純一は目の前の、水着を着たことによって普段は見えるはずのない部分の肌がありありと見え、なおかつその水着と肌のどちらもがプールの水で濡れている、「エロさ」というよりも「清さ」を感じさせる二人の前に立ちながら話していた。
その時の彼の正直な感想はこうだった。
これはすごいぞ。
お宝本なんかと比べ物にならない。
森島先輩がスタイルがいいっていうのは前からよくよく知っていたことだけど、こうやって見るとお腹周りやお尻のラインの綺麗さがはっきり分かる。
……七咲も水着じゃないか。
さすが水泳部なだけあって身体がしっかりと絞られているし、競泳水着はスクール水着とはまた別の良さがあるな。
でも、やっぱり森島先輩と比べると身体の起伏が浅いし、おっぱいも小ぶりだな……。
彼がそんなことを一瞬の内に考え巡らせていると、七咲が「私、もうそろそろ帰りますね」と言って、会話の途中で去って行った。
そして、はるかと純一だけになった。
純一は、この室内プールに来る途中ずっと考えていた「予定」を今ここで変更せざるを得ないことを、目の前の水着姿の先輩を見て察した。元々、もし森島先輩と普通に一緒に下校できたら、その道中に言おうと思っていたことだった。
「あ、あの!」
「ん?」
「……もう一度眉毛に、キスして欲しいんです」
「ええっ? も、もう一度?」
はるかの驚いた顔を見て、純一自身もその驚きに納得するような気分だった。彼も元はと言えばプールで、しかもこんなスク水姿の森島先輩に頼むつもりではなかったのだから。
「う~ん」
と、はるかは指先を顎に置きながら考え始めた。
そしてしばらくして、
「今の橘君の眉毛は、可愛らしくないからダメ」
と照れているせいで、いつもより小さめの声で言った。
「ええ! そんなぁ」
「……あ、そうだ。今回は、君からキスして?」
「え? ぼ、僕からですか?」
「ほら、順番順番! 前回は私からしたでしょ? だから今回は君から」
ぎ、逆にいいのか?
まさか先輩の方からキスを求められるなんて!
純一は最初から受け身の気持ちでいたが、がぜん先輩にキスしたいという情熱が漲(みなぎ)って来て、彼女の唇のみに焦点を当てた。
するとはるかは、
「あ、唇はダメ!」
と急いで付け加えるように言った。
「ええっ! そ、そんなぁ……」
「そ、そんな子犬ちゃんみたいな目で見てもダメです。唇以外ね」
く、唇以外……? ほっぺ、それともおでこ? いやこれじゃありきたりだな。手の甲? それじゃ「キスした感」があまりなさそうだ。
「それとも、やめる?」
「やめません!」
「ふふふ。分かってる、冗談よ。それで、どこにするの?」
純一の頭の中は、この一瞬だけ異常に高速回転していた。「森島先輩のどこにキスすればいいのか」というたったその一つのために、授業中やテスト中では使わないような目覚ましい脳の使い方をしていた。
はるかはさらにこう付け加えた。
「ありきたりだと……、気が変わっちゃうかもね?」
ありきたりじゃダメなら、何なんだ? 誰も真似しないようなヘンタイ的なキスの方がいいのか!? 先輩はそれを望んでいるのか? いや、待てよ。もし先輩がそれを気持ち悪がってしまったら終わりだぞ。 どうするんだ、純一!
ふと、彼はさっき先輩が彼の目を見て「子犬ちゃんみたいな目」と例えたのを思い出した。
子犬。ふむ。
小さな丸っこい犬が舌を出している映像を、純一は思い浮かべた。
森島先輩は普段から犬が好きでよく会話の中にも出てくる。しかもさっきの時みたいに僕を犬に例えることがたまにある……。これだ!!
「ひ、膝裏」
「え?」
「膝の裏でお願いします!!」
彼は風が巻き起こりそうなほどもの凄い勢いではるかにお辞儀をしながらそう言った。言ったというよりほとんど叫んでいた。
「ええっ!? 膝の裏……かぁ……」
「で、でもどうして膝の裏なの?」
理由をたずねられて彼は切羽詰まりながらも、さっきの子犬のイメージと繋ぎ合わせて苦し紛れにこう言った。
「ほ、ほら! 犬がじゃれてよく舐めたりするじゃないですか。だから、犬の立場になれば、どうして犬が飼い主の膝の裏を舐めるのか、分かるかもしれないと思いまして」
我ながら土壇場でうまいことでたらめな理由が出たと思って安心していたが、先輩は「なるほど~。確かに」と意外にもすんなり同意してくれた後に、ほとんど立て続けに「うん、いいよ」と言ってくれたので、安心は純粋な喜びに変わった。