純一は冷え切った闇夜を駆けていた。今走っている歩道は毎朝通っている道ではあるが、今夜はいつもとは違う見え方をした。今この時だけ、黒いアスファルトや電柱や街路樹が自分のために用意されているではないかと思えた。それだけに今夜の過ごす時間が、彼を全く別の世界へ連れて行ってくれるものになるであろうという予感が心のどこかにあった。
ついに森島先輩とクリスマスデートだ……!
この前、遊覧船へ先輩をデートに誘った帰り、僕は今しかないと思い、勇気を振り絞ってクリスマスに一緒に過ごせないかと聞いた。イェスの答えをもらった時、本当に嬉しかった。自分の中でクリスマスというものに持っていたわだかまりが一気に溶けて行ったのが分かった。
でも惜しいのは、先輩と二人きりで過ごせないってこと。どうやら先輩が言うには、毎年クリスマスは家族で過ごしているから、お父さんやお母さん、それからおじいちゃんとおばあちゃんがイギリスからやってきてパーティをするらしい。だからその中で一に過ごすならオーケーということらしい。
この話を聞いている時に、興味本位で、なぜおじいちゃんとおばあちゃんはイギリスから来るのかということを聞くと、びっくりするような答えが返って来た。先輩はどうやら純粋な日本人じゃなくて、イギリス人とのクオーターらしい。だから微妙に顔つきが外人っぽいというか、整っているというか、体つきも日本人離れしているのかと納得がいった。たまに先輩が機嫌がいいときに「ゴー! ゴー! ゴー!」とか「オーキードーキー!」とか、使い慣れたように口から英語が飛び出す理由も何となくわかった気がした。
いやいやいや、そんなことをのんきに考えている場合じゃない! このままじゃ約束の時間に遅れてしまう! 美也が今日の僕の服装が微妙だとかなんとか、いちゃもんつけるから、それに相手していたらすっかり予定していた出発の時間をオーバーしていた。ちゃんと余裕持って計画してたのに! 美也のやつめ!
待ち合わせ場所の燦爛(さんらん)と輝く大きなホテルの前に着くと、純一の予想通りはるかは既に到着していて彼を待っていた。純一は彼女のどこか抜けた性格の事を考えたらまだ着いていないのではないかと一瞬考えていたが、それは全くの誤りだったことを思い知った。ホテルとその一帯にある強い照明に照らされて神聖さすら感じられるほど犯しがたい白さを放ち、なおかつ、たおやかで華奢な雰囲気を併せ持った彼女がたった一人で自分を待っている姿を目にすると、彼はそんなことを少しでも考えてしまった自分を恥じた。
「もう! こんな日に女の子を待たせるなんて、本当にいけない子なんだから」
と息を切らせながら目の前に現れた純一の姿を見て彼女がこう言った時、さらに申し訳ない気持ちになった。
普段、体育の授業以外でまともに運動をしていない彼が文字通りの全力ダッシュをしたものだから、謝罪の言葉も絶え絶えだった。するとはるかは純一の頭を見て言った。
「あっ! 橘君、頭から湯気が出ちゃってるよ!」
彼はそう言われたはいいものの、どうしたらいいか分からずあたふたしていると、はるかがハンカチを取り出して軽く頭を撫でた。まるで自分のために必死になってここまでたどり着いてきてくれた彼を褒めるように。
今夜はそれだけ外の空気は冷え切っていた。まだ純一は体を火照らせながら湯気を出していたが、それを見ているはるかからも笑うたびに白い吐息が漏れるほどだった。
「ところで先輩、今日はどこに行く予定なんですか?」
純一は自らデートに誘ったのはいいものの、「この前のデートのお返し」ということで、どこではるかの家族と会い、何をするかなどは一切聞かされていなかった。
「とりあえず私に付いてきて」
とはるかは言い、純一はそれに従った。どこに連れていかれるのだろうとワクワクしながら彼女の足並みに合わせた。ここから電車に乗ってどこかに行くのか、それとも自分の知らないレアなデートスポットに連れていかれるのか……と彼は考え巡らせていると、すぐ目の前にある、さっきからずっと目に入っていた大きな建物に入って行った。