小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~   作:橘美夜

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ショウカイ

 廊下を走り回る音がする。ドアを開け閉めする音、皿と皿のぶつかる音、そして二階へ誰かが駆け上ってくる音。

 うるさいなぁ。まだ起きる時間じゃないだろ。何をそんなに騒がしくする必要があるんだよ。

 と暗い泥のようなまどろみの中で思ったその刹那、

「にぃに!! いつまで寝てるの!」

 誰かが勢いよくドアを開けて叫んでるのが分かった。

 え? 嘘だろ?

 ふと枕もとの時計を見る。

 いつもより30分も遅れてる!

「おい、美也! なんで起こすのがこんなに遅いんだよ!」

「何言ってんの! 自分のせいじゃない! みゃー、先に行ってるからね!」

 よりによってベッドで考え事しながらそのまま寝落ちするなんて!

 いつもは一階に降りて洗面した後、朝食を食べてから身支度をするが、今はそんな時間はない。必要最低限なこと以外は全てシャットアウトだ! 瞬く間に制服を手に取り、足を通し、シャツに手を通した。あ、しかも今日の時間割の準備もしてない! ええい、めんどくさい! 机にあった教科書やノート類を目につく限り取り、そのままバッグに押し込んだ。かつてないくらいの重さが手に伝わったが、構わずに一階へと駆け下りた。

 

 

 

 やっぱり朝食はしっかり食べてくるべきだな……。急いでいたから盗み食いするようにゆで卵だけをひょいと口に入れて家を駆けてきたけど、さすがに腹が減るよ。授業中、何度も腹が鳴って恥ずかしかった。困ったもんだ。っていうかそもそも、何で腹からあんな恥ずかしい音が鳴るようになってんだよ。

 曲がり角を曲がり、中庭に面しているいつも自動販売機のある所に目をやると、美也も同じく飲み物を買いに来ていた。両隣には同学年らしき友達がいる。ふむ、ずいぶん可愛い友達を連れてるじゃないか。

「あ、お寝坊さんだ!」

 ぼーっと三人を眺めていた僕に気づいて美也が声を掛けてきた。

「おい、そんな呼び方止めろよ。」

「もう、これで美也がにぃにを起こしてあげたの何回目だと思ってるの? 美也はお母さんの代わりじゃないんですからねー! あ、お礼はまんま肉まん一個でいいよ。にししし」

 ぐぬぬ。友達の前だからって調子に乗ってるな。すぐに返す言葉が見つからず、返す刀の代わりにこれまで何度も繰り返されたお決まりの言葉しか出なかった。

「……っていうか、にぃにって呼ぶな。あと、その笑い方止めろ」

 すると、傍でやり取りを眺めていたショートヘアの、いかにも運動部をやってそうな子が美也に尋ねた。

「あ、この人、美也ちゃんのお兄さん?」

「あー、そういえば紹介してなかったね。このどうしようもなく取り柄がなさそうで平凡な人が、私のお兄ちゃん。」

「おい」

 そして尋ねた彼女を右手で指し示して僕に紹介した。

「そして、この子が私の友達の逢ちゃん。水泳部に入ってて、期待の新人って言われてるんだよー。もうすごいんだから」

「もう美也ちゃん」

 と照れながらショートヘアの子が言葉を返した。そして僕に向き直って、真っ直ぐ目を見ながら改めて自己紹介した。

「1-Bの、七咲逢です。よろしくお願いします」

 きちんとお辞儀を伴ってためらいなく率直に発せられたその紹介の文句からは、体育会系の格式ばった規律と僕が普段住んでいる世界とは別の匂いとを感じさせた。

「それと、この子が中多紗江ちゃん。最近、転校してきたばかりだからみゃーたちがつきっきりでいろいろ教えてるの。紗江ちゃんは、とっっっても恥ずかしがり屋なんだから、優しくしてあげてよね、お兄ちゃん」

 美也が左手で指示した彼女は誠にアンビリーバブルだった。本当に美也と同級生か!? それとも何か、あの部分だけ空間がひどく歪んでいるのか? う~む、高校一年生とは思えない発育の豊かさだ。

「お兄ちゃんのエッチ」

「……っ! なんでだよ!」

「紗江ちゃんのおっぱいずっと見てたでしょ」

「……見てないよ!」

「見てた。目がいやらしい目になってた。……まぁ、でもお兄ちゃんの気持ちもわかるよ。だって女子のみゃーからしてもすごいと思うもん。だからたまにこのふわふわおっぱいを触ってあやからせてもらってるんだ」

 な、何だと! 我が妹は何を言っているんだ!? 

「あやからせてもらう」という怪しいワードの意味を美也に詳しく問い詰めようと口を開きかけた時、予鈴のチャイムが鳴った。

 

 階段を登りながら教室へと急ぐ間、ふとさっきの“大きな子”の表情を思い出した。だいぶ恥ずかしそうに顔を赤らめてたけど、大丈夫だったのかな。耳まで赤くなってたし。そういえば挨拶もしてなかったな。今度廊下で見つけたら改めて話し掛けてみるか。

 

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