七咲は、純一とはるかが帰ろうとしてこちらへ振り向きかけたのを見て駆け出した。出来る限り音がしないように。
体中が熱い。膝が自分のものではないように震えている。身体のそこかしこがぐっしょりと濡れていて、衣類に伝わっているのが分かる。プール上がりに拭き忘れたわけはないはずだ。
校門を出るまでは走り続けようと思った。
今、七咲が走り抜けた校門のあたりには木々が鬱蒼と茂っており、それらは、夜に傾きかけている濃い夕日を遮っている。そしてそこは歩道に出るまでしばらく下り坂だったので七咲はなおも走り続けた。
さすがの彼女もほとんど全力で長い距離を走り続けたので胸は激しく上下していた。あるいは、呼吸が荒いのはたった今垣間見たもののせいかもしれない。
日々鍛え上げられているはずのこの健康的な肉体は、もはや彼女には手に負えない状態となっていた。心が無事に制御できる範疇を超えていて、要するに彼女はおかしくなってしまいそうだった。
――最初から先輩たちのやり取りを覗き見る気はなかった。
更衣室に入って水着を脱ぎ、プールで濡れた体をタオルで十分に拭き、制服を着て帰ろうとしたとき、森島先輩の声が聞こえた。明らかにいつもとは違う声だった。だから、ごく自然な流れとして、二人が何をしているのかが気になっただけだった。
見る直前と、見た直後、最初は「それ」をしているのかと思った。人気(ひとけ)のないところで仲の良い男女が、ああいう声を出しているわけだから、「それ」をしているとしか思えなかった。でも、まさか二人がそんなに近い関係だとは思っていなかったし、森島先輩本人からまだそこまでではないと聞いていたから、それはないだろうと思った。よく目を凝らして見ると、完全に分かったわけではないが「それ」をしているわけではないというのは分かった。橘先輩が森島先輩に対して何をしているのか、森島先輩が何に対して声を上げていたのかが分かった時、いたたまれなくなった。でも、最後まで見ていたかった。
七咲のような、男子と手を握ったことがなく、キスをしたこともない、彼氏もいたことがなく、いわゆる下ネタ的な話のノリも出来る限り避けるように過ごしてきた大人しい少女にとって、これまで養われてきた常識が突如浴びた高波によってほとんど破壊されてしまったような衝撃だった。その結果として、彼女はびしょ濡れになっていた。
そういった男女の間で交わされる愛の行為は、ドラマや小説、または友人たちのおしゃべりの中だけで息づくものだと、これまで彼女は思っていた節があり、少なくとも自分の生きる世界とは遠いところにあるのだから関係ないだろうと思っていたので、先程目にした数分間の映像はその実在をありありと彼女に教え込んだと言えるだろう。その証拠に、ある強烈な印象を彼女の奥深くに残した。そのせいで身体のうずきが耐えられないほどになっていた。彼女にとって、これは全く初めての感覚だった。帰り道に誰かの視線があることが鬱陶しく感じ、早く家に帰って自分の部屋に閉じこもり一人にならねばとさえ思っていた。
「もし自分も、橘先輩に膝の裏にキスをされたら、どんな感じがするんだろう」