって顔を両腕で囲んでいる。それゆえ大抵の人はその雰囲気を感じ取ってもそっとして置いた。しかし、彼の親友としてはそういうわけにはいかなかった。
「おいおいどうした大将。朝から机に突っ伏しちまって」
彼と小学校から友達の梅原はそんな状態でもお構いなしに、気兼ねなく話し掛けた。
「……ほっといてくれ」
「なんだ恋(こい)煩(わずら)いでも起こしたか? そんなら親友の俺が相談に乗ってやるぜ……もし本当に恋をしてるのならの話だが」
「……」
「体調悪いのか? だったら保健室行ってきたらどうだ。先生には俺から言っておくから」
「じゃあそうさせてもらうわ」
そう呟きながらのろりと上げた彼の顔を見て、梅原は驚きの声を上げた。
「おい、大丈夫かよ。ひっでぇ顔してるぜ。なんだ本当に恋煩いか?」
彼はそれには答えず、ゆっくりと立ち上がった。そしてゾンビのように覇気もなく保健室へ向かった。途中、彼の顔をまともに見た生徒や先生は目の下のクマの濃さと、人生から希望をすべて捨てたかのような粘土色の顔色を見て驚いたことだろう。