小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~   作:橘美夜

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プール

 はるかの今日の気晴らし場所は、プールだった。受験で根詰めた時は、放課後に彼女なりのストレス解消をするのが日課だ。この前は過去に所属していた部活の部員に会いに行き、昨日は商店街に寄り道して食べ物を買い食いしたりや洋服などを見てまわっていた。持ち前の旺盛な好奇心によって日々の行動が一々バラエティに富んでいる。

 今日は水泳部が休みなのを狙ってプールに来たのだが、すでに水泳部である響の後輩の七咲が自主練として使っていた。はるかは彼女に「邪魔しないから」と言って隣で泳ぎ始めた。

 この輝日東高校の持ち味である室内プールが普段使われている時はたくさんの生徒の話声や、水が弾き飛ぶ音などで賑わっているが、今日は二人が作り出す音のみが屋根や壁に反響して、その音が誇張したように耳に返ってくる。そのせいでいつもより広く感じられる。

 七咲が一通り泳ぎ切ってプールサイドで息を弾ませながら一休みしていると、はるかが勢いよく水中から七咲の脚に飛びついた。「わ!」と驚いて下を見るとはるかがいたずらっぽい笑顔で彼女の脚を両手で掴んでいた。七咲はそのドッキリに全く驚かなかったわけではないが、その時、実際に驚いたのはそのことよりも脚から伝わってくるはるかの胸の豊かさだった。同性でありながら彼女はあと少しで顔が赤くなりそうだった。脚が深くそこに沈み込んでいくような感触に。

 そして「よいしょっ」といいながら両手の力を使ってプールから上がろうとするそのシーンに彼女はまた釘付けになった。はるかの身体から無数の雨の連なりを滴らせながら自分の隣に座るときに目に入った、胴や腹、太腿に彼女はもはや感動していた。その胸から膝にかけての綺麗な曲線美、締まるところは締まりたゆむところはたゆんでいる完璧なリズム。それらは全て濡れている。だから一瞬、窓から刺し入る黄昏の光によって、彼女の目を眩しく照り返した。

 七咲はそれを見た後、なぜ目の前の先輩がこの学校で男子たちに一番と言われるほど人気があるのかが、分かったような気がした。

 はるかからのいくつかの質問に答えた後、会話に隙間ができた。七咲はそこではるかにこう聞いた。

「あの……先輩って、好きな人とかいるんですか?」

「え!?」

 はるかは驚いた目で七咲を見返した。はにかみを滲ませながら。

「逢(あい)ちゃんってば、どうしたの、いきなり?」

 彼女の動揺は明らかだった。

 瞬きの数は多くなり、濡れた髪を耳にかけながら瞳はプールの水面に向けられていた。

「森島先輩でも、そういう人がいるのかなと、思いまして」

 七咲の呟くような声は室内プール中に響くやいなや、静かに塩素の匂いが漂う瑞々しい空間に消えていった。

「う~ん。どうなんだろ。……でも、いるかと言われたらいるような気がするし……」

 そして彼女は独り言のように付け加えた。

「まだ分からないや」

 七咲としてはこれで十分だった。この間の昼休みに、はるかと純一が普通の男女の仲を超えた距離感で話している光景を見て以来、二人の関係が気になっていた。だから、これだけ見ればあいまいに見えるはるかの反応でさえも、七咲にとっては一目瞭然も同じだった。

「さ、もうひと泳ぎしよーっと」

 と、はるかはおもむろに膝立ちで立ち、軽く腕を伸ばしてストレッチした。

 無意識に七咲はその動きを目で追っていた。流れるように上から下へと。視線の終着点では、なだらかな尻に密着した水着が、両手の指先でそっと直されているところだった。

 七咲はさっと目を逸らした。

 彼女がその艶めかしい光景に心を波立たせず見つめるには、まだ幼かった。つまり、そむける直前に見た、大人をより近くに感じさせる ―― 同じ学年の女子からはまず感じられたことのない ―― 濃い色気は、七咲にとっては直視しがたいものだった。それは彼女の内に隠れている、はるかのような「一歩先を行っている」女性への憧れからきているのかもしれない。

 その時、二人の背後から声があった。ぎこちない男子の声だった。

「あ、森島先輩!」

 はるかはその声に、水着を直している手をそのままにして振り向いた。

「橘君! ……もう、わざわざ私たちの水着を見に来たの? エッチなんだから」

 純一は自分が今置かれている、この思わぬ幸運の状況に狼狽(うろた)えながら答えた。

「ち、違います! 先輩と一緒に帰りたいなと思って来ただけです」

 彼はそう言いながらもあながち先輩の指摘は間違っていないと思った。

 先輩の教室に行った時、塚原先輩からプールに泳ぎに行っているということを聞いてから、ここに来るまで頭の中は「もしかしたら初めて森島先輩の水着姿が見れるのではないか」という、このことのみで埋め尽くされていたからだ。

 しかし、純一は自分が出来得る限りの平静さを保ちながら普通の会話を続けようとした――。

 

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