「あれ、絢辻さん、まだ残ってたんだ」
職員室から教室に戻った折に、琥珀(こはく)色の夕焼けを黒い制服に受けてぽつんと取り残されているといった印象の同じクラスメイトの絢辻司さんに話し掛けた。こう見ると絢辻さんってひとりぼっちっていう感じがするなぁ。
「うん、創設祭の実行委員になったからやることがいろいろあって」
「あ、そうだったね。」
絢辻さんはこの輝(き)日東(びと)高校の、年に一回開催されるクリスマスイベント「創設祭」の実行委員に自ら立候補したのだ。すでに学級委員長でそれなりに忙しいだろうに。
「でも、すごいよね、誰もやりたがらなかったのに進んで引き受けるなんて」
「誰もやりたがらないからこそじゃない。この学校の一大イベントなんだから必ず誰かが引っ張って成功させなきゃ。これからみんなには作業とかいろいろお手伝いしてもらうことになると思うけど」
「うん、どうせなら思い切り楽しいクリスマスにしなきゃね。」
と微笑して自分の席に戻ろうとする振り向きざまに付け加えた。
「あ、何か手伝えることがあったら言ってよ、どうせ帰宅部で暇だから」
という僕の言葉に対して絢辻さんは「ありがとう。助かるわ」と言いながら驚きと困惑を織り交ぜたものを一瞬顔によぎらせた後「でも、今のところは特に手伝ってもらうものもないから、大丈夫よ」と続けた。
あれ、僕、変なこと言ったかな。
何だか違和感が残ったが、バッグを取って絢辻さんと挨拶を交わして足早に教室を出た。
今日の放課後はいつもと違う。いつもの僕とは違う。だって、あの「ガソガル」の最新ゲームソフトを手に入れたのだから! 家に帰れば胸アツの宇宙ロマンが僕を待っているんだ! 今の僕は誰にも止められない!
うおおぉぉぉ!!
靴につま先を差し入れ踵(かかと)を踏み鳴らし、勢いよく校舎を出ようとしたときだった。
「あ、純一!」
学校一(いち)聞き覚えのある声が僕を呼び止めた。
梨穂子か。
「今日は珍しく帰るのが遅いね~」
小さい頃から何回このおっとりした声を聞いてきただろう。
「どうしたの? そんなに急いで」
「ふふ、よくぞ聞いてくれた。今日、僕には大事な用事があるんだ。」
僕は梨穂子にわざとらしく微笑を浮かべながら、焦(じ)らすようにして例の件を仄(ほの)めかした。
「え~、何? 気になる~」
「気になるか? じゃあ教えてあげよう。僕には今日、宇宙を守るという大事な……」
「りほっち、早く行くぞー!」
「あ、は~い。それじゃあバイバイ、純一」
せめて最後まで言わせろよ……。
興奮でほどよく熱を帯びた体を、充足感とともにベッドに身を横たえた。ベッドのスプリングが今の僕には心地よい抵抗感を与えてくれる。
満足だ……。宇宙の平和は僕が守り切った。
手を頭の後ろで組んで天井を見上げながら、体から徐々に熱が引いて行くのが分かった。同時に、あれほどオーバーヒートのようになっていた頭が徐々に冷静さを取り戻していった。それからふと、偶然探し物を見つけた時のように、どこからともなくとある考えが僕の頭の中を擦過(さっか)した。
今年のクリスマスってどうなるんだろう。
こんなことしてる場合じゃないよな。
このままじゃ彼女とクリスマスなんて過ごせないよ。
っていうか、みんなはどうやって過ごすのかな。
梅原……あいつ「今年こそ彼女作って楽しいクリスマスを過ごそうぜい!」とか言ってたけど大丈夫なのかな。
薫って、あいつ彼氏とかいるのか? 中学の頃からの仲だけど、そういうことに関しては意外と全然知らないんだよな。もしかしたらもう彼氏がいて、休みの日にデートとかしてるのかも。まぁ、とは言っても、そんなこと僕が気にすることじゃないけど。
絢辻さんは、あれだけ男女問わずみんなに人気があるから告白の二回や三回くらいはされててもおかしくはないと思うけど、あの様子だとあまり恋愛をするっていうことに興味がないのかもしれないなぁ。
梨穂子……、思い出した。そういえばこの前クラスメイトの奴らが梨穂子の話をしてたよな。可愛いだの、おっとりした感じがタイプだの口々に噂してたけど、あいつって結構、男子に人気があるんだな。幼馴染だからこれまでそういう目で見たことなかったけど、まぁ、確かにあいつ、見た目は悪くないもんな。っていうよりは可愛いかも。性格も誰よりも優しいし。
でも、僕がクリスマスに一緒に過ごしたいのは、森島先輩……なんだよな。うん、やっぱり僕が彼女にしたいのは森島先輩だ。かなりの高望みなのは分かってる。でも、始める前から諦めたくない。何も行動しないのに自分には無理だなんて思いたくない。それに、二年前のクリスマス、あんな思いをしたんだ。学校一のマドンナとクリスマスにデートするという最高レベルの難題をクリアしてこそ、あのトラウマが浄化されるし、これまで恋愛から遠ざかってた時の孤独で惨めな思い出を払拭(ふっしょく)できるんだ。それももちろんそうなんだけど、何よりも、森島先輩って、美人だからなぁ。絵に描いた美人とはあの人のことだろうな。これまで何度か会って話してみたけど、性格も、あれだけ凛として大人っぽい雰囲気なのに天然なところがあるのか、忘れっぽくてどこか“抜けてる”ところがあるというギャップがある。そこがたまらない。話していて単純に楽しいし。先輩はちょっと変わったところがあるから、たまにまさかの答えが返ってきてびっくりさせられることがあるけれど、それが逆に「そう来たか!」とか「その発想はなかった……」っていう感じがして本当に最初から最後まで退屈しないんだよな。
目を瞑(つぶ)ってみた。記憶をかき集めて先輩の姿を呼び起こしてみる。高い音を強調するような艶(つや)やかな声も同時に再現する。そんな彼女が街の賑わいの中にいる。砂浜を歩いている。“あの公園”で遠くの景色を眺めている。それとも、この部屋で……。今年のクリスマス、先輩とどこでどんな風にして過ごすことになるだろう。その日、どうなるにしても、必ず今年こそクリスマスの夜を素晴らしいものにするんだ!